鉄の仮面





 ……なんなのよ、この女。
 あたし―――鬼塚箕ナ―――はしばし沈黙したが、やがて嘲るように、鼻で笑った。
「そんなわけないでしょ。なんであたしが和葉なんか好きになんなきゃいけないわけ?」
 そしてあたしは小さく肩を竦める。しかし都さんには、効果ナシの様子。食い下がることなく、あたしを見つめる。
「そーゆー目ぇしてたのよ。和葉ちゃんを見る目が。」
「そんな勝手に…」
「伊達に26年生きてないわけ。箕ナちゃんとの年齢差の四年間の間に、散々色んな恋愛してきてんのよ、あたしは。」
「……だから何?」
 なんだかイライラしてきた。
 人の心なんて勝手に覗かないでよ。
 気なんて遣わなくていいってば…。
「……。」
 都さんは少しの間沈黙し、やがて口を開いた。話題を変えるために。
「箕ナちゃんが、いつも一緒にいる人って、恋人じゃないのよね?…じゃ、何?」
 その問いに、少し迷った。
 本当のことを言ってもいいのか。
 …でも、秋巴はあたしの相手のこと、知ってる。都さんにバレるのも時間の問題か。
 はーぁ…。…隠し事なんて出来ないのか。
 あたしは小さく肩を竦め、都さんを見上げて言った。
「知りたいなら教えてあげる。あたしがいつも、個室で二人っきりでいる相手。都さんは誰だと思う?」
「……。」
 都さんは、わからない、といった様子で小さく肩を竦めた。
「……理生さん。」
「…そう。」
 あんまり驚いた風じゃなかった。
「知ってたんでしょ?」
 驚かないんだろうなって思ってた。
「なんとなくね。」
「観察してたんだ?」
「……怪盗だからね。」
「そう。………じゃあ、」
 あたしは都さんを見上げたまま言う。
「個室で何やってるかまで、わかる?」
「…それはわからない。さすがに盗聴だの盗撮だのしてるわけじゃないよ。」
「でも検討はつくでしょ?普通に考えればわかることだわ。」
「………。」
 都さんは、小さく眉を顰めた。
 それに相反して、あたしは笑った。
「セックス。」
 クスクスと笑むあたしの額を、都さんはペシンと叩いた。あたしの笑いは消え、また都さんに対しての苛立ちが湧き上がってくる。
「何よ…。…エッチしてるだけよ。理生さん、可愛いんだから。感度よくてね…ぬれぬれなの。あたしと理生さん、身体の相性だけはいいみたいね。」
「身体だけでしょ?」
「そうよ。」
「…セックスフレンド?」
「そ。」
「………。」
「文句ある?」
 都さんは、困惑した様子であたしを見る。
 しばしの沈黙の後、都さんは言い難そうに口を開いた。
「あたしは…そういう関係、やめた方がいいと思う。」
「………どーして?」
 都さんはため息とも取れる息をついた。そしてあたしと向き合うのをやめ、あたしのすぐ隣に背をもたれる。
「みんな、傷つくから。」
 都さんは廊下の向こう側を見つめ、あたしの方からその表情は見えない。
「みんな…傷つく?なんでよ?」
「…あのねー」
 都さんは、少し気怠そうな口調で話し始めた。
「あたしも箕ナと似たような恋愛したことあるのよ。……いや、まるっきり同じ恋愛。」
「……。」
「すごく好きな人がいたの…。でも、最初から諦めてたのよ。あたしなんかに振り向いてくれるワケない…ってね。」
 都さんは、ストンとその場に座り込んだ。
「……。」
 あたしもつられて座り込む。
「…憔悴感とか色々あって辛くてねー…、…セックスフレンド作ったの。欲求不満解消の為だけ…にね。」
「…それで?」
「うん…、…ある日、好きだった人にセックスフレンドの存在がばれたの。」
 都さんは、小さく笑みを含んだ。でも自嘲的な笑み。
「都の事、好きだったのに…。そんな女だったとは思わなかった。はっきり言って、軽蔑する。」
 都さんは声色を変え、そう言った。
「都さっ…」
 あたしは思わず、その肩を取って顔をこっちに向けた。
「あ、…こら。」
 予想通り、都さんの瞳には涙が溜まっていた。あたしが引いた衝撃で、それが瞳からこぼれ落ちた。
「もぉ…、…人の前で泣くなんて、何年ぶりか…。」
 ……確かに。
 都さんが泣く姿なんて想像もできなかった。
 でも今目の前で……。
「……都史上最悪の恋愛でした。失って気づくなんて、ただのバカだよね、ホント。」
 都さんはその右手で両目を覆った。口元は笑っているが、肩が小さく震えてる。
「……箕ナには、こんな思い味わって欲しくなんかないのよ。わかって。」
 都さんの切実な言葉だった。
 あたしの事、想ってくれてる言葉。
 嬉しい。でも…、……でも…!
「でも、あたしは辛い…っ…。…確かに、和葉のこと好きだよ、好きだけど…!!」
 カチャンッ…。
 その時、サロン側の廊下から、耳に響く金属音がした。
 咄嗟に振り向いて…、あたしは固まった。
「…Mina…。」
 そこには、床に落ちたスプーン…、
 …そして、和葉がいた。





「ありゃりゃ…?観客さん、減っちゃいましたねぇ」
 きょろきょろ。少し照明の落ちた空間では人影が見分けにくいんだけど、よーく見るとうっすらわかるのね。で、目を凝らして見てみたんだけど、いつの間にか観客さんがいなくなってるの。
「本当ねー。んじゃ、休憩しよっか。」
「はいっ!」
 伽世さんの言葉に、あたし―――真喜志六花―――は頷いた。
 舞台の機材の主電源を落として、あたしと伽世さんはサロンの隅のソファに腰掛ける。
「あっと、飲み物持って来ますっ」
 とあたしが立ち上がろうとしたら、伽世さんが手で制して、
「いいよ。たまには私が行ってくる。」
 そう言ってカウンターに向かってしまった。ふええ、年上のおねーさんを使ってしまうなんてっ!反省!
