Inside 『四人目の生徒会』





 イズミ タカツ ニシザキ 月子 ユリア アユム
 生徒会室の扉へ触れさせる少女の手は、緊張で僅かに震えていた。
 教室棟とは別にある専門棟の中、職員室から程近い空間が生徒会室に割り当てられていた。
 生徒会室が何処か異質な雰囲気を醸し出しているのは、其処に集う面々の所為か。
 ともすれば、今まさに生徒会室に入ろうとしている少女は、この生徒会室にとっては場違いと言わざるを得ない。

「し、……失礼します!」

 出来る限りの虚勢で吠える子犬のように、少女は挨拶を室内に投げた。
 奥の椅子に座した生徒会長であるタカツが、すっと目を笑みに細める。

「ごきげんよう、和泉さん。突然呼び出してごめんね」
「いえ、大丈夫です!あたしはいつも暇してるんで……なんて、はは。いつでも呼んでください!」

 緊張を見せまいと明るく振舞う少女、和泉良――イズミは、意図とは裏腹にぎこちない空笑いになっている。
 タカツが軽い仕草を伴って席を示せば、イズミは畏まった様子で椅子にちょこんと腰を下ろした。
 伏せ目がちに、覗き見るように見渡す生徒会室の人々。
 生徒会長のタカツ。副会長のユリア。会計の月子。監督教諭のニシザキ。
 ユリアはタカツの隣の椅子に座り、イズミの様子に動じるでもなく弱い笑みを湛えている。
 月子はイズミなど眼中にないかのように、パソコンに向かって何かを打ち込んでいた。
 ニシザキは、緊張のイズミとリラックスのタカツの両名を観察するように眺めている。
 きしり。タカツが足を組みなおせば、椅子が微かに軋む音。
 彼女はイズミに柔らかな笑みを向け、口を開く。

「和泉さんは生徒会の経験もないとのことだし、色々教えてあげようと思って……ね」
「はぁ……、えーと、あたし物覚えとか悪いかもしれないですけど、出来る限りやりますので!」
「出来る限りというより――生徒会のお仕事は絶対にこなして頂戴」

 ふっとタカツの声色に滲み出る、圧力のようなオーラ。
 それに圧されたよう、イズミは不安げにタカツを見つめる。

「ねぇ、和泉さん。どうしてこの学園の生徒会は、指名制度で続いていると思う?」
「……わか、らないです。ずっとそうだったから、って、思ってました」
「ちゃんと理由があるの。……前任者は、自信を持って責任を委ねられると思う者を指名する。前期副会長だった私が、結梨亜を指名したように」
「でも、あたしは指名じゃなかった」
「そう。圧倒的な支持だったから―――止むを得ず、貴女を生徒会に加えたのよ」
「……そんな」

 消極的で、悲観的な言葉に、イズミはショックを隠せない。
 場違いだ。と、少女は誰にも聞こえぬ声で呟いた。
 そんなイズミに、ゆるりと歩み寄るタカツ。俯いたイズミの頭に、ふわりと手を添えた。

「けれど、今すぐ出て行けとは言わないわ。貴女が生徒会の仕事をちゃんとしてくれるなら、それでいいの」
「ぅ――あ、ッ、あたし」

 負けず嫌いな子供のように、顔を上げて強く発された言葉も途中で止まる。
 イズミの真っ直ぐな瞳を、タカツの氷色の瞳が捉えた。

「貴女は正義感が強く、不正や不平に刃向かおうとする異端分子。リーダー的な立ち位置を好み、支持されることに大きな喜びを感じる。……そうだったわよね、月子?」

 最後に投げかけた名の主は、カチリとパソコンのマウスを一つクリックしては、頷いた。

「そう。密かに和泉のことは此方で調べさせてもらった。小学生の頃からそういう立ち位置に居たけれど、決して茉莉奈のようなカリスマ性があるわけではない。良く言えば和泉は努力家なリーダーだった。合ってるかな?和泉」

 月子は切れ長な瞳でちらりとイズミを横目に見、その様子を伺う。
 イズミは迷いを隠し切れない様子だが、こく、と小さく頷いて見せ、言葉を発す。

「生徒会って凄いんですね、そんなことまで調べちゃうなんて。そうです、あたしは何の取り柄もないし、黙ってれば空気扱いされるような人間ですよ。でもそんなの嫌だから、だから、皆に好かれようって努力して……」

 言葉が尻すぼみになる。イズミへ向いた幾つもの冷たい眼差しは、そんな彼女の努力すら否定するようで。

「――、ぅ」

 イズミは俯き、唇を噛んだ。何かを堪えるように唇を閉ざした。
 そんなイズミの頭を、ぽむり、タカツが優しく撫ぜる。

「ごめんね、和泉さんを虐めているわけじゃないのよ。只、この生徒会は貴女が思い描いている理想とは違うということを受け入れてもらわないことには、私達も何も出来ない。……大丈夫よ、貴女は貴女で此処での役割がある」
「あたしに……役割?」

