『二匹の鬼』





 ノゾム カンノ ソラ 冴子 タカコ
「じゃあカンノ、お前は私達があれだけ大変な目に遭っている中で、町をうろうろしてたのか」
「あ、遊んでたわけじゃないよ。鬼の伝承について、話を聞いていた」

 夏休みも半分以上が過ぎた頃。
 対生徒会の私―――月村望―――率いる五人は、ファーストフード店に集まっていた。
 元・対生徒会と言うべきか。

「不思議な子に会ったんだ。リアって名乗ってた」
「リア?」
「うん。顔に不思議な痣があってね。とても色素が薄い女の子」
「夢でも見たんじゃないのか?」
「ち、違うよ」

 八月五日のあの日、カンノだけ姿が見えなかった。
 タカコ先輩曰く、学校にも居なかったというし、
 というわけで今日は「あんな大事な日に何をしてたんだカンノ会議」の開催となったわけだ。

「リアは色々なことを話してくれた。例えばこの町、鬼灯市を俯瞰すると、面白い形になっている」
「フカンって何だ?」
「俯瞰は、上から見る、って意味。鳥の視点だよ」

 俯瞰を知らなくて問いかけたのは私じゃない、冴子先輩だ。
 ソラ先輩がぱちりと瞬き、興味深そうにカンノに問う。

「面白い形って?」
「うん、この町には入江目高校、目水津高校、聖蘭学園高等部の三つの高校、それから医科大学、町の東に堂、そして月村君達が居たという裏切りの丘、五つの場所がある。この五つを線で結びつけると、五方星が出来る」
「……へぇ」
「この五つの場所は、鬼灯市がまだ村だった頃に、結界が張られた五つの場所なんだ」
「結界ね。確かに人が集う学校や神聖な堂、丘といった象徴的な場所に結界を作るというのはわかる気がする」
「うん、正確には、結界のある場所に、学校を作ったというのが正しいかな」
「成る程」
「でも、その結界の一つが、数年前から壊れてしまっているんだって」
「それはもしかして、聖蘭の?」
「その通り。聖蘭の結界が壊れてしまったから、鬼が目を覚ました。そして今、鬼が人々を巣食おうとしている」

 ふむ。カンノが聞いた話と、坂本やタカツの言っていた鬼というのは一致する。
 坂本に宿っていたのが本当に鬼だとすれば、カンノの話も信憑性があるな。

「月村君達の話を聞く限り、やはり聖蘭で目覚めた鬼が、聖蘭生に憑いているみたいだね」
「ああ……坂本に憑いてたみたいだな」

 こくり頷いて、その場に立ち会った冴子先輩に目を向ける。
 冴子先輩は私の視線を受け、ふむ、と顎に手を当てた。

「そんで、坂本の話が確かなら鬼は一匹じゃない。他にも鬼が居るってこった」

 そう。東堂夜子を殺した人物に憑いていたという鬼は、坂本に憑いていた鬼とは別のもの。
 つまり坂本を討った今も、鬼はまだ残っているということだ。
 カンノが私達の会話を聞き「うん」と一つ頷いて続けた。

「昔、鬼灯村を荒らしていた鬼は二匹という伝承が残っている。だからその一匹が坂本さんに、そしてもう一匹はまだ誰かに憑いていると考えるのが自然だね。そして、その二匹の鬼についてもリアは話してくれた」
「鬼について、か」
「一匹は荒くれ者で血に飢えた鬼。もう一匹は冷静沈着な冷血な鬼。まぁどっちも悪者だよね」
「冴子先輩と月子先輩みたいなもんじゃないか?」

 我ながらいい例えだと思った ら、隣に座る冴子先輩から頭を叩かれる。

「誰が鬼だ、誰が」
「例えです……」

 あ、叩かれた拍子に思い出した。

「そう言えば、一つ気になっていることがある」
「何?」
「坂本の、最後の言葉なんだよな……」
「何て言ってたの?」
「“この身に宿る鬼を解き放つ”……だったか」

 神妙に言った私に、タカコ先輩はあっけらかんとした様子で返す。

「それって鬼を一匹始末したってことやないの?ええやん」
「だと、いいんだが」
「他になんか解釈のし様があるん?」

 相変わらずこの人は楽観的だなぁ。
 私の考え方が悲観的なのだろうか。

「つまり、坂本に宿っていた鬼が解き放たれたことで……別の誰かに乗り移ったんじゃないか、と」
「あぁーなるほどなぁ、そうとも取れるなぁ」
「だとしたら坂本という犠牲を生んだにも関わらず、まだ鬼は二匹残っていることになる」
「犠牲って……つ、月村君?」

