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15girls In 東京市 番外編 東京BATTLE ROYAL「あーあ……お腹空いた…。」 鞄に入ってたカンパンを噛りながら、あたし―――乾千景―――は呟いた。 とある民家のガレージの奥。 暗闇の中に身を潜める。 ………静かだ。 佳乃は何してんだろうか。まだ離脱のメッセージが入ってないところを見ると、無事らしい。 …でも、酷い怪我とかしてないだろうか。 心配。 などと思っていた矢先、ユビキタスがピコピコ光って驚いた。噂をすれば…じゃありませんように!祈りながら、メッセージに目を遣る。そこには、『呉林理生・離脱。』……の文字。 「…理生さん……。」 …そっか…理生さんか…。……複雑だ。 理生さんの分も頑張んなきゃなー。 とりあえず明日からね。今夜はここで身体を休めて…。 と思ったら、またユビキタスが光った。 『現在、十名の離脱者を確認。プログラム27を起動します。』 …プログラムか。これ怖いんだ…。 『現時刻午後二十時三十分から二十分後、午後二十時五十分から午前零時迄、エリア「三丁目」が禁止区域になります。その時間帯に禁止区域にいた場合、自動的にユビキタス装置が爆破されます。』 ………まじで…? 今あたし、思いっきし三丁目なんですけど…。 ………逃げなきゃ!やっばー! あたしはすくっとその場から立ち上がり、カンパンと水を直した鞄をからう。そしてあたしの武器を握る。 ……運が良かった。非常に。あたしの武器…使い慣れた拳銃だ。 半分ほど開いたガレージから、そっと身体を滑らせた。夜の町。街灯が照らしてる。静寂。 二丁目に行くか四丁目に行くか。 ……此処からの距離的に言えば四丁目の方が近い。 けど…、…二丁目に、行ってみたい建物があるんだ。 だから二丁目に行く! あたしは路地裏の道を駆けた。 二丁目を出るのに、少なくとも10分はかかる。途中で足止めをくらうとまずい。 …しかし、事はそううまくはいかないようだ。 びゅっ!! 「うッわ!?」 建物と建物の細い隙間から、誰かが出てきた。 金属の何かが、空気を切るすごい音を立て、あたしのすぐそばで光った。 少しバランスを崩して壁に手を付く。 敵は素早くあたしに向かってきた。 「蓮池課長…っ!」 びゅん! ギリギリで、課長の繰り出す攻撃を避ける。 ……あの武器…、……斧だ……。 あんなのくらったら、ひとたまりもない! しかしあたしは銃を構える暇もなく、逃げるだけ。課長…本気だ…っ…。 僅かに息が乱れてるけど、その目は冷静で、……冷たかった。 「乾ちゃん、こんなにすばしっこかった?」 びゅん! 「っ…!」 課長は大人だ。 常に理解し、常に把握してる。 つまりこれがゲームだと理解しているから…、………本気で来れるんだ! ……ふっとユビキタスの装置が目に入った。 しっかり見ることはできなかったが、おそらく今の時間は二十時四十二分。 ……ってことは…、あと八分。 ………急がなきゃ。 びゅん!! 何度目かにやってきた攻撃を避けると、あたしは一気に駆け出した。 「! 待ちなさいっ!」 蓮池課長が追ってくる。 あたしは走った。何分間も。 先に『二丁目』の表紙が見えた時、あたしは唐突に振り返って銃を構えた。 「!」 息も切れ切れの蓮池課長。銃を向けられて、小さく眉を顰めた。 「動いたら撃ちます。」 あたしは言い放ち、ちらりとユビキタスの時計を見遣った。 「…!…ちょ、ちょっと待って…、早く二丁目に行かないと……」 「動いたら撃ちます!!」 困惑した様子の蓮池課長に向かって、あたしは大声で言った。 四十九分二十秒。 「…乾ちゃん…!」 「………まだ、……まだよ…。」 「もうやめて!」 蓮池課長がこっちに向かって駆け出した。 四十九分四十秒。 二丁目まで、100メートルちょい。 …行け、あたし! あたしは蓮池課長に背を向け、全速力で駆け出した。 走った。 走った。 走った。 苦しくて…でも走った! 流れる空気の中に、『二丁目』の表示が横切った気がした。 刹那! ばぁんっっ!! ……弾けるような爆発音が…背後から聞こえた。 あたしは速度を落とし、その場に座り込んだ。 過呼吸を続ける。 ……もう、あたしに迫り来る者はいない。 間もなくして、『蓮池式部・離脱。』のメッセージがユビキタスに表示された。 「三森さん。ね、これ見て。」 佳乃さんが私―――三森優花―――を呼び止め、手にした探知機を指さした。 私がそれをのぞき込むと、一丁目…そう、私たちがいる場所からすぐ近くに、二人の人間の反応がある。 「二人…だよね。でも、ちょっと離れてる気がしない?仲間……じゃないのかな?…二人とも、動いてないみたいだし…」 佳乃さんの言葉に、私はこくこくと頷く。 「……行ってみよっか!」 佳乃さんは、好奇心旺盛な子どものように目を輝かせて言った。そんな佳乃さんが可笑しくて可愛くて…私は笑み、頷いた。 私たちは慎重に、探知機が反応しているポイントの近くまでやってきた。 「じっとしてるってことは、罠を仕掛けてる可能性もあると思うの。気をつけてね。」 時々見せる佳乃さんの警察らしい顔に、感心してしまう。…本当にギャップの激しい人だなぁ。 「この家だよ。一人は…。」 佳乃さんは私に耳打ちする。 