BATTLE ROYALE 17




 一つ、一つ。
 命が失われていった。

 消えた命は、もう戻らない。
 余りにも無力だった人々。

 彼女達は、死に逝く時、一体何を思ったのだろう。
 そこには幸福そうな表情があった。

 理解、できなかった。
 こんなにも血に塗れ、その瞬間に立ち会ったというのに

 何一つ、理解することができなかった。

 これ以上、殺す意味はあるのだろうか。
 わからない。

 これから、人々は尚も生を望むだろう。望み続けるだろう。
 その限り、戦い続けるだろう。
 
 茂木螢子。
 水鳥鏡子。
 木滝真紋。
 中谷真苗。
 八王子智。
 宮野水夏。
 沙粧ゆき。
 田所霜。
 夕場律子。
 神楽由伊。
 望月真昼。
 佐久間葵。
 穂村美咲。

 ―――闇村真里。


 十五人。
 此処は戦場。

 本番はこれから。
 容赦などしない。

 私―――神崎美雨―――が、

 私の求める真実を見つける為に

『 貴女たちを 殺してあげる。 』










「残り十五人ね。そろそろ、休憩でも入れましょうか。」
 彼女……もとい、闇村さんは言った。
 管理人室の椅子に腰掛け、私―――宮野水夏―――はスタッフの三宅さんから差し入れてもらった珈琲を啜っていた所。休憩と聞けば、闇村さんもそろそろコーヒーブレイクなのかと、そんな風に思った。
 彼女は椅子に深く腰掛けて、腕を組んではモニターを眺める。
「……休憩。」
 そう言ったわりに珈琲を要求するわけでもなければ、体勢を緩めるわけでもない。
 私は小さく首を傾げて彼女を見つめていた。
 闇村さんはそんな私の視線に気づいたようで、ふふ、と小さく笑みを漏らす。
「全体的な休憩ってこと。……禁止エリア完全解除、それと殺し合いも禁止、なんてどう?」
「……ほ、本気ですか?」
 突然言い出した彼女の言葉に、私は思わず問い返していた。
 闇村さんは、「そうねぇ」と思案するように呟いて、直属の部下、三宅さんを呼び寄せる。
「管理上、何か困ることはある?」
「いえ、特には何も。全施設、禁止エリア機能の停止を行ないます。殺し合い禁止に関しては……そうですね、こちらのモニターでの監視を厳しくし、怪しい素振りを見せる参加者には警告を出せば良いかと。」
「ええ、それで良いわ。」
 闇村さんはにっこりと微笑むと、ふと思い出した様に三宅さんに声を掛け、「例のマイクを」と告げた。
 三宅さんが、指示されたのであろう何かを取りに行っている間、私と闇村さんは二人きり。
 ……少し緊張してしまう。
「水夏。……今までのおさらいでもしましょうか。」
 私の緊張を知ってか知らずか、闇村さんは終始笑顔のまま、そんなことを言い出した。
「おさらい、ですか?」
 首を傾げて問い返すと、「ええ、おさらい。」と頷きつつ、闇村さんは座った椅子のキャスターをカラカラいわせて移動し、座った私と向き合う体勢を取った。
 目の前に居るのは、両手を行儀良く膝に置いて微笑む女性。
 こうしてパッと見れば、(十人並み以上に綺麗ではあるが)どこにでもいそうな普通の女性なのに。
 それなのに……
「水夏はまだ私のことが怖いかしら?」
「え?……い、いえ、そんなことは…」
「そう。」
 きっとわかっているのだろう。私の感情など見透かしている。
 彼女は何も言わない。何もかもを確信しているような沈黙だ。
「水夏は前のプロジェクトのことも、あんまり知らないのよね。私も直接的には知らないんだけど、わかっている範囲で話してあげる。」
「はい、是非。」
 こくんと頷くと、闇村さんは薄く目を細めて微笑みを向ける。
 そして、ゆっくりと話しだした。
「全ての始まりは、一人の女政治家が仕組んだことなの。十五人の死刑囚に殺し合いをさせるプロジェクト。……因みにね、このプロジェクトのコードネームは [BR] 。」
「ビー…アール?」
「ええ。知らないかしら、遠い昔にバトルロワイアルという映画作品があったの。中学校のクラスメイトが殺し合いをするお話。それと引っかけているのね。」
 聞いたことがあるような気がする。私が生まれるずっと前の、話題作であり問題作だ。
 過去に想像の世界で作られた物語は、今、こうして現実として存在している。
「……その政治家は、何故そんな計画を?」
 問い掛けると、闇村さんはクスと小さな笑みを浮かべた。どこか嘲笑のようにも見えた。
「お金のため。日本政府は勿論のこと、アメリカの裏企業との話も進んでいたみたいよ。……前代未聞でしょう、データの売り買いで――」
 ぽつんと彼女が続けたのは、信じられないような金額だった。
 そんな額の次元が存在していることは知っていたつもりだったけれど、実際にこうして目の前にして、驚かざるを得ない。目を丸くする私に、彼女はクスクスと小さく笑った。
「くだらないと思わない?そんなにお金を手にして何が楽しいのかしら?お金なんて必要最低限あれば十分よ。」
「それじゃあ、闇村さんの目的は……」
「私?……私は享楽主義者だもの。」
 答えになっているような、なっていないような言葉を返される。
 享楽主義。快楽を人生の目的とし、これを追求する生き方。
 快楽?このプロジェクトが、彼女の快楽だと言うのか?
「さぁ続けるわよ。BRが開始となったのは、十一月二日。場所は……水夏も知っているわね。あなたの高校のすぐ近くにあるあの山、その中腹に作られた特設フィールド。日中に説明会が行なわれた後、午後七時にプロジェクト開始。」
「開始時に反抗した者はいなかったんですか?」
「集っているのは何れも死刑囚。皆、賢いもの。真っ向から反抗した所で、殺されるのはわかっていたんだわ。」
「……なるほど。」
 頷きつつ、私が初めてあの女―――神崎美雨に会った時のことを思い起こしていた。
 政府の管理局が爆発。女はそんなことを表情無く言って、空を見遣った。
 つまりあれは、真っ向からではなく別の形での反抗だったと、そういうことか。
「十一月四日、二十三時。ある参加者のクラッキングにより管理棟が爆破され、監視の目が弱まることになる。その隙に部外者の乱入。最初に部外者としてあの場に足を踏み入れたのは――さっき死んだ、あの二人。」
「叶涼華と、鴻上光子……あの二人は、確か空軍の?」
「ええ、航空自衛官として緊急警備に当たっていた二人なの。……鴻上も言っていたように、自業自得なのよ。」
「あんなところに足を踏み入れなければ……自分の任務にだけ当たっていれば……」
「死ぬこともなかったのに、ね。」
 闇村さんは肩を竦めてみせる。死者を悼むわけでもなく、自業自得だったのだと繰り返した。
 そして彼女はふと、逸らしていた視線を再び私に向け
「次なる部外者はあなたたち三人。」
 と、笑みと共に告げる。
 ギクリと、思わず身が竦んだ。
「あなたたちは別に自業自得とは思わないけれど……そういえば、何故、水夏達はあそこに来たの?」
「……ぶ、部活で。」
 いい加減、忘れてしまいたい過去だった。
 エイリアンだとかUFOだとか、そんなのいるわけないだろ私のバカッッ。
 そんな思いが表情に出てしまっていたのかどうかわからないが、闇村さんは「そう。」と一つ頷いて、納得してくれた様だった。……実は知ってるんじゃ?とか思ったりもするんだが。
「そして次は、横山瑞希ね。」
「………。」
 その名前には、聞き覚えがある。そう、確か最近何かとマスコミ露出の多かった女政治家だ。
 同姓同名なのだろうか。
 そんな気楽な考えは、闇村さんの次の言葉でぶち壊されることとなる。
「横山瑞希は、BRの主催者よ。つまり、さっき言った女政治家っていうのが彼女のこと。」
「………は…!?」
「あら、知らなかった?横山は、直属の部下である加山了一に裏切られたのよ。そして戦場に置き去りにされた。」
 彼女の紡ぐ言葉、しばらく信じられなかった。
 私達が此処に来る直前まで、横山瑞希という女政治家はメディアに出て、仮面のようなわざとらしい笑顔を視聴者に向けていたのに。なのに、あの女はもう……死んでいるということか……。
「そうして部外者が紛れ込んでいく中、最初の死亡者が出たわ。」
「最初の……誰なんです?」
「高見沢亜子。管理棟をクラッキングし、爆破した張本人と思われているわ。実際、あんなことが出来るのは高見沢くらいね。」
「……爆破までしたのに、なのに殺されたんですか。一体誰に?」
 問い掛けると、闇村さんは待っていましたとばかりに微笑んだ。
 ちらりとモニターに目線を向けては、再び私を見据える。
「神崎美雨。……結局、高見沢は美雨に利用されたに過ぎないのよ。」
「………。」
 何とも言えなかった。
 その名前が出るのは当然の様な気すらした。
 利用。―――あの女ならやりかねない。
「続いての死亡者は佐倉莉永。十八歳の女の子よ。彼女も美雨に。」
「二人も、続けて?」
 眉を寄せて、そう問いかける。彼女は「そうよ」と小さく頷いて、どこか楽しげな笑みを零した。
「それからは少し急展開だったみたい。部外者が沢山混じったから、それは主催者の失態になるのよね。ほら、死刑囚たちは問題ないんだけれど、一般人となるとそうもいかない。上の人間に、手を打ってもらう必要があったってわけ。そこはまだ、横山の浅はかさが見え隠れするわね。」
「…はぁ。」
 彼女は事も無げに話しているが、とんでもない次元の話のような気がする。
「そこで手を打つことになった人間が私なの。言ってみれば尻拭いなんだけど、私にとっても興味深い話だったから、すぐにOKしたわ。」
「……あの。何故、そういう話が闇村さんに届くんですか?…や、その、なんていうか……」
「こんな重要機密、ってことでしょう?」
「……はい。」
 言い躊躇ったのは、これを告げてしまうと怒られるんじゃないかと危惧したから。
 彼女には、触れても良い部分と触れてはいけない部分があるのではないかと思う。
 彼女に言葉を掛ける時、迷ってしまうんだ。
 ――そう、先程の彼女の問いかけ。『水夏はまだ私のことが怖いかしら?』
 答えはYESだ。
「話してもきっと貴女には理解できない。」
「……はい。」
