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15girls In 東京市 番外編 東京BATTLE ROYAL―――――今、女達の決死の戦いが始まる。 本当に唐突としか言いようがなかった。 こんなことを始めるなんていきなり言われたって、心の準備とか出来てない。 新しいお台場の施設に来てから三ヶ月。 それぞれ皆の生活も落ち着いてきたある日、突然、全員に集合が掛かった。 『皆の戦闘能力をデータとして残しておきたいの。』 千景ちゃんは笑顔で、そう告げたのだった。 「蓬莱、何をしている?早く鞄を持っていけ。」 銀さんの言葉に、あたし―――蓬莱冴月―――は渋々席を立った。 何気なく回りを見渡す。講義室のような、座席が後ろに行くにつれ高い位置になっていく作り。正面には、この施設の責任者だとかが数名。座席を見遣ると、あたしの仲間である皆がそれぞれの鞄を手にし、仲のいい人とおしゃべりしてる。でも、いつものような気楽な感じとは、若干雰囲気が違った。張りつめた緊張感。ピンっと張った、少しだけ重い空気。 当然である。 皆は今から、目の前にいる人たちを殺さなければならないのだ。 ――いや、殺されるかもしれないのだ。 「…はぅ…。」 あたしは小さく息をつき、正面の机を眺めた。鞄が四つ置いてある。 「好きな鞄を持っていけ。但し、まだ開けてはいかんぞ。」 「う、うん…。」 この四つの鞄の中には、それぞれ違う武器が入ってる。全員の武器が違うみたい…。あたしがこの鞄のうち一つを取ると、残りの三つが銀さんと、警察の佳乃ちゃんと千景ちゃんのものになる。 中が見えるわけでもないのに、あたしはじっと三つの鞄を見比べた。…どんな武器が入ってるんだろう。拳銃、ナイフ、マシンガン…? 今まで、他人に武器を向けたことないってわけじゃないし、人を殺したことだってある。でも、それは…なんていうか、こんな凶悪な武器を使ったわけじゃなかった。 剃刀。 あたしの愛用の武器…いや、護身具である。軽い気持ちで持てるし、威力の大したことはないから……だから…。 「蓬莱、早くしろ。皆待ちくたびれているぞ。」 「ご、ごめぇん…。」 少し泣きそうな声で呟き、あたしは適当に鞄の紐を一個握って、そのまま引っ張って席に戻った。 あたしの席の隣に腰掛けていた人物に、声をかけられた。 「セナ、おかえり。どうみたい?」 「遼…。どう…かな。まだわかんない。」 三宅遼、あたしの一個上の17歳。年齢が近いこともあり、いつも一緒に行動したりしてる。友達…、いや、親友っていってもいいかもしれない。ただ、時々何考えてるかわかんない。 「全員、注目!」 正面のところにいる、警察の千景ちゃんが大きな声でそう言った。あたしと遼は始まったばかりのおしゃべりを止め、前に注目する。 「改めてルール説明するよ。」 千景ちゃんがそう言って、傍らにいる銀さんに目配せする。銀さんが手元にあるコンピューター端末を操作すると、正面のディスプレイが何かを写し出した。地図のようだった。 「さっきも話した通り、皆の戦闘能力を測る測定テストとして、この模擬戦闘試験を行ないます。この全員30人でのサバイバル形式…、ま、簡単に言うと殺し合いね。勿論模擬だから、そこで死ねば、バーチャルランドから現実に戻ってくるってわけだけど。あ、因みに“痛み”は感じないようになってるから怖がらないで大丈夫よ。」 千景ちゃんは『殺し合い』なんていう恐い言葉を口にしながらも、笑顔だった。 「皆の手元にあるのが得点表。より多くより長く――それが高得点の基本ね。」 千景ちゃんの言う得点表は、ここにある一枚のプリント。 『模擬戦闘試験 本部からランダムで支給される武器を使用し、バ−チャル空間で全員と戦闘を行なう。 最後まで生き残る程、与えられる点数が増加する。また、一人殺すごとに5点が与えられる。 ※数は脱落の順番を示す。 01〜04 … 000点 05〜10 … 030点 11〜20 … 050点 21〜29 … 100点 30 … 200点 』 「それから、これがバーチャルランドのマップ。人の手が入ってる無人島を想定してます。今回は簡単に終わらせる為、この町ゾーンのみを使用します。山や海岸には行けないってことね。」 千景ちゃんがステッキみたいなもので、地図の『町』の部分を示して言う。 「バーチャルランドに入った時は、回り500メートル四方に人のいない区域から開始となります。でも500だから、すぐ見つかる可能性もあるのよね。出来るだけ、いったん隠れて準備だのした方がいいと思うわ。あぁ、この地図はユビキタスの装置で見れるようになってるから。今のように、通信はできないけどね。」 はぅ…。あたしはぎゅっと鞄を抱き、不安感を紛らわせようとした。 「何か質問はある?」 千景ちゃんの質問に、何人かが手を上げた。 「じゃ、都。」 千景ちゃんに指されたのは都さん。…都さんのお仕事は怪盗。絶対手強いよ、ね…。 「あのさ、奇襲あり?」 「ありよ。」 「んじゃ、仲間は?」 「それもあり。」 「そう…オッケー。」 都さんは意味深な笑みを浮かべた。うぅ、あの笑顔、最高に怖いんですけどー。 「じゃ、憐。」 「あぁ。あのさ、相手の武器とか奪ったりするのはあり?」 「うん、あり。っていうかもう何でもあり。」 「ほほぅ。おもしろくなりそうだな。」 憐……萩原憐ちゃん。