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GROUP 01 伊純・未姫・冴月・遼 「……ここが、お台場?」 ぽつりと零す未姫さんに、あたし―――蓬莱冴月―――と伊純さんとが揃って頷いた。 今も尚残っているレインボーブリッジを渡った先、そこがお台場だ。 長い橋を渡り終わった先には、「Welcome to see side town」という崩れ落ちそうな看板が見えた。 「江戸末期……海防の為にこの海岸に砲台が作られた。それがお台場の始まり」 怪我をした腕を片手で庇いながら、ぽつりと遼が語りだす。 「その後、戦争を止めた日本国は砲台を撤去し、代わりに海沿いの公園を作った」 あたし達は看板を潜り、更に奥へと歩んでいく。 「1900年台末、TV局として一つの大きな建物が建造された。それを中心にお台場は賑わい、様々なアミューズメント施設がTV局の周りに併設され、やがてお台場は一つの街になった。シーサイドタウン、というね」 お台場の歴史を語り終えた遼は「センスのないネーミングだけど」などと付け加えながら辺りを見渡す。 シーサイドタウン。 海に面したこの区域は潮風が吹いており、都心の街中よりも幾分空気が綺麗にも感じられる。 しかし、それを覆すのは、シーサイドタウンに漂う雰囲気だった。 あたしもこのお台場に来たのは初めてだ。だが、話は聞いたことがある。 そう、遼が続けなかった、昨今のお台場の歴史。 「二十年前の血の大晦日で……お台場は地震と大きな津波とに見舞われて、かなりの建物が崩壊。その時点で街として機能しなくなった。幾年か放映を続けたTV局もやがて廃局になり……街は沈黙に包まれた。そして人々はシーサイドタウンのことを、こう呼ぶようになった」 「ゴーストタウン、ってな」 あたしの一番の台詞を伊純さんに掻っ攫われてちょっぴり悔しかったが、伊純さんの言う通りだ。 そう、廃頽したシーサイドタウンにはいつしか亡霊が住むとの噂が流れ始め、実際この街で消息を絶った人も多くいるという。まさに、ゴーストタウンの名が相応しい場所と化している。 「ゴーストタウン……ですか……ゆ、幽霊とか、いるんですか……?」 恐る恐る問い掛ける未姫さんの言葉に、伊純さんは鼻で笑って「バーロゥ」と返す。 「んなもんいるわけねーだろう。噂だよ、ウ・ワ・サ」 「でもさ伊純さん、実際このゴーストタウンに行ってから消息を絶った人って多いみたいだよ」 あたしはインターネット上で知った知識を告げる。すると益々未姫さんの表情を曇らせてしまって焦ったが、それ以上に、伊純さんが見せた真摯な表情が気になった。 「伊純さん、何か知ってるんじゃ……?」 小さく問うと、伊純さんはかぶりを振って「知らねぇけどな」と言葉を続けた。 「けど、確かにこのゴーストタウンで消息を絶った奴が多いってのは事実だ。……アタシの昔の仲間が、面白半分でゴーストタウンに行ったまま、二度と戻って来なかった」 「……」 リアリティのある話に、思わず背筋がゾクッとする。 本当に、お化けが出てもおかしくない雰囲気なのだ。 ゴーストタウン。静寂に満ちた、朽ちた街。 「地図によると、TV局跡地の辺りが施設だな。時間はまだあるが、さっさと行くか」 伊純さんは広げた地図をズボンの後ろポケットに突っ込んで、未姫さんの腕を引っ張りながら足を早めた。 あたしは一応怪我人である遼を気遣いながらも、伊純さん達を追いかける。 パシュンッ 「……?!」 不意にどこからか聞こえた不可解な音に、あたしは立ち止まって辺りを見回した。 「銃声ね、……珍種の銃の銃声」 声を潜めて、遼が言う。 今の、あたしの空耳じゃなかったんだ。 「何やってんだ?お前ら」 伊純さんは今の音に気づいていない様子で、あたし達を急かした。 周囲を見渡していた遼はやがてあたしに目を向け「近くじゃないとは思うけどね」と弱く笑んで、歩み出す。 でもなんでこんなところで銃声なんかが? こんなところに一体誰がいるっていうの? ま、まさか、幽霊が放った銃声じゃ……。 「おゎ……!?」 「うぇ!?」 突如前を歩く伊純さんが上げた声に、あたしも条件反射で声を上げていた。 「どど、どうし……」 伊純さんに駆け寄って問いかける途中で、伊純さんが声を上げた理由を理解した。 あたし達の眼前には、昔TV局だった大きな建物。全体に蔦が走ってまるでオブジェのような建物。 そして、そびえ立った建物の前に止まった一台のワゴン車のそばにいるのは…… 「美憂さん!?」 「来たか。お前達グループが一番乗りだ」 ワゴン車に背を寄せ腕を組んだ美憂さんは、ふと気付いたように「一番乗りは我々か」と呟く。 美憂さん……グループ5の輸血組。おそらく最後になると思われていたグループ。 ……が、なんであたし達より先に!? 「はい、こんにちは!初めましてですねッ、皆さんが徒歩でこちらに向かわれている間に、あたしが車でグループ5の方々をお送り致しました!あ、ついでに今後もお世話になっちゃいます、勅使河原玉緒って言います!」 ワゴン車の上の窓からひょこんと顔を出したのは見知らぬ女性だった。 彼女の言葉に、「なるほどな」と納得する伊純さんにつられて、あたしも納得する。 やけにテンションの高い人だけど、美憂さんや十六夜さんを車で送ってきてくれた、いわば救世主といったところだろう。てしがわらさん、かぁ。 