 僅かに濡れた瞳でタカツを見上げるイズミ。
 タカツは微笑んで、言葉を続けた。

「この生徒会には大きな秘密がある。それを口外しない、そう厳守することが貴女の最初の役割」
「……おおきな、ひみつ」
「そう。まだ詳しくは話せないけれど――“転校”が大きく関係している秘密」
「あの、その秘密を守ったら、あたし、生徒会の一員として認めてもらえますか?」
「勿論。否、生徒会には秘密があると知った時点で貴女は既に生徒会の一員よ。一員である以上、秘密を守る義務も既に生じている。わかるかしら。――私達に逆らうと酷い目に遭う、とも付け加えておく?」

 ゆらり。タカツの瞳に揺れるのは薄氷色。
 イズミの瞳に揺れるのは怯えの色。

「歩」

 不意にニシザキが呼んだ名。
 此処に居る者の名ではないはずだとイズミは困惑した。
 生徒会室の奥の給湯室、そして倉庫から、ひょこりと顔を出すのは一年生の松林歩――アユム。

「よーやく、アユの出番ですねー!ね、ね、センセ?アユが和泉先輩のことちゃんとしたら、誉めてくれますかぁ?」
「そうね、上手くやれたらね。早速お願い」
「はーい!」

 イズミは混乱していた。生徒会にあんな少女は属していない。
 アユム。少女の制服のリボンは初々しい1stの色。

「ってことで、和泉先輩、ちょっとこっち来てくれますか?」

 アユムが給湯室の方から手招きする。タカツはイズミを促すように彼女の背に手を添えた。
 イズミは警戒を解くことなく、おずおずとアユムの方へ近づいていく。

「――つ、かまえ、……た!!」

 ぐ、いん。がしゃん。

 突然アユムに腕を取られ、そのまま強引に薄暗い倉庫へ投げ出されるイズミ。

「痛ッ、な、何するの?こわ、いよ……」

 倉庫には窓一つ無い。取り付けられた蛍光灯も灯されていない。入り口から差す光だけが頼り。
 イズミからは逆光で、アユムの顔が見えなかった。
 表情の見えぬアユムは、何処か嬉々とした声色で紡ぐ。

「さっきから先輩が言ってるじゃないですかぁ。秘密は絶対に守らなきゃいけないって。でも、誰が何処でその秘密を漏らすかわかんない。それって超危ないですよねー?だから、生徒会関係者はお互いに秘密を握ってるんです」
「……わから、ないよ、あたしの秘密を握るの?」
「そーいうことです」
「あたしは隠すことなんてなにもない……!」

 ぶん、とかぶりを振るイズミに、アユムはクスクスと笑った。陰湿な空間に少女の笑い声が響き渡る。

「秘密がないなら、作っちゃうだけです、よ?」

 暗がりの中、どん、と物音。
 衣擦れ。
 声にならぬ叫び。
 そして時折、アユムの嗤い声。
 一部始終が音声でしか知れぬ人々は、一寸顔を見合わせた。

「歩に任せて本当に良かったの……?」

 月子が小さく問えば、タカツは肩を竦める。

「やりたいって言ったからやらせたんだけど、後始末が面倒そうね」
「後始末なら私がやるよ」
「あら。月子ってばそういう所は上手いのよね」
「別に好きで上手いわけじゃない……。それも秘密を守る手段の一つ、でしょ」
「……まぁ、そうね」

 溜息交じりの二人。
 副会長のユリアは口を挟むことはなく、元から柔らかな顔立ちの侭、無言で一部始終を耳にしている。

「後始末と尻拭い。扉くらい閉めなさい」

 ニシザキは呆れたように言いながら、イズミとアユムの居る倉庫の扉に手を掛けた。
 多少の防音の効果はあるその扉が閉じきった直後、響き渡るは少女の叫び。

「いや、やだ、ッ――いやあああああああああああ!!!!」





 イズミ 月子
「……派手にやられたね」

 月子のその言葉が、イズミに届いているか否か。
 室内には少女の痴態が写された、ポラロイド写真が数枚散らばっている。
 当然、肝心な写真はアユムが既に回収しているだろう。
 パチリ、倉庫の蛍光灯を灯せば、乱れた衣服のまま、嗚咽を漏らすイズミの姿。
 横になったまま、身体を丸めて、両手で目元を隠していた。

「……和泉」

 月子が呼びかける声に、イズミはぴくりと反応は見せるが、今は心を閉ざしてしまったかのよう。
 怯えるように、更にその身体を縮めた。

「もう何もしないよ」

 月子は手にしていた毛布をそっとイズミの身体にかけ、すい、と目を細める。
 イズミは一瞬、泣き腫らした赤い目でツキコを見上げるが、すぐに逸らした。

「…………すまない、と、思っている」

 丸くなった少女の傍に座り込んだ月子は、は、と息を吐き、片手で自身の額を押さえた。
 呆れとも落胆ともつかぬ、弱い声色で月子は続ける。

「私は君を生徒会に加えることに、反対だった。関係の無い者に、こんな思いをさせてまで、私達の加担をさせる必要などないと思っていたから――でも、私は無力だったよ。……ごめん、和泉」
「月子、先輩。どうして、先輩は生徒会に、居るん、ですか」

