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15girls In 東京市 番外編 東京BATTLE ROYAL「怪盗Happy、参上!」 硝子を蹴破っての登場。 フフン、実にHappyらしい登場の仕方だわ♪ あたしは民家からパクったバイクを改造し、かなりのハイテクマシンを製作した。 それで一気に『エンペランスタワー』の外側を重力に逆らって駆け上がり、最上階の制御室と思しき場所に突入した。 ハイ、見事ビンゴ。 機械類の並ぶ部屋。そして予想通りにそこにいたのは…十六夜サン。 驚いた表情の十六夜さんに、銃を向ける。 制御室といえば十六夜さん。1+1=2よりも遥かに簡単な公式なワケ。 「……さすがは都さんね。」 彼女は焦った様子であたしを見つめる。 「そうでしょ。あぁ、今は都さんってより、Happyって呼んでもらえると嬉しいかな。」 「……Happy。」 バァンッ!! 突如、制御室唯一の扉(あたしが入ってきた窓はもちろん除く)…が、大きな音を立てて開いた。いや、蹴り開けられた。 チャッ! 扉の向こうには銃を構えた人物。 「…やっぱりHappyか。」 「…来てくれたのね、FB。」 私達は互いに銃を向け合い、言葉を交わす。 十六夜さんは制御室のメインコンピューターに向かったまま、動かない。…もちろん、動けばそれなりの事はするんだけどね。つまり、動けない。 秋巴は銃を構えたままで云った。 「Happyを倒す事だけが、私の目標だよ。」 あたしも銃を構えたまま、薄く笑んで返す。 「…それで、一度も手を汚してないわけね。あたしと戦う前に、他の誰かに殺されちゃうんじゃないかって?」 するとFBは僅かに眉を寄せ、 「別に恐かったわけじゃない。万が一を考えてだよ。」 そう云った。ちゃんちゃらおかしい。 あたしは鼻で笑ってやった。 「そんなんじゃ、あたしの足下にも及ばないわよ。Happyは万が一なんて無いもの。…絶対的な成功よ。」 FBは表情を曇らせる。…怒気をはらんだ表情。 ……そろそろ来る! 「それは…私に勝ってから言うべきだ!」 トンッ。 撃ってくると思って身構えたのに、FBは後ろに飛んだ。逃げるわけはない。誘っているのだ。広いスペースで戦いたいのか…それとも、何か罠があるのか。 あたしは色々な危惧を考えながらも、ひとまず十六夜さんの背中に銃口を向けた。 「とりあえず、さよなら。」 「!」 ダダダダダ!!! 十六夜さんの背中に銃弾が食い込み、そして彼女の身体は床に崩れ落ちた。 あたしはそれだけ見届けると薄く笑み、そしてFBを追った。 きゅっきゅっきゅっ……。 拳銃を薄い布できれいに磨く。 銃ってやつは、愛情を注げば注ぐ程手にシックリと来る。この拳銃、いっつも使ってる分と型はまったく同じなのに、なんとなく上手く撃てない。さっきの憐との戦いではっきりした。だから、丁寧に磨いてやって、愛しんで、慣れようと。 あたし―――乾千景―――は、『会議室』の奥で一人。扉のカギは閉めてるし、安全だと思う。これだけ部屋の数があるビルなら、そう簡単に誰かと遭遇したりもしないだろうし。 …そう、あたしは完全に安堵しきっていた。 カギがあるっていう、ほんの些細なことで。 くるくると回る椅子に座って、拳銃磨きを続けながら会議室を見回す。くるくる。 …ふと、背後の壁面に絵が飾ってあるのに気づいた。油絵とかいうやつだった。立体感のある町並。 ――すっかり見とれていた。 キィ。 ……小さな物音に、何気なく振り向いた。 けれどパッと見た感じでは特に変わったこともなく、あたしは気にせずに絵に戻った。 その時。 ダンッ!! 