『夏合宿――Fellow』





 ノゾム タカコ 冴子
「ちゃうねん。勉強が出来へんわけやないねん。夏休みの宿題はアカンけど、期末は良かってん」
「じゃあなんで補習合宿になんか来てるんだ?」
「ほしゅー合宿?」

 食後――食間――食後。
 なんと言ったらいいかわからない。
 広いリビング、広いテーブルで、全員が手を合わせたのは同時だった。
 しかし今や、リビングに残る人はごく僅か。
 食事をしている人に至っては一人しか居ない。

 鈴木貴子先輩。
 見るからにのんびりした、関西弁を操る先輩だ。

 タカコ先輩は、隣でテーブルに半ばうつ伏せている冴子先輩と話しながら食事をしている。
 それだから余計に遅いんじゃ……。
 私―――月村望―――は、二人の斜め前で昼間に終わらなかった課題を片付けていた。

「大体、なんで冴子がこんな合宿に参加してるん。明らかにサボりそうやん」
「だってさー、合宿に出ないと留年決定とか言われるんだぜ?」
「それはあかん」
「だろー?酷い話だ」
「ちゃうわ。冴子があかん。どんどんアホになっとる」
「なんだとー!」

 この二人のノリは一体なんだろうか。
 やけに息が合っているように思える。
 思わず口を挟んでいた。

「冴子先輩とタカコ先輩はお知り合いですか」

 言ってから、同級生にお知り合いも何も無い気がした。
 二人は私に顔を向けると、声を合わせて言った。

「悪友」

 あぁ、なるほど……。

「そこ納得せぇへんのー。冴子とは中学時代からの友達やねん」
「そうそう。月子達がタカコと塾で一緒でなー」
「……月子達?」

 ぽつりと問い返すと、タカコ先輩がこくり頷いて答えた。

「三つ子の賢い二人や。夜子と月子。冴子は塾来てへんかったからな」
「そうなんですか」

 なんとなくその言葉だけで納得した私を、冴子先輩が睨む。

「お前、なんか別の解釈してるだろ。あたしはあれだぞ、スポーツ進学が決まってたからだぞ」
「スポーツ進学?」
「さっき話したばっかりだろうが!剣道の中学大会優勝者!」
「……あぁ」

 聖蘭にスポーツ進学枠があることが予想外だったのだ。
 別に忘れていたわけじゃない。断じて。

 タカコ先輩は、懐かしそうに目を細めて言った。

「私が越してきたばっかりの時やったわぁ。まだこっちで友達もおらへん私に、夜子が塾で声かけてくれたん。それから、四人でファーストフード店にしょっちゅう寄り道してな」
「あの月子先輩もですか?」
「あの月子も。昔は今よりも柔らかかったんやで」

 それは意外。
 冷徹な月子先輩が、冴子先輩と一緒に行動してたなんて信じられない。
 まぁ姉妹が昔から仲が最悪というのもおかしいが、今の月子先輩を見ているとやはり想像出来ない。
 冴子先輩が口を挟む。

「月子は妹っ子だったからなぁ。正確には夜子について回ってただけ」
「……そうだったんですか」

 妹っ子、か。
 月子先輩は、夜子先輩が居なくなってから、歪んでしまったのだろうか。
 『夜子が“転校”した直後に月子は生徒会に所属した』
 冴子先輩もそう話していたな。

