『Dash! To Truth』





 ノゾム サカモト
「……久しぶりだな」

 一ヶ月ぶりに見るその顔に、漏らす言葉はそんなありきたりなものだった。

「うん、久しぶり」

 彼女は心なしか痩せた顔で弱く笑う。
 ああ、本当に久しぶりだ。
 この顔を見ると生徒会と対立してた頃に戻ったみたいだよ。

 ――坂本美子。


 長期の入院となった病院で、
 相部屋の一角のベッドで、坂本は、私―――月村望―――に向き直り、告げる。

「君に会ったらまず謝らないといけないと思っていた」
「いいや、それは必要ない。お前が何故あんなことをしたかは解っている」
「……鬼の所為、か」
「だろう?」

 ベッドの上で、坂本は軽く膝を抱え、弱ったように髪を梳いた。

「それも否定しないけれど、私にも非はあった」
「例えば?」
「茜先輩のこと、とかね……」

 坂本は一寸沈んだ表情で、目を伏せる。
 その様子に、私も少し黙し、いつかのユウキの言葉を思い出していた。

 『茜様を殺めたことによる罪の意識、罪悪感という強い意志と、鬼に対する憎しみ……』

 坂本はずっと戦っていたのに、私達は何も気付けなかった。
 それなのに何故、坂本に謝られることがあるだろうか。

「いや、許すとか許さないじゃない」

 私はそう仕切り直し、ベッドに座る坂本に拳を差し出した。

「現在の鬼に立ち向かう術を一緒に考えて欲しい」
「そうか、まだ……何も終わってはいないのか」

 坂本は一瞬表情を翳らせたけれど、すっと私の拳に拳を合わせ、
 その真っ直ぐな眼差しで私を見つめた。

「いいだろう。今度は身体の外の鬼と戦う為に剣を取ろう」





 ノゾム サカモト 冴子 月子
「退院だと、こいつぁめでてぇ!お前ら、祝うぞ!徹底的に祝ってやっぞ!」
「……」
「お前なぁ、こういう時くらい浮かれてもいいだろうに」
「良くない。坂本が退院して漸く、一人が元の学園生活に戻るに過ぎない」

 素っ気無い月子の言葉に、あーそーですか、とそっぽを向いて返すあたし―――東堂冴子―――。
 あたしら双児の相変わらずの不仲っぷりに、助手席の坂本は苦笑した。
 隅の席で小さくなったノゾムも、いつものこと、といった様子で流している。
 お前らなぁ、そうやってスルーしてる内に東堂姉妹戦争に巻き込まれても知らねーぞ。

「それに、中谷やめぐるはまだ退院すら出来ない」

 ノゾムがぽつりと呟いた言葉に、あたしも流石に返す言葉を失う。
 まぁそうなんだがさ。
 今、タクシーで向かっているのは、中谷の入院している先だった。
 一旦鬼がついて、それを放した者。
 実際坂本と会ってみて思ったが――鬼を宿していた坂本とは、やっぱり別人だ。
 逆に言えば、鬼というのはその人柄すらも変えてしまう恐ろしいもんだ。
 普段どんなに温厚なやつでも、鬼を宿せばたちまち、その名の通り“鬼”と化す。
 あの中谷ですら――人を殺しかけちまうような――そんな存在に。

 山奥にある病院の前で停まったタクシーから降り立ち、大きな建物を前にする。
 其処で、あたしは今まで素朴に疑問に思っていたことを小さく口にした。

「なぁ……今回の鬼の所為とは言え、坂本や中谷は実際に罪を犯している――それはどうするんだ?」

 普通なら警察沙汰だ。
 少年院に入れられてもおかしくない。

「揉み消す」

 月子があっさり答えた言葉に、少々言葉を失った。

「揉み消すってお前……」
「聖蘭の生徒会はそれが出来る」
「まぁそうかもしれんが」
「今回の事件は全部鬼の所為だから犯人なんて居ない」
「……」

 業務的に流していく月子に、双児としてその冷徹さを分けて貰いたい気分だぜ。
 しかし、そんなあたしら双児の言葉に、坂本が僅かに表情を曇らせる。

「本当にそれで良いのでしょうか……事実、誰かを殺めようとしたこの手……一度汚れた手を持っていること、私はとても不安に思う……」

 坂本が両手を広げて口を閉ざすと、ノゾムが低く言った。

「今は誰かが捕まってる暇は無い。そんな清算、後でいい。今は鬼しか見なくていい」
「……ノゾム」
「それは生徒会にも手を貸して欲しい優先事項だ」

 ノゾムがちらりと目を遣る先、月子は表情を変えず「解っている」と答えた。
 そんなノゾムに軽く笑って、

「見据える先は目標のみか。了解了解、行くぞ!」

 そう明るく言って、先陣を切った。
 入院して塞いでるだろう中谷も同じ調子で励ませればいいと思った。
 だが、入院中の中谷の前では、そんな減らず口すらも途絶えてしまうこととなる。





