「二十、一名。集合したわね。三時十分か」
 腕時計で現在の時刻を確認しながら、私―――乾千景―――はホールでの全員の集合を確認した。
 全員と言っても、四人欠けている。そう、輸血組である銀さん・柚里ちゃん・可愛川さん・十六夜さんの四人だ。
 この四人は暫し施設に留まって発つこととなった。時間が無いので蓮池課長から簡単に聞いただけだ。
 そんなわけで私も含めて二十一名。皆、緊張した面持ちを見せ……ていたり、ピクニック気分だったり。
 遼ちゃーん、都ちゃーん、その緩んだ表情止めてくんないかなぁ。
 あぁ、ともかく、時間がないんだった。
「ハイ、全員注目!えーとね、全員の安全を考えた末、輸血組は施設に残して発つことにしました。後から来るっていうから、多分大丈夫だと思うけどね。それとね、団体行動の危険性を考えて、幾つかのグループを作って個々でお台場の施設に向かってもらうわ。因みにグループはこっちで勝手に分けさせてもらったから」
 そう説明しつつ、佳乃が何人かに地図等の備品を配っていくのを見遣る。
 また部屋割りと同じく佳乃の安直なグループ分けなんだけど……大丈夫かな。
 ああ、心配すべきはそんなことではない。今回の旅路は、結構真面目に取り組まなければならないのだ。
「……そう、今回は本当に命が懸かってるから。皆、どうか気をつけてね。必ずお台場の施設で合流しましょう」
 と真剣に告げては、同じく真剣な眼差しを返してくれる幾人かに頷いた。
 ――が。
「ちょっと待てーぃ。コレは何だ、コレは。まさかグループも一緒ってんじゃねーだろぉな」
 と、一人文句をたれるのは憐だった。コブ付き。
 憐の背中で眠っているのは千咲ちゃんだ。さすがに犯罪を犯したとは言え、置いていくわけにはいかない。
 私がどう答えようか迷っていると、佳乃がにっこり笑顔で憐に向けて告げた。
「勿論!グループ分けも一緒ですよ。憐さんが一番適任なんです。頑張って下さい!」
「うるせぇうるせぇ、何が適任だ!なんでアタシがガキの守りせにゃならんのだッ!」
「だって千咲ちゃん殴って気絶させたの憐さんですよ。って、あー時間ないのでグループ分け発表しますね!」
 佳乃はこういう時にあしらうのが上手い。多分当人にあしらっているという自覚はないんだろうけど。
 憐が更に文句を言いたそうにしているが、佳乃は手元の紙を見つつ「発表しまーす!」と宣言した。
「第一グループ、佐伯伊純・飯島未姫・蓬莱冴月・三宅遼!……あ、敬称略ね」
 ちゃっかりそういうフォローは忘れない佳乃は、次々とグループを読み上げていった。
「第二グループ、Minaちゃん・五十嵐和葉・伴都・御園秋巴・高村杏子!」
 敬称略って言ったばっかなのに……。多分Demon-Barrowって読むの面倒だったんだろうな。
「第三グループ、悠祈水散・真田命・志水伽世・萩原憐・蓮池先輩。それと千咲ちゃん」
 やっぱ先輩は先輩か。そして千咲ちゃんは半分おまけ扱いだわ。
「第四グループ、妙花愛惟・三森優花・逢坂七緒・楠森深香。そぃから私と千景!」
 ちょ、ちょっと待てーぃ。と今度は私が言いたくなった。
 ……あ、愛惟ちゃんに優花さんに七緒ちゃんに深香さんだと!?
 口には出来ないけど、ぶっちゃけ問題児グループじゃないかしらッ!?……佳乃も含めて。
「第五グループの輸血組は、銀美憂・保科柚里・可愛川鈴・珠十六夜。以上です!」
 と、誰のつっこみも受け付けずに言い終えたグループ分け。
 まぁさすが佳乃というか何というか。
 って、感心してる場合じゃないわね。
「各自グループに一個、地図と携帯電話と携帯食が入った鞄と持って貰ったからね。じゃあ時間もないし、出発!どうか気をつけて!」
 と、そう言い放てば、それぞれグループに属して「いってきまーす」やら「レッツゴー」やら言って施設を発って行く面々。大体そういう明るいこと言って行くのは都とか遼とか伽世ちゃん辺りなんだけど。
 やがて私の元に戻って来た佳乃と、集ってきた第四グループの四人。
 他のグループの面々が大方出て行ったところで、私は五人を見ては、軽く笑んだ。
「さ、行きますか。……名残惜しいなんて言ってる場合じゃないからね」
 そう言って入り口へ向かおうとした――途端。
 ピリリリ、と音を立てて、私の胸ポケットに入っていた携帯が着信を示した。
 何、即行お電話ですか!?
 着信:グループ5。……あ、輸血組だ。
「はい、もしもーし?」
『乾か。可愛川だが。まだ出発しておらぬか?』
「や、もう粗方出てっちゃったけど?」
『む。妙花と逢坂は?』
「あーそれなら私達と同じグループ。横っちょにいるよ?」
 そう返すと、少しの沈黙が流れた後、『乾……』と低い声がした。
「え、な、なんスか」
 ちょっと怯えて相槌を打つと、可愛川さんはまた少し沈黙を置いた後、こう言った。
『二人には霊が憑いておるからな……その組、く・れ・ぐ・れ・も、注意するように!』
「うっ……」
 激しく釘を差されて、私は思わず口篭っていた。
 ちらりと愛惟ちゃん七緒ちゃんに目を遣れば、二人はきょとんとした様子で私を見ていた。
「わ、わーかりました。っていうか輸血組の方がデンジャラスなんだからね、そっちも気をつけて」
『ああ、わかっておる。武運を祈る』
 武運。……ぶ、武運?
