ぶつかりあう心





「ねぇ。ちょっと待って。」
「え…?」
 私―――鬼塚箕ナ―――は、作戦司令室を出てすぐ、一人の女性を呼び止めた。
「…呉林理生さん…だっけ?ちょっと話があるんだけど」
「…私に?」
「……ええ。ついてきて。」
「あ、…」
 私は彼女の返事も聞かずに歩いていく。
 彼女は困惑した様子だったが、おずおずと私についてきた。
 私は大衆用のトイレに入る。
 ここなら誰も来ないだろう。
「…あの……?」
 彼女はいぶかしげに、小さく声をあげた。
「……あたし、あなたのこと…どっかで見たことあるんだけど。」
 そう言い放ち、私は彼女に向き直る。
 ……彼女は僅かに表情を変えた。
「…私の名前は鬼塚箕ナっていうの。…でも、それはね…、……日本名なの。」
「………。」
 彼女はじっと私を見つめる。
 その表情から感情を読み取ることはできなくなった。
「私の本当の名前は、Mina・Demonーbarrow。……日系ではあるけど、列記としたアメリカ人よ。見ればわかる…わよね?」
「……そう、…ね。どうしてここにアメリカ人がいるのか……不思議だったわ。」
「…………どうしてだと思う?」
「……え、………。」
「………アメリカ軍に所属してたのよ。」
 ………そう。
 やっぱりだ。
 驚いた時に小さく目を見開く癖。
 困惑した時に唇を舐める癖。
 見たことがある。
 知ってる。
 私は彼女のことを……
 私はゆっくりと息を吸い込み、
 ……そして、言い放った。
「あなたのこともよく知ってるわ。有名人だものね。…Rion Wisnton!」
「…………!」
 Rion Winston。米軍の中で彼女を知っている人間は多い。
 皆が彼女を慕っていた。私もまた…彼女に好感を持っていたのは事実だ。
 直接的に話したことはない。
 階級もずっと上だし、到底私が気軽に話せるような人物ではなかった。
 いわば、彼女は米軍のアイドル…。
「…どうしてあなたがここにいるの?スパイでもしに来たの?……もしそうなら、私はあなたを殺すわ。」
「……違う。……そんなんじゃ…ないの」
「……じゃあ何?」
「…Mina、あなたはどうしてここにいるの?」
「………私は、……。……捕虜になったの。…でも…、…彼女たちは私を殺そうとはしなかった。むしろ、私を歓迎してくれた。米軍の私をね。……私は米軍を裏切った身よ。」
「………そう。……私は、彼女たちを傷つけようとは思ってないわ。……その…、…私も、……米軍を裏切ったことになるの…」
「……どうして?なぜ、あなたのような有能な人間が……裏切ったりなんか…」
「………私自身、よくわからない。ソルフィー上官のついて、このゴーストタウン内にある研究所の警備任務についていたの…、その時にね…、……。」
「……何?」
「………捕えられてる、…千景さんを…見て……」
「千景さん…?」
「助けなきゃって思った。私、彼女を絶対に生かさないといけないって思ったの。まだ一言も話したことはなかった。ただ遠目に、気を失っている彼女を見ただけ…なのに!」
「……それって…なんていうか……」
「……一目惚れ…、……って……言ったら………変…?」
「い、いや……」
 ………そう話す彼女を見てると、なんだか不思議な気分だった。
 彼女は…女性…。
 女性…のよう…だった……
 ……けれど!
「でもね、……Rion。…あなたは…」
 私はゆっくりと彼女に近づく。
 そして唐突に、トイレの個室に押し込んだ。
「きゃっ…!」
 彼女は小さく悲鳴をあげ、バランスを崩して洋式トイレの便座に手をついた。
 カチャッ
 私は個室の鍵を閉め、そして彼女に手をかけた。
「やっ…!いや!…なにするの!?」
「そんな悲鳴あげないで!」
「や、やめてっ…!」
 彼女のロングスカートを無理矢理おろし、下着の上から秘所に触れた。
「ァ…!」
 彼女が悲鳴にならない悲鳴をあげる。
 そこには、僅かに膨張した一物が在った。
「…や、……っ…」
「Rion……、おとなしくして…、……ねぇ…、……リ…オン……」
 私は無意識にしゃがみ込み、彼女のショーツも一気に下ろした。
「や、は…っ……、お願い…、やめ、て…」
 彼女の制止も聞かず、私は彼女の其れを口に含んだ。
 彼女、ではなく、…“彼”の…。





「でさ。こいつは一体どーすんだよ…」
「いや、どーするっつわれてもねぇ…」
 千咲。
 珠を殺しかけといて、おまけに反省の色ナシなクソガキ。
 手を細いロープで縛られ、そのロープは壁の引っかけるやつにくくられている。
 で、IN牢屋。
 ……この施設には牢屋まであんのか。
 銀が言っていた、4階の「諸々」に含まれるらしい。
 アタシ―――萩原憐―――はそっぽ向いた千咲を眺めながら、妙にSMちっくだなぁ…などと考えていた。
「とにかくね、反省がないことには私たちにはどうしようもないのよ。」
 千景が言う。
「…おい、千咲。」
「………。」
「返事くらいしろ、バカ。」
「………。」
「ロケッ…」
「あ、そ、それは言うなって…」
 ……トパンチ。と言おうとすると、千咲が慌てて振り向き、そう言う。
 さすがに、あの技は公表したくはないらしい。
「喋った…」
 千景が感心した様子で千咲を眺める。
 そりゃ喋るだろうよ…。
「………十六夜、どうしてんの?」
 千咲は諦めたのか、小さく肩をすくめたのち、こっちを向いてそう問う。
「今は休んでる。幸い、着々と回復してるみたいよ。」
 千景が皮肉っぽく言った。
「あっそ…。」
 千咲はつまらなさそうにそう呟き、また肩をすくめた。
「お前、ヤなガキだなー」
「うるさい。あんたに言われたくないよ。」
「んだよ。アタシにケチつけるつもりか?」
「べっつに。バカっぽいなーと思って。」
「お前だって十分バカっぽいっての」
「あんたと一緒にしないでよ。」
 くあームカつく。
「ちょ、ちょっと。二人とも喧嘩はやめなさいよ。……はぁ。どうしてくれよう。」
「………べーっだ。」
「ふん。」
 舌を出して来る千咲に中指を立ててやったあと、千景に向き直る。
「あんなやつほっとけよ。そのうち泣きついてくるって。」
「…でも…」
「そのくらいの罰は必要だろ?傷害、及び殺人未遂罪だぞ。」
「……それもそうね。わかった。」
 千景はようやくうなずき、壁にあるボタンを押した。
 千咲の腕に巻き付いていた縄が解ける。
「しばらく反省してなさい。」
「……頭、冷やせよ。」
 …冷たい牢獄。空腹。孤独。
 あいつにどこまで耐えられるかな?
 バカが。