突然大きな音がして、あたしは本気で驚いた。…その拍子に、銃を落としてしまったのだから。 振り向いて、息を飲んだ。 会議室の丈夫そうな木の机の上に、大股で立っているその姿。白く無表情なお面。微かに漏れる、荒い吐息。………その手には、凶暴そうなチェーンソー。 話くらいは聞いたことがある。 十三日の金曜日……ジェイソン。 「っ!」 あたしは立ち上がり、慌てて腰のショルダーに手を伸ばしたが、ショルダーは空っぽだった。 そうだ…落としてしまったんだ。 あたしの拳銃…どこいったっ……!? ガッ! 机が激しく軋んだ。 あたしは振り向きざま、反射的に飛びのいた。 キュゥゥゥゥゥゥン! チェーンソーが壁を削る。 ジェイソンは壁に食い込んだチェーンソーを抜き、またあたしに向かって来る。 …ビュン!! 空を凪いだその被りを見て、ジェイソンが生半可な実力だとは思えなかった。かなりのつわもの。長い期間の鍛練でもないと、ここまで人間の身体は強くならない! ………その時、ジェイソンの足下に落ちている物に気づく。あたしが今何よりも欲しい物…拳銃が! 運悪く、ジェイソンがそれに気づいた。ジェイソンが拳銃を拾い上げる。 ……! 逃げなきゃ!!! 今頃、そう気づいた。 あたしには……武器がなにもない。 パン! 聞き慣れた銃声。 でも今はあたしが放ったんじゃない。あたしに向けて放たれた。 「っ!」 …逃げなきゃ… ……逃げなきゃっ…! パンパンパン!! ………生きなきゃ…! パンパン! 「!」 制御室から出て細い通路を行くと、赤い絨毯が敷きつめられたホールになっていた。おそらくここが中央部なのだろう。その更に中心は、円を描くような黒い壁。 あたし―――伴都―――がホールに出た瞬間、銃声。咄嗟に飛んだ。 銃弾は避けたが、あまりに突然だったのでどこから飛んできたかまではわからなかった。 前後左右上下全体に注意を配る。 どこから来る…!? ……ひゅっ。 微かな落下音。見逃すわけがない。 上! 微かに過った人影に、容赦なく撃つ! ダダダダ!!! ……その瞬間、妙な悪寒が走った。 ギィン! 斜め後ろ…もしくは横。 手にしていた散弾銃に激しい重圧がかかり、あたしの手から吹っ飛んだ。 あたしは怯むことなく、その体勢からハイキックを放つ。 「わ…っ」 案の定、あたしの後ろにいたFBは、突然の不意討ちでバランスを崩した。 「せぇぇい!!」 迷わず放つドライブシュート! 振り上げた足は、見事にFBの銃を吹っ飛ばした。…よし、これで互角! …という僅かな油断が命取りになる。 ドライブシュートを放った足を、FBにつかまれた。 「ノォッ!!」 ビックリ。 かなり強引に、あたしはFBに投げ飛ばされた。背中を床に打つ。 ぐっ、と重い重力があたしの身体に圧し掛かる。 あ、足が…ッ! 「Happy、今日こそは負けない!」 FBはあたしに馬乗りになり、首を絞めた。 ……っ…く……!! もう、勝機が… ……… …… … ………あった。 あたしはある物を見つけ、僅かな可能性にかけることにした。 むにっ。 「!」 あたしはFBの胸を掴むと、愛撫するように揉んだ。瞬間、あたしの首を絞めるFBの手の力が抜ける。 「甘〜い!」 あたしは勢いをつけ、FBの頬に強打を浴びせた。もちろんパーじゃなくてグー。 「っ!」 FBは僅かに眉を顰めるが、あたしに馬乗りになっていることには変わりない。このままじゃやばい。……でも、あたしは勝つのよ! せーの… ぶんっ!!! ……あたしは思いっきり勢いをつけて、横向きになった。 「わ…!」 FBはバランスを崩して横に…… ガシャアアアアアアン!! 「………!?」 ………………。 …落ちた。 