血液が沸騰しているように熱い。 まるで身体中が性感帯になったように、敏感になっている。興奮しているらしい。意識と身体に、酷くギャップがある。言葉を紡ぎたくとも、口が上手く動かないし、それ以前に私―――志水伽世―――の口は、塞がれていた。熱く、やたら甘ったるいくちづけで。 どうしてこんなことに……。 あたしにキスをしている女性に対しての疑心が膨れ上がる。…だまされた?おそらく彼女が打った薬は、強力な興奮剤であろう。しかも精神的に取り残される、肉体だけを辱しめる拷問にも近いもの。 「っは…!」 突然、胸元に訪れた刺激に息を飲む。ブラを外され、直に触れられる。勝手に身体がビクビクと震える。 「気持ちいいでしょ…?」 彼女がクスクスと笑む表情がぼんやりと見える。…ふっとその顔が消えたかと思うと、乳房が激しい快感に襲われた。 「ふあっ!ああぁっ…!」 こんなに感じるのは初めてだ。薬で感じる身体にされたことは何度かあるが、ここまで強力な薬は経験がない。 「んくっ…!」 敏感な突起を甘噛みされ、あたしの身体は跳ねる。その衝撃で、髪型が乱れたらしい。 「…あれ?…伽世さんってウィッグだったんだ。」 後頭部を触れられる感覚。そう、彼女の言う通り、あたしの特徴的な髪はウィッグなのだ。本当は普通のストレートを結っているだけで、その周りにふわふわのパーマのウィッグを取り付けている。この髪型の方が目立つから、買ってもらいやすいから。 「ほどいても可愛いのに…、っていうか、あたし的にはほどいてた方がタイプかな。」 依子さんは優しく囁くように言う。彼女の囁きさえも快感になってしまう。腰の辺りがゾクゾクする。 「…ねぇ、こっちはどうなってると思う?」 彼女の手があたしの胸から腹部へ、そして更に下へとゆっくり下っていく。 「い…、いや…っ…、触っちゃ…だっ…!」 あたしが抵抗の声を上げる前に、彼女の指先はあたしの熱い部位に食い込んでいた。 「ひあぁっ!!」 思わず高い声を上げてしまう。 か…、…感じすぎる…っ…! 「…大洪水。そんなに気持ち良いの?」 わかってる…くせにっぃ……! 「……ふふ…、かなり色っぽい…。…惚れちゃいそうよ…。」 依子さんは囁き、あたしの腹部へ、そして秘所へとショーツ越しのキスを落とす。 「っ…くぅん…っ!」 布越しに温い感覚があった。既にかなり湿っているショーツを、舌で舐められている。鼻を擦り付けたり、舌を尖らせて強く突いたり……彼女の愛撫は全て的確であり、あたしの快感を呼び起こす。 「あぁっ、…はぁんっ…!」 知らずに喘ぎ声が上がる。羞恥心と快感が織り混ざって、おかしくなりそうだ…。 「オープン〜vv」 彼女は楽しげに言うと、あたしのショーツを下ろしていく。 「あっ、はぁっ…!」 既に抵抗の言葉を吐くことさえままならなくなっていた。身体中…特に脳と下腹部が、ジンジンと痺れる。 「…あー、やり込んでる感じだぁ。これはこれで色っぽくてスキだけどvv」 彼女の言う通り、かなり頻繁な性行為を行なってきたあたしの其処は、キレイとは言い難い。しかしそれを色っぽいと言う彼女は、一体どういう神経をしているんだろう?…………そんな皮肉を思いながらも、彼女の言葉に喜んでいるあたしもいた。 「伽世ぅ…、……かわいい…」 「ひゃっあ!」 尖った舌が陰唇を割り開く。じゅく、と蜜が溢れ出るのを感じる。 それからしばし、彼女は沈黙した。愛撫に専念した、と言う方が的確だろうか。淫らな水音と、あたしの喘ぎ声だけが部屋に鳴り響いていた。 「…あぁ…、ぅ…」 …おかしくなりそう。このままされ続けたら…、…もう…。 「………お口、空いてる…?」 依子さんは、遠慮がちに小さく言った。 言われて、彼女のおしりが近くにあることに気づく。 あたしは彼女の薄いピンク色の可愛らしいスカートをたくしあげると、Tバックの小さな布をスルリと下ろした。 「ぁん…」 彼女の小さな喘ぎが耳に心地よい。 そっと指で彼女の秘所をなぞった。そこはキレイなピンク色で、しかし陰唇の奥地の暗い紅色は、成熟した女を感じさせた。 あたしは彼女のおしりを抱き寄せ、秘所に顔を埋める。…こうしている間も、彼女からの愛撫は続いている。あたしも何かしてないと、本当に気をやってしまいそうなのだ。 「…はっ、…ン…」 彼女の秘所は、女性器独特の甘い香りがした。あたしはこの香りが好きだ。男性のキツい匂いよりもよっぽどいい。愛しみ甲斐がある。 しばらく、シックスナインの体勢であたしたちは愛撫しあった。しかしそれも長くは続かず、やがて頂点が近づく。 「伽世…、ヒクヒクしてる。気持ちイイ?」 最初の頃の上位に立ったような口の聞き方ではなく、甘えるような、年下らしい可愛い言い方で依子は言った。 「…ぅ…ん…、…イイ…。…依子、…も…、…溢れてる…」 「はぁん…、…伽世が…上手だからぁ…」 先ほどまでの疑心は、既に快感に溶け去っていた。ここまで快楽に溺れたのは初めてかもしれない。何も考えられない…唯、相手である彼女の存在が、あたしの中で膨れ上がる。 