 プッ、ツーツー。と切れた電話を少し見つめ、『霊が憑いておるからな』の言葉を反芻する。
 反芻すればするほど前途多難に思えるのは気の所為か。
「千景千景!急がないと!」
 と佳乃に急かされて、私はハッと我に返った。
「ああ、そうね。じゃあ、出発!」
 そう宣言して、私達は施設の扉へと向かって行った。
 ゴゴゴゴ……と音を立てて開く扉。この扉を潜るのも、これが最後。
 さぁ、ここからは危険極まりない外界の道。
 佳乃と組んで、か弱い乙女達を守るべく、いざ、足を踏み出したのだった。
 そうして、旅路は始まった。





 GROUP 01 伊純・未姫・冴月・遼
「はー。マジ遠いってお台場。歩いて五時間なんて遼ちゃん耐えらんなぁい」
「あー。あたしもあんまり遠くまで歩くの慣れてないからなぁ……持久力はちょっと……」
 と、ぶちぶち漏らしている遼と冴月の後頭部を、両手でスパーンと叩いた。
 『痛ぁい』と声を揃えて振り向く二人に、アタシ―――佐伯伊純―――は呆れてため息を漏らす。
 愚痴っているだけならまだ許せる。
 だが、こいつら、携帯食であるクッキーをポリポリ食いながら歩いているのだ。
「あ、あのなぁ……遠足じゃないんだぞ。その食料も非常食だぞ」
 そう叱咤すれば、「いいじゃんいいじゃん」と遼は軽いノリで返していた。
「どうせ食べるんだし。今食べとけば、後からお腹空かないじゃん」
「楽しく行った方が、気分的にもね」
 遼に同意するように続ける冴月に、もう一個ため息。
 コイツらのテンションは、どうやら実際危険な目に遭わない限り治らないようだ。
 そういやこないだも、勝手に二人で施設抜け出して、アタシがお迎えに行ったんだよな。
 憐に殺されそうになってたくせに、全然懲りてないでやんの。
「あれ、セナが食べてるのチョコ味じゃん!交換して」
「えーあたしチョコ味好きなのにー」
 も、もういい。
 コイツらの相手すんのやめた。
 それより気になるのは……
 アタシら三人から少し離れて、後ろを歩いてくる飯島か。
 飯島とは殆ど関わったことなかったな。いや、一回も言葉交わしたことなかったかも。
 高村と一緒にいる変なやつ、というイメージしかないんだが。なんで飯島もこのグループなんだろうな。
「……怖ぇか?外歩くの」
 歩調を緩め、飯島に合わせるようにして歩きながら、そんな問いを投げ掛けた。
 伏せ目がちに歩いていた飯島は、「は、ぇ?」と妙な声を漏らしながら顔を上げ、パチパチと瞬いた。
 少しの間を置いた後、ふるふる、と首を横に振って否定した。飯島の金髪側の先っぽにくっついたビーズが一緒に揺れて、ぺしぺしと頬に当たっている。
「こわ、くは……うぅん、怖いと言えば、怖いんです、けど……えと」
「他に何か不安なことでも?」
「えーと……伊純さんとか、遼ちゃんとか冴月ちゃん、仲良しさんだから……私、混ざっちゃっても良かったのかなぁって……」
「あぁ、なるほど」
 と、一旦は納得したが「ん?」と首を捻る。
「待て。誰と誰が仲良しだと?あの二人は解るが、アタシを一緒にすんな」
「あ……あー……ごめんなさい」
 変な間はあるものの、一応謝罪する飯島に「よし」と許しを与える。
 そしてまた少し、沈黙しつつも飯島と肩を並べて歩いた。
 前の二人がキャイキャイやってるのを見てると、一応飯島は大人だなぁとか思う。実際、二十代だったよな。
「飯島って幾つだっけ?」
「私?私は、にじゅーよん、です」
「……乾と同い年か?」
「千景さ…………そ、そうです」
 こくこくと頷いたは良いものの。千景の名前を出した時の、一瞬表情の変化を見逃さなかった。
 いや、実は一瞬じゃなくて長い沈黙の間複雑そうな表情を浮かべてたわけだが。
「ふぅん。……乾と何かあったのか」
「……え!?な、な、な、え!?」
「解り易過ぎるぞ、お前」
 ありえないぐらいあからさまなリアクションは、冴月を越えていた。
 すげぇ。冴月ほど解り易いヤツもいないと思ってたが、ここにいたな。なんか感動。
「そうか、乾に因縁吹っ掛けられたんだな。あいつ、悪人だけ相手にするかと思ったら……」
「ち、違いますよ!千景さんは、優しい人、です」
「……それは間違ってるぞ?」
 きっぱりと否定してみたものの、飯島の頬が赤らんでいることに気付いて、思わず言葉を失う。
 ――ま、まさか。
「乾と何かあったって……恋愛沙汰か!?」
「え!?……や、恋愛、とかじゃない、ですけど……けど……あー」
 益々顔を真っ赤にして奇声を上げる飯島に、思わず小さく吹き出した。
 こ、こいつ面白い。
 しかも乾と何かあったなんてな、気になるじゃねぇかッ!
「隠さなくてもいいんだぜ?アタシは大体のことはお見通しだからな」
「……ッ!?わ、わかるんですか?私と、千景さんが、ッ、その……」
 そして単純バカと来た。
 コイツ、誘導尋問とか超弱そう。
「そう、それ。……あんな関係になるなんてな、さすがのアタシも驚いたっつーか」
「う、うー……杏子さんしか知らないと思ってたのに……」
 頬を赤くしつつ俯きがちに歩く飯島に、アタシは更なる問いをかける。
「悪ぃな、噂ってのは変なところから流れてくるモンなんだ。もう衆知の事実なんだからさ」
「そ、そそそそ、そんな!!佳乃さんも、知ってる、ですか?」
「……え?さぁ、それはどうかな」
 小向に知られたらまずいこと、か?
 なんだそりゃ?
「佳乃さんに言ったら、多分千景さんも佳乃さんも怒るです……」
「なんで?」
「だ、だって、私、千景さんの寂しさ、紛らわすために……」
「……それ、いつの話だ?」
 つい知っていると公言しちまったので、迂闊なことが聞けない。
 遠回しにそう問いかければ、飯島は赤くなった頬を掻きつつ言った。
「千景さんと佳乃さんが喧嘩しているとき……だと思います。詳しくは聞いていないですけど」
「あぁ、小向がアタシんとこにいたときか」
 納得しては「ん?」とやはり首を捻る。あの時、乾もなんかやってたのか?
 乾はいっつも仕事バカだと思ってたのに……違うのか?
「もしかして――アタシと小向がやってたことと、同じだったりするのか?」
「伊純さんと佳乃さん?」
 きょとんと聞き返す飯島に、「あ」と思わず声を漏らしていた。
 ば、バカじゃねぇかアタシ。墓穴掘っちまった。
「そ、そう。同じ。……アタシは、ほら、小向と一緒に……あ、遊んでたんだよ。ゲームとか、で」
「……は、ぇ?私、千景さんとはゲームじゃなくて、エッ……」
「ッチ?」
「……!!」
 え、マジ!?
 ちょっと待て。
 思わず続けてみた言葉で、飯島があからさまに動揺した。
「当たりかよ!?じゃ、やっぱ同……」
「じ……?」
 ……ああぁぁぁあッッ!!
 しまった。こ、こんなところでまた墓穴掘るなんてッッ!!
 アタシのバカヤローーー!!
「伊純さんも佳乃さんと、……シ、てたんですか?」
「……お前こそ、なんで乾なんかと」
 一緒に顔を赤らめて、視線を外しつつお互いに問い掛ける。
 な、なんつぅ展開だ。
 アタシと小向の関係がバレたのもヤバいし、それ以上に飯島と乾がシてたなんて想像もつかない。
「いや、マジでこっちから訊かせてくれ。なんで乾と飯島なんだ?」
「なんでって……千景さんに、奪われたから……」
「奪われた!?貞操を!?」
「ち、違いますよぉ……精神的に、ていうか」
 うーん、よくわからんが、乾と飯島がそういう関係を持ったってのは事実らしい。
 飯島が嘘を吐くような女には見えないからな。
 となると、乾のヤロウ、益々許せねぇぞ。
「乾は仕事一筋の女だと思ってたのに……飯島にまで手ぇ出しやがるなんて」
「あ、で、でも、千景さんもほら、人間ですから。多分ね、寂しかったんだと。それに、私との関係、終わってるし」
「終わった?」
「……はぁ。私はちょっと、千景さんのこと気になってた、ですけど……千景さんには、別の人がいるみたい」
 そう告げた飯島は、ふんわりと笑んでいたものの、どっかで寂しさも滲ませていた。
 乾に――振られた、のか?
