―――。

        この身体に鬼を宿した。

    けれど、まさかこんな。

            悪意だけが形ではない、なんて…―――。

     こないで。こないで。 私を壊さないで。





『聖少女領域』












 月子 タカツ イズミ 結梨亜
「マリナ」

 放課後の更に後。
 生徒会室のパソコン前。雑事をこなした私―――東堂月子―――は、キィ、と椅子を軋ませ振り向いて、同様雑事をこなすマリナに声を掛けた。マリナは何処かぼんやりした様子だったが、ふ、と顔を上げる。

「なぁに?」
「もう遅い。イズミも余り遅くに帰らせるわけにはいかない。そろそろ撤収しよう」
「あ、そうね。ユリアもごめんなさい、付き合わせて」
「いえ、私には……お構いなく」

 もう既に窓の外も暗い校舎。生徒会室に残るのは私、マリナ、イズミ、ユリアの四人。
 ニシザキは現在出張中で、生徒会監督教師として此処には居ないが、かといって私達が生徒会の仕事に手を抜くわけでもない。裏の仕事も当然のこと、通常雑務も真摯に取り組むのがこの生徒会の遣り方だ。

 私達はそれぞれ、後片付けを終え、自分の鞄を手に四人で生徒会室を後にした。

「うわぁ、外はもう真っ暗ですよー。あたし一人で帰るの怖いなー!」

 外の様子を見てはそう声を上げるイズミに、私は小さく微苦笑して。

「じゃあイズミは私が送っていこう。構わないかな?」
「え、いいんですか!じゃ、じゃあお言葉に、甘えます」

 誘いをかければ、イズミは嬉しそうにはにかんで見せる。
 そんな笑顔が、いつからだろう、無性に頭から離れなくなったのは。
 イズミと共に居ると心地が良い。彼女に甘えられるのは悪くない。
 ……なんて、私らしくも無いかな。

「じゃあイズミさんのことは宜しくね、月子。私とユリアは一緒の車だから」
「わかった。車はもう校門前で待っているのかな」
「ええ。いつも遅くなってばかりで待たせて申し訳が無いのだけどね」

 そんなことを返しながら下駄箱に上靴を置くマリナ。
 マリナはお嬢様なのに、それを鼻に掛けていない所に好印象を抱く。校内の生徒には勿論、彼女の家の執事に対しても感謝を忘れない。ただ、少し気まぐれな猫のような性格のマリナだから、何処までが本心かは知らないけれど。――それでも悪い人間だとは思わない。

 校舎を出るとやはり外は暗く、外灯が覚束ない光で正門までの道を照らしていた。
 マリナと隣、歩きながら ―――ふ、と、夜空を見上げる。
 そうか。今夜は冷え込むのだったな。
 その分、空気が澄んでいる。

「見てご覧。今宵は星が綺麗だ」

 私は口元にだけ小さな笑みを灯して、夜空を見上げた。
 つられるように空を見上げる三人。

「本当だ!星がキラキラしてる。すごい綺麗ー」
「美しい夜空ですね」

 イズミとユリアはそう言って同意を返すが、マリナは唯、中空を眺めた侭押し黙っていた。私はそんなマリナを――、過去にも何度か、見たことがあった気がする。
 ―――…。