真っ黒の壁…いや、硝子を突き破って。 何が起こったか…という表情のまま、FBは、黒い硝子を突き破って…向こうへ。 あたしは息をついた。 ……首に手を遣る。じんじんと痺れたような感覚。 足も…なんだか痺れてる。捻挫でもしたかな。 強かったよ、FB…。 あたしは割れた硝子をのぞき込んだ。 予想通り、吹き抜けになってる。一階にはプールがあるのね。 ……FBの姿は見当たらない。ちょっと安心した。この高さから落ちて…どんな風になるか。 ユビキタスにメッセージが流れた。 『御園秋巴・離脱。』 さて、後は… ドンっ ――――えぇ…?! 瞬間、何が起きたか全くわからなかった。 あたしの身体は宙に投げ出されていた。 …後ろから、誰かに押された。 誰に…!? ―――その時、あたしは気づいた。 珠十六夜・離脱…というメッセージが、流れていないことを。 すごい速度で落ちながら、あたしは咄嗟に目の前の壁を蹴った。 ふわりと移動する身体。 これが幸いした。 ザッパアアアアアアアアアアアアン!!! あたしは大きな水音を立て、プールに落っこちた。 身体中を激しい重圧が襲う。ゴボゴボと泡になって、あたしの肺から空気が抜けていく。 懸命にもがくが、服の重みでなかなか浮き上がらない。皮のつなぎなんて着るんじゃなかった! ザバァッ ……あたしはかろうじて水面に上がると、その空気を目一杯吸った。 「はっ…、あ…、……かはっ……!」 ひどく消耗している。 プールサイドにようやくたどり着き、冷たい床に身を寄せた。身体が重くて…泣きそう。 …本当に、ひどく消耗してた。 すぐそばにある殺気にさえ、気づけない程に。 あんなところに獲物が。 あたし―――ジェイソン―――は、プールサイドに横たわる人物に気づいた。 死んでる……わけじゃないよね。 なんであんなところに。 ゆっくりと近づいていくと、それが都さんだってことがわかった。――あの都さん? ………やらなきゃ。 そこらへんの女の子殺すより、よっぽど名誉だよ。都さんを…やれば……。 あたしはそう思うや否や、彼女に向かって駆け出した。 ……軍人。 この時だけは、ジェイソンじゃなく、軍人に戻っていた。 「Mina!大尉の首を取れぇぇぇ!!」 「アイアイサー!!」 タッグを組んでいた男とあたしは、ラッキーにも敵軍の大尉の姿を発見した。当然、あたしたちが選んだのは強襲。 あたしと男は、大尉のそばまで一気に接近した。 ……しかし、その瞬間……なんとも言えない恐怖を感じた。 敵軍の大尉……あの男は強い…! タッグの男が飛び出した時、あたしは立ちすくんでいた。 …………そして、大尉は呆気なく死んだ。 その後、タッグを組んでいた男はエリート街道に乗り、今では会うことさえ滅多にない、幹部になった。元々戦争の才能がある男だった。 それに引き換え、あたしは… ………あたしは……。 ……………あたしだって…、…強い人間の首を取ってみたい。…取ってやる…っ……!!! 「うあああああああっっっ!!!」 チェーンソーを振りかぶり、都さんへ向けて駆ける。 今頃あたしに気づいた彼女は、恐怖に凍りつくだけだった。 死んでもらうよッ、あたしの手柄になるのよ!!! ………ヒュンッ。 しかし。そのチェーンソーが都さんを切り刻むことは…なかった。 ガシャン。 床に落っこちたチェーンソーは、赤い絨毯を削る。その赤い絨毯に、赤黒い染みがついた。 ―――本当に強い敵は、背後、に。 あたし―――真田命―――が二階から放ったボーガンの矢は、ジェイソンの後頭部に見事に突き刺さった。ジェイソンはそのまま地面に倒れ伏した。 ザパァッ! 水音にプールの方を見やると、都さんがふらふらしながらも逃げようとしている姿。 