「……あの、珠さんは?容態は?」 不安げに口を開いた未姫さんに、美憂さんは薄く笑んで「心配無用」と安堵の言葉をくれる。 「勅使河原と協力して、既に十六夜も可愛川も施設の中へ運んだ。まだ医務室の場所が解らぬので、入ってすぐのホールにだがな。二人とも命に危険はないから、後でゆっくり医務室のポットで静養させる」 「そうですか……」 胸を撫で下ろす未姫さん。 あたしも一度は安堵したものも、ふと気付く。 一人、足りない。 「柚里ちゃんは……?」 そう問いかけた時、ふっと見せた美憂さんの険しい表情に少し怯えた。 「……保科は、途中で降ろしてきた」 「なんで!?」 思わず美憂さんに一歩近づいて詰め寄るあたしに、美憂さんは首を横に振り宥めるように言った。 「保科自身の意思だ。私達は止めた。だが聞かなかった。保科は全く聞く耳を持っていなかった」 「どうして……」 「保科曰く……運命の人に再会しなければならない、と」 「運命の、人?」 「そうだ。そう言って強引に車から降り立った。……だが、大丈夫だろう。場所は目黒、さほど距離はない。それに保科のことだからな」 そう告げながらもどこか心配そうな美憂さんに、「そっか」と小さく返して納得した。 納得?いや、あたし自身今の言葉で納得出来たのかどうか解らない。 だけど柚里ちゃん本人から聞かされれば、納得していたかもしれない。 『運命の人に再会しなければならない』 それが……柚里ちゃんの、使命なの? だとしたら、柚里ちゃん。お願いだからその使命を終えて、ちゃんとあたし達のところへ戻って来てね。 待ってるよ……。 「他のグループもそろそろ着く頃かもしれぬ。中で待機しておくか?」 「いや、ここで待つよ」 伊純さんの言葉に、あたしも頷いた。 あたしの仲間達。その無事を一刻も早く、この目に留めたいと思うから。 どうか皆、無事でいて……! GROUP 02 Mina・和葉・都・秋巴・杏子 「Arrive!!」 Minaが明るく言う言葉に、「到着、だね」と日本語に訳して頷く。 「ここがお台場ね、へぇー思ったよりしけてるなぁ」 相変わらずなMinaに苦笑しつつ、もう一人の人物、杏子ちゃんに目を向ける。 「大丈夫?結構な距離歩いたから、疲れたでしょ?」 「あ、うぅん、もう到着だもの。大丈夫よ」 気丈に返された笑みに、私―――御園秋巴―――は安堵する。 都達とはぐれてから数時間。私達三人、なんとかここまでやってきた。 途中、幾度か米兵とぶつかったが、私の銃捌きや、或いは米軍の軍服を着たままのMinaの話術で巧みにかわし、ようやくお台場までこぎつけたってわけ。 ただ、いつになっても都達と合流出来ないのが不安だった。 勿論都のことだから大丈夫だとは思っているんだけど、連絡の一本くらいくれればいいのに。 と言っても、連絡用の携帯は都が持っていて私達は連絡手段がないわけだけど。 ま、この調子なら施設に着いたら都達がのほほんと出迎えてくれそうな感じかな。 それにしてもゴーストタウンという異名を持つだけあって、この一帯、不気味な雰囲気が漂っている。 なんだろう。怪盗の勘とでも言おうか。 何か危険なものが潜んでいそうな、そんな感覚がする。 「杏子ちゃん、もう少しで着くからね」 「うん、有り難う」 私は疲弊している杏子ちゃんの手を取って歩き出した。 ――刹那。 ピィン、と脳裏に過ぎった嫌な感覚。 先程の怪盗の勘が更に冴え渡ったような。 「敵がいるかもしれない」 声を潜めて前を歩くMinaに聞こえる程度に告げる。 「敵?まさかこんな所にまで米兵がいるわけ……」 「伏せてーーッッ!!」 突如、上空から響き渡った声に、私達は咄嗟にその場に伏せた。 今の声、都……?! ドンッ!と鈍い音がして、次の瞬間私達の真上を何かが飛び去った。 私は状況把握に努めるべく辺りを見渡した。 「……米兵だって!?」 目に映った光景に、思わず声を上げていた。 前方には都特製の簡易飛行機から降り立った都と和葉ちゃん。 そして私達の背後には、先程のドンッという音で都に殴られでもしたのだろう、崩れ落ちた米兵の姿。 しかも米兵は、私達のすぐ背後まで迫っていた。 そんなバカな。この私でさえ気付かないほど、気配を消して私達に迫っていたというのか? 「危ないとこだったわね、秋巴。――秋巴が気付かないほどに気配を消せる、ツワモノね?」 確かめるように言う都に、不甲斐なさを感じながらも頷いた。 気絶した米兵は街で見る米兵と大差のない容貌。 だが、その能力値は、段違い――なのかもしれない。 「このゴーストタウン、何かあると思ったけど……」 真剣な表情で顎に手を当てる都に、「何か?」と小さく問い掛ける。 都は少し沈黙した後、パッといつもの笑顔に変えて「なんでもない」と言葉を濁した。 「それより無事合流出来たんだし、先を急ぎましょ。施設まで、もうちょいよ」 「ああ、そうだね」 そうして無事五人合流した私達が少し歩いて行くと、壮大なまでのビルのオブジェが建ちはばかっていた。 ビルには蔦が登り、老朽化している。 そしてそんなビルの前で待ち構えていたワゴン車から、グループ1とグループ5の面々が私達を迎えてくれた。 GROUP 03 水散・命・伽世・憐・式部・千咲・六花 「蓮池って男っ気も女っ気もねぇよな」 ようやくお台場に辿り着いて安堵と感動を覚えていた時、突如耳に入った言葉に私―――悠祈水散―――は思わず項垂れた。