「じゃあ、月子先輩が生徒会に入ってからは?交流はあるんですか」
「んー……月子とは同じクラスやし、話さへんこともないけど前ほどやないなぁ」
「でしょうね」

 タカコ先輩は、食事の最後の一口を片付けると、
 ふぅ、と息を吐きながら何処か遠い目をした。

「あの頃はほんま、楽しかったなぁ。皆でマックで、色々バカなことばっか言うて。私が聖蘭に入るのを決めたのも、三つ子が進学するから同じ進路を選んだんやし」

 へへ、とタカコ先輩は笑う。
 気の抜けたような笑い方。
 何処か寂しそうだった。

 タカコ先輩は漸く食べ終わった皿を重ね、キッチンに運ぼうと立ち上がる。

「またビリけつやで。かたしてくるー」
「いってら」

 ひらりと手を上げる冴子先輩を横目に、私はやりかけの課題を置いて立ち上がり、
 タカコ先輩を追いかけてキッチンに向かった。





 ノゾム タカコ
「ふんふんふーん」
 鼻歌を交えて、食器を洗っているタカコ先輩。
 食事どころか片付けも皆とっくに終わっているので、今はタカコ先輩一人だった。
 
「タカコ先輩。夜子先輩とは、仲が良かったんですね」
「んー?そりゃあまぁなぁ。越してきて最初の友達やし、夜子の影響で志望校決めるくらいやし」

 タカコ先輩は横目で私を見て、少し寂しげな笑みを浮かべる。

「夜子はほんまに、世界で一番好きな友達やってん」

 寂しげだけれど、遠くの幸せに縋っているように、ふわりとした笑み。
 ああ、そうか――この人は本当に夜子先輩が好きだったんだな。
 いや。今でも、好きなんだな。

「そんな夜子先輩がいなくなった理由。知ってるんですか?」
「……知らへん。夜子のことはなんもわからへん。ほんまに、冴子も月子も水臭いんや」
「どうして冴子先輩達に聞かないんです?」
「あほ。そんなん訊けるわけないわ。今は二人ともあんなんやけど、夜子がおらんくなってからは、酷い落ち込みようやったんやで。気丈に振舞っとったけど、私にはわかる。中学の頃はなんだかんだで仲のええ姉妹やったから」
「でもそれは――」

 タカコ先輩も一緒だ。
 今のこの表情でもわかる。
 世界で一番好きな友達が、居なくなって、どんなにショックだったか。

「知りたくはないんですか」
「あんな。知っていいことと悪いことがあると思うねん。冴子や月子が話してくれへんのは、話せへん理由があるんやろ。せやったら私かて、無理に聞き出そうとはしたくないわ」
「冴子先輩は――知りませんよ。夜子先輩のこと」
「……そうなん?」

 タカコ先輩と並んで、シンクについた水滴に指で触れながら、頷く。

「月子先輩なら知っているかもしれないけど……」
「もー、ええねんええねん。知らなくてええこともあるんや」
「……タカコ先輩はそれでいいんですか?夜子先輩のことを、ずっと引き摺って生きるんですか」
「……」

 私の不躾とも言える言葉に、タカコ先輩は暫し黙り込む。
 やがて顔を上げては、僅かに不安げな表情で、私を見た。

「ノゾムちゃんは、何が言いたいん?」
「東堂夜子が失踪した件は、確かに過去のことです。だけど、もしその件が誰かの意図的なものだとしたら、それでも黙っていられますか?」
「意図的、というと?」
「――誰かの悪意だったら」

 タカコ先輩は僅かに息を呑む。
 真っ直ぐに私を見て。
 悲しげな色を秘めた瞳で、ぽつりと問う。

「だとしたら誰の悪意なんや?」
「―――生徒会だ」

 困惑するのも当然だろう。
 もう二年も前のことを、今更引っ張り出して。
 でもこの人は――
 夜子先輩のことを、ただ「思い出」として過去にするには、まだ至っていない。
 思い出に出来ていれば、こんな悲しそうな顔をするわけがない。

「夜子が消えた、理由か。そうやな、もしそれが悪意のある人為的なものやとしたら、私は許せへん」
「そう――過去に縛られるだけではいけない。真実を見なければ」
「でも、ノゾムちゃん、そんなんどうやって……」

 不安げなタカコ先輩の表情。
 普段はのほほんとして、気楽そうな人に見えるけれど、
 こんなにも東堂夜子のことに縛られている。
 傷の癒えていない、悲しい色をしている。
 嗚呼、そうかこの人は
                被害者だ。

「まだ具体的な案なんてないけど、私達は生徒会の闇を暴く為に行動を起こそうとしている。
 タカコ先輩も、協力してくれませんか」

 真っ直ぐにタカコ先輩を見つめて言った。
 彼女は真摯に私の眼差しを受け止めた後、
 ふっと弱く笑った。

「ノゾムちゃんには敵わへんな。……ええよ、力になったる」





 ノゾム タカコ 冴子 カンノ ソラ
 薄暗い室内。
 扉の隙間から射す光が筋を作る。
 誰もその光には届かず、闇の中。

「この時間なら流石に起きてるやつも少ないだろうし、聞かれる心配は無いぞ」

 冴子先輩の言葉。
 小さく頷いた。
 肩を寄せ合って、薄闇の密談。

「……っていうか、なんでこんな狭い所で話しせなあかんねーん」

 禁句だ。
 誰もが内心思っていたことを口にしたのはタカコ先輩だった。
 仕方がない。意図的ではないだろうが、この面子で相部屋同士が居ないのだから。
 対生徒会の私達は、会議を開くべく、ペンションの隅の狭い倉庫に集合した。

 メンバーは五人。
 カンノ、ソラ先輩、冴子先輩、タカコ先輩、そして私こと月村望。
 生徒会に対して敵意を持つ者達。

「なぁノゾムちゃん。生徒会に対立するのはわかるんやけど、具体的にどないなことするのん?」
「具体的に行動を起こす予定は、特に無い」
「せやの?なら何するん?」
「そうだな、生徒会についての情報を集めて、裏を取るのが目的……といった所か」

