BATTLE ROYALE
SIDE STORY No.5

お兄ちゃんといっしょ。
悠祈藍子の場合




 悠祈藍子。
 正統なる悠祈家に生まれた一人の女のコ。
 私こと悠祈紀子の、従姉妹にあたる。
 従姉妹と言っても私と藍子の年の差は大きく、藍子が産声を上げた時、私は時を同じくして成人式を迎えた程。一人っ子の私は、時々藍子の家に御邪魔しては、妹が出来たような気分に浸るのだ。いや、妹と弟か。
 藍子の家に泊まる時は、いつも私は藍子の部屋で、同じベッドで寝ることにしている。
 可愛い女の子には手の早い私でも、さすがに血の繋がった少女にまでは手は出さない。藍子とはいつも、二人が眠くなるまで色んなことを話すのだ。
 その時いつも私が話題にするのは、恋の話だった。初めて訊いたのは、藍子が中学校に上がった時だっただろうか。藍子の答えは、「まだ興味がない」だった。
 それから何度も私は同じ問いを藍子に投げかけるが、いつも上手い具合にはぐらかされた。これは何かある、そう思った私は、藍子が高校二年生の頃だったか、いつもよりつっこんで聞いてみた。そして藍子は遂に自白したのである。
「私…お兄ちゃんが…好きなの。」
 その言葉にはさすがに驚いた。
 しかし、藍子は至って真剣であった。
 私の弟分であり藍子の兄であるその男は、悠祈智哉といった。
 智哉は、悠祈家の跡取りの第一候補だ。祖父、そして親戚一同からの期待は高く、智哉はその期待に彼なりに答えていた。頭がいいと言われる高校に行き、難しいと言われる大学に通っていた。
 見た目は、カッコイイに分類されるだろう。いわゆる「爽やか系」で、愛想もいい。
 が、それが本性かと言うとそうでもなかったりする。家族ぐるみでのイベントの時なんか、目を見張るものがある。大人たちには笑顔を振りまくくせに、私達(私は大人と見られていないらしい)には、至って素っ気無い態度しかとらない。
「ま、世渡り上手ってやつだよ。」
 …との本人談。
 藍子とは一つ違いで、身近な異性といった感じなのだろうか。
 兄も真面目なら妹も真面目で、同じ高校大学に通う本当に仲のいい兄妹。……というのが大人たちの話だが、実のところは藍子が強引に兄と同じ学校を選んだんだそうだ。
 藍子は、基本的に引っ込み思案というか、弾けた感じは全く無い。冷静で落ち着いていてクールな女の子。かといって暗いという印象もなく、「神秘的」とか「ミステリアス」といった言葉がよく似合う女の子である。おそらく異性からの人気はものすごいだろう。
 ただ、欠点と言えば、藍子は兄に比べて愛想がないことか。藍子は本当に心を開いた人にしか、笑顔を見せない。きっと、悠祈家の跡取りとなる男児の兄ばかりが持て囃された幼少期が、そんな藍子の性格を作ってしまったんだと思う。
 藍子の一途な想いは、藍子と、そして私しか知らない。
 私は悩んでいた。
 藍子の想いが実を結ぶことがあるのかが…わからなかったから。
 藍子が一人の人を想い続け、もう何年経ったんだろう。いつしか、藍子は二十一という、大人の女性になっていた。





「紀子さん、お電話です。」
「ん?」
 パソコンと睨めっこしていた私は、アシスタント兼愛人の加護朱雀の声に振り向く。
「藍子さんから。」
「藍子?」
 そういや一月ぶりくらいになる。ここの所締め切りで立て込んでたからなぁ。
 朱雀から電話を受け取って、受話器を耳に当てた。
「もしもし?」
『あ…紀子さん。こんにちは。』
 受話器の向こうから、奥ゆかしい可愛い声が聞こえてくる。
「久しぶりね。元気してる?」
『うん。…あの…、いきなりなんだけど、今日泊まりにいってもいいかな?』
 藍子の言葉に、私は少し驚く。
 家に泊まりにきたことは何度かあるが、当日にいきなりというのは前代未聞だ。
「あぁ、私は別にかまわないわよ。」
『本当?…良かった。紀子さんしか頼れる人いないから。』
「…何?もしかして家出とかじゃないでしょうね?」
『ううん、そんなんじゃないんだけど…詳しくは、行った時に話すから。六時くらいに行くね。』
「うん、了解。ご飯作って待ってるわね。」
『ありがとう。…じゃあ、後で。』
「はいはーい、じゃね〜。」
 今日は藍子がお泊まりか。うーん、楽しみだわ。
「あ、朱雀。今晩のご飯は腕によりかけて作ってくれる?」
 使い終わった電話を手渡しながら、私は言った。
「ええ、わかりました。お酒も買って来ますか?」
「うん、お願い。あ、藍子はチューハイとかの方が好きかな?」
「じゃあ、適当に見繕ってきますね。」
 と微笑んで出ていこうとする朱雀を、私は呼び止めた。
「ね、ちょっとだけいい?」
 私がそう言うと、朱雀は少しだけ頬を赤くして頷いた。いつもこうしてるから、言葉数は少なくてもすぐ伝わっちゃう。
 そしていつも、ちょっとだけ…が一時間とかになっちゃうんだよね。悪いくせだわ。
「…紀子さん…。」
「…朱雀…ちゃん。」
 出会った頃のように、私は彼女をちゃん付けで呼んでみた。
「…懐かしいですね…あの頃。」
「そうだねぇ。柚ちゃんとか元気かなぁ。」
「…馨さんのことの方が、気になるんじゃないですか?」
「もぉ、なんでそういう意地悪言うのぉ。」
 私達は話しながら、自然に緩く抱き合う。
「……今は朱雀ちゃんだけよ。」
「…紀子さん…。」
 そして私は静かに、朱雀にくちづけた。
 朱雀は、出会った頃は冴えない子だった。
 でも、あの頃の朱雀はダイヤモンドの原石。
 まだ磨き方を知らなかっただけなの。
 今はほら、とっても輝いてる。
「ンっ…、…」
 乳房を撫でると、朱雀はびくりと身体を震わせる。その表情に、私はひどく欲情した。
「…愛してるわ、朱雀…。」
 私達の身体は、とさりと音を立てて、ベッドに落ち込んだ。