 私の言葉に、カンノが恐る恐るといった様子で問いかける。

「そ、それじゃあ坂本さんの命は……」
「ん?いや、坂本なら生きてるよ。ただ、あれだけ高い所から落ちて水面に直撃したんだ、水がクッションになったとは言え、軽い脳挫傷を起こしてるとか何とかで。暫くは入院だろうな。意識もまだ微かにしかないらしい」
「な、なんだ……死んだかと思った……良かった……」
「そうだな。死ななくて良かった。坂本のことはよく知らないが、鬼の所為だったなら、坂本も正気を取り戻すだろ」
「うん……悪いのは坂本さんじゃない、彼女に宿った鬼なんだよ……」

 鬼――鬼、か。
 今までも得体の知れない生徒会と対立してきたが、
 これから相手することになる鬼は、それ以上に得体が知れない。
 一つわかっていることは、鬼は誰かに宿っている、ということか。

「ほんで、坂本ちゃんに宿っとったのとは別の、もう一匹の鬼が、夜子に手ぇ下したんやったな」

 ふっと、いつもになく真面目な声色でタカコ先輩が言う。
 タカコ先輩も、夜子先輩のことになると真剣になるのも当然だ。

「その鬼――どうやって見つけ出すんや」
「わからない……。カンノがリアってやつに聞いた話によると、冷静沈着な鬼なんだろう。厄介か?」
「厄介なんとちゃう?頭がええってことは、よーけ、身を隠すのも上手いんやろ」
「だな……どうしたもんか」

 腕を組んで考え込む私。
 アイスコーヒーのストローをくるくると回していたソラ先輩が口を開く。

「そこは論理的な推理の登場じゃないかしら?当時、東堂夜子と全く接点が無かった者は、容疑者からは外れるんじゃない?」
「わからないぞ。もし鬼が、誰かから誰かに乗り移るのが可能なら、夜子先輩に手を下した時に鬼が宿っていた人間と、今その鬼が宿っている人間は別人かもしれない」
「嗚呼、確かにそう考えると誰もが容疑者ね……」

 そこで論議は停滞してしまった。
 鬼なんて一体どうやって見つけろっていうんだ。
 パッと見て鬼とわかるようなものならまだしも、鬼は普段は普通の人間を装っているというじゃないか。

「そうだ」

 カンノが何かを思いついた様子で声を上げた。

「冷静沈着な人が、容疑者になるんじゃないかな」
「……そんな安直な」
「う、うん、そうかもしれないけど、どうだろう?」

 そんなカンノの提案に、冴子先輩が答える。

「それなら月子とかニシザキとか、後は誰だ?」
「卒業生っていう可能性もあるね」
「……あぁぁぁ、厭なこと思い出させるなよ」
「え?何かトラウマでも?」
「それがさぁ。去年の生徒会長。今は大学生なんだけど、アイツが本当に鬼みたいな奴でさー」
「鬼みたいな、生徒会長?」
「ああ。米田節子っつって、名前は古臭いけど……皆からはセツナって呼ばれてた」
「セツナ先輩、かぁ」
「そのセツナ先輩といつも一緒だったのが、小悪魔のマナ先輩。元生徒会書記で、楠田愛美ってんだけどさ」
「ふんふん」
「セツナ先輩とマナ先輩のコンビは本気で凶悪だった……ものすげぇトラウマ……」
「会ってみる価値は、あるかもね?」

 小首を傾げて言ったカンノに、冴子先輩が慌てた様子で席を立つ。

「そ、そ、それだけはマジ勘弁。会うならお前らだけで会えよ。あいつらに会うくらいなら死んだ方がマシだ」
「……」

 一応不良で名高い冴子先輩を、此処まで震え上がらせる二人の先輩とは一体何者なのか。
 まぁ、過去の聖蘭を知る手掛かりにもなるだろう。
 タカツ辺りに頼んで、話をする機会でも、設けて貰うことにするか。





 ノゾム タカツ タカコ セツナ マナ
 ―――というわけで、数日後。
 今日は先日のファーストフード店のようなライクな場所ではなく、
 シックな雰囲気の喫茶店での話し合いとなった。