つまり、探知機に反応した二人は極めて近いエリアにいるんだけど、違う民家に潜んでいるみたい。おそらく、お互いの存在にも気づいていないだろう。 回りの家と比べ、きれいな感じがする。新築なのだろうか。面積は狭いけど、高さがある。三階建てくらいありそうだ。 「ナイフ貸して。」 佳乃さんに囁かれ、私はバタフライナイフを手渡した。 佳乃さんは、すっきりした石畳の玄関をゆっくりと歩いていく。罠にかからないよう、ナイフを前に翳しているようだ。 「……」 佳乃さんは立ち止まり、私に手招きした。 私がそばに行くと、佳乃さんは宙をゆっくりと指で指した。 「……?」 「…よぉく見て。」 佳乃さんの囁きに目を凝らすと、細い細い糸が微かに見える。…ピアノ線…? 佳乃さんはそれを越え、玄関の扉にたどり着く。 私も張った糸を股越し、扉までたどり着いた。 「玄関は危ないと思うのね。窓から中の様子見よ。」 佳乃さんはそう言い、家の周りを歩き出した。 一つ目の窓は台所のようで、そこからのぞき込んでも誰の姿もない。 次の窓は子ども部屋のようだが、やはりここにも人の姿はない。 …そして次の窓で…。 「…!」 佳乃さんが窓の中を指さした。私がそっとのぞき込むと、奥にあるベッドで誰かが眠っているようだった。向こう側を向いていることや、顔の部分が丁度陰になっているせいで人物の特定ができない。 ……時刻は二十三時。就寝しておかしい時間ではない。 「やろう。」 囁いた佳乃さんの言葉に、今度はそう簡単には頷けなかった。そんな私を佳乃さんが見る。しかし反論する言葉も見つからず、私は頷いた。 窓の鍵は閉まっているものだと思ったが、佳乃さんが軽く力を込めるとカラカラと窓は開いた。 むしろその音で起きてしまわないかとヒヤヒヤしたくらいだ。 佳乃さんが窓の縁に足を掛け、軽快に部屋に降り立った。その時…っ… ばっ! 「誰っ…?」 低い女性の声がした。 …うそ、起きちゃったの……!? 「あ…、柚里ちゃん…!」 「佳乃…ちゃん…。」 私は咄嗟に、その場に身を屈めた。 ………私の存在、ばらさない方がいいかもしれない。 「ふあぁ、柚里ちゃんだったの…、誰かと思っちゃった。」 「…私も誰かと思った。…間違いなく殺意があったもの。」 「え…?」 佳乃さんは相手が柚里さんだったことに安心しているようだが、柚里さんは佳乃さんに対して警戒を解いてない。……むしろ…危ないかも…。 「佳乃ちゃん、これはゲームよ。……わかってる?」 「わかってるけど…、…で、でも柚里ちゃんまで…」 「殺そうとしたんでしょ?…このベッドに眠っていた誰かを。」 「………。」 「殺せばいい。でもその前に、…私が佳乃ちゃんを殺すかもしれない!」 「!」 ざっ! 何かが切れる音。 …それが佳乃さんでないことを祈った。 ……その時ふと、私の目の中に入ってきたもの。 バット。野球…だったかな。そんなスポーツに使う道具。 さっき子ども部屋があった。おそらくその子どもっていうのは…男の子なんだろう……。 私はそのバッドを手にした。木製で固い。 「っ!柚里ちゃん、やめて!」 「やめて?何言ってるの?これはゲームよ?」 「っ、きゃあ!」 びゅん!! 空気を切る音がここまで聞こえるなんて。 佳乃さん…死なないで…! とんっ! 窓から、命からがらといった様子で佳乃さんが出てきた。暗くてよく見えないけど、どこか怪我をしているようだ。 「逃がさない!」 …ドクン。 トッ! …ドクン。 タムッ。 …ドクン。 ……情景がゆっくりになっているような気がする。 すべての動きが…ゆっくりに。 たった今佳乃さんが出てきた窓から、柚里さんが出てきた。 今だ…今だ…今だっっ!!! びゅうんっっ!! バットを振り下ろす時、こんなにすごい音がしたっけ? 振り下ろしたバットが人に当たるときって…こんなに衝撃があるんだ? こんなのわかるわけない…だって初めてだもん……! どさっ。 地面に倒れ伏した柚里さん。 ……ようやく、情景が元に戻ってきた。 佳乃さんが驚いた様子で柚里さんを…そして私を見る。 柚里さんの姿は消え失せ、ナイフが一つ残った。果物ナイフ。切れ味は、佳乃さんの持っているバタフライナイフの方がずっといいはず。 「…お見事…、…だよ…。……三森さん…。」 佳乃さんが微笑んだ。 「……え?…、……佳乃…さん…?」 座り込んでいた佳乃さんが…ふっと地面に崩れ落ちた。 「佳乃さん!」 私は佳乃さんに駆け寄ると、そっとその身体を抱いて、彼女の頭を自分の膝に乗せた。 ……首のところに、深い傷。 出血が止まらない。酷い…傷……。 「……ごめんねぇ…三森さん…、…あたしが守ってあげるって言ったのに……。…守ってもらっちゃった…、…おまけに、あたし三森さんを一人にしちゃうみたい…。」 「佳乃さん…っ…!!」 佳乃さんの身体から徐々に熱が消えていくのがわかった。 少しして、静かにその姿が消え、代わりに墓標が出来た。『Yoshino Komukai』。 涙が…出てきて……止まらなくなった。 ゲームなのはわかってる。…わかってるけど…。 悲しくて…独りぼっちなのが…怖くて……。 泣いていた。何分間くらいだったんだろうか。 探知機の、じっとしていたもう一つの点が動いていることになど、気づかなかった。 「よぉ、三森。」 「…!」 突然声をかけられ、私は驚いた。 あわてて顔を上げると、そこにいたのは長い刀を私に突きつけた…萩原さん。 