こんなこと言う人は……萩原さんくらいしかいない、よね、やっぱり。 「あら失礼ね……確かに今は一人身だけど」 「“今は”?微妙な言い方だな」 蓮池さんに白い目を向ける萩原さん。そこに横槍のように、千咲ちゃんが口を挟む。 「どうせ恋より仕事を取ったとかそんなんでしょ。仕事が恋人ねー」 冷やかすような口調で言う千咲ちゃんの言葉に、一瞬蓮池さんの表情が曇ったのは気のせいだろうか。 蓮池さんはすぐにいつもの調子で、 「ま、外れてもないけれどね。それより今のTPOを考えなさい」 と、ビシッとした口調で告げる。 格好良いなぁ、なんて内心思いながら。 仕事が恋人だなんて言葉が出てきたけれど、蓮池さんの場合は本当にそうなのかもしれない。 そして恋人との相性は抜群。こんなに警察の仕事が決まっている人も滅多にいないだろう。 「水散さーん?噂のゴーストタウンに入ったわよー。幽霊とかウヨウヨしてるわよー。ご感想は?」 トンッ、と私の隣を歩きながら命さんが投げ掛ける問いに、少し引きつった苦笑を返した。 「や、やめて下さいよ……幽霊がいても、命さんが守ってくれますよね?」 「どうかなぁ。この鎌、幽霊まで切れる自信はないからねぇ」 「うぅ……」 今度は私が命さんに冷やかされ、言葉を失ってしまう。 私自身、治癒能力という特殊な能力を持っている故に、幽霊といった不確定な存在もあながちいないこともないんじゃないかと思っている。だから余計に怖くて、鳥肌が立ってしまうわけで。 「幽霊なんていませんよね?いたら嫌ですよぉぉ」 私と同様に怯えているのは、道中で保護した六花さん。 六花さんの保護者である伽世さんは豪快な笑みを見せて、 「いるわけないって!いたらギターの轟音で掻き消してやるわよ」 と、私もこっそり安心させる返答を返していた。 「……ゴーストタウンね。ここが不可解な地域なのは確かなのよ」 率先して歩いて行く蓮池さんはちらりと振り向いて難しい顔を見せた。 「ゴーストタウンに行ったまま戻って来ないという捜索届けが何通も出ているし、殆どが未解決。警察としても調査はしたかったのだけど、調査する人手が足りなくてね」 「……け、警察にまで関わるような危険地域なんですか、ここ」 おずおずと問うと、蓮池さんは首を捻って、 「警察としては幽霊などという存在を信じて捜査するわけにもいかないわ。だとしたら、このゴーストタウンには誘拐魔がいると考えるのが自然かもしれないわね」 と、別の意味で怯えさせることを言う。 「誘拐魔……でも、誘拐して身代金が、なんて話は出てないんでしょう?」 「ええ。だから……誘拐し、殺害を繰り返す愉快犯の線……」 「うぅぅ……」 私の怯え方を見兼ねてか、蓮池さんはふっと笑みに似た吐息を漏らし「大丈夫よ」と声を掛けてくれた。 「もしそんな人物がいても、私達のように集団ならば易々と狙えはしないわ。それに、施設はもうすぐよ」 「は、はいッ」 最終的には心強い言葉を頂けて、安堵する。 それでも少し不安な私は、命さんの腕を引いた。 「まだ怖がってるの?」 命さんはクスッと笑みを漏らしながらも、私の手をきゅっと握ってくれた。 命さんの温度で、心が温まるような気がする。 命さんに触れているだけで、安心感に包まれる気がする。 命さんと一緒なら、どんな困難も乗り切れるような気がする。 「命さ……いえ、皆さんと一緒なら、大丈夫です、私」 そう告げると、前を歩く蓮池さんも、ふっと優しい微笑を向けてくれた。 「ハイハイ、仲間愛ってスバラシイねぇー」 などと千咲ちゃんに冷やかされていた時、私達の前に忽然と現れた建物。 確か、昔のTV局の跡だ。首を90°曲げてようやく天辺が見える程の、巨大な建物。 辺りの繁った草むらから建物へ、蔦が伸び、その蔦は建物中を覆っている。 「ここが施設のある場所よ。ほら、もう他のグループが」 見れば、建物の前に止められたワゴン車の周りに、見知った顔が幾つも見えた。 安堵感でいっぱいになって、命さんの手をきゅっと握る。 良かった。命さんと一緒に、こうして新しい施設へとやって来れた。 「怪我人がいたら言って下さいね!治癒しますから!」 私は少し張り切って、そんな声を上げたのだった。 GROUP 04 愛惟・優花・七緒・深香・佳乃・千景・依子 「もうお台場よ。ここまで来ればきっと大丈夫」 そんな千景さんの言葉に、「うん」と佳乃さんも笑み混じりに頷いた。 私―――逢坂七緒―――は不覚にも腹部に重症を負い、千景さんにおぶってもらっている。 痛みは尚も引かずにズキズキと鈍痛が私を襲っているが、千景さん曰く新しい施設の医務室で診れば大丈夫、とのこと。もう少しの辛抱、といったところか。 千景さんが歩く度にズキズキと痛むのだが、キュッと眉間に皺を寄せて堪える。 そう言えば、可愛川さん達は大丈夫だろうか。可愛川さんも輸血のために暫し施設に残ったと聞いた。 千景さんが連絡を取っている最中に米兵に襲われたために、その後の可愛川さん達のことは解らない。 出来ることならば、無事に新しい施設へと来て欲しい。 私はまだ、可愛川さんに恩返しをしていない。 「そうそう、この一帯はゴーストタウンって言うのよね」 不意に切り出したのは、私の傷の手当てをした水戸部依子とかいう女だった。 「ゴーストタウン、ですか?」 不思議そうに問い返す三森さんに、依子さんは頷いて言葉を続ける。 