「佳乃!」
「………何か用?」
「…ぁ、……ぅー…」
 こ、こんな佳乃初めてなんだけど……。
 私―――乾千景―――は少し緊張しながら、佳乃に歩み寄った。
 佳乃と喧嘩した場合って、大抵あたしの方が怒ってた。
 だから、逆の立場というのはいまいち慣れてない。いや、まぁ喧嘩自体何度やっても慣れるもんじゃないんだけど。
「……用事がないなら」
「と、隣。…いい?」
 あれから三日後。佳乃に話しかけるのも、実に三日ぶりなのである。
 IN食堂。
 佳乃は食事中…ではなく、おやつ中のようだった。お皿にたっぷり積まれたプリン…。
「……用がないなら遠慮して欲しいな、なんて思ったりするんだけど。」
 佳乃の言葉は淡々と、しかし非常に刺々しかった。ま、負けない!
「用事があるのよ。」
 そう言って、強引に佳乃の隣に腰を下ろす。
 こないだのは誤解なんだし、あたしは何も悪いことなんかしてない!
「……で、なぁに?」
 佳乃の鋭い視線が私に突き刺さる。
 鳴呼、痛い……。
「あのね。こないだのことだけど…」
「テッシーの。」
「うっ…?」
「会って間もないのにそんな愛称決めちゃうんだ。あたしのことを呼び捨てで呼んでくれるようになるまで二週間もかかったのにね」
「い、いや……佳乃…?」
「勅使河原さんを抱き止めたまではまだ許せると思うの。うん、あの時は確かに私もなんだか早とちりしてしまってごめんなさい。でもね!!」
「…は、…はい…」
「…すぐに追ってきて欲しかったわ。あの言葉の続きを言って欲しかったの。私、待ってたのよ?でも千景ってばテッシーなんて嬉しそうに言ってこのバカぁ!!!!」
「!」
 ヤバイ!……と思った時には遅く…
 佳乃の食べかけのプリンは、無惨にも私に降りかかっていたのだった。
「いっ…!」
 プリンが目に入った!
 あだだだっ……!
 ごしごしと目をこすり、ようやく視力が回復した頃には、佳乃の姿は消えた後だった。
 さっき言われたことの反省も含めて慌てて廊下に走ったが、佳乃の姿はなかった。
 ……こんなに佳乃が怒ったのって、もしかして初めてじゃない?
 こないだの喧嘩とはちょっと違う…、あたしがかなり一方的に嫌われてる。ってかムカつかれてる。
 ―――やばい。
 もっともっと積極的にいかないと!