「佳乃のこと殺したのって三森?」 萩原さんの言葉に、私は首を振る。 「柚里さんが……」 「柚里…、あぁ、あいつか。つまり、従姉妹で差し違えたわけだ?」 「…柚里さんは…私が…」 「へぇ、まじで?意外とやるじゃん、三森。」 「………。」 萩原さんは私に刀を突きつけたまま、笑みを浮かべている。 「……佳乃、先に逝っちゃったワケだ。」 「………。」 「……それで泣いてるんだろ?」 「…………。」 また涙が止まらなくなってきた。 誰を信じればいいのか。 恐怖。 ………助けて…。 「後追わせてやるよ。優しいだろ?」 「!」 私は萩原さんを見上げた。 見えなかった。 目が冷たい…。 眼球の代わりに、冷たい氷が入ってるみたい。 ………うあ…、……うああああ……!!! 「三森さん!!」 聞き覚えのある、とても懐かしい…ううん、愛しい声に、私は声の主を探した。 「ふあー、誰にやられちゃったのぉ??」 佳乃さんは会議室の正面の席から、私の座る席まで早足でやってくると、私の隣に腰を下ろした。 「…佳乃さん…、……なんだか、悪夢を見ていたみたい……。」 「……うん。」 「………ふぁ…!」 涙が出てきた。そう、さっきの延長線上。 「…あたしはここにいるよ。」 佳乃さんは優しく言って、抱きしめてくれた。 私は唯々、泣きじゃくっていた。 怖くて…怖くて………。 パァン! 「……ひゅー。一匹仕留めたぁ♪」 そう呟いて、あたし―――水戸部依子―――ってばなんて残酷、とか思った。 撃ち落とした獲物のそばに寄る。 「あら、急所は外れちゃったか。」 街角にある神社の境内の奥。木々が鬱蒼と繁るそこで、あたしは『狩り』を楽しんでいる。 「う、…うああ……」 『獲物』は地面でもがき苦しんでいる。 太股のところから血が出てる。 「beyーbey.」 あたしは小さく笑むと、獲物の心臓部に銃をつきつけた。 バン。 獲物はすぐに動かなくなり、その姿は消えた。ガスバーナーが転がった。あぁ、こいつの武器なんだ。あたしはバーナーを手にとって、試しにレバーを引いてみた。ボッ。大きな炎が上がる。なかなか役立ちそうじゃない。もらっていこ。 少ししてユビキタスの装置に、『米倉千咲・離脱。』って表示された。あぁ、この獲物、ヨネクラチサって名前なんだ。知らなかった♪ …さてと。もう夜中の一時なのね。 さすがにこの暗さじゃ狩りはしにくいし、明日までどこかで休もっと。 それにしても、獲物が少ないのよね、妙に。 皆、どこにこそこそ隠れてんのよ。 雑木林を出ようとしたその時、ふと森の奥に何かが居た気がした。姿形や色とかじゃなくて、気配。 あたしは注意深く、草木の間から林の奥をのぞき込んだ。 その瞬間微かに、鼻をつく刺激臭を感じた。 ……あれは…、…夜久幸織…? 「来ないで。」 …え…? ―――うそ?あたし、気配消してるよ? 「……消えて。私のそばに来ないで。…聞こえてるんでしょう?」 …………。 …あたし以外の人に言ってるとか……? 「……水戸部さん。」 「!」 ……なんで!? なんで…なんであたしだってわかるのよ…? あの女のところから、あたしの姿が見えるわけない。気配だってちゃんと消してた。なのに! 「……。」 ……混乱しても仕方ないか。 ばれてるんだしね。 「どうして近寄っちゃヤなの?」 あたしはいつもの冷静さを取り戻し、彼女にそう尋ねた。 「……殺すから。」 「…そういうゲームだもん。当然じゃない。」 「殺さないで。」 「無茶言っちゃいけないわ。殺すのがルールよ?あなただって、あたしを殺す気なんじゃない?」 「……わからない。」 淡々と言葉を紡ぐ彼女が、だんだんむかついてきた。 「いい加減にしなさいよ!」 ジャキッ、と金属の音を立て、あたしは猟銃を構えた。…しかしっ…! 「ひゃっ?!」 突然、足下に何かが絡みつき、あたしはバランスを崩して地面に尻餅をついた。 ……植物の蔦? 「…罠を仕掛けてたの…?」 不覚だった。 …でも、この体勢からでも銃は撃て… ヒュッ。 「………な…!!」 あたしは目を丸くした。 そばにある木から、蔦があたしの持つ銃に向かって伸び、あたしの猟銃を絡めとった。 罠なんかじゃない…まるで、蔦に意思があるような…! 「な、何をしたの?なんでこんな…?!」 あたしは冷静さを完全に失っていた。 彼女はいつのまにか、こちらを振り向いていた。 でもその顔に、表情はない。 「……っ…!」 心の底から恐怖を感じた。 失禁しそうだった。 「………忘れたの?あなたが手にしているもう一つの武器。」 「え…?」 彼女に言われて、あたしは思い出した。 バーナー。 「それなら、植物も嫌がらないわ。…そして私もね。」 意味わかんない。…わかんないっ! 「うあああっ……!!」 あたしは無我夢中で、バーナーをあの女に向け、レバーを引いた。 涙で視界が曇ってる。よく見えない。 …唯、…とてもとても赤い…。 目に溜まっていた涙が頬からこぼれ落ちた時、視界がクリアになった。 …そこには、真っ赤な炎に包まれた女の姿。 「……う、…うあ……。」 震えがとまらなかった。 人を殺したことなんて何度もあるけど、こんな……こんな殺し方……! やがて炎は木々にも燃え移った。 火の回りがとても早い。そう思った時、一番最初に匂った刺激臭を思い出した。……ガソリン? 火の粉が舞って、時折あたしの肌に落ちる。 