「……マリナ?」

 ぽつり、名を呼ぶと、マリナは何処かぎこちない仕草で私に視線を向けて。

「本当に綺麗ね」

 そう――、まるで台詞のように、短く告げた。

「意外だな」

 私は彼女に少しだけ言及する心算で続けた。

「マリナは空なんて見ない気がしていたのに」

 ―――…。

「……?わ、私だって空くらい見るわ?ただ、忙しい時は空を見上げる余裕もなくなっているのかもしれないわね。ほら、最近ばたばたしていたから」

 誤魔化すような早口はマリナらしくはなくて。
 私の中の疑心が、少しだけ確信に近づいた気がした。
 マリナは、もしかすると――…。

「二人ともお疲れ様。それじゃあお先に失礼するわね。月子はちゃんとエスコートするのよ?」

 そんな悪戯めかした言葉を残して、ユリアと共に送迎の車に乗り合わせるマリナ。
 私はそんなマリナに、強い違和感を抱かずには居られなかった。





 月子 イズミ
「……」

「……?」

「……」

「……月子先輩?」

 イズミと二人、帰路を歩く。
 暫しの沈黙、打ち破ったのはイズミの不思議そうな呼びかけだった。
 うん?と軽く小首を傾げてイズミを見遣る。

「月子先輩、なんだかいつもと違いますよ……ずっと黙ってて、何か考え事でもしてるんですか?ちょっと、変な感じ――」

 そんなことを不安げに言うイズミに、ふっと笑って。

「変なのは私じゃない。……マリナとユリアだ」
「え?」
「ずっと気には掛けていたのだけどね。今日の様子で益々違和感を覚えたよ」
「マリナ先輩と、ユリアちゃんが?二人がどうかしたんですか?」
「うん……」

 ユリアの様子の変化は、此処最近のことだ。
 以前はしゃんと伸びた背筋に、真っ直ぐな瞳。マリナだけを追っているような、可愛い妹といった存在だった。そんなユリアが、最近になって酷く雰囲気を変えた。視線はいつも下向きで、その瞳は何処か虚ろで。まるで何か大切なものを失ったかのような――…そんな変化。
 マリナはすぐ傍に居るのにな。一体何があったというんだろう。
 だけど、

「今はユリアのことよりも、マリナのことの方が気に掛かる」
「そうなんですか……?」

 ―――イズミになら言っても良いだろう。
 マリナに、ずっと前から感じていた違和感を。

「先程私は夜空を見るよう促した。特に他意はなかったのだけどな。……その時のマリナの様子が厭に引っ掛かるんだ」
「引っ掛かる?マリナ先輩も、綺麗って言ってませんでしたっけ?」
「その発言までに随分の間があったのは覚えていないか?」
「……う、うーん、言われてみれば?」

 確かにこの位は些細なこと。だけど私はマリナの性格をよく知っている。

「マリナには彼女自身の独特の価値観がある。特に美意識に関しては顕著だ。美しいものは美しいと言うし、そうでないものには余り興味を示さなければ、話を合わせる様なこともしない」
「はぁ……。え?それって?」
「今日の夜空はね、確かにいつもに比べれば綺麗だよ。だけど、私はこの夜空がマリナの美意識に適う程に美しいとは思えないんだ。そして、もう一つ気になるのは」
「……」

 そう、これが、私がマリナに違和感を覚え始めた切欠だった。

「以前の文化祭で天文学部の催しに無理矢理引っ張っていったことがある。マリナは何故か嫌がったんだ。それでも無理に連れて行った。特設のプラネタリウムだったよ」
「……はい」
「マリナは知っての通り博識だ。勉強でこそ私以上に引け目を取ってはいるが、雑学や学問の常識には、精通している。そんなマリナに私は問いかけた。“あの星座は何だったっけ――?”」

 あの時の。動揺したようなマリナの顔は、今でも覚えている。
 そしてマリナは――

「マリナはこう答えた。
 『わからない』と」

「……で、でもそれは、珍しい星座とかだったんじゃ」
「有名な星座だった。私がその名前をど忘れして問いかけたんだ。そしてマリナの返答にも違和感がある。――知らないんじゃなくて、わからない、という言葉に、何か違和感を覚えないか」
「知らない、と、わからない、ですか。同じようにも聞こえるんですけど……」
「もしマリナが本当に知らないんだったら、知らないでも、わからないでも道理ではある。ただ、もしあの言葉が思わず漏れた本心だったら――マリナは知っていたかもしれないのに、わからなかったんだよ」

「――――どういう、ことなんですか?」

 イズミは歩きながら話すのをやめ、何処かうろたえた表情で私に問う。
 私は自らの瞼に触れた。

「私はね、コンタクトをしているんだ。中学生の頃に視力を悪くしてね。そしてこれを外したら―――何もかもが見えなくなる」

「……?」

「そう。星も見えなくなるんだ。……私はそういうことなんじゃないかと、疑っているよ」

「ま、待ってください、月子先輩。マリナ先輩は眼鏡掛けてるじゃないですか」

「―――眼鏡の補正でも見えなくなる位に、視力が悪化しているとしたら?」

「……そんなことって、あるんですか」

「あるとしたら極度だけどね」

 ふ、と息を吐いて、私はイズミの腕を取って歩き出す。

 そう、マリナは―――目が悪いんじゃないか。
 それも極度に。星すらも見えない程に。
 ―――そして何故それを、私達に隠す?