まぁ…いっか。あたしの目的は都さんじゃないし。 ユビキタスに流れたメッセージ、『鬼塚箕ナ・離脱。』の文字を見て、ようやくジェイソンの正体がわかった。 さすがアメリカン、みたいな? ボーガンの矢を通す為に開けた穴から、改めて全体を見る。……特に目だったものはない。 あたしは立ち上がると、足で黒硝子を突き破った。割れた硝子が一階までサクサクと落ちる。 あたしは軽くジャンプすると、スタッと一階に降り立った。…あー、ちょっとだけ足が痺れる。ふかふかの絨毯だから大丈夫かなっと思ったんだけどね。 そして箕ナの死んだ場所に歩みよる。そこには今だにスイッチが入ったままのチェーンソーと、そして鎌。 ―――鎌。これが欲しかったのよ。 びゅっ。 鎌を振ると、心地よい音がする。 ……OK、…これで…! ダダダダダダダダダ!!! ――!!! 不意討ちなんて…卑怯、な…!!! 誰よ、散弾銃なんて撃ってくるのは!? …そんなことしたら、死んじゃう、じゃない……! あたしはどさりと、床に崩れ落ちた。鮮血を噴き出しながら。 それでも、鎌は手放さなかった。――戦いたかった、のに。 途中経過 「……はぁっ…」 私―――珠十六夜―――は、大きく吐息を零した。胸の奥に何か引っかかっているような、妙な息苦しさ。 …これが、人を殺めるということなのね。 手の中にある散弾銃。ずっしりと重く、硝煙の匂いがキツイ。都さんは、これを平気で使っていた。……そう思うと、先程自分が行なった行為……彼女を突き落とした事が、ひどく恐くなった。彼女はまだ死んでいない。…きっと…仕返しが…。 ユビキタスに命さん離脱のメッセージが流れた。 そして更にメッセージが…… 『現在、27名の離脱者を確認。プログラムXOを起動します。』 ……最後の…プログラム…? 『現時刻午後二十一時二十分からエンペランスタワー三階部以外の場所は禁止区域になります。開始は今から十分後の二十一時三十分です。また、制限時間が設けられます。制限時間内に勝敗がつかない場合、残った参加者に基本得点は与えられません。制限時間は今から二十分です。』 ………。 つまり、あと二十分の間に…決着をつけろって? ……。 ユビキタスの画面で、カウントダウンが始まっていた。赤い数字が点滅し、減っていく。 ……やらなくちゃ。 私は散弾銃を構え、階段へと向かった。 「はぁっ…。」 階段をたった二階分上がっただけで、息が切れる。ほんっ…とに体力を消耗しまくってる。こんなの初めてよ…。 重たい皮のつなぎはとっくに脱ぎ捨てた。 上はランニングで、下は短パン。 あまりにも、無防備な格好だ。 ………どうするつもりなんだろう、あたし。 あと17分。カウントダウンは進む。 これを止めたいの。……でも、どうやって止めればいいかわからないの。 生き残りたい。でも、武器が…無い。 あたしはふらふらしながら、三階のホールに足を踏み入れた。 ――人の気配はない。 まだ誰も到着していないのか、それとも既に誰かが奥にいるのか。 …どっちにしろ、ここで待ってても意味がない。あたしは三階の奥へと続く通路を歩いた。 ぴちゃっ。 ………あたしはイヤな感覚に、立ち止まった。 ありえない。ありえないけどこの感覚は間違いない。 せ、生理ッスか!!? 身体中びしょ濡れだってのに、こんな時に! イライラしながら、あたしはトイレに滑り込み、奥の個室に入った。 案の定の赤い血液。あーあ。応急処置としてティッシュを敷き、最後にトイレの水を流した。 ―――無意識に。 ザアアァァァ… その水音が想像以上に大きかった。 キィ… …と。入り口の方から、微かな物音。 ヤッバーーーイ!!!!! 