『夏合宿――Symposium』





 夏休みに入った。
 八月を目の前にし、生徒会は特に動きを見せないかに見えた。
 しかし、七月も終わる直前の頃に、奴等は大きな作戦に出た。

 夏合宿――「饗宴」――Symposium





 ノゾム マリナ 冴子 月子
「……」

 ガタンゴトンと揺れる電車。
 私―――月村望―――は四人掛けの席で、何とも言えぬ複雑な空気に呑まれていた。

「月村さん、チョコ食べる?」
「要らないです」

 嬉々として差し出してきたのは、隣に座る高津茉莉奈。
 生徒会長であって私と対立する立場である人物が、何故こんなに馴れ馴れしくお菓子を差し出してくるのか。
 わからない。さっぱり解らない。
 向かいの席では、同じ顔をした先輩が、肩を並べていた。

「うぜえ、超うぜえ」

 耳にピアスを幾つも空けた方――東堂冴子先輩が苛立たしそうに言う。
 彼女の肩に寄りかかるのは、冴子先輩と瓜二つの月子先輩。
 生徒会の会計。つまり敵陣営であるはずの人物だが、今は冴子先輩の肩に寄りかかって熟睡中だった。

「仕方ないでしょう。月子は昨日遅くまで合宿のしおりを作ってたんだもの」

 タカツが冴子先輩を宥めるように言う。
 家族でもないのに何故そんなことを知っているんだろう。
 寧ろそんなことを知っているのは双児である冴子先輩の方なんじゃないか。

「遅くまでごそごそやってたのは知ってるが、だからって今寝ていいもんじゃねーだろ」
「寝かせてあげなさい」
「なんだとー!」
 ついていけない……。


 私達と廊下を挟んだ方には、カンノ、イズミ、坂本美子、鈴木貴子先輩の四人が座っている。
 タカコ先輩の関西弁のギャグに、失笑するカンノと、乗ってくるイズミ。
 サカモトは思いっきりついていけていない様子だった。まぁわかる気がする。
 別の席では、中谷菫、山本結梨亜、松林歩、ソラ先輩の四人。此処は会話が無い。
 後は悠祈澄子、和栗めぐる、そして引率の西崎。
 合計十五人の大所帯だ。



 夏合宿の知らせは、ある日、西崎直々の訪問により知らされた。
 夏休みになり、学校も休みで益々進展が無くなった私の元へ訪れた西崎。

「周りとのコミュニケーション能力に欠如が見られます。今回の合宿で、問題点を補いましょう」

 ――と来た。
 それを、私が下宿している親戚の前で言うものだから、行かないわけにもいかない。
 生徒会の罠であることは見え見えだ。
 しかし、カンノやソラ先輩も同じ合宿の参加を言われていたことから、私達は参加に踏み切った。
 幾ら生徒会とは言え、私達三人を一挙に“転校”はさせられないだろう。
 もし何かあれば戦えばいい――そう思ってのことだったが。

 実際に集合してみれば、生徒会の奴等がいるのは当然だが、関係の無さそうな生徒が多いことに驚いた。
 しかし呼び出された名目はやはりおかしい。
 私はコミュニケーション能力の欠如と言われたが、ソラ先輩なんかはあからさまな履修不足だった。
 まぁ昼間にいつも屋上でサボってるんだから仕方ないと言えばそれまでかもしれない。
 とにかく、合宿の理由は統一が無く、強引にこじつけたようにしか思えない。
 それを実行出来るのが生徒会、といったところか。



「……で、どういうつもりだ」

 私は隣に座るタカツに小声で問いかけた。
 タカツはお菓子を口に、きょとんとした表情を浮かべる。
 ……。

「今回の夏合宿はどういう意図だ、と」
「意図って?何も?」
「……嘘だ」
「ホント」

 飄々としたタカツに、思わず言葉を失う。
 八月目前。
 奴等はまた誰かを転校させようとしている。

 『あの死からもう八ヶ月経っているの』
 『次の八月までは三ヶ月』

 あんな思わせぶりな言動をしておいて、今更何もないは無いだろう。
 幸田茜―― 東堂夜子―― 八月の犠牲者は、事実過去にも起こっている。

「今年はどうする心算なんだ」
「……何のお話?」

 タカツは本題に乗ってこない。
 流石に電車の中だから、なのだろうか。
 まぁいい。
 この合宿中、今に本音を聞きだしてやる。





 ノゾム ミナト 月子
 合宿の会場は、空気の澄んだ高原にあるペンションだった。
 駅から暫く歩いて漸く到着する。
 ペンションには、既に一台の車が止まっていた。

「皆、お疲れ様」

 先に到着していたらしく、中から私達を迎え入れたのは、聖蘭学園の保健医である飯塚先生だった。
 保健医――か。
 真っ直ぐな黒髪に素朴そうな顔立ち、悪い人には見えないが、信頼など出来ない。
 以前、カンノが傷だらけで保健室を訪れても、この先生は病院一つ紹介しなかった。
 所詮は学校側。所詮は生徒会側に味方する人間だ。