ノゾム スミレ  サカモト
「世界が壊れた理由は絶望にあるんです……一度、希望を失い手放した。それが私にとっては、世界の終わりに等しいものでした……何故その冥闇が訪れたのか、それは鬼に、支配されていたからです」

 彼女の言葉は並行的に空へ舞うが、誰に向けられたものでもなかった。
 カーテンの向こうで、聞こえる声は確かに中谷のものだ。
 だがその言葉に耳を傾ける者などなく、ただただ彼女は話し続ける。

「……自分が傷つけばそれで良かったのに、世界はそれを赦さなかった、鬼はそれを赦さなかった、嗚呼、飢えていたのです、とても、とても……」

「中谷――」

 ぽつ、と名を呼んだ冴子先輩を、月子先輩が手で制し、坂本にも行かせない。
 月子先輩は私―――月村望―――に、目で合図した。
 小さく頷いて、私一人でカーテンを開ける。

「中谷」

「世界は暗澹の中で……、月村先輩?」

 ゆる、と顔を上げて、不思議そうに瞬く小さな瞳。
 ふっと私は笑った。

「久しぶりだな、中谷。誰と話してた?」
「月村先輩……月村先輩……あぁ……お久しぶり、です」

 中谷は弱々しく微笑む。
 その目は酷く腫れていて、いつも青白かったその肌が余計に不健康になったように見えた。

「月村先輩……月村先輩……私……私……」

 言葉がおぼつかない子供のように、言いたいことがあるのにそれが見つからないように、
 中谷は何度も繰り返して、小さな手を、僅かに伸ばす。

「ああ、私は此処に居る。ちゃんと中谷の声は聞こえてる」

 きゅ、と中谷の手を握った。
 その手は冷たくて、握り返されると
 なんだか心の奥まで掴まれるようだった。

「月村先輩……私……ごめんなさい、ごめんなさい……私……どうしたら……」

 中谷は急にその瞳に涙を一杯に溜めて、
 ぽろぽろと泣き出しては、片方の手で拭う。
 中谷の左手。その手首。
 幾つもの傷が、白く残って、
 それは、入院するよりも前――私達が鬼だとかそんなことを言い出すよりももっと前――
 ずっとずっと昔から、中谷が抱えてる苦しみだった。

「謝らなくていい。泣かなくていい。中谷、辛いことはちゃんと言葉にするんだ」

 中谷の抱えてる苦しみや悲しみが伝染するようで
 もらい泣きしそうになるのを堪える。
 ぐっと奥歯を噛んで堪える。
 つられて泣いてちゃ本末転倒だ。
 私は、中谷の気持ちを知りたい、声を聞きたい。

「月村先輩……私はいつもこのベッドで声が枯れるまで話し続けるんです……おかしくなった、って、思ったでしょう?私もそう思う……だけど、そうしないと、許してもらえないような気がして……」

「中谷……誰が許してくれないんだ?」

「……それは……ああ、ぁ、ごめんなさい、ごめんなさい――」

「誰に謝りたいんだ。私じゃないだろう」

「う、ぅ……私――坂本先輩に、もう、許してもらえないのかな、って……」

 坂本――か。
 そうか、お前は
 坂本のことを想って、
 坂本のファンだった佐山ヒナを手にかけたのだって、
 坂本のことが、好きだったから――そうなんだな。

「なぁ、中谷。佐山ヒナには、何を思っている?」

「ヒナ――ヒナ……私、どうしたらいいかわからない……彼女みたいに上手く笑えなくて、ヒナが羨ましくて、あんな風に、真っ直ぐに笑えなくて――悔しかった」

「うん……後悔とか、してるか?」

「……ごめんなさい、それは、わからない。自分でも解決出来ないくらい――あんな憎しみを抱いたのも初めてだった。私は憎悪を抱いて、殺し、た……そして私は、その責任を取る自信がなくて、だから……自分も死んで終わろうと思った」

