『裏切りの丘で』 ![]() 八月五日。 その日は十五人の聖蘭の人間にとって、夏休み中 最も長い一日。 早朝。 生徒会室には、生徒会側の人間が揃い踏みしていた。 「先ず、結梨亜、歩。二人は部活動中の生徒の誘導を」 「了解しました」 「はーい、了解です」 タカツの言葉に従順に頷くユリアとアユム。 「月子と西崎先生は、あくまでも被害者を装い、生徒達の恐怖心を駆り立てる」 「手筈通りだね」 「被害者役、と」 計画を確認するように彼女を見遣る月子とニシザキ。 「イズミはそれらの補佐を。自分で判断出来るわね?」 「は、はい、頑張ります」 特別な役割は無く、けれど或いはそれが一番重要なのかもしれないイズミ。 イズミはポケットの中にある携帯電話を軽く握り、タカツにこくこくと頷いた。 「計画の実行は午前十時。――それまでは計画の再確認、一時間前までに各自、持ち場で待機よ」 「はい」 タカツが投げる指示に、それぞれが応える。 生徒会室のテーブルには、本物の其れによく似た、 模造品の拳銃が二丁、置かれていた。 タカツは冷たい眼差しでそれらを見つめる。 彼女の計画。裏打ちされた計画。 それが今日、静かに動き出す。 ![]() リリリリ リリリリ リリリリ 来客を告げるベルが鳴り響く。 とはいえ 私―――月村望―――には関係のないことだ。 この家に私を訪ねに来る者など大していない。 概ね、居候している親戚の伯母さんへ、何かの勧誘だろう。 そう思ってベッドで寝返りを打った直後、 「望ちゃーん。お客さんよー」 と。 伯母さんの声がした。 私に来客? 「はーい、今行きます」 がばりと、ベッドから身体を起こし、 ラフな寝間着のままで部屋を出て階段を下りた。 そして玄関に居る人物に、暫し言葉を失うことになる。 「御機嫌よう、望さん。夏休みだからって夜更かししてない?」 「……高津――先輩」 な、なんでタカツが家に。 「望さんに用事があるの。ちょっと付き合ってくれないかしら」 「……何処に?」 「デート」 「……」 「冗談よ。着替えてらっしゃい。制服にね」 「……はぁ」 なんでタカツが。 こんな夏休み中に、きっちりした制服姿で。 わざわざ私を呼び出して。 これは――身を案じるべき、時か? だが、行かない、というわけにもいくまいて。 私は取り急ぎ部屋に戻り、寝間着から制服に着替えた。 寝起きざま、唐突なことで頭が回らない。 一先ずカンノにメールを一通入れておいた。 『高津に呼び出された。何かあったら後を頼む』 九時半。カンノはまだ寝ている時間かもしれない。 すぐに返事は来なかった。 制服に着替え再び玄関へ向かう。 靴を突っ掛け、玄関の外で待っていたタカツに声を掛ける。 「お待たせ?……何処に行くつもりだ?」 「うん、ちょっとね。突然ごめんなさい」 タカツはそう言いながら、家の前に停めてある黒塗りの車に私を促した。 このまま拉致されて海外に連れて行かれない勢いだ。 カンノにメールも入れてあるし、 もし何かあっても――その時はカンノ達が―― 「そんな思いつめた顔しなくても大丈夫よ」 「あ。ああ」 タカツの言葉にこくりと頷くと、私はタカツの家のものだろう、豪奢な車の後部座席に乗り込む。 すぐにタカツも隣に乗り込み、車が発車する。 「一体何処に?学校?」 「いいえ、学校ではないわ」 「じゃあ」 「―――市内だから心配しないで。大丈夫」 不安に駆られて問いを繰り返す私に、タカツは宥めるような言葉を一つ。 学校ではない場所へ向かう、この車。 私達が何処かへ向かう最中、学校で起こる事件を、私は知る由も無かった。 ![]() 「おはようございます。……ハルヒ様」 朝のアーチェリー部の部室に、彼女の姿を見つけ、私―――山本結梨亜―――は声を掛けた。 「およ。おはよう、ユリアちゃん」 「今日はアーチェリー部は、ハルヒ様だけですか」 「うん。そうみたい」 ということは、運動部の部活生はハルヒ様を含め五名か。 今日という日にそれは幸いなことか、いつもに比べて少なかった。 時刻は間もなく十時。 計画実行の時。 「――ハルヒ様。部活動の邪魔をしてしまって大変恐縮なのですが、私についてきて下さいますか?」 「え?うん、構わないけど、どうしたの?」 「……生徒会から、ちょっとしたサプライズです」 こう言えば、何事かは理解出来ずとも、大抵の生徒は言葉に従う。 この学園では生徒会は、それだけ圧力のある存在ということだ。 生徒会長――マリナ様の家柄も関係しているだろう。 この学園の生徒達は、マリナ様と仲良くしておけば、お家柄的に上手く行く。 「今日はいい天気だねぇ」 運動部の他の生徒は既に私の指定した教室へ向かっている。 私はのんびりとしたハルヒ様と一緒に、教室へ。 今から起こることを思えば、 何処か胸が痛い。 カチリ。 腕時計が十時丁度を指し示す。 少し出遅れてしまった。 