もしかしたら、あたしはこのコを愛しているのかもしれない…、そう錯覚してしまうほど、依子が可愛い。魅力的に感じる。 「…一緒に…イこ…。」 依子は身体を起こして反転させ、顔と顔が向き合う体勢になる。 「あっ、うぅん……!」 依子はあたしの片足を上げ、あたしの両足の間に身体を滑り込ませ、そして秘所をあたしの秘所に押しつける。 その柔らかく肉厚で、それでいて熱い感覚に…驚いた。こんな快感があったなんて。 「んぅっ、…はぁあ……」 依子が腰を揺らし、秘所を押しつける。いつしかあたしも腰を振って、応えていた。 「あぁっ、…イ、…いく…っ…!」 先に根を上げたのはあたしの方だった。更に腰のペースを早め、頂点へと急ぐ。 「あぁっ、ふああっ…!」 依子の可愛い喘ぎ声を聞き、堪らぬ愛しさに駆られた。あたしは、その華奢で崩れ落ちそうな細い身体を抱きしめ、そして自ら唇を求めた。クスリのせいもあるとは言え、ここまで乱れた自分に驚いている。 「ふぁん…ん、……んぅ……」 無意識に舌を動かしながら、あたしは頂点を迎えた。知らずに依子の背に爪を食い込ませ、快感を貪った。 依子を抱きしめたまま快感の余韻に浸っていると、今度は依子の方が腰を使ってきた。 「ん、ン……伽世ぉ…、…イイ、のぉっ…」 依子は蜜の溢れる秘所をあたしの太股に擦り付ける。くちゅくちゅと淫らな音がする。 あたしは空いた手を依子の秘所にそっと添え、指を二本彼女の膣に差し入れた。 「あっ、ああぁっ!!イイッ、いいのっぉ!」 依子は口を半開きにしてよだれを垂らしながら、あたしの指をきゅうきゅうと締め付ける。ぬるぬるした内部で、指が滑るように動く。 依子が唇の端に零したよだれを舐め取りながら指を動かしていると、きゅぅぅっと強い締め付けを感じた。 「あ、ふあ―――っっっ!!」 胸を揺らしながら、依子が仰け反る。 ……やがてふっと力が抜け、あたしに身体を預けて来た。 「…はぁ…っ、……伽世…、…だいすきなの……」 「……依子…」 依子の甘い囁きに内心喜びを感じつつ彼女の髪を撫でると、依子は顔を上げて言った。 「嘘だって思ってるでしょ?」 「え…?」 突然真面目な顔で言われても、何の事だかわからなくてあたしは依子を見つめ返す。 「だいすきって、本当だからね。……だから、…こんなクスリ使っちゃったワケなんだけど……、…卑怯だったけど…許してね。…あたし、本当に伽世さんと結ばれたくてっ…!」 「………本気で言ってるの?」 あたしは真顔で聞き返していた。 あまりに唐突な告白で、まず仰天していた。 「……本気よ?…信じられないかもしれないけど…、…その、恥ずかしくて直接話しかけたり出来なくて…、……あたし、いっつも影から伽世の演奏聞いてたんだから…。」 「……依子…」 「………さっき、六花ちゃんと話してるのを偶然聞いちゃって…それで、あたしどうしても伽世さんを止めなきゃって思って!…告白…しようと思ったけど、でも、いきなり告白されても、引くでしょ?普通。…あ、今も引いてるかもしれないけどっ…」 「…それで、こんな方法に出たの?」 「………うん。」 申し訳なさそうに俯いて言う依子に、あたしは彼女の突飛さだとか大胆さに驚きながらも、自然と笑みが出ていた。しかし、ふと疑問が浮かび上がる。 「…あのクスリは一体どうしたの?なんで、引き出しに…?」 「あっ、そ、それは…」 依子は焦ったように身を引き、俯いていた。 しかしやがて決意した様子で顔を上げ、言った。 「…その…、…あたし…オナニーをするのに…あのクスリを使ってて…。…スる時は、いっつもこの部屋使ってて、…それで…」 ………心なしか、真赤になっているように見える。そんな依子が可愛くて可愛くて、あたしは彼女をぎゅっと抱きしめた。 「…よくわかりました。」 そしてそっと囁く。 依子は尚も申し訳なさそうに続ける。 「本当に…ごめんなさい。」 「…許すわ。………、…あたしも…依子のこと好きになっちゃったかも…」 小さく言うと、依子はがばっと顔を上げた。 「本当っ!?本当の本当!?」 「……うん。」 あたしは小さく笑んで、頷いた。 依子はめいっぱいの笑みを浮かべ、 「嬉しいっっ!」 と言って、がばっと強く抱きついてきた。あたしは彼女の体重を支えきれず、ベッドに押し倒される。 「……愛してるわ、伽世。」 「………あたしもよ。依子。」 そして、甘いくちづけを交わした。 本当に、依子のことが好きになっていた。 こんな可愛くて無垢な笑みを浮かべる女の子が…、……………まさかあんな女だなんて、思いもしなかった。 「あぁぅ…、……苦しいよぉ……」 「我慢しなさい。漏らしたらお仕置きだからね。」 「うぐぅ…、……はっぅ…!」 六花は眉を顰め苦痛に耐える。 「もっとちゃんと締めなさい!」 「は、はひっ…!」 厳しく叱咤すると、六花ちゃんはビクリを身体を強ばらせる。 「………それじゃ、行くわよ。途中で漏らしたりしたら…、……わかってるわよね?」 「…はい…」 あたし―――水戸部依子―――は、全裸で脂汗を流す六花をベッドから起き上がらせる。 