「この辺に足を踏み入れた者は二度と生きて帰れない……あながち間違いでもないかもね」 「どうして間違いでもないって?」 そんな千景さんの問いに依子さんは幾つか瞬いて、 「……ほら、事実上、このゴーストタウンで行方不明になっている人って多いって言うじゃない?」 と返す。どこか不自然な間があったように感じたが、別段突っ込む所でもなければ、突っ込む余力もない。 「そうねー。ま、私達も迷子にならないように気をつけましょ。別に入り組んだ地形でもないんだけどなぁ」 「そうだね。このまま真っ直ぐ行けば地図通り、施設に到着するよ」 千景さんの言葉に相槌を打って、地図を広げる佳乃さん。 出来ることならば、早くその施設に連れてって、この傷をなんとかして欲しい……。 「まぁ時間は後一時間くらい残されてるし、大丈――」 パシュンッ! 不意に、聞こえた何かの音。 背後で聞こえた気がして振り向いた、途端、ドサッとその場に崩れ落ちたのは――愛惟さん。 「ッ!?」 パシュンッ! 今度の音は耳を切るかのような間近で聞こえた。 と同時に、ガクッと千景さんが力を失い、その場に跪く。 「千景!」 「よ、しの……七緒ちゃんをッ……」 パシュンッ! 今度は三森さんが。 私は佳乃さんに肩を抱えられ、重い足を引き摺って歩いて行く。 パシュンッ! 佳乃さんは咄嗟に私を庇うようにして角に飛び込んだ。 パシュンッ! 音は鳴り止まない。 「佳乃さん、怪我は……?」 「大丈夫、だけど、皆が……!」 「ッ……」 腹部から滲み出る血液を手で抑えながら、そっと角から撃たれた皆の様子を伺う。 愛惟さん、三森さん、楠森さん、千景さん……四人がその場に崩れ落ちている。 「でも死にはしないわ」 不意に頭上で聞こえた声に顔を上げた。 先ほど私の足元に落ちた銃弾と呼べるか解らぬ、矢のような物を手にした依子さん。 いつの間にあの攻撃を逃れたのだろう。 「おそらく高い場所からの狙い撃ちね。この矢に塗ってあるのは……気を失わせる程度の毒物。だってそうでしょ?最初から殺すつもりなら死に至る銃器を使えばいい。敵の目的は、殺害ではなく捕獲よ」 依子さんは的確な推測を披露し、壁際から四人が崩れ落ちた場所をチラリと見遣る。 「今から助けに行くのは自殺行為。あたし達を取り逃がした以上、敵はまだどこかから狙っている可能性が高いからね。一旦施設に集まっている面々に助けを呼びに行くのが賢明じゃない?」 「……そうだね」 佳乃さんは悔しげに歯噛みしながらも頷いて、私に肩を貸しながら一緒に立ち上がる。 「私……、なんとか歩けますから。早く、施設へ……」 「急ごう」 私は佳乃さんの肩を借りながら、足早に施設へと向かう。 ドクン、ドクンッ、血液が腹部から溢れ出る感覚に眩暈を覚えながらも、佳乃さんにしがみつくようにして、歩く。 まずい……千景さん達のことも気掛かりだけど、自分の身の安否の方がッ―― 「小向?七緒さん!?何があったの?乾ちゃんは?他のメンバーは!」 施設に、着いたのか…… 矢継ぎ早な質問を繰り出す人物すら特定出来ぬまま、私はその場で気を失った。 GROUP 05 柚里 雑踏を駆け抜け、私―――保科柚里―――は一件の豪邸の前で足を止めた。 感じる。あの人が、待っている。 この豪邸の中だ……! 「ごめんください!誰か、誰かッ!」 門を駆け抜け、扉を叩く。 何度扉を叩いても、中から返答はなかった。 広い豪邸。 横庭へと続く路へ潜り込む。 窓という窓は完全に閉じられ、中を見ることすら侭ならない。 この中に、彼女がいる、はずなのに……! ずっと、ずっと待たせていた。 そう、“あの時”のように、ずっと待たせていた。 私は、一人の女性の意志を引き継いで生を受けた。 その女性の名は、神泉柚(シンセン・ユズ)。 彼女の記憶の全てが私にあるわけではない。 だけど一つだけ。確固とした記憶が、私を動かしている。 『トーコに会いたい。生まれ変わっても、ずっと一緒にいたい』 柚は、一度長い眠りについたことがあった。 私と同じく、先天的なアルビノの柚は身体が弱かった。 それはほんの些細な疾患だったが、柚は長い眠りを余儀なくされた。 そしてその間、ずっと、ずっとずっと待ち続けていてくれたのが、“トーコ”。 柚が目を覚ました時、トーコは涙を流して、喜んだ。 柚も、目を覚ました時、トーコがそばにいてくれたことを喜び、涙を流した。 そして二人は永遠の契りを交わした。 永遠に、『そばにいて』と。 その意志を受け継いだのが、この私、保科柚里。 長い時を乗り越えて、二人が再び巡り合う為に、私は生を受け そしてトーコに会いに行くという使命を担った。 そう、私は、運命の人に再会しなければならない。 トーコに再び、巡り合う使命。 ザッ、と草むらを抜けると、そこには広々とした庭園が広がっていた。 噴水があり、花が咲く、美しい庭園だった。 宵の翳りの中にも目を惹かれる。 庭園をゆっくりと歩いていると、豪邸の裏側へと辿り着いた。 豪邸の中で唯一、明りの灯ったテラス。 ぼんやりと浮かぶ人影。テラスのテーブルセットに腰を掛けた、女性の姿。 あの、人だ。 「トー……」 「柚さんですね」 私が名を呼ぼうとする前に、女性は柔らかな口調で言った。 パチリと、テラスに明りが灯る。 そこには初めて会うのに、見覚えのある、否、愛しいとすら思う女性の姿が浮かび上がっていた。 「トーコ……」 「……柚さん。ずっと、待ってました」 トーコはクスッと小さく笑みを浮かべ、テラスから梯子を下ろした。 