記憶の少女





 七月の夜、
 記憶の少女。



 鈴木貴子(スズキ・タカコ)
 私立聖蘭学園、三学年。
 彼女はいつも記憶の中で生きていた。
 少女が居る記憶の中は温かくて心地よい。
 変わらない日々こそが幸せだった。



 タカコ 冴子 月子 夜子
 中学三年生の時に、私―――鈴木貴子―――はこの町に越してきた。
 引っ越してきて、友達も居なくて、寂しくて。
 そんな時に私に声を掛けてくれたのは、塾で一緒になった同学年の少女。

「高校、何処行くの?」
「……まだ決めてへん」

 独特の訛りで返した私に、少女は不思議そうに瞬いて。
 少しして、嬉しそうに笑った。

「あたしは東堂夜子。聖蘭を目指してるんだよ」



 それから私は、夜子(ヤコ)と毎日話すようになった。
 私が生まれ育った関西のこと。
 夜子が生まれ育ったこの地のこと。
 夜子は三つ子で、その内の一人、冴子はスポーツ推薦で既に聖蘭への進学が決まっているという。
 月子は同じ塾に居たが、彼女は頭脳明晰で、勉強なんてしなくても聖蘭への合格は決まっているようだった。

 塾帰りに、四人でファーストフード店で寄り道して、他愛の無い話をした。

「冴子はええよなー。勉強せんでも進学出来るんやから」
「あたしは部活で頑張ってるんだっつーの」

 冴子は不良の真似事のように、原付バイクに乗っていた。

「月子は聖蘭より上の学校選べるんとちゃうん?」
「……でも、夜子達と分かれるのも厭だし」

 月子は控え目で、妹っ子だった。大人しくて、夜子によく懐いていた。

「皆で同じ高校行けたらいいよね!」

 夜子は三人の中でも明るくて元気で、
 三つ子の中でもムードメイカーだった。

 私はそんな夜子との友情を選び、聖蘭への進学を決めた。



 しかし。
 私達が高校一年生の夏に、
 夜子は突然姿を消した。

 理由は解らなかった。
 冴子や月子に問い詰めても何も答えてはくれなかった。

 ただ、
 皆が口を揃えた。

 『夜子は転校した』
 ――と。



 あれから二年経っても、私の時間は動かない。
 夜子と、冴子と、月子と、
 三人で食べたファーストフードの安っぽい味が、
 今でも忘れられずに、幾度も足を運ぶ。





 タカコ ユリア ユウキ
「犯人を知りたくはありませんか?」

 持ち帰りのファーストフードが私の昼ご飯。
 屋上で一人、紙袋を漁っている時に、掛けられた唐突な声。
 顔を上げた。

「はい?」

 目の前には、一年生のリボンをつけた少女が二人。
 一人は綺麗な顔立ちをした、令嬢然とした少女。彼女は確か、現・生徒会副会長だ。
 もう一人、副会長の後ろに大人しく佇むのは、黒髪を後ろに結いた、此方は和風の令嬢という感じの少女。

「お昼休みに失礼します。私は1stの山本百合亜」
「同じく1stの悠祈澄子と申しますわ」

 ヤマモトユリア、ユウキスミコ――何、この子達?
 私が呆気に取られていることを知ってか知らずか、ユリアは続けた。

「貴子様が以前親しくしていらした、東堂夜子様。突然転校したそうですね。その謎を紐解いてはみませんか?」
「……なんで夜子のことを」

 一年生が。と問いかけようとするも、私に問いの余地も与えず、ユリアは更に続ける。

「名目上は転校ですが、実際に夜子様が転校した先を知る者は居ない。これは事件性があると思われません?何故、姉妹である月子様や冴子様はそのことを隠すのでしょう?奇怪です」
「そりゃそうやけど、夜子が消えたんは事実やねんで。それを今更どーこーするなんて」
「甘いです。何事にも真実があり、貴子様にはそれを知る権利がある。当然の権利を果たすことに、何の異議があるのでしょうか。貴子様も、夜子様が何故居なくなったのか、お知りになりたいでしょう?」

 びし、と指を立てて雄弁するユリア。
 うーん。

「まぁ知りたいことは知りたいけど……」

 気迫に押されて小さく頷くと、ユリアはにっこりと笑みを浮かべた。

「では決まりです。真実はいつも一つ!」
「……はぁ」

 なんなんやこの子ら。
 ようわからへん……。





 下り階段で、ユリアはひらりと先頭を歩く。
 一つ階段を下りるごとに、柔らかそうな茶色の髪が揺れる。
 くるりと振り向いては、ユリアは口元に手を添えた。

「現在絞り込んでいる容疑者は三名」
「……よ、容疑者?」
「東堂夜子の件に関わっていると見られる人物です」

 ユリアと温度差があるのか、別次元なのか、或いは同じ次元なのか。
 私の隣を歩くユウキは、特に口を開かず、穏やかな笑みを湛えている。
 続けるのは勿論ユリアだ。

「まず、東堂月子と東堂冴子。――東堂夜子の三つ子の姉妹です」
「そのくらい知っとる。その二人が何やねん」
「真相を知っているかもしれません」
「でも私に話してくれへんかったで」
「何か隠す理由があるのでしょう」
「隠し事やなんて、穏やかとちゃうなぁ」

 夜子が消えた時、月子と冴子も様子がおかしかったのは覚えている。



 八月。夏休み中の登校日だった。
 その日、夜子の姿は無くて。
 先生は事も無げに告げた。

「東堂夜子さんは転校しました」

 乱雑な音。

「転校?どういう意味だ!夜子は――」

 ガタン。
 おかしかったのは、冴子の反応。
 隣のクラスからも野次馬が駆けつけた。

「冴子、落ち着いて」

 隣のクラスの月子も駆けつけて。
 冴子を宥めた。

「夜子は転校したんだ」

 あの時不自然だったのは、
 転校を否定する態度を取った冴子なのか、 
 転校を肯定する態度を取った月子なのか。

 その日、冴子や月子と話すチャンスは訪れなくて。
 次に会った九月の新学期では、夜子は完全に転校したことになっていた。
 その話をする時、冴子はいつも機嫌が悪くて。
 月子はいつも冷徹だった。



「月子と冴子にはその話はもうしたくないんや。なんか知っとるとしても、喜ばしく思ってる筈はない」

 私がそう告げると、ユリアは僅かに視線を上げて、

「そうですか。わかりました」

 頷いた。
 三年生の教室がある階まで降りると、ユリアは一寸小首を傾げて。
 昼休みが終わるまでには、まだ少し時間がある。

「それでは三人目の容疑者に当たりましょうか」
「……三人目?」

 思い当たらずに首を傾げ返した私。
 ユリアは静かに目を細めて、言った。

「夜子先輩と仲が良かった人物がもう一人この学園に居ます」

 とん、と降りる二階への階段。

「2ndの、和栗めぐる」

 ――メグ。







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