 いたたまれない気持ちで待つこと数分。伽世さんは二つのグラスを持って戻ってきた。
「勝手に作っちゃった。飲んでみて。」
「え、あ、はいっ」
 っていうか作ってもらっちゃったぁぁっ。
 ふああ……いいのかなぁ。ドキドキ。
 緊張しながら、伽世さんから貰ったグラスに口を付ける。
「……ふえ?なにこれ?おいしっvv」
「本当?よかった、結構好き嫌いがあるのよね、それ。カルアミルクって言うの。」
「へーぇ…美味しいですvv」
 こんな不思議なジュースがあるんだぁ。
 初めて飲んだです。美味しいvv
 あたしはてっきり、この美味なドリンクはジュースだと思い込んでいた。徐々にアルコールに侵されていることなんて、気づきもしなかった。
 いつものように他愛のないことを話ながら、時間が刻々と過ぎていく。
 話の流れはいつしか、「好きなタイプ」に関してになっていた。
「私は別にこだわらないかなー…。好きになった人がタイプって感じ。」
 伽世さんらしーい答えに、妙に納得。
「それより、六花ちゃんはどうなのよ?」
 伽世さんは興味津々の様子。
 …っていうか、…頭がぽーっとするんですけど……。
「…あたし、伽世さんみたいな人がすき。」
「…え?ま、まった、上手なんだから。」
「ううん、本当れす。伽世さん…すき。」
 ぎゅむ。
 …あたしは、伽世さんに抱きついていた。
 ……は?な、なんで?っていうか…、
 あれ…おかし……。…身体が変…。
 ……よくわかんない…。…あたし、何言ってんの…?
「ろ、六花ちゃん…。……あの、な、なんていうか…」
「伽世さん……」
 あ、あぁっ、ちょ、ちょっと待って。
 うるり上目遣いとかやっちゃってるよ…。
「……酔ってんのよね?」
「ふえ?」
 …酔っ……?
「カルア、一気に飲んだでしょ?」
「……ふあああ…おはけらったの!?」
「………あれ、気づかなかった?」
「うん。」
「………。……ごめん、私が悪かった。」
 ふるふるふる。
 あたしは首を横に振る。
 伽世さんは微笑して、あたしの髪を撫でた。
 あぁ…伽世さん……。
 ……何、この気持ち…変なの…。
「……伽世さん…、大好き…。」
 あ、…あっ…なんで…!
「……!」
 伽世さんは、驚いた様子で目を見開いた。
 ちょっと待って、お願いだから止めてよ、あたし!理性とか、そういうのが全然利かない。身体が言うこと聞いてくれない!
 伽世さんの唇と、あたしの唇が重なる。
 しばし、一進一退を繰り返すが、ようやくあたしの息が続かなくなって唇は離れた。
 あぁぁ…どうなってんの?あたし、自分からキスしたのなんて初めてだよ……。
「六花ちゃん…酔ってるんだよね?だからこんなことするのよね?」
「いや?」
「…いやじゃないけど…、………」
 伽世さんは困ったように沈黙した。
「もしかして好きな人がいるとか?」
 あたしの言葉に、伽世さんは首を横に振った。……っていうか…何追求してんの、あたし……。
「……好きとか、そう簡単に言うもんじゃないよ。」
 伽世さんはあたしの頭を軽く撫でて言った。
 ……あたしは、その言葉に少しだけカチンと来た。
「なにそれ…。あたしが簡単に言ったっていうんれすか?そーゆー女らって思ってたんれすか…?」
「え?い、いや、そういうわけじゃないけど……」
「……伽世さんのこと、好きらもん…。」
 …あぁぁ…突っ走りすぎだよぉぉぉ。伽世さんも、まじめな顔で相手してくれてるし!こんな酔っ払いにそんな真剣にならなくていいのにぃぃぃ!
「私のどこを見て…好きなんて言えるの?」
 キッと…、伽世さんがあたしを睨んだ。
 その瞬間、頭の中のぐちゃぐちゃしてるのが全部解けた気がして、でも伽世さんからこんな風に見られたのって初めてで、びっくりして…泣きそうで。
「………あ、…ごめん。」
「…あ、……、…こ、こっちこそごめんなさい…」
 やば…声が掠れて…目が熱くて……。
「失礼しますっ!」
 あたしは慌てて立ち上がり、自室に向かって駆け出した。とにかく伽世さんから離れなくては。心配されてしまう。また迷惑をかけてしまうっ。
 ガッ!バンッ!!