 ふぅん。乾もああ見えてモテるんだな。全く解らない。
「それより、伊純さんと佳乃さんって……」
「あ、コッチも終わったから気にすんな。アタシが振ってやったんだ」
 振ったってとこをちゃっかり強調して告げると、飯島はどこか不思議そうに瞬いた後、ふっと小さく笑んでいた。
 その笑みの意図するところが解らず、「なんで嬉しい?」と問うと、飯島ははにかむように目を細めて言った。
「千景さんと佳乃さんは、多分、幸せさんになると思うんです」
「幸せ?あいつらがくっつくってことか?」
「はい。だってとっても、お似合いだもの。……千景さんはきっと、佳乃さんのこと、好きなんですよ」
 あんまり考えたことのない発想だな。
 いや、確かにあの二人が似合いだというのは頷ける。
 しかし、恋愛云々ではなく、単なるコンビとして似合いだとしか思っていなかった。
「小向は乾のこと、好きなんだろうけどな。……乾が小向……うーん」
 腕を組んで考え込みつつ歩いているアタシを見て、飯島はクスクスと笑みを漏らす。
 何が可笑しい?とばかりに視線を向ければ、飯島は少し俯いた後、弱い笑みを向けた。
「私と伊純さんは、振られた同士だなぁって思って」
「……ま、確かに。――いやいやいや、アタシは振られてねぇ、振ってやったんだ」
 一応しっかりツッコミは入れつつも、飯島の言葉には一理あるように思えた。
 一理あるなんて言い方も変か。ただ、仰る通り、って感じかな。
「ま、あぶれた同士ってことで……」
 と結論付けるように言った、――刹那。
 ピンッ、と鋭く感じるアンテナのようなものに、何かが引っかかる。
 飯島との話じゃない。そう、忘れてはならない、ここは戦場だっつーことを。
 アタシは足を速めて、前を歩く二人をひっ捕まえ「止まれ」と小声で囁いた。
 きょとんとした冴月とは相反して、遼も何かに気づいたように、張り詰めた表情で辺りを見渡す。
 冴月の方が一人で生きてきた分、戦い慣れはしてるはずなんだが、勘に関しては遼が勝るか。
 アタシにゆっくりとついてきた飯島は、まだ何も気付いていない様子で不思議そうに立ち止まる。
「――敵の気配だ。武器を取れ。何も持ってない飯島はアタシの後ろに隠れてろ」
 作戦会議とばかりに小声で三人に告げ、手近な建物の影に身を潜める。
 遼はレーザー銃、冴月は相変わらず剃刀。アタシは拳銃を手にし、敵を探った。
 ここは入り組んだ昔のオフィス街だ。細道は幾らでもある。
 既に敵は、どこからともなく殺気を放っている。
 しかし何故か、その場所が確定出来ない。どこだ。どこから来る?
「右側の影から二人」
 冴月がぽそりと呟いた。遼もその気配を感じているように、小さく頷いて同意する。
 ――けど、多分、敵はそこだけじゃない。
「来るよ、こっち」
 冴月の言う右側の影の敵は、近づいているようだ。
「二人に任せる」
 短く返して、他の殺気を探っていた。
 一方に集中して、飯島を放置したら絶対に危険だ。
 少しの沈黙、冴月の言う通り、右側の建物の影から微かに地面を踏む音がした。
 頼んだぞ、遼、冴月!ガキでも一応、こいつらの場合は歴戦だろうからな。
 やがてまた一つ地面を踏む音が聞こえた、次の瞬間、遼が銃を構えて建物の影から飛び出した。
 キュンッ!パンッ!
 ほぼ重なるように、音の異なる二つの銃声。
「くッ……」
 遼のうめき声が聞こえるが、アタシはそっちに目を向けることが出来なかった。
 遼が飛び出したのをきっかけに、逆の方からも来やがるッ!チャッ、と安全装置を外して敵を待つ。
 敵は遼達の裏を掻くように余裕を見せてアタシ側の建物の影から姿を見せた。
 案の定、米軍の軍服に身を包んだヤツだ。
 その姿が見えた途端、パンッ!と軽く銃撃を放ってやった。
 幾分距離がある所為で、急所を狙うことは出来なかったが、敵は手かどっかをやったんだろう、そそくさと建物の影に隠れて行った。
「遼、そっちは!?」
 ようやく遼達がいた方へ目を向けると、既にその二人の姿は見えなかった。
 飯島だけが不安げな表情でアタシや遼達の方へ目を向けている。
 アタシは飯島の手を取って、遼達を追うように建物の影から飛び出した。
「い、……痛ぁい」
 やはりこっちも米軍だった。一人は遼のレーザー銃でやられたらしく、ぴくりとも動かない。
 そしてもう一人は銃を落っことして、逃亡している姿が遠くに見えた。
「痛いって、遼、どした?」
「銃弾が掠めたぁッ」
 情けない声を上げながら遼が見せる制服の左腕。
 白い制服の一部分が破れ、血が滲んでいるのが見て取れる。
 当人が掠めたと言っているぐらいだから、そこまで重症ではないだろう。
「まだ敵はうろついてやがる!とりあえず逃げるぞ!」
 アタシはそう宣言して、飯島の手を引いたままで駆け出した。
「うぇー」
 と半泣きの遼は、冴月が引っ張って行く。
 そうして小さな被害だけで、米兵の第一猛攻はしのいでいた。
 しかしこの先台場へ向かうまで、こんなことが何度あるかもわからない。
 アタシは後ろを駆ける三人に目を向けて、こう吠えた。
「気ぃ引き締めて行くぞ!」





 GROUP 02 Mina・和葉・都・秋巴・杏子
 只今、私―――伴都―――達は猛ダッシュで逃亡中である。
 いきなりの展開だが、事実なので仕方ない。
「杏子と和葉は狙われやすいから残りで庇って!」
 そう告げながら、木々で隠れて敵も標準を定め難い歩道を駆ける。
 今回の敵はちっとばかり厄介だ。単なる武装兵士ではなく、ヘリコプターから銃を構えて狙ってくる奴等。
 上空からの猛攻に私達は先程からこうして逃亡しているわけだが、体力のない杏子ちゃんや和葉ちゃんはかなり息を切らしている。このまま逃亡し続けるわけにもいかない。
 キンッ、と足元で嫌な音がする。薬莢が転がっているのを後ろ目に見つつ、私は和葉ちゃんの腕を取って更に先へと駆けようとした、刹那――キュン!と先程から繰り返し聞こえる銃声の直後、「きゃぁっ!」とすぐそばから悲鳴が上がった。私に凭れかかりながらもその場で膝をつく和葉ちゃん。滲んでいる血液は足元。致命傷には程遠いものの、こんなところで座り込んでいたらそれこそ心臓すら打ち抜かれてしまう。
「三人、このまま逃亡を続けて!私と和葉は別行動を取るからッ!」
 そう三人に呼びかけながら、華奢な身体をした和葉ちゃんを抱き上げる。
 少し重い足でとん、と踏み出すも、私の足元近くに弾丸が迫ってくる。
 このまま和葉ちゃんを抱えての逃亡は不可能だ。
「和葉ちゃん、私にしがみついて、ちょっと目ぇ瞑ってなさい」
 和葉ちゃんを抱く手に力を込めてから、私は真横にあるビルへとジャンプした。