憐ちゃんとの出逢い、あたしと遼は銃を突きつけられた。本当は優しい人だけど、でも…でもやっぱり怖い人なんだよね。 「ま、今回は憐とか都とか、戦闘経験の豊富な人が有利なのは言うまでもないのよね。そのへんは了解してもらえる?いちおう、武器はランダムだし、運と実力の勝負ってことになるわ。」 千景ちゃんは、そう云い終わると全員を見渡した。そして小さく笑むと、 「それじゃ、そろそろ始めよっか♪」 と楽しげに云った。 …あぁ…もう……。 悲嘆に暮れた溜息を零した、その時、あたしはふと閃いた。 「は、遼…」 「うん?」 あたしは小声で遼に話しかける。 「ねぇ、一緒に戦おう…。あたしたち一緒なら、絶対だいじょぶだよ…。」 そう言うと、遼は少し考えるような顔をした。 少しの間を置いて、遼は小さく笑んだ。 「そうね。そうしよう。じゃ、2丁目の喫茶店で落ち合うってことで。」 遼が正面の画面に写される地図を見ながら囁いた。 …良かった…。 これで、少しは不安が紛れる! ありがとう遼…、…本当、いい親友だよ…。 「皆、OK?バーチャルランドに飛ばすわよ。」 千景ちゃんの言葉に、少しだけ身を固くする。 今からは、遼以外は全員敵。 遼以外は…。 ―――杏子さんも? 少しドキッとして、回りを見回す。後ろに杏子さんの姿を見つけた。 …目が合った。 「杏子さ……」 ……その声が届く前に、景色がぶれた。 頭が揺れる。 視界が雲って、やがて何も見えなくなる。 闇とも光ともつかぬ、よくわからないものが頭の中で弾けた。 プロジェクト発動 ―――そして、次の瞬間。 あたしは見知らぬ町に立っていた。 「……バーチャルランド。」 小さく呟いて、辺りを見渡す。 あたしが見たことあるような、廃虚のような町とは違う。 あたしが生まれる前にあった、文明の栄えた町とも違う。 昔、すっごく昔の町だ。 遼に話してもらったことがある。 二十一世紀になる前に、文明は発達してないけど、とっても平和だった時代があったって。 そういう時代に生まれたかったね…って…。 パンッッ ―――! 遠くで銃声が響いた。 …嘘…、誰……!? ヤバい――!! こんな、道のど真ん中でつったってる場合じゃない! あたしは近くにあった『駄菓子や』と書かれた家に入った。 人の気配は感じない。ここなら大丈夫そうだ。 あたしはその家の奥に入ろうとして、ふと立ち止まった。…お菓子がいっぱいある。 何秒間か、食い入るようにお菓子を見つめた。 小さなお菓子がたくさん。20円とか10円とか書いてある。…っていうか…なにそれ…格安っ…。 あたしは小さく笑むと、いくつかのお菓子を鷲掴みにし、ポケットに詰め込んで家の奥へ向かった。 扉を閉め、ドキドキしながら鞄のチャックを開けた。中には、水、乾パン、そして……、 「…爆弾…。」 これが、あたしの武器? コロンと丸っこい爆弾が三つ。こういうのは初めて見る。 これで、人を殺せっていうの? …――ど、どうやればいいんだろう。 首を捻りつつ鞄を纏めて、ユビキタスで地図を確認する。まずは遼と合流しなきゃ。 頑張ろう…。 あたしは妙なやる気を出して、その場から立ち上がった。 最強かもしれない! あたし―――真喜志六花―――は、散弾銃を手にしてゆっくりと歩を進めていた。 ちょっと重たいけど、威力はすごいよ。 これなら、絶対に勝てるよ! 町の裏通り。少し陰気な感じがする。 『スナック』とか『バー』とか、そんな文字が目立つ。誰も…いない。でも、あたしがこっちに来たポイントから500メートル以上は歩いてるはず。 …そろそろ、誰かに出会うはずなの……。 ヒュンッ。 「…!」 今、ほんの一瞬、何か居たような気がする。視界の隅で、何か。 路地の細い道、陰が見えたような気がする。 ……。 小さく息を飲んで、銃を構えた。 ……これ、打ったらどんな音がするんだろう。 銃なんて持つの初めてだよ。恐い…。 …でも、やんなきゃ。 震える手を恨めしく思いながら、路地に向かって銃を構え続けた。身体中から汗が噴き出す。 カサッ。 路地のところから物音が聞こえる。神経を集中してそこだけを見つめた。 ……その時。 「にゃ〜お。」 タッ、と路地から飛び出してきたのは、黒い可愛らしい…猫、だった。 「なんだ…。」 あたしは肩の力を抜いて、息を吐き出した。 その後猫ちゃんに、 「銃なんか向けたりしてごめんね。」 と謝った。 あー、ビックリし…… ―――キュッ 「かっ、は……!」 突然、首が苦しくて…息が出来なくなった。 酸素がどんどんなくなっていく脳味噌で、かろうじてあたしは察した。 後ろから誰かに…、……誰かにっ……! ……―― ふっと意識が遠のいて、次の瞬間目を覚ますと…、誰もいないあの会議室だった。 あぁ、そっか…帰って来ちゃったんだ…。 ……もしかして一番乗り? …やはは…、情けなぁい…。 「…ひゅー。ゴメンネ、六花ちゃん。」 首に酷いアザが出来る前に、彼女の身体はその場から消え失せた。その代わり、墓標のような石が盛り上がり、『Rokka Makishi』の文字が浮かんでいる。おそらく六花ちゃん本人は、今頃はあの会議室に戻っているのであろう。 「…油断大敵よん♪」 あたし―――伴都―――は小さく笑うと、六花ちゃんが持っていた散弾銃を拾い上げた。 「これこれ。こーいうのが欲しかったのよね。」 重たい感触に、満足な笑みを浮かべる。 「爪切りでどーやって人を殺せっていうのよ。」 