今頃、事前に決められた三年生の教室で、 マリナ様が本物に酷似した模造品の銃を掲げている頃。 「ユリア!」 その声は階段の上から掛かった。 「月子様?」 どうして月子様が。 彼女は計画では、教室内でマリナ様に歯向かう言葉を発しているはず。 「茉莉奈を見なかったか」 「え……?」 「居ないんだ。時間なのに、何処にもいない」 「そ、そんなはずは」 あのマリナ様に限って、計画外のことを? マリナ様が居なければこの計画は大きく狂ってしまう。 「3-Bの教室でアユムが待っている」 「じゃあ、今先導しているのはアユムさん?」 「そうだよ。イズミも居ない。これはどういうことだ……」 「……」 そんな。 マリナ様が主導権を握ってこの計画を進めてきたのに。 そして今日だって、マリナ様が全てを動かすはずだったのに。 そうして犯人を誘き寄せる計画だった――なのにどうして。 「ユリアちゃん?どうしたの?生徒会長が居ない?」 事態を把握していないハルヒ様が不思議そうに問う。 私は、 私は制服の内側のホルスターに掛けた銃を。 「――……ごめんなさい、ハルヒ様」 ![]() ユリアが、アーチェリー部のハルヒに模造の銃を向ける様を横目に、 私―――東堂月子―――は一気に階段を駆け下りた。 あのマリナが、こんな大事な計画の時に居ないなんて、おかしい。おかしすぎる。 とすればこれは誰かの、何らかの意図によるものだ。 おそらくはマリナ自身の判断。 マリナは元々、この立て篭もりの実行時に立ち会う気などなかったんだ。 裏切りか? 違う。マリナはそんなことはしない。 マリナはきっと、“本当の場所”で、彼女の計画を実行しているんだ。 なんてバカなことを! 協力して行動する、それが生徒会だろう。 きっとマリナは、 危険な役割を担って、 私達を学園に残した。 あのバカめ。 マリナ一人を危険な目に遭わせるわけには、行かないんだ。 「冴子?」 「ん、ぁ?……月子?お前、何やってんだ?」 学園の玄関で、座り込んでいたその人物。 私の実の姉。 全く、マリナが居ないだけで学園の立て篭もり計画すら不十分じゃないか。 おそらく冴子も学園に呼び出されたんだろう。 合宿の参加者は学園に呼び出しているはずだ。冴子もその一人。 なのに教室に集められてさえいないなんて、全く、マリナが居ない生徒会とはなんて無力。 だが、此処で冴子に会ったのは丁度良かった。 マリナを、 ―――探しに行く。 「冴子、バイクを出せ!私を乗せて!」 「はぁ?どうしたんだよいきなり」 「人の命が懸かってるんだ!!」 「―――ッ?」 私は冴子の腕を強引に引いて、 学園の裏側にある冴子の秘密の場所に向かった。 教師に見つかれば確実に停学くらいは食らうだろう、バイクが停めてある。 幾ら仲が悪くたって私達は双児だ。そのくらい、知っている。 「急げ、冴子!!」 「わ、わかったよ!」 ![]() 車は、緩やかなカーブを繰り返す坂道を登っていく。 やがて、車が止まり、私―――月村望―――はタカツに促され、二人で車を降りた。 「此処は?」 「遊園地のすぐ傍にある、この町唯一の丘よ」 「丘……」 「一番上にまでは車では乗り込めない。歩いて登るわ」 「あ、あぁ、わかった」 こんな丘で用事だなんて、 やっぱり身の危険を感じるべきだったか。 その時、ポケットに入れていた携帯が着信音を鳴らすが、 それを取らせないように、タカツが私の手を握る。 「……」 「ごめんなさい。今だけは、二人にさせて欲しいの」 「……わかったよ」 どうも調子が出ないのは、タカツの様子がいつもになく、愁傷だからだろうか。 普段はもっと、自信に満ちて、挑戦的な瞳をしているのに、 今日のタカツは、その態度からは何も語らない。 何か感情を抑えているような、そんな風に見て取れた。 成り行きで、手を握られたまま、丘の頂上へ続く道を歩いていく。 一応舗装されているとは言え、草木が生い茂り、見通しの悪い登り道。 タカツは沈黙したままで。私達は黙々と、登り道を歩いていった。 暫し登ると、不意に視界が開けた。 丘の頂上か。 そう広々としているわけではない。 向こうには崖があり、安全の為の柵も小さく、何処か危険な場所のようにも見える。 「此処はね、通称、裏切りの丘」 「裏切りの?」 「どうしてそう呼ばれているのかは知らない。だけど、良くないことが起こっているのは事実」 裏切りの丘―――か。 漸く歩みを止めたタカツは、其処から臨む町の光景を暫し眺めた後、 ゆるりと私の方へ振り向いた。 「東堂夜子が、死んだのも、この丘よ」 「……ッ!?な、なんだって!?」 タカツが突如打ち明けたその事実に、私は耳を疑った。 東堂夜子が――死、んだ? 「東堂夜子は失踪したんじゃなかったのか?」 「少なくとも月子はそう思っている。だけど――本当は」 タカツは厳しい表情を見せ、零すように紡いだ。 