「う……、月子先輩」

 不意にイズミは情けない声で、私の腕をぎゅっと抱いた。
 はたり、一つ瞬いてイズミを見る。
 イズミは何故かその瞳に涙を一杯に溜めていた。

「――ッ?」

 動揺する。
 な、なんで泣く?
 私はイズミを傷つけるようなことを言ったか?

「ご、ごめんなさ――あたし、なんか、すごい不安になっちゃってッ……!」

 イズミの瞳からぽろぽろと零れ落ちる涙。
 私はそれを止める術が見当たらなくて、くしゃりとイズミの頭を撫でる。

「心配しなくていい……」

「本当ですか?月子先輩、月子先輩は……、あたしに隠し事なんて……」

「しないよ。約束する。私はいつでも本音でイズミに接している」

「……月子先輩」

 私を見上げる濡れた瞳に、ぐらりと脳が揺さぶられるような感覚がした。
 嗚呼、いつかもっと遠い昔に感じたような、この感覚―――。

「私は、イズミが」

 ふわりと、充血した瞼に口接けを落として、

「―――…好きだよ」

 囁く言葉はきっと、私の本音なのだと、思う、……。










 タカツ セツナ
『嗚呼…私は星を知らない 遠過ぎる光は届かないから
 嗚呼…僅かな視力でさえも 何れ失うと告げられている…』

 鬼はそう来るのか。
 容赦なく、弱みに。
 こんなこと、あの人にしか話せない……。

「鬼が、宿った……?」

「宿した、と言った方が正しいです」

 鬼灯市内に唯一ある大学。
 其処に通う生徒会OGにして前生徒会長のセツナ先輩に、
 私―――高津茉莉奈―――は会いに訪れていた。
 この身に宿る鬼のこと。そして、――目のことを話す為に。

「何故貴女が鬼を宿したのか。先ずそこから聞きましょうか」

 セツナ先輩は切れ長な瞳で私を見る。
 其処にあるのは少しの冷たさと、その奥にある心配の色。
 解っている。セツナ先輩は冷たい人と思われがちだけど、本当は優しい人。

「話し始めると長くなります。構いませんか?」
「ええ」

「――誰かを犠牲にしたくなかった……と言えば、独善的なのかもしれません。少なからず好奇心もあった。この身で体験してみたかったんです。或いは、私ならば鬼に打ち勝てるかもしれないと過信もあったのでしょう。……されど、鬼がこんなにも得体の知れないものだなんて、宿してみて愕然としました……」