 だからこうして、抗わずに従順にいなければならない。
 それが彼女のそばにいる「コツ」なんのだと、最近思うようになった。
 手の平の中に包んでいたコーヒーカップ、気づけば既に中身は無くなっていた。私はそれをそばのテーブルに置き、改めて彼女に向き直る。口の中にほろ苦い味が微かに残っていた。
「横山が消えて、責任者は加山了一になっていたの。だから彼も一緒に引き渡されたわ。プロジェクト直前に紛れ込んだ部外者が三人……夕場律子、榎本由子、悠祈藍子、ね。彼女達も含めて。」
「その三人は何故、あんな山奥に?」
「自殺志願者だったみたいよ。」
「あぁ……なるほど。」
 その言葉には思わず納得だった。あの山は私達の地元でも「入ってはいけない」と皆が口を揃えて言う。そこは樹海なのだ、と。そしてまた、樹海という響きに惹かれてかどうかは知らないが、あの山で自殺死体が見つかることが多いんだとか。とは言え実際に誰が自殺したという話を聞いていたわけでもないし、単なる噂だと思っていた。
 しかし、実際にあの山に赴く自殺志願者がいるというのは、少々気分が悪い。その死体が転がっていたかも知れない山道を私達は歩いてきたのだから……。
「催眠ガスによって参加者や部外者の全員を眠らせた上、このビルへと移動。ここからが私のプロジェクト、 [セカンドBR] のスタートというわけよ。開始時には、前プロジェクトの参加者だった十三名と、部外者として紛れ込んだ八名。それから横山と加山。そして一般市民から特別ご招待の二名。…合わせて二十五名。」
「……特別ご招待、ですか?」
「そう。碧津晴と神楽由伊。何れも十五歳の中学三年生。都内のとある中学校でね、中でも身体的・頭脳的に平均値を示す子二人を選んだの。この戦場に一般人が紛れ込んだら――っていうデータを残したかったのよ。」
「……。」
 とすれば、この二人が誰よりも可哀相なんじゃないか?
 何の罪も無いのに、こんな危険な場所へ連れてこられて……しかも、
「やっぱり一般人は弱いわね。碧津は参加してすぐに死亡、神楽も今は八王子智の奴隷のような存在。」
「……。」
 ―――しかも殺されて。
 何とも言えない悔しさに、小さく歯噛みする。
 誰が悪いのかと言えば、それは……
「水夏は優しいわね。でもこれは運命なの。貴女がここにいることも運命ならば、少女達がここに来て、危険な目に遭うこともまた運命。」
「……はい。」
 それは、少女達の運がなかったこと――?
 ああ、きっとそうだ。闇村さんの言うことに間違いがあるはずがない。
「このビルでの最初の死亡者が碧津。その次は幸坂綾女。彼女は美雨に殺されたわ。」
「また、ですか…。」
「いちいち驚かせるのも悪いわね。先に言っておくけど……美雨は既に、八人の命を奪っているの。」
「八人…!?」
 現在の死亡者が十七人。半数近くが、あの女にやられたってことか。
 ―――なんて女だ。
「悠祈藍子、死亡。彼女は茂木螢子に殺されたんだったわね。」
「茂木…?あぁ、あの地味な感じの…」
「そう。……意外よね。」
 闇村さんはいつもより少しだけ表情を強張らせて言った。その理由がよくわからなかったけれど、これもまた問いかけるべきではないような気がした。
「それから、榊千理子、死亡。彼女は横山に殺されたのよ。横山は、榊が完全に息絶える前に自殺。」
「自殺?」
「彼女は肉体的にも精神的にも、随分いたぶられたの。最初に手の平を打ち抜かれて、ね。」
 そう言って、彼女は右手で銃を模り、その銃口にあたる人差し指を左の手の平に当ててみせる。「パンッ」と小さく口にした時、彼女の指先が火を噴いた――ように見えた。
「しかも、長時間の拘束、痛みを押しての性行為、そして極めつけは爆発によって体中を火傷したことかしら。死ぬ間際の彼女の手、悲惨だったわよ。血が流れっぱなしなの。――想像できる?」
「し、したくありません。」
 思わず即答。というか想像してみて、一瞬血の気が引いた。
 痛みに追い詰められた上での自殺、か。
「続いて、榎本由子、死亡。加山了一、死亡。この二人も美雨ね。」
「…はい。」
 もう何も言うことはない、って感じだ。
 闇村さんは「次は…」と呟いた後、ぽん、と手を打って
「そうそう、死亡者の前に参加者増加。望月朔夜、望月真昼、佐久間葵、穂村美咲。」
 と、笑顔で告げた。望月朔夜。その名前に少しドキッとする。
 私が問いかけようとする言葉を手で制し、彼女は続けた。
「おそらく貴女の思っている通り。この四人は皆、私のペットよ。私の命令によって、このプロジェクトに参加してくれた良い子ばかり。」
「……。」
 なんと言えば良いかわからなかったが、小さくコクンと頷き返す。
 彼女は満足げに微笑んで、「水夏も良い子ね」と小さく言ってくれた。そんな何気ない言葉が、無性に嬉しい。
「それから、吉沢麗美、死亡。この子は水鳥鏡子に殺されたわ。水鳥はこの時点で、精神的に異常を来していたの。冷静さの欠片も無い殺人よ。」
「吉沢……。」
 その名前に、少し気分が落ち込む。彼女は知り合いだった。
 しばらくの時間を共にして、色々と話した。気さくで明るくて、素敵な女性だったのに。
 私が顔を伏せること、気にしていないのか、それとも敢えて言葉を掛けないでいてくれるのか。
 彼女は更に話を続ける。
「不知火琴音・櫪星歌・渋谷紗悠里。何れも死亡。……美雨がやったの。」
「三人も……」
「水夏も現場のすぐ近くを通りかかったのよ。」
「え?」
 闇村さんはふと腕を組むと、少し考え込んだ後、告げた。
「私と水夏が初めて会った時、あの直前に爆破音がしたわね。」
「…ええ、確かに。」
「あれは美雨の仕業なのよ。」
「……どういうことです?」
 話が上手く飲み込めずに、私は少し首を傾げて問い返す。
「私達が人工庭園前で会ったのが昨日の朝九時。美雨が人工庭園で三人を殺害したのは、一昨日の夜十二時頃。」
「つまり、約九時間前に行っていれば、あの女に会えたということですか?」
「ううん。あと三分早ければ会えたのよ。言ったでしょ、あの爆発音がした時、美雨は庭園に居たんだから。」
「………え?」
 私が人工庭園の前を通りかかった時、そこには吐き気のするような匂いと煙が辺りに漂っていた。
 あの爆発が起こった時、神崎美雨はあの場に居た、ということか?
 何故――?
「ええっとね、元々は人工庭園の入り口に地雷を仕組んだ渋谷紗悠里。彼女が全ての元凶と言っても良いわね。入り口に地雷を仕掛けたため、不知火・櫪・渋谷、そして美雨は人工庭園に閉じ込められることになったの。」
「そ、そんなことが…。それで、どうなったんです?」
「ええ、それでね、色々あったんだけど、結局は美雨が三人を殺したのよ。でも此処で困るのは、美雨が一人で閉じ込められている状態じゃない?まぁ美雨はそんなに困っている様子も見せなかったし、策は既に練っていたんでしょうけど。」
「策、というのは?」
「美雨は体力温存のためか、一晩を人工庭園で明かしたわ。そして翌朝、地雷の埋まった入り口へと赴いた。――死体を引きずって、ね。ああ、ここはモニターで見ていたわけじゃないから絶対とは言えないんだけど、おそらくはそう。……そして、死体を使って爆発させたのよ。」
「…死体を、使って?」
 彼女が語る言葉、今一つ想像出来なかった。
 私があの人工庭園に赴く直前に、そんなことが起こっていただなんて。
「人間の重みで地雷は作動。一つ爆発すれば、全ての地雷は連鎖して爆発したのだと思うわ。そうして美雨は人工庭園を脱出。――その直後に、水夏、あなたがやってきたのよ。」
「それじゃあ、闇村さんはあの女に会ったんですか!?」
 つい早口になりながら問いかける。……本当に入れ違いだったなんて。
「会ってないわ。……いえ、隠れていたの。会いたいのは山々だったけれど、貴女の気配を察したからね。」
「…じゃあ、私のせいで会えなかったと……?」
「まぁそういうことになるわね。……でも、美雨とはいつでも会える。気にしなくていいわ。」
 闇村さんは穏やかな口調で告げて微笑んだ。
 ふと時間を気にするように時計を見上げた後、「続けましょうか」と私に向き直る。
「叶涼華・鴻上光子・望月朔夜。何れも死亡。これは話さなくてもよぉく知っているわよね。」
「はい。」
 頷き返すと、不意に、彼女の手が私の頬に触れた。
 突然のことに驚きながら、彼女を見つめる。
「――水夏。朔夜を殺したのは、貴女よ。わかっているわよね?」
「……はい。」
 真っ直ぐに目を見つめながら、彼女は少し厳しい口調で告げた。
 思わず目を伏せながら、小さく答える。
「私の目を見なさい。貴女はもうただの高校生じゃないことを、しっかり自覚してね?」
「わかってます!!」
 思わずガタンと音を立て立ち上がり、激して言い返した。座った彼女を見下ろし、頭ごなしに。溢れる言葉、怒鳴りつけるように口にしていた。
「私は貴女のために…!貴女の為にあの人を殺した!私は、もう… ……貴女に尽くすしか道が無いんだ!!」
 言葉を吐き出しきった後、大きく息を吸い、吐き出した。
 きょとんと不思議そうな表情で私を見上げていた彼女は、プッ、と小さく吹き出し
「水夏は可愛いわね。いい子。」
 クスクスと笑いながら、私の手を引いた。力のままに身を委ねると、私は彼女に緩く抱き寄せられた。
 彼女に抱き寄せられたまま、頭をもたげる。
「……ごめんなさい。」
 小さく呟くと、彼女は私の背をそっと撫ぜてくれた。
「それでいいのよ、水夏。私のことだけを考えていればいい。――私を愛してくれるわね?」
「……はい。」
 彼女のことだけが頭を巡る。 
 だけど、何だろう、不意に雑念が混じるような感覚。
 全て、何もかも彼女で満たされてしまえばいいのに。 
 そうすればこんな躊躇い、消えてしまうのに。邪魔者を消すのは当然だ。躊躇など必要ない。
 なのに何故こんなにも、震えるんだ。
「本当の戦いはこれからよ。―――だから、今はしっかり休みなさい。いいわね、水夏。」
 彼女の声が優しい。
 不覚にも涙が溢れるほど、優しすぎる。
「……はい。」
 小さく頷くと、彼女は抱いた手に力を込めた。
「貴女のことが大好きよ。……水夏。」