「上がりぃっ!」
「うげ!」
「うっそー!」
 冴月っちがペシィっとトランプを置いた。
 そして、最後にトランプを手にしているのは私―――伴都―――と和葉ちゃん……。
「これに負けると罰ゲームね♪」
「わかってるよ〜っ」
 遼っちが楽しげに言う中、私は二枚のカードを和葉ちゃんに差し出した。
 ……そして和葉ちゃんの手は悩むようにさまよい、そして!
「よしっ!」
「あああっ!」
 見事、ジョーカーを取った。
 今度は私のチャンス!
 和葉ちゃんは手元の二枚のカードを懸命に混ぜる。
 ………見切った!
 右がハートの5、左がジョーカー。
 勝負はついたっ……、……んだけど…、
 ………ん〜。
 …ひょい。
 ……私が抜き取ったのは、左のカード。
 ジョーカーが私の手の中に戻ってくる。
「…ふむ。」
「い、行きますよ!」
 和葉ちゃんは再び悩みぬいたのち…
 ………スペードの5を手にした。
 …………。
「ど、どうなったの……?」
 私たちの沈黙に、周りの面々が注目する。
「……終わっちゃいました。」
 和葉ちゃんがぺしん、と、二枚揃ったカードを差し出す。
「……あんまり嬉しそうじゃないね?」
「だぁーって!都さんが罰ゲーム受けなきゃいけないじゃないですかぁ!!」
「う、うん。がんばるわ。」
「私がいやなんですっ」
「罰ゲームは罰ゲームだよ♪」
 冴月ちゃんが嬉しそうに言う。
 ……罰ゲーム。
 ふ、ふふふ…
「じゃあ早速、はりきって行ってみよー!」
「都さんがはりきってどうするんですか、もぉっ!」
 冴月、遼、和葉ちゃん、そして私の四人は、ぞろぞろとサロンを出ていく。
「千景ちゃん、3階の食堂のところにいるみたいだよ。」
「オッケー!」
 全員で食堂の前の廊下にたどり着く。
「あ、あそこっ」
 私たちは角から、食堂の前で立っている千景ちゃんを指さす。
「じゃあ、早速行ってくるわっ」
「あぁぅ、都さん、軽〜くにしてくださいねぇ……」
「できるだけね♪」
 私は和葉ちゃんにウインクを残し、小走りで千景ちゃんに近寄った。
「……ん?」
「ハァイ、千景ちゃん。」
「あぁ…どしたの?」
「そういう千景ちゃんこそどうしたの?元気がないみたいだけど。」
「……いや、…ちょっと…。」
「…そう?あ、それよりね、ちょっとい?」
「ん?」
 壁ぎわにいる千景ちゃん。オッケーオッケーやりやすい。
「ほら、三日前のあの時、顔にいっぱい怪我しちゃったんだけど…今、どのくらい残ってる?」
 私はそう言いながら前髪をかきあげ、顔を千景ちゃんに近づけていく。
「う、うん?えと、けっこう治ってるみたいよ。あと何日かすれば消えるんじゃない?」
「…ホント?ねぇよぉく見て…」
「い、いや…」
 さすがに引いてきたのか、千景ちゃんは私から目線を逸らす。
 …その時、何かに気づいた様子で軽く目を見開いた。
 ………今だ!
 私はきゅっと千景ちゃんのあごを引き、そして、唇を重ねた!
「………!?」
 千景ちゃんはかなり驚いた様子で目を更に見開く。
 せっかくなので、千景ちゃんの唇、そして舌まで味わわせていただく。
 ……なんだか、プリンの味がして可愛い。
「……っ…!…ゃ……!!」
 抵抗してきたので、くいっと千景ちゃんのとあるツボを押さえると、千景ちゃんの身体からふっと力が抜ける。
 崩れ落ちる千景ちゃんに覆い被さるように更にキスを……、…しようと思ったが、和葉ちゃんに釘を注されていたのでこのへんで。
 最後に千景ちゃんのおでこにちゅっと口付けを落とし、私は彼女から離れる。
 ………べちゃ。
 ……………………………は!?
 突然顔面に降りかかったべちゃべちゃした物体に、私は混乱に陥った。
「千景のバカぁぁぁぁっっ!!!!!」
 あたし千景ちゃんじゃなーいっ!
 目をこすって前を見ると、誰かが走り去っていく姿が見えた。
 あの声とあの後ろ姿は…
 ……げっ。佳乃ちゃんじゃない…。
 べちょべちょしたものを舌で舐めると、さっき千景ちゃんとキスした時と同じ味がした。
「み、都……あんた…、……殺す…!」
 げ。
 後ろに殺気を感じ、私はとっさに駆け出した。
「逃げるわよ!」
 三人に言い放ち、走る!
 ……やがてたどり着いたのは浴場だった。
 そうそう、お風呂入りたかったの。
「都さん、あんなちゅーするなんて駄目ですよぉぉ!」
 和葉ちゃんが息を切らしながら言う。
「だって千景ちゃんが可愛いもんだから…」
「……むぅ…」
「……和葉ちゃんも可愛いわ。」
 私は和葉ちゃんを緩く抱き寄せ、その唇を奪う。
 軽いフレンチキス。
「…あ。…都さん、プリンの味がする。」
 和葉ちゃんはそう言って、クスクスと笑んだ。
「なーんか罰ゲームになってないような気がするのはあたしだけかなぁ。」
 遼が後ろでぼやいている。
「だって、決めたのは遼っちじゃない♪
 負けた人は千景ちゃんにキスすること!」
 私がそう言うと、遼は肩をすくめた。
「負けたのが和葉ちゃんだったらおもしろかったのにね♪」
 冴月ちゃんは、そう言いながらクスクスと笑っていた。





 牢屋は静かだ。
 中の音がよく響く。
 様子を見てやろうと、アタシ―――萩原憐―――は足音を忍ばせ、千咲の入る牢に近づく。
 ……静かだった。
 眠ってるのか?
 …そっと、牢の中を覗き込む。
 ……奥にいる。
 壁にもたれ掛かって、体育座り。
 その瞳は、虚空を見つめていた。
 ……よく見ると、涙がこぼれている。
 ぼろぼろと。止まらない。
 でも拭おうともしない。
「……あたしって…」
 千咲がぽつりと何かを零した。
「………あたしって誰なのかなぁ…」
 ………。
 キィン
 金属がぶつかる音。
 あ…、アタシのピアスか。
 こんな小さな音でも、ここではよく響く。
「え…、誰かいるの?」
「よぅ。さすがに威勢はなくなったみたいだな。」
「……何しに来たの?」
「お前、飯食ったか?」
「……。」
 牢の入り口に散乱した食べ物。
 ほとんど…、…もしかしたら全く手ぇつけてないのかもな。
「食わないと死ぬぞ?」
「うるさいなぁ。関係ないでしょ?」
「人が心配してやってんのによぉ」
「あんたに心配なんかされたくないっての」
 くそ…やっぱりムカつくガキだな…。
「……ん。今さ、自分って誰なのかな、とか言ってなかった?」
「え?あ、い、いや…別に…」
「言ったよな。あれどういう意味だ?」
「……別に。」
「言え。」
「………指図すんな、バカ。……だって、ワケわかんないじゃん……あたしじゃないのがいっぱい…身体にあるんだもん…」
「………改造人間だからな。」
「…そんなのっ、…勝手に改造すんな…」
 千咲は涙声だった。
 ………まぁ、確かに気持ち良いもんじゃないんだろうな…改造されんのって。
「でも、お前はお前じゃん。頭んなかは同じだろ?」
「……でも…あたしが眠ってる間に…あたしの知らない間に、全部変わっちゃってる。友達もいない、親も、みんないない…!」
「……此処で、んな弱音吐いてんのお前だけだぞ。家族はいないみたいだけど、でも皆いるじゃん。それでいいんじゃねーの?」
「………だって…」
「だってなんだよ。こうやってお前の話し聞いてくれる人間がいるってのはいいことなんじゃねーのか?」
「…ふぇ…、…だって…」
「……怖いか?」
「………」
「不安?」
「………当たり前だ、バカ!」
「………じゃあこっちこい。」
「うぇ…?」
 くいくいと手招きする。
 千咲はしばらく迷っていたが、ようやく観念した様子で檻のそばまでやってきた。
「お前、どうせ悪ガキだったんだろ?」
「悪ガキって…?」
「ガキのくせに大人の真似事ばっかりやってただろ、って聞いてんの。」
「大人の真似事?…な、なにそれ。」
「あたしもそうだったもん。そのまま大人になっただけ。」
「………。」
「顔出せ。」
「うー…」
 千咲はしぶりながらも、檻ぎりぎりまで顔を近づけた。
 あたしも同じようにし、そっと唇を寄せる。
 しかしそれ同士が触れあうことはなく、鼻の頭が触れただけだった。
「もっとがんばれって!」
「顔が痛いよ!」
「んなもん我慢しろ!」
 ぎゅー。
 顔に冷たい檻が食い込む。
 今度は、唇同士が触れあった。
 唇同士を密着させ、互いの温度を確かめあうようなくちづけ。
 舌を差し入れるが、あんまり奥まではいかない。千咲の舌があたしの舌に触れ、ざらざらした感触を合わせる。
 もどかしいくちづけを、どのくらい続けただろうか。
 顔を離すと、お互いの顔に檻のあとが残ってて、笑えた。
「………憐、…もっとしたいよぉ…」
「……ここじゃ無理だろ。」
「じゃあ…、…ねぇ…見て…」
 千咲は身に付けた衣服を脱ぎ始めた。
 まだ未成熟な胸が露になる。
 それを自分の両手でゆるく揉み、乳首に刺激を与える。
「くぅ、ん…」
 鼻にかかった声が漏れる。
 割れ目もやはり子供っぽく、毛も薄かった。
 その割れ目に指を這わせる。
 陰唇を開くと、そこは年齢には不似合いな艶かしい色合いをしていた。
「ずいぶん経験豊富なんだな。」
「いっぱいしたもん…、…大人の真似事…」
 とろ、と零れる蜜に濡れた指。
「千咲、その指が欲しい…」
「…憐……」
 千咲が檻の隙間から濡れた指を差し出す。
 あたしはそれを口に含み、貪った。
 千咲は指の動きさえも艶かしく、口内を犯されるような感覚に興奮した。