「……中谷」

「でも私は生きてる……だから、どうしたいいか、もう――ごめんなさい、嗚呼……」

 中谷の涙は止め処なく溢れて、
 嗚呼、こいつはどこまでも純粋で真っ直ぐだったんだな、って思った。
 それを鬼に利用されただけなんだ、って――。

 中谷の涙を止める役目は、私じゃない。

「中谷、問題は沢山あるかもしれない、でも一つだけ今出来ることがある」

「……?」

「坂本に直接言うんだ。思ってること全部。……な、聞いてやるよな、坂本」

 そう声を掛ければ、
 開いたカーテンから姿を現した坂本が、静かに微笑んでいた。

「さ、坂本先輩……?坂本先輩……!!」

 驚いた様子で目を見開く中谷は、
 坂本の姿に現実感が湧かないかのように。

「菫さん、ごめん、君には本当に辛い思いをさせてしまったみたいだ――」

「坂本せんぱ……先輩、先輩っ……う、うっ、ああッ―――」

 震えて泣き出す中谷に、坂本はその手を差し伸べ、
 そして中谷をそっと抱きしめた。
 
「ごめん、ごめんね……私はちゃんと君の想いを聞きたい」

「坂本先輩、先輩……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……私、私……」

「うん……」

 坂本にしがみついたまま、中谷はきっと精一杯の勇気を振り絞ったんだと思う。

「私は、坂本先輩のことが、……大好きなんです」





 ユウキ 月子 ソラ
「――……ということがあった」

 月子様は淡々と、病院での出来事を口にする。
 坂本様、そして菫さん――鬼を宿し、解き放った者とはそのように存在するのかと、
 私―――悠祈澄子―――は、興味深く聞いていた。

 かく言う私も一度は鬼を宿し、それを解き放った存在に違いない。
 されど坂本様や菫さんとは根本的な意気が違う。
 衝動に駆られる者と、自らの意志で従う者では、全く存在が異なるのだ。

「それを何故、私に話すのです?」

 自室にて。
 本日の付き添いに月子様、そしてソラ様が私の家へと訪れ、
 ソラ様は今は湯浴みに。月子様と二人きりの折、不意に
 彼女は真摯な表情で切り出した。

「真面目な話だ」

 ――と。
 そう据え置かれてから病院に居た、或いは現在も入院中の者の話では
 話の繋がりが見えないというもの。
 月子様は一寸押し黙った後、視線を落として呟くように言う。

「ユウキはこの話を聞いてどう思う?」

「さぁ……?お二人が元気になられたのは、喜ばしいことですわ」

 白々しく言葉を濁せば、月子様は、すい、とその眼差しを私に向けた。
 まるで射抜くような視線に、どきりとする。

「ユウキが本気でそう言っているなら――」

「ならば?」

「……とても残念だ」

「どういうことでしょう」

 彼女の意図が掴みかねて、思わず怪訝に眉を顰めた。
 月子様は ゆぅらり、闇に霞む窓へと視線を流す。

「好きとか嫌いとか――戦うとかどうとか――下らないとは思わないか」

「下らない?彼女らの想いが下らぬものでしょうか?」

「私にとってはね。……とても醜いよ」

「……?」

 何故――鬼と戦って居る者が、このようなことを言う?
 まるで人を嘲るように、彼女は嗤う。

「ユウキなら理解してくれると思っていた。薄々は気付いていたんだ。君も鬼の手の内の者だろう」

「――ッ!?」

「つまり私はね、鬼の味方に寝返りたいと……そう言っている」

 本気で、そんなことを――?
 確かに月子様が此方につけば強い戦力になると考えたこともあった。
 彼女ほど明晰な頭脳を持つ者は稀だ。
 欺瞞――ブラフ――真実を隠す情報と心理戦のこの戦いに於いて、
 彼女の力がどちら側で発揮されるかで、戦況は大きく変わる。

「寝返るなんて……月子様。そのようなお言葉が、もし誰かの耳に届いたら――」

「だからこそ君だけに話しているんだよ。名目上は君が現在の鬼だ。そしてその可能性は50%――そうでなくても、君が鬼でないなら、鬼であるという嘘を吐く必要が無い。つまり君は100%、鬼側の者だ」