 ♪ピンポンパンポーン
 と、突然軽快なチャイムがスピーカーから鳴り響いたのは、午前零時半。
 私―――中谷真苗―――と真紋が、私の部屋へとたどり着いて、ほっと一安心。それから真紋が「仮眠取るから」と言って眠りについてから少し経った頃だった。
 なんだろう?と思ってスピーカーを見上げると、その直後、女性の声が聞こえた。
『ごきげんよう、真苗さん。…真紋さんは眠っているみたいね?』
 私達に話し掛けてくるその声。
 え、えっと?
「…だぁれ…?」
 恐る恐る問いかける。真紋は疲れていたみたいで、この放送の声を聞いても目を覚ます気配がない。
『ふふっ、怯えることはないわ。初めまして。管理人の闇村真里と言います。』
「や、闇村、さん…?管理人さん……?」
 怯えることはないと言われても、いきなり知らない声が聞こえてくればビックリしちゃうのは当然だよね。
 しかも…管理人さん…?
『嬉しいお知らせを持ってきたんだけど。聞きたい?』
 聞こえる女性の声はどこか楽しげ。焦らすように言っては、小さく笑むような声音が聞こえた。
「嬉しいお知らせ、ですか?そりゃあもう、嬉しいなら聞きたいですっ。」
 と答えると、彼女は『しっかり聞いてね』と前置きした後で、続けた。
『これから二週間、貴女たちに休息を与えるわ。禁止エリアの停止と、殺し合いの禁止。』
「え?…本当ですか!?」
 彼女の言った言葉に、思わず笑みが浮かぶ。
 だとしたら、しばらくは怯えなくていいのね!
『喜んでもらえたみたいね。真紋さんにも伝えておいてね。』
「あ、はい!」
 声が相手なのに、思わずこくんって頷いちゃったりして。
 だって、嬉しくて仕方ないんだもん。真紋とも、ゆっくり過ごせるし…。
「待って。…貴女が管理人だっていう証拠はあるの?」
 と、不意に聞こえた声。見れば、真紋が目を覚ましていた。
 厳しい表情でスピーカーを睨みつけていた。
『おはよう、真紋さん。起こしてしまったみたいで申し訳ないわ。私が管理人である証拠ね。証明する方法は色々とあるけれど……。』
「貴女のこと、もう少し色々と教えてもらえればわかると思うけど。闇村真里、とか言った?年齢は?職業は?」
 真紋は真剣な表情で問い掛ける。
 そんな真紋とは裏腹に、スピーカーから聞こえる声は至って楽しげだった。
『証明して欲しいんじゃなくて、私の事を知りたいのね?いいわ、少しなら教えてあげる。年齢は二十九。職業は、今はこうして管理人業をやっているわ。』
「ッ……何者なの!?管理人って……どうしてこんなプロジェクトを?あの横山とか言う女じゃないわよね?」
 真紋の剣幕に、私はちょっぴり驚いて口を挟めなかった。
 た、単純に喜んでちゃだめだったのかな……?
『何者と言われても困るわね。ある程度の権力を持っている人間、とだけ言っておこうかしら。横山瑞希はちょっとしたアクシデントで死んだの。彼女も参加者リストに名前があったでしょ?』
「……横山のことはどうでもいいわ。――貴女は、……」
 真紋は何かを探ろうとしているみたいで、だけど言葉が見つからない、そんな様子で唇を噛んだ。
 管理人、かぁ。
 真紋に真似て色々と質問を考えてみる。
「あのぉ、管理人さん、結婚してます?」
『え?……してないわ。』
「じゃあ、彼氏さん、いるんですか?」
『彼氏もいないわよ。どうしてそんなこと聞くの?』
 不思議そうだった声色は、次第にどこか可笑しそうに笑みを含ませた。
 どうしてって言われても、私もよくわかんないけど……真紋が何か探りたそうだったし。
「…もういいわ。その、殺し合い禁止だとかってのは本当なのね?」
 私の代わりに真紋がそう答える。その後真紋は私に目を向け、「真苗は黙ってて」と小声で告げた。
『ええ、本当よ。詳細は後でメールで送っておくから、それが私が管理人である証拠して認めてもらえるかしら。』
「………そう、ね。」
『じゃあ、そういうことで宜しくね。』
「待って!聞きたいことは他にも…!!」
 真紋が何か言いたそうにしたのに、♪ピンポンパンポーンとまた軽快な音がした後で、プツンという音と共に放送は切れたみたいだった。
 真紋は悔しそうに溜息をつくと、ふと私に目を向ける。
「なんであんたは管理人相手だってのに、そんな気楽にいられるかなぁ?」
「え?そ、そんなこと言われてもー…。いいじゃない、しばらくのんびり出来そうだし、ね?」
「まぁ、それはいいんだけど。」
 今一つ納得できないといった様子で、真紋は肩を竦める。
 お休みだとわかって浮かれている私は、ぎゅーと真紋に抱きついた。
「ちょっ……、ま、真苗!?」
「えへへ、だって嬉しくなぁい?もう殺されちゃうとか怯えなくていいんだよ?」
「……二週間だけ、ね。」
 私のぎゅーに最初は逃げようとしたものの、すぐに諦めたように力を抜き、真紋はまた溜息をつく。
「真紋は嬉しくないの?」
 首を傾げて問い掛けると、真紋は少し身体を離して私を見つめ、
「……真苗と一緒の二週間が保障されたってのは、嬉しいやら悲しいやら……。」
 と言葉を濁しては、またまた溜息をついた。
 そんな真紋に笑みを向け、
「私は嬉しいわ。だって真紋と二週間、幸せにラブラブに過ごせるんだもん。」
 そう告げて、再びぎゅーと抱きついた。
 真紋は少しの間沈黙した後、少し乱暴に私の髪を撫でながら、
「恋人いる癖に……。」
 と、拗ねたように言う。でも、がしがしと頭を撫でてくれる手が、私はなんだか嬉しい。
 ……あ、そっか、ラブラブなんて言っちゃだめなんだ。
 真紋は私とイチャイチャしたりとか、やだよね、やっぱり。
「…ごめん。」
 小さく言って、真紋から身体を離す。真紋は不思議そうに私を見つめた後、ふっと小さく笑みを零した。
「あんたにも一応、恋人がいるって自覚は出てきたわけね。それでいいわ。……浮気なんかする女、私は嫌いなんだからね?」
 と、“嫌い”の言葉を強調しつつ真紋は薄い笑みを浮かべて言う。
 そんな風に言われちゃうと内心へこむんだけど、でも私は頑張って笑顔を作った。
「はぁい。……でも、これからも宜しくね?……私はまぁやのこと、大好きなんだから。」
 恋じゃないけど。
 ――と、ちゃんと付け加えようとしたのに、それよりも先に私の頭に置かれた真紋の手が、私の頭を引き寄せた。
「でも、……たまには許してあげる。」
「え?」
 真紋はほんの少しだけ悲しげな表情で微笑んだ。
 そして次の瞬間、ふわっと、ほんの一瞬―― 真紋の唇が、私の唇に触れていた。
 …え?……な、なんで…?
「私も真苗のこと、好きよ。……恋じゃないけど。」
 私が言おうと思っていた事を、真紋に言われてしまった。
 その言葉が嬉しいのか悲しいのか、よくわからなくて。
 ただ、唇に微かに残った真紋のぬくもりが、愛しくて仕方なかった。
 本当はね、恋人なんかいないの。本当は私、真紋に恋してる。
 ……なんて言えない。そんなこと言ったら、真紋はきっと私を嫌いになる。
 ほら、だって現に、私がこうして嘘をついていれば、真紋は私にキスをくれた。
 少し悲しい。だけど、すごく嬉しい。
 嘘でもいい。私はこうして真紋と過ごせるだけで、十分幸せだから。