 タカコ先輩に受け答える。
 せめて奴らが行っていること、その実情が解れば手の打ちようもあるが。
 これまでも、カンノとソラ先輩と私とで色々情報を集める努力はしたが、芳しい結果は得られなかった。
 冴子先輩とタカコ先輩にも協力を得て、早く、もっと多くの情報を集めなければ。

「第一に、生徒会という組織そのものが謎に包まれている」

 狭い倉庫で、体育座りの私はぐっと膝を抱きながら言った。
 隣に居るカンノが、私よりも小さい体育座りで答える。

「人数構成とか……。最低でも五人、だし」
「生徒会役員の四人と、監督教諭のニシザキか」
「だね。後はわからない」

 そこで一旦会話が途切れた。
 カンノをリンチした奴もこの五人の中に居るのかと思うと、何処か妙な気もする。
 生徒会役員は、全員がいわば悪の幹部のような感じがする。
 下っ端のような存在がいた方が、イメージがし易いと思うのだが。
 ふと、冴子先輩が思い出したように口を開いた。

「前に剣道部に詮索を入れに来た奴らが居たんだが。そいつらも生徒会の差し金か?」
「誰です?」
「アユムとナカタニ」
「……誰です?」
「一年の、バカなのと大人しいの。この合宿にも参加してる」
「はぁ」

 名前と顔が一致しない。
 一年生か。
 一年生と言えば下っ端という印象はあるな。
 ただ、生徒会役員で副会長でもある一年の山本結梨亜だけは、一年の癖に幹部っぽいけれど。

「あー、私の所にも来たん。一年生の子ら」

 ぽん、と手を打って、タカコ先輩が声を上げた。

「誰です?」
「ユリアとユウキ。お嬢様コンビー」
「ユリアというと副会長?」
「そうそう」

 副会長の山本結梨亜。
 一年生なのに幹部っぽいというのは、副会長と言う役職だけが由来しているわけじゃない。
 タカツの犬。傍目にはそんな言葉が相応しい。
 生徒会長の傍について、何でも従ってしまいそうな顔をしている。
 少なからず、生徒会長と副会長の間には、強固な信頼関係があると思って良さそうだ。

「で、ユウキっていうのは?」
「悠祈財閥の令嬢。多分、学園でいっちばん金持ちやで」
「……悠祈財閥か」

 財界に鈍い私でも流石にその名前は聞いたことがある。
 そのくらい大きな名家で、影響力もおそらくは半端じゃないだろう。

「どうして、その悠祈財閥の娘と副会長が、タカコ先輩の所に?」
「さぁ。よぅわからん。夜子のことを詮索してきよったけど、収穫も無かったと思うで」
「夜子先輩のことを……?」

 何だ。どういうことだ。
 東堂夜子。二年前に“転校”した生徒。
 タカコ先輩の親友だった人。冴子先輩や月子先輩の三つ子の姉妹。
 東堂夜子のことを調べる為にタカコ先輩に接触するのはおかしくはないが、
 何故副会長とユウキが、東堂夜子のことを調べる必要があるんだ?
 私がそんな思案をしていると、ソラ先輩がぽつりと声を上げた。

「副会長のユリアは兎も角、その、ユウキって子も生徒会の一員ということ……?」

 おそらく誰もが共通していたであろう疑問に、タカコ先輩が答えた。

「うんにゃ。ユウキはどっちかって言うと、ユリアに引っ張り回されとる感じやった。それに――」
「それに?」
「……、ユウキは世間知らずなお嬢様っていう感じやから、多分生徒会とは関係無いと思うねん」
「ふむ」

 納得するように頷いた私に続けるように、ソラ先輩が神妙な声で言う。

「生徒会があそこまで手の内を明かさないということは、秘密の厳守は徹底しているのだと思うの。だから、そう容易に仲間を増やして秘密の共有者を増やすとは考え難い。寧ろ少数先鋭と考えた方が、しっくり来る」
「確かにその通りだ。……うーん」

 結局、生徒会内部の人間の正確な数すら把握出来ない。
 奴らの行動を辿るといっても、次々と転校が起こっている訳ではない。
 過去の転校、つまり東堂夜子や幸田茜の件から調べて行くしかないのか――。

「今日の日付は?」
「何?七月二十九日。あ、日を跨いでいるから三十日ね」
「八月まで後僅かか」

 合宿の日程は、七月二十九日から、八月一日までの三泊四日。
 もしかして、これは、拙いのか?
 タカツは予告した。『次の八月』と。
 ならば八月一日に、この合宿で何かが起こる?

「逆に言えば――七月中は、」

 独白のように告げようとした、そんな私の言葉を
 遮ったのは、この倉庫の外から聞こえた、

「きゃあああああ!!」

 ―――叫び声。

 バカな。
 七月は何も無い筈じゃ、なかったのか。

「なんだ!?行くぞ!」

 冴子先輩の声を切り火にして、私達は倉庫から飛び出した。








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