ほんの一時間前に伽世と愛し合った、あのベッドである。 立つだけでもかなりつらそうな六花。それでもなんとか必死でこらえ、個室備え付けのトイレに入る。 「…またがりなさい。」 「え…?」 洋式の便座に座ろうとする六花に言うと、六花は困惑したようにあたしを見上げる。 「じゃないとあたしが見えないでしょ?そんなこともわからないの?」 厳しく言うと、六花は目に涙を溜めた。 「早くしなさい。」 たかが涙で情にほだされるとでも思っているのだろうか?まだまだ教育が足りない。 「………はい…。」 六花は小さく頷き、洋式の便器に跨がった。 「いいって言うまで出しちゃだめよ。」 「……そんな…、ぁ……」 苦しみの余りか、六花の身体がふるふると震えている。 「…っ、…くぅ…」 だらだらと脂汗を滴らせ、六花は堪える。 しばらく焦らしてやってから、あたしはようやく許可を出す。 「いいわよ。出しなさい。」 「はっ…」 あたしが許可を出してから間も無く、六花の菊蕾から茶色い排泄物がどばどばと溢れ出る。 「ふああっ…!」 下剤と排泄物が混じり、液体状になった其れはなかなか止まらなかった。 「あぁっ、はぁあっ!!」 六花は意味不明の言葉を叫び、打ち震えている。 あたしはトイレの壁に背をもたれ、その情景を眺めていた。さっきシたばっかりで疲れてる。でも今夜の調教は昨日から約束していたので、さぼるわけにもいかない。期待を裏切らないのも大事なのだ。 やがて排便を終えると、六花は便器に跨がった体勢のまま荒い息をつく。あたしはそんな六花に近づき、前の割れ目を開いた。 「……濡れてる。…ウンチして気持ち良かったんだ?」 「やん…、……そ、そんなこと…」 「……じゃあ、なんで濡れてるのかしら?」 「………。」 「黙ってないで何か言いなさい。」 六花はなかなかに賢いコだ。あたしが言わせたいことはすぐに理解してくれる。 「…うんちして…、…気持ち良かったです……それで…濡れました…。」 「…そ。淫乱ね。」 あたしは薄く笑むと、水洗で排泄物を流し、出したままの六花を連れてシャワールームに向かった。 「………依子さん…、…あの…」 「…何?」 「……今日は、なんだか違う感じが…」 「違うって?」 「…口数が少ないっていうか…、…少し恐い感じが…。」 六花は遠慮がちに言う。あたしは小さく笑って言った。 「疲れてるだけよ。くたくたなの。」 「あ、…あの…そうなんですか…」 「うん。」 あたしは小さく頷き、シャワーのコックを回した。下着姿だったあたしは、下着も脱いでくれば良かった…と後悔した。 あたしはシャワーを六花の秘所に重点的に宛ててやる。 「あんっ、…、あの、依子さん…」 「……なぁに?」 小さく喘ぎながら、六花はあたしに話しかけてくる。 「…今日は…その…、お疲れのところ…、……あたしに、その…シてくれて……、…ありがとうございます…。」 六花は少し俯き加減で、小さな声で言った。 六花の調教は思ったより楽そうだ。従順なコはこういうところが可愛いのよね。 「……六花の為だもの。」 あたしは優しく笑み、そっと六花にくちづけた。 「ん…、ふ…っ…、……依子さん…、……」 …六花は口籠るように、何事かを呟いた。 「なぁに?」 あたしが六花の顔を覗き込んで問うと、六花は真赤な顔をして言った。 「…どうしよう…あたし…、……依子さんのこと……」 「……嫌いになっちゃう?」 あたしは悪戯っぽく笑んで言う。 六花はふるふると頭を横に振った。 「…好きに…、なっちゃう……」 …落款。 もっと手応えのある女も落としたいな。 伽世さんもあんなに簡単に落ちるとは思わなかったし。…きっと、愛とマリファナに飢えてたのねー。 恋人の振りしてなきゃいけないのはめんどくさいけど、まぁ仕方ないか。 あたしは薄く笑んで囁いた。 「六花はあたしの奴隷。そうでしょ?」 六花は瞳を揺らしてあたしを見つめ、コクンと頷いた。 あたしは満足げに笑み、六花の耳元で優しく囁いてやった。 「愛しているわ。…あたしの六花。」 「………とは言ったものの…ねぇ。」 「いや、『ねぇ』と言われても困る。」 はっふーとため息をつく都を前に、あたし―――乾千景―――も困惑する。 「思い切っちゃうんですねっ。」 佳乃はワクワクしながら都に詰め寄る。 「……いい加減、答え出さねば!とは思ってるのよ。でもいざってなると…悩んじゃうのよね…。」 都は小会議室の机にぺたーと顔をつけてゴロゴロする。…ってか、恋愛相談で会議室に呼び出すなよ。 「こんなこと、二人にしか相談できないのよぅ。ね、わかるでしょ?」 都は交互にあたしたちの顔を見て言う。 「……あれ、都さん、杏子さんに相談したりしないんですか?」 佳乃は小首を傾げて都に問う。うむ、そりゃそーだ。 「だってさ、杏子ってロリじゃん!」 「…はい?」 「………ロ、ろり?そうなの?」 あたしたちが怪訝に聞き返すと、都はきょとんとしてあたしたちを見る。 「あれ?知らないの?