 ♪ピンポンパンポーン
 その音が聞こえた時、あたし―――八王子智―――は咄嗟に構えていた。
 あの音にそっくりだった。
 ……そう、それは、学校のチャイム!!
「あれ、予鈴だと思う?」
「は、はい?」
 音に驚いているらしい由伊は、あたしからの問いかけに慌てた様に振り向いて、カクンと首を傾げた。
 そして由伊が何か答える前に、スピーカーから聞こえてきたのは……
『予鈴でも本鈴でもないわ。管理人からのお知らせよ。』
 という、答え。
 あぁなるほど、と納得したのは刹那。即座に、
「誰だぁ!」
 と、スピーカーに向けて問い掛けていた。
 そんなあたしの問いに、スピーカーの向こうの人物は少し沈黙した後で、クスクスと笑みが聞こえた。
 ば、バカにしてる……。
『ごめんなさいね、驚かせて。私は管理人の闇村真里。』
「管理人?……管理人って、もっと老けた人だと思ってたのに。」
『うふふ、幾つくらいの人だと?』
「三十代後半くらい。」
『まぁ、それじゃあ私の声はもっと若く聞こえるのね?』
 嬉しそうに言っているものの、それもどこか演技っぽく聞こえる。
 まるであたしとのやりとりを楽しんでいるみたい。
「……三十代半ばってとこかなぁ。」
 本当は、声の主は二十代後半って所だろうと踏んでいたが、敢えてそんな風に言ってみた。
 向こうが楽しんでるなら、こっちだって皮肉を利かせてやる。
『あら、それはショックねぇ。まだかろうじて二十代よ。』
「あ、やっぱり、もうすぐ三十路?」
『………コホン。八王子さん?貴女って本当に無遠慮ね。』
 わざとらしく咳き込んで見せては、憎々しげに告げる声。
 あは、なかなか冗談の利くお人じゃないの。
「生まれつきですから。それより、管理人さんが何の用事?」
 問い掛けつつ、ふと由伊が困った様にあたしとスピーカーを交互に見ている様子に気づき、思わず吹き出しそうになる。この子も応用力がないなぁ。それが超可愛いんだけど☆
『ええ。あのね、今日から二週間、参加者に休息を与えることにしたの。禁止エリアの停止と、殺し合いの禁止よ。』
「……へぇ。」
『あんまり嬉しくなぁい?』
「いや、あたしたちにはあんまり関係なさそうかなーと。」
 という言葉は本心だった。今までだって由伊と一緒に過ごしてて、別段不自由したことはない。
 この部屋が禁止エリアになればどっかに遊びに行くし、お腹空けばご飯食べに行くし。
 殺し合いをする必要も特になかった。あたしは由伊と遊んでる時間が一番楽しいんだもん。
「う、嬉しいですよ!」
 今までオロオロと黙り込んでいた由伊が、唐突に声を上げる。
 由伊が、話してもいいです?と言った様子であたしを見るので、うん、と頷いてやった。
「だって、殺されることもなくなっちゃう、んでしょう?そしたら、安心して外も歩けますし……う、嬉しくないです?」
 由伊は相変わらずの挙動不審で言っては、あたしに同意を求めるように首を傾げた。
 そんな由伊に少し笑って、
「由伊が嬉しいならあたしも嬉しいかなぁ。」
 と、答え、再びスピーカーを見上げる。
『喜んでもらえたようね。良かったわ。詳細は後でメールで送ります。――それじゃあごゆっくり。』
「はぁい。」
「はい!」
 あたしたちが返事をすると、『良い返事ね。』と声が聞こえて、再び♪ピンポンパンポーン。
 やっぱりこの音は予鈴っていうよりは本鈴って感じだなぁ。