 疲れ果てた生徒達に、引率の西崎が言う。

「荷物を片付けてからは、午後までは楽にしてていいわ。それじゃあ解散」

 ぱちんと手を叩いた後で、ふと思い出したように言う。

「そうそう、此処は二人部屋だけど、部屋割りはしおりの方に書いてあるからね」

 ……な、なんだって。

 慌ててジーンズの後ろポケットに突っ込んだしおりを取り出し、頁を捲る。
 部屋割りは後ろの方に記されていた。
 てっきり生徒会有利に進む部屋割りかと思ったが――
 あみだくじで決めてあった。

 私は五号室。
 月子先輩と同じ部屋――
 月子先輩は生徒会の人間じゃないか。
 余り寛げない。

「同じ部屋だね。宜しく」

 電車で寝ていたのが嘘のような月子先輩に声をかけられ、私は小さく頭を下げた。
 東堂月子。
 生徒会の会計であり、タカツと近い場所にいる人物。
 転校した東堂夜子の、三つ子の姉でもある。
 涼やかで、感情を余り出さなさそうな人物だ。
 こういうタイプも厄介だろうと思う。

 ペンションの二階の宿泊部屋は、ホテルのように綺麗だった。
 荷物を置いて、窓を開ける。
 心地よい風が吹いていた。
 この合宿で一体何が起こるのか――。
 いまだ、予想が出来なかった。





 ノゾム カンノ メグル
 午後からは、ペンションの食堂を使っての勉強会。
 一二年は普段の授業の予習復習、三年生は受験勉強。
 くだらない。実にくだらない。
 人が大勢いる場での勉強とはなんとくだらないものなのだろうか。
 一人でやれば集中出来て、身につくのも早い。
 しかし不思議と、教室やこんな勉強会でやると、さぼりたくてさぼりたくて仕方なくなる。

「月村くんは宿題と試験はちゃんとやるのに、普段は酷いよね」
「酷いとか言うな」

 隣のカンノに突っ込まれて、低く返した。
 カンノは宿題も試験も酷い癖に。
 ひょいとカンノの手元のノートを覗き込むと、……なんか絵が描いてあった。

「ロボットの絵?」
「うん。ガンダム」
「ガンダム!?」
「ちょ、そんな大声で繰り返さないでよ」

 カンノがオタクとは知らなかった。

「ガンダムが好きなんじゃないんだよ。スパロボが好きなんだよ」
「……」

 違いはわかるが。
 それは邪道と言わないか。

「ギザ燃ユルス〜!ッスか!!」

 ……。横槍が入った。
 クラスは違うが、同じ2ndの和栗めぐる――メグル。
 なんでこんな暑い日に長袖フードなのかさっぱり理解出来ない。

「ぎざ?うん、燃えるよ」
「いいッスね。でも自分はエヴァが出てた頃の方が好きッスよ」
「……シードでいいじゃない」
「寧ろそこはフルメタルパニックだと言って欲しいッス」

 ……。
 周りから冷ややかな視線を感じる、ような。

「ガオガイガーは嫌いじゃない」
「ががが、がががッ」

「いいから黙れ腐女子ども」





 ノゾム 冴子
 夕食前。
 テラスで風に当たっていた。
 余りにごく普通の合宿。
 始まったばかりとは言え、何もないことに逆に不安を覚える。

 ボリュームは小さめのヘッドフォン。
 聴こえる音楽に少しの意識を委ね、
 テラスの手すりに両手を乗せて、
 トン、トントン、無意識に刻むリズム。

「よう、腐女子」

「……」

 突然掛けられた酷い言葉に、私は一寸沈黙しつつ振り向いた。
 居たのは、耳にピアスを――こればっかりしか言ってないが、これしか見分ける方法がない双児の冴子先輩。
 不良の方、と言えばわかりやすい。