微かな痛み。 ……あたしのすぐ真横の木が、激しい炎を上げる。…女の姿は見たくなかった。だから、ずっと木を見上げてた。 火の粉の量が増して、あたしはいつのまにかたくさんの火傷を負っていた。 …その時、足に巻き付いていた蔦が力を失った。猟銃を絡めとっていた蔦も力を失った。 あたしは猟銃を拾い、立ち上がった。 木が死んだ。 数歩離れて一度だけ森を振り返った。 ……真っ赤だった。 あたしはまた酷い恐怖を感じ、猟銃を握り締めて駆け出した。 逃げても逃げても、熱い感覚は消えなかった。 空の赤みは、夜が明けるまで消えなかった。 カタカタカタッ。 薄暗い民家の中、キーボードを打つ音が響く。 時折チラリと窓の方に目を遣っては、私―――高村杏子―――は作業を進めていた。 作業なんて大げさなものじゃないか。ちょっとした情報収集。 …それにしても、ソフトが何も入ってないパソコンでハッキングするのって結構面倒くさい。かれこれ三時間は、このパソコンに向かってる。 でも、ようやくお目当ての情報が出てきた。 『エンペランスタワー』 …二丁目にあるビル。 五階建てらしい。見た感じは十階建てくらいありそうなんだけど。 黒光りするビルは、青い空をも黒く写し変える。 あんな目立つところ、何もないはずがない。 そう思って色々調べていたわけだけど……。 お目当ての情報は確かにあのビルの事だったんだけど、でもその情報量は極めて少なかった。 極秘項目だらけ。 「…あーあ。」 私は椅子を軋ませて、背もたれに身体を預けた。 ふと、ユビキタスの装置を見遣る。 ピ、とボタンを押して情報検索。 離脱者リストを眺める。 ……セナちゃ、結構最初の方で離脱しちゃったんだよね…。 そんなことを考えながらぼんやりとしていた…その時。 プツン。 パソコンの電源が突然落ちた。 部屋は完全な静寂に包まれる。 …うそ…、……なんで…? トゥルルルル 「!」 突然鳴った、電話の音。 心臓の動悸が早まる。 私は電話に近づくと、一瞬躊躇い、そして受話器を取った。 『ピーガガガガ♪ガガーガピー♪ガガガガー♪』 ……な、…何…? 煩わしい音。…これは音楽…? 昔のパンクとかロックとか、そういうのかしら。 …誰が…、…誰がこんなこと…。 「……誰なの…?」 私は膨らみすぎた恐怖心のあまり、電話の受話器に向けてそう尋ねた。 ――その答えは、意外なところからあった。 「あたしよ、杏子。」 「!」 真後ろ。都の声。 「振り向かないで。撃つわよ。」 「……。」 そうか…この電話を聞かせることで、都が部屋に入る際の小さな物音を消したんだ。 ………やられた…。 「ホント、このゲームってイヤね。大切な親友までも殺さなきゃいけないなんて。」 「……こ、…殺さなくても…いいじゃない…。し、親友なら……」 「もう遅いのよ。…あたしは、和葉を殺した。大切な大切な…女の子をね。」 「………。」 都、彼女はとても優しい人だけど… ―――時に、とても残酷だ。 「バイバイ、杏子。」 「…!」 身体中を、小さな小石が突き抜けたような感覚があった。 ……バイバイ、都。 「杏子さん…!」 「あ…、…セナちゃ…。」 ぼんやりとした頭で、見慣れた顔を見つめた。 現実に戻ってきたんだ。 ……都に殺されて。 「………。」 セナちゃは言葉が見つからないような様子で、私の隣の椅子に腰を下ろした。 「ねぇ、セナちゃ…」 「…うん…?」 「………怖かったよ…。」 「……うん…。」 あたしは甘えるように、セナちゃの肩を抱き寄せた。 途中経過 あぁ……どうしようぅ………。 私―――逢坂七緒―――は、最初に潜んだ民家から一歩も外に出ていなかった。 どうすればいいのか……。 武器はチェーンソーだし……、こんなの使えないし……。 窓のカーテン越しに差し込む光りが、昼時を告げていた。お腹空いたかも…。 丸机に突っ伏して、私は途方にくれていた。 あ、そうだ。台所に行けばまだ食べるものがあるはず。探してみよう。 ……そう思って立ち上がった、その時…。 ガララッ。 「…!」 ……この家の玄関が開く音…。 …うそ…うそでしょ…誰なの…!? 私は咄嗟に、部屋の隅にある机の下に潜り込んだ。結構奥深いから、のぞき込まない限りはわからない…と思う……。 廊下を歩く足音。そして…っ…。 ガチャ。 すぐそば…つまり、この部屋へ入るためのドアが開かれた。 怖い…、…怖い……っ!! 「……誰かいるの?」 気づかれた?なんで…っ…? あ。しまった、鞄とか武器とか全部置きっ放しだ…! 「――誰なの…?」 この声は…、…Minaさんだ…。 ど、どうしよう…、……殺されちゃうかも…。 ……戦わなきゃ…、……あたしがやらなきゃ! グゥゥ! ……!!!! さ、最悪!こんな時に鳴らないでよ、お腹! すぐ、だった…。 あたしが潜んでいる机の下を…のぞき込まれたのは。 「!」 Minaさんと目が合う。 「七緒…さん…。」 「…あ、……ぁぅ……。」 「一人なの?」 「……」 私は言葉を発することが出来ず、小さく頷いた。 「本当に?…あたしも一人なの。…良かった、すごく心細くて…。」 あ…。 …Minaさんの目から…涙が……。 私の姿を見て、安堵しきった様子で…。 「Minaさん…」 私もその様子に安堵し、机の下から這い出た。 Minaさんは私を抱きしめ、 「…良かった…、…ね、一緒にいよ。