と小さくぼやきつつも、なんとなくもったいないので、あたしに支給された武器『爪切り』も鞄に入れたまま、散弾銃を抱えて歩き出した。 「……協力を感謝シマス★」 バババババッ。 先ほどから動こうとしない猫に、散弾銃を浴びせる。といっても動物虐待じゃない。 打たれた猫は、発泡スチロールをぼろぼろと零しながら、ぐしゃぐしゃに崩れ落ちた。 「あ〜ぁ、Happy秘密道具その1が無くなっちゃった〜…。」 キィ…。 喫茶店『フラジール』。 あたし―――蓬莱冴月―――はスタンガンを手に握りしめ、そっと喫茶店の扉を押した。 遼、来てる…? 警戒しながら、中に踏み込む。 「セナ…?」 カウンターの奥から、遼が顔を出した。 「遼!良かった、無事だったんだね。」 「うん。結構、ここの近くにでれてね。すぐ来たんだ。待ってたよセナ。」 「うん!」 「とりあえず、中おいでよ。」 遼がカウンターの奥から手招きする。 「今行くっ」 あたしはすっかり警戒を解き、カウンターの中に入っ…… 「わっ!?」 何かに躓いて、あたしは思いっきり転んだ。 「何やってんの、セナ。大丈夫?」 遼の言葉に苦笑しながら、顔を上げる。 「うん、だいじょ……」 ……しかしその瞬間、あたしは凍りついた。 「――ゴメン、セナ。」 「遼!?」 そこには、銃を構えた遼の姿があった。 そう…あたしに向けて。 「セナもさ…、もーちょっと警戒心持った方がいいよ…。………実際セナを殺すなんてことはないけどさ、ここって別に死ぬわけじゃないじゃん?だからね…、アタシ…容赦ナイ。」 「っ!」 キュン! おでこ、脳、後頭部に…鈍い感覚が走り抜けた。 ふっと意識が暗転して、次の瞬間には…… 「あ…冴月さん!」 と、高い声がした。 回りを見回す。…あぁ、会議室。 いるのは…六花ちゃんだけ。 「あたし、二番目?」 「……みたいです。」 「無得点だねー…。」 あたしと六花ちゃんは、顔を見合わせて小さく笑ったのだった。 けど、内心はすごく複雑だった。 ――遼に裏切られた。 『セナもさ…、もーちょっと警戒心持った方がいいよ…。』 ……警戒心、か…。 「あぁ、悔しい…。」 「………。あたしもです…。」 六花ちゃんと二人で、今度は深いため息をついたのだった。 『真喜志六花・離脱。』 ユビキタスに入った情報を見て、あたし―――志水伽世―――はため息をついた。 …――。 喧嘩して以来ギクシャクしてる六花ちゃんと、もし、仲直りのきっかけになればいいな、なんて密かに思ってたんだけど。他に仲間になってくれそうな人といえば…依子くらい? 一人ぼっちじゃ心細すぎる。 第一、武器ブーメランって…どうすりゃいいわけ。 どうしようもないので、こうして薄暗い民家でじっとしているわけだけど。 あーあ…、どうしよぉ…。 ガチャッ ………! 突然小さく聴こえた扉を開ける音に、あたしは身を竦める。 ゆっくりと近づいて来る足音――慌ててあたしは、適当な机の下に身を潜めることにした。 誰なの…? こういう時、本当に偏見で申し訳ないんだけれど、都ちゃんとか憐ちゃんじゃなかったらいいなぁ…って思う。情け容赦なさそうだし。 「…誰もいない…かな…?」 ……この声は。 あたしは脳裏の残る30人の声音を思い出していた。七緒ちゃん…違う、愛惟ちゃん…でもなくて……深香さん…、…じゃない!あ、わかった! 「三森さん…?」 「――だ、誰!?」 「警戒しないで。危害を加えようとはしてないから。伽世よ。志水伽世。」 「ふあ…、伽世さん…?」 「机の下。」 あたしは狭いスペースで、両手を小さく挙げてみせた。予想的中、三森さんはひょこんっと顔を覗かせ、少し躊躇いの表情を見せた後、ぺこりと小さく頭を下げる。 「良かったら、一緒に行動してもらえないかと思って。あたしの武器、これなのよね。」 ひょい、とブーメランを差し出した。 「あはは、いいですよ。私も一人で心細かったんです。」 三森さんの笑みにすっかり安心し、あたしは机の下から這い出した。 …その時! 「ごめんなさい、伽世さん!!」 よく判らないまま、机の縁に頭を打ち付けた。 「あぅッ…!!」 ふっ、と身体の力が抜け、意識が暗転した。 次の瞬間。 ―――か、会議室ぅ…。 「伽世さん…?」 その声に顔を向ければ、きょとんとした表情の六花ちゃんの姿。 「あー、おかえりなさーい。」 少し向こうで、冴月ちゃんがそう言う。 「……ただいま。」 あたしは自嘲的な笑みを浮かべ、言った。 「あ、ぅ…。佳乃さん…。」 三森さんは、震える声であたしの名前を呼んだ。 「怯えないで…、模擬試験なんだから。実際殺したわけじゃないんだし…」 「でも…、…」 「こんな世界に住んでたら、実際に人を殺さなきゃいけないこともあるんだし…、ね?練習だよ。」 「…はい、…」 三森さんは、ようやく頷いてくれた。 あたしたちは、伽世さんを刺殺した民家から少し離れた商店の奥にいた。 先ほど三森さんが伽世さんに対して一旦は心を許したそぶりを見せたのは、何を隠そう作戦なのである。 あたしと三森さんはこっちに来てすぐに鉢合わせし、即座に協定を結んだ。伽世さんがあの民家にいることに気づいたのは、あたしの武器…『探知機』のおかげだった。これがあれば、周りのどこに誰がいるかがわかるのだ。 「この調子でいこうね。最後まで残ろうよ。ね?」 「…はい…、…頑張ります。」 どこか弱々しい三森さんの肩を軽く撫でて、あたしたちは歩き出した。 