 …プツン。
「あーもうっ!!」
「……どうした?」
「なんでもないよ!!」
「……、…十六夜の様態を見に行ってくる」
 フウウン、と扉が閉まり、美憂ちゃんさえもいなくなった制御室。
 私―――乾千景―――は、非常にいらついていた。
「どいつもこいつもイチャイチャして…!」
 と、消したばかりの牢屋の監視画面を睨む。
 都も一体何なのよ!
 突然あんなことしておまけに変なツボ押されて身体に力入らないし!
 佳乃には思いっ……きり誤解されたし。
 あーもう最悪!
 ああああ……!
 ♪ピルル ピルル ピルル
 ………ん?
 ユビキタスの通信が入った。
 ……理生さんからだ。
 受信っと。
 ボタンを押すと、立体ディスプレイが浮かび上がり、理生さんの顔が写る。
「はい?」
『あ、千景さん。今忙しい?』
「いや、大丈夫。」
『…あの…少し、お話したいなぁと思って』
「おはなし?別に構わないけど…」
『あの、それじゃあ…一階の庭園の…えっと、公園のブランコのところで待ってます。』
「ブランコ?うん…わかった。」
『それじゃ、また後で。』
 ………プチン。
 ……なんだ?
 理生さんが話なんて…。
 まいいか。いってみよう。





 ………千景…ひどいよ。
 私―――小向佳乃―――、一生懸命考えました。
 いろんな要素が重なってる。
 いっぱい考えました。
 ……でもやっぱり、千景ひどいよ…。
 反省の色がないんだもん。
 それどころか……
 ………都さんとまで…あんなこと…。
 ……あーあ…。
 てくてくと歩くのはお庭。
 ここ、あったかくて好き。
 ぽかぽか……植物もいっぱい…。
 あっ。
 前方に人影を発見。
 ………あれは…、
 ……………伊純ちゃんだ。
 ちょっとドキドキする。
 ドキドキっていうか…、…私、嫌われるよね……今でも…。
 同じ部屋になったけど、あんまり話してくれなかったし…。
 ………
「小向?」
「は、はい?」
「……や…、何やってんの?」
「う、ううん、なんにも……」
「暇そうだな。」
「………うん。」
 私が悩んでるうちに、伊純ちゃんから声かけてくれた。…嬉しい。
「………あの、さ…、ちょっといい?」
「え?…う、うん。」
 伊純ちゃんが、ちょっと神妙な面持ちでそう言った。
 なんだろ…つきまとうなとか言われちゃうのかな……あうー…。
 私と伊純ちゃんは横に並び、行くあてがあるわけでもなく歩いていた。
「……あの、…、………小向、やっぱあたしのこと…嫌いだよな?」
「………へ?」
 伊純ちゃんが言い出したのは、思いもしない言葉だった。
「……あんなこと言ったんだから…」
「嫌いじゃないよ!まさか!」
「………は?」
「え…?」
「あんなひどいこと言ったのに?なんで?」
「なんでって言われても困るけど…だって、私伊純ちゃんから嫌われてるんでしょ?本気にしちゃって…あたしバカだから…」
「ち、違う!」
「ふえ?」
 ………なんだか話が噛み合ってない。
「あのな、……あたし、小向に嘘ついたんだよ。」
「………嘘?」
「…自分の気持ちに整理がついたら、ちゃんと本当のこと言おうって思ってた。だから………聞け!」
「は、はいっ」
「………あの時、遊びだった、って…言ったな。」
「……うん。」
「……あれ、嘘だ。」
「…………え?」
 ………え?え?え?
 …どういう…こと…?
 ザッ、て……伊純ちゃんは立ち止まった。
 私も立ち止まって、伊純ちゃんの方を振り向く。
 伊純ちゃんは真っ直ぐ私を見つめていた。
「………本当は、好きだった。お前のことが大好きだった。」
 ドクン。
 伊純ちゃんの真っ直ぐな瞳。
 真っ直ぐな言葉。
「…でも、あたしじゃお前を幸せになんか出来ない。……自信がなかった。」
「伊純…ちゃん…」
「………もう、ケリついたよ。お前のこと好きだけど、でも、もう恋愛とか関係ない。ただのLikeだから。」
「………」
「……ごめん。…嘘ついて…ごめん。」
「……いいよ…謝らないで…。」
「………」
 伊純ちゃんのこういうところが…好き…。
 ………でもこの言葉って…
 ……もう…振られちゃってるんだよね…。
 ただのLikeって…けっこう痛い言葉だよねぇ……。
「伊純ちゃんは…、…気になる人とか、好きな人っているの…?」
「………うん。」
「……良かったら、教えて。」
「………飯島…未姫。…あいつ…危なっかしくてさ…、……守ってやろうと…思う。」
「………そっかぁ…。」
 ……いいなぁ…。
 あたしも言われたいよ…守ってやりたい、とか……、…ねぇ…。
「小向は…?」
「…千景しか…いないよねぇ…あたし…」
「……だよな。」
「……でも千景ってば浮気ばーっかり…。…………なんて…。……別に…つきあってるわけでもないのに…、…もう諦めようかな、なんて…」
「何言ってんだよ…?千景、お前のこと好きに決まってんだろ。」
「そんなことないよ。」
「あるよ!バッカじゃねぇの?」
「うぇ…」
 伊純ちゃんって時々怖い。
 でも伊純ちゃんが怖い時って、私のこと思って怒ってくれる時なんだ…。
「千景って多分無器用なんじゃないか?仕事では姉御肌だけど、恋愛に関しては…」
 私と伊純ちゃんは、また並んで歩き出す。
「そうかなぁ……」
「そうだよ。絶対。素直じゃないしな。あいつ。でも……やる時はちゃんとやるやつだし…信じて待ってれば……ん?」
 伊純ちゃんが言葉を足を止めた。
 何か見つけたらしい。
 小さな森の向こう、木々の間から公園が見える。
「……って?……の…、…か……。」
「そ…、……き…、………の。」
「…は……、?」
 話し声が途切れ途切れに聞こえる。
 木々のざわめきが邪魔して完全には聞こえない。
「あれって…」
「………あ!」
 伊純ちゃんが指さす先…、…ブランコに二人の人物。
 呉林さんと…、……千景だ。
 二人は何か熱心に話し合っているようだった。
 …私は森を通り、気づかれぬようにゆっくりと、二人に近づいた。
「から…、!」
「……、…でも、そ、それって…」
「私は…あなたが好きなの。」
 ………え…?
 好き?…告白?
 ……好きって言ったのは…呉林さんで…
 …千景…どうする、…の…?
「………あ、ご、ごめん…今、ちょっとビックリしてる…」
「…そうよね。こんなに唐突じゃ、驚くのも無理もないわ。…でも…本心なの。」
「理生…さん…」
「………私は…あなたを諦めたくない。絶対に諦めない。あなたに…他に好きな人がいたとしてもね。」
「………。」
「…ごめんなさい。言わないのも失礼だと思って…。…それに、我慢できなくて…」
「…ううん…ありがと…気持ちは嬉しい。今は、…答え、返せないけど……」
「………待ってるわ。」
 ……千景……、…Noじゃないんだ…。
 ………そっか。
 ……………私は…、……
 …もしかしたら、千景のそばにいる資格なんてないのかな…。
 その夜、私は同室の伊純ちゃんと、同じベッドで寝た。寂しかった。
 本当は、抱いてくれても良かった。
 でも伊純ちゃんには、もう他に好きな人がいるんだ。もう伊純ちゃんには頼れない…。
 ……あたし…、……一人ぼっちかな…。