…一人じゃ、怖くて…。」 そう言って、更にぎゅっと抱き直す。 「…はい…、…こちらこそ…お願いしますっ…。 ……あ、…私、謝らなきゃいけないことが…」 「なぁに…?」 「私、…す、すごく怖くて…、…Minaさんのこと、殺そうって思った…、で、でも今は絶対に違うから!だから、…ごめんなさい!」 「……いいのよ…。」 ……あ、……あれ? 首のところが…なんだか…。 冷たい、のかな――? 何かが…首にのめり込んでくるんだけど…。 「…あたしも、七緒ちゃんのこと殺そうと思ってたから。」 「…………!」 ほんの一瞬、すごい量の血がでて…すぐに消えた。 七緒ちゃんの姿は消え、代わりに墓標みたいなものが出来た。 あーあ…やっと一人目か。全然点数貯まってないじゃん。 あたし―――鬼塚箕ナ―――は肩を竦め、手にした鎌を振った。…まぁ悪くはない武器よね。 ちょっと使いにくいけど。 ……んー、七緒ちゃんの武器ってチェーンソーだったんだ。…これはちょっと使いにくいなぁ。 ……今、昼過ぎか…。 …昨日の夜、あんまり寝れなかったから…ちょっと休も…。 「…っ…、…ん……」 「伊純…、…大丈夫?もう起きれる?」 「あぁ、大丈夫だ。……心配かけた。」 あたし―――佐伯伊純―――は、未姫に肩を借りてベッドから下りた。まだ、ちっと身体が痛む……。 「あんまり無理しちゃだめよ?」 「わかってる。でも大丈夫だって。……未姫くらいなら守れる。」 「……本当?」 「…ああ。」 不安げな未姫。……本当にこいつは、孤独が嫌なんだ。……嫌ってレベルじゃない。恐怖症くらいある。 「……そんな顔するな。」 あたしは未姫の頭を抱いて、くちづけた。 「ん…、…」 未姫の悩ましげな吐息が何とも良い。 「……行こう。」 未姫から離れ、既に整理してあった荷物の中身を簡単に点検した。 「今からどうするの?」 「……二丁目に気になるところがある。」 「二丁目…。」 「……行こう。…な?」 「…………。」 あたしの誘いに、未姫は首を縦に振らなかった。 「…未姫。じっとしてても危険だ。」 「…でも…、…怖いの…。…伊純…、そばにいてほしいの…」 「わかってるよ。そばにいる。守るから…。」 あたしが説得しても、未姫は何も言わなかった。 困惑していると、…未姫は言った。 「…わかった。じゃ、伊純のこと信じて、一緒に行く。……でもね、その前に…一緒にご飯食べてから行こう。腹ごしらえしなきゃ。ね?」 未姫は強がるように微かに笑んで言った。 ……本当に怖いんだな。 「…わかった。」 「じゃあ、作って来るから。待っててね。」 「ああ。」 未姫はまた小さく笑み、民家の台所へと向かった。 ………あたしは一人になり、ベッドに寝転んで考え事をした。 ……未姫が首を縦に振ってくれないのは、あたしを信じてないからだ。でも、それは信じてない未姫が悪いんじゃなく、信じられない人間であるあたしが悪い。 ……でも、人間は絶対っていう約束を出来ない。 きっと未姫の旦那だってそうだったんだと思う。 …………どうすれば……。 ……出来る限り、やれる限りやるのが一番かな。 あたしは未姫を愛してるし、何よりも大切な存在だって思う。だから…。 …………命がけで、守ってやる。 「お待たせ。簡単なのにしちゃった。」 「…カレー?」 「うん。レトルトなんだけどね。」 そう言って、ほかほかと湯気の立つカレーを机に置く未姫。 レトルトの意味がよくわからなかったが、とても美味そうに見える。 「食べよ。」 未姫の笑みに、あたしも小さく笑んで答える。 「いただきますっ。」 スプーンで掬い、食べる。 「………んまいっ。」 「…ふふ、本当?ありがとう。」 未姫はうれしそうに笑み、自分のカレーを食べる。 …あの笑みが…心から好きだ…。 「未姫は料理の天才だな。」 「…そんなことないよ。……そんなこと…」 …未姫の笑みが僅かに陰った。 ……その時…、 「ゲホッ!うっ…、く…!」 未姫が多量の血を吐いた。 「未姫?!」 「……最低の…料理人よ……。」 突然、なんとも言えない気分の悪さが込み上げた。 「ゲホッ…、ガッ…!」 咳き込むと、…あたしの口からも血が…。 「………ごめんね…伊純……。」 がしゃん!! 未姫が、カレーの皿の上に倒れ伏した。 血とカレーでベタベタだ…。 ………あたしもヤバイ…。 ふっと身体の力が抜けて、カレーの皿に突っ込む前に意識が暗転した。 「くぉらぁッッ!!!!未姫ィッ!!」 会議室。戻って状況把握に数秒。 ……把握出来たところで、あたしは怒鳴った。 会議室にいる全員があたしに注目する。 「ご、ごごごめんなさい…伊純……」 横に座っていた未姫が、涙目で謝る。 「現実世界であんなことしたら、絶対に殺すからな!こぉのバカ!心中なんて……!!」 ――回りの突き刺さるような視線に気づいたのは、この時であった。 「…し、心中……したんだ…。」 「……熱いねぇ…。」 「ラブラブだぁ。」 ………。 「う、うるさい!人の話を勝手に聞くな!特に冴月!」 「なんで特にあたしなのー?!」 「なんででもだっ!」 ……あー、くそ。頬が熱い! …くいくい、と服の裾を引っ張られる。 「あぁ!?」 「………伊純、……、……キスして…」 「……は…?!」 「…お願い…ねぇ…ねぇねぇ……。」 ……よくわかんないが、未姫は本気らしい。 あの世界いて、不安だったんだろう。 