「東堂夜子はこの丘から――そこの崖から、何らかの理由で転落し、死亡した」 「……自殺か?」 「わからない、わからない、けど――」 タカツは其処で、言葉を切った。 緊張感の張り詰めた表情で、何処か淡い色の瞳で、私を見据えて。 「本題に入ってもいい?」 「……ああ、なんだ」 「望さんが、東堂夜子や幸田茜を殺した犯人――そう、“鬼”ではないかと、疑っている」 「……は?犯人?鬼?私が?」 タカツの突拍子のない言葉に、半ば呆気に取られて言葉を復唱するばかり。 彼女は、ポケットから手紙のようなものを取り出した。 「この手紙を出したのは、望さん――違う?」 彼女が見せた手紙には、パソコンで書いて印刷した文字で、こう書いてある。 『生徒会長へ 我の真実を知りたければ、八月五日の午前の刻、裏切りの丘へ来られし』 「……我の真実、って」 「これは合宿中に、私の鞄に入れられていたもの」 くしゃ。 タカツが手紙を握りつぶす、その手に滲んだ微かな怒り。 「正直に言って頂戴。望さんはこの手紙を出した主ではないの?」 「……バカを言うな。私が何を隠すというんだ。真実も何もない、私は二学年から聖蘭に編入した唯の生徒。それだけだ。しかも、今年度からしか聖蘭に居ないのに、何故東堂夜子や幸田茜を殺せるというんだ?」 「本当に違うのね?違うならいいの。……疑ってごめんなさい」 タカツは安堵ともつかぬ吐息を漏らし、私に向き直って言葉を続けた。 「私が望さんを疑ったのはね。誰よりも、事件から遠い人物だからなのよ。故に疑えない――だけど感情的に、何かが引っ掛かる――もしも望さんが鬼ならば、論理的には事件から遠くても、感情的には、最も疑わしい」 「さっきから、鬼、鬼って、一体何のことだ?東堂夜子や幸田茜を殺したのは――生徒会じゃないのか」 正直、タカツの真摯な表情に、呆気に取られている私がいた。 こいつこそが何もかもの主犯で、何もかもを知っていると思っていた。 それなのに、彼女の元に届いたという呼び出しの手紙。 それは、つまり ―――生徒会以外に、犯人がいる、と。 タカツはゆるりと一つ頷き、 丘から臨む景色へと視線を移しながら、言葉を切り出した。 「いい加減、望さんには本当のことを話さなきゃね。確かに、東堂夜子や幸田茜の死を隠匿し、それらを転校という扱いにさせたのは生徒会よ。だけど、私達は唯、隠匿した、それだけなの。彼女らを殺した犯人は、別に居る」 「それじゃあ、タカコ先輩や剣道部に生徒会関係者が介入したあれは――」 「そう。何故彼女らが死んだのか、それを私達は調査しなくてはならなかった。けれど、答えには行き着かぬ侭」 タカツはふっと自嘲的な笑みを漏らし、緩く瞑目する。 「生徒会の真実を隠匿しなければならないばかりに――望さん達には多くの誤解をさせてしまったわね。けれど、それを解くにはこうして真実を話すしかなかった。生徒会が行った、隠匿という犯罪が公になるわけにはいかなかった。……だから、警告を与えることしか出来なかった。怪我を負わせたカンノさんには申し訳なかったと思っている」 「……ば、かな。―――それじゃあ、敵は、他に、居る?」 「ええ」 タカツは、くしゃくしゃにして握り締めていた手紙を、ちらりと見遣って。 「犯人がこれまで通り、挑戦的な行動をしてくるというのなら」 そうして見据えるのは、 私達が先程登ってきたこの丘への路。 「――おそらく犯人は、此処へ、やってくる」 ![]() 「望……ノゾムッ、どうして出ないの……!」 携帯電話から聞こえる、延々と続くコール音。 けれどそのコール音が止むことはなく。 発信先のノゾムが、着信を押すことも、無い。 私―――真壁宙―――は緩く歯噛みして、警戒しながら学園の廊下を歩み始めた。 三年生の教室では今まさに、 生徒会の人間が銃を手に、幾人もの生徒を人質に取り、立て篭もっている。 こんな緊急事態なのに――! 窓から学園の外を見る。 学園の玄関には一台のパトカーが止まっている。 私が呼んだ、ツバサ――柴村警部補だろう。 警戒や慎重さが必要と見ているのか、或いは立て篭もり犯が何も要求を出していないのか 警察はまだ動きは見せぬままで。 廊下を歩いていると、何処からか、微かな音が聞こえた。 僅かに開いた扉。学園内のコンピューター室。 その中から聞こえて来るのは、カタカタとキーボードを叩く音か。 警戒して、静かに扉の隙間から、中を覗き見た。 あれは――二年生の、和栗めぐる――? カタン。 カタカタ。 キーボードを叩く音は止むことがない。 彼女は警戒すべき人物ではないはずだ。 少なくともこれまでの調べでは、生徒会側の人間ではない。 私は緊張しながらも、ガラリとコンピューター室の扉を開けた。 「……!」 「生徒会の人間じゃないわ。警戒しないで」 「あ、え、と、……先輩?」 「真壁宙。対生徒会側の者よ。此処で何をしているの?」 