三森さんは、手にしたナイフを眺め、眉を顰めていた。……あたしが三森さんのこと、守らなきゃ。 途中経過 「セナ、なんか落としてった…。」 いきなり床が盛り上がって、小さな石碑が出来た。そこには『Satsuki hourai』と書いてある。そう、セナが死に至った場所。 その石碑の回りに、セナの持っていたカバンと、そしてぽろぽろと何かが零れ落ちたのである。小さな袋がいくつも。 あたしはそれをそっと拾った。 …あ、お菓子だ。 昔のお菓子。これ飴玉かな?ビニールの紙をひねって包んであるの。 うわー、すごい。セナ、どっかからくすめて来たのかな? あたしはセナの意志をしっかりと受け継ぎ、そのお菓子を食すことにした。しかし―― バン! 激しい音を立てて喫茶店のドアが開いた。 「!」 あたしは咄嗟に銃を構える。 ………。 構えた銃越しに見えたのは、…伊純の姿。 あたしの銃よりも一回り大きな銃を、あたしに向けて構えている。 一触即発。お互いに銃口を向け合ったまま、動けなかった。 「……なんでまた、あたしがこんなところにいるの気づいた?しゃがんてたじゃん。」 あたしは銃を構えたままでそう言った。 「あぁ。まさか人がいるとは思わなかったよ。誰もいない喫茶店かと思って入ったら、お前に銃を向けられるなんてな。」 「ふーん。偶然ってやつ。」 「みたいだな。」 「……ねぇ伊純。ここにセナの墓があるよ。」 「冴月の?……お前が殺ったのか?」 「うん。罠にかけたの。」 「………ひでぇオンナ。親友とかじゃねーのかよ?」 「親友だよ。でも今はそんなの関係ない。信頼関係なんて、この世界で一番不必要なものだと思わない?」 あたしが小さく笑むと、伊純も小さく笑み返した。 「同感だ。」 伊純のその言葉…次の瞬間、銃声が鳴り響いた。伊純の手にする銃から、すごい勢いの弾があたしめがけて飛んでくる。あたしはその場にしゃがみこみ、隙を伺って何度が発砲した。 バンバンバン! パン パンパン! 銃声が二つ。しばし鳴り響いた。 バンバン! 伊純の銃に対抗するように、また引きがねを引いた。しかし…、それは情けない「カチカチ」という音を出すだけだった。 …うっそ…、…弾切れ……!? ありえないーっっ!!! バンバン! 尚も伊純の発砲は続いた。 少ししてあたしの様子に気づいたのか、伊純は発砲をやめて言った。 「オシマイか?」 「…っ…」 「…なら、死んでもらうしかないみたいだな。」 恐怖感に襲われた。い、伊純が…! 震える手に、何かが触れた。 ああ、セナがさっき落としていったカバンだ。 あたしは藁にもすがる思いで、そのカバンを開けた。 刹那――、すぐ側に伊純の姿。 銃を構え、あたしを冷たく見下ろしていた。 「セナ…!」 ある意味、本能だったのかもしれない。 無我夢中で、あたしはそのカバンを伊純に投げつけた。 何の意味が―― …そう思ったのは、ほんの一瞬だった。 パァン!! 一瞬、眩いばかりの光に満ち、そして炸裂するような爆発音が響いた。 事態が飲み込めなかった。 熱い。炎が上がってる。 逃げなきゃ。死んじゃう。 待って。伊純はどこ?伊純は今でもあたしの命を狙ってる?! でも、この爆発じゃ生きてるかどうかも定かじゃない。 それに、あたしここから逃げなきゃ、どっちにしろ死んじゃうじゃない。 ―――死ぬって、現実に戻るっていうだけなんだっけ…? ……あぁ、そんなんじゃない…。死ぬのは…恐い………。 あたしは床を這うようにして、喫茶店の裏口から外に出た。ぼんやりと町並を眺め、あまり考えもせずにどこかの民家に入り込んだ。 幸い、誰もいなかった。玄関からリビングみたいなところに入った時点で、もう体力の限界だった。身体の所々がだるい。 重い身体を床に横たえ、あたしは眠りに着いた。 現実世界に戻らないところをみると、あたしはまだ死に至ってはないようだ……。 「ク、…!…ッ……ぅ…」 ヤバイ。かなりのダメージをくらってしまった。 腕、足、腹、首、目……身体中から血が出てるんじゃないかと思う程、赤く、染まって。 千景のやつ、痛みは感じないようにしてあるとか言ってた癖に… 苦しい。…熱い。 あたし―――佐伯伊純―――は、身体中のひどい損傷を感じながら、重い身体を引き摺って歩いていた。 さっきの爆発。…突然の爆発。 あたしを目掛けて遼が投げつけたカバンは、検討外れの方向に飛んだ。一瞬、悪あがきだと思った。 しかし、それが爆発を起こした。意味わかんねぇ…っ…! とにかく、身を隠さなければ。どこかに…どこかにっ…。……あたしはまだ、死なないっ…。 「あ…!」 「!」 前方に人の気配がした。 あたしはそれが誰かもかまわずに、発砲した。 とにかく、あたしは生き残るんだ。あたしの命を狙うやつは容赦しない。 どさっ、と、…女が崩れ落ちた。 ぼやける視界で、目を凝らしてみた。 あぁ、あれは…―― センセー…か。楠森、深香…。 ……あんなやつ、殺意なんて持ってるわけねぇよなー…。……ま…不可抗力ってやつで……。 とか色々考えてるうちに、想像以上に体力を消耗してるのに気づいた。……不覚。不覚。不覚。 後悔先に立たず…ってやつで……、…… ………意識とは裏腹に、身体は地面に崩れ落ちていた。やばい、もう動けないって……。 あたしはなんともバカなことに、ただっぴろい道のど真ん中で、意識を失ったのだった。 「あ、楠森せんせい。