 ガシャン!と派手な音を立てて足で硝子を蹴り破って、中へと入る。
 これでヘリからの攻撃は一時的に凌げるはずだ。
「和葉ちゃん、足……」
「だ、いじょうぶです……このくらい、へっちゃら」
「無理しちゃだめよ」
 閑散としたビルのフロアに和葉ちゃんを座らせて、傷口を見る。
 幸い貫通もしていない、少し深い程度の掠り傷といったところだ。
 背負った鞄の中から水を取り出して傷口を洗ってから、私の服の一部を破いて包帯代わりにする。
「都さん、ごめんなさい。こんなところで、迷惑掛けるなんて……」
「んにゃ、悪いのは私よ。無理に和葉ちゃんを引き寄せなければこんなことにならなかった」
「でも……」
 まだ何か言いたそうな和葉ちゃんに一つ笑みを向けて「応急処置終了」と軽く告げた。
 和葉ちゃんは何かと自分で背負い込む。
 実際今回和葉ちゃんが怪我をした原因は私に他ならないけれど、私が自責の言葉を告げれば告げるほど、和葉ちゃんはそれを自分自身に置き換えて自分を責める。だからこれ以上の言及はやめた。
「それよりも敵は今回空から私達を狙ったわね」
「はい……思いもよりませんでした」
「じゃあ思いもよらないことを仕返してやらない?」
「え……?」
 不思議そうに小首を傾げる和葉ちゃんに、私は「はい乗って」とおんぶの体勢を取った。
「何するんですか?」
 そう問いかけながらも、そっと私の背中に寄せる体温を確認して、和葉ちゃんを抱えて立ち上がる。
「そりゃ勿論……報復よ。和葉ちゃんに怪我させた罰、受けてもらうわ」
「えぇ?!」
 後ろの驚きの声もスルーして、私はビルの階段を一気に駆け上がる。
 ビルと言っても六階程度。和葉ちゃんを背負って階段で登るのはちときついが、なんとかなる。
「しっかり掴まってなさい」
 そう言って和葉ちゃんをおんぶして、私は階段を駆け上がりだした。
 背中には和葉ちゃんの温もり。それがまた一つの私のパワーとなる。
「グスッ……」
 不意に聞こえた背後からの嗚咽。
 チラリ振り向こうとして、止めた。
 どうして彼女は泣くんだろう。どうして彼女は涙を流すんだろう。
 不思議だったけど、今は勢いに乗った足を止めるのも憚られ、一気に六階まで駆け上がる。
 さすがの私も和葉ちゃんを背負ってだと、体力的にきついものがあった。
 屋上へ続く扉の前で足を止め、乱れた息を整える。
「都さん……無茶しないで」
 おんぶしていた和葉ちゃんは、足を引っ掛けながらもその場に降り立って、私を見上げた。
 涙に濡れた頬。
 私はそっと和葉ちゃんの顔に触れ、涙が伝った軌跡を指先でなぞった。
 和葉ちゃんは私に凭れるように身を寄せ、私は彼女の体重を受けてその場にへたり込む。
 彼女を緩く抱いた体勢のままで座り込んで、潤んだ瞳をじっと見つめた。
「……私、こんなに誰かに守られることなんてなかった」
 和葉ちゃんは伏せ目がちにぽつりと零しては、指先で溢れる涙を拭う。
 少しの沈黙の後、和葉ちゃんはゆっくりと視線を上げ、私を見つめてこう続けた。
「都さんの温もり。都さんのキス。都さんの強さ。そして私の弱さ……」
 和葉ちゃんの手が少し浮いて、すぐに落ちる。
 私に触れようとしてはそれを思い留まったかのようだった。
 その代わりに和葉ちゃんは、真摯な言葉で告げた。
「私は……都さんに恋をしているのかもしれません」
「恋……?」
 不意打ちのように告げられた言葉に、私は小さく聞き返す。
 和葉ちゃんはまだどこか躊躇っているように視線を移ろわせながら、「はい」と小さく頷いた。
「迷惑ですか?私が都さんに恋をしていたら、都さんは迷惑ですか?」
 不安げに問う和葉ちゃんに、私はゆるりと首を横に振っては、和葉ちゃんの華奢な身体を抱きしめた。
「ねぇ和葉ちゃん……知ってる?」
 抱いた腕を少しだけ緩め、私は小さく笑んで続けた。
「恋と愛の違い」
「……?」
「恋はね、好きな人を遠くで見たり、関わったり、それだけで幸せになれる素敵なもの。反して愛は、相手を欲しくて止まなくなる、それはそれは厄介な病気なの」
「……病気」
 私の言葉を真摯に聞きながら言葉を繰り返す和葉ちゃんに一つ頷いて、私はその綺麗な黒髪を指で撫ぜる。
「恋なら構わない。和葉ちゃんが私と接して幸せな気持ちになれるのなら、私も嬉しいからね」
「……はい」
 和葉ちゃんの返答は、弱々しくもどこか笑みを湛え、納得したように頷いて見せた。
 そんな和葉ちゃんを見ていると、いつしかの言葉が思い出される。
 『恋、してみたら?』
 そう告げてくれたのは伽世ちゃんだった。
 私はあの頃から和葉ちゃんを意識していて、もやもやしている私に放たれたその一言。
 和葉ちゃんは私なんかに目もくれないと思ってた。だけど和葉ちゃんが私に恋をしているのならば。
 私は、和葉ちゃんに恋をする資格があるのかなぁ。
「和葉ちゃんの気持ちは嬉しい。私は、それに応えることが――」
 ドクン、と心音が大きく響いた、その時だった。
 ババババババ、と不快な音に支配されて私の言葉は遮られる。
 そうだ。米軍ヘリに報復をする最中なんだった。
「和葉ちゃん、私行って来る」
「都さん……」
 潤んだ瞳で見上げる和葉ちゃんに、軽くウィンクを投げ掛けて私は立ち上がる。
 答えは急がなくていい。だけどその答えはもう身近にあるんだろう。
 和葉ちゃんを傷つけた米軍へ、熱いくらいに報復に燃えている私がいる。
 それこそが、私の想い、なのかもしれない。
「必ず叩きのめしてやるわ」
 そう誓って、私は屋上へと続く扉を開けた。






 GROUP 03 水散・命・伽世・憐・式部・千咲
「きゃわぁッ!」
 少女のような幼い悲鳴と共に、ガシャンッと鳴り響いた音。
 私―――志水伽世―――はその音に目を見開いて、後ろに背負ったギターを見遣る。
 違う。私のギターはしっかりと背中に背負われている。
 じゃあ、今の音は?
 私の耳が確かならば、それはギターが発する音だった。
 そう、ギターが地面に叩きつけられたような、そんな音。
「Do you rape?」
「Let's do」
 聞こえてくるのは米軍の男らしい下衆な声。
 今のやりとりを聞いている限り、おそらくこの角の向こう側で今まさに、少女が米軍兵士にレイプされようとしている。
「チッ、ウザい奴等」
 憐ちゃんは肩を竦めながらチャキッと銃を構える。
「正義の味方になってあげますか」
 命ちゃんは正義の味方とは思えないような邪悪な笑みを浮かべつつ鎌を手にしていた。
 このグループでまともに戦闘が出来るのはこの二人。
 だけどこの二人さえいれば十分っちゃ十分だ。
 命ちゃんは指を差し出し、憐ちゃんに向ける。
 5,4,3,2....