「……」

「彼女達はこんなに恐ろしいものと戦っていたなんて。私の戦うべきものが此処に在りながら、何も出来ないなんて……。酷い無力感です」

「……なるほどね。それで私に相談に来た、と」

「ええ。そして今回の鬼の影響は、セツナ先輩にしか話せないんです」

「と言うと?」

 私はそこで一度言葉を切り、沈黙した。このことを言ったら、また以前のように叱られてしまいそうで、幼子のように怖かった。
 けれど話さないことには前には進めない。

「―――鬼は私の視力に侵蝕して来ました」

「……! マリナ、貴女……まだ手術を受けていなかったの?私が在学中にあれ程しつこく言ったのに!」

「ごめんなさい。だけど私は手術が失敗して、完全に失明するのが怖かった」

 セツナ先輩は呆れたように、くしゃりと自らの髪を乱し溜息を吐く。

「手術は成功する可能性だって十分にあったし、今からでも遅くは無いわ。兎に角、この話は――」

「……?」

「マコト先輩も交えて、続きをしましょう」

「マコト、先輩……三村真琴先輩ですか?初代生徒会長の……?」

「そうよ。同じ大学なの。知らなかった?」

「ごめんなさい、初耳です。マコト先輩にはお会いしたこともなかったから」

「兎に角行きましょう。ご多忙の身だから、失礼の無いように」

「……はい」





 マコト タカツ セツナ
 コンコン。
 研究室にノックの音が響き「お客様です」と警備員の声がする。

「はい。どーぞ、通して。お客さんなんて珍しいな」

 私は独り言ちて、PCのディスプレイからちらりと扉の方へ視線を投げる。間もなくして扉が開いたかと思えば、後輩のセツナちゃんと、――ああ、この子は。

「マコト先輩。ご多忙の所申し訳ありません。相談があって来ました。この子は」
「知ってるよ。現生徒会長の高津茉莉奈ちゃん。生徒会のことは偶に聞いてるから」
「あ、はい――高津茉莉奈です。お会いできて光栄です」
「ままっ。そんな堅苦しい挨拶は置いといて、なにやら相談なんでしょ?まぁ座って」

 私は手近な椅子を二つ用意し、二人に促した。
 茉莉奈ちゃんと私が向かい合うように、そして茉莉奈ちゃんの後ろにセツナちゃん。

「マコト先輩には、生徒会の――いえ、聖蘭の近況からお話します。――鬼について」
「……"鬼"?」

 私は突然出てきた言葉に、怪訝に問い返す。
 マリナちゃんは小さく頷き、鬼のこと、それの被害者や対峙する者のことについて、手短に、だが重要な所は確りと、私に話してくれた。

「……お姉さんびっくりだよ。生徒会がこんな非科学的なもの追ってるなんてね。メイカさん喜びそうだ。それで、しかもその鬼がマリナちゃんに宿っちゃってる、と」

「……はい」

「ああ、いや、言いたいことはわかる!元々生徒会が隠匿してきた事件が鬼に関係していたのなら、それに気づけなかった私達、前生徒会長にも責任はあるんだ。特に私は科学的な調査をしては泥沼に嵌ってた口だからね。そこんとこは申し訳ない。勿論その"鬼"については信じるよ。それに、私にもすることはあると思うし。唯――その、目のことについて、詳しく話してくれるかな」

 まぁ内心かなり驚いている。私達が散々追いかけていた事件の加害者。それなのに殆どと言って良い程見つけられなかった。見つかったとしても、偶然の事故で、階段でぶつかっただとか、そんなのばかりで。尤も以前の聖蘭は事件の数自体が少なかったから、そんなお蔵入りになったわけだけど。
 そして気になるのはマリナちゃんの目について。彼女はそのことを、とても話しづらそうにしていた。……そんなマリナちゃんの様子を察したのか、セツナちゃんが代わりに口を開いた。

「マリナの目は、私の在学中……つまり、もう、一年かそれ以上前から悪化の一路を辿っていました。悪性のウィルスに侵されているそうで、進行はゆっくりではありますが、このまま放置していれば、必ず視力を失うと医師に断言されています。だから私は手術を勧めていたのですが、マリナが結局首を縦に振りませんでした」

 そう、セツナちゃんは説明しては、少し悲しげに視線を落とす。

「なるほど」

 私は短く頷いて、マリナちゃんに目配せした。

「ちょっと改めてその視力やウィルスについて検査させて欲しいんだ。厭とは言わせないよ」
「わ、わかりました……」

 そうして私は、マリナちゃんを専用の検査室へ連れて行き、
 検査すること数十分。


 ―――……。


 事は思っていた以上に深刻だった。
 検査室を後にし、マリナちゃんの腕を取ると、私は真っ直ぐに彼女を見据える。

「医師を目指す者として忠告――いえ、警告します」

「……」

「貴女の目は、もう数ヶ月も持ちません」

「……わかっています」

「わかっているなら何故!何故手術を受けないの―――!!」

「それはッ!」

「……それは?」

「見たいものがあったから。この瞳に焼き付けたい人が居たから。視力を失うまでの数ヶ月でもいい、彼女を見て居たかったんです、……!」

「……莫迦!」

 パシン!
 静かな廊下に響くのは、私の手が彼女の頬を打った音。
 マリナちゃんは震えながら打たれ赤くなった頬に手を当てるが、
 それ以上言葉にはせず、小さく頭を振った。