け、けどなぁ、この状況は…。 ……横目で回りを見回す。視線視線視線。 ………。 …………プチ。 「はーもう、なんだってやってやるよ、ちっきしょう!」 あたしは真赤になりながら、未姫に情熱的なくちづけをした。 ……本音を言えば、あたしもキスをしたかった。 人目なんてどうでもいい。 唯、未姫が愛しかった。 『現在、二十名の離脱者を確認。プログラムX0を起動します。』 ……来たわね。 『現時刻午後十五時三十分から一時間後、午後十六時三十分から終了まで、エリア二丁目にある『エントランスタワー』以外の全域が禁止区域になります。その時間帯に禁止区域にいた場合、自動的にユビキタス装置が爆破されます。』 ……以外の全域。予想通りね。 私―――珠十六夜―――は、薄く笑み、キーボードを弾いた。 最初にこのタワーにたどり着くのは誰かしら? ……尤も、一番最初に此処にいるのは私だけど。 どこよりも注目度が高い故、全員が最初に此処に来ることはなかった。 皆が町中で殺し合いをしている間、私は優雅にこのビルで過ごさせて戴いたわ。 ……美憂も来てくれれば、良かったのに…。 …残り十名。 まとめておきましょう。 まずは私、「珠 十六夜」。 現時点での殺害者はゼロ。 それ以前に誰とも接触してないのだけどね。 戦闘経験は皆無に近いけれど、遠隔操作には自信があるわ。 次に「乾 千景」。 現時点での殺害者、一人。 戦闘経験は、職業柄結構ありそうね。 持っている武器にも寄るかしら。 次、「鬼塚 箕ナ」。 現時点での殺害者、一人。 戦闘経験はありそうね。 元軍人というのがキーポイントかしら。 次、「真田 命」。 現時点での殺害者、一人。 戦闘経験、あるみたいね。 彼女は鎌での戦いが得意だった筈。拳銃なんかはどうなのかしら…。 次、「勅使河原 玉緒」。 現時点での殺害者、ゼロ。 このコが残ってるのはちょっと意外ね。 けど、戦闘経験はそれなりにあるみたいだし。 推測しにくいわね。 次、「萩原 憐」。 現時点での殺害者、一人。 戦闘経験アリ。 殺伐としたコよね。…危ないかもしれない。 次、「伴 都」。 現時点での殺害者、三十人中最も多い三人。 戦闘経験も豊富。 かなりの要注意人物ね……。 次、「御園 秋巴」。 現時点での殺害者、ゼロ。 戦闘経験は豊富みたいね。 伴サンと似たタイプかしら。…おそらく、伴サンの方が数回り上を行っているでしょうけど。 次、「水戸部 依子」。 現時点での殺害者、二人。 このコのデータがあまり無いのよね…。 二人も殺してるんだから、それなりには強いみたいね。…要注意。 次、「三宅 遼」。 現時点での殺害者、一人。 戦闘経験は豊富…迄は無くても、一般以上ね。 残った十人中の最年少。どこまで頑張るかしら。 ……以上十名。 ピッピッピッ レーダーが反応した。入り口から、誰かが入ってきた合図。 …いよいよね。 入り口は二つ。 正面から堂々と入るのと、裏口から入るのと。 あたし―――乾千景―――は、数秒間だけ道に立ち止まって考えた。 結果、裏口から入ることに決めた。 今の時間は十五時三十五分。 ユビキタスにメッセージが流れてから間も無く、あたしはこのビルのそばにいる。 すぐそばの民家に潜んでいたからだ。 多分、まだ誰も来てない。 待ち伏せされることはないだろう…。 ……むしろ、後ろから来る可能性が高いので、さっさとビルに入ってしまう必要があった。 あたしは小走りでビルの裏口にたどり着くと、静かにその扉を引いた。 銃を構えるのも忘れない。 ……幸い、人の気配はない。 あたしはビルの中に滑り込むと、扉を閉め、銃を構えたまま奥へと向かった。 シンとした冷たい空気。 あたしの気のせいかもしれないが、何か張りつめたものを感じる。 細い通路を少し奥にいくと、左右にいくつかの扉があった。その扉には、「給湯室」だの「お手洗い♀」だの「お手洗い♂」だの「宿直室」「託児室」「和室」……色々あった。 十字路もあったが、あたしはまっすぐ進むことにした。 細い通路もう少し進むと、とても広い空間に出た。多分、ビルの中央だろう。上まで吹き抜けになっている。 ちょっとした木が植えてあったり、そして真ん中にはプールまである。……すごい。 ……こんな目立つ所にいちゃ見つかるわね。 あたしは回りを見渡し、ここから五つの通路があることを把握した。 今来た道、それから丁度正面にある道。これは正面玄関の方に続いてるんだろう。 それから左側にエレベーターと階段。 そして右側の隅の方の目立たない扉。 ……目立たない扉。あたしはこれに注目し、扉の前までやってきた。 引いてみる。………開いた。 中は薄暗い倉庫兼通風孔みたいな感じ。 絶え間なく風が吹いており、心地よい。 ふと上を見ると、これがずいぶん高いことに気づく。最上階まであるのかも……。配管を伝って行けば上まで行けるのではないだろうか。………といっても、そんな勇気があればの話だけど。 あたしはしばらく、この薄暗い空間に潜むことにした。配管の丁度陰になっている窪みに滑り込む。そこで身を落とすと、あたしは一息ついた。 ……ふと、ユビキタス装置の情報を見た。 残っている10人を見ておこうと思ったのだ。 …しかしあたしは、とある離脱者に目が止まった。………佳乃。 結局会えなかった。…守ってやれなかった。 悔しい……。 ……佳乃、あたし頑張るからね。 