 目を伏せたままに、ぽつりとイズミが問う。
 月子は一寸逡巡しては、苦笑するように肩を竦めた。

「さあね。只、私には合っているんだろう、この生徒会という場所が。……茉莉奈のことも嫌いじゃないしね」
「茉莉奈、って……生徒会長です、か。あたしは、その、茉莉奈先輩が……怖い」
「無理もない。茉莉奈は、ああいう女だから。でも案外良い所もあるんだ」

 月子は訥々と零しながら、イズミの頬に掛かった彼女の髪をそっと指先で払った。
 不意打ちだったのか、イズミは怯えるようにびくりと身体を震わせる。
 ぱちり、瞬く月子。嗚呼、と、思い当たるように視線を逸らした。

「和泉は私のことだって怖いだろう。冷徹で、まるで血が通っていないようだ、なんて、生徒会の中ではよく言われる。嫌だったら言ってくれたらいい、私は無為に干渉するのも好きじゃないからね」

 何処か自嘲をも滲む言葉を紡ぐ月子。
 彼女がイズミから手を離そうとした時、
 ぱし。
 イズミの手が、月子の手を引き止める。

「……確かに月子先輩は怖かった、です、けど、……」

 ――けど。それ以上の言葉に詰まってイズミはぐすんと鼻をすすった。
 そんな様子を見ても月子は笑みを浮かべることはなかったけれど、
 イズミの手を振り払うこともしなかった。

「その身体で一人で帰すのは流石に忍びない。途中まで送っていく」
「いいんですか?まだ生徒会の他の先輩達とかは……」
「皆もう帰ったよ。それなら尚更、君を送っていくのは私しか居ない。生徒会は厳しいんだよ、色々と。アフターケアを怠るな、なんて西崎に叱られそうだ」

 月子の言葉は冗談めかしているが、本人に笑みが全く無いため、相手はそれが冗談なのか本気なのか判断に迷うだろう。イズミはその言葉に何を思ったのか。鈍痛が残る身体を起こし、イズミは無理に笑って見せた。

「ありがとうございます、月子先輩」
「……どう致しまして」





 タカツ ニシザキ ユリア
「飴と鞭なんて、凶悪よね」

 月子とイズミを残して生徒会室を後にした面々は、下駄箱で分かれるまで、短い会話を交わしていた。
 其処は学校の廊下であり、他の生徒から聞かれる可能性も考慮して言葉を選んでの会話だ。
 因みにアユムは正式な生徒会役員ではないため、一足先に帰されている。

「一番凶悪なのは飴担当の月子でしょう?」

 一歩前を歩きながらクスクスと笑うタカツ。くるり、振り向いては後に続くニシザキとユリアに目を細めた。

「鞭は誰でも振るうことが出来るけれど、飴はそうはいかない」

 確かにね、とニシザキは微苦笑で頷いた。
 この生徒会内では一番大人しいであろうユリアも、ぽつりと零す。

「利用するための優しさって、とても残酷なように聞こえますけれど、それは本当に優しい人にしか出来ないことなのかもしれません」
「月子が優しい、ね。……どうなのかしら。わかんない」

 と、タカツは時折子供のような仕草で笑ってみせる。
 それが彼女の素の仕草なのか或いは演技なのか、それを見分けられる者などいないのかもしれない。
 そんなタカツや、大人しいが発言は的確なユリア、そして生徒会室に残してきた月子。
 三人の生徒会役員を思っては、ニシザキはふっと息を吐いた。

「今年度の生徒会は今まで以上に期待出来そうね。只、気になるのは……」

 ニシザキの言葉を遮るように、タカツがとん、と一歩前に飛んでは振り向いた。

「彼女のことならご心配無く。表と裏のコインのようなものですから」

 くすり、笑みを残し「それではごきげんよう」と、タカツは三年生の下駄箱の方へ歩いていった。
 その場に居る二人には、タカツの言う“彼女”が誰なのかわかっている。
 月村望――ノゾムのことだ。タカツが半ば一目惚れ状態で生徒会への勧誘を決めたが、
 神野由奈――カンノに何事か吹き込まれ、今は生徒会を敵視しているであろう生徒。
 コインのようなもの。それが意味することまでは、ユリアもニシザキも理解に及ばない。
 仲間につくか、敵となるか、その表裏なのか。
 或いは、ノゾムと敵対し、勝つか負けるか、その表裏なのか。
 タカツのしゃんと伸びた背から伝わるのは、自信といったものよりも、
 これから起こることへの好奇心や、現在を楽しんでいるもののように、
 二人の瞳には映っていた。








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