「あ……あたしは、その……」 私の問いに言いよどむメグル。 少しの沈黙を置いて、彼女は言った。 「こ、怖くて――生徒会が、立て篭もってるんスよね?あたし、どうしたらいいのかわかんなくて、このコンピューター室まで来て……それで、ネットで気を紛らわせてたっていうか……」 「成る程。でも、此処に居たら安全かしら?」 「わかりません……でも、生徒会の人ってそんなに沢山いませんよね?見つかるまでは、此処にいさせて欲しいッス。パソコン扱ってると、落ち着くんスよ」 「そうなの……」 概ね、教室での人質にはならず、けれど学園から逃げ出すことも出来ず、 此処で恐怖を紛らわせていたというところか。 逃げ出すことが出来ないというのは、学園の玄関には副会長の山本結梨亜が見張りについているからだ。 この学園が無駄にセキュリティ面が強い所為で、窓は安易には開かない。 玄関か、裏口か。出入り口は限られている。 抜け出すことも、可能では、あるのだろうけれど――。 「わかったわ。私はもう少し、学園内に誰かいないか探ってみる。めぐるさん、気をつけて」 「は、はい。ソラ先輩も」 メグルさんに言い残して、コンピューター室を後にする。 私が去った後――メグルさんが浮かべた意味深な笑みを知ることなど、出来るはずも、なく。 ![]() ソラ先輩が此処に来るより、少し前のこと。 生徒会がこの学園に立て篭もったことを知ったあたし―――和栗めぐる―――は、 逃げ込むように、コンピューター室へ訪れていた。 誰かに助けを呼ぼうと思った。 だけど実際パソコンを立ち上げて、何をしていいかわからなくて。 ついいつもの癖で、ネットから取得出来る自分のメアドへのメールをチェックしていた。 今日は朝に家でパソコンに触れることも出来なかったから。 新着メール、10通。 どれもいつもの広告メールばかりだと思い、無駄なことをしたと思っていた矢先、 あたしは一通のメールに目を留めた。 差出人のアドレスはフリーメールで、そのアカウントは乱数でも打ち込んだようなもの。 誰からのものかはわからない。 そしてその本文を目にして、 あたしは、言葉を失った。 『東堂夜子を死に追いやったのはお前だ 和栗めぐるの言葉が切欠で、東堂夜子は自殺した。 身に覚えはある? 東堂夜子が死んだ日、その日のお前と夜子のチャットの記録を転載する。 >>ヤコの発言:ねぇめぐるちゃん、 >>ヤコの発言:どうしたらいいんだろう >>ヤコの発言:大嫌いな人がいるんだ >>ヤコの発言:優柔不断で頭も悪くて取り柄も無くて >>ヤコの発言:一緒に居てウザくて仕方ないんだ。 >>Megの発言:吊っちゃえば?wwwwwww Megのこの発言で、ヤコは会話をやめた。 自害を決めた。 普通気づくだろう。ヤコが言っていたのは、ヤコ自身のことだったのに。 東堂夜子は裏切りの丘に向かって 丘から身を投げた。 東堂夜子を殺したのはお前だ。 和栗めぐる、お前が殺したんだ。 人殺し。 このことを漏らされたくなければ 生徒会に味方する行動をしろ。 それがお前の 誠意と見做す』 ―――……そんな。 あたし、が 夜子ちゃんを、殺した? そんなwww嘘だろwwwwww 嘘wwwwwwだwwwwwwwwwwwwwwっうぇwwっうぇ wwwwwwっうぇwっうぇ こんな、こと、誰かに知られたら 月子ちゃんや冴子ちゃんに知られたら あたし、殺される。 メールを閉じて、インターネットブラウザを開く。 いつもの、巨大掲示板へアクセスして 速報板に、スレを立てた。 『聖蘭学園で生徒による立て篭もり』 『あたしは今学園のPC室から繋いでいる。銃を持った生徒が教室で何人もの生徒を脅してる。 目的はわからない。でもこれは事実だ』 すぐにレスが入る。 『糞スレ発生』 『>>1厨房うぜえ。氏ね』 『本当ならとっくにニュースになってるだろwwwバロスwwww』 それでもあたしは、 書き込んだ。 『主犯はおそらく三年生の生徒。 聖蘭はお嬢様学校だし、ヤクザの娘とかも普通に居る。 そこから銃を調達するのは可能だったと思われ。 多分犯人はまだ警察に脅しとか入れてないっぽい。 暫くしたら事件になる』 『今学園の門の所にパトカーが来た。 まだ一台しか来てないけど、誰か垂れ込んでくれた? ニュースで流れてないのは生徒が犯人だから少年保護法とかそういうのじゃね? とにかく、これはマジバナ。あたしもいつ見つかるかわかんない』 そこまで書き込んだ所で ソラ先輩がやってきた。 あたしは怯える演技をして、 いや、実際に怯えてたかもしれない。 感覚が麻痺していてよくわからなかった。 ソラ先輩が去っていく。 気をつけて、か。 そうだねwwwwwww気をつけるwwwwwってどうやって気をつけるんだwwっうぇ あたしは小さく笑みを漏らし、 幾つかのウザいレスを無視して更に書き込んだ。 『今、犯人に見つかりかけた。 