おかえりなさい。」 「……ふゎ?」 事態が掴めず、私―――楠森深香―――はきょとんと回りを見渡した。 「……会議室?」 「うん。戻ってきたんだよ。」 誰にともなく問いかけた私の言葉に答えてくれるのは冴月ちゃんだった。 「…あぁ…、…」 私は小さく声を零し、自分の胸元に手を当てた。 そんな私の仕種に気づいた冴月ちゃんは私の姿を見つめる。 「……打たれたの?胸?」 「…みたい。」 彼女の問いかけにコクンと頷いた後、ようやく事の次第が見えてきた。 ……あぁ、なんてあっけない終わり方。 やっぱり、私ってこういうの苦手なのね…。 激しい爆発音が遠くから聞こえ、あたし―――勅使河原玉緒―――は身を縮こまらせた。 「ひぇえ……。」 とある民家。家の中にいるからといって安心は出来ない。とりあえず玄関にしかけてある簡単なトラップを信じ、休憩中だった。 爆発音、どこからだろ?でも誰も死んでないみたい…。 と不思議に思っていたその時、ユビキタスからメッセージが流れた。 『楠森深香・離脱。』 …楠森さん…って、あぁ、あの先生。今の爆発と関係あるのかな……? ユビキタスを見ながらポーっとしていたその時、ピコンピコンとユビキタスが点滅した。メッセージ着信の合図。ボタンを押すと、メッセージが流れた。 『現在、四名の離脱者を確認。プログラム45を起動します。』 は?何、それ…? 首を捻りつつ、更にデジタル表示のメッセージを読み進める。 『現時刻午後十七時四十二分から十分後、午後十七時五十二分に三件の建物が爆破されます。建物はランダムです。早めの避難をお勧めします。』 ………はっはーん。なるほどね。 一カ所に固まらないようにするための対策、かな。 つまり、自分から死にたいって思う人以外は、五十二分に全員が外に出るわけだ。 勝負も進みそう。……当然、あたしが死ぬ可能性もあるけど…。 「…がんばろ。」 あたしは小さく息をつき、鞄を引き寄せて中の物をチェックする。……あたしの武器は、肉切り包丁。人間の肉だって…切れるのだろう。 拳銃よりずっと辛い。…殺しにくい武器だ。 でも、やらなければ。 …ユビキタスについた時計を見遣る。四十五分。 あたしは民家の玄関まで行き、その場に座り込んだ。ギリギリに出よう。恐いけど…。 デジタルの時計が秒刻みで進んでいく。 ………五十分…五十一分。 あたしは一つ深呼吸をし、玄関を開けた。ガラリとうるさい音がする。回りに人がいれば絶対に気づく大きな音だ。 慎重に回りを見渡す。人影はない。 ―――でも、気配がある。誰かいる。絶対に。 少し入り組んだ住宅地。今まで潜んでいた民家の外壁を背にし、前方だけに注意を払う。 ザッ。 物音がしたと同時に、あたしはその方向に包丁を構えた。 「はぁぁっっ!!」 ビュン! 咄嗟に横に飛んだ。 鉄パイプが、たった今まであたしがいた場所に振り下ろされる。 「…くっ…、…」 「和葉…!」 「……玉ちゃん…覚悟!」 和葉は、がむしゃらに鉄パイプを振りかぶった。 ―――あたしはひょいっと避けながら思った。 和葉は動きがまったくのビギナー。あんながむしゃらで正確に当たるわけがない。 かといって、鉄パイプと包丁じゃ長さの面で渡り合うことができないっ…。 どうする…!? …躊躇していたその時、ドォォォーン!!と、激しい爆発音が響いた。 プログラム45の発動時間。幸い、この界隈ではないらしい。 和葉が音に気をとられて上を見回した。 ……今ッッ! 咄嗟に包丁を投げ捨てる。 ガシッ! あたしは和葉の握る鉄パイプの、もう一端を握り締めた。 「なっ!?」 力合戦。和葉も懸命に引き、あたしも懸命に引く。……しかし、いまひとつ埒があかない。 ……パッ、と手を離した。 「ッきゃぁ!!!」 案の定、和葉はバランスを崩れて尻餅を付く。 ……さすが和葉。なんて可愛いことをしてくれるんだろう!!! なんて感動している場合ではなく。 あたしは包丁を拾い上げ、和葉に覆い被さった。 「やっ…!」 和葉の怯えた目。 鉄パイプは和葉の手の届かない場所に落ちている。 包丁の先を和葉に向けたまま、―――あたしは動けなかった。 殺す。これを和葉の喉元に振り落とせばいいだけ。でも…、でも…。 ババババ!!!! 「!?」 連続した銃声…つまり散弾銃!? 「こっちよぉん、和葉ちゃんと玉緒ちゃん。」 声のした方……民家の屋根の上を見上げた。 都さんだった。皮のつなぎに身を包んでいる。そして、手には散弾銃。 「可愛い女の子が二人も。そんなところで何やってるの?」 「ふぇっ…、助けて、都さん……!!」 和葉が助けを呼ぶ。 …まッずーい!!!どう考えても都さんは和葉贔屓だ! あたしは和葉の上から飛び退くと、包丁を握ってその場から駆け出した。 後から思うと、後ろから打たれて当然の逃げ方だった。…しかし、銃弾があたしへと降り注ぐことはなかった。 「都さんっ…!」 私―――五十嵐和葉―――は涙目で都さんの名を呼んだ。 「向こうから退いてくれたわね。和葉ちゃんが無事で良かった。」 都さんは私のそばに降り立ち、優しく微笑んだ。 「ふぁぁ、都さぁん……。」 私は心から安堵し、その胸に飛び込んだ。 「怖かった?」 都さんは私をそっと抱きしめ、優しく言ってくれる。 「怖かったです…、都さんに逢いたかった…。」 「…ふふ、可愛いこと言ってくれるわね。」 都さんはあたしの頬に触れると、くい、と顔を上げさせた。都さんの顔が近づく。