「成る程。ええ、確かに 私には鬼が宿っているか、もし宿っておらずとも――月子様のご推測通り」

「もし君が鬼ならば私の願いを聞き入れて欲しい。違うなら――現在の鬼に取り次いで欲しい」

 月子様はしゃんと伸びた背筋で、部屋の中を歩みながら声高らかに言う。

「人間とは何故、こうも醜いのか。何故ああまでして鬼を憎むのか。私には理解出来ないんだ。―――血が欲しいから人を喰らう、鬼の行動こそ本能に忠実で分かり易い。そして私は思う。本能に忠実な者を排除して、一体何が正義なのかと―――そんなもの、殺めるという“悪”を排除し、悦に浸りたいだけの自己満足の正義主張だ。嗚呼、実に下らないね。そんな人間と同じ存在である己が憎い程だ」

「……」

 正義莫迦になるくらいなら悪になった方が好い。
 寧ろ正義も悪もない。どちらが良いか悪いかなんて誰かが作った道徳と謂う物差しでしかない。
 それに捉われぬ価値観の持ち主――とすれば、月子様の考えは理解出来る。
 流動的な、或いは正義に目の眩んだ他の者には有り得ないけれど、
 月子様ならば―――

「もし今夜の付き添いが私以外の者だったら、どうするの?」

 キ、と微かな軋みと共に  扉が開き
 姿を現したのは、濡れた長い髪を垂らす、ソラ様の姿。
 彼女の表情は冷たく――されど瞳の奥には好奇とも言い得る光が揺れている。

「――ソラ。君じゃなかったらって、どういう意味?君に聞かれてしまったこと自体、私は今焦っているよ?」

「貴女は本当に鬼の味方をしたいの?月子さん」

「まぁ、ね」

 月子様は不意に、私の自室のオブジェであった短剣を握り締める。
 すい、と冷たく流れる眼差し。
 彼女は続けた。

「ソラがもし私を止める、或いはノゾム達に告げ口をする心算なら――この場で殺すことも厭わない。それも鬼の仕業ということにするよ」

「……まるで貴女に鬼が宿っているかのようね」

 ソラ様はふっと冷笑し、そしてあっさりと告げた。

「だけどその必要は無い。……私が鬼だから」

「――……ソラ様!それはッ」

「ユウキは黙っていて。月子さんのあの宣言を聞いた?人間界に辟易した人間が、さて何処に行くのかしら。この世界中を駆け巡っても、人間界からは逃れられない。厭世家が自殺したなんてよく聞く話。彼らには逃げ場が無かっただけ。――だけど今の私なら、貴女を受け容れることが出来る」

「そう……」

 月子先輩は、ふ、と静かに笑みを浮かべると、
 短剣を手にしたまま、傅くようにソラ様の傍へと。

「ならば貴女に仕えましょう。現在の鬼の手駒はどれ程ですか。人間を圧すことの出来る数ですか?」

「現在の鬼は私。坂本から巡り巡って此処へ来たものよ。もう一人の鬼は―――私にも解らない」

「鬼同士でも解らぬもの――そうですか。それで」

「現在手の内に居るのはユウキ、ニシザキ、そしてユリア。以上の三名。まだたったの四人。貴女を入れれば五人になる――これだけいれば」

 す、と月子様に眼差しを向けるソラ様。
 その色が、僅かに揺らめく。

「そう、それだけあれば」

 月子様が顔を上げ―― 笑う。

「鬼側の情報は十分だ」

 しま、った。





「無法者が私の部屋に!早く誰か警備の者を!!」

 ユウキが電話に叫び掛けるのを横目に、
 私―――真壁宙―――は内心、舌打ちを。

 ブラフか。
 東堂月子、彼女ならば人間に愛想を尽かしてもなんら可笑しくないと思ったのに。
 策だったなんて。

「……ふ。月子さん、一つ教えてあげる。私は鬼の“適性”があった。意味が解る?」

「適性?」

「鬼を宿すに適した存在。つまり私は―――鬼の力を人より多く揮うことが出来る!」

 ひゅん、と月子さんに飛び掛るも、
 彼女は軽々と後ろに飛び退いた。

 予想外の身軽さには怪訝。
 運動神経の良い冴子さんなら兎も角、
 頭脳分野が得意な月子さんは、武術には長けていないはずだ。

「なら――戦ってみるか?」

 く、と笑みに唇を歪める彼女、
 嗚呼、もしかして、彼女は――

「殺して、あげる――!」

「やれるものなら」

 もう一度彼女の元へ飛ぶと、月子さんは今度は抵抗無く
 ひらりと私を懐まで迎えた上で、ぐ、と手首を掴まれる。

「――ッ!」

 必死の抵抗。
 私は彼女の手首に普段よりも尖った八重歯を食い込ませる。

 じゅわ、と血の味が広がった。

 刹那
 ガツンッ!