超あぶねぇwww笑い事じゃないんだけどwwww 隠れて凌いだよ。でも犯人が誰かわかった。 犯人の一人は 三年生の真壁宙』 ![]() 三年生の教室内には、恐怖に怯える生徒達の姿があった。 あたし―――松林歩―――は、教壇に腰掛けて、手の中の銃を弄ぶ。 「なんでこんなことするん……」 人質の一人であるタカコ先輩が、ぽつりとそんなことを言う。 「なんででしょーね。内緒でーす」 「内緒て、なんやそれ。人質とるくらいやから、なんか要求があんのやろ?」 「まぁその辺も、今は言えないんですよねぇー」 曖昧にかわした。 あたしにはその答えは持ち合わせていない。 マリナ先輩曰く、犯人を誘き寄せるためのもの。 だけど犯人らしき人物なんていないし、 第一マリナ先輩も居ないんだし、これってなんてゆーか、無責任? 「とにかく、人質の皆さんは、大人しくしててくださいねー。じゃないと、アユ、撃っちゃうかもしれません」 軽い笑みを浮かべて言う。 被害者役のニシザキ先生が、困惑した様子で嘆息を吐いた。 あれは演技ってゆーよりも、居なくなっちゃったマリナ先輩とか月子先輩とかイズミ先輩とか そんなのを思っての嘆息だろうなぁ。 ホント、みーんな無責任なんだから。 「あ、あの、すみません」 人質の中でも特に怯えた様子の、スミレがおずおずと手を上げる。 「はーい、何かなぁー」 「く、薬を飲みたいんです。ダメですか?」 「薬ぃ?別に構わないけど、水は持ってるのー?」 「は、はい、あります」 「んじゃ、いいよ」 あたしの了承を得て、スミレは鞄の中から薬とミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。 その手は小さく震えていた。あーあ、可哀想なスミレ。 この銃だって贋物だし、危険なんて本当は無いのにね。 小さな錠剤を飲み込んだスミレは、小さく息を吐き、また大人しく俯いた。 犯人、か。 スミレはどう考えても犯人っぽくないのにねぇ。 どういう基準で容疑者絞ってんだか。 アユはバカだから、先輩達の考えてること、よくわかりませーん。 人質達の恐怖心で張り詰めた教室内。 唯一の犯人役のあたしだけが、妙に気楽で浮いている。 ホント、頼みますよマリナせんぱーい。 あたし、自分でも何やってるかわかりませーーん! ![]() 「茉莉奈先輩達、丘の上に向かったみたいですね」 「ええ、私達は待機ね」 小高い丘を見上げる。 下からは、マリナ先輩とノゾムちゃんの姿を見止めることは出来ない。 あたし―――和泉良―――は、付き添いのミナト先生と一緒に、随分離れた場所での見張り任務についた。 マリナ先輩からメールが来たのは、合宿の後の会議で立て篭もり計画を話した、その日の夜のことだった。 あたしへの本当の任務は、丘へ向かうマリナ先輩の後を追いかけ、見張ること。 その、詳しい意図まではよくわからないけれど。 マリナ先輩達は丘まで車で向かうということで、運転手兼付き添いのミナト先生と行動を共にすることとなった。 「あっちが、茉莉奈先輩の指定の場所です。あそこで待機しましょう」 「あんなところが指定の場所なの?」 「そうみたいですよ。なんででしょうね」 ミナト先生の不思議そうな問い。あたしもマリナ先輩の意図はわからない。 とにかく、あたしはマリナ先輩に従うだけだ。 マリナ先輩の指定の場所に辿り着き、 あたしはその場に座り込んだ。 どのくらい時間が掛かるかもわからないし、 或いはあたし達は念のために見張りについただけで、特に何もしなくてもいいのかもしれない。 だけど何だろう。 この妙な不安感。 壁際に背を寄せるミナト先生を見上げ、あたしは小さく問いかけた。 「ミナト先生は怖くないんですか?」 「私?私は、大丈夫」 「そうですか……強いんですね」 ぽつりと呟くあたしに、ミナト先生はふっと笑みを浮かべて。 何処か遠くを見るような瞳で、彼女は言った。 「私は、“見届ける者”だから。特に行動はしないけれど、全てを見届けるわ」 「見届ける者――です、か?」 「そう。よくわからないでしょう?でもいいの。そういう宿命なんだって、自分では思ってる」 「はぁ……」 確かによくわからない。 だけどミナト先生は、その“見届ける者”としての強い自覚があるかのように。 確固たる信念が、彼女を穏やかな表情にさせているのかもしれない。 あたしはミナト先生のことが好きだ。 恋愛感情云々ではなくて、人間として、好意を抱く。 それは、彼女のいつも穏やかな表情から来るものだろうか。柔らかな物腰から来るものか。 或いは、少し子供っぽくて、時々無邪気な笑みを浮かべる、そんなところが好きなのかな。 ミナト先生はあたしと視線を合わせるように少し屈んで、微苦笑を浮かべ言葉を切り出した。 「私ね、一度ニシザキ先生に楯突いたことがあるの。カンノさんが酷い怪我を負って――生徒会の差し金だって、すぐにわかった。