「……おはよう。水散さん。」
「……ん…、…命さん…。」
 優しい呼びかけにゆっくりと瞳を開く。
 誰かはわかってる。命さん。
 私―――悠祈水散―――は小さく笑み、「おはよう」と小さく返す。
 命さんが早く起きた時は私を、私が早く起きた時は命さんを、それぞれ起こす。
 私たちの毎日の習慣だった。
 こんな習慣が始まって、もうどれくらい経ったっけ。
 いつも同じ笑顔。
 皆は命さんのこと怖いっていうけど、私はどうしてなのか全然わからない。
 すごく優しい。
 親友、っていうのかな?こういうの。
 いつも一緒。すごく仲良し。
 でも恋人みたいなことはしないの。
 ただ一緒にいるだけ。
 ……親友っていうのもなんだか違う。
 不思議な関係。
 最初の頃、運命っていう言葉を口にした。
 どこかで出会ったような気がする。
 遠い昔。
 …………本当に、不思議。
「ご飯食べに行こ。」
「はいっ」
 二人でのんびりと廊下を歩く。
「あら、おはよう、真田さんと悠祈さん。」
 廊下の途中、蓮池さんに会う。
「おはよーございます。」
「おはようございます。」
「今日も仲がいいわね。」
 蓮池さんはにっこりと笑み、すれ違っていった。
「……仲いいんだって。」
 命さんはクスクスと笑う。
 私も一緒に笑んだ。
 食堂はいつもこの時間帯、何人かが朝食を取っている。
「あ、おはよ〜ご両人♪」
 そう声をかけてくれたのは都さんだった。
 彼女を囲んで、和葉さん、秋巴さん、Minaさん、杏子さんの4人がいる。
 ……離れたテーブルに、一人の女性がいるのに気づいた。
 …あの人は…
「………すごい…」
 ポツリと命さんが零した。
 不思議に思ったが、命さんはすぐにそのまま自動調理機に向かう。
「あ、命さんっ…」
 私をおいてさっさと行ってしまうなんて…初めて、かも……。
 パンとサラダとミルク。二人同じ朝食を作り、手近な席についた。
 …命さんは、やはり女性を気にしているみたいだった。
 確か…夜久さん。夜久幸織さん。
 すごく不思議な雰囲気を持つ女性。
 ……きれいな人…ではあるけど……
 …命さん、そんなに気にしなくても…。
 …口で言いたいけど、言えない自分が少し情けない。
「……ごちそうさま。」
「あ…」
 ……命さんはいつも食べるのが早い。
 いつも私が食べ終わるのを待ってくれる。
 ……でも、今日は……。
「ごめん、食べてて…。」
 命さんはそう言うと、食べ終わった食器を片づけ夜久さんのところへ行ってしまった。
 ……確かに、命さんのことを私が私が束縛したりは出来ないけど。
 …そんなに…気になるのかなぁ。
 二人の会話は聞こえない。
 ……聞きたくない。