 自分(四人部屋)の部屋のドアをおもいっきりあけて、おもいっきり締めた。
「ふあぁっ……!」
 涙が溢れてた。意味わかんない。
 ドアにもたれて泣きじゃくっていると、部屋の奥から気配がして慌てて顔を上げた。誰もいないと思ったから…。
「六花ちゃん。どうしたの?ウサギ目ね?」
「…ぅっ…、ふぇ…」
 依子さんだった。依子さんはあたしの傍にしゃがみこんで、頬を撫でてくれた。
「とりあえず奥においで。暖かい飲み物でも作ってあげる。」
「…うん…。」
 依子さんに手を引かれ、部屋の奥につれていかれた。
 自分のベッドに腰掛けてて、と指示され、あたしはベッドに座り込んでボーッとしてた。今は何も考える感じじゃない…。
「ハイ、お待たせ。」
 依子さんは、あったかいココアを作ってくれた。
「ありがとぉ…」
 少しろれつの回らない舌で、お礼を言う。
「……ちょっと待って。」
「ふえ?」
 依子さんは突然、あたしの口に顔を近づけた。そしてすぐ離すと、
「お酒飲んでるんでしょ。」
 と当ててみせた。
「……うん。」
 あたしは小さく頷いて、ココアを啜った。
「で、なんかあったの?」
「…………。…お酒…飲むと…、…自分のコントロールが利かなくなっちゃう…。」
 あたしは小さく言った。声がすごーく暗い。気分も暗い。…あーあ…。
「なんかやっちゃったの?」
「…伽世さんに、ちゅーしちゃった。好きって云っちゃった……」
 恥ずかしいのを我慢して云うと、依子さんは拍子抜けしたような表情であたしを見つめる。
「それだけ?」
「…それだけ?って…、…大問題だよぉ…」
「あ、あはは、いやいや。前ねー、知り合いに酔った勢いで女の子を襲っちゃって、しばらく保護観察に入れられた奴がいたのよ。それに比べりゃ…ねぇ?」
「…で、でも重大な問題ですよ…」
 依子さんの口調に、少しだけ気分が楽になる。この人なら話せるって思う…。
「ん〜、六花ちゃんは伽世さんのことが好きなわけ?」
「え?…うーん、わかんない…。お姉さんみたいで、いっつも一緒にいたいし、甘えたいし…伽世さんのことは大好き。でも…その、好きって…ねぇ、普通は恋愛のこととかじゃないのかなぁ、って…」
「まぁねぇ。恋愛対象として好きか、ってことだけど…」
「………うー…、…好きかも…。」
 あたしは妙に恥ずかしくなって、頭を抱えた。
 依子さんはあたしのベッドに腰掛けて、肩を抱いて撫でてくれた。
「あたしが思うに、酔っ払った時に勝手に出る言葉ってのは本心だと思うのよ。」
「…本心?」
「そ。つまり六花ちゃん、伽世ちゃんのことが好きなのよ。」
「………そうなのかな。ふああ…」
 赤くなって俯くと、依子さんが小さく笑った。
「あ、でも…」
 あたしはふっと顔を上げ、あることを思い出した。伽世さんの…あの恐い顔。
「…なぁに?」
 依子さんがあたしの顔をのぞき込む。あたしは不安げに、依子さんを見て云う。
「伽世さんに云われたの…、あたしのどこを見て、好きなんて云えるの…?……って。」「…どこを…見て?…また、よくわかんないこと云われたわね…。」
「そうでしょ。よくわかんないよね…どうしよう…。」
 依子さんは、伽世さんの言葉の意味を考えるように腕を組んだ。今のあたしは自分で答えを見つけるより、依子さんに頼ってたかった。
「………本当の伽世さんを見てない…んじゃない?」
「本当の伽世さん??」
「うん…、多分、六花ちゃんは伽世さんの一部分しか見てないのよ。多分ね。だから、本当の伽世さんを見て…、そしたらまた、伽世さんも六花ちゃんも、お互い気持ちが変わったりするんじゃない?」
「……そっかぁぁ…。…難しいなぁ。本当の伽世さんってなんだろぉ……。」
 悩むあたしに、依子さんはクスッと笑みを零した。
「人間なんてね、絶対に仮面を持ってるもんなのよ。まぁ、六花ちゃんくらいの年齢なら、持ってたり持ってなかったりするかもしれないけど…、19以上の女は絶対に持ってる。これだけは断言出来るわ。」
 そう…そう云った依子さんが、すごく大人に見えた。四つ違うだけで、こんなに…。
「……依子さんも、仮面持ってるんだ。」
「まぁね。」
 依子さんはクスッと小さく笑んで、頷いた。あたしは仮面という存在に興味津々で、問いを重ねる。
「…人に見せたり、するんですか?」
「…滅多にしない。どうしても見たいって人がいれば、見せてあげるけど。」
「…あたしが、見たいって云ったら…どうしますか?」
 依子さんは、しばしあたしを見つめた。
「……秘密厳守。っていうか、もしバラしたらとんでもないことになるよ。あたしはあなたを恨む。……それでもいいなら、見せてあげるけど。」
「………。」
 『恨む』。
 恨むってなんだろ…。そんなに…簡単に見せられないものなのかな…。
 気になる。気になるよ。すごくすごく!
「…あんまり見ない方がいいわよ。」
 数秒間の間、あたしは必死に悩み続けた。こんなに悩んだのは生まれて初めてかもしれない!ってくらいに悩んで悩んで悩みまくった!そしてあたしは、一つの答えを導き出したのだった……!