私は梯子を登って、トーコがいるテラスへと、足を踏み入れる。 間近に見るトーコの姿。 どこか青みがかった艶やかな黒髪に、優しげな瞳。 トーコも私を見つめ、やがて笑みを深める。 「本当の、柚さんみたい……生まれ変わっても、アルビノなんですね」 「トーコも、変わっていない……」 互いの姿を確かめ合ってから、どちらともなく、相手に手を伸ばす。 「私の本当の名は、周防瞳(スオウ・ヒトミ)。だけど生まれた時から知ってたんです。私の名前は瞳子で、いつか柚さんが会いに来るって。柚さんが、来てくれるって……」 「うん。私は、保科柚里。だけど私は柚であり、トーコに会いに行かなければならない、って。……またあの時のように、待たせてしまった?」 「いいえ……苦ではありませんでした。ずっと希望を抱いていたから。柚さんが、きっと来てくれるって。あの時のように目を覚まして、私のそばに戻ってきてくれるって」 トーコはそう告げ微笑んでから、ぎゅっと私の身体に縋りついた。 あぁ、私はこの体温も、手触りも、匂いも、全て知っている。――トーコだ。 「柚さん……運命って不思議ですね……。私達をこうして再び巡り合わせてくれた運命……」 「それは、きっと。柚も、トーコも、強く願っていたから。そばにいたい、と」 「……柚さんはこれからも、そばにいてくれるんですか?」 「出来ることならば、そうしたい。だけど、私は他にもすべきことが出来てしまった」 「そう……柚さんではなく、柚里さんがすべきこと、ですね」 「トーコ。今夜、地震が来る。震度7強の、強い地震が。私はその避難場所へと――」 きゅっと腕を握られて、私は言葉を止めた。 トーコは暫し私に身を寄せた後、ゆっくりと身体を離し、真っ直ぐに私を見つめて言った。 「瞳子の、我が侭を聞いてください。私はこの家から離れることが出来ません。ですが、この家の地下にはシェルターがあります。震度7強の地震ならば耐えられます。だから、お願い。もう少しだけ、そばにいて下さい。お願いです、柚さん……」 ようやく巡り合えた二人。 時は無慈悲に二人を引き裂くと思っていた。 或いはトーコを施設へ連れて行こうと思っていた。 だけどシェルターがあるのならば。私はもう暫く、トーコのそばに、いられる。 「わかった。もう暫く、トーコのそばにいる。……トーコが幸せになれるまで、そばにいる」 「……柚さん」 見つめ合って、少し笑った。 そしてトーコは私の頬に触れ、そっと顔を近づける。 幼い、くちづけ。 だけどそれは時空を越えた、二人の想い。 私は――柚という意志を引き継いだ故に、トーコを愛した。 「だけど……」 「だけど?」 「……柚里も、瞳を好きになってしまうかもしれない」 「ふふ、奇遇ですね。……私もですよ、柚里さん」 そんな偶然に笑い合ってから、もう一度交わすくちづけ。 それは柚とトーコの時を越えた絆であり、或いは、柚里と瞳の一目惚れ同士の絆なのかもしれない。 トーコ。瞳。 長い時間、一緒にいることは出来ないけれど。 少しでも満たせるならば。少しでも幸せを与えられるなら。 そして私に、幸せを与えてくれるなら。 時間が許す限り、私はトーコのそばにいよう。 瞳は、お姫様だった。 裕福な家で生まれ育ち、何不自由なく育てられた。 トーコのような平凡な家庭ではなく、瞳は蝶よ花よと育てられた。 しかし瞳は外に出ることを殆ど許されず、このテラスでよく時を過ごしたと言う。 全てを手にした瞳が笑う。 『私には自由も羽根もない。空にも手が届かない』 だけど瞳は、私の手を握って、柔らかく微笑む。 『自由や羽根がなくても、空に手が届かなくても、柚里さんがいればそれでいい』 私はお望みのままに、瞳のそばにいることにした。 いつかはあの施設へと戻るけれど、もう少し、もう少しだけ……。 目を覚ますと、冷たいコンクリートに寝転がされていた。 私―――乾千景―――は慌てて起き上がり仲間を探そうと前進したところで、ガァンッと鉄の檻に阻まれていた。辺りは闇に包まれ近くすらよく見えない。 「皆、いる!?」 「その声、千景さんですよね!私、妙花です、すぐ近くにいます」 「こっちには私、三森と、楠森さんが」 「……これだけ?」 ということは、佳乃や七緒ちゃんは無事逃れたということだろうか。 もしくは……という危惧もあるが今は今いる面々でなんとかしなきゃならない。 しかし、なんとかすると言っても私達は暗闇の中で、しかも檻に入れられている。 どうしたら良いのかと思案していた時だった。 カッとまばゆいばかりに明かりが付くと同時に薄汚れた牢屋が見渡せた。 そして牢屋の入り口には、今電灯を付けたと思われる人物の姿があった。 随分年老いた異国人の男。黄ばんだ白衣を身にまとい、顔の皺を寄せて薄い笑みを浮かべている。 「welcome! Japanのgirls諸君。meの実験所にヨウコソ」 「何よあのインチキ臭いじーさんは……」 「インチキとはシンガイでーすねェ、meはアメリカ軍のエリートでーす」 「米軍だとぅ!?」 思わず問い返していた。確かに日本国人に敵対しているのは米軍に他ならないけれども。つまり私達は米軍に捕らえられたってわけ……? 「girls諸君にはmeの様々な実験体になってもらいマス。meにも準備アリマスので、暫く大人しくしているデスヨ」 インチキじーさんはそう言い残して牢屋を去ろうとし、不意にふと振り向く。 