十六夜さんか、千景ちゃんか。 どうする、どうすればいい…!? かなり狼狽しながらも、あたしは静かに向こうの気配を探った。 ゆっくり…こっちに向かって来る。 扉の側。 ―――来た、扉の前まで。 ………。 これっきゃないよね!!! バァァァン! あたしは思い…っきり、その扉を蹴り開けた! しかし。 チャキッ 相手も、予測してたのかもしれない。 すごい勢いで開いた扉を除け、…冷淡に銃口を向ける女性。 「…十六夜さん…。」 「………。」 彼女の表情は冷淡だ。まるでマスクのように。 しかし、銃を持つその手は…微かに震えている。 「……生きてたのね。…どうして?……あたし、確かに撃ったはずなのに…」 疑問だった。あたしの放った銃弾は、確かに彼女の背中に食い込んだ。 「………私の支給された武器はね、…防弾チョッキなのよ。」 「あぁ、なるほどね…。」 納得。まぁ、納得したからといって今の状況が変わるわけではないんだけど…。 「…………撃つの…?」 あたしがそう聞くと、彼女は苦そうな顔をしてうなずいた。 「撃つわ…。覚悟してね。」 「………。」 ………覚悟を決めた。 …その時……、………… 「…っ…、……げほっ…!」 咳をすると、喉の奥に張り付いていたものが出てくる。…血。真赤な血だ…。 あたし―――乾千景―――は吐き気に耐え、ようやく三階にたどり着いた。 ユビキタスを見ると、あと11分となっている。 足…腹部…肩…。 ……これだけ弾が命中してるのに…死なないなんてね。 ジェイソンも、急所くらい狙いなさいよ……っての……。 ふらふらと歩きながら、あたしは通路を入ってすぐの扉を開き、何もわからないまま中へと滑り込んだ。 ――倉庫みたい。 あと10分、長いなぁ…。 あたしは何やらの器具に寄りかかり、荒い息をつく。……ふと、倉庫の奥に更に扉があるのを見つけた。……そこには『危険物倉庫』と書いてあった。頑丈そうなカギが、下に落ちてる。…入れるってことか。 あたしはフラフラと壁伝いに、その扉の前に立ち、ゆっくりと開けた。 中は様々な異臭が入り混じっている。火薬の匂いが多い。 あたしは、ある箱を見つけた。木箱なんだけど、南京錠が掛かっている。 ……でも、その南京錠は外れていた。 あたしはそっと、その木箱を開けた。 ………。 その中身を見て、…考え直した。 もうちょっとだけ……頑張ってみるか…って…。 どぉおおおおおおおおおおんん!!!! 突然、激しい爆発音と共に、床が揺れた。 「なッ…!?」 私―――珠十六夜―――も、都さんもバランスを崩す。 地震のような揺れは続き、普通に立っていることさえも侭ならない。私は壁に手を付いた。そのまま銃を構えたままだと、尻餅をついてしまいそうだったからだ。 この状況じゃお互いに何もできないと思った。…それが迂闊だった。 「はぁっ!!」 都さんは気合いを入れ、私の方に向かってきた。 「きゃっ… ま、待って!」 そんな声も届かず、勢いのままに彼女は私を押し倒した。その拍子に散弾銃が床を滑る。 揺れが段々納まって来た。 「……十六夜さん…」 「…、…やめ…て…」 都さんはしばし私を見つめ、そして、静かにくちづけた。―― キス…? 数秒間触れ合った唇。都さんはやがて顔を唇を離すと…… 「…せいやぁッ!」 と威勢の良い掛け声と共に、……ず、頭突きを放った。 痛みこそしないものの、脳が揺さぶられるような感覚を覚える。 重力の変化で、彼女が私の上から退いたことを察する。 今の頭突きでくらくらして、視界もしばらくは暗かった。 ……数秒後、視界が回復した時には……。 「……ぁ、……っ…」 薄く微笑む都さんと、突きつけられた散弾銃。 「…ごちそうさま。」 