 今日のメンツは、私、タカコ先輩、タカツ。
 そしてスペシャルゲストのセツナ先輩とマナ先輩。
 あの調子だった冴子先輩は当然として、カンノとソラ先輩も欠席だ。
 何でも、今日は市が無料で行う予防検診があるとかで、二人ともそっちに行ったらしい。
 カンノは無料って言葉に弱そうだよな……。

「やぁ、こんな時期に茉莉奈ちゃんに呼び出されるなんてビックリだよー。でも後輩に会えるって嬉しいね、セツナ」
「……まぁ、そうだね。卒業してからの聖蘭の様子は、多少気にはなっていた」

 初対面の二人の第一印象は、
 マナ先輩はイズミと雰囲気の似た明るい人。同じ書記だし。
 セツナ先輩は、そうだな、月子先輩とクールな雰囲気が似ているか。彼女を更に大人っぽくした感じ。

「お二人とも、突然お呼び立てして申し訳ありません。お元気そうで何よりです」

 タカツが社交辞令的な言葉を伴い、微笑んで二人を見る。

「いぁいぁ、茉莉奈ちゃんこそ元気そうで何よりだー。それに可愛い後輩が居るじゃなーい?」
「こっちは月村望、2ndの生徒。そしてこっちは私と同級生の鈴木貴子です」

「どうも、月村です」
「鈴木ですー。よろしゅうに」

 へらりと笑うタカコ先輩に、マナ先輩がぱたぱたと手を振った。

「よろしゅうにーじゃないでしょー。あたしとタカコちゃんの仲じゃないのーっ!」
「あはは、バレました?いやぁ、私もマナ先輩とまた会えて嬉しいですよー」

 おや、どうやらマナ先輩とタカコ先輩は仲良しか?
 確かに学年は違えど、二年間は同じ学校に属していたわけだからな。
 自己完結しつつあった私に、タカコ先輩が説明してくれた。

「マナ先輩とはな、学食でよぅ一緒になっててん。私と同じで、食べるの遅い人やから、親近感ってゆぅん?」
「そうそう!いっつも学食であたしとタカコちゃんだけ残されてたんだよねー。皆が食べるの早すぎなんだよ!」
「ですよねー。お米はしっかり噛んで食べんと、お百姓さんに悪いんやでー」
「ねー。わるいんやでー」

 なんだ、本当に仲良しじゃないか。
 なんで冴子先輩は、セツナ先輩はともかく、このマナ先輩にまで怯えてたんだ?

「それで、本題なのですが」

 のんびりとした二人を流すように、タカツが切り出す。

「以前の生徒会でも、鬼の話は少し致しましたわね。当時は余り重視していませんでしたが―――どうやら鬼の件は、事実のようなんです」

 そしてタカツは、先日起こった坂本の件を二人に話して聞かせた。
 真剣な面持ちでタカツの話を聞いていた二人は、やがて話が終わると、考え込むように押し黙る。
 先に口を開いたのはセツナ先輩の方だった。

「奇怪なことだとは思っていたけれど――実在するとはね。一先ずはそれを証明出来ただけでも成果と言える」
「有り難うございます。ですが、今後鬼を探していくに当たって……一体どうすればいいのかと……」
「当時から茉莉奈は“感情的な推理”を主張していたわね。あの頃私は“論理的な推理”を主張して対立したけれど……茉莉奈の方が正解だった、か」
「当時の対立は、もう過去のことですわ」
「ええ、兎角、今後は茉莉奈の言う感情的な推理を重視していくべきだと考える――」

 感情的な推理、と言われてもな。
 いまいちピンと来なくて黙った侭の私。
 口を挟んだのはマナ先輩だった。

「冷静沈着な方の鬼が厄介なんだよね。つまりそれは、裏を掻く。例えば、気楽に見えるような人間が、実はその鬼を宿している、っていう考え方も出来ると思うんだ」
「気楽に見えるような……タカコ先輩とかですか」
「なんで私が鬼やねーん!」
「た、例えです……」

 数日前にもなかったっけ、こんなやりとり。

「それよりさー、あたしはその、坂本って子に宿ってた鬼の方が気になるんだよなぁー」

 マナ先輩は、むーん、と唸りつつ腕を組み、更に言葉を続ける。

「鬼ってさ、封じない限りは、多分在り続けると思うのね。だから、坂本って子から解き放たれた鬼は、他の誰かに宿っているって考える方が自然だと思うんだ。それで、茉莉奈ちゃんやノゾムちゃんが危ない目に遭ったみたいに、その荒くれ者の鬼の方が、行動を起こすスピードが早いんじゃないかなって。だからソイツを見っけないとね」
「ただ、探す方法がないんです。その鬼を宿した者が、行動を起こさない限り」
「……うーん、確かになぁ」