私は立場上、生徒会には逆らえないけど、あそこまでする必要はないんじゃないかって」 「カンノちゃんが一ヶ月くらい休んでた時のことですね」 「そう。その件でニシザキ先生に反発したら――わかってはいたことだけど、酷い目に遭わされた」 「ミナト先生もそんなことが……。でも、それが生徒会のやり方なんです」 「そうね。悔しかったけど、でも、茉莉奈さん達はそうしてでも守るべきものがあることを知っていたから、私は納得することにした。生徒会の皆も、或いは月村さん達も、皆それぞれのやり方で、戦っているのよね」 「……戦って。一体何と戦っている?」 「それはわからない。だけど、私はその戦いを、見届けなきゃって思うのよ」 ミナト先生は何処までも穏やかに。 そして優しくて柔らかい言葉で、彼女自身の言葉を紡ぐ。 あぁ、なんだかすごいな。 何が彼女をそうさせるのかはわからない。彼女が言っている宿命なのかもしれない。 そんな信念で全てを見届けようって。そんなミナト先生に、あたしは素直に憧れる。 「……何もないといい」 あたしは祈るように呟いた。 これは見えざる何かとの戦いなんだと、ミナト先生の言葉で思い知らされた。 だけど、それでも祈らずには居られない。 大好きな月子先輩や、茉莉奈先輩達、或いは望ちゃん達が、傷つくなんて厭だから。 「―――ッ!」 不意に、声にならぬ声を上げてミナト先生が真上を向いた。 え――? それは丘の上から 堕ちる、 ―――肢体。 ![]() 「――ユウキ、さん?」 ふっと聞こえた声に、ゆるりと振り向く。 校舎の屋上には涼やかな風が吹いていた。 キィ、と軋む扉を開け、現れたのは、 三年生の真壁宙様。 「御機嫌よう、ソラ様」 「こんな所で、何をしているの?」 「……生徒会の方々が、動いたようですね」 私―――悠祈澄子―――は、一寸声色を落とし、呟く。 その言葉に、ソラ様も表情を険しくして。 「動くにしても大それたことをしたわね、彼女らも。――自分達だって立場が危うくなるでしょうに」 「ええ。そうまでしてでも、果たさねばならぬことがあるのでしょう」 「生徒会は、今回の立て篭もりで、また誰かを転校させようと……?」 ソラ様は、ノゾム様の対生徒会のグループの一員。 生徒会を、悪と見做す者たち、か。 「いいえ、おそらく今回の立て篭もりで死傷者を出すことはないでしょう」 「……どうしてそう言えるの?」 「肝心の方々が、いらっしゃいませんもの」 高津茉莉奈様。 生徒会長、生徒会の要である人物。 今回の立て篭もりに何か大きな意味があるとすれば、彼女の姿が無いのは不自然だ。 それから、月村望様。 彼女は、どのような鍵を握っているかはわからない。 唯、マリナ様が随分と目を掛けている人物でもあり、これは感覚的なものではあるが、彼女もおそらくは要。 そんな彼女らが居ないこの校内で、何が起こると言い得るか。 「ユウキさん、何か知っているの?貴女は、生徒会には関係がないと思っていたのに」 「生徒会には確かに無関係です。そしてソラ様が属す、ノゾム様達のグループにも関わりがない、謂わば中立」 「中立――だとしても、何か知っているような素振りに思える」 「それは、当然です」 きっぱりと肯定する私に、ソラ様は怪訝そうな表情を浮かべた。 彼女は素性不明の人物。学園側すら、彼女の正体を握ってはいない。 何かのスパイなのだろうとは察す。 ともあれ、少なくとも家柄には詳しくないのだろう。 「私の家は、悠祈財閥と謂い、この一帯の財界を束ねるもの。これでご理解頂けるでしょうか」 「簡潔に言ってもらえる?」 「いいでしょう。つまり、悠祈財閥は――この学園に多額の財産寄付を行っています」 「……!」 「お解かりですね。私は理事長にも通じており、生徒会のことも把握しているのです」 「そう、だったの」 「全てを把握した上での中立――私は、」 カシャン。 フェンスを緩く握って告げる。 「――この学園を“見届ける者”として、此処に居ます」 「見届ける、者……」 「ソラ様は、どうか、お気をつけて」 彼女に一つ微笑を向け、フェンスの向こうに見下ろす光景。 全ての歯車は、 理事にすら介入できる私が、――。 ![]() 「今頃ね、学園では、大騒動が起こっている筈」 「え……?」 不意に切り出した私―――高津茉莉奈―――の言葉に、不思議そうに瞳を揺らすノゾムさん。 私は一つ、弱い笑みを向け、丘から臨む鬼灯市の景色を眺めた。 「陽動を仕掛けたの。生徒会の生徒による立て篭もり事件が起こっているわ」 「な、なな、なんだって!?」 「あくまでも陽動。――本当の舞台はこの裏切りの丘であることをわかってのこと」 「どうして犯人が此処に来るとわかっているのに、学園でそんなことを?」 「心配掛けたくなかったの、月子達にね。