「forget to take. girls諸君に聞いておかねばナラナイでした。諸君は、このDAIBAにある“施設”をKnowしていますか?」 「……ッ!?――施設?何のこと?私達は何も知らないわ」 「Oh,ならいいデース。では、一旦失礼シマース」 インチキじーさんは軽く肩を竦めては、今度こそ牢を後にする。 バタンと扉が閉まると同時にまた暗闇が訪れた。 どうしてあのじーさんが、施設のことを……!? 「千景さん、私達実験体にされちゃうんでしょうか……」 「それ以前に今晩の地震よ!もうとっくに一時間切って……」 このままこんな施設でぺちゃんこになれっていうの?そんなの嫌よ。 ――……私はまだ、佳乃に何も伝えていない。 お願い神様。 私を、私達を助けて。 お礼ならなんだってするから! そう、神頼みしていたタイミングだった。 ガチャ、と音がして扉が開く。先ほどのインチキじーさんが戻って来たのかと思ったが、違った。 入って来たのは長身で長い黒髪が綺麗な女性だった。 ……日本人? 女性は幾つも連なった鍵を手に私達を見渡し、そしてふっとその黒い瞳を私に向けた。 見つめ合うこと数秒。 私はおずおずと口にする。 「貴女は一体?」 「私は……」 女性はふっと視線を落として沈黙を置いた後、また私をしっかりと見据えて告げた。 「皆さんを助けに来ました。牢の鍵を開けます」 救世主……!? 本当に現れるなんて! 「四名ですね、一緒に逃げましょう」 「待っ……」 私は逃げるその時になって初めて、一番奥の牢に捕らわれている人物に気が付いた。牢の隅でうずくまって、顔を伏せているが、長い髪や華奢な身体が女性であることを物語っている。いや、決して女性だから目を惹かれた訳ではない。 私達四人の他に、唯一牢に捕われている人物。見捨てるわけにはいかない。 「あの人も一緒に!じゃないとこの施設、今夜の地震で壊れてしまう。見殺しになんて出来ない!」 「……それは」 黒髪の女性は一瞬の躊躇を見せたが、私の真摯な眼差しを受けてか、「解りました」と頷いた。 女性は私と愛惟ちゃんが捕われている牢、そして三森さんと楠森さんの牢、最後に名も知らぬ女性が捕われている牢の鍵を開け、連なった鍵をその場に落とした。 牢の奥でうずくまっていた女性は、鍵が開く音にゆるりと顔を上げる。 神秘的なオーラを纏った女性だった。茶色い瞳、そして腰程まである長い茶髪。どこか日本人離れした顔立ちのその女性は、すっと目を細めて私を見上げる。 「助けに来た……いや、来てくれたの。私達と一緒に安全な場所に避難して下さい」 そう告げて、座り込んだままの女性に手を差し伸べる。 「貴女の意志ならば抗うことも、ない。但し、私を助けることに意義があるかどうか、深く考えて……」 「無罪なんでしょう?米軍に捕われているんでしょう?私は貴女を助けることに意義があると判断する」 そうきっぱりと告げると、女性はすっと私から視線を逸らした後、私の手を借りることなく立ち上がった。 私より幾分高い背丈。民族衣装のようなものに身を纏っていた。 「解ったわ……貴女の判断に、身を委ねましょう」 「O.K.追手はすぐに来ると思うわ。皆、急いで!」 私はそう急かし、皆を引き連れて牢屋を後にした。 途端、けたたましく鳴り響く警報。 「出口はこっちです!さぁ、早く」 黒髪の女性に促され、私達は彼女の先導の元に出口へと向かって行く。 背後から、足音が聞こえてくる。おそらく今の警報に気がついた米軍だ。 黒髪の女性の先導でようやく私達は一つの扉の前に辿り着いた。 女性はドアノブを回すが、ガチャガチャと音がするだけで開く気配を見せない。 「こんなところにまで鍵が……?!」 女性は眉を寄せて言っては、困惑したように沈黙する。 「銃で鍵を破壊する……無茶かな?」 「無茶ですね、その程度の拳銃では鍵の破壊は難しいと思います」 「じゃあ一体どうしたら!」 声を荒げる。足音は確実に近くなっている。 私は扉に背を向けて、銃を構え臨戦状態へと入った。 しかし不利だ。武器を持っているのは私唯一人。 一人で敵全員を狙い打つにはとてもじゃないが銃弾が足りないだろう。 「その声、千景ちゃんね?」 不意に聞こえた声に辺りを見回す。 扉の――外からの声か!? 「もしかして、都!?」 「ザッツライト。助けに来たんだけど、この扉が開かないようね?」 「背後からは米兵が迫ってるわ。八方塞よ」 「心配ご無用」 都はいつもの調子で言ったかと思えば、チャッ、と何やら準備する音が聞こえる。 「怪盗Happyを舐めちゃいけませんぜ?この扉くらい爆破出来るわ。出来るだけ扉から遠ざかってね」 「爆破!」 その言葉に希望が見えた。私は非力な楠森さんを庇うように扉から離れる。 一同も扉から一定の距離を置いた。 「It found it!」 背後からは米兵が近づいてきている。人数にして五名程度か。 私は銃を構え、安全装置を外して先頭にいる米兵を狙い打った。 「ッ……!」 その攻撃で米兵が怯んだ。 刹那、カッと扉の向こうから光が差し込んだかと思うと、ドォン!と激しい爆音を立てていた。 辺りは煙幕に包まれるが、煙の中の仲間へと告げた。 「今の爆音がした出口の方へ向かって!都がいるはずよ!」 「了解です!」 私は近くにいた楠森さんの腕を取って、出口へと向かう。 実験所内とは違って幾分明るい光が私の目に差した。 