闇色の車





 タカコ
 冴子はやっぱり教室に居なかった。
 最近はいつもそうだ。
 いつからか不良じみた行為に拍車がかかって、授業に出ない不良になった。
 あの頃50ccだったバイクも、今ではもっと大きくなった。
 思えば、夜子がいなくなってからなのだろうか。
 冴子も何処か遠くへ行って、
 交流が薄れていった。

 同じクラスの生徒会長と、廊下との隔たり越しに話している月子の姿。
 生徒会に所属して、口数が減って、
 笑うことがなくなった。
 それも夜子がいなくなってからなのかもしれない。
 月子も随分遠くに行った。 

 先程まで一緒に居た副会長のユリア、
 同じクラスにいる生徒会長の茉莉奈、
 中学からの付き合いである月子、
 もう一人の、二年生の生徒会役員だけはよく知らない。

 味のない授業を過ごして、
 放課後になれば帰路につく。
 変化の無い毎日が、今日もまた終わっていく。

 夜子が居ない当たり前は
 私の日常をより変哲の無いものにしていった。
 校門を出る帰り道。
 出入り口の待ち受けている、何処かのお嬢様の家の黒塗りの車。

「貴子様」
「へ……?」 

 掛けられた声に振り向くと、
 礼儀正しく頭を下げる、ユウキの姿があった。





 タカコ ユウキ
 ユウキに招かれて、彼女の家の黒塗りの車に乗り込んでいた。
 この子は一体何処の令嬢なのか。
 ユウキ――悠祈――?

「もしかして、ユウキってあの悠祈財閥の?」

 ふと切り出した私に、隣に座るユウキは弱く微笑んで。

「そうも呼ばれます。家名と私自身を同一視する方も沢山いらっしゃいますわ」
「……そりゃ、難儀やなぁ」

 曖昧に相槌を打つ私に、ユウキはまた弱く笑う。

「貴子先輩はそういう風に見ないで下さるので、私も嬉しいのです。どうか気兼ねなさらず」
「あーうん。ユウキはユウキや」

 軽く笑み返すと、ユウキは静かに視線を逸らして、窓の外を眺めながら言った。

「今日のこと、大変無礼を繰り返し申し訳ありませんでした。貴子様にとっては、触れられたくない部分だったのではないかと……」
「謝ることやないで。それにユウキは、ユリアに連れ回されとっただけやんか」
「……それは」

 ふっとユウキが漏らす苦笑に、内心察す。
 お嬢様はお嬢様で大変なのだろうか。

「ユリアとはなんで一緒に行動してるん?やっぱり向こうのお家柄とかあるんかな」
「いえ……ユリアさんは、ご家族の方はいらっしゃいません」
「いない?」
「ええ。詳しくは存じませんが、生徒会長の高津茉莉奈様のお宅に引き取られているとのこと」
「……マリナの」

 それは――知らなかった。
 マリナとは月子達程ではないが、同級生で付き合いが長いはずなのに。
 まぁマリナの家が凄い富豪なのは知っている。
 誰かの身元を引き取っていていても、不自然ではないほどに裕福な家だったはずだ。

「ユリアさんと行動を共にしているのは……同級生だから、でしょうか」
「……それだけ?」
「いえ、お友達だから。です」
「……」

 ユウキの“お友達”の感覚って何なんやろ。
 お友達やったらお互いに色々思うこと言いあってこそやと思う。
 でもユウキは、ユリアに本音をぶつけている印象は全く無かった。

「そんな付き合いしとって、楽しい?」

 率直な疑問を投げかけた。
 ユウキは、私の問いに不思議そうに瞬く。
 やがて、ふっと弱い笑みを浮かべた。

「ええ、楽しいです。幼い時分から、外の世界を余り知らずに育って参りましたので、ユリアさんに色々と教えて貰えるのはとても楽しいことですわ」
「そうなんや」

 やっぱりユウキとは価値観が違うのかもしれない。
 この子にとっての楽しいことと、私が楽しいこと。
 全然違う次元なのかもしれない。
 ユリアについて行って、ユリアが好き勝手しているのを見ているだけでも楽しいことなのだろうか。
 勿体無い――。

「それと……貴子様は、ユリアさんのことを少し誤解していらっしゃるかもしれません」
「そう、かな?」

 小首を傾げると、ユウキは静かな笑みを浮かべ、窓の外に目を向けた。

「ユリアさんは忠実な人物です。彼女に自らの意思はありません」
「……どういうことや?」
「彼女を支配している者がいるという意味です。彼女はその者の為に全てを作っている」
「……意味が」

 解らない。
 そう呟こうとした時、ユウキが静かに窓の外を示した。
 送迎車の渋滞の中で、この車に似た黒塗りの車の中に見えるのはユリアだった。
 彼女は大人しく、車の後部座席に座っている。
 隣にいるのは――マリナか。

「どのような事情があるかは存じません。ですがユリアさんは入学当初からマリナ様を慕っていらっしゃいました。まるで本当の姉妹同然に。あのお二人の姿を見ていると複雑なものがあります」
「屈従関係でも言いたそうやな」
「それに近いかと」
「……」

 妙な話だ。
 マリナにそういう節があるのは認めよう。
 人を惹き付けたり、誰かの面倒を見たりするのは得意そうな人物に違いはない。
 それは言い換えれば、誰かを屈従させることも得意そうとも言える。
 だが、その必要性はあるのだろうか。
 
 ユウキの言葉通りなら、ユリアはマリナの厳命により夜子のことを詮索していたことになる。
 その理由が無い。
 マリナと夜子に接点など無かったはずだ――。

「貴子様もお気をつけ下さい」

 私が車を降りる際、
 ユウキは表情を潜めて告げた。

「生徒会に何らかの意図があるはずです」

 ―――生徒会。









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