「見たい…です…。」
「…本気?」
「…見たい、…気になるよ…。絶対誰にも云わない。絶対!…だから…。」
 我慢出来ない。あたしは、依子さんの腕を軽くつかんで、説得するように云った。
 依子さんはしばらく思案していたが、やがてふっと笑みを零して言った。
「いいわ。でも、ここじゃちょっと無理ね。誰も使ってない個室に行きましょうか。」
 依子さんの優しげな笑みを、あたしは信じきっていた。





「あーもう…なんでこうなっちゃうわけ…」
 落胆した箕ナがポツリと呟く。私―――伴都―――は何を言えばいいのかもわからず、沈黙していた。
 一旦は三人が各々パニックになった。
 そこに秋巴が現れて、和葉ちゃんを連れていってくれたので、あたしは箕ナを連れて適当な個室に入った。
「………都さんが変なこと言うから、こんなことになるのよ。」
 あたしに背を向けてベッドに座っている箕ナが、あたしを責めるような口調で言った。
「ごめんなさい。…でも、あのままじゃ…よくなかったんじゃないかなって…。」
 確かに、責任はあたしにもある。でもやっぱり、気持ちを隠すのってよくないと思う。
「そんなの都さんには関係ないじゃない!実際問題で考えてもみてよ。今から、あたしどうすればいいわけ?和葉と親友でいられると思う?!」
「…箕ナは、和葉ちゃんと親友で良いの?」
「そりゃ…、……」
 箕ナは何か言おうとしたが、口を噤んだ。
「…ここまで来た以上、ちゃんと言わなきゃだめよ…。それしかないと思うの。」
 あたしが言うと、箕ナはしばしの沈黙の後、くるりと振り向いて言った。
「……都さん?エッチしようか?」
「………は…?」
 突然の箕ナの言葉に、あたしは素っ頓狂な声を出して聞き返す。
「せっかく個室で二人っきりなんだしさ…」
 箕ナはベッドをじりじりと這って、あたしに迫ってくる。
「ふざけないで。箕ナ、さっき話したばっかりじゃない…!」
 あたしは叱りつけるような口調で言った。しかし、箕ナは薄く笑んだまま、あたしに抱きついてくる。
 振り解こうかとも思ったが、今の箕ナはおそらく不安定な状態にある。抱くことはしないが、抱きしめるくらいなら…。
「都さん、あたし、和葉みたいに一途にはなれない…。」
 箕ナはあたしに抱きつくと、少し落ち着いた様子で零した。
「…一途に…?どうして?」
「我慢できないもん…。身体が乾いちゃう。和葉はいいよねー。愛しの都さんと身体を重ねることが出来て……。」
 箕ナの自嘲的な、それでいてどこかバカにしたような言い方にカチンと来る。
「…なによそれ。」
「抱いたんでしょー?和葉のこと。」
 コツン。
 少し強めに、箕ナの頭に拳骨を落とす。
「いたっ…、なによぅ」
「…いろいろ事情があるの。」
「なに、事情って?」
「……。……あの時は…和葉ちゃん、精神的に参ってると思ったから…、…抱いたの。」
「…ふぅーん。」
 …どーも、箕ナが自棄になってるわね。
 これは一体どうしたら……。
「…ねぇ、あたしも精神的に参ってるよ。だから抱いてよ……お願い…。」
 ……しまった。
「……そ、それは…、…」
「和葉は抱くのに、あたしは抱いてくれないの…?」
 箕ナの甘えるような口調に困惑する。
「あ、あのね……、その、それは…なんていうか……」
 あたしがしどろもどろになっているうちに、箕ナが一気に攻めてきた。
「あっ…!」
 どさっ。箕ナに体重をかけられ、あたしはベッドに倒れる。
「都さん…」
「…!」
 そのまま、素早く唇を奪われた。
「み、箕ナっ…!」
 慌てて突き飛ばそうとした。しかし、あたしの動きはふっと停止した。
 ………箕ナの瞳。青く透明で澄んだ瞳。その目いっぱいに溜まって今にも零れ落ちそうな涙。
 その瞳はまるで魔法のように、あたしの動きを制した。
 そんなあたしの様子を察したのか、箕ナは迫るのをやめてあたしをじっと見つめた。まるで催眠術にでもかけるかのように。
 …少し間を置いた後、箕ナは目線を外し、処女のように恥ずかしげに俯き、小さく呟いた。
「ねぇ…抱いて…。」
 …正直いってクラクラ来た。かなりのクリティカルヒット。常人なら一撃必殺。これで落ちない奴は悟りでも開いている僧くらいなんじゃなかろうか。
 それでもあたしはありったけの理性を奮い起こして、
「どうしてあたしなの?セックスしたいなら理生さんって手もあるんじゃない?」
 と彼女に問う。
 箕ナはその答えを考えるためかしばしの沈黙を置いた後、言った。
「……間接エッチ。」
 と。
 なんとも言い難い答えにあたしがポカンとしていると、箕ナは更にこう付け加えた。
「和葉だけに独り占めさせたくないの。」
 そして箕ナはすっと頭を落としてあたしの首筋にくちづける。
 じれったい愛撫を受けながら、回らない頭であたしは考える。
 箕ナはあたしを欲してる。あたしを愛しているわけではない。むしろあたしから近い存在である和葉を想って。
 これでいいの?本当に?
 ………そんなあたしの内部葛藤を知ってか知らずか、箕ナは囁いた。
「……今夜だけ…、……今夜だけだから…」
 甘く切ない囁きに何も考えられなくなる。
「……今夜だけなら…」
 ……あたしは知らずに、そう呟いていた。
 完敗だ。





「はい、ホットミルク♪」
 ある個室のベッドに腰掛けたあたし―――五十嵐和葉―――が顔を上げると、にこやかに笑みつつマグカップを差し出す秋巴さんの姿があった。
「ありがとうございます…」
 それを受け取ると、てのひらがふんわりと温かくて、なんだかほっとした。
「とりあえず落ち着いてね。」
 あたしの隣に座る秋巴さんの言葉に、小さく頷き返す。
 ……とは言え、そう簡単に落ち着ける感じではない。――――信じられない。
「……箕ナが、…あたしを好きだなんて…」
 自分では処理しきれない気持ちを、秋巴さんに委ねたかった。あたしは頭一つ高い彼女を見上げた。
 彼女は優しく微笑して、あたしの前髪をくしゃりと撫でて言った。
「驚くのも無理ないけど、…それが真実だよね。箕ナの気持ちを拒否しちゃいけない。ちゃんと受けとめてあげるんだよ。」