 飛び出すカウントダウンを刻んで、それが0となった時、二人は一斉に角から飛び出した。
「Oops!!」
 不意を突かれた米軍兵士の驚きの声が上がる。
 と、それから数秒も経たぬ内、一つの銃声と、ザムッと肉を切りつける音。
 さすが歴戦の二人だけあり、戦闘に無駄な隙が一切無い。
 そっと角から様子を見ると、そこには銃で打ち抜かれ、或いは鎌で首を跳ねられた無残な米軍兵士の死体があった。そしてそれよりも私の目を引いたのは、へたり込んだ少女の姿と、その傍に転がったギター。
 私達一同は角から出て、へたり込んだ少女に近づいた。
 少女はどこか怯えた瞳で私達を見上げる。
 まだ幼い少女。年齢にして15〜16歳といったところだろうか。冴月ちゃんと同じくらいの年齢に見える。
 少しふっくらした少女は、柔らかそうな髪にシャギーを入れていた。丸い瞳が、私達一同を何事かと見回す。
「あーあ、やっちまった」
 軽い口調で言うのは命ちゃん。その服や顔に兵士の返り血がこびりついている。
 無造作に頬の血を拭いながら、「これが鎌の欠点なのよね」と肩を竦めた。
「いやぁ恰好の機会に恵まれたなー!いたいけで無防備な少女!襲っちまおうぜ」
「こらこら。警察の前で何を言っているのかしら?」
「……チッ」
 蓮池さんに叱られる憐ちゃん。
 そんなやり取りにふっと少し笑んでは、私は少女のそばに屈みこんだ。
「怪我はない?大丈夫?」
 少女は私達一同を見渡した後、その視線を私に向け、「はい」と蚊の鳴くような声で呟いた。
 私がへたり込んだ少女に手を差し伸べたのに気付かずに、少女ははっとした様子で転がったギターを抱きかかえた。それはそれは大事そうに、ぎゅっと抱きしめて、「ふぁ」と安堵に似た吐息を漏らす。
「ギター……持ってるんだ」
「え、あ、はい……これ、姉の遺品なんです……」
 ギターを抱いたまま私を見上げ、少女は小さな声で言った。
「弾ける?」
「い、いえ……弾き方は習ったんですけど、チューニングとか、わからなくって」
 そう告げながら少女はゆっくりと立ち上がった。パチリと、丸い瞳が私を、否、私が背負ったギターを捉える。
 そんな少女に私は一つ笑んで、
「教えてあげるよ。ギターのチューニングも、弾き方も」
「ホント、ですか……?」
 どこか希望の灯った瞳を見て、私は安堵した。
 命ちゃんや憐ちゃん率いる物騒な輩とは違い、私に対しては心を開いてくれているようにも見えた。
「時間が無いわ。進みましょう。話は歩きながら、ね」
 そんな蓮池さんの言葉に、私は頷いて少女を促し歩き出す。
「あの、……お姉さん達は、一体?」
 少女は尚も私達集団の正体を把握していない様子で小首を傾げた。
「私達は、保護施設に保護された一行。そう、今日の夜に地震が起こるんだよね。その地震を防げるっていう保護施設に移動の最中なんだよ。……あ、私の名前は志水伽世。お嬢ちゃんは?」
「あたしは、真喜志六花(マキシ・ロッカ)って言います。……えっと、地震……ですか?」
 恐る恐る問い掛ける、六花ちゃんと名乗った少女に頷いて、私は少し前を歩く蓮池さんを掴まえた。
「蓮池さん、こんな無防備な女の子を見捨てるわけには行かないわよね?」
 そう問うと、蓮池さんは柔らかい笑みを湛えて頷き、
「勿論よ。真喜志六花さん、貴女を今から警察保護下に置きます。現在お台場にある保護施設に移動中です。付いて来てくれるかしら?」
 と、私をも安堵させる答えを返してくれた。
「は、はいッ……あたし、身よりもなくて独りぼっちで……そんなあたしを、拾ってくれるなら……」
「宜しい。六花ちゃんの面倒は、伽世さん、貴女に任せて良いかしら?」
 弱々しい六花ちゃんの呟きと、蓮池さんの言葉に、私はしっかりと頷いた。
「お任せあれ!身の回りのことから、ギターの弾き方まで、しっかり面倒見させて頂きますッ!」
 力強く返答すると、蓮池さんはまた一つ笑んで、私達の一歩前を歩いて行く。
 私の隣を歩く六花ちゃんは、お姉さんの遺品というギターをしっかりと抱いたまま、ぽつぽつと歩を進める。
 とても大事そうに抱くギターに、私の関心は寄せられた。
 少し躊躇った後、私は切り出した。
「六花ちゃん、良かったらでいいんだけど、そのギターを借りてもいい?今すぐチューニングは出来ないけどね」
「あ、はい……伽世さんはギター、お上手なんですか?」
 六花ちゃんはそのギターを丁寧に私に差し出しながら問い掛けた。
「上手かどうかはわかんないけど、一応ストリートミュージシャンを名乗ってるわよん」
 明るく返し、六花ちゃんからギターを受け取る。
 弦を弾く。それはとても見当違いな音を立て、私を少し笑わせた。
「狂いまくってるね。O.K. 施設に着いたら改めてチューニングしてあげる。セッションとか出来たらいいね」
 チューニングの狂ったギターを六花ちゃんに返し、私は背負っていたギターを構えた。
 ジャン、と軽く弦を弾いて、簡単な和音を奏でた。
 たったそれだけなのに、六花ちゃんは羨望混じりの眼差しで私を見上げる。
「凄い!伽世さん、さすがストリートミュージシャンですね!その、施設に着いたらギター教えてくれますか?」
「もっちろん。六花ちゃんを一流のミュージシャンに仕立て上げるお手伝い、してあげる」
 そう言って笑むと、六花ちゃんもどこか嬉しそうに笑んで、またそのギターを大切そうにぎゅっと抱えた。
 のほほんと歩く足取り。
 それを不意に止めたのは、スッと手を横に伸ばして私達を止めた憐ちゃんだった。
 何事かと、私は幾つかの瞬き。
「……悪ぃ。さっきの銃声が祟っちまった。さっさと逃げれば良かったのに――」
「囲まれた、みたいね……」
 続けた命ちゃんの言葉に、私は辺りを見渡した。
 場所は草木が生い茂る中、続く道。
 辺りの視界は悪く、私の感度では囲まれたそのことにすら気付かない。
 立ち止まって数十秒。ガサッと音がしたかと思うと、四方から米軍の兵士が銃を構えて私達を睨んでいた。
 前、横、後ろ。合わせて三人の兵士が、私達を囲んで銃口を向ける。
「Throw away arms.」
 一人の兵士が言った。武器を捨てろ、と。
 黒光りする銃口に睨まれて、私達は抗うことも出来なかった。
 憐ちゃんが、蓮池さんが、命ちゃんがガシャンと音を立ててその場に武器を落とす。
 急に訪れたその絶体絶命のピンチに、私は言葉を無くす。
 三人の兵士は目配せをしては、「本部に連れて行こう。隊長の指示を乞う」とそんな会話を交わす。
 コイツら単なる雑魚じゃない。なのに、そんな雑魚に今は命を握られている。
 悔しくて歯噛みする。隣にいる六花ちゃんが怯えるように私の服の裾をきゅっと掴む。
 やがて私達を引き連れて歩き出す兵士。
 しかし――それは数歩進んだところで、止まった。
 ヒュンッ!!