 ……――。

「とりあえずセツナちゃんの居る私の研究室に戻ろう。鬼の被害についてはそこから」
「はい……」





 マコト タカツ セツナ メイカ
 というわけで研究室に戻ると、―――
 何だろう、この眩暈は。
 どうしてこの人が此処に居るんだろう。

「マコト先輩にお客さんだそうですよ」

 遠くを眺めながら言うセツナちゃん。
 セツナちゃんもこの人物については知っている。

「やぁ、どうも」

 人物は、ピッ、と手を上げて軽い敬礼のように挨拶をしては、
 笑って見せる。

「あ、あの、先輩方のお知り合いですか……?」

 マリナちゃんの言葉に、私と、セツナちゃんと、人物は一斉に口を開いた。

「残念ながら……」
「嘆かわしいことに」
「初めまして!」

『貴女の先輩です』

 ハモってしまった。
 わりと酷い私とセツナちゃんの紹介を気にするでもなく、
 彼女は続けた。

「いや、まぁ一応聖蘭の卒業生で、今は民族文化を研究している者なんです。高津茉莉奈さんですよね。一方的に知ってます。私は金田一明香(キンダイチ・メイカ)と言います。宜しく!」

「メイカ先輩です、か……。失礼ですが和栗めぐるをご存知ですか?」

「……。赤の 他人 デスガ?」

 よくわからないやり取りがなされている。
 それにしても何故。何故メイカさんが此処に!?
 鬼だとかそんな非科学的なものは否定していた私と、
 非科学的なものまで徹底的に追求するメイカさん。

 しかし――――鬼か。
 こうなると……メイカさんの知識をも頼ってしまうことになるだろうか。

「ふむ」

 私は一息吐いて、研究室に無造作に置かれている煙草を抜き出し火をつけた。
 ふぅ、と紫煙を吐き出しながら一言。

「メイカさん、ごめんなさい」

「!?」

「今まで意地悪し過ぎました。メイカさんが余りに可愛いので、つい……」

「は!?ぇ!?」

「ご覧の通り、此処に居るのは歴代の生徒会長です。……生徒会の秘密をお話して差し上げます」

「な、なんですと!?あれだけ拒んでいたマコトさんらしくないですよ」

 教えると言ってもこの反応か……。
 メイカさんは何というか。天然だ。
 ともあれ私は、生徒会の隠匿の事実、そして今まで聞いた鬼のことについてメイカさんに話して聞かせた。

「…………じゃあ転校は、事件を隠匿する為に、やはり生徒会が人為的に――」
「はい」
「なんて非人道的なことを!悲しむ人がどれだけ居ると思っているんです!」
「それは――学園のために、仕方の無いことだったんです。それよりも!」

 ダンッ!と机を叩いて一喝する。

「今の問題は鬼なんです。その為にメイカさんにお話しました。力を貸して頂きたいんですよ」
「あー、はい。生徒会の遣り方には今も不満を持ってますけどね。これ以上"転校"が起こらない為にも私は力を貸しましょう。そもそも、鬼の仕業と言うことはわかっていました」

「……は?」

 わかって、いた?
 メイカさんが?何故?

「知りませんでした?鬼灯市は以前、鬼が住まうとされる鬼灯村でした。そして過去、鬼は封じられましたが、結界の崩壊により、再び鬼が戻ってきているんですよ。ただ、事がこんなに早く進行しているとは予想外でしたけど」

 そうか、この人、民俗学者だった……。

「で。今はマリナさんに鬼が憑いているんですね。具体的に鬼が宿っている実感はありますか」

「……ええ」

 そうだった。マリナちゃんは自身に宿った鬼のことで相談に来たんだ。
 私達は真摯にマリナちゃんに注目し、続く言葉を待つ。

「視力を、そして意識を、乗っ取られているんです。いえ、乗っ取られかけることがある、と言った方が正しいのですが。」

「それは、具体的には?」

「私はお話した通り視力が極端に悪化しています。けれど時折世界が鮮明に見えるんです。モノクローム、歪んだ街並み、どす黒い光…――」

「……」

「私の"領域"が侵されていく。そして私の意識が求めているんです」

 マリナちゃんは長袖のカーディガンの袖を捲る。
 其処には真新しい、鋭利な刃物で切ったような傷跡があった。



「血色(ヒカリ)を――死(ヤミ)を―――求めている……」








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