「で?どうするのぉ…?」
「ん、ぅ…、ちょ…締め付けすぎ…」
「あんっ…、…そっちの方が大きすぎるの…っ…、やん…」
「はぁんっ…」
「でぇ…?」
「…んぅ……何が…?」
「何がって…、…あぅっ!」
 鍵のかかった個室。
 ぐちゅぐちゅと淫らな音。
 そして繋がった男女。
 私―――呉林理生―――の上で艶かしく腰を揺らす女性。Mina。
 Minaに誘われ、私はまた彼女とセックスをする。二度目…。
 でも、断れるわけもない。
 彼女は、私の重大な秘密を握ってるんだもの…。
「リオンのって本当最高…!こんなに太いの初めてよ……。あぁっ…んぅ…!」
「はぁっ…んぅ…」
 Minaは座位で、私の上に乗っかるのが好きらしい。突き上げられるのが最高に気持ち良い…んだって…。
「リオン…このまま日本人の女って事にし続けるの…?時間の問題なんじゃないの…?」
「……ンゥ……、…昨日、…千景さんに告白したわ…」
「うっそ…」
「ホント…」
「じゃ、もう隠すしかないんじゃない?」
「うん…、……大丈夫だと…思う?」
「さぁね…」
 曖昧な言葉。
 Mina。……私は彼女に…
 ズンッ!
「きゃうっ!」
 ……逆らえない。
「…ん、もうイっちゃう…、出ちゃう…!」
「あぁっ!」
 ドクン!
 私の物が大きく波打ち、液体をほとばしる。
 濃い液体をMinaの子宮に注ぎ込む。
 避妊用のキャンディーを舐めてるから問題ない。
「あっ、ああーっ!」
 きゅぅっとMinaの中が収縮する。
 Minaの中で萎む物を、なおも締め付けてくる。
「あ、あん……リオン……」
 Minaは私に強く抱きつき、身を擦り寄せた。
 ……彼女とのセックス、イヤじゃない。
 彼女は魅力的な女性だし、セックスも気持ちがいい。
 問題は、彼女が私の支配者であること。
 ………逆らえない。
 ……そう考えると、背筋に震えが走る。
 ゾクン。
 その震えは、快感にも似ている。
 マゾヒシズム。
 もっと欲しい…欲求を堪えるのは苦しい。





「佳乃!聞きなさい!」
『……な…、…何…』
 私―――乾千景―――は、腕に巻いたユビキタスネットワークのヴィジョンに怒鳴りかけていた。
 通信の相手は佳乃。
 そう、今日こそ落とし前を付ける!
 今日一日悩んだ。
 すっごく悩んだ。
 昨日…理生さんから告白されちゃって、どうしようかと思った。
 やっぱり佳乃の事ばっかり考えてたけど。
 でも悩んだってどうしようもない!
「一階の庭の!奥にある小川の一番上!水が湧き出してるところで待ってるから!」
『えぇ!?なんでまたそんな複雑なところ!』
「いいから来いっつってんの!来なかったら佳乃と一生口聞かないからね!!」
 プチンッ。
 一方的に通信を切る。
 相部屋の2人が私を注目している。
「千景さん……がんばってくださいね…」
「お、応援してますっ…」
「ありがとう未姫ちゃん&和葉ちゃん!私は頑張るわ!では!」
 ビシッと礼をし、私は部屋から出ていった。
 行く途中で佳乃と会ったらいやなので、走っていく。
 …………ってさ、来なかったら一生口聞かないなんて言っちゃったけど、佳乃の方がそういう心境のような気もするよね。
 ………本当に来なかったらどーしよ。
 ああもうっ、不安になってもしゃーない!
 私は庭を全速力で駆け抜けた。
 小川につくと、それに沿って走る。
 ……思ったより遠い。
 10分くらい走ってやっとたどり着いた。
 ……さらさらさら。
 水音がきれいなの。
 そしてこの水が湧き出てくる仕組み。
 岩の先からチロチロって出てくるんだ。
 ……めちゃめちゃキレイなの。
 初めてここに来た時、思わずため息をついた。本当にすてきな場所なの…。
 佳乃…。……待ってるわ。





『佳乃!聞きなさい!』
 唐突だった。
 千景から『緊急』で通信が入って、ドキドキしながら出たら、突然言われた。
「……な…、…何…」
 私―――小向佳乃―――は、ユビキタスネットワークのヴィジョンに写る千景の顔に見入る。
 ……怒ってるの?
 な、なんで?
 怒るのはこっちの方じゃない!
 言い返そうとしたけど、千景の勢いに負けた。
『一階の庭の!奥にある小川の一番上!水が湧き出してるところで待ってるから!』
「えぇ!?なんでまたそんな複雑なところ!」
『いいから来いっつってんの!来なかったら佳乃と一生口聞かないからね!!』
 プチンッ。
 ……一方的に切られた。
 こ、これは一体……。
 一生口聞かないって……言われても…。
「行け、佳乃!」
「ふぇ…」
 強く言ったのは、伊純ちゃんだった。
「……待ってるみたいじゃん。千景。」
「………うん…。」
 私がコクンとうなずくと、伊純ちゃんは安堵したように小さく笑んだ。
「いってらっしゃい♪」
 ぽろろん♪
 伽世ちゃんもにっこりと笑んでくれる。
 ……ふっと、呉林さんと目があった。
 その瞬間、私の中になんだかよくわからない闘志が燃え始めた。
「…………私…、……呉林さんには負けたくないです!」
「え?…あ、…え……??」
 きょとんとしている呉林さんに一礼し、私は部屋を飛び出した。
 千景…、…千景!
 庭は、時間帯に合わせて明るさとかも変わる。
 あたりは夜。所々に設置された街灯がぼんやりとした光を放っている。
 そして、月明りのような淡い光。
 私は暗い道を、淡い光を頼りに走った。
 ここが小川で……これに沿って行けばいいのよね……よしっ!
 私は一呼吸置いたのち、一気に駆け出す。
 上り坂になっててちょっときついけど、頑張る!
 ………どのくらい走っただろう。
 あたりに鬱蒼と茂っていた木々が途切れ、ぱぁっと視界が開けた。
 ……その先に、一つの岩、そして…
「……千景…!」