それに、もし此処で何か事件が起こっても、世間は学園の方に注意する」 「そんな……じゃあタカツは、もし此処で犯人と討ち合うことになって、もし命を奪われるようなことになったら」 「ええ、ひっそり身を潜めるつもりだった。――だけど、やっぱり甘えてしまったのね」 「甘え?」 小高い場所に吹き抜ける風が、ノゾムさんの綺麗な黒髪を揺らしている。 いつからか。 生徒会に敵意を抱いて、私に立ち向かうノゾムさんの姿が、強くて眩しかった。 彼女となら、これまでの事件を起こしてきた犯人とも対等に戦える気がした。 本当のことを話すつもりなんてなかったのに。 私は、 「ノゾムさんに甘えているの。貴女の強さにね」 「タカツが……私に……な」 「妙よね。つい先日まで対立していた仲なのに」 「でもそれは、私達の誤解なんだろう」 「……知らない方が幸せなことって、あるじゃない?」 思わず微苦笑を浮かべると、ノゾムさんは呆れたように溜息を吐いた。 「お前はバカか?私達があそこまでとことん生徒会が犯人だと決め付けて行動して、その誤解を解かずに放置してたらどうなっていたことか」 「ノゾムさんは、生徒会を憎んではいないの?」 「やり方が気に食わないのは変わってないよ。でもお前らにも理由があったんだろ」 「……うん。有り難う」 「そんな改めて言うな、バカ」 何処までもぶっきらぼうなノゾムさんの言葉が、 なんだかくすぐったくて、嬉しかった。 理解してくれたことが、何よりも、嬉しかった。 ノゾムさんの強い瞳が、私を見るあの瞳が、 今は憎しみを宿していないことが、嬉しい。 「ねぇ、ノゾムさん、私は――」 言いかけた、けれど がさり、と 聞こえた音に、咄嗟に振り向く。 この丘へ、下から登る道。 其処から現れた、人物。 「生徒会長に、ノゾムさん。こんな所でどうしたんですか」 ―――彼女が、 犯人、だったの? 辻褄が合わないことが、多すぎる。 ノゾムさんはその人物に、警戒の色を示して。 「坂本、美子―――」 ![]() 「そ、そんな怖い顔しないで下さいよ。一体どうしたんです?」 「それは、こっちの台詞だ」 「え?いえ、私は、偶にこの丘に来るんですよ。風が気持ちいいですから」 「じゃあ何故、木刀なんか腰に据えてるんだ?」 「あ、これですか。えーっと、此処で素振りをしようと、」 坂本美子は、剣の鞘に手を当て、 飄々と言いかわしていた言葉をやがて切り、 ふっと、笑みを浮かべる。 「なんて、苦しい言い訳はやめましょうか。生徒会長、貴女が仲間を引き連れてくるとは思いませんでしたね」 その瞳に宿るのは闇。 嗚呼、やはり、彼女が―――犯人か。 「私だってあんな風に呼び出されて、一人でのこのこ向かうと思う?それほど強靭な人間じゃないわ」 「まぁ、構いません」 坂本は静かに一つ笑みを浮かべ、腰に据えた剣の鞘をトンと叩いた。 「二人居るなら、二人とも―――殺せばいいだけのお話です」 「ふざけるな!!」 冷酷な表情で私達を見据える坂本と、 彼女に吠えるノゾム。 ノゾムは私を庇うように一歩前に出でて、 坂本と対峙した。 「何故、人を殺したりなんかした。何が目的だ、一体何の為に!!」 「それは――私に抗うから、いけないんですよ」 「な、んだと?」 「私の名前。言えますか?」 「……サカモト・ミコ。それが何か?」 「――そう、ミコなんです、私は」 坂本は、くっと含むような笑みを浮かべ、 やがて声を上げて、笑った。 「ミコ、神子――神の子なんですよ、私は!!ははッ、神に抗う人間など死んで当然だ!」 「コイツ、狂ってる」 ノゾムは坂本を強く睨み付ける。 そんな眼差しに、坂本は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 「ノゾムさんは一つ勘違いをしてますね。人を殺すのに、木刀など使うと思いますか?」 「え――?」 坂本は鞘を握り、それをするりと抜いた。 剣――、そう、それは、木で出来た模造ではない。 「これは真剣ですよ。そう、茜先輩を殺した時と同じね」 「――ッ!!」 「さぁ、神にひれ伏せろ!この剣の錆にしてくれる!」 ノゾムの言う通り、 坂本は狂った笑みで、剣を翳し、 とん、――駆けた。 「ノゾム!」 声を上げる。 ノゾムは切りかかる坂本を強く睨んだまま、 その場から動かない。 ――ドン! 鈍い音。 「なかなかの勇姿ですね、ノゾムさん!」 「まぁな」 ノゾムはその腕で、剣を受けていた。 そ、そんなことって。 ノゾムの腕にその刃が食い込めば、 血が滲む。 けれど、真っ直ぐに振り下ろされたであろう真剣で、その腕が落ちなかっただけでも奇跡と言うべきか。 「私はやんちゃでな。子供の頃は木刀を振り回す男子と素手でよく戦った。それが今頃役に立つとはね」 「だからって腕で受け止めるなんて無茶でしょう」 「まぁ、自己流なんてそんなもんだ」 ギリ、と厭な音がして、 刃がノゾムの腕に食い込んでいく。 