佳乃の分も、生き残るからね。 ……待っててよ。 「はぁっ…はぁっ…はぁっ!」 あたし―――三宅遼―――は、これまでないって程走っていた。とにかくとにかく走っていた。 ……今のままじゃ、戦えないからだ。 弾切れ。 爆破に巻き込まれて、それからどっかの民家に倒れ込んだ。ずっと寝てたみたい。 …目が覚めると、離脱者がめっちゃ増えていた。 身体中が痛んで、しばらくじっとしてた。 でもこのプログラムの発動で、そうもいかなくなった。 ヤバイ。銃弾なんてどこにあるんだろう? ……町中にあるとは思えなかった。 それなら、この場違いなビルにならあるかもって思った。 あたしは急いでビルに到着すると、一気に突入し階段を上り始めた。 何階にあるかなんてわかんない。 けど、きっとどっかの倉庫にあるんだ…! ……そう思わないとやってられない。 何階目かの階段を駆け上がっていた時、何かの物音にあたしは立ち止まった。 ウィーン……低い機械音。 次の瞬間、 シュー ウゥーン ……エレベーター! 今のは扉が開く音。つまり…、……あたしのすぐそばに、誰かがいる。 ……あたしは階段の踊り場で凍りついた。 …来ないで…、……来ないでっ…。 足音が響く。 反響のせいで、どこで鳴っているのか特定出来ない。 カッ! …! すぐ近くで靴音が聞こえた気がして、あたしはその場から下の階へ向かって駆け出した。 怖い…こわいっ…! あたしの今の靴音で、向こうも気づいたみたいだった。……追ってくる。 パン!! …銃声が響いた。 威嚇?! ……相手は銃を持ってる。ますますヤバイ! その時だった。 あたしの動揺が身体に現れたかのように。 …あたしは足を絡ませ、転んだ。 ……目をつぶる。 ガシャン!! ……どこかに激突して、身体中が痛んだ。 ……… …… … ………あれ? 身体中は痛んだものの、致命傷はちっとも受けてない。……追手、どこいった? ……っていうか、ここどこ…? …薄暗い狭い部屋。 倉庫みたいだ。 置いてある箱をチラリと見遣って、…あたしは目を見張った。 『銃弾』! 急いでその箱を開けると、クッションに埋め込まれた銃弾の数々。あたしはそれを自分の銃に充填し…、…笑みを浮かべた。 …これで…戦える! さて…この部屋から出なきゃいけない。 薄暗い中で、四角形に光りが漏れている所がある。これが扉か。 あたしは扉をそっと引いた。 ……うん、…開いた。 警戒して、外に出……… 「………?!」 「……ハァイ、遼サン。」 「な…っ…」 あたしはその部屋から出た瞬間、…銃を突きつけられていた。 「驚いたぁ?」 彼女はクスクスといたずらっぽい笑みを浮かべる。…しかしその表情とは対照的に、身体中に酷い怪我が…火傷が、たくさんあった。 「………。」 「…そんな恐い顔しないでよ。」 「………殺すなら、さっさと殺せば?」 「…それがご希望?」 …背筋に寒気が走った。 この女…容赦とかそんなの絶対ない。 「…………」 身体中が震え、言葉が出なくなった。 「…じゃ、希望通り殺してあげるわ。」 「…、……、……!」 パン!! 鋭い銃声に、あたし―――勅使河原玉緒―――は足を止めた。階段を上ってて……銃声がしたのは、階段の上の方。 うーんと。上るのやめるべきだよね、明らかに。 まだ二階だから、一階に戻って考えよう。 あたしはテクテクと階段を下り始めた。 ……その時。 本当の本当に突然だったの。 油断してたわけじゃない。 本当に突然だっただけ。 突然……… 「フーッ…フーッ…フーッ……」 …ジェイソンが現れた。 お面に、チェーンソー。 ……あ、…ああああ……、ああ…、…あ…? 「っ…きゃああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」 あたしは悲鳴を上げながらUターンし、階段を駆け上がっていた。 「フーッ…フーッ…フーッ……」 こ、恐すぎる…。 「うわああああああんっっ!!」 ジェイソンはあたしを追ってくる。 「いやあああああああああ!」 あたしは逃げる。とにかく逃げる。 ……階段の上の方に、女性の姿が見えた。 「依子さぁんっ!助けてぇぇぇぇぇ!!」 「………はぁ!?」 後々思えば、この時依子さんに撃たれてれば終わりだったんだー…。 あまりのあたしの慌てっぷりに、呆気に取られたみたい。 あたしは依子さんに駆け寄る。 ジェイソンが近づいて来る! ゴン。 依子さんは手にしていた猟銃でジェイソンの頭を殴った。 ……ジェイソンは階段から落ちて…。 「し、死んじゃったんじゃ!?」 「みたいね。」 依子さんは肩を竦めて、階段の踊り場に落ちたジェイソンに近寄った。 猟銃をジェイソンに構え、足でお面を剥ぎ取る。 「……み、箕ナ!?」 あたしは驚きの声を上げた。 あ、あのジェイソンが…箕ナだったなんて! 「あーれ?死んでないのかな?」 依子さんは不思議そうに、箕ナの姿を見る。 その時! ガッ! 「わ…?!」 突然、箕ナが依子さんに足払いをかけ、依子さんはバランスを崩して倒れ込んだ。 「覚悟!」 ギューン…!! チェーンソーが依子さんに近づいて…! あたしは目を閉じた。 耳を劈くような悲鳴が聞こえ…、…… ………。 ……。 「……タマちゃん。目ぇ開けていいよ。」 「ふあ……!」 箕ナに言われて目を開く。…そこには… 「……そんな繊細じゃ、戦場ではいきていけないよ。」 