杏子って冴月ちゃんラブなんだよ。」 「は…?」 「…へ?」 佳乃とあたしは顔を見合わせ、再び都を見る。 「本当に。なんか、前の施設で会う前から知り合いだったみたいだけど。」 「ぬゎにっ、そんな話し聞いてないぞ!」 「そうなんだ…、知らなかった。」 ……待てよ。こないだ課長と話した時、三森さんの恋人候補に冴月も杏子さんも出てなかったような。『私は何でもお見通しよ。』とか言いそうだもんなぁ…。 「まぁロリってのは冗談だけど。杏子は杏子で相談に乗ってもらったんだけど、出来るだけいろんな人の意見が聞きたいと思ってね。」 都が結構真面目モードで悩んでいる…。 どうしたもんかなぁ…。などと思いつつ横目で佳乃を見遣ると、佳乃は腕を組んで唸っていた。真剣に考えているようで、やや俯き加減のまま動く気配もない。 ……か、可愛いなぁ…。 「千景ちゃん。何見てるのー?」 「いっ…!?」 突然都のつっこみを受け、あたしは身を竦める。くそ、妙に目敏い奴めぃっ。 「千景ちゃんが見とれるのも無理ないよねぇ…。あたし、佳乃ちゃんと付き合っちゃおうかなー。」 「………は?」 しばらく腕を組んだままで固まっていた佳乃が、かなりの間を置いて顔を上げた。 「こっちのハナシ。」 都は歯を見せて笑み、チラッとあたしを見遣る。 「…それなりの制裁は取らせてもらいますけどー?」 あたしは舌を出して都を睨みつつ言った。 「あの、都さん。私、考えたんです。」 佳乃はそんなやりとりも耳に入ってないらしく、真面目な顔で語り出した。 「やっぱり、愛し合ってるなら結ばれるべきです。おそらく向こうも…和葉さんもそれを望んでいると思うんです。確かに、そのことによって誰かを傷つけてしまうかもしれないけど…、…きっとその傷を癒すために、誰かがいてくれるはずですよ。……きっと。」 ……そうか。伊純のことか…。佳乃も結構悩んでたもんなぁ。ほんっと、気配りに関しては佳乃の右を出る人っていないよね…。いい意味でも悪い意味でも。 「……、…ありがと、佳乃ちゃん。」 都は微笑し、頷いた。 「……箕ナのことが、気がかりではあるんだよね。……箕ナは、理生さんが…いる…って言うとおかしいかもしれないけど…。」 「……理生さん?」 突然出てきたその名前を思わず聞き返した。何、どういうこと?なんで理生さん?? 「……あ。」 都は「しまった」という顔をして、口を噤んだ。 「ちょっと、どういう意味?詳しく教えてよ。なんで箕ナと理生さんなわけ?」 あたしは思わず身を乗り出していた。ちょっぴり複雑な気持ちになりながら。 ……まぁ、あんな素敵な人なんだから、噂の一つ二つあって当然なんだろうけど…。 「いや、違うの、その、なんていうか…」 都が何かをごまかしているのは一目瞭然だった。 「……まぁ、あたしが知る必要もないか。 で、箕ナは何か言ってるの?」 都の焦り様を見てると何だか可笑しくなってきて、あたしは敢えて話を逸らした。 「あ…、えと、箕ナは別に何も…。唯、秋巴が言うには、たぶん大丈夫だ、って…。」 「…ふぅん。ならいいじゃない。ってか周りのことなんて気にしなくていいって。ウジウジしてると結局自分が後悔するよ。」 「……そうね。……ありがと。…誰にアドバイスをお願いしても、結局そう言われるんだ。…やっぱ、それが一番だよね…。」 都はしばし思いつめた表情をしていたが、やがてふっきれたように笑みを零した。 「…時間取らせてごめんね。…頑張る。」 「…うん、頑張れ。」 「頑張ってください。応援してますっ。」 都は席を立つと、ひらりと手を振って部屋を後にした。 「…あたしたちも行こうか?」 あたしがそう言って立ち上がると、 「あ…、うん。」 佳乃も一緒に立ち上がる。 「…あ、あの、やっぱり待って。」 あたしが部屋を出ようとすると、佳乃に呼び止められる。 「…どうしたの?」 佳乃はどことなく不安げな表情を覗かせる。 「千景…、…やっぱり理生さんのこと、気になる?」 ………。 佳乃って、ふにふにしてるけど…重要な事に関しては、かなり鋭いんだよね…。 「…さっき、話題を変えてたけど…でも、都さんが困ってたからなんでしょ?本当は…」 「……まぁね。」 佳乃に隠し事なんて出来ない。 …信じてくれる佳乃に対して、それは最低限の礼儀である。 「気にならないって言えば嘘になる。……理生さんの気持ちは、嬉しかったし…でも、それに応えられない自分がもどかしかったし。だから…理生さんに恋人が出来たって言うんなら、あたしは祝福したいって思うよ。」 自分の考えをまとめる意味も込め、あたしは一つ一つの想いを言葉にしていった。 「……そっか。」 佳乃はそれを聞き終え、安心したような笑みを零す。 「今は、まだもやもやしてる。理生さんの気持ちが、もしまだあたしに向いているなら…、…罪悪感って言うかな。そういうのは感じるし。だから正直言って、理生さんが他の人とくっついてくれれば楽なんだよね。…ぶっちゃけ。」 「…うん。」 話しながら、佳乃に片手を差し出すと、佳乃はその手を握り返してくれた。