 秋巴さんの言葉にあたしは不安になった。
「それは…」
 ―――できない。
「あぁ、受けとめるって言っても、気持ちに応じろって言ってるわけじゃない。和葉も気持ちを整理して、ちゃんと自分の想いが見えたら箕ナに伝えればいい。」
 その補足で、ようやく秋巴さんの言いたかったことがわかった。あたしはコクンと小さく頷く。
「…だって和葉はライバルだもん、ね?」
 秋巴さんの言葉に、あたしは小さく笑った。…そう、あたしと秋巴さんは、都さんを巡るライバル。負けたりなんかしない。
 ……けど…。
「…けど、…箕ナを傷つけちゃうな…。」
 あたしはポツリと言った。秋巴さんは何も言わず、目線を落とす。
 それからしばらく沈黙が続いた。
 長い沈黙の後、秋巴さんは結論を下すような、それでいて諦めたような口調で呟いた。
「……………仕方ないよ。」
 間もなく、あたしの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
 ……箕ナ…。





 パタン。
 扉を閉めると、先に入っていた六花ちゃんが振り向いた。
 あたし―――水戸部依子―――は、
「さ、行った行った。」
 と六花ちゃんを奥に導きつつ、後ろ手でドアの鍵を閉めた。
 奥へ行くと、個室の真中で戸惑ったように立ち竦んでいる六花ちゃんの姿。
 あたしは小さく笑んで見せ、
「そんなに緊張しなくていいのよ。」
 という。六花ちゃんは小さく「はい…」と答えた。
「それじゃ、そこのベッドに座って。目ぇ瞑っててね。」
 そういうと、六花ちゃんはベッドにチョコナンと腰掛け、素直に目を閉じた。
 …It show time。
 あたしは薄く笑むと、手首の二重のブレスレットを外し、手早く六花ちゃんの後ろ手を括る。
「え…?あ、あの…?」
 六花ちゃんは驚いた様子であたしを見上げている。
「目ぇ瞑っててって言ったでしょ?イケナイコね。」
 この時点で、彼女は察したのだろう。あたしの仮面の下が尋常じゃないことを。
「あっ…!」
 あたしが彼女の顎を引くと、それから逃れようと身を引く。しかし縛られた手で身動きはままならず、無駄な抵抗でしかなかった。
 フレンチキスを落とすと、六花ちゃんはビクンっと身を固くした。
「い…、いや…。…やめて…、お願い、やめて……!」
 六花ちゃんは怯えた様子で首を左右に振りながら抵抗する。
「何言ってるの?仮面の下が見たいって言ったのは貴女でしょ?」
「な、なんで…?か、仮面の下って…何がっ…」
 怯えた女のコって、本当に可愛い。あたしはクスクスと笑み、言ってやった。
「あたしは天性のサディストよ。意味はわかるわよね?」
 彼女は身動きを止め、見開いた瞳であたしを見る。怯え切ったこの表情。堪らない。
「……だから、やめた方がいいって言ったのにね。」
 にっこりと笑んで言うと、彼女の表情に絶望が見て取れた。そんなに怖がらなくても……別に拷問するわけじゃないんだし。
「さて、おしゃべりはこのへんにしましょうか。」
「!」
 あたしは六花ちゃんをベッドに押しつけ、うつ伏せにさせた。そしてそのスカートに手をかけ、捲り上げる。
「いやぁぁっ!!」
 彼女の叫びは単なるBGMでしかない。当然、防音加工のしてある部屋に連れ込んである。
 女のコらしいピンク色の可愛いショーツが姿を表わした。おしりまですっぽり覆う形で、すれてない風が好感を持てる。
 ショーツ越しに、ワレメをそっとなぞった。
「ひ…!」
 恐怖に上擦った声を上げる。
 しばしつつつ…っとなぞり続け、ほんの少しだけ抵抗が減ったところで一気にショーツを引き下ろす。
「いやあ!やめて、お願い!見ないでぇ!」
 という彼女の言葉に反抗し、おしりのお肉を持って左右に開いてやった。恥ずかしいところが丸見えになる。
「やぁぁぁっっ……!」
 悲痛の叫びが耳に心地よい。あたしって本当にサディストなのかしら?
 まだ薄い茂みに、開いていないピンク色の陰唇。可愛らしいアヌス。おそらく誰の目にも晒されたことのないだろうそこは、まさに『未使用』といった感じだった。
「うふふ、可愛いわ…。」
 あたしは囁き、舌を伸ばして舐め上げた。
「ひあぁああっ!!」
 一際大きい声が漏れる。
 まだ潜っている敏感な突起を探りだし、指先で弄ぶ。
「きゃうっ!や、やぁあ!やめっ…!」
 舌で陰唇を開き奥へ差し入れると、少し滑った生暖かい液体を感じた。
 ……濡れてきたわね。
 あたしは指先をほんの少しだけ蜜壺に差し入れ、浅く動かした。
「あっ、ああっ…!」
 六花ちゃんの声に、甘い響きが混じり出す、ここまで来れば大丈夫よね。
「……どう?気持ちいいでしょ?」
 あたしは彼女をうつ伏せから仰向けにし、そして手首の自由を奪うブレスレットを一旦外す。
「!」
 六花ちゃんはほんの一瞬抵抗の色を見せたが、それは予想済み。あたしは彼女の秘所に膝を押しつける。
「あ…!」
 すっ、と力が抜ける。その隙に彼女の両手を上に上げさせ、頭の上で再び縛る。
「……ひぅっ…」
 微かに漏れる嗚咽。あたしは彼女の頬をそっと撫でてやり、優しくくちづけてやった。
「…ん、…」
 ついばむようなくちづけから、徐々に唇を貪り、そして舌を深くに差し入れた。
「んんっ…!」
 舌を舌で舐め、それ同士を絡め、吸い、口内中を蹂躙した。唾液がくちゅくちゅと混じり合い、零れたそれが六花ちゃんの唇の端から流れ落ちる。
 ようやく唇を離すと、熱い吐息を零し潤んだ目をして、あたしを見つめる六花ちゃんの姿があった。
 ―――落ちた。
 Tシャツを捲り上げ、ブラも乱暴に剥ぎとる。可愛らしい小振りな胸が露になる。
 あたしはたっぷりと唾液を含ませ、その乳首を吸った。
「あ、きゃん…!」
 くちゅくちゅと音をさせながら、片手では右の乳首をこね回す。
「んぅ、……んんんっ……」
 ……そして下に戻ってくると、先ほどとは比べものにならないくらい愛液をあふれさせていた。
 陰唇を開き、人差指をそっと挿入していく。