その意図をすぐに察して、少しだけドキドキしながら、キスを待った。 都さんの柔らかい唇が私の唇に触れ、すぐに都さんの舌が唇を割って口内に進入してくる。 「ん…、ぅ…」 あぁ…こんなところで、こんな積極的なキスなんて…。 しばらくは、口の中にあたる存在なんて気にもしなかった。…というよりは、都さんの舌なんだと思ってた。 でも…違う…。 都さんが一旦キスを止める。 口の中に何かがある…。 「都…さん…?」 そう問いかける前に、都さんはまたキスを再開した。…いや、キスじゃない…。 …口移し……? 都さんの口から、私の口の中に水が注がれる。少し離れては、また口移し。私はその水を飲み込めなくて、唇の端から零す。 口の中の何かがわからないから、それを飲み込まないようにするのに懸命だった。 「う…、げホッ……」 私がどんなに苦しそうにしても、都さんはキスをやめなかった。 …都さん…、まさか…。 ……ふっと、口の中にある何かが形を変えた。 ………あ、…これってもしかして… ……カプセル……? ―――気づいた時には、既に遅かった。 カプセルの外側は解け、粉が口の中の水に溶け出した。 そして私はそれを…飲み込んだ。 「……ンッ、……。」 都さんはキスを止めると、水を飲んでたくさんうがいをした。 「……都…さん…?……何……?」 「ゲホゲホ。悪いけど心中するつもりはないからね。」 「………都…さ…」 涙が溢れてきた。 …信じてたのに…、……信じてたのに…! ……そんな私の様子を見てか、都さんは少し表情を変えた。 「あのね、和葉ちゃん。この毒が、一番楽に死ねるのよ。あたし、和葉を銃でなんか撃ちたくないもの。」 「………」 「……それに、他の人に和葉ちゃんを殺させたくなかったの。…あたしのこの手で和葉ちゃんを殺したかった。……わかって。」 「………そばに…、いてください…。」 「……。」 都さんは少しだけきょとんとした表情を見せ、そのあとすぐに微笑んでくれた。 身体の血の巡りが良くない感じがする。 眠い……。 私は都さんに優しく抱かれ、地面に横たわった。 ……眠い…。……とても眠いの……。 ―――すぐに、目が覚めた。 何秒間かしか寝てなかったような気がする。 ……情景が、変わっていた。 「あ、和葉さん!」 「おかえりー」 「あぁ…、戻って来ちゃったんだ…。」 会議室。あの世界に行く前に、皆で集合したあの部屋だ。今は私を含めても、5人しかいない。 「和葉ちゃん誰にやられちゃったの?武器は?」 冴月ちゃんにそう聞かれる。 私は少しだけぼんやりして、答えた。 「…都さんのキスに…悩殺されちゃった。」 「………。」 町の隅にある神社。 ここもギリギリ範囲内だ。 私―――銀美憂―――は、出来る限りの事を終え、神社の社の中でじっとしていた。 手元に武器はない。 出来る限りの事……それは、罠を作ることだった。この社の奥にたどり着く為には、私が仕掛けたいくつもの罠を潜り抜けなければならない。 ……命が一つ二つでは、足りない。 断言できる。私の元には、絶対に来れない。 ギシッ。 建物が軋む音。 ……誰か来たのか? キィ、と扉の開く音。 夕暮れ赤い光が社の中に僅かに差し込む。 そして、次の瞬間――― バシュン!と、鋭い音。 「あ…ッ…!」 そして、微かな声音。断末魔かもしれない。 最初に仕掛けた罠――社の扉を開くと動く仕組みの罠が作動したようだ。 「妙花っ!」 あの声は…、可愛川か?! 「……誰がこんな罠を…。」 悔しそうな声。つまり、可愛川と妙花の二人が共に行動しており、妙花が罠にはまったということか。 開いた扉、差し込む光。けれど、社の奥にまでは届かない。 私はじっと成りゆきを見守った。出来ることならば、このままここを去って欲しい。 ――しかし。 暗闇の中で突然、私の手首辺りが光った。 「!」 「!? 誰かいるのか?……誰だ!」 しまった。可愛川に感付かれたようだ。 ユビキタスの装置が光った所為。妙花の離脱を知らせるものだろう。 ……警戒すべきだった。 もう遅い。 「…出てこい!……聖なる社にこんな物を仕掛けおって!」 可愛川の声には怒りが滲んでいる。 そのまま怒りに任せて突っ込んでくるのも良い。私の仕掛けた罠の餌食になるだけだ。 ………しかし、可愛川は冷静だった。 「罠が一つだけとは限るまい?」 そう言い放った可愛川は、ゆっくりと社の奥へ足を踏み込む。 ……何を考えているのだ…? ……途中、ギッ、と床が軋んだところで可愛川は立ち止まった。 「これが次の罠か。」 鋭い。 闇のせいで、可愛川が何をやっているのかはわからない。ザムッ、と何かを切るような音がした。 「……この緩い床の下に、何か仕掛けたようだな。残念だが私を引っかけるには足らん。」 どこまでも冷静な可愛川の言葉に、焦りの汗が滲む。 このまま、すべての罠に可愛川が気づけば、どうなる?――まずいぞ。 可愛川の能力はわかっている。常人以上の鋭い勘。 ここまでに仕掛けた罠を潜り抜ける可能性は…否定できない。 ……このままではいけない、そう思った私は…行動に移した。 「…可愛川、それ以上動くな。お前が思っているほど簡単な罠は仕掛けていない。」 「……その声…、銀か!…虚勢を張るのはやめておけ。」 「本当だ!…お前を殺したくはない。」 「ほぅ、おもしろいことを言うな。殺したくはない?…そんなこと、妙花ぐらいしか言わないと思っていたが。」 