佳乃をつれて会議室を後にし、廊下を歩きながら話しを続ける。 「…でも、それを無理矢理聞き出す権利なんてあたしにはないし…。それはきっと、理生さんから言ってくれるって信じてるから。」 「……そうだね。」 佳乃は微笑を称え、小さく相槌を打ってくれる。 「………あたしの気持ちはそれだけ。………佳乃は?」 「…うんー…、なんていうか、私って気が弱いんだよね。…だから、いっつもビクビクしてる。誰かに千景を取られちゃうんじゃないかって。…もう、理生さんになんか近づかないで欲しい。関わらないで欲しいよ。」 「………。」 佳乃の過激な発言に、少し驚いた。佳乃とは思えない自己中心的な…ワガママな言葉。 …そうさせているのは…あたしなんだ…。 あの佳乃を、こんなに欲張りでワガママで、独占欲の強い人にしてるのは…あたし。 「…あ、なんか変なこと言っちゃったかな…ごめんね。」 佳乃はあたしの様子を見てか、少し気後れた様子で謝った。 「……佳乃、心配しなくていいよ。あたしは佳乃だけ。絶対に変わらないから。…ほら、前に言ったじゃない。willでもcanでもなく、…mustだって。ね。」 「…千景。……キスしよっか。」 佳乃は突然立ち止まると、あたしの方を向いてそう誘ってきた。 「………キスすれば信じる?」 あたしは佳乃を壁に押しつけながら、尋ねる。 「信じてはいるよ。信じてる…けど、今の千景が欲しくって……。」 ……ぞくん。佳乃の言葉に、何かが背筋を走り抜けた。腰に来る…って、この事か…。 あたしは壁にもたれた佳乃の肩に触れ、そっと唇を寄せた。 「………ンっ…。」 佳乃が小さく声を漏らす。 あたしはフレンチキスで終わらせることはせず、寧ろ更に推し進めるかのように密着させていた。 「…ふっぁ…、…っ…」 一瞬唇を離すと、佳乃は水中から出た時のように大きく息を吸い込んだ。しかしこれで終わりではない。 「…ん、…、…ぁ…っ…!」 あたしは再び唇を密着させると、その舌で佳乃の唇を舐め、奥へと侵入させようとする。 佳乃のガードは鉄壁で少々手こずるが、肩に置いた手をするりと佳乃の胸元に滑らせると、佳乃の身体から力が抜けた。 「…んんっ…!」 舌を押し進め佳乃の歯茎を舌でなぞると、佳乃はくぐもった声を漏らす。抵抗にも似た佳乃の舌の動きを感じつつ、口内の至る所を舌で侵していく。 「…ん、んんーっ…!」 あたしの手が佳乃の胸部をやんわりと掴んだと同時に、佳乃は一際高い声を漏らす。それは喘ぎといった類ではなく、おそらく抵抗のそれであろう。恋人同士なのに抵抗されてしまうと凹むが、今のあたしはいつもよりも大胆になっており、そんなこと気にしない。 ……スイッチを入れたのは、佳乃の言葉。 「はっ、うぐぅ……!」 ぴちゃぴちゃとわざと音を立て、佳乃の唾液を啜る。泡沫の泡が口の中で弾け、甘い感触を生み出す。それをしばし楽しんだ後、こくんと嚥下する。今まで飲んだどんなアルコールよりも甘く、そして強く、あたしを中から酔わせていった。 指先を佳乃の胸部で滑らせ突起を探した。硬い下着越しにも感じることのできる、少し小振りでしこったその突起を見つけ軽く摘んだ、その瞬間… どんっ。 あたしは佳乃に突き飛ばされ、その場で尻餅をついた。 『……っ…』 あたしが痛みで漏らす声と、それとは別の意味をもった佳乃の声が重なった。 「佳…」 「千景…っ…、あたし、こんなっ…!」 見上げると、佳乃は涙目になっていた。両手で胸元を隠し、その身体は小刻みに震えている。まるでレイプを受ける直前の少女のような様子だった。 「……イヤ…なの?」 あたしが尻餅をついたままの状態で、佳乃を見上げ言う。 「…っ……!」 佳乃は片手で口元を覆い、押し黙った。涙を堪えているように見える。 「こ、…こういうのは…っ…」 佳乃は搾り出すような声で小さく言う。 「…もっと、段階を踏んでからとか、そういうの…!」 「…段階?伊純とは段階なんてナシで速効シたくせに、あたしとはっ…」 「…! ……ひどいよっ…!」 佳乃は一筋涙を零し、その場から駆け出していた。 「……っ…、…。」 佳乃の後ろ姿を見て、我に返った。 後悔した。 あたし…なんてことを…。 …さっきの行為が早急過ぎたとは思わないし、その点は反論もしたい。でも、どうかしてたとは言え、伊純のことを引っ張り出すなんて…最低だ。 「…っ、…佳乃!」 あたしは慌てて立ち上がって駆け出し、佳乃の名を呼んだ。尻餅をついた拍子に腰を強く打ったらしく、身体が痛んだがそんなこと構ってはいられない。 しかし、エレベーターは既に上に上がっている途中で、その表示をじっと見つめていると1階まで上がって止まった。 「…っ…佳乃……」 あたしは何度も何度も急かすようにエレベーターのボタンを押して、降りてくるのを待つ。こんな時に限って、エレベーターは二階で止まったりして、あたしの思いを裏切る。 やがて降りてきたエレベーターに飛び乗ると、誰かにぶつかりそうになって踏鞴を踏む。 