 風を切る音。“それ”は凄いスピードで宙を舞い、兵士が振り向くより先に、ドンッ!と兵士の頭に衝突していた。続いて残る二人の兵士も、そのスピードに間に合わずかわせぬまま、ドンッと殴り倒されてその場に崩れ落ちる。
 何が起こったのか解らなかった。
 三人の兵士が崩れ落ちた後、“それ”はスピードを落としてゆっくりと少女の元へ戻っていく。
「オハヨウ」
 あっけらかんとした声を上げたのは――憐ちゃんの背中に背負われていた、千咲ちゃんだった。
 このような光景を見る機会が、私の人生にあるとは思いもしなかった。
 米軍兵士を打ち倒したのは、千咲ちゃんの二の腕からアーム状に伸びた、その“手”そのもの。
 千咲ちゃんはシュルリと腕を自らに引き寄せ、カコン、と音を立てて元の腕に装着する。
「ちょ、待っ、今のは一体……!?」
 何も知らない私は、たった今目の前で起こったその情景を夢のように見ていた。
「知らないんだよね。あたしは機械人形だ。十六夜に改造されて、こんな兵器も持たされた」
 千咲ちゃんは憐ちゃんの背中から降り立って、今伸びた腕の接続部を軽く撫でた。
「ロケットパンチとでも名づけようかな。ま、十六夜にしては役に立つもん作ったかなって感じ」
 機械人形――。
 知らなかったのは私と、命ちゃん。そして当然六花ちゃんも知らない。
 まるで呆気に取られるように、言葉を失う三人。
「……そんな兵器まで隠し持ってたのかよ、お前は」
 感心したように言う憐ちゃんに、千咲ちゃんは軽い笑みを見せた。
「千咲ちゃん……貴女のお陰で、私達は命拾いしたわ。いわば命の恩人、ね」
 蓮池さんも感心したようなニュアンスを含めながら、そう礼を告げる。
 当の千咲ちゃんは、軽く伸びなどしつつ「別に」と素っ気なく返した。
「感謝するなら十六夜に感謝するんだね。ま、……もうこの世にはいないんだろうけど」
 千咲ちゃんはクスッと笑んで言ったが、その言葉を否定するようにゆるりと首を横に振る蓮池さん。
「貴女にとっては残念ながら……珠さんはまだ生きているわ。重体ではあるけれどね」
「……生きてる?」
 途端、千咲ちゃんの表情が翳る。
 千咲ちゃんは悔しげに嘆息を零しては、握った左手をトンッと右手の平に打ちつけた。
「じゃあ今度こそ、殺してやる。十六夜はどこにいる?」
「今は別行動を取っているのよ。珠さんは輸血するためにまだ施設に留まっているわ。地震が起こる頃までには施設を出て、新しいお台場の施設に移動する手はずになっているの」
「――じゃあ次に十六夜に会った時が、十六夜の最期だ」
 執念深く、十六夜さんの死を望む千咲ちゃん。私にはその理由も解らなかったけれど、千咲ちゃんから溢れ出る憎しみだけはひしひしと感じられた。
 ポカッ!と憐ちゃんが千咲ちゃんの頭を殴る。
「これだからてめぇは野放しに出来ねぇんだよ。珠には断固として会わせねぇぜ」
 憐ちゃんはそう言いながら、千咲ちゃんの両の手を紐で括り、固定した。
 犯罪者よろしく手を繋がれて、憐ちゃんに引っ張られて歩いて行く千咲ちゃん。
 憐ちゃん、蓮池さん、命ちゃんの武器を拾い、私達はまた歩を進めて行く。
「記憶が、少し戻ってきた」
 ぽつりと、千咲ちゃんが零す。
 私達一同は、千咲ちゃんの言葉に耳を傾ける。
「あたしは、事故に遭ったの。大型トラックに轢かれて、殆ど瀕死の状態だった。死ねば良かった。頭も、身体もぐちゃぐちゃに壊れて、あたしは死んで当然だった。……だけどあたしのバカ親が、あたしの死を許さなかった」
 千咲ちゃんは、すい、と視線を落として追憶するように言葉を続ける。
「あたしは十六夜の研究所に運び込まれて、生を与えられるために十六夜の研究材料となった。バカ親はあたしが事故に遭った半年後に死んだ。あたしの仲間達はあたしを待ってはいなかったと思うよ。なのに、あたしは生かされた。あたしの生とは、十六夜の研究材料になる為のものと化していた」
「でもね千咲ちゃん、貴女の親御さんは千咲ちゃんを想って……」
 蓮池さんの言葉を遮るように、千咲ちゃんは一喝した。
「口出ししないで!あたしは十六夜の研究材料。十六夜は残酷な女だ。十六夜は――あたしに別の人格を植え付けようとしていたんだ。だけどタイムリミットがそれを許さなかった。あたしは幼い頃の記憶だけが残った状態で、十六夜に引き連れられて保護施設に訪れた」
 それからは私達が知っている通りの、千咲ちゃんか。そう、初めて千咲ちゃんを見た時の、幼げなあの面影。
「じゃあ今のお前は一体何なんだ?」
 憐ちゃんの問いに、千咲ちゃんは薄い笑みを浮かべて答えた。
「今のあたしが本当のあたし。記憶が戻って、本当のあたしが目を覚ました」
 それが全ての答えだった。刹那的で、どこか残酷さを湛えた千咲ちゃん。
 それこそが、本当の千咲ちゃんなんだ。
 私の隣では、完全に言葉を失った六花ちゃんがいた。
 当然だろう。突然こんなメンバーと合流したかと思えば、信じられないものを見せ付けられて。
 私だって言葉が出ない。千咲ちゃんという少女を目の前にして、掛ける言葉など持ち合わせていなかった。
 それから私達は更に歩を進めて行く。
 時間的には問題無い。この調子で行けば、地震が起こるよりも先にお台場の施設に着けるだろう。
 だけど千咲ちゃんのことでどこか重苦しい空気を纏った私達は、今までよりも足取りが重く感じられていた。





 GROUP 04 愛惟・優花・七緒・深香・佳乃・千景
『十六夜の容態は些か安定してきた。時間が迫っておるが、なんとかギリギリの頃には施設を発てると思う』
 電話越しに聞こえる銀さんの言葉に、少しの安堵と少しの不安。
 ギリギリの頃に発てたとしても、十六夜さんや可愛川さんは体調良好とはとても言えないだろう。
 そんな面子で、この旅を乗り切れるのか、と私―――乾千景―――は危惧していた。
 出発して二時間くらい経った頃だろうか。私達一行は建物の影に身を潜め、各グループに連絡を取った。
 伊純が引っ張るグループ1は、遼が軽症を負ったとの報告。
 都率いるグループ2は、現在都と和葉ちゃん、そして秋巴、杏子ちゃん、Minaで別行動と取っているらしい。
 蓮池課長のいるグループ3は、六花ちゃんという女の子を拾ったと報告があった。
 そして今現在、輸血組みであるグループ5に連絡を取っている最中だ。
「ギリギリの頃って、大丈夫なの?もう五時近くよ……」
 私が声を潜めて携帯に口を近づけると、携帯の向こう側で少しの沈黙があった後、こう続けられた。
『確かに時間がないのは、解っている。だが十六夜の命を見捨てるわけにもいかん……そうであろう?』
「まぁね……でもそれで、銀さん達まで危険な目に遭ったら」
『多少の無茶は承知だ。なんとか――』
 と、銀さんの言葉に被せるように突然、背後で聞こえてきた悲鳴。
「きゃぁッ!千景、助けて……!」
「ッ!?」
 携帯を耳から離して、慌てて佳乃の声がした背後を見る。
 そこには、米軍に後ろから羽交い絞めにされた佳乃の姿があった。
 ―――不覚。こんな建物の影なら米軍に気付かれることもなかったと思っていたのに。
 まさか、この近辺は米軍のテリトリーなのだろうか。だとしたら、まずい。
『乾、どうした?何かあったのか?』
 携帯から聞こえる微かな声に答える余裕などなかった。
 佳乃を羽交い絞めにした米軍兵士と対峙して、眉間に皺を寄せる。