 私の言葉に、マナ先輩は同意して、唸り考え込む。
 そんな私達のやりとりに、セツナ先輩は鋭い眼差しを向けた。

「先手を打つことは難しい。ならば、せめて次にその鬼が行動を起こした時の対処法を練っておくべきではない?」
「対処法……」
「昔の人は、結界を作って鬼を封じた。それが壊れて鬼が出でたならば、結界を修復する必要がある」
「結界なんて非現実的なもの、現代の人間に扱えるんでしょうか」
「さぁね……私もそう言った民俗学には詳しくないから、何とも言えない」

 セツナ先輩やマナ先輩は、流石に元生徒会役員だけあり、様々な事象に対して理解はあるが、私達が考えても答えが見つからなかったことについて、彼女らが答えを見つけてくれる、というわけにも行かないようだ。

「じゃあせめて、当時東堂夜子に関係があった人物についてご存知ではありませんか?」
「悪いけど、私達も全部の生徒の人間関係を知っているわけじゃないの。まぁ夜子に繋がりがあって私と交流があったのは、冴子くらいのものね」
「……セツナ先輩と冴子先輩は、どういう?」
「あの不良生徒に、厳しくしていただけよ。マナと一緒に苛めたのもいい思い出ね」
「……」

 やっぱり苛めたのか。
 だから冴子先輩はあんなにトラウマ持ってるのか。

「苛めたって言えばさぁ」

 マナ先輩が、どこかばつの悪そうな表情を浮かべ切り出した。

「あたし、今はちょこっと反省してるんだけど、茜のこと苛めすぎたかもなぁ」
「茜……幸田茜、ですか?」
「そそ。茜は生徒会の秘密を知っちゃって、それで生徒会の一員になった口なんだけど。何かと反抗的でね。だから愛の鞭の心算だったんだけどさ、一回、茜の言葉にあたしが本気でキレちゃったことがあって」
「……それで?」
「…………うん。県大会直前の茜に酷い怪我負わせたのって、あたしなんだよね」

 な。
 坂本の話と繋げると、茜先輩は力を求めて坂本と決闘し、それに敗北したが故に死した。
 もし、茜先輩が、怪我の所為で力が出し切れず、それで鬼の力を求めたというのならば――
 この、マナ先輩にも、茜先輩が死んだ一因はある、ということか……。

 流石にそのことを口にするのは憚られる。
 だけど、一つ思うのは、
 このマナ先輩って人には、罪の意識が薄いのでは、ないか。
 反省しているとは言っているけれど――それでも。

「もう茜は死んだんだから、今更言っても仕方ないよね」

 そんなマナ先輩の言葉に、尚更。
 彼女の能天気な笑みは、少しだけ私を苛立たせたけれど、ぐっと堪えた。
 もしかして冴子先輩がマナ先輩が苦手だった理由は、こういう所にもあるんだろうか。
 人を傷つけても、笑っていられるような、人。

「ごめん、ちょっと化粧直してくるー」

 そう言って席を立ったマナ先輩に、内心安堵した。
 彼女を前にしていると、苛立ちが顔に出てしまいそうだったから。
 私のそんな内心を察したのかどうかはわからないが、マナ先輩が化粧室に消えたのを見送り、
 セツナ先輩が嘆息を零す。

「マナってああいう子なのよ。天使の顔して、悪魔みたいな残酷な所がある。だからこそ生徒会にも相応しかった。でも、マナはやり過ぎた部分は否めない――……もう過去のことだから、責める気もないけれど、ね」
「そうですね……」