「ふーぅ、美味しかったでしょ?朱雀の手料理は天下一品だもんね。」
「ええ…」
 相槌を打つ藍子は、どこか上の空といった感じだった。家に来た時からずっと…だ。
「ほら、座って。」
 私は藍子の肩を持ち、ベッドに座らせた。
「…ね、なにかあった?」
 私も隣に腰掛け、そう尋ねる。
「………。」
 藍子は、思いつめたような表情で沈黙した。
「どうしたのよ?話してみなさい。」
「……お姉ちゃん…。」
 藍子にそう呼ばれたのは、ずいぶん久しぶりな気がする。大人になるにつれ、藍子はお姉ちゃんから紀子さんと呼称を変えた。
「…お姉ちゃん…ねぇ、私……。」
 不安げに声を上擦らせる藍子を、そっと抱きしめる。不安な時は、これが一番効く。
 藍子は私の胸に顔を埋める。こんなことされると、身内とは言えど…押し倒したくなっちゃう。理性が利かなくなるほどに藍子は可愛い。
「……あのね…」
 藍子は顔を上げると、潤んだ目で私を見上げ言った。
「…お兄ちゃんと……エッチしちゃった…」
 そう呟く藍子は、本当に可愛………
 ……え、ッチ?
「…え?…な、…え!?」
 私は思わず藍子の両肩をガシッと掴み、その目を見つめていた。
「エッチしちゃったの。…お兄ちゃんと。」
 困ったような顔をして、藍子は繰り返す。
「……そ、それは…良かったね、って言うべきなの?」
 しどろもどろになりながら私が聞くと、藍子は首を横に振った。
「……お兄ちゃん、覚えてないもの。」
「え…?」
「実は…昨日ね……」





 私―――悠祈藍子―――は、大好きなお兄ちゃんの帰りを待っていた。
 今日は両親とも仕事で出かけていて、私は夜遅くまでリビングのテレビの前。
 今日は遅くなるかもしれないって言ってたから、お兄ちゃんが帰ってくるまで待てるかわからないけど、会えたらいいなって思って。
 夜の一時くらいになった時、お兄ちゃんが帰ってきた。
「ただいま〜。」
 お兄ちゃん、ベロベロに酔っ払ってた。
「…おかえりなさい。」
「あー、ちょっと肩貸して。頭フラフラして歩けねぇ…。」
「…うん。」
「悪りぃ…。」
 お兄ちゃんの手が私の肩に触れる。それだけで嬉しくて、心臓がドキドキした。
「…ふーぅ。全くさぁ、カワイイ子は多かったんだけど、みんなガード固くてさ。」
「……合コンだったの?」
「ん?そーだよ。」
 …別に、ショックってわけじゃなかった。
 お兄ちゃんはお父さんとお母さんが出かけてる夜は大抵遅くに帰って来るし、時々女物の香水の匂い漂わせて朝帰りすることもある。
 お兄ちゃんは、私と違って色々遊んでる。いっつも嫉妬してた。
 だから、今日はお兄ちゃんに女の人が引っかからなくてラッキーな日。
「……ったく、ストレス溜まるよなぁ。」
 そんなことをぼやくお兄ちゃんの横顔を覗き見る。すっと高い鼻に、優しそうな目もと。お酒臭いっていうよりも、ブランデーとかの甘い香りがする。
「……ねぇ、あなた…誰?」
 私は、ふとした思いつきで、そう言った。
「……え?…お前こそ誰だよ…?」
 やっぱり。
 お兄ちゃん、すごく酔ってる。
 きっとこんなんなら…明日になったら、記憶とかなくなってるよね。きっと。
「…智哉でしょ?ナンパしといて何言ってるの…。」
「あ、あぁ、そうだっけ?君、名前は?」
「私?…私は…、……ノリコよ。」
「ふぅん…。」
 いつ気づくだろう。
 お前何やってんだよ、って、いつ言うんだろう。でも出来れば…気づかないでいて。
 私は、自分の部屋にお兄ちゃんと入った。
 そして、言った。
「智哉…、…抱いて…。」
 バクバクと心臓がうるさかった。
 もしかしたら、お兄ちゃんは今までふざけてたのかもしれない。軽蔑した?冗談だって言って、許してもらえる?
 私はお兄ちゃんに背を向けたまま、答えを待った。
「ノリコ…」
「…!」
 お兄ちゃんは、私を後ろから抱きしめ、首筋に舌を這わせる。
「あ…っ…、…!」
 お兄ちゃんの舌が、私のうなじを這う。
 お兄ちゃんの手が、私の胸に触れる。
 お兄ちゃんの鼻が、私の匂いを嗅ぐ。
「…とも…や…。」
 私の身体はベッドに投げ出され、お兄ちゃんが覆い被さって来る。
 私の初めて。
 おにいちゃんに、あげる。







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