「あ、ごめ…っ…」 相手も見ずに頭をさげて、ふと目に入ったその服装に、あたしは言葉を切らせた。 「千景ちゃん…。…あ、急いでるのね。」 「り、理生さん…。」 こちらこそごめんね、といつもの優しげな微笑みで言った理生さんは、そそくさとエレベーターを出ていこうとした。 「ま、待って!」 「…?」 理生さんは振り向いて、不思議そうにあたしを見る。 「…あ、あのっ…、…、……」 息も切れ切れで、あたしは何かを切り出そうとするが…それが見つからず、沈黙してしまう。 あたしと理生さん二人を乗せたまま、エレベーターの扉が閉じた。 「……どうしたの?大丈夫?」 理生さんは身体を屈め、俯いたまま動揺しているあたしの顔を覗き込む。 「…う、…うん…。」 なんだか身体がドッと疲れた感じがして、あたしはその場に座り込んだ。 「…こんな密室で私と二人っきりになったら、アブナイわよ。」 理生さんは、言葉とは似ても似つかぬ優しげな笑みであたしに言う。そんな理生さんを見上げ、何度か呼吸をして息を整えた後、あたしはこう尋ねた。 「…理生さん…、……あの…、…まだ…あたしのこと、好き?」 その問いは意外だったらしく、彼女はきょとんとしてあたしを見つめた。その後ふっと微笑して、言った。 「……そんなこと言わせていいの?」 「いいの…聞きたいの…。」 あたしが真面目に頷くと、理生さんは微笑し、あたしと同じ目の高さになるようしゃがみ込んで言った。 「好きよ。私の想いは永久不変。…千景ちゃんにとっては迷惑かもしれないけどね。」 理生さんは苦笑して言った。 「…箕ナと…噂になってるけど…、…どういう関係なの?」 「…Mina…と…?」 理生さんは決して、動揺した風には見せなかった。しかしそれがポーカーフェイスであると、あたしは確信していた。 「答えて。あたしのことが好きなら…何も隠さないで言って。」 あたしはじっと理生さんの目を見つめ、そう問う。なぜこんな問いかけをしているのか、自分でも曖昧だった。けど…知りたかった。 理生さんは僅かに目線を落としてしばし沈黙した後…、きっぱりと言い放った。 「セックスフレンドよ。…それ以上でもそれ以下でもないわ。」 「……。」 理生さんの堂々とした姿には、驚きさえした。しかしその言葉は堂々と言うべきことでは…ないと思う。 「…よくそんなこと…、あたしに言えるよね…。好きなんじゃないの…?」 「あら、千景ちゃんが隠さずに言ってって言ったから、正直に答えただけよ。」 「だからって…!…セックスフレンドがいるけど好きですとか、そんなの…普通、軽蔑する…。」 「……そうね…。」 理生さんは困った表情をしながらも言葉を続ける。 「確かに軽蔑されちゃうのは仕方ないと思うわ。…でも、恋人でもないのに、文句言われちゃう筋合いはないでしょ。軽蔑するならしてもいいのよ。……私が悪いんだから。」 理生さんのその言葉に、一つも嘘は見当たらない。本当に、何も隠さずに話している。彼女が誠実なのか否か、あたしには判断できなくなっていた。 「……なんで…そんな関係作ったの?」 「…Minaだから…かしら。」 「……どういうこと?」 「あの子ね、寂しがりなの。だからそばに居てあげなくちゃ。」 「じゃぁ、Minaと付き合えばいいじゃない!」 …なんであたし、怒ってるんだろ。 なんだかわからないけど、ムカつく。 「それはできないわ。私が好きなのは千景ちゃんだもの。」 「………。」 反論できない。けどムカつく。 「話は、もうおしまい?」 「…っ…、理生さんなんか……大嫌い……!だいっきらいだ…!」 あたしはキッと睨んで言った。 …その時、理生さんは初めていつもの表情を崩した。 きゅっと唇を噛み、目を伏せる彼女の姿は新鮮だった。理生さんの弱い姿なんて…初めて見た…。 「……それなら、私の姿なんてもう見たくないでしょ?」 それでも理生さんは気丈にそう言って立ち上がると、あたしに背を向けエレベーターを出ていこうとした。 「ま…待って…。」 ……何やってんの、あたし…。 ………意味わかんない…。 「…千景ちゃん。」 理生さんはあたしに背を向けたまま、言った。 「…何かあったんでしょ?」 「……!」 「………私はちゃんと全部話してるのに、千景ちゃんは何も話してくれないのは…ちょっと寂しいかな。……仕方ないけどね。」 …理生さん…って…すごい…。 あんな酷い言葉を投げかけられても……、怒ったりもしないで、あたしのことをちゃんを考えてくれてる。なんて…すごい人…! 「……佳乃ちゃんとはうまくいってるの?」 理生さんは、ゆっくりと振り向いた。いつもの理生さんに戻っていた。あの優しげな笑み…。 「…っ…、…理生さん……、理生さん…っ」 あの笑みに見つめられると、なんだか胸が熱くなる。お母さんみたいな優しい笑み…。 「……なぁに?」 理生さんは、涙の流れ落ちるあたしの頬を指先で撫でてくれた。 「…佳乃…、…佳乃のこと…傷つけちゃって…、…あたし…、どうしよう…!」 「あらあら…喧嘩でもしちゃったの?…………傷つけちゃったなら、謝らなくちゃね。