Inside 『ルート』





 タカツ ニシザキ 月子 ユリア イズミ
「―――立て篭もり?」

 生徒会長であるタカツが切り出した言葉を、反芻するように繰り返したのはニシザキだった。
 合宿後の生徒会室。
 正規の役員ではないアユム以外が揃い、タカツが最初に口にしたのは、
 合宿で起こった事件ではなく、彼女が抱いていた計画のことだった。

「そうです。学園に立て篭もります。夏休み中とは言え幾らか生徒はいる。それらを、人質にして」
「な……一体何の為に?」
「―――犯人を炙り出す為に」

 タカツはいつものように腕を組み、訥々と口にした。
 黙って聞いている生徒会役員面々と、彼女に疑問を投げかけていくニシザキ。

「今回の合宿でミナト先生が悪質な悪戯に遭った件。おそらく犯人による、予告めいたものでしょう」
「……予告?」
「今年も誰かを転校させるという、予告」
「じゃあ、犯人は合宿の参加者の中にいると」
「ええ。これで確信が持てました。向こうも解ってはいたのでしょう、犯人候補を集めた合宿であると。つまり犯人は、私が思い描いていた通りの行動を取ってくれた」
「じゃあ茉莉奈は、この合宿で犯人が動くことも想定していたということ?」
「――ほんの一割程度でしたけれどね。本当にやってくれるとは」

 実に挑戦的な犯人――そう続けんばかりの言葉を紡いで、タカツは一つ息を吐く。
 パソコンに向かっていた月子が椅子を軋ませ振り向き、感心したようにタカツを見遣った。

「元々は容疑者同士の人間関係を観察することが目的の合宿。それを、更に活用するとはね」
「私だって驚いたわ」
「まぁそうだろう。たった15人に犯人自身がいると知らしめるような行動を取るなんて、冷静とは思えないね」
「そうね。或いは、15人に絞られても尚、問題が無いと思える程に自信に満ちた者なのか」
「どちらにしても、そういう無能そうな人間は嫌いだな」
「月子の趣味を論じていても意味は無いわ」

 タカツに一喝され、月子は緩く肩を竦め、再びパソコンの方へ身体を向けた。
 合宿中の事件が犯人の仕業であること。そしてその犯人を追い詰める為の計画。
 ユリアが姿勢良く椅子に座した侭、話を促すように問う。

「茉莉奈様。その立て篭もり計画によって犯人を導き出せる勝算は?」
「――半々かしらね」
「五割程度で、生徒会側も不利になるような行動を起こすのは、問題もあるように思えます」
「確かにそう。だけど、私達は完全を求めているわけじゃない。――今年の転校をなんとしてでも食い止める為ならば、五割程度でも犯人に辿り着く行動を起こしていかなければならない」
「……ご尤もです」

 タカツに従順に頷くユリア。
 計画に反発的なのは、ニシザキだった。

「私はそんな大それた計画は反対するわ。生徒会のことが公になれば、私だって立場が危うくなる」
「ニシザキ先生はご自分が大切ですのね」
「それが学園側の条件であるはずよ。身の安全は保証する」
「地位の安全、でしょう?」

 いつもになく挑発的なタカツに、ニシザキは不機嫌そうにタカツを小さく睨む。
 そんな視線に動じるでもなく、タカツは続けた。

「ご安心下さい。あくまでもニシザキ先生には、被害者を演じて頂きます。行動を起こすのは生徒会の生徒」
「……そう」
「大まかな計画はこう。生徒会の生徒数名が、学園に居る生徒を人質に学園に立て篭もった。動機は――まぁ、やってみたかった、でも通じるのが少年犯罪でしょうね。実際には外には漏れないようにもしますし」
「外には漏れないように?」
「ええ、私達の目的は、人質となった生徒の中にいる犯人探しに過ぎません。外部に漏れる真似は控える」
「じゃあ、学園内に居る生徒にだけ、さも大事件のように振る舞うということね?」
「その通りです。さて、そこで犯人はどのような行動を起こすでしょう」
「……被害者顔をして、襤褸を出さなければ無意味ね」
「ええ。ですから犯人を見つけ出せる勝算はそう高くは無いのです。しかしミナト先生の件から察するに、犯人は挑戦的な人物と分析出来る。となれば、向こうも何らかの行動を起こすことも想定は出来ます」
「……成る程」

 頷くニシザキに一寸目を向けては、それぞれ座した役員達へ視線を移すタカツ。
 彼女らを眺め、それぞれの名を呼んだ。

「主犯は私とユリア、補佐としてアユムとイズミ。月子とニシザキ先生は私達に裏切られた者として、人質となった生徒達の恐怖を煽る言動を行う。決行当日には、今回の合宿の参加者である生徒達を、何か理由をつけて学園に呼び出します。無論、部活動などで学園に居る生徒も巻き込むことになりますが」
「部活動……」