煙はすぐに引いていく。そして煙の向こう側に、都や伊純の姿が見て取れた。 「人数が増えてるみたいね。何はともあれ、施設に向かうわよ。時間がないわ」 都の言葉に頷いて、「こっちだ」と先導する伊純についていく。 私達は駆けるが、背後からの殺気は消えてはいない。 「後ろの敵は怪盗Happyにお任せあれ!」 そう都が言った途端、銃声が後ろへと放たれる。 腕時計を確認した。現時刻21:10。地震まで後10分しかない。 「伊純!施設までの距離は?」 「大丈夫だ、急いで五分程度で着く」 「よし、皆急いで行くわよ!」 そう一喝して、大人数を連れ立って伊純の後を追いかける。 後ろの敵は都が一層してくれたのか、殺気は消えていた。 駆けること、伊純の言う通り五分程度。 その先には、巨大なTV局跡地が残されていた。 「あそこが施せ――」 言いかけて言葉を止めたのは、止められたワゴン者のそばにいる人物だった。 「佳乃!?」 「千景ぇッ!無事だったんだね、怪我はない?」 佳乃と対面を果たし、私は思わず佳乃に抱きついていた。 「大丈夫よ……佳乃も、無事で良かった」 「うんッ。さ、早く施設の中に!」 佳乃から身を離し、非力な人々を施設へと促していく。 施設の入り口は、TV局跡地の中にあった。 重厚そうな扉も今は開き、私達を迎え入れる態勢だ。 愛惟ちゃん、三森さん、楠森さん、そしてあの実験所で出会った二人の女性。 五人が施設に入ったところで、私と佳乃、そして伊純と都も施設の中へと足を踏み入れる。 「……保科は戻ってこなかった」 そんな銀さんの呟きに「え?」と小さく問い掛ける。 「保科は途中で別行動を取った。目黒で車から降ろし、保科が言う使命とやらを果たさせるために別れた。地震の前には戻って来ると思っていたが……」 「……そう」 腕時計を見遣る。時刻、21:18。 「仕方……ない。柚里ちゃんだって何か考えがあるはず。扉を閉めましょう」 「……そうだな。それが最善と見る」 銀さんは頷いて、柚里ちゃん以外入り逃しのないことを確認し、施設に付属された機械を操作してゆっくりと扉を閉めた。 廃頽したゴーストタウンの風景が、静かに細くなり、やがてそれも全て見えなくなる。 そして私達は再び、過去の文明が開花したその場所に立っていた。 「ここが、新しい施設……」 人工の光が玄関ホールを照らしている。 前の施設と同じくらいだろうか、広々としたホールは私達を収容しても尚余りある。 「すごいわね……日本国がこんな施設を隠し持っていたなんて……」 ぽつりと呟くのは、私達を助けてくれた黒髪の女性だった。 大人びた綺麗な顔立ち。私よりも年上、二十代後半といったところだろうか。 「名前、聞いてませんでしたね。良ければ」 そう声を掛けると、女性ははっとした様子で私に目を向け、ふっと弱い微笑を向けた。 「私の名前は、呉林理生(クレバヤシ・リオ)。突然押しかけてしまってごめんなさいね」 「とんでもない。呉林さんは……」 「理生でいいわ」 「理生さんは、私達の救世主。神様だと思ったもの。救世主の命を見す見す捨てるわけに行くわけないじゃない?きっと、今頃あの実験所とやらは……」 ガタンッ、と微かに床が揺れた。 銀さんに目を向けると、彼女はゆっくりと頷いて「予定時刻通り、地震が来たようだな」と返す。 「……ね?見殺しになんか出来なかった」 「それはどうかな」 不意に私の言葉に横槍を入れたのは都だった。 「どういうこと?」 「私達も奇怪に思ってたわよ、こんなゴーストタウンに米軍がいるなんて。一度足を踏み入れたら二度と戻れぬゴーストタウン。その謎を紐解いてくれたのは……美憂ちゃんだった」 「……ゴーストタウンの、謎?」 私は銀さんに再度目を向ける。銀さんは施設のコンピューター端末に向かって何か作業をしていたが、私の視線を感じてか振り向き、「そうだ」と頷き言葉を続けた。 「何故、この地に施設があるのか。何故、この地に立ち入ると二度と生きて帰れぬのか。何故、この地で乾達が米軍に捕われたのか。考えれば自ずと答えは出るであろう」 「……米軍?」 眉を潜め、銀さんの言葉を促すように小さく問い返した。 銀さんは「それが答えだ」と短く言ってから、私達の方に向き直った。 「この台場に、我が祖父が残した施設がある――どこから情報が漏れたのかは解らぬが、米軍もそれを知っていた。故に、この台場には……米軍の巨大施設がある」 「な、……!?」 「だから台場に足を踏み入れた人物は米軍に捕われ、施設について問い、そして答えを知らぬ日本人はおそらく殺された。米軍は狙っているのだ。この施設をな。但し敵も、このTV局跡地に施設があるとまでは気付いていないはず。今も虎視眈々と狙っているのであろう……この施設を」 「それで私達も問われたのね、“施設を知っているか”って」 「敵もバカではない。この地震に耐えうる程の米軍施設は作り終えているだろう。だから……もし、乾達があのまま捕まっていても、この地震の被害に遭うことはなかったはずだ」 「……そう、だったの」 それじゃあ私達が捕われていたあの実験所とやらは、米軍の巨大施設の一部に過ぎないということか。 あの米軍のインチキじーさんも、米軍のエリートの一人でしかない。 他にも米軍の先鋭が、この台場に集っているということになるのだろう。 「じゃあ理生さんも、あのインチキじーさんに捕われていたの?」 「え?――え、ええ。