「ひっ…」 またお面を付けた箕ナがいた。 そして、依子さんが持っていた猟銃を、あたしに向けて構えていた。 「……今のあたしは箕ナじゃない。…殺人鬼ジェイソンよ。」 赤い点が奥の方でじっとしてる。 あたし―――萩原憐―――は薄く笑むと、エントランスの隅にある扉を押した。 誰がいるんだろうな。 こんなところで潜んだって無駄だ。このレーダーには、しっかりと所在が示されてるんだぜ。 中は薄暗く、上に広い倉庫のような場所だった。風が吹いてる。 あたしは足音を忍ばせ、静かに赤い点に近づいていった。 気配を感じる。 あと5メートル。 あたしは配管の上によじのぼり… 一気にいった。 配管の窪みに人影。…動いた。 「出てこい!」 あたしは叫び、地面に降り立つと、人影に向かって走った。 …刹那、嫌な予感を感じて横に飛んだ。 それと、銃声とはほぼ同時だった。 ………相手の武器は拳銃かよ。ちきしょう。 だが、近距離ならこっちが有利だ! あたしはダッシュで間をつめた。 「っ!」 「千景か!」 ようやくその姿が見えた。 …千景に拳銃だと? ……こりゃ、本気出さないとヤバそうだね。 あたしは日本刀を振った。ビュン、と鋭い音を放つ。 「憐っ…、…本気みたいね。」 「当然!」 間髪入れず攻撃! 千景は避けやがった。 パン!! しかもこんな近距離にも関わらず、発砲する! ヤバイ!!! 無謀だがこれしかなかった。刀を盾にする。 ………無謀な賭けに勝った。 キィン!という耳障りな音と共に、刀を持つ手に激しい重みを感じる。 避けた!…自分でも信じられない。 「うおおおおっっっ!!!」 このチャンスをふいにするようなバカじゃない。あたしは一気に千景に攻め入ると、剣を振るった。 しかしっ! キィン! ……信じられないことに、千景は拳銃であたしの攻撃を受けとめた! 「………運だけはお互いにいいみたいだな!」 「…まったくね。」 攻撃が当たらない。千景って…こんなに強かったのか…!? 「ふっ、…てゃぁっ!!」 刀は空しく空を切る。 千景が放って来る銃弾も、空を流れていくのみだ。 ……泥沼戦だった。 …しかし、そんな戦いにも終止符が打たれる時がきた。 「憐、そろそろ終わりにしましょ。」 「……どうやって?」 「あたしが終わらせる。」 「どういうことだ!」 びゅん!! もう何十回目だろうか、この刀が空を凪いだのは。…その時だった。 びゅん!! とてつもなく速い攻撃だった。 ……反応さえできなかった。 「ぶっ…!?」 額から目にかけての辺りに強烈な痛みが走り、あたしは地面に仰向けに倒れた。 い、今のは……まさか…! 「くらったでしょ?必殺、拳銃投げ!」 ……きっと、脳震盪を起こしてる。 起き上がれない。 身体が、動かない…!! 「じゃあね、憐。」 千景はおもむろに拳銃を拾い上げ、 ……あたしの額に、それを突きつけた。 パァン!! 少し湿っていて、上に広さのある此処では、銃声がよく響く。 間も無く、手首のユビキタスが点滅し『萩原憐・離脱。』のメッセージが表示された。 微かにここまで聞こえていた二人の声。 やられたのが憐ちゃんってことは、やったのは千景ちゃんか。 人数減ってきたねー。 私―――御園秋巴―――は、通風孔の最上部の配管に座り、足をぶらぶらさせていた。 そろそろかな。 ―――都を探さなきゃ。 すぐ下の配管にストンっと降り立つと、身軽に配管をいくつか飛び、建物の内側へとつながる扉の前に立つ。 扉越しに気配を探る。…気配はない。 それでも用心して、静かに扉を開く。 都なんかなら、気配を消すくらい造作ないことだから。 そんな危惧も無駄に終わり、明るいビルのそこには誰の姿もなかった。 今まで暗い場所にいたせいか、妙に明るい。 小さく目を細め、これからどうすべきかを考える。 腰に装着した武器。エアガン。 これで致命傷に至らせる事は難しい。これである程度のダメージを与えた後、素手で相手を殺す必要がある。 ……都に勝てるだろうか。 ……そんな不安感を打ち消すように頭を振り、私は前進することにした。 馬鹿と煙と策略者と怪盗は高い所を好む。 階段を登り始めてすぐ、いくつもの『墓標』を見つけた。 遼ちゃんと、依子ちゃんと、玉緒ちゃん…。 同一人物に殺されたのだろうか? ユビキタスで情報を検索すればそれがわかるんだけど、そこまでの余裕はない。 今は気にせずに上に向かうことにした。 …この階段を上ると、最上階に着く。 そんな時だった。 突然、最上階へ続く階段の出入り口のシャッターが下り始めた。 「なッ!」 咄嗟に地面を蹴り、シャッターの下に滑り込む。 ある意味油断である。滑り込んだ刹那に銃を向けられれば、一環の終わりだ。 都ならやりかねないんだけど、幸い、かろうじて滑り込んだ最上階のフロアには、誰もいないようだった。 ……今のは一体どんな意味があるんだ? 最上階に来させないようにしたか、あるいは…閉じ込められたか。 通風孔も、最上階の一つ下の階までしかない。 ……ま、後ろが閉ざされた以上は進むしかないよね。 ……その時だった。 ガシャアアン!! 硝子の割れるような音が聞こえた。 間違いなく、この階で起こったことだ。 こんな派手な事するのは…、……都って可能性が高い!! 私は音のした方へと走った。 最上階の、奥の奥だ! 途中経過 Next → ↑Back to Top |