 ♪ピンポンパンポーン
 いきなりスピーカーから鳴り響いた音にびっくりして、あたし―――沙粧ゆき―――はベッドから飛び起きた。
 隣で眠っていた霜先輩も、パチリと目を開けて、あたしと目を合わせてはガバッと上半身を起こす。
 あ、あれ?禁止エリアの放送は終わってるはずだし、な、何…?
『ごきげんよう。管理人からのお知らせです。』
「…は?……管理人…?」
 霜先輩は呆気に取られた様子で呟いては、あたしを見る。
 けれどあたしも呆気に取られていて、わけがわからない。
『本日より二週間、参加者に休息を与えます。禁止エリアの停止及び、殺し合いの禁止。詳細は後にメールでお知らせします。』
 その声はニュースのキャスターとかラジオのDJのお知らせとか、そんな雰囲気だった。
「殺し合いの禁止?……それって、もしかして嬉しくない?」
 霜先輩はきょとんとした表情のままであたしに問い掛ける。
「う、嬉しいのかもしれないです…?」
 あたしもよくわからないので、疑問形で返した。
 その時不意に、スピーカーから小さく笑い声のようなものが聞こえた。
『ふふっ、ごめんなさいね、驚かせて。この放送は一方通行じゃないのよ。沙粧ゆきさん、田所霜さん。』
「え!?…あ、え、えっと、こ、こんばんは。」
 名前を呼ばれて驚いて、慌ててそんな挨拶を返していた。
 すかさず霜先輩から、「挨拶してる場合じゃないだろ!」と突っ込まれる。
 そして霜先輩はベッドの上に立ち上がり、
「聞きたいことがある!」
 と、大声で告げた。
『…何かしら?』
 スピーカーから聞こえるのは、大人っぽい女性の声。
 この人が、管理人さん……?
「水夏…!宮野水夏はどうしているか知らないか?いや、知ってるんだろ!?お願いです、教えて下さい!!」
 霜先輩は懇願するように言う。それはまるで、溺れるものは藁をも掴む…といった様子で、必死な感じが声に滲み出ていた。
「あ、あたしからもお願いします!教えて下さい!」
 霜先輩に続けて、スピーカーに訴えかける。これで、水夏先輩の無事が確かめられるなら……。
 女性の声はしばし沈黙した後、静かに告げた。
『申し訳ないけれど、他の参加者の情報を流すことは出来ないわ。諦めて頂戴。』
「そんな!お願いだから…お願いです!!」
 霜先輩は突然、ガバッとベッドに身を伏せた。
 土下座、だった。
 そうまでして、水夏先輩の無事が知りたい、なんて……。
『貴女達の気持ちはよくわかるわ。だけど……』
『霜……?』
 その時ぽつんと、スピーカーの向こうで小さく聞こえた声。
 あたしの聞き間違いじゃなければ、それは――
「水夏!?――水夏、私だ!霜だ!!…水夏、聞いてるんだろ!?何か言ってくれ!!」
 霜先輩は再び立ち上がり、必死に呼びかける。
 あたしはその様子に圧倒されるだけだった。
 こんなに、こんなにも声を荒げている霜先輩なんか見たことが無かった。
 こんなにも必死に……。
 スピーカーはしばらく沈黙を守った後、少ししてまた声が聞こえた。
『……とにかく、今日から休憩の』
「待ってくれ!そこに水夏がいるのか!?いるんだろう!?」
 女性の声を遮って、霜先輩は尚も続ける。
 その懇願に観念したように、女性は小さく溜息をついたようだった。
『貴女達は自分の耳を信じればいいのよ。…それじゃあ、良い休暇を。』
「待て…!!」
 霜先輩の声に重なるように、♪ピンポンパンポーンと音がして、静寂が訪れる。
 ドサリと音を立てて、霜先輩はその場に座り込んだ。
 ぼんやりとスピーカーを眺め、きゅっと眉を寄せる。
「どうして水夏が…あんなところに……?」
「……」
 霜先輩の疑問に対する答えを、あたしは持ち合わせていなかった。
 唯、沈痛な空気が流れ――
 そしてあたしは初めて、霜先輩の涙を見た。