彼女はそう囁くと、静かに引き金を引いた。 残り時間はあと5分。 今度こそは十六夜さんの離脱を確認し、あたし―――伴都―――は走っていた。 トイレを出ると、もうもうと煙が辺りを漂っていた。…只事じゃない。 煙の流れに逆らって進むと、ホールに出た。 「…千景ちゃん…、いるの…?」 あたしは警戒し、散弾銃を構えたまま辺りの気配を探る。 その時、… ドォォォン!! 爆発音と共に、吹き抜けの部分から真っ赤な火柱が上がった。 「千景ちゃん!?」 ……自分の身よりも、彼女の身が心配になった。当然、実際に死ぬわけではないけど…でも…。 「…都ぉ…?」 「!」 微かに千景ちゃんの声が聞こえた。どこからか、微かな声であたしの名を呼んだ。 「千景ちゃん?どこにいるの?…出てきてよ!」 「こっちよ…、…ごめん…行けない…。」 弱々しい声。 ……いけない。これ、演技かもしれないじゃない。油断しちゃだめよ、都! 千景ちゃんの声がした方へ、慎重に歩く。 ―――煙の向こうに、千景ちゃんの姿を見た。 「………」 …絶句した。 ……真っ赤な血液が…辺りに散乱して… 「千景ちゃん…!」 あたしは彼女に駆け寄った。 「……都…?」 千景ちゃんは血だらけの手をゆっくりと上げ、あたしを探すように上下左右に動かした。 「…千景ちゃん…、…目が…。」 千景ちゃんの目からは…血が滴っていた。 そこに黒目と白目の区別をつけるのは難しく、――正常に見える状態とは思いがたかった。 「……何も見えないの…、…何でかな…?煙が真っ黒なんじゃない…?…きっとそう…、…だよね……?」 「千景ッ…!」 あたしは彼女を抱きしめた。 …あたし…どうかしてた……。 どうして仲間達をあんなにも殺して、平気でいれたんだろう!? どうして、どうして悲しくなかったんだろう!? 「…都…、……もういいよ…、…早くあたしを殺してよ…。」 千景ちゃんの悲痛の願いに、あたしはうなずけるはずもなかった。小さく吐息を零し、話題を変えた。 「この爆発は…千景ちゃんが?」 「…ン。…さっさと死ねればいいかな、って。」 「このバカぁっ!!!」 あたしは怒鳴った。怒っていた。 「死んじゃだめよ…、…絶対に死んじゃだめ!」 あたしは千景ちゃんを強く抱きしめ、…言った。 「……都…、…?」 不思議そうな千景ちゃんを…ずっと抱きしめていた。 ユビキタスのカウントダウンは進む。 …あと三十秒。 もう…このまま終わっちゃおうよ…。 あたしも千景ちゃんも、0点でいいから…。 ドォォォォォン――!! 「……二次爆発、ね…。」 千景ちゃんがつぶやいた。 硝子が割れる音。ビルが揺れる。 「…千景ちゃん…、…死んじゃだめよ。」 「…!」 あたしは彼女に、くちづけを落とした。 最後まで…やれる限り…彼女を愛しんだ。 「……………っ……………!!」 背中に、強烈な感覚が走り抜けた。 何かが…刺さった。 あー、…っこりゃ…致命傷かも……。 カウントダウンが進む。 …7 …6 …5 …4 …3 …………。 『模擬戦闘試験が終了しました。参加者の確認後、プログラムの終了を行なってください。』 ディスプレイに文字が表示された。 あたし―――小向佳乃―――は…千景の帰りを待った。 ……少しして、前の席に千景が現れた。 三森さんの隣に座っていたあたしは即座に立ち上がり、千景のもとへ向かった。 「千景!」 名前を呼ぶと、千景はぼんやりとした表情であたしを見上げた。 「……佳乃…?」 掠れた声で、あたしの名を呼ぶ。 「千景ぇっ……」 あたしはそんな千景に抱きつくと、…たくさん泣いた。 実は、千景と都さんの二人だけになった時点から、その様子が映像になって流れていた。 