「私は腐女子じゃないです」
「その手は腐女子の儀式じゃないのか?」
「手?」

 言われて気づく。
 ヘッドフォンを首に下ろせば、微かに漏れる音楽が彼女には聞こえるだろうか。

「これは音ゲーの癖」
「音ゲーって。お前もやっぱりそっち方面の……」
「違います。私はあくまでも音ゲー専門」

 違いが伝わるかどうか不安だ。
 冴子先輩は私の隣に来て、手すりに身体を凭れさせ、顔だけ私に向けた。

「ゲーセンとか通ってる口か?」
「ええ、まぁ……」

 頷くと、冴子先輩は少し黙り込んだ後、
 不意に音楽を口吟む。

「果て無き空を紅く染め上げ」
「……alfarshear」

「回転頭からない言語」
「大見解」

「命は明日枯れるかもしれないと思えば」
「アリプロ」

 突発曲名当てクイズは、私にとっては簡単過ぎた。
 ひょいひょい答えると、冴子先輩は感心したような顔をした後、小さく吹き出した。

「なるほど、本物だな。アリプロなんて音ゲー界じゃマニアックだろう」

 いや、アリプロは別の方面では人気が……。
 とか言ったらオタク認定されそうだからやめておこう。

「そういう冴子先輩こそ、なんて詳しい……」
「そりゃ小学生の頃から学校サボってゲーセン通ってれば当然だろう」

 ……納得した。

 そうだ。
 折角この合宿でよく知らない人と話す機会が出来たんだ。
 生徒会のことを訊かない手はないだろう。

「ところで冴子先輩。――生徒会について何か知ってますか」
「生徒会?月子がいるだろ。それがなんか?」
「他に何か……」
「さぁ?何も?」

 ダメか。
 冴子先輩は無関係か。
 この合宿の参加者に何か関連性があるのなら、生徒会だと思ったのに――。

 諦めがちではあったが、
 冴子先輩は、生徒会の幹部とも言える月子先輩の双児の姉妹だ。
 姉妹だからといって月子先輩に協力的とも思えない。
 二人の冷戦は、学園に居れば自然と耳に入るものだった。
 何か得ることはないかと思い、私は話した。

「私達は――私を含める数人は、生徒会について調査しています。奴らの正体までは掴めていない。ただ、何か良からぬことを企んでいることだけは……半ば確信している。もしかしたらとんでもない犯罪にすら着手しているかもしれない――」

「それはつまり、月子も何か犯罪に手ぇ出してんじゃねーか、と?」

 冴子先輩の乱暴な物言いに尻込みしそうにもなるが、
 此処はきっぱりと告げるべきだ。

「そう。月子先輩も加担している」

 冴子先輩は不機嫌そうな表情で、鋭い目で私を見ていた。
 姉妹をこんな風に言われて、気を悪くするのも当然かもしれない。
 冴子先輩は私から景色の方へ視線を移すと、すい、とその目を細め、――笑った。

「そんなことだろうと思ってたよ。月子が生徒会に没頭するなんて、何か裏があるに決まってる」

「……そうなんですか」

 意外な言葉に、私は少しだけ呆気に取られ、冴子先輩の横顔を見つめた。
 冴子先輩は視線を遠くに向けたまま、僅かに眉を顰めて言葉を続けた。

「東堂夜子、幸田茜。この名前に聞き覚えはあるか?」
「その二人は――生徒会に転校させられた……」
「生徒会に、か。やっぱり生徒会が関係してるのか」
「……何か、知ってるんですね」

 訥と言うと、冴子先輩は漸く此方へ目を向け、小さく笑った。

「知ってるって程じゃないさ。ただ、夜子が“転校”した直後に月子は生徒会に所属した。そして茜とは、普段は仲が良かったわけでもねぇのに、茜が転校する直前に二人で話しているのを見た。だから妙だと思ってたんだ。生徒会の差し金っつーんなら、殊更合点がいく。月子は自分から動くタイプじゃないからな」
「成る程」

 はきはきと喋る冴子先輩の様子は、信頼出来る。
 彼女自身で考えて行動し、言葉にしている。そんな印象を受けた。
 この人を味方につけてどのような利があるか。
 或いは何らかの不利があるか。
 暫し思案する。

「冴子先輩は――不良を統括していると、噂で聞きましたが」
「統括……統括なぁ。なんでまた」
「いえ、冴子先輩の人となりが知りたいと思って」

 私の唐突な切り口に、冴子先輩は妙な表情を浮かべていた。
 やがて彼女は小首を傾げながら言う。

「ちょっと話が大げさになってんだよな。対照的な双児だからって更に話を面白くしようとしてるのか知らねーが。あたしが不良なのは事実だし、子分じみた奴もいる。だけど、噂みたいにこの辺のを全部束ねてるわけじゃねぇさ。街には反抗的な輩が大勢居るし、それを叩きのめすのも日課ってとこだな」
「……喧嘩ばっかりしている、と。その割りには怪我もないようですが」
「そりゃあ、やり方がスマートだからな」
「スマートというと?」

 問いかけに、今まで手すりにもたれてだれていた先輩は、急に背筋を伸ばして。
 両手を綺麗に前に差し出した。
 その手には虚空の、剣がある。

「あたしを誰だと思っている。中学剣道全国大会優勝者の東堂冴子だ」
「へぇ、そうだったんですか」
「……お前には感動はないのか」
「あんまり」

 剣道の実力者にして、この辺の不良では強い人物――か。
 更に東堂月子の親近者でもある。それは重要な要素だ。
 敵に近づく為には、敵に近い位置にいる味方を。

「……冴子先輩。お願いがあるんですが」
「なんだ?」
「私達と一緒に、生徒会の闇を暴いてくれませんか」

 変な遠回しはせずに、真っ直ぐに言う。
 すると冴子先輩は暫し私をじっと見ていたが、やがてその表情に笑みを灯した。

「ふむ。月村望、なかなか気に入った。やる気が無さそうに見えるが、やることは豪快だな」
「いえ、とんでもない」
「いいよ。裏でこそこそやってる奴らはあたしも気に入らねえさ」

 あっさりとした承諾。
 これが吉と出るか凶と出るかはわからない。
 ただ、冴子先輩の不敵な笑みは頼もしく。
 これまでの私達は何処か消極的な捜査だった部分もある。
 けれど冴子先輩が味方として居ると、この状況に何か一石を投じるのではないかと、
 そんなことを思わせた。








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