「……何故…疑う?」 「お前が一番理解しているはずだ。これが試験だと言うこと。実際に死ぬわけでもあるまい?」 「それは…そうだが…、しかし!」 ……可愛川の言う通りだった。 今私が声を荒げているのは、自分が生き残りたいから、それだけだ。 「これ以上の無駄口は聞かん。」 可愛川は言い切り、ゆっくりと歩き出した。 シュパッ。 仕掛けたピアノ線もあっさり切られた。 無駄に輪を作るピアノ線。あの罠が作動すれば、人間の首ごと釣り上げ、あっさりと死を招くはずだった。 ……いくつもの罠が、破られた。 「……銀、こんなものか?……浅いな。」 「………。」 …残るは、最後の罠、ただ一つ。 「距離にして後5メートル。――もう罠はなかろう?」 「いや、ある。」 「………虚勢を張るのはやめろと言っている。」 「本当だ。最後の罠だ。」 「………。」 可愛川が手にしているのは、長刀のようだ。 それをゆっくりと宙に舞わせる。 ……手応えはないらしい。 そう、あるはずはない。 「………やはり嘘なのだろう?」 そう言いながらも私に近づこうとしないのは、恐れがあるからだろう。 「…………最後の罠は、上だ。」 「なんだと?!」 可愛川が上を見上げる。 その瞬間、私は横にある紐を引いた。 天井から落ちてくるモノ。 それが私の武器だ。 「道連れだ、可愛川。」 「……!」 私は目を瞑る。 激しい音が鼓膜を突き抜ける。 身体中が炎に覆われた気がした。 これが…手榴弾の威力。 ゆっくりと目を開ける。 「可愛川さん!」 目の前には…、…妙花の姿。 「……妙花?」 ようやく私―――可愛川鈴―――は、状況を理解できてきた。 会議室…。 ……つまり、遊戯終了か。 「誰にやられたんですか?あの社で…ですか?」 「ああ、そうだ。あの社の奥にいたのは…」 私は回りを見回した。 その時、ちょうどタイミングよく、向こうの世界から帰還した者。 「……あいつだ。」 「…ん、……」 少し身体を動かして、辺りを見回す。 そして私たちと目があった。 「銀さん…だったんですか。でも、なんで今帰って…?」 銀は私たちに近づいてきて、 「悪かったな、妙花。お前が引っかかるとは思わなかった。」 と小さく頭をさげた。そんな銀の言葉にも、きょとんと不思議そうな表情を浮かべる妙花が妙に滑稽だった。 「い、いえ…あの、それより、なんでお二人は…?」 妙花が私達二人を交互に見る。 私と銀は顔を見合わせ、小さく笑った。 「う…、ん…。」 ベッドに横になった伊純さんが、小さく唸りを上げた。私―――飯島未姫―――は、ちょうど持ってきた新しい濡れタオルを伊純の額に乗せ、別のタオルで汗をかいた顔をそっと拭った。 「…………」 その時、ゆっくりと伊純の目が開いた。しばし天井を見つめ、少しして私の方に視線を向けた。 「伊純…、具合はどう…?」 「……未姫…?」 伊純は小さな声で、私の名を呼んだ。不思議そうに。何故私がここにいるのか、と疑問を抱いているに違いない。 「伊純、道に倒れてたの。すごく怪我してて、手当しなきゃって思って。」 私がそう言って小さく笑むと、伊純も安堵したように小さく笑んだ。 「そうか…、ありがとう。」 「…もう少しここにいましょう。ゆっくり休んで、また頑張ろ…、…ね?」 そう伊純に笑みかけると、伊純も小さく頷いて笑みをくれた。 「……ずっと一緒よ。」 私は伊純に、そっとくちづけを落とした。 カチャ…。 陶器の食器と金属のフォークが触れ合い、音を立てる。静かな食堂。たった一人の晩餐。 私―――呉林理生―――は、フォークに巻いたパスタを口に含み、その絶妙な美味に舌鼓を打った。 そういえば、自分で料理を作ったのはすごく久々な気がする。此処のキッチンは、普段使うコンロと比べて火力は弱いのに無駄に炎が大きいし…色々不便だった。…やっぱりここって、何十年も昔の日本のイメージなのかしら…文明度が違い過ぎる。でも、こういうのも悪くはないわ。 ――問題は、此処が戦場であることね。 …私は食べかけのパスタをそのままに静かに席を立ち、食堂の入り口付近でじっと身を潜めた。 表から靴音が聞こえる。 その靴音は、この食堂の前で止まった。 気になるのも当然であろう。今の時刻は19時。周りの民家の電灯は消えているのに、この食堂だけは明々と光りを放っているのだから。 問題は、この扉一枚挟んだところにいる人物は誰かと言うこと…。 トントン。 ……。 な、何考えてるの……。 あろうことか、その「扉一枚挟んだところにいる人物」は、そのたった一枚の扉をノックしたのである。 考えられることは二つ。 一つは、戦力のない非力な人物。 もう一つは、この食堂の中に居る人物…つまり私を、殺す自信がある人物。 …………。 後者だった場合、危険。 今の私は…非力。 数秒間考えたのち、私は一つの行動を起こした。 トントン。 と、ノック返したのである。フフ、なんだかおトイレみたいね。 相手も、私と同じことで悩むこととなる。しばし、沈黙が流れた。 そして、先に折れたのは……向こうだった。 「あのっ…、私、…悠祈です…悠祈水散です…。そ、そっちにいるのは…誰なんですか…?」 水散さん…だったのね。 ということは、前者? なぁんだ…。 「呉林理生よ。」 「あぁ、呉林さんだったんですか…。あの、開けてくれませんか?私、あの…っ…、誰と一緒にいたくて…、一人なんです…お願い…」 水散さんの泣きそうな声。