 ♪ピンポンパンポーン
 ベッドに身を横たえたまま、額に手を当てぼんやりと部屋の天井を眺めていた。
 午前八時。黒いフィルムの貼られた窓から薄っすらと朝の光が差し込む中で、不意に鳴り響いたチャイムに、私―――望月真昼―――は咄嗟に身を起こした。
『真昼、ごきげんよう。』
「……! や、闇村さん!?」
 チャイムだけでも驚いたというのに、続けてスピーカーから聞こえた声に目を丸くする。
 ふっと隣で眠っている鏡子へと目を向ければ、彼女はスピーカーの音に目を覚ましたのか、不思議そうに私を見上げていた。
『ええ、私よ。鏡子さんは初めまして。管理人の闇村真里です。』
 彼女の声を耳にして、胸の奥からふつふつと湧き出す感情は、喜び。
 愛しい人の声に、すっきりしなかった頭が一気にクリアーになる。
「や、闇村さん、朔夜が… 朔夜が帰ってこないんです。」
『……そう。』
「ご存知ですよね?朔夜が今どうしているのか。お願いです、教えて下さい。」
『今回はね、お知らせのためにこうして放送をしているの。』
「お知らせですか…?」
 私の問いに答えようとはせずに、彼女は淡々とした口調で告げた。
『今日から二週間、参加者に休息を与えることにしたわ。禁止エリアの停止、そして殺し合いの禁止。詳しくは、後でメールを送るから確認してね。』
「…はい。」
 休息。
 とすれば、朔夜がもし無事ならば、二週間はその身の安全が保障されることとなる。
 嬉しい知らせかもしれない。
 ――だけどそれよりも今は、朔夜の身を案じることが先だった。
「それで、朔夜は…」
『真昼。申し訳ないけれど、他の参加者の情報を流すことは出来ないのよ。…わかるでしょう。』
「それは、わかります。ですが……」
 けれど私は闇村さんの物で、彼女の使者で……
 そんな言い訳が通用するとも思えなかった。
 だから後が続けられず、私は言葉を濁してしまう。
『……お知らせは以上。真昼、ここからは参加者として、個人的な話をするわ。』
「え?…は、はい。」
 参加者。
 その言葉が気に掛かったが、彼女の話の方が気になった。
 私はスピーカーを見つめたまま、闇村さんの言葉を待つ。
『昨日、朔夜と会ったわ。』
「本当ですか!?」
『ええ。――伝言を言付かったの。』
 その言葉に、微かな安堵感を感じた。
 朔夜のことだもの、きっと現状を知らせてくれる。そう、期待した。
 彼女は少しの間沈黙し、そして、静かな口調で言った。
『また会えて嬉しかった。……そう伝えて欲しいと。』
「え……?」
 しかし。彼女が告げた言葉は私の予想と反していて、あまりに短いものだった。
 朔夜――?
『それじゃあ、ゆっくり休んでね。』
「待って下さい、朔夜は… 朔夜は一体……!?」
『真昼。……私はこれ以上、貴女に言うべき言葉を持たないわ。後は自分で考えなさい。』
「……ッ…!」
 彼女の優しくも冷たい言葉の後で、また場違いな軽快なチャイム音。
 そしてそれ以上、愛しい彼女の声が聞こえることはなかった。
 私はベッドに座り込んだまま、先程彼女が告げた言葉の意味を考えていた。
「また会えて嬉しかった。」
 復唱してみても、その意図を察することが出来なかった。
 朔夜はどんな状況で。どんな思いでそんなことを告げたのか。
 朔夜は今どうしているのか。
 朔夜は今、生きているのか―――……。





 ♪ピンポンパンポーン
 突然聞こえたそのチャイム。
 微睡みの中、ぼんやりとしていた頭は一気に覚醒し、パチリと目を開ければすぐ目の前に律子の顔。
 彼女もまた、驚いた様に目を開けて、私―――穂村美咲―――と目が合えば不思議そうに瞬く。
「…な、に?」
 彼女が小さく呟いて、スピーカーを見上げた。その時だった。
『おはよう。夕場さんに、穂村さんね。管理人からのお知らせです。』
 聞こえてきたその声に、私は咄嗟に身を起こし、姿勢を整えていた。
 耳にした時即座に、その声の主が誰なのか理解出来た。
 言葉を返そうとした。おはようございます、と。そう挨拶を返すことは当然の礼儀だ。
 けれど――それを止めたのは、隣に居る律子の存在を気にしてのことだった。
 彼女はきっと私達のことを見張っている。彼女はきっと、私達の挙動を見つめている。私達の関係だって理解しているのだろう。その証拠に彼女は――私のことを名前で呼ばなかった。
「管理人……?」
 ぽつりと呟いては、尚も驚いた様にスピーカーを見上げる律子。
 彼女を一瞥した後で、すぐにスピーカーへと目線を向ける。
 あぁ、闇村さん……。貴女のお声が聞けるだなんて。
『今日から二週間、休息期間とします。具体的には、禁止エリアの停止と殺し合いの禁止。詳しいことはメールで送ってあるから、後で確認してね。』
「……はい。」
 私が小さく頷くと、不意にクッと私の腕を掴まれる感触。
「み、美咲?あれって…?」
 困惑と焦りの滲んだ声色で、律子は私に話し掛ける。そんな律子に目を向けるでもなく、彼女が続けようとする言葉も手で制した。
『二人共、良い休暇を。――二週間、素敵なことが起こると良いわね。』
「…はい。」
 本当はもっと。もっと彼女の声が聞きたい。彼女と話がしたい。
 私の名前を呼んで欲しい。その美しい声で、もっと私を……!!
『それでは、用件のみにて失礼するわ。』
「ッ…!」
 呼び止める言葉が、溢れるように喉の奥までせり上がる。
 必死で堪えた。
 闇村さん。闇村さん……!
「ま、待って!あ、あの、えっと……」
 私の思いを代弁するかのように、律子が発した言葉。
 スピーカーに向けてそう呼び止めては、困惑したように私に目を向ける。
 そんな律子に一寸目線を返した後、私は再びスピーカーを見上げた。
 彼女と言葉を交わせるチャンスをくれた。どんな言葉でもいい。演技でもいい。
 闇村さんの声。言葉。あぁ、何もかもが愛しくて、狂おしい。
「貴女は、何者なのですか?…管理人とは、一体?」
 私は告げた。何もかも知っていた。けれど、言葉を繋ぐために。
 スピーカーから聞こえていた声は暫しの沈黙を置いた。もう放送が切れてしまっているのかと危惧したけれど、それは無駄に終わる。不意に小さく、笑みを零すような声音が聞こえた。
『気になるかしら?……あまり詳しいことは教えて上げられないわ。』
「答えられる範囲で構いません。貴女の、ことを……」
『そうね。』
 闇村さんは考えるような間を持った後、言葉を続ける。
『名前は闇村真里。年齢は二十九。恋人いない歴は十一年。』
 冗談めかした口調で言っては、『こんなところで良い?』と問いかける。
「……管理人って。なんで?なんで、こんなこと……」
 律子は、そんなことが聞きたいんじゃないとばかりに首を振っては、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
 律子が抱いているのは、このプロジェクトに対する不満。自分自身をこのような戦場に導きいれた者に対しての、憎しみのような感情。
『どうしてこんなプロジェクトを行うのって?そう言いたいんでしょう。こんな、人の血も流れていないような、冷淡で残虐な事を。そう言いたいんでしょう?』
 見透かしたような言葉に、律子はキッと鋭い眼でスピーカーを見上げ、
「そう。…どうしてこんなことを!人の命を何だと思ってるの!!?」
 怒鳴りつけた。激した感情を露にして、投げ掛ける言葉。
 私はその答えを持っていなかったけれど、彼女の疑問は醜いと思った。
 そんなこと、どうでもいいでしょう。
『貴女のような優しい女性には、きっと理解出来ないのでしょうね。私や、――他にも数人、このプロジェクトに潜んでいる残酷な人間の気持ちなど。』
「理解なんて出来るわけないじゃない!!人間以下よ。…こんなことするなんて、人間なんかじゃない!」
 その瞬間、律子に向けて手が伸びた。
 なんてことを言うの。
 憤りを感じて、彼女を責めようとした。
 続く言葉を、聞くまでは。
「あんたなんか、ただの悪魔よ!!」
 ――ふっと、その言葉に動きを止めた。
 私の衝動と静止など、律子は目に入っていない様子で、尚も喚き続ける。
 悪魔。
 その通りよ。
 私はその言葉が悪口とも、貶す言葉とも取れなかった。それは、もしかしたら誉め言葉かもしれない。
『悪魔、ね。……ふふっ、それじゃあ貴女は天使。私達が分かり合えることなど無いのよ。貴女が私を理解できないように、私も貴女の想いが理解出来ないもの。』
 闇村さんの楽しげな声を聞くと、きっと私と同じように感じているのだと、そう思った。
 彼女は悪魔。――そして私も、その悪魔から唆された元・人間。私も既に、悪魔と化している。
「ッ…!」
 律子はそれ以上言葉を紡げずに、悔しげに口を閉ざす。
 少しの沈黙が流れた後で、
『これ以上話す事もないみたいね。…それじゃあ、私は失礼するわ。』
 そんな声の後、♪ピンポンパンポーンと二度目のチャイム。それが放送の終了を告げる音。
 律子はベッドに座り込んだままで、肩を落としていた。そんな姿を見つめていると、ふっと律子は息を吐き出し、私へと目線を向けた。
「美咲は、どうしてそんなに冷静なの。……どうしてあの悪魔を前にして、何も言い返さないの!」
 かすかに滲む憤りが、そこに正義と、そして生に貪欲な天使の姿を映し出しているようだった。
 天使が生だとすれば、悪魔は死?
 ――いいえ、そんなことはない。天使だって悪魔だって、そして人間だって、望むのは生よ。
「悪魔に楯突くなんて、無駄だと思っただけ。」
 呟くように返して、私はベッドから降りた。天使に背を向け、シャワールームへと足を向ける。
 律子。貴女の目に映る私の背には何が生えている?
 見えないかもしれないけれど、そこには間違いなく、黒い翼があるはずよ。
 貴女とはわかりあえない、悪魔の印がね。