「デンワ、捨てロ」
 米軍兵士はカタコトの日本語で私にそう告げた。
 小さく舌打ちして、携帯を地面に落とす。
「お前ラ、ミナ、コロス」
 兵士は物騒な言葉を口にしながら、懐から何かの装置を取り出して操作し始めた。
 佳乃に目配せする。今なら隙がある、と。
 それを受けた佳乃は、「ガブッ!」と音を立てんばかりの勢いで兵士の腕に噛み付く。
「アウチッ」
 隙をつかれた兵士は佳乃を取り逃がし、慌てたように銃を構えた、が――
 それよりも先に、私の拳銃が思いっきり空を切り、スコンッ!と兵士の額にクリーンヒットしていた。
 どさりと崩れ落ちた兵士は今の一撃で気を失ったのだろう。
 私は投げつけた拳銃を拾いに行くべく兵士のそばに近づいて、ふと気付く。
 先ほど兵士がいじっていた何かの装置が、ピピピピ、と音を立てて点滅している。
「千景さん、危ないです。私それ見たことあります、発信機です!仲間を呼んだんだと思います」
 七緒ちゃんの言葉に「何ィッ!?」と小さく聞き返したと同時に、遠くからザワッと、膨大なまでの殺気を感じた。
 そんな今、私達に残されている選択肢は一つしかない。
「逃げるわよー!」
 全員に宣言して、前方に見える林の方へと促した。
 些か足の遅い三森さんや楠森さんは、かなり戸惑った様子ながら林の中に駆けて行く。
 背後からは背筋も凍るような殺気の群が迫ってくる。
 林に入ると、私の仲間達の姿も見えづらくなった。
「皆、ばらけて!出来るだけ林に身を隠してッ!」
 そう指示した途端、私の場所を察知したかの如く、銃声が響き私の間近の樹が削げる。
 やはり先程思った通り、この近辺は米軍のテリトリーだったんだ。
 だからこんなにも早く、私達を追跡して来ている。
 仲間達の姿も見えぬ中、時折銃声が響いては、小さな悲鳴が聞こえてくる。
 声を抑えて!と告げたかったが、これ以上声を出すと私も狙われかねない。
 私は歯噛みしながらも口を閉ざして、林の中を縫っていく。
 パンッ!と一つ鳴り響いた銃声の後、「きゃぁあ!!」と一際大きな悲鳴が上がった。
 ッ……誰の声かまでは解らないが、今の声、おそらく傷を負ったものと推測される。
 負傷者が出た以上、明らかにこちら側が劣勢に思われた。
 こちとら、私や佳乃のように訓練している警官はともかく、残りは非力な女性ばかり。
 足の速さに関しても、はっきり言って米軍に追いつかれるのは時間の問題だ。
 ――私達、絶体絶命だ。
 突如、ダダダダダッ!と連続した銃声が耳に届く。
 敵は散弾銃まで持ってやがるのか。
 林の中だからある程度はかわせるはずだが、一発でも当たってしまえば終わりだ――。
 そんな不安感を抱きながら駆けていた私は、ふと、気付く。
 先程から聞こえていた米軍の通常の銃声は消え、散弾銃の音だけが目立つようになった。
 そしてその音も止んで、林は不意に静寂に包まれる。
 一体、何があったのか。
 私は歩調を緩め、辺りを見渡した。少し遠い茂みでガサッと音がする。おそらく私達グループの誰かだろう。
 そして不意に、ガサッと更に派手な音を立てて、近づいて来る人物の気配を察した。
 私は拳銃を構え、人物に対して警戒する。
 しかし、少し間を置いて茂みの中から現れたのは、――散弾銃を手にした、日本人の女だった。
 どことなく小悪魔的な雰囲気を纏う女性は、その柔らかそうな髪を二つ結びにして、黒い瞳で私を捉えた。
「……あ、貴女は?」
 恐る恐る問い掛ける私に、女はゆるりと小首を傾げた後、クスッと笑んで告げた。
「お姉さん達にとっては救世主じゃないかな。追ってきてた米軍兵士は――皆、殺しちゃった」
 女は屈託のない笑みで言う。それは余りに現実感のない言葉だったが、それが現実だとすれば私達はこの女性に命を救われたということになる。
「一先ず礼を言うわ。それより、私の仲間がッ」
「千景ぇ〜!大変だよぉ〜!」
 林の奥から聞こえてきたのは佳乃の声だ。
 私はチラリと女性に目を遣り「ついて来る?」と問えば、女性は軽く頷いた。
 茂みを掻き分けて、佳乃の声がした方へと急いだ。
「千景ッ!七緒さんがぁッ……」
 佳乃は涙目になって、地面に寝かされている七緒ちゃんの腹部を指した。
 七緒ちゃんの腹部辺りの洋服には血が滲み、七緒ちゃんが呼吸する度に血の染みが僅かに広がった。
「あーぁ、これは重症ね」
 私の後からついて来ていた女性は、七緒ちゃんの傍にしゃがみこんでは、服を捲り、直接傷を見る。
 銃弾が貫通したのだろうか。
 おそらく背後から前面へ。よって、腹部に空いた傷はぽっかりと大きな穴を開けている。 
「水はある?まずは簡単な消毒をして、後はちゃんとした病院で診る必要があるわ」
 女性は手際よく腹部の血をバッグから取り出したタオルで拭き、佳乃から受け取った水で傷口を洗った。
 それからタオルを引き裂き、上手く繋ぎ合わせて包帯代わりにする。
 その手際の良さには感嘆した。
 そうこうしているうちに、ばらばらになっていた愛惟ちゃん達も私達の元へ集い、最初のメンバーが全員集った。誰一人として命を奪われなかったのは幸いだが、七緒ちゃんの傷は深い。しかし、女性の助太刀がなければ、私達がこうして集っていることもなかったかもしれない。
「ありがとう、何から何まで。どう感謝すればいいか解らないわ」
 女性に礼を告げると、彼女は悪戯っぽい笑みで返した。
「何事もお互い様。助ければ、助けてもらえるかもしれないでしょ?」
 そんな言葉に思案して、私は切り出した。
「貴女は一人なの?」
「まぁね。常に死と隣り合わせ。だけど、死なんていつか必ず訪れるものだしね」
 彼女の言葉に、私はかぶりを振った。
「いつか訪れるとしても、それは遅い方がいい。今日の夜、東京市全域を襲う地震が起きるわ。放っておけば、貴女の命はそこで終わることが確実――」
「……地震、ですって?」
 僅かに眉を潜める女性に、私は小さく笑みを向けた。
「でも大丈夫。私達は今、地震にも耐えられる保護施設に向かっている途中よ。貴女さえ良ければ、私達に合流して、保護下に置きたいと思っている。申し遅れたけど、私は警察の乾千景」
「ふぅん……あたしを、保護してくれるの?」
「さっき言ってくれたでしょ。助けてもらえれば、今度はこっちが助ける番」
「……そっか。有り難う。あたしは水戸部依子(ミトベ・ヨリコ)。お言葉に甘えるわ」
「O.K. 依子ちゃんね。時間が無いから急ぐわよ。ついてきて」
「はぁい」
 どこかお気楽な依子ちゃんを拾って、私達の旅路は続いていく。
「七緒ちゃんは私が背負って行くからね。怪我人が出た以上、旅路は今まで以上に困難になるかもしれないけれど、皆、なんとかして生き延びるわよ!」
 そう一喝した私に、「おー!」と返す佳乃。他の面々も、どこか真摯な表情で頷いた。
 本番は、ここからだ。





 GROUP 05 美憂・柚里・鈴・十六夜
 十六夜のバイタルも安定し、ようやく私―――銀美憂―――は一時の安堵を感じていた。
 先程の乾からの電話が気にかかるが、掛け直しても出る気配は無い。
 仕方ない。別行動である以上、私達は私達で行動をするべきだ。
 時刻は五時を回って少々。歩いて推定五時間は掛かるお台場の施設まで行くのに、私達に残されている時間はたったの四時間しかない。早足で行って間に合うかどうかも解らない。更に言えば十六夜や輸血で貧血状態にある可愛川に早足を急かすのも少々無茶な話ではある。