「……んっ、く!…やぁ…、…あ!」
 少し行くと、壁がある。処女の証。
 あたしは処女膜の手前で指を蠢かせながら、六花ちゃんに話しかけた。
「……あたしに、六花ちゃんの『初めて』を…頂戴…。」
 六花ちゃんはぼんやりしながら小さく喘ぎ声を上げていたが、やがて口を開いた。
「…依子さん…、…入れて…、……もっと……シてぇ……」
 甘ったるい声で言う六花ちゃんの言葉に応じ、あたしは人差指を前進させる。
「んく!…うぅ…っ、…!」
 苦しそうな声。あたしは強引に壁を突き破った。
「っきゃああっっ!!」
 高い悲鳴が上がる。
「うああっ!痛い、痛いよぉっ…!」
 六花ちゃんは涙を流しながら訴える。
 あたしは指を膣内に挿入したまま、彼女の涙を舌で舐め取り、額や目、鼻、頬、そして口にくちづけていく。
 しばらくして抵抗がやみ、痛みが引いてきたようだった。あたしは中でそっと指を動かしてやる。
「ん…、…んぅ…、…はぁん……」
 まだ痛みもあるようだが、それ意外の感覚も湧いてきたようだ。甘い吐息が鼻に掛かる。
「…依子さん……」
 六花ちゃんは、自分から唇を求めてきた。彼女のくちづけに応じ、深いディープキスを交わす。拙い舌使いで、懸命にあたしの唇を吸ってくる。
 ……あぁ、シてあげるだけってのも辛いなぁ…。
「はぁっ、…依子…さっ…、あうぅ!…あぁ……、変なの…、変…、…イ、いやっ…!」
「…イっちゃいそうなのね?」
 あたしが聞くと、六花ちゃんはコクコクと頷いた。
「いいわよ。……イっちゃいなさい。」
 少し指を早め、膣壁を擦り上げる。
「ふあぁっ…!だめ、あっ…、…やああぁぁぁぁぁぁ!!」
 一際高い嬌声の後、六花ちゃんの身体からすっと力が抜けた。
 初めての絶頂なのだろう。…可愛い。
 あたしは彼女から指を引き、次なる凌辱にむけて準備することにした。
 元もとこの部屋は、いつかエッチする時に使う予定だったので、色々と仕込んである。
 奥の引きだしから小さなローターを取りだし、それを持って六花ちゃんの元に戻った。
「ふあ…」
 ぼんやりとした表情であたしを見上げる。
 あたしは薄く笑んで、そのローターを六花ちゃんの膣口に軽く当て、一気に押しこんだ。
「きゃ…!?」
 彼女は驚いた様子で身を震わせた。
 ローターのコードを引いたり押したりして、快感を与える。
「う、くぅん…。あぁっ、やぁん……」
 可愛らしい喘ぎ声を上げて、反応する。
 カチ。
 ローターのスイッチを入れた途端、その可愛らしい喘ぎ声のボリュームが上がる。
「きゃああ!あっ、あああ!やああ!!」
 少し刺激が強いかもしれないが、早く慣れてもらわなくちゃ。
 そのまま眺めていると、ものの数十秒で彼女は絶頂に達する。それでもあたしはローターのスイッチを切ったりはしない。
「ああっ、あああん!」
 彼女が何度もの絶頂を迎えている時、あたしは隣のベッドで自分の秘所に手を伸ばした。
 既にぐっしょり濡れている。指を二本…三本差し入れてぐちゅぐちゅと中をかき回す。
「んっ、……」
 緩い快感に背筋を震わせながら、先ほどの引きだしに手を伸ばした。
 通常よりも一回り大きいバイブを取り出す。それを舌で軽く舐め、濡らす。
 そしてスカートとショーツを脱ぎ捨て、自分の膣口にあてがった。
 隣からは六花ちゃんの可愛い嬌声が絶え間なく聞こえる。
 グイッ。
「…く…!」
 さすがに大きい。ベッドに身を横たえて、徐々に押し込んでいく。図太いソレが、あたしの中に納まっていく。
「…あぁ…、…ん……」
 知らずに、喘ぎが零れる。気持ちいい…。
 バイブのスイッチを入れると、ウィーンという機械音と共にうねるような刺激があたしを襲ってくる。
「あっ、はぁん…、…すごい……」
 自分で胸を揉みしだき、快感に打ち震える。
 いつしか六花ちゃんのことさえも忘れ、あたしは自慰に没頭していた。





「……うー…」
 目が覚めた。
 小さく寝返りをうって、ふと、自分のベッドじゃないことに気づく。
 と同時に、昨夜のことを思いだし、かぁぁっと顔に血が登る。
「ハァイ、おはよ。」
 その自分にかけられたであろう声に、顔を上げる。
「体調はどう?」
 依子さんだった。あたし―――真喜志六花―――が身を横たえるベッドに腰掛け、そう問う。
「うーん…、……身体が少し痛いです…」
 そう答えると、依子さんは苦笑し、
「色々縛ったりしちゃったもんねぇ。ごめんね。」
 といって、あたしの額を撫でてくれた。
 あたしはまた血が顔に…特に頬に…集まってくるのを感じた。
「もう少し休んでなさい。ね。」
 依子さんは、そう言って微笑む。
「…あの、依子さんは…?」
 あたしは少し不安になってそう尋ねた。
「うん?なにが?」
「いえ、もう行っちゃうのかなぁ、って…」
 そう言うと、彼女はきょとんとして言う。
「ここにいるわよ?」
「え、いいんですか?」
 そばにいてほしかったのも本当だけど、でもいてくれるわけない…とも思ってた。
「あたしが六花ちゃんの面倒見なかったら、他の誰が見るのよ?」
 依子さんはさも当然のように言う。
 ………昨日の依子さんとは、別人みたい。
 そんなあたしの思いを見透かしたように、依子さんは笑って言った。
「別人みたいでしょ?それが仮面ってもんなのよ。」
「は、はぁ……」
 ……本当に別人だ。
 最初、処女を奪われた時はまだ優しかったけど…でもその後の依子さんは…怖かった。
 言葉が、仕種が、瞳が、そして行動が。
 でも…、でも……、……気持ち良かった。
 変な気持ちだ。怖いんだけど…、でも、癖になりそうで……。
「……後悔…するよね?見なけりゃよかったって、思ってるでしょ?」
 依子さんは少し寂しそうな表情を浮かべ、そう呟いた。
 あたしはふるふると首を振った。
 依子さんが、そんなあたしを不思議そうに見る。
「こ、後悔なんて…してないです……全然……!その…、…良かったら…また、…」
 真赤になって、でもあたしは懸命に言った。
 恥ずかしいけど…でも…我慢できない!