でも…、あたし、まともに見れなかった。あんなにひどい姿になって…。 「今の…終わり方だが……」 銀さんが、パソコンのディスプレイを見ながら言った。 「………乾千景の、優勝とする!」 「え…?」 ……その発表に、誰よりも驚いたのは千景だった。 「なんで?だって、カウントダウンが…」 「んーん。」 不思議そうな千景に首を振って答えたのは、都さん本人だった。 「あたしが見えたのは、カウントダウン3秒前まで。それから、何も覚えてない。…千景ちゃんの勝ちよ、おめでと。」 千景はしばしきょとんとしていて、それから、ちょっとだけ笑った。 「ありがとう。」 それから千景はあたしを抱き寄せて、 「でもね、あたし…優勝なんかより…、こうして、ここで生きてられることが何よりも嬉しいの。」 そう言った。言葉の終わりのところは、涙声だった。 あたしもぎゅーって抱きしめ返した。 …もう、離れたくなんかないよ。 プロジェクト終了 「…銀博士、データの処理が完了しました。保存、怠りありません。」 「そうか、では…やるか。」 私―――銀美憂―――がそう言うと、珠博士は僅かに視線を落とした。 「…本当に…こうすべきなんでしょうか?」 「今更何を言っている…?」 このことは、この試験を実施すると決定した段階で、前提として決定していたことだ。 乾や蓮池には言っていない。私と珠博士で決めたことだった。 「……今回の事で…得たものも、あると思うんです。」 「確かにその通りだ。だがな、…戦争は、ひどいトラウマを背負わせることになる場合が多い。ひどい殺され方をした者、またはひどい殺し方をした者……彼女たちの今後を考えねばならん。」 珠博士はまたしばし考え込んだ。 やがて考えがまとまった様子で、小さく息をついた。 「銀博士のおっしゃる通りです。」 珠博士の言葉に私は小さく頷くと、 「では、プログラムを……」 …起動しようとした。 しかし、 「…待ってください。」 珠博士は私の手に手を重ね、それを止めた。 「なんだ?」 「このままプログラムを発動するよりも……、全員にちゃんと言って、それからの方がいいと思うんです。結果的には、同じですが…」 「同意を得た方が良いと?」 「同意と言いますか…、プログラムを実行するのは絶対的です。それはよくわかります。けれど…その前に…、気持ちを整理する時間が欲しいんです。私自身…。」 珠博士の…十六夜の思いつめた表情は、私の心を動かすくらい容易かった。私は小さく笑み、 「合理主義の珠博士らしかぬ意見だな。」 からかいのニュアンスも込めてそう言った。 「合理主義だなんて…。確かに、いつもの私なら、こんなこと言いません…。だって、結果的には同じなのだから、非合理的ですよね。でも…」 「わかっている。…それで良い。私は科学者の珠博士よりも、人間の十六夜が好きだ。」 「美憂…。」 十六夜はやわらかい微笑を浮かべた。 「わぁ。」 その時、数メートル先から聞こえた感嘆の声に私達は振り向いた。 「あ、あの、お話は聞いてないんですけど…あの…い、今の……」 小向だった。何やら挙動不審に私達を交互に見つめている。 「今の…なぁに?」 十六夜が不思議そうに尋ねる。 「今の…十六夜さん、すっ……ご〜く可愛かったですよぉぉ。」 「え…?」 心なしか、十六夜の頬が赤くなった気がした。 「そんな表情初めて見ました。なんか感動っ。」 「あ、…えと……」 「照れる十六夜と言うのも、滅多にお目にはかかれまい。」 私が小さく言うと、小向は更に目を輝かせ、十六夜は私を見て『バカ』と小さく呟いた。 そうか、この十六夜の微笑みも…なかったことになるのか。…そう思うと、なんだか寂しい気がするな。 