私はすっかり安堵して、ドアの鍵を開けた。 ゆっくりとドアを開けると、泣きそうな顔の水散さんの姿があった。手に武器はない。 ………待って。 感じる。―――殺意を。 水散さんじゃない、どこか別の……。 …もしかして、このコの共犯者…? 可能性は高い。 「はぁ…良かった…。…あ、あの…こんな電気ついてるところにいたら誰かに狙われちゃいます…どこか別のところに行きましょう。私、いい隠れ場所見つけたんです。」 「ええ、いいわよ。あ、ちょっと待ってね。」 私は微笑してみせ…、水散さんを軽く抱き寄せた。 「え…っ…?」 そして、彼女の耳元で囁く。 「誰と一緒なのかしら?ずるいわ。」 「…!」 ひゅっ。 私の手には、一本の鞭が握られていた。 コンパクトサイズにしてポケットに入れていたそれを、彼女を抱き寄せた時、彼女が気づかないように取り出した。 そしてその鞭は、滑るように水散さんの首に巻き付いた。悲鳴を上げさせてはいけない。 私は素早く、力を込めて引いた。 「……ッッ!…ぅ、…!」 声音は出ない。水散さんは苦しそうにその場に崩れ落ちた。尚も絞め続けると、やがて意識を失い、その姿は消えた。後には、ハサミが一つ転がった。 急げ。私は食堂を飛びだし、フルに警戒した。一発目は絶対に避けなければ。どこから来る?! ……ヒュッ!! 横に飛んだ。 足下に落ちたのはボーガンの矢。 「上!」 私は小さく言うと、建物の横に入り込んだ。 細い道ではボーガンは放ちにくい。 ときおりボーガンの矢が飛んでくるが、壁の高い位置に当たって落下する。 階段が見えた。なるほど、これを登って上にいったのね。……誰だか知らないけど。 その時、手首のユビキタスが点滅した。 『悠祈水散・離脱。』 ……これよ。この報告があるから、ゆっくりしてられなかったの。 カンカンカンッ! 鉄製の階段を素早く登り、ボーガンを放つ誰かのいる屋上にやってきた。 暗い。とても暗い…。この近くに街灯はない。僅かな月明りだけが、私たちの視界を助ける。 ……一人の女性のシルエット。 長い髪が風に揺れている。 「…よくも、水散さんを殺したわね。」 シルエットと、そしてこの声が一致する人物、すぐに頭に浮かんだ。 「……命さんね…?」 「そうよ。…ねぇ、あたしがいたこと、どうしてわかったの?」 「………殺意を感じたの。水散さんには絶対にないような、冷酷な殺意をね。」 「……ふーん。」 彼女は気のない様子で小さく言うと、オーバーに肩をすくめる仕種をした。 「とりあえず…、死んでよ。」 そう言い放ってから、彼女の動きは素早かった。 瞬間的にボーガンを構え、矢を放って来た。 私は咄嗟に避けることが精一杯―――否、左の肩に焼けるような痛みが走った。 遠距離戦は間違いなく不利。私は一気に駆け出し、彼女に接近した。 「来るな!」 彼女も接近戦に持ち込まれるのはイヤらしい。当然か。 彼女まで数メートルというところで、私は鞭を走らせた。ひゅんっと鋭く空気を切り、鞭の先が彼女を掠めた。 「っ!」 ダメージがどれくらいかはわからない。 彼女はなるべく私から離れようと、屋上を走った。 「待ちなさい!」 私はそれを追う。 ガシャンッ! はでな音がした。……命さんが転んだ。 チャンス! 「動いたら打つ!」 「!」 ……チャンスと思ったのは一瞬だけだった。 そうだ。至近距離からのボーガンは、避ける手立てがほとんどない。強烈に突き刺さる。 ……。 命さんがボーガンを構えた。撃たれる! …ひゅ…。 ………撃った。命さんはボーガンを撃った。 ……しかし、その矢は私に届く前に…落ちた。 「あ…、…うああ……」 命さんは怯えた声を上げる。 「……怪我をしたの?」 「…う、撃てない…、……血がいっぱいでて…撃てない……」 ……完全に怯えきっている。 …これなら…。 「助けてぇっ…!お願い、助けて!痛いよ…手が痛いよぉっ……!」 命さんが私の足下にすがりついてきた。 先ほどまでの命さんとは別人のようだ。 「……悪いけど、…死ん」 「…死んでもらうよ。」 私の言葉に被せ、冷たく言い放った…命さん。 ………別人?私、何を言ってるの? 命さんは変わってない! 今のは、演技をしていただけ…! そう気づいた時には、足に深々とボーガンの矢が突き刺さっていた。 足に力が入らず、崩れ落ちる。 「……油断大敵って言うでしょ。」 そして彼女はあくまでも冷酷に、私の心臓を躊躇いもなく貫いた。 ふっ、と会議室に現れた呉林さん。 私―――悠祈水散―――は、彼女に駆け寄った。 「あ、だ、大丈夫ですか?」 「え…?あ、あぁ…大丈夫よ。」 彼女は私にそう答えてから、まるで眠気でも覚ますかのように、小さく頭を振った。 「……あの、呉林さん…ごめんなさいっ!」 「え?何が?」 「だって、あの…私、卑怯なことしちゃって…」 本当に申し訳ない気持ちいっぱいで呉林さんに謝った。けれど彼女は微苦笑を浮かべ、 「いいのよ。あれは卑怯って言わない。立派な作戦よ。」 そう言ってくれた。 私はその言葉で安堵して、「はい。」と小さく頷いた。 呉林さんは、正面のディスプレイに写る各メンバーの座標を見つめながら、つぶやいた。 「それにしても…、あなたの相棒、強かったわ。……生き残ってほしいわね。」 私も呉林さんと一緒にディスプレイを見つめ、また「はい。」と頷いた。今度は、力強く。 途中経過 Next → ↑Back to Top |