心を込めて謝れば、佳乃ちゃんの心の傷もすぐに治っちゃうから大丈夫よ。」 理生さんはあたしの髪を撫でながら、優しく言ってくれた。 その時、エレベーターが小さく揺れた。ぐぅんと重力が身体に掛かり、エレベーターが上昇していることを悟った。 「涙、拭かなくちゃね。」 理生さんは白いハンカチをあたしに差し出してくれた。あたしは立ち上がってハンカチを借りて涙を拭くと、小さく頷いた。 「……謝る…、…謝ってくる…。」 「…うん。」 理生さんは微笑むと、ふわりとあたしの身体を抱きしめた。 「……本当は妬けちゃうんだから。…私の気持ちも…知っててね。」 「………うん…。」 理生さんがぱっとあたしの身体を離したと同時に、エレベーターの扉が開いた。 「…あれ、千景と理生さん。偶然〜。」 エレベーターに乗り込んできたのは、箕ナだった。 「偶然ね。」 理生さんは小さく笑み、箕ナに会釈する。 やがてエレベーターは一階で止まると、箕ナを先に下ろし、次にあたしも降りた。 「…あれ、理生さん降りないの?」 箕ナが不思議そうに言うと、理生さんは苦笑して 「乗り過ごしちゃった。」 と言った。……本当は、四階に用事だったはずなのにね。あたしに付き合わせちゃった。 扉がゆっくりと閉まりかけるのを見て、…あたしは慌ててエレベーターの中の理生さんに向けて言った。 「理生さん!…ごめん…!」 「……。」 閉まりかける直前のほんの一瞬、理生さんの微笑が見えた。……あたしはまた胸が熱くなって、涙腺が緩くなってくる。 「…?…どしたの?なんかあったの?」 箕ナがそんなあたしを見て言った。 「……なんでもないよ。べっつにー。」 「うわ、あたし仲間外れ?…ムカつくー。」 「そうそう、仲間外れー。」 あたしが庭園に向かうと、箕ナはくるりとUターンをした。 「…行かないの?」 「あー、うん、ちょっと忘れもの。」 箕ナは曖昧に言って、エレベーターの前に立つ。 ……多分、今から理生さんを追っかけるんだろうな。……それで、エッチするのかな。 エレベーターを待つ箕ナの後ろ姿を見ながら、そんなことをちらりと思った。 「……。」 …あたしは小さく頭を振り、箕ナに背を向ける。今は、もっと大事なことがあるんだ。 …早く行かなくちゃ。 ………妙に胸が苦しいのは、何でかな…。 「……クスン。」 おっと。 異常発見…っと。 「…小向?」 「はっ…!」 私―――蓮池式部―――の日課となった庭園の見回り。といっても日々平和で、散歩くらいにしかなっていない。 しかし、最近は何やら色々と……。 草むらに座り込んで思いつめる女性が多い様だ。 「どうしたの。」 草むらの陰で座り込んで俯せる女性。緩く二つに結った見慣れた髪型で、大方予想は付く。 「は、蓮池先輩っ…」 小向は慌てた様子で目のあたりをゴシゴシ擦ると、くるっと振り向いた。 「……またウサギ目になってるじゃない。」 「うっ…。」 小向は隠したつもりだった様だが、赤くなった目でバレバレだった。 「こんな所で泣いてたら心配するでしょ?」 小向に近づいて、その頭をそっと撫でる。 「ご…ごめんなさぁいっ…。」 小向はふるふると頭を振りながら、その両手で口元を覆う。意味不明である。 「ほら、佳乃。お姉さんに話してみなさい。何があった?」 「…ほぇ…。」 小向は、顔を覆った両手の隙間から不思議そうに私を見上げる。 「……佳乃?」 そして、そう聞き返した。 「ファーストネームでは呼ばれたくない?」 「あっ、ううんっ、違うんです…その…びっくりして。」 「私がそう呼ぶのが?」 小向はコクンと頷く。 「だって、今までとは違うのよ。」 私は小さく笑んで、小向の隣に座り込んだ。同じ高さの目線で、小向が私を見つめて瞳を揺らす。 「今までは、単なる上司と部下だったけど…、今は違う。そう…思わない?」 私が言うと、小向はコクンと小さく頷く。 「どう違うって聞かれると答え様に困るけれど…少なくとも私は、今までとは違う付き合い方がしたいな。小向とも乾ちゃんとも…ね。」 私が「乾ちゃん」の言葉を口にした時、小向はピクンッと顔を上げて反応した。 「……乾ちゃんと何かあった?」 分かり易い小向の反応に、そう聞かずにはいられなかった。すると、今まで黙って相槌を打っていた小向が小さく声を漏らした。 「……ぅ…、喧嘩…しました…。」 小向はそう言うと、顔を伏せてきゅっと唇を閉じた。瞳に涙が溜まっていくのが見て取れる。 「…それは…、佳乃が何か言ったの?」 フルフル。首を振って否定する小向。 「じゃあ…乾ちゃんに何か言われたの?」 ………コクン。 「……なんて言われた?話せたらでいいけど…」 「……あの、ですね…。」 小向はしばし戸惑ったのち、改まって私に向き直り、 「迫られました。」 ………と、言った。 「……はい?」 私は思わず聞き返す。 「…迫られました。」 小向は、あくまでも真面目に繰り返す。 …そうだった……、小向ってこういう子だったんだっけ……。 「……千景は…、…そんなに私の身体が欲しいんでしょぉかっ…?」 