廻る世界 ![]() 二年生の教室がある階は、私もユリアもユウキも浮いていた。 三年生と一年生が二人、つるんで歩いている時点で不自然なのかもしれないが。 ユリアは副会長らしく、時折誰かと会釈を交わしながら廊下を歩く。 「2-B……めぐる様は何かご存知だと思われます?」 教室のプレートを指しながら、ユリアは私を見上げた。 その問いに、緩く首を振る。 「さぁ。メグが入学したのは夜子が消えた次の年やから、関係無いと思うてたけど」 「もしもがあるかもしれません」 ユリアは微笑み、2-Bの扉を叩いた。 「和栗めぐる様はいらっしゃいますか?」 「……あ、はーい?」 少し間延びした返答が返ってくる。 暫くして出てきたのは、制服の上に薄手のコートを着込み、フードを被った怪しい人物。 和栗めぐる。私の一級下の生徒で、夜子達の――東堂姉妹の幼馴染。 メグの家である和栗家と、夜子達の東堂家は、古い付き合いらしい。 その縁で、メグと夜子達は幼い頃から仲が良かったようだ。 けれど私が夜子達と知り合った中学生時代には、進級のことも重なり、 そこまで深い交流があったわけではないようだった。 メグのことは私も深くは知らない。 いつもフードを被っているのも以前からというわけではなかった。 この学園にメグが入学して、少しの付き合いはあるが、メグは自分のことを深く話さない。 相手のことに深く介入するわけでもない。 メグはいつも人との付き合いに、隔たりの壁があるように感じる。 それがメグのフードの役割なのかもしれない。 「貴子先輩に、えーと、副会長ッスか?な、何事?」 でもメグの独特の喋り方は以前からだ。 ちゃんと「〜です」という発言が出来ず、「〜ッス」と掠れて聞える。 目上の人に対しても、そうでなくても、メグはこんな話し方だ。 「東堂夜子様のことで、お聞きしたいことがあるのですが」 「夜子ちゃんの?」 「はい。めぐる様は、夜子様とはお付き合いがあったのですよね?」 話は唐突だったが、振る舞いは礼儀正しいユリアはメグとはちょっと違うと思った。 元々お嬢様学校で、でもそうでない生徒も居るこの学園ではよくあるギャップ。 「夜子ちゃんとは幼馴染ッスよ。貴子先輩も知ってるじゃないスか。それがどうかしました?」 メグは話が見えていないといった様子で、きょとんとした表情を浮かべている。 フードの内側でも、その表情は喜怒哀楽に満ちて、子供みたいにころころと変わる。 仲介が必要な様子のメグに、私は会話に口を挟んだ。 「二年前の夏に、夜子がこの学園から居なくなったんはメグも知っとると思うんやけど」 「……はい、そうスね」 「その時、夜子に何かあったか、メグは知らんかなと思うて聞きに来たんや」 「そうなんスか。いや、よくわからないッスよ。確かに夜子ちゃんの様子は変でしたよね」 「メグはあの時、夜子と話したりとかはあったん?」 様子が変だったと知っていること事態が驚きだ。 丁度、夜子が高一でメグが中三、一番交流の無い時期だと思っていた。 メグはこくりと頷く。 「夜子ちゃんとは、メッセで偶に話してたりしてたんスよね」 「メッセ?」 「パソコンのメッセンジャーです。チャットソフト」 「……ああ」 そう言えばメグは、パソコン関連には精通していると聞いたことがある。夜子達とファーストフードを食べながらメグの話題が出た時に、夜子がメグを「パソコンの得意な子」と紹介していたんだったか。 「夜子ちゃん、妙に元気が無かったというか。何も言わずに落ちることも多かったッスよ」 「……そうなんや」 「でも、わかんないッス。冴子ちゃんも月子ちゃんも何も話してくれないし」 「……やろうなぁ」 大体私と似たり寄ったりの言葉だ。 冴子も月子も何も話してくれない。 だから解らない。 「めぐる様もご存知ないようですね。次を当たりましょうか」 ユリアが諦めがちにメグに頭を下げる。 メグはいまいちユリア達の存在意義を理解していないようだが、 ふと私に目を向け、フードの内側から見上げるように小声で言った。 「貴子先輩。夜子ちゃんって転校じゃないんスか?」 ――え? 「何か理由があって事情を話してないだけだと思ってました」 夜子は転校じゃなくて、 「失踪とか、そんな……?」 ……夜子は消えた? 不意に襲う現実感。 夜子が居ない今。 私は何を探しているんだろう。 「廻る廻る、終わらない鐘の音」 不意に聞えた誰かの呟き。 振り向けば、ユウキが窓の外に目を向けていた。 「――昼休み。終わりましたので、そろそろ失礼致します」 ゆるりと頭を下げるユウキの姿に、 回りのスピードが元通りになった。 校内に響き渡るチャイム。 嗚呼。 帰らないと。 → NEXT → ← BACK ← ↑ Reload ↑ |