「……また?…またしても…いいの?」
 依子さんの言葉に、あたしはコクンと頷く。
 そんなあたしを見て、依子さんは優しく微笑んだ。
「ありがと。…嬉しいわ。」
 そして依子さんは、そっと軽いくちづけをしてくれた。
「………、また、シてあげる。」
 ……そう、……この言葉。
 あたしは彼女の言いなり。
 あたしがお願いしないと…いけないの…。
「…わかってるわよね?…もし、このことを誰かに言ったら…、……もう一生、シてあげないんだからね…?」
 依子さんの言葉にコクコクと頷く。
 わかってる。わかってるよ。言うわけないよ。もう離れられない。
 あたしは…依子さんの奴隷だもの。





 コンコン
 ………うー。
 コンコン
 ………。
 ピリリリリ!
 ……んぅー!
「だーれぇ……?」
 耳障りなユビキタスの装置に指を伸ばす。『着信』を押すと、パッとディスプレイに秋巴の顔が写し出される。
「おはよう。」
「……おはよぉ…。」
 叩き起こされるのは好きじゃない。
 あたし―――鬼塚箕ナ―――は、さも不機嫌な顔で来客に答える。どうやら秋巴は、何度か部屋の扉をノックした後、このユビキタスで呼び出したらしい。
「……箕ナ、…その…」
「…あぁ?」
 秋巴が何か言いかけるが、あたしの不機嫌な様子を見てか口を噤む。
「あの、とりあえず部屋に入れてもらってもいい?」
「いいけど…、…ちょっと待ってねー…」
 寝惚け眼で扉のロックを切ると、少しして秋巴が部屋に入ってきた。
「………何の用事?」
 あたしは再びベッドに横たわり、秋巴を見上げて尋ねる。
「んと…、都は?」
 秋巴の問いに、あたしは初めて都さんと一夜を共にしたことを思い出した。
 その時、カチャッという音がして、シャワールームへと続くドアが開いた。中から出てきたのは、バスローブ姿の都さん。
 髪をごしごし拭いていた手が、秋巴の姿を見て停止した。
「なっ…、…なにしてんの…!?」
 都さんは動揺した様子で秋巴に問う。
 しかし秋巴は負けじと言った。
「都こそ!…その格好、一体…?!」
 そう言われてみて気づいた。都さんのバスローブ姿と、そしてあたしの姿。全裸にシーツを被っただけの無防備な姿…。
「…とりあえず話しを聞かせてもらうよ?場合によっちゃ、私でも怒るからね…?」
 秋巴の剣幕に、都さんは困ったようにあたしを見やった。そんな小犬のような目で見られても、あたしだって困る。
「まず質問するよ。いい?」
 秋巴の言葉に、あたしも都さんも頷くしかない。
「………やったの?やってないの?」
 あーあ、直球ど真ん中だ。
「……やったって、何を?」
 あたしはしらばっくれるように言う。
「エッチを。」
 秋巴は動じることなく言い放つ。
 すると、都さんは諦めた様子で言った。
「…やったわ。」
 途端、秋巴の表情が更に険しくなる。
「どうして?!」
「ちょっ、落ち着いてよ。」
 都さんの制止も聞かず、秋巴は都さんに食って掛かる。
「この状況でどうしてそんなことになるの?二人ともどうかしてる!」
 あーあ…面倒なことになっちゃったなぁ。
 秋巴は今度はあたしの方へ向き直り、怒気をはらんだ口調で言う。
「箕ナも箕ナだ!和葉のことが好きなら、どうしてこんな裏切るようなことを…」
「そりゃ、ね。」
 あたしは反撃に出ることにした。
 とりあえず秋巴に言わせっぱなしには出来ないし。
「和葉のことは好きだけど、好きってだけで解決出来る問題でもないでしょ?」
 あたしの言葉に、秋巴はわずかに眉をひそめ、次の言葉を待った。
「そこまで純情じゃないの。恋愛には性欲ってやつが付き物なのよ。」
「……どうして都なの?他にもセックスする相手はいるんじゃなかった?」
 ……そんな秋巴の言葉から、単に秋巴が和葉を想って怒っているわけではないことに気づいた。…秋巴も都さんが好きだから…。
 ふっ、と小さく鼻で笑ってみせた。
「当てつけ。…って言えば解り易い?」
「当てつけ…?」
「和葉のことは愛してるわ。…その和葉が愛しているのは、都さん。………この気持ち、解かる?」
 秋巴が、ギリッと歯噛みするのがわかった。
 秋巴には、この気持ち解かんないんだろうな。
「そんなの…歪んでる…。」
「なんとでも言えばいい。あたしと都さんが身体を重ねたのは事実よ。…都さんが、あたしに身体を許したのも事実。」
 そう言って、都さんを見遣った。秋巴も都さんを見る。
「………。」
 都さんは小さく俯いたまま、沈黙する。
「……都って、結構軽いんだね。びっくりしちゃった。」
 秋巴は小さく笑って、そう言った。どこか空虚的な笑み。
「軽蔑するよ…。和葉にも、このこと言わなくちゃね。都は、本当はこんな人なんだって…!!」
 秋巴は身体を震わせて言い放ち、駆け出した。って…、そりゃないでしょ…!