 ぽつりとユリアが呟く言葉に、タカツが「何か問題でも?」と視線を向けた。
 ユリアは慌てたように首を横に振る。

「いえ、何でもありません。――それより、その、立て篭もりとなると、何か脅す道具が必要になると思いますが」
「それは私が用意するわ。気にしないで大丈夫」
「そうですか」

 立て篭もり。未だ、生徒会一同にも実感が湧いていないのかもしれない。
 それ以上の質問は無く、タカツは一寸思案した後、解散を告げた。

「詳細な計画は、私からそれぞれに電話なりメールなりで連絡するわ。不安があったら逆に連絡をくれてもいい。心の準備だけ、しておいて頂戴」
「せいぜい大きな犯罪にならないことを祈るよ」

 そう言って席を立つ月子。
 ユリアとイズミも続いた。

「ニシザキ先生には少しお話がありますので、残って頂けますか?」
「ええ、構わないわ」

 そうして、三人が生徒会室を後にした。
 タカツとニシザキの二人だけになった生徒会室。

 暫し訪れる静寂の間。



 タカツ ニシザキ
「茉莉奈も焦っているのね。こんな行動を起こすなんて」
「……それは、まぁ」

 タカツはニシザキの言葉に曖昧に頷いた後、制服の胸ポケットから小さな何かを取り出した。
 カサリ。手の中に握る。

「ニシザキ先生」
「何?」
「皆には話しませんでしたが――……犯人の絞込み、15人以下にまで、至っています」
「……?どういうこと?」

 タカツはかたりと席を立ち、様々な備品を保管している棚に向かった。
 棚から薬箱を取り出し、テーブルに置く。
 そして薬箱の鍵を外し、中から薬を1シート抜いた。
 一度ニシザキへ目を遣ってから、抜いた1シートと、そして手の中に握っていたものを並べる。

「ミナト先生に眠らせる為に使われた物と思われる薬の殻と、この生徒会で使用している薬。同じ物なんです」
「なんですって?」

 ニシザキは眉を顰め、タカツが並べたそれらを凝視する。
 確かに、中身があるか無いかの差で、その薬は同じ物。

「つまり、大変不本意ですが、犯人は生徒会の内部の人間の可能性がある―――」

 タカツが真摯に紡いだ言葉。
 ニシザキは暫し思案するように黙り込み、やがて呟いた。

「それでアユムを呼ばなかったのね?」
「……ええ」

 松林歩。
 一年生にして、生徒会の秘密を知り、内部の人間として行動をしている者。
 そしてその少女は、
 大きな製薬会社の娘でもあった。
 この生徒会で使われている薬は、アユムというルートを使って手に入れたものである。

「でも、あのアユムが過去に幸田茜や東堂夜子を転校させた犯人だなんて考え辛いわ。茉莉奈、そこはどう考えているの?」
「そうなんです。第一にアユムは一年生。其処を考えれば今回の15人の中からも、随分と容疑者は減りますね」
「東堂夜子の事件の時の在学者は、今の三年生に限られるものね」
「そうなんです、けど―――唯、そこは、一年生だから、というだけでは割り切れないものがある」
「在学前から東堂夜子を知っていた和栗めぐるの例もある」
「そうです。ですから私は過去の事件の犯人に、学年は考えないようにしています」
「余り論理的な推理ではないけれどね」
「まぁ、仰る通りです。今回の事件は論理的ではなく、感情的な推理が大切なように思えています」
「それで?感情的な推理でアユムは犯人像に当て嵌まるの?」
「答えは否、ですね。人間関係、動機、あらゆる面でアユムは犯人像から遠い」
「……」
「もっと簡潔な所、アユムは悪く言えば頭が悪い。挑戦的、という部分では当て嵌まるかもしれませんけれど、事件を起こす以上、それなりの知能は必要になると考えます」
「頭の悪いアユムがそんなことは出来ないだろう――そういうことね」
「アユムには悪いですけどね」

 其処まで打っては響くような会話を続けていた二人が、言葉を止める。
 アユムが犯人像から遠い。なれば誰が該当するか。
 思案しては、一人の人物が思い当たるだろう。

「―――月子が犯人、とも、余り考えたくはありませんが」
「条件的を誰よりも満たしているのは、月子ということになるわね」
「ええ。生徒会に所属しており、薬を入手することが可能。そして東堂夜子とは血縁者であり、幸田茜とも当時生徒会と言う接点があった。……そう、論理的な推理では月子なんです。だけど、感情面が」
「冷静沈着なあの月子が挑戦的な行動を起こすのも疑問と言えば疑問ね」
「―――……」

 タカツは一度言葉を切って、一つ、深呼吸をした。
 そして結論付けるように、言い放つ。

「何にせよ、今回の行動でおそらく犯人は動く。―――私はそれを迎えうちたいと思います」








→ NEXT →

← BACK ←
↑ Reload ↑