 ♪ピンポンパンポーン
 今、鳴ったのは二度目のチャイム。
 一方的な放送が終われば、部屋には再び静寂が訪れた。
 私―――茂木螢子―――はぼんやりと窓の外を眺めながら、今、告げられた事を考えていた。
 二週間の休暇。嬉しいような嬉しくないような……。
 くしゃり。寝起きのままの髪は毛先が軽く跳ねていて、手櫛だけじゃ元に戻らない。
 シャワーを浴びれば戻るけど、それもなんだか億劫だし。後で洗面所で直そうかな。
 でも、別に身だしなみに気をつける必要とかもあんまり感じられない。
 今日は何をしようか。明日は。明後日は。
 退屈すぎて死んじゃいそうかも?緊張感がなくなるってことは、そういうこと。
 あ、そういえば管理人さんって女性なんだ。意外といえば意外だけど、自然な感じもする。
 此処は女性だけの楽園。
 加山さんとか言う男性も一人紛れ込んでたみたいだけど、鉄槌が下ったかの如く。その死は齎されたんだとか。
 女って怖い、よね。ふと思ったりする。
 非力で、暴力もなければ、直接的な感情も少ない。
 けれどその分、冷静で残酷で、そして利己主義者が多いように感じる。
 女は複雑なの。天使みたいな笑顔の裏に、どんな悪魔が潜んでいるんだか、ってね。
 そんな中でも、深雪さんはちょっと違ったかなって思った。
 彼女は、男性的な面を持っていた。直接的で、単純で、心から優しいお姉さん。彼女は嘘を吐かなかった。
 だから好きだったし、だから嫌いだった、かも。
 難しいなぁ。私はバカだからよくわからない。
 ……なんて言葉が既に嘘かもしれないのね。ほら、女って怖ぁい。

 危険信号。危険信号。
 危険信号。―――青。

 ちょっと退屈。
 今から何しようかな……。





 ふあ。
 ぼんやりとした頭。
 あたし―――佐久間葵―――は、眩しい朝日に目を眩ませながら、起き……――
 起きた、のです。
 あれ……?

 あたし、どうして今も闇村さんに……縋ろうとしているのでしょう。
 こうして呼びかけても、語りかけても 貴女は聞いてくれないのに。
 なのに……
「……おはよう。」
 不意に傍から掛けられた声に、少し驚いて顔を向けると
 昨晩あたしを抱いたその女性が あ、あ、あたしと目を合わせて……
 ……。
 こうして頭の中で貴女に逐一報告するのは、止めにしようかと思うのですが、どうでしょうか。
 …ね、闇村さん。
 あたしは、貴女に語りかけるようにこうして頭で考えていることで冷静であろうとして、
 そうして恐怖を和らげようとか色々考えていたのですが――
 今は、そうしていると余計辛いんです。
 昨日のあたしからして見れば、考えられないことなのかもしれません。
「おはようございます。…美雨さん。」
 ベッドの薄いシーツに包まって、あたしは彼女に笑みを返しました。
 彼女は少し離れた場所から、笑むように目を細め、そしてあたしから視線を外します。
 パソコンに向かっているみたいです。ぼんやりと彼女の姿を眺めていると、その表情があたしを向けてくれた柔らかい表情とは違って、酷く冷たく、何かを見下しているような、そんな雰囲気のように思えました。
 何を見ているんだろう、と、そんなことを考えながら、あたしは再び目を瞑ります。
 まぶたの向こうには、光。
 眩しくて、何もかもを包んでくれそうな、温かな光。
 そんな中でゆっくりと、今までのこと、今のあたし、そしてこれからのことを考え始めました。
 心の中で渦巻く想いは、あまりに複雑で。それを一つの形として表すことは、バカなあたしには難しいこと。
 闇村さんのことは今だって大好きです。
 だけど美雨さんは……怖いくらい、あたしを取り込んでいく。
 このままで居ればあたしは一体どうなるのだろう、と。
 そう考えると、楽しみなような怖いような、よくわからない感情になって、そして何も考えたくなくなるんです。
 闇村さん。
 あたしは貴女のことを愛していたはずなのに、いいえ、愛しているはずなのに。
 それなのに、「心」とはなんて簡単に移ろってしまうものなのだろうと、驚かずにはいられません。
 それはあたしの心のせいではなく、頑ななまでに闇村さんに一筋だったはずなのに、そんなあたしの心を動かしてしまう美雨さんのせいなのかもしれません。
 闇村さんは絶対的な快楽をくれました。それは最高・最上のものであり、故に貴女が更に欲しくなる。継続し続ける快楽。欲は深まるばかり。貴女のことを失えば、あたしは壊れてしまいそう。
 それに対し、美雨さんは絶対的な優しさをくれました。優しさという言葉は相応しくないかもしれません。彼女はいつだって冷たい人。それは行為の最中だって変わりません。しかし何と言えば良いのでしょう。彼女に抱かれている時、とても安心できて――幸せでいっぱいになれるんです。
 闇村さんと美雨さんは、似ているようで完全に異質な存在でした。
 あたしはもしかしたら、そんな二人に抱かれるなんて最高に幸せな人間なのかもしれません。
 世界一幸せなのかもしれません。
 そう思わずにはいられないほど、二人は共に最高の女性です。
 あたしは一体どうすれば良いのですか?
 二人ともだなんて、わがままですか?欲張りですか?
 だけど選ぶとかそんな次元じゃないんです。両者から絶対的な拘束をされているような気分。
「…葵。」
 ふわりと、あたしの頬を撫でる感触に、考えは中断されました。
 それが邪魔だとは思いませんでした。むしろ、今からどんどん絡まってしまいそうな悩みの蔦を断ち切ってくれたような感じ。感謝すらしてしまいます。板ばさみの恐怖は、あたし一人では解決出来そうにありません。
 目を開けると、ベッドに腰を掛けて私へと目線を落とす美雨さんの姿がありました。
 昨日抱かれたまま眠ってしまったあたしは、全裸にシーツだけの姿。少し恥ずかしくてシーツを被りなおしながら、彼女を見上げます。そんなあたしに、小さく笑みを向け
「恥ずかしい?…昨日、あんなに見せてくれたのに。」
 と、意地悪なことを言っては、シーツ越しにあたしの肩を撫でる美雨さん。
 そんな彼女に照れくさい笑みを向けた後で、あたしは少し躊躇いながらも言葉を発しました。
「あの……。訊きませんでしたね、あの人とのこと。」
 それは昨夜からずっと気になっていたことです。美雨さんがあたしのことを部屋へ連れ戻った理由は、闇村さんのことが聞きたいからなのだと思っていました。部屋へ戻ればすぐさま質問が来るのだろうと覚悟していたのですが、あたしの思いとは裏腹に、美雨さんは何の追及もしませんでした。
 交わした言葉の数は少なくて。代わりに長い時間、あたしを抱いてくれました。
「あの人。…闇村真里のことね。」
「はい。……あたしの方が気になっちゃいます…。」
 ふっと表情を消した美雨さんに頷きを返し、小さく本心を述べます。
 闇村さんも美雨さんも、先程言った通り最高の女性。対を為すような二人の関係が、気になって仕方ありません。
 美雨さんは少しの間、あたしから視線を逸らし沈黙した後で、「あの女は…」と、零すように言いました。
 あの女。その呼び方から察するに、美雨さんにとっての闇村さんは、味方ではない存在のように思えます。
「あの女……闇村真里は、高校時代の先輩に当たるのよ。」
「先輩……?」
 その言葉は意外なようで、なんだか納得できてしまうような。
 あたしは更に続きが聞きたくて、彼女を見つめます。
「そう、先輩。……あの人は完璧な女性だったわ。成績はいつもトップクラス、性格も良くて、美貌も携えて……誰もが憧れるような、皆にとって理想の女性だったの。」
 その言葉にはますます納得です。今だって十分に、闇村さんは完璧な女性。
 だけどそんな闇村さんの過去を、今目の前で美雨さんが語っているということに違和感を覚えてしまいます。
 だって、美雨さんだって完璧な女性といっても過言ではないような気がするからです。
「それで…美雨さんは、闇村さんとはどういう」
 関係なんです?と続けようとした時、突然あたしの口許が、彼女の手に覆われました。
 驚いて美雨さんを見上げると、彼女はあたしを真っ直ぐに見おろして……
 いいえ、見くだしていました。
 今までとはどこか違う。冷たい眼差しで。
 その視線を見た瞬間、あたしは聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと、すぐに気づきます。
 そのままで暫く美雨さんはあたしを見つめた後、ふっと、彼女は小さく息を吐き出しました。
「ただの腐れ縁よ。」
 とてもそうとは思えない。だけど、彼女はその一言で全てを終わらせようとするように、短く言い切ったのです。
 そしてあたしから手を離すと、ベッドから立ち上がり、あたしに背を向けたままで言葉を続けました。
「葵と、あの女との関係はそれとなく察しているわ。…飼われてたんでしょう?」
「……はい。」
 ペットとして。彼女は、そんなことまで知っているのでしょうか。
 美雨さんは一体、何を考えているのでしょうか。……少しだけ怖い。
「今から二週間。殺し合いを禁止するそうよ。」
「え?」
「メール、来てたわ。管理人からね。」
 カチカチとパソコンを操作しながら言う言葉に、ふと疑問を覚えます。
 そう言えば美雨さんは、闇村さんがここにいることは知っていても、管理人としてっていうことまでは知らないんでしたっけ……?
 そんなことを考えていた時、突然