 状況的に見れば絶望的には変わりない。しかし、私達は微かでも存在する希望を信じたい。
「十六夜さんの意識は戻りません。車椅子に乗せて私が押して行きましょう」
 そう告げたのは保科だった。私が……という気持ちも無きにしも非ずではあったが、体力面から見て保科に頼んだ方が賢明だろう。「頼む」と一言投げ掛けて、時間を気にする。
「一刻の猶予も無い。発つぞ」
 そう告げると、保科と、そして貧血気味で少しふらついている可愛川が頷いた。
 医務室を出て、カラカラと車椅子が立てる音が廊下に響き、やがてホールに辿り着く。
 ふっと、一度だけ振り向いた。祖父が残したこの施設を発つのに未練でもあるのだろうか。
 しかしそんな意思は振り払い、私は出入り口の方をすぐに見据えた。
 この施設はプロトタイプでしかない。祖父の本当の遺産は、お台場にある真の施設であるはずだ。
 扉を開けて、私達はこの施設を後にする。
 施設を出ると、施設内とは打って変わって今現在の廃頽した日本の空気が感じられた。
 打ちっぱなしのコンクリート。薄汚れた空気。
 地下に施設があるこの建物も、今宵の地震で施設諸とも崩れ落ちるのであろう。
 そんなことを思いながら建物を出た時、私の目に一人の人物が映っていた。
 薄汚れた服を纏った髭の伸びた男の姿。
 男は我々を見ては、クッと口の端を上げ、ゆるりと立ち上がる。
「ヤハリ、ここがねぐらだったんだナァ、嬢ちゃん達よ」
 男の口調にすぐに気がついた。それは流暢ではない日本語。
 そして立ち上がった男は無造作に、いかつい銃を構えていた。
 察した。日本人の格好をしているがこの男は日本人ではない。
 ――おそらくは変装をした、米国兵だ。
「この地下にナニカあるんだろう?教えろヨ……」
「お前などに教える必要は無い!」
 祖父の残した遺産を汚されてなるものか。私は強い口調で言い放った。
 すると男はくつくつと不気味な笑みを浮かべ、キンッ、と音を立てて銃の安全装置を外す。
「ならば、死んでもらうマデダ」
 男の手にした銃は、おそらく散弾銃だ。
 放たれれば我々全員が一気に蜂の巣になってしまう。
 車椅子に寝かされた十六夜をちらりと見ては歯噛みする。
「施設のパスワードを教えれば、見過ごしてくれるのか?」
 私は問うた。その問いに男は「モチロン」と薄笑みを浮かべていた。
 嘘だ。
 パスワードを教えて、我々を見過ごすなど有り得ない。
 おそらくはパスワードを聞き出した後で、あの散弾銃で我々を殺すつもりなのだろう。
「道はありません……」
 ぽつりと保科が呟いた言葉が、私を絶望へと誘う。
 保科も同じことを考えているのだろう。
 あの男はどのみち、我々を殺すつもりだ、と。
 少しでも時間稼ぎをするべきか。
「解った。この施設のパスワードを教える」
「アァ」
「第一のパスワードは……Bloody New Year's Eve」
「血の、オオミソカ、か」
「そうだ。この施設の鍵は歴史を辿るものなのだ」
 そう教えながら、周りを見渡す。
 辺りは静寂に包まれ、我々と男とのみが対峙している。
「第二のパスワードは……Calamity」
 男は私が教えるパスワードを耳にしては薄笑みを浮かべ、続きを促すように銃を掲げた。
「そして、第三のパスワードは……」
 今宵、あの施設が潰れることは解っている。
 それでも私のプライドが、あの施設に下衆な人間を入れたくないと思っている。
 言い躊躇っている私に、男は銃を向け「ハヤク」と急かした。
「第三の、パスワード、は……」
 眉を寄せて口にしようとした、その時だった。
 不意にどこからか聞こえてきたエンジン音は一体どこへ止まったのか。
 男もエンジン音に敏感になって辺りを見渡す。
「せぇーーーいっ!!」
 突如、建物の影から人影が出てきたかと思うと、人物は一直線に男へと駆けて行く。
 無茶な!相手は散弾銃を持った男だ!!
「来るナッ!」
 男は人物に目掛けて銃を放った。
 人物が蜂の巣と化すのを目にするのが躊躇われたが、私の目は人物に釘付けになっていた。
 華麗なまでに銃弾を避けながら、女は腰に据えた鞘から刀を取り出した。
 ドンッ!と人物と男とが衝突する姿が目に映る。
「……な?」
 突然の出来事に呆気に取られる我々とは相反して、突如現れた人物は爽やかな笑顔で言った。
「イッツ、ミネウチ……」
「みねうちだと?!」
「はいっ」
 十代後半か、二十代前半辺りの、女だった。
 黒髪を肩に届く程度に伸ばしている、生粋の日本人といった様相。
 女は修道服を改造したような、不思議な格好で我々の前に仁王立ちしていた。
 そして女は手にしていた剣を鞘に仕舞い、その笑みを深めて我々にこう告げた。
「死んじゃだめですよ。人間生きてこそ価値があるんですッ!」
 女の満面の笑みにつられて、空笑いが少し漏れた。
「現るは救世主……」
 保科がポツリと言った言葉に、私も小さく頷いた。
 施設を出て早々、このような危機に見舞われるとは思いもしなかった。
 そしてそれを一層するように片付けた日本人の女。
「ところで皆さんはこんな所で一体何を?怪我人もいらっしゃるようですがッ?」
 両の手を胸の辺りで組んで不思議そうに問い掛ける女に、私は一つ頷いて言った。
「我々は本日二十一時二十分に起こる地震からの避難の為、台場の施設へ向かっている最中。震度7強の地震が観測されている。時間が無いのだ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいよぅ!震度7強ってとんでもないじゃないですかー!あたし、そんな中で生き抜く自信がちょっぴり足りませんよぉ。あ、地震と自信を引っ掛けてるわけでもなかったりあったりします!」
「……」
 何というか、緊張感の足りない女だ。
 だが、この女も我々の救世主。当然見過ごすわけには行かぬ。
「お前さえ良ければ連れて行こう。台場にある、施設にな。そこなら絶対安全だ」
「本当ですか!?で、でもお台場って言ったら歩いて五時間くらいかかっちゃいますよ?」
「……それが問題だ。だから時間がないと言っている。先を急――」
「あぁんっちょっと待って下さいよー!あたし、車持ってますよ!しかもワゴンタイプです!」
「…………そういう肝心なことは、先に言わんか?」
 思わずため息交じりで返すも、女が車を所持しているのは我々にとって最高のことだった。
 十六夜、可愛川という怪我人や体力面で劣る人物がいるこのグループにとって、徒歩でお台場まで行くのは正直な所厳しかった。
「あたしは、勅使河原玉緒(テシガワラ・タマオ)って言います!テッシーでもたまちゃんでも好きに呼んで下さいね!」
「勅使河原、か。何卒安全運転で頼むぞ。……それから、以後、宜しく」
「はいッ!お任せあれ!皆さんの平和のため、頑張っちゃいますから!」
 やたらとテンションの高い勅使河原が仲間入りし、グループは五人。
 一番死の危険性が高かった我々グループが、勅使河原のお陰で一番に台場の施設に着けそうだ。
 しかし他のグループは――動乱はまだ、終わってはいなかった。












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