言わなければな。 この模擬試験中の記憶は… ―――全てを消去するということ。 本当に唐突としか言いようがなかった。 こんなことを始めるなんていきなり言われたって、心の準備とか出来てない。 新しいお台場の施設に来てから三ヶ月。 それぞれ皆の生活も落ち着いてきたある日、突然、全員に集合が掛かった。 『今から、映画の上映を行いまーす。』 千景ちゃんは笑顔で、そう告げたのだった。 あたし―――蓬莱冴月―――は、はっきり言ってグロい映画が嫌いだ。 自分の手首切っといて何だけど、こう、血が噴き出したりするやつって本当に苦手だ。 なのになのに、千景ちゃんてば『絶対見なきゃだめ』とか笑顔で言うんだもん。ひどぉい。 ―――その映画は、三時間弱の長編だった。 30人の女性が、ある無人島で殺し合いをする、というお話。 最初は渋っていたあたしなんだけど、見ているうちにどんどん引き込まれてしまった。 皆、それぞれの生き方、そして死に方があった。 何の躊躇いもなく殺すような残虐な女性、罠を仕掛けて身を守ろうとする女性、恋人と無理心中しちゃった人もいたっけ。 最後の最後に残った二人の参加者、そのうちの一人は既に酷い傷を負っていた。彼女は、殺戮の舞台である建物ごと爆破して、自ら死を選ぼうとするの。もう一人の参加者は、死の近い彼女を見て、ハッとする。 『…死んじゃだめよ。』 殺さなくてはいけないはずの相手に、そんな言葉を投げ掛けた。 沢山の女性をその手で殺めたはずなのに、その目で「死」を実感した時、何かが彼女の中で変わったのかもしれない。 そして、二次爆発が起こった時、死にかけた女性を庇うように、その身体を抱きしめた。 飛んできた建物の破片によって命を落とし、そして最後に生き残った女性は、静かに、その瞼を瞑ったの。 「最後にさ、庇って死んじゃった人居るじゃん?あの人、なんか妙に都さんっぽくなかった?」 遼は笑いながらそう言って、そう思わない?と同意を求めてきた。 その言葉に、「まったくだ」とばかり、あたしは深々と頷いた。 「でもそう言ったら、庇われた方の人って千景ちゃん似じゃない?なんとなく。」 「あ!それも思ったの!」 あたしたちは同意しては、クスクスと笑い合う。 その後少しの沈黙が流れた後、遼はふっと口を開いた。 「――最初の方で、親友の女の子に裏切られて死んじゃう子、なんだかセナっぽかった、かも。」 「…親友を裏切って殺しちゃう子は、なんとなく遼っぽかったけど?」 あたしたちは立て続けにそう口にした後、顔を見合わせた。 同時に、フッと一緒に吹き出した。 「まさかね。セナってばそんな単純じゃないでしょ。」 「あはは、遼こそ、あんな悪逆非道じゃないよねー?」 「どうだろうねぇー?」 肩を竦めてはぐらかす遼にあたしはジト目を投げ掛けつつ、「そう言えば神社の奥に居た人って銀さんっぽい?」などと映画の感想話に花を咲かせたのだった。 ――ふっと思ったんだけど。 なんか、今のあたしって、結構幸せ者かな、とか、ね。 こうして一緒に笑い合える親友がいること。 生を分かち合う、大切な仲間がいること。 こういうのって案外、大事だったりして。 面白い映画だったけど、ある意味反面教師かな? あたしたちは、ああはならないよ。 なるわけがないよ。 ―――遼があたしを殺すだなんて、まさか。そんな。 「セナ?何やってんの?」 「あ…なんでもない!」 「変なセナ。」 考え事に耽って、一歩遅れては遼に呼ばれ、慌てて後を追う。 あたしに目を遣って、フフン、と楽しげに笑う遼。 …。 そんな親友の笑みに、一抹の不安を感じてしまうのは何故なのだろうか。 The end ↑Back to Top |