 あたしは秋巴を追いかけようとしたが、全裸なのでそれもままならない。
 泣きそうな表情で突っ立ってる都さんを見遣り、あたしはほんの一瞬迷った。
 …………でも、言わずにいられなかった。
「追いかけなさいよ!秋巴止めなさいよ!」
 都さんは小さく首を振って、呟く。
「仕方ないよ…、だって、事実だし…」
 いつもの強気な都さんの見る影もない。
 『軽蔑するよ…。』
 おそらく、秋巴のあの言葉で、過去の痛みが引き出されてしまったのだろう。
 でもここままじゃだめじゃないっ!
「行きなさいよ!和葉のこと好きなんでしょ!!」
 そう怒鳴ると、都さんは顔を上げてあたしを見つめた。
「見てりゃわかるって!和葉と都さんって立派な相思相愛じゃない!」
 少しだけ都さんの表情が変わった。
 何か、思いつめたような表情に。
「お願いだから、行ってあげてよ!和葉を一人にしないでっ……!!」
 あたしの痛恨の叫びに、都さんは動いた。
 あたしの側に歩み寄り、弱く、頬を叩いた。
「……ばぁか!」
 都さんは言い放ち、部屋の外へ駆けて行った。
 あたしは叩かれた頬にそっと触れ、目を瞑った。…これでいいのよ。これで……。
 なんでかわからないけど、涙が溢れた。
 ほんと、あたしってなんてバカなんだろ。
 …救い様のないバカだ…。





「あ、ちょっと!秋巴見なかった?!」
 あたし―――伴都―――は、通りかかった千景ちゃんを捕まえ、そう尋ねた。
「え?見てないけど…どしたの?」
「見てないならいいわ。急いでるの!」
 あたしがバスローブ姿なのがおかしいのか、不思議そうな表情の千景ちゃんを放し、あたしは駆ける。秋巴が出てってから時間が経ってるから当然見失ってるし、秋巴のユビキタスは電源切れてるし…。
 絶望的な気持ちになりながらも、秋巴を探すため、足を止めるわけにはいかなかった。
『和葉を一人にしないでっ……!!』
 箕ナの言葉が、何度も反芻される。
 和葉…、……和葉…!
 …ふっと、あたしはその場に立ち止まり、ユビキタスを開いた。
『Kazuha Igarashi』
 しめた!
 和葉のユビキタスは電源が切れてない。
 呼び出した時に秋巴がいるっていう最悪の事態も考えなくはなかったが、呼び出さないよりはましだ!
 ピリリリ ピリリリ
 呼び出し音が何度が続いた後、ディスプレイに和葉の顔が写し出された。
『都さん…どうしたんですか?』
 その様子から、秋巴にはまだ会っていないようだ。あたしは安堵の息をつく。
「和葉ちゃん、いい?聞いてね?」
『は、はい…なんですか?』
「あたしを…信じて。…お願いだから。…優柔不断だったりするかもしれないし…、間違いだって起こすかもしれない…けど、…けど…。」
『けど、都さんは都さんですから。』
 あたしの言葉に続けて、和葉は言った。
『今、秋巴さんに会いました。…お話、聞きました。』
「……!」
『でも、あたし、気持ちは変わりませんから。都さんが誰と寝ようと関係ありません。あたしが勝手に都さんのこと好きなだけですもんね。そりゃ、ちょっとは嫉妬するけど…』
 和葉のはにかんだような笑みに、涙が出そうになった。
 …和葉は、箕ナが思ってるほど弱くはないわ。…和葉は…、あたしが思ってる以上に…あたしを想ってくれているわ…。
『箕ナにはちゃんと言うつもりです。気持ちは嬉しいけど、あたしには好きな人がいるからって。…できれば、これからも今までみたいに親友でいれたらいいけど…、少し、酷でしょうか…?』
 和葉の言葉に、あたしは首を左右に振って答える。
「箕ナは解かってくれるわ。箕ナは和葉ちゃんが欲しいんじゃない…、和葉ちゃんの幸せを祈ってくれてるもの…。」
『…そうですか…、……良かった…。』
 和葉は、安堵した様子で笑んだ。
「…和葉…、……ごめんね…、…目移りしちゃう浮気もので…本当にごめんね…。」
『何言ってるんですか。あたしはそんな都さんが大好きなんですってば。ふふっ。』
「……それじゃ…、あたしが浮気ものじゃなくなったら、好きじゃなくなる?」
 そう言うと、和葉は少しだけきょとんとして、また笑みを浮かべた。
『そんなことないですよ。もしあたしだけをずっと見てくれるのなら…死んでもいい。』
 …さっきから、胸が苦しい。
 締め付けられるような、チクチク針で刺されるような感覚…。
 あたしは本当に、いろんな人を傷つけて来ちゃったんだ…。
『…?…どうしたんですか?都さん?』
 妙な息苦しさで言葉の詰まるあたしを見て、和葉が不思議そうに言う。
 あたしはそんな和葉を見つめ、一つの決意を口にした。
「…近々…、答えを出そうと思うの。」
「……答え…、ですか…?」
 和葉は小首を傾げて聞き返す。
「……いい加減、身を固めなきゃね。」
『…それって…』
 和葉はしばしあたしを見つめていた。
 あたしは、唯見つめ返すしか出来ない。
『……はい。…待ってます。』
 やがて和葉は微笑み、そう言った。
「…うん。」
 あたしは小さく頷き、そっとユビキタスの通信を切った。
 もう我慢出来ない。
 あたしはその場にうずくまり、一人でひっそりと泣いた。懺悔した。
 さまざまな人を傷つけてごめんなさい。愛せなくてごめんなさい。
 …最後の答えを出す時、また誰かを傷つけてしまうかもしれない。
 でもそれで最後にします。
 これからは…一人の女性に尽くします。
 だから神様…、……今までのあたしの罪を、どうかお許しください……。








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