「………良かった。来てくれて。」
「……いきなり呼び出すから…何かと思って……はぁっ…疲れた…」
「…佳乃。ここは、あたしが一番好きな場所よ。」
「……そうなんだ。…きれいだね。」
 私―――乾千景―――は、川辺に腰を下ろした。
 佳乃も私の隣に腰を下ろす。
「………で、…何?」
「…色々、誤解を解かないと、と思って。」
「……誤解なんて、あたししてないよ。」
「いや、してるから解くんだってば。」
「………勅使河原さんと仲良さそうだったのも。都さんとキスしたのも。全部誤解?…呉林さんから告白されたのも知ってるんだからね?千景、断わんなかったでしょ?」
「だーから、それ全部誤解だってば!」
「何が!単なるイイワケじゃないの?」
「…あのねぇ。佳乃もいい加減、頑固よね。全く。」
「……千景が悪いんだよ。」
「なんでよ?」
「…あたしがどんなに苦しい思いしたと思ってるの!?あたしの気持ちとかちゃんと考えてよ!あたしに気がないなら、思わせぶりなことしないで!」
「だから誤解っつってんの…バカ」
「え…?」
 私は強引に佳乃の腕を掴み、引き寄せた。
 そしてまた強引に、その唇を奪った。





 ぐいっ…
 ……っていきなり腕を掴まれて、私―――小向佳乃―――は千景に引き寄せられた。
「なっ…」
 小さく声を漏らすが、それは強引に塞がれた。
 え…?
 ……ええ!?
 ……し、信じられない…。
 …今、私……
 ……千景に…キスされてる……。
 千景の唇が…私の唇に密着してる。
 うそ…?…これ…、……現実…?
 長いキスだった。
 不思議と嫌じゃなくて、ただ、されるがままにじっとしていた。
 唇を触れ合わせたままの、ただそれだけのキス。
 千景の体温が唇を通して伝わってくる。
 やがてその体温の余韻を残し、千景の唇が離れた。
「…これがっ…」
 千景の少しだけ掠れた声。
 真っ直ぐな瞳。
 濡れた唇。
 私は千景の言葉の続きを待った。
「……これが、あたしの気持ちの全部。」
 …怒りは消えていた。
 逆に、恥ずかしかった。
 ……私、本当に誤解してた。
 千景も悪いけど……
 私もいっぱい悪かった。
「あたしは…佳乃のことが好き。誰よりも。絶対、佳乃しかいないって…ずっと前から思ってるんだよ…。」
「……千景…」
「………愛してる。」
 …千景の言葉が震えていた。
 伝わってくるのは、その言葉の真実。そして恐怖。
 ……千景は怯えている。
 千景の震える手を、そっと握った。
「……千景…、…ごめん…なさい。」
 私はそう言った。
 ……千景の目が見れない。
 私は俯いてそう零す…。
「…それ…、…って……」
 ガサッ!
 突然、辺りの茂みが揺れた。
 そこから現れたのは……
「千景ちゃん。行きましょう。」
「り、理生さん!あ…、な、なんで?」
「こんな娘、放っておけばいいのよ!私がいるじゃない…」
「……っ…」
 理生さんが千景の手を引いて、強引に連れ去ってしまう。
 …でも、千景も抵抗してないみたいだった。
「待ってよ!千景!」
 私も慌てて追いかける。
 しかし、
「……来ないで!」
 ……そう言ったのは、千景だった。
 …な…なにそれ……。
 二人の姿が遠ざかっていく。
 ……私は呆然とそれを見つめていた。
「……こぉんのバカ佳乃!」
 パァン!
 後頭部に痛みが走り、びっくりして振り向くと、恐い顔をした伊純ちゃんがいた。
 見ると、伽世さん、未姫さん、和葉さんもバツが悪そうな顔をして私を見ていた。
「…み、みんな見てたの?」
「え、えへへ……、ごめんねぇ。」
「き、気になって…、ごめんなさい。」
「あ、あはは……、ごめんなさい。」
「そんなのどうでもいいんだって!!」
 伊純ちゃんに喝を入れられる。
「わ、私だってワケわかんないよぉ…」
「せっかく千景が愛してるまで言ったのにだな!それなのにお前ってやつは……!」
「え?え??なんで?私、なんか悪いこと言った?」
「………え?」
「……ふぇ?」
 伊純ちゃんに聞き返されても困る。
 更に私は小首を傾げ、伊純ちゃんに返す。
「…自分が何言ったか判ってない?」
「…だから…私、何か悪いこと言った?」
「……や、だから…千景が愛してるっつって……ごめんなさいで返したのが……」
 ……………。
 …………。
 ………。
「……え!!?」
「…………」
「あの、だからその…私が今までしたことがごめんなさいで……、あの…その……」
「……そのごめんなさいが問題なんだよ。」
「…もしかして…」
「傍から聞いてると、明らかに振ったんだと思ったよ、このバカが!!!」
「うわぁぁぁん!違うよぉ。私そんなつもりじゃ…!」
「ったく…本当にバカ佳乃だな。確認する。お前は千景のことをどう思ってる?」
 あきれ顔の伊純ちゃん。
 その問いに私は…
「……もちろん、……大好きだよ。」
 と答えた。
 すると伊純ちゃんは僅かに微苦笑を浮かべ、
「ほら、今度はお前が誤解解く番だぞ!」
 そう言って私の肩をポンと叩いた。
「う、うん!」
 私は頷き、駆け出した。
 ……が、つまずいた。
「つくづくバカだな。」
「あんまりバカバカ言わないでよぉ…」
 手をさしのべてくれる伊純ちゃん。
 私はそっとその手を取った。
 ……伊純ちゃんに頼るの、これで最後にする。