 私は呟くように相槌を打ち、テーブルに頬杖をついた。
 冷静で客観的なセツナ先輩と、明るいけれど残虐なマナ先輩。
 この二人が中心人物だった昨年度の生徒会――か。

「鬼って、マナ先輩だったんじゃないですか」

 思わずぽつりと呟いた私に、セツナ先輩は冷徹な表情を僅かに崩し、苦笑した。

「生憎、マナは根っからの性格よ。その面倒を見るのが私の役目。行き届いてなかったけれどね」
「……茜先輩が可哀想だ」
「……それは、謝るしか出来ないわ」

 マナ先輩に代わって謝罪を告げようとするセツナ先輩を遮った。
 悪いのはセツナ先輩じゃない――。

 確かに、過去のことを責めても仕方ない。
 今は、鬼を探さなければならないんだ。

 やがて戻ってきたマナ先輩と、幾つか言葉を交わし、
 私達は解散することにした。

 鬼に関する収穫はなかった上に、
 茜先輩の死にまつわるエピソードだけが浮き彫りになって、
 なんだか後味の悪い一日になってしまった。





 ノゾム カンノ 冴子 月子
 八月二十五日。
 その日の新聞の片隅に、鬼灯市の事件が載った。

 女子高生が通り魔に遭い、重症を負ったという事件だった。
 被害者の名前は佐山ヒナ。入江目高校の一年生。

 普通の人からすれば、この物騒な時世、取り留めのない事件。
 私も、鬼灯市の事件ということで気には掛けたが、鬼とは関わりが無いと思っていた。
 その日、冴子先輩に呼び出されるまでは。

 私とカンノは、冴子先輩の――いや、東堂姉妹の自宅に呼ばれた。
 瓜二つの二人が揃って出迎えた。
 二人とも、沈鬱な表情だった。

 冴子先輩の部屋で、四人集まり、新聞を広げたテーブルを取り囲む。

「……この事件に、鬼が関わっているんですか?」

 切り出した私に、冴子先輩は少しの逡巡の後、小さく頷く。

「その、佐山ヒナってやつな。聖蘭に関係があるんだよ」
「どんな風に?」
「そいつな……坂本の、ファンだったんだ。熱狂的なミーハーってやつだな」
「坂本の……!」
「だからよく監視の目を潜ってうちの剣道部に突撃して、坂本に絡んでた。王子様、なんて呼んでな」

 他校生の被害が、聖蘭の鬼によるもの――。
 なんてことだ。被害は何処で出たって嬉しくはないが、聖蘭の外にまでその被害が及ぶなんて。

 ふっと月子先輩が溜息を吐き、腕を組んで二段ベッドに背を寄せる。

「坂本の関係者となると……これはやはり、坂本に宿っていた鬼が次の宿主を見つけ、その人物がやったと考えるのが自然だろうね」

 確かに、その通りだろう。
 坂本が言っていた、鬼を解放するというのは―――次の宿主へ乗り移らせるという意味で、合っていたのか。
 事態はタカコ先輩の楽観的な方向性ではなく、私の悲観的な方向性を裏付けるものとなった。

 シュッ、とライターを擦る音。
 いつの間にか、冴子先輩が煙草を銜えていた。

「冴子。煙草はやめろって言ってるだろう」
「っるせぇな。月子には関係ねぇ」

 そんな些細な姉妹喧嘩も、すぐに止んだ。
 今はそれどころではない。

 私は眉を顰め、新聞の記事を改めて読み直しては、思ったことを口にする。

「坂本は茜先輩を殺した。でも、坂本と茜先輩には接点があった。となると、幾ら鬼に支配されているとはいえ、その人物に面識のある人物にしか被害は及ばないと思う。その佐山ヒナという人物に関わりがあった聖蘭生は?」
「大していねぇだろ。ヒナは剣道部しか……っつか、坂本しか眼中になかったからな。剣道部の人間なら、あいつのバカなミーハーっぷりを見たことがあるって程度だ」
「そうですか……それじゃあ犯人は絞れない……」

 なんてことだ。被害が出たのに、犯人が動いたのに、その手掛かりすら私達は掴めないのか?

「佐山ヒナに、私怨のある人物、と考えるのが自然なのかな」

 カンノは相変わらず、何処か的外れなことを言う。
 そんな人物が絞れれば、こんなに悩むことなんかないんだ。

「私怨となると……恋敵、とか、そういうものになるのだろうか」

 月子先輩がぽつりと言った言葉は少々意外だった。
 成る程、そういう考え方も出来るのか。

「兎に角、坂本と佐山ヒナ、その周りの人間関係を徹底的に洗うべきだ。それが解決の糸口に繋がるだろう」

 冷静な月子先輩の言葉に、私は頷く。
 今は兎に角止めなければ。
 既にこうして佐山ヒナに被害が出ている以上、鬼が加害者に宿っているかどうかは解らないが、
 今回は死者じゃない。
 血を喰らう鬼ならば、死を齎すまでは満足しないかもしれない。

 ――――見つけ出さなければ。








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