それには流石のノゾムも、苦しそうな表情を浮かべて。 「このまま私が力を入れれば、ノゾムさんの腕は千切れて落ちますよ」 「なんとかするさ」 ノゾムは刀を受けたまま、僅かに後ずさる。 でも、其の侭じゃ―― 「ノゾム、後ろは崖よ!」 「わ、わかってる」 ノゾムの声にも焦りが滲み始める。 それでも彼女の瞳に宿る強さだけは、消えることがない。 それが――ノゾムの強さだというの? 「そろそろ決めさせて頂きますよ、ノゾムさん」 「ッ!?」 坂本は、ノゾムの腕から一度剣を引いた。 そしてすっと目を細め、 ――ッ 今度こそ切りかかる 「ノゾム!!」 「うわ、ぁあああ!!」 真上から翳された剣が、 ノゾムを捉え、 坂本は嗤う。 「死刑執行!」 ―――……ドンッ。 その、鈍い音が ノゾムの命を奪ったものではないか、と 私は怖くて仕方がなかった、けれど ――違う。 目に映るのは、 崖の淵にまで追い詰められた ―――坂本の姿。 「な、……」 焦燥の滲む声で、その人物を見上げていた。 ノゾムは、からがら攻撃をかわして、私の近くに蹲っている。 ![]() 「剣ってのはな、人の命を奪う為のもんじゃねーんだよ」 太い枝を、その剣として、坂本に真っ直ぐに向けている、その人物は 「さ、冴子先輩……」 ―――東堂冴子。 「坂本……お前が、茜を殺ったのか」 淡々とした声で、枝先を坂本の喉元に向け、問いかける冴子。 坂本は、崖の淵で、醜く嗤う。 「……ええ、そうですよ。あの廃校舎で、どちらが強いか試したんだ。敗者には死、そして勝者には」 黒い、黒い、瞳は、 闇を宿して。 「勝者には鬼が憑くという、条件でね」 「――鬼?」 ぽつりと問い返す冴子に、坂本は薄く嗤った。 「鬼は宿主を求めていた。鬼を宿せば力が手に入る。それを私も茜先輩も望んだ――故の決闘だった」 鬼か――…… 鬼灯の伝説は、本当だった、なんて。 冴子は暫し坂本を睨みつけていたが、やがて口を開く。 「夜子を何処かへやったのも、お前か、坂本」 「夜子?ああ、東堂夜子ですか。――それは、私じゃない」 ……え? 小さく息を呑んで、私は言葉を挟む。 「どういうこと?夜子も、鬼に殺されたんじゃ――」 「鬼は一匹じゃないんですよ、生徒会長」 「なッ……」 「今私に宿りし鬼。そして東堂夜子を殺めた者に宿りし鬼は別のものだ」 「それじゃあ、貴女の他にも居るということ?今も人を殺める気狂いがッ――」 「気狂いとは失礼な。鬼は高貴な存在ですよ。そして私は、」 坂本は、喉元に突きつけられた枝をちらりと見遣り、 くつ、と堪えるような笑みを浮かべた後、 ざ、と 身を、落とした。 「私は今この身に宿る鬼を解き放つ――!!」 「坂本!!」 「ッ!!?」 坂本は自ら、 崖から、身を、 堕とした。 「バカな――!!」 ノゾムが立ち上がり、崖へ急ぐ。 遠くに聞こえる水音。 「自害なんて、バカな真似……!!」 憤るノゾムの背に、私は小さく言う。 「落ち方が良ければ……死んではいない」 「本当か?」 「この下は遊園地の一部のプールになっていてね。夜子が死んだ時は水を張っていなかった所為で即死だったけれど、今回は念のために水を張っておいて貰ったの。それに、下にはイズミとミナト先生が待機している。すぐに119番通報してくれているはず……」 「そうか……」 その場にへたり込むノゾムとは別に、 枝を手にしたまま、黙し、佇む冴子の姿があった。 ――しま、った。 「……茉莉奈、やっぱり夜子は、もう死んでるんだな」 東堂姉妹に、そのことは、話していなかった。 夜子の死を確認したのは私とニシザキで、 月子にも何も話さなかった。 それがせめてもの、慈悲だと、思っていたから。 「隠していてごめんなさい……どの道、助からなかった……」 「月子には言うなよ」 「冴子……」 冴子の背中は多くは語らず、 何かを堪えるように僅かに震えて。 「―――夜子を殺した鬼を、見つけ出さないと、な」 低く呟いた冴子の言葉。 遠くからは救急車のサイレンが聞こえて来る――。 ![]() ![]() その頃学園では。 「先輩方、騙しちゃってごめんなさぁーーい!」 「言ったじゃありませんか、生徒会からのサプライズだと」 アユムとユリアが握る銃。 同時に引き金を引けば、 パァン!と勢い良く、銃口から放たれる色とりどりの国旗。 「は……。サプライズって、そういうことかいな……」 「わ、私なんて、寿命が十年くらい縮んだ気がするのに……」 「ちょ、ま、マジスか、やっば、ネット上のカキコなかったことにしたいッス……」 「……悩んで損した」 「生徒会の皆様は、ドッキリがお好きですのね」 タカコも、スミレも、メグルも、ソラも、ユウキも、 呆れた様子で、その光景を眺めていた。 けれどそんな、 平和が戻った学園の何処かで ――鬼が嗤う。 『……バカばっか』 → NEXT → ← BACK ← ↑ Reload ↑ |