「……泣きそうな顔してる。」
 私―――呉林理生―――がそう言うと、千景ちゃんは更に俯いた。
 あれから一言も喋ってくれない。
 食堂の隅の席に腰掛けた千景ちゃん。
 その前に、ホットミルクを置いた。
「……あり…がと…」
 小さく零す千景ちゃん。
 私はその隣に腰を下ろし、コーヒーをすすった。
 ………思いつめた表情の横顔。
 じっと眺めてると、潤った瞳から涙が零れ落ちた。
「………千景ちゃん。」
 私は指先でその涙を掬い、舌で舐めた。
「……あたし…、…どうしたらいい…?」
「……あの娘のこと、忘れちゃえばいい。」
「…難しいよ…」
 ため息をついて、ホットミルクに口をつける千景ちゃん。
 ♪ピルル ピルル ピルル
「…!」
 千景ちゃんのユビキタスにかかった通信。
「…佳乃…からだ……」
 千景ちゃんは困惑した様に私を見上げた。
 私は少しの間、千景ちゃんを見つめる。
 そして、千景ちゃんのユビキタスに手を伸ばす。
 千景ちゃんが俯いた。
 ……いいの。…これでいいのよ。
 私は、装置の電源をOFFにした。
 そして千景ちゃんを緩く抱きしめる。
 …彼女は抵抗しなかった。
 流されるように、私に身を任せた。
 ……私の好きの気持ちは本物。
 私は千景ちゃんの事、傷つけたりしない。
 子供みたいな痛々しい恋愛なんてしない。





「そっか…。こっちでも探してはおくよ。早く会えたらいいな。」
『うん…』
「それじゃ。」
 プツン
「…千景さん、いないんですか?」
 ユビキタスの通信を切ると、心配そうな表情の飯島があたし―――佐伯伊純―――にそう問う。
「ああ。ユビキタスの電源も入ってないらしくて…。それに、あの呉林とかいう女もいないっていうから…おそらく一緒なんだろうけど……」
「……嫌な感じですね…。千景さんには佳乃さんしかいないって思ってたのに…」
「…佳乃もバカなら千景もバカだよなぁ…まったく…」
 …そう言うと、飯島はクスクスと小さく笑った。
 ブランコが小さく揺れる。
 夜の公園。
 ブランコに二人、か…。
「伊純さんの方が、千景さんたちより年上みたい。」
「そう?いや…、あいつらがガキっぽいからな…」
「そんなことないです。伊純さんが大人っぽいんですよ。十七には見えないもん。」
「……喜んでいいのか?それは…」
「もちろん!誉め言葉です!」
「そっか…」
「……伊純さんて、強くて…憧れ…ちゃいます…」
「………。」
 憧れる…か。
「…あの…なにか気に触るようなこと…」
「いや、そうじゃない。そうじゃなくて…」
「?」
「……憧れとかじゃなくて…、その…」
「……なんですか…?」
 左側にいる飯島を見る。
 きょとんとした表情。
 こっちから見ると、全部が黒髪みたいに見えて不思議な感じがする…。
「……無事で良かった。」
「…え……?」
「……ここに来るまで、危険なところ通って……すごい怖かった。お前が…、…いなくなりそうで……。」
「…伊純さん…」
「お前、守れて……ほんっとに良かった…」
 ブランコの釣鐘に体重をかけると、キィと軋む音がした。
 ゆっくりと揺れるブランコ。
 少しだけ、辺りに静寂が訪れた。
「……ッ…、…クスン…」
 飯島が涙を流している。
 ……涙もろいよな…飯島って…。
「泣くな!泣き虫!」
「ふぇ…伊純さん、後で泣いていいって言ったじゃないですか…」
「あ…そういえば言ったっけ…」
「だから私、いつ泣こうかと…。…どんどん涙溜まっちゃって、もういっぱいいっぱいだったんですよ…」
 溜めれるのも…器用だよな……。
「じゃ、泣け。……泣いていいぞ。」
「……ふえ……、……うええん……」
 ……変なやつ。
 ぐしぐしと泣き続ける飯島を見ながら、思った。
 やっぱこいつ……寂しいんだよ。
 一人ぼっちで…家族もいなくて…
 …アタシは、愛する人を失ったことなんてないから、飯島の痛みなんかわかんないけど……。
 ……わかってやりたいよ…
 ………痛み、和らげてやりたい…。
 …いつの間にか振りが大きくなったブランコ。
 アタシはその勢いにのってブランコを飛び降りた。
「……飯島!!」
「は、はいっ?」
 飯島に背を向け、夜の公園に向かって声を上げた。
「……アタシは!…お前がっ……」
 更に目一杯の空気を吸い込む。
 そして一気に吐き出した。
「好きだ!!」
「……え…!?」
「……お前のそばにいたい!!」
「……」
「いさせろ!!…お前を守らせろ!!」
「……ふぇえ……」
「絶対にアタシを置いて死ぬな!死なせない!アタシがお前を守る!一生だ!!」
「…………」
「だからっ…!」
 ぎゅっ……
 ……背中に暖かいものが当たる。
 柔らかい感触。
 そしてぎゅぅっと、その暖かいものが密着する。
 あたしは身体の力を抜き、回された手をそっと握った。
「…だからな…、…恋人になろう。」
 ……緊張した。
 恋人なんてぶしつけなこと。
 ……でも、恋人じゃなきゃいやだ。
 …好きだから。
 トクン…トクン…
 二つの心臓の音が混じり合う。
 ……なんだか恥ずかしくなって、俯いた。
 飯島は何も言わず、ただアタシに後ろから抱きついていた。
「……何か…言え…っ…」
「……あのね…、……未姫って呼んで欲しいの…」
 囁くような甘い声。
 そこには、佳乃にはない大人の女の魅力があった。
 色っぽくて、甘くて、可愛くて…
 ゾクゾクした。
「……未姫…」
「…愛してね…、…私のこと離さないでね…、……絶対よ…。」
 ……その言葉には、計り知れぬ重みがあった。
 彼女の切実な本心なんだろうと思った。
「絶対に離さない。絶対だ…。」
「………うん。…愛してるわ、伊純…。」
 未姫の腕の力が抜け、あたしは未姫に向き直った。
 ……その瞳は濡れ、頬は僅かに紅潮し…、…すごく色っぽかった。妖艶っつーか…。
 「愛してる」の言葉が、これほど嬉しいことはなかった。
 「愛してる」の言葉が、こんなに響いたのは初めてだった。








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