 ガシャン!!――と 響いた音。

 それは、―――美雨さんがその手を、パソコンのキーボードに叩き付けた音。
 その行為に、あたしは驚きを隠せず、目を見張って彼女の姿を見つめていました。
 彼女の表情は見えません。それでも、音に滲んだなんらかの感情が、あまりに彼女に相応しくなくて。
 彼女がほんの一瞬、感情を見せたということが、あまりに……
「あの女はいつでも私を見下しているのよ。――私は殺人者。あの女は管理人。……あの女は…」
 声に感情は無く、淡々と紡いではあたしに向き直ります。
 そこにはやはり表情は無く。ただ、今まで以上に冷たくて。凍り付いてしまいそうな程、怖くて――
「あの女は、私を弄んでいるつもりでいるのよ。……馬鹿げているわ。」
 嘲るような口調で、それはあたしに向けた言葉ではなく、あたしを介して闇村さんへと告げているようでした。
 フッと浮かべた彼女の笑みが、あたしには理解できません。
 唯、それは今までの嘘の笑みではなく
 ――心から滲んだ笑みなのだと、そんな風に思いました。
 彼女はその唇を微かに開き、零すように紡ぎました。
 感情の無い、冷たい響きを持った言葉。

「絶対に許さない。」

 闇村、さん。
 あ、あたしは
 あたしはやっぱり、この女性に付いて行くことは、出来、ません。
 『ヤバい。』
 この人、危険すぎる。
 どうか。どうか気をつけて。
 闇村さん。闇村さん。
 気をつけて下さい。
 この人ヤバすぎる。
 闇村さん、殺されちゃう…――!





「葵。……怯えなくても大丈夫。」
 私―――闇村真里―――はモニター越しに彼女をなだめるように呟いて、微笑んだ。
 伝わることはなくても、そう言わずにはいられないほどに、身を震わせる葵が健気に見えた。
 美雨の危険さはよくわかっているわ。葵もわかったでしょう。
 美雨は私を憎んでいるのよ。
「闇村さん?…何、見てるんです?」
 ふぁ、と欠伸混じりでそばから不思議そうにモニターを覗き込む水夏に、私は小さく笑み、
「美雨の感情、…やっと動いてくれたの。」
 と、答えながらグラフを指した。
 寝起きといった様子の水夏は少しぼんやりとしていたものの、ふっと眉を寄せ「感情?」と小さく問い返す。
「憎しみよ。」
 そこにデータとして滲む感情は、私に喜びをもたらした。
 美雨が私を憎んでくれる。それが何より嬉しくて。
 こうして美雨を追いかけてきた甲斐があったというものだわ。
「……何に対しての…憎しみなんです?」
 今までの一部始終を目にしていない水夏は、怪訝そうに呟きながらモニターを見つめる。
 映し出される美雨の姿、相変わらず表情は無く、感情値も次第に落ち着きを見せていた。
「私に対して。」
「…え?」
 短く返した返答に、水夏は更に怪訝そうな様子でぽつりと聞き返した。
 そんな水夏に笑みを向け、
「美雨は私を憎んでいるの。あの子は私を殺すかもしれないわ。」
 と、表情とは裏腹な言葉を紡ぐ。
 そして水夏の言葉より先に、更に続けた。
「私を守ってね。……守ってくれるわよね?」
 問い掛ければ、水夏はふっと言葉を飲み込んだ後、硬い表情のままで一つ大きく頷いた。
「必ず守って見せます。…絶対に。」
 真っ直ぐな返答に満足し、彼女の腕を取って引き寄せた。
 頬に、軽いキス。
 すぐさま赤く染まる肌が可愛くて、私は微笑んだ。
「……絶対に、守って見せます。」
 少し照れるように目線を逸らしながらも、そう繰り返す水夏。
 思っていたよりもずっと一途で良い子。この調子なら、本当に命懸けで私を守ってくれるわね。
 けれど、水夏が美雨に敵うことなどない。
 命懸けで守り抜こうとすれば、本当に水夏の命は失われるわ。
 ―――それでもいいのよね、水夏。

 あの子の感情が剥き出しになる時 きっと、ドラマは動く。








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