 後頭部に鈍い痛みが走り、私はその場で力を失う。
 へたり込み、見上げた先。
 逆光になって顔は見えなかった。
 シルエットは瓜二つの二人。

「月子なら確かに厭世家かもしれねぇさ。だけどあたしは――この世界が好きなんだよッ!」

 捨て台詞のように告げて、部屋の窓を割り、飛び出していくその姿。
 嗚呼、彼女は―――月子じゃない。
 東堂冴子――武術に長けた荒くれ者の方だ、った。

「……ソラ様、大丈夫ですか!?申し訳ありません――」

「ユウキが謝る必要は無い――あんな陳腐な言葉で信じた私が莫迦だった」

 ずきん、ずきん ぐわん、ぐわん。
 揺れる視界で、
 私の顔を覗き込むユウキの頭を抱き寄せて、
 
 その首筋に唇を当てた。
 ―――ざくり。

「ひぅ……ッ!?」

 ユウキの首筋の血管からこぽこぽ
 溢れいずる血液を滴ると
 最後の手段を。

「逃げ場が無い、近々私はこの鬼を解き放つ―― ユウキや、ユリアは――次なる鬼にも傅きなさい」

 私は鬼を解放した後に、鬼に傅く自信が無かったから。

「頼りない主でごめんなさい」

 淡く囁いて、す、と意識を失った。





 冴子 月子 ノゾム
「月子の真似なんて、堅苦しくてさぁ。案外上手くいったけどな」
「私の真似を冴子がするなんて気が気じゃなかったが……何とかなったようだね」
「そりゃ女優だし?」
「いつから演劇部になったんだ……」

 そして双児が入れ替わった侭の扮装で、私―――月村望―――の前に居る。
 冴子先輩はいつもじゃらじゃらとつけていたピアスを外し、
 前髪は月子先輩のように前に垂らして整える。
 そして二人別々の場所にあるほくろ。
 元からあるほくろはファンデーションで消して、相手のほくろを書き込めば出来上がり。
 双児の入れ替わりがこんなに簡単だなんて知らなかった。

 場所は深夜のファミレス。
 私がパソコン前でだらだらしていたところに、呼び出しのメールが入ったというわけで。

「それで、重要な部分だが」
「あぁそうだったな」

 私が真剣な顔で切り出すと、冴子先輩も同じような表情で私に向き直る。

「確定情報だ。現在の鬼はソラ。それに傅く者として、ニシザキ、ユウキ、ユリア」

「……ユウキはやはり鬼ではなかった。そしてもう、そんなに多くが、鬼の手の内に―――」

「だけどまぁ、取り返せるさ。それよりも問題はソラだな」

「問題というと?」

「あたしに鬼だってことを知られちまってる。あいつをそのままにはしておけねぇだろ」

「……確かにそうだ」

 そう相槌を打ってから、暫しの沈黙が訪れて。
 私は、ふ、と口を開く。

「―――ソラ先輩と話がしたい」
 
「話せるのか。鬼が憑いたあいつのことだ。失踪してもおかしくない」

 冴子先輩がそう紡ぐけれど、
 私はそうは思わなかった。
 ソラ先輩は確かに気まぐれな猫のような人物だ。
 だけど根本は誠実だと――信じている。

「来るよ。明日学校に来る」

「なんで、そんなこと言える?」

「ソラ先輩を信じているから」

「あいつは今はソラじゃない。鬼だ」

「―――鬼であって、ソラ先輩だ」

 じっと冴子先輩と見つめあったが、
 先に折れたのは冴子先輩の方だった。
 視線を落として、ファミレスの薄いコーヒーを啜る。

「どうだかな。明日のお楽しみだ」

「此処までしておいて」

 話に割り込んだのは月子先輩。
 顎に手を当て、思案するように言った。

「逃げられた、じゃ示しがつかない」

「そうだな」

 相槌を打つ冴子先輩。
 月子先輩は更に思案しては、続ける。

「鬼とは挑戦的な存在だ。ならば――ソラは逃げはしない」

「私もそう思うよ」

 月子先輩に同意して、軽く笑んだ。
 彼女はそれに返すでもなく無表情だったけれど、

「追い詰めて、鬼は別の者に移って――そんなイタチゴッコを終らせたい」

 芯のある物言いで告げては、彼女は私を真っ直ぐに見据えた。

「ソラを何としてでも確保しろ。それが君の使命だよ、ノゾム君」

 なんとやら。
 重大な使命を仰せつかった私は、カップに少し残ったイチゴオレを飲み干した。








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