偶然、あの老人が鍵をかけ忘れて、私は貴女達とは別の牢から抜け出すことが出来た。鍵も途中で見つけたの。それで、貴女達を……」 そう告げる理生さんの視線の先には、私達と同じ牢に捕われていたもう一人の女性の姿があった。 彼女は人工的な光を眩しげに見上げては、すっとその視線を落とす。 そんな彼女へと話し掛けた。 「貴女も、米軍に捕われていたのよね。……名前を聞いてもいい?」 「……夜久幸織(ヤク・サオリ)」 幸織さん、そう名乗った彼女はチラリと理生さんに目を向けるが、すぐに視線を泳がせて、 「私はそれ以上でもそれ以下でもない。これ以上語ることもない」 と、訥々とした言葉で告げた。 幸織さん、不思議な女性だ。米軍に捕われて、助けが来ても「助けて」の一言もなかった。 私が促さなければ、あの牢にうずくまったままだったのだろう。 何故、米軍から逃げようとしなかった――? 「諸君、少々こちらへ注目して欲しい。只今より当施設の説明を開始する」 私の思考は銀さんの言葉に遮られていた。 声の方に目を向けると、ホールの壁がスクリーンとなり、施設内の地図を映し出していた。 それは五つの四角に分かれ、各四角に細かな部屋が幾つも見えた。 「ご覧の通り、当施設は地下一階から地下五階まで、四つのフロアに分かれている。このマップを見た限りでは実感は湧かぬと思うが、前の施設と比較すると、約10倍程……横平方だけでも、かなりの広さが取られている」 「10倍……」 「各階へは、階段及びエレベーターを利用しての移動が可能だ」 銀さんはマップを指揮棒のようなもので指して、階段とエレベーターの場所を示した。 「それから各階の説明だ。まずこの地下一階は、ここ玄関フロアと、残る面積を人工庭園が占めている」 「人工庭園?」 「そうだ。人工芝、人工太陽、草木が生い茂る、その名の通りの人工庭園である。広いので迷わぬようにな」 銀さんの言葉に実感が湧かない。迷うほどの広さがある、地下施設。 前の施設とは到底比べ物にならない広さなのだろう。 「地下二階。ここには、食堂、大衆浴場、トレーニングルーム、娯楽室、衣服室、洗濯室、など。日常に必要なものはこのフロアに大抵揃っているはずだ。各室とも自由に利用してもらって構わない」 食堂や衣服室は勿論のこと、大衆浴場や娯楽室まで揃っているなんて。前の施設は衣食住の最低限を補うものだったが、ここは違う。一種の――街に近いのではないか。 「地下三階。ここには個室が備わっている。一人部屋、二人部屋、四人部屋と一通り揃っている。部屋割りに関しては警察が後から出してくるだろう」 個室だけでワンフロアか。今回の部屋割りも佳乃に任せることになりそうだけど、前回を倣って四人部屋に割り振るのがベストと見る。 「地下四階。体育館がある。後は倉庫類といった余り使うことのない設備だな。地下五階の設備が吹き抜けで設置してある箇所が多いので、他の階よりは幾分狭い」 「体育館があるんですかッ!」 突如身を乗り出して聞き返したのは、名を知らぬ明るい女性だった。「勅使河原、もうちょっと静かに聞けんか」と銀さんに諭される。勅使河原さん、か。 「いやぁ、刀の訓練にバッチコーイだと思ってですね!どなたかお手合わせ願います!」 「いいじゃねぇか、アタシが乗ってやるよ。かかってこい、勅使河原!」 伊純まで乗っかる始末……。やれやれ、まだまだ子どもだなぁ。 「コホン。続けるぞ。地下五階だ。ここには医務室、会議室、作戦司令室、そして制御室がある。因みに重症を負っていた逢坂と、十六夜、可愛川の三人は既に医務室に運んである」 「七緒ちゃん、大丈夫なの?」 「一番手負いが酷かったからな……医務室のポットに寝かせてあるから、大丈夫だと思うが」 「そう……」 佳乃と共に逃げ延びた七緒ちゃん。もし私達と一緒に捕われていたら傷は尚悪化したかもしれない。 不幸中の幸いといったところか。 「……それで、作戦司令室っていうのは?」 私はすぐに頭を切り替えて、そう問いかけた。 銀さんは頷いて、地下五階にある作戦司令室をピックアップしてスクリーンに表示させる。 「集合を掛ける時は、大体ここになるだろう。大人数を収容出来る司令室だ。前方には指示者席、そして皆に座ってもらうのはこの階段状になった席。講義室のようなものだと思えば良い」 「なるほど」 「少人数の話し合いの場合は会議室でも事足りるだろう。会議室は四人用と十人用がある」 ふむ。警察での会議は、その会議室を使うことになりそうね。 「他にも細かく言えば色々とあるのだが、必要最低限を説明した。警察側からは何かあるか?」 そう銀さんにふられて、「そうね」と少し思案した。 「部屋割りを発表したいから……んー、現時刻が21時45分。22時半に作戦司令室に集まってもらってもいい?」 「了解した。説明は以上だな」 「では、一時解散!」 私の一声に、面々は疎らに新しい施設へと散っていく。 今私がすべきことは、唯一この施設へと入ることが出来なかった柚里ちゃんの無事を祈ること。 目下で言えば、佳乃と共に部屋割りを作成すること。 後、もう一つ。 ――先ほどから感じている嫌な気配の原因を、探ること。 私はそれぞれ談笑などしている面々を見渡して、眉を寄せた。 なんだろう。この胸騒ぎ。 この人々の中に、誰か……怪しい人物が、潜んでいる? 杞憂で終わればいい。だけど、何かが引っかかる。 警察の勘が――危険信号を、示している。 |