「…う、…うーん……。」 こればっかりは、本当にどう答えれば良いかわからなかった。小向が至って真面目な様子なので尚更、だ。 「…私…、…心の準備がまだ出来ないです…。……そりゃ、伊純ちゃんとは確かにすぐシちゃいましたけどっ、でもあれは…その、衝動的にっていうか…、…。…それとこれとは…別問題だと…。」 「…そりゃ別問題だけど…、まさか乾ちゃん、そのことを引き合いに出してきたの?」 「……はぁ。」 小向は項垂れた様子で頷いた。 「そりゃあ…。」 私も小向につられるように小さくため息をつく。 「悪いのは乾ちゃんね。」 「……そう…ですよね…。やっぱり千景の言葉…酷いですよね…。」 「…まぁ、カッとなって思わず出ちゃった言葉かもしれないし、多分乾ちゃんも反省してるわよ。寛大な心を持ちなさい。」 「……はぁい…。」 しかし小向は、いまいちふっきれる様子を見せない。 「まだ何か気になってるの?」 「え、…うーん…と…。…伊純ちゃんのことを引き合いにだしてきたのは、まだ謝ってもらえさえすれば許せるんですけど…。それより、問題は……。」 「心の準備…のこと?」 「…そうです。」 うーん…これは…かなり重大な問題かもしれないわね…。 「…ねぇ、佳乃はなんで心の準備が出来ないの?」 「え…?ええ…っと…、なんでと言われても困るんですけど…。」 「でも、何かあるんでしょ?恥ずかしいとか、見られたくないとか、そういう気持ちが。」 「………恥ずかしい…、…見られたくない……、…っていうか…、………怖いんです。」 小向は乾いた土に座り込み、雑草をぷちぷちと毟りながら言う。 「怖い…?…どうして?」 彼女が初体験なわけはないし、伊純さんとしたくらいだから、行為自体が嫌いなわけでもないだろう。彼女の怯えが何に対してなのか、私には察しがつかない。 「………その…、…関係を持つことで、何かが壊れちゃうかもしれないって…。ほら、よく聞くじゃないですか。」 「……。」 彼女の言葉に、ふと思い出したことがあった。 「……大好きだから、彼に足を開けない。」 「え…?」 私のつぶやいた言葉、小向が聞き返す。 「足を開いてしまったら、私はあなたが誰でもよくなる…。 ……昔読んだ本にあったのよ。」 「………。」 「……そんな感じ?」 小向は、俯いたまましばし沈黙した。 そして、ふっと顔を上げた瞬間、その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。 「…あたしは…、……、……今の関係を…壊したくないんです…。」 「………でも、乾ちゃんは望んでる。壊すことじゃなくて…進むことを、ね?」 「………。」 「……恋なんて、ちょっとのことで壊れちゃうわよ。…お互いの思いの食い違いで、喧嘩別れ。私もあるわ、そんな経験。……どっちかが折れてあげなくちゃ。」 「………でも…」 「…佳乃、そうやって意地を張ってるから…壊れちゃうのよ。…大丈夫よ、乾ちゃんは小向のことを愛してるもの。大切にするって約束してくれたもの…。」 「……は…い…。」 小向は手の甲で何度も目をこすりながら、小さく頷く。 「………千景を信用しなさい。あの子はきっと、それに答えてくれるから。いいわね。」 「………はい…。」 「………それでも…まだ納得いかなかったら、また言ってきて。…絶対に私がなんとかしてあげるから。佳乃のためならなんでもしてあげる。」 「……蓮池…さん…。」 「……うん…?」 「………お姉ちゃん…っ…。」 「え…?」 小向は、私の胸に顔を埋め、しゃくりを上げて涙を流す。 ……お姉ちゃん…? 雪乃さんとか…言ったかしら。 小向は、お姉ちゃんっ子だったのかもね。 ……我慢してるけど…本当は…。 「…佳乃、よく頑張ったわね。えらいわ。」 「…っ…、えぐっ…、…お姉ちゃん…お姉ちゃんっ…!」 佳乃は堰を切ったように、大声で泣き出した。全ての悲しみや不安を、その涙で洗い流すかのように…。 「保留!」 あたし―――伴都―――は、ずばしっと言った。 「…は…。」 「…へ…。」 あたしの前には和葉ちゃんと秋巴。 二人はあたしの言葉に、ぽかんとした。 「……保留にさせて。…二人の気持ち。」 あたしは二人を交互に見、もう一度きっぱりと言った。 ………一人で散々悩んでみたけど、答えが見いだせなかった。皆は和葉ちゃんとくっつけばいいって言うけど、でも…。 皆は知らない。秋巴は、皆が思っている以上にあたしを想っていてくれてること。 そしてまた、あたし自身秋巴の強さに魅かれていること。 ……まだ、答えが出せない。 あたしは二人とも、同じくらい大好き。 「……わかりました。」 和葉ちゃんは、微笑して言った。 「…いいよん。待ってる。」 秋巴は、陽気に笑んで言った。 対照的な二人を、選べないあたし。 「……ごめんね。」 あたしは二人に深く頭をさげた。 二人は何も言わなかった。 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