旅路





「点呼します!そっち側から順に、番号と名前と武器の所持・非所持。所持してる場合は何の武器か!伊純から始め!」
 ホールに集まった二十数名の女性達。
 皆、どこか不安げな面持ちである。
 私―――志水伽世―――は命の次に大事なギターをきゅっと握る。
 千景さんの言葉で、点呼が始まった。
「えーと、1番、佐伯伊純。
 武器は小型のナイフ14本。」
「二番、飯島未姫。
 武器は非所持…です。」
「3番っ、蓬莱冴月!
 武器は剃刀8本!」
「4番、三宅遼。
 武器は機関銃と予備のレーザー銃。」
「5番、楠森深香。
 武器は持っていません。」
「6番、悠祈水散。
 武器は非所持です…」
「7番、真田命っ。
 武器は鎌。」
「8番、Mina・Demonーbarrow…もしくは鬼塚箕ナ。
 武器は拳銃一丁。」
「9番、五十嵐和葉。
 武器は非所持です。」
「10番、御園秋巴。
 武器は色々〜…迫撃砲とかあるよん。」
「11番、伴都。
 武器は同じく色々〜…素手が得意です!」
「12番、高村杏子。
 えっと、武器は非所持です。」
「13番、萩原憐。
 武器は拳銃やらレーザー銃やら。
 それから14番、萩原憐が背負ってる米倉千咲。
 武器は非所持っぽい。」
「15番、妙花愛惟。
 ええと、武器は持ってないです。」
「16番、逢坂七緒。
 武器は非所持です。」
「17番、三森優花。
 武器はありません。」
「18番、小向佳乃!
 武器は拳銃です。」
「19番、蓮池式部。
 武器は同じく拳銃。」
「20番、志水伽世。
 武器は非所持でっす。」
「21番、乾千景!
 武器は拳銃!」
 ……で、四人いないんだ。
「残りの四人は…えっと、銀美憂、珠十六夜、可愛川鈴、保科柚里。この四人は後から来ます」
「後からって……だいじょぶなの?」
 あたしは妙に心配でそう聞く。
「…私も心配だけどね。でも、十六夜さんのことがあるし…。十六夜さんの心拍数がある程度安定するまで残るって。…十六夜さんのこと見殺しにはできないし…それに、向こうの3人は同意の上だって…。」
「……そう…。」
「それで、私たちは先に出発するわけだけど……、……その目的地ってのが、けっこう距離がある。」
「どこ…なの?」
「お台場…だって。」
「お台場!?」
「そう。あそこに、最後の施設がある。」
「最後の……」
「……って、銀さんが言ってた。そこなら、地震の被害を絶対に防げるって。…行くしかないって。」
 皆、神妙な面持ちで千景さんの話しを聞く。
「あんまり時間がないよ。今が2時15分。歩いて4、5時間はかかるし…。それともう一つ。米軍と遭遇する確立は高い。」
「………。」
「…………誰かが命を落とす可能性もある。覚悟して…」
 しん、と…ホールが静まり返った。
 プルルルル!
 突然鳴った通信機に、皆が驚いただろう。
 私もかなりビックリした。
「は、ハイ?」
 千景さんが通信に出る。
『言い忘れたことがあった。』
 通信のディスプレイに映るのは、保科さんだった。
「何?」
『…できれば…だけど…、グループを作って、別々に移動するべきだと思う。』
「グループ…」
『危険そうにも見えるけど、米軍に見つかる可能性も激減する。』
「そっか…なるほど。」
「いい考えね。」
 蓮池さんがコクコクとうなずく。
『携帯電話は持っているな?』
 向こう側の通信に、銀さんが入ってきた。
『番号を押す前に2800を入れてからかけろ。向こうのお台場の施設のアンテナを使うことになるから、電場ジャックされることもない。』
「さっすが……。…わかった。グループに別れて移動する。」
『ああ。』
「ありがとう。それじゃ…」
『……気をつけて。』
『死なないでね…』
 プツン
 通信が切れる。
 二人が最後に残した言葉に、また全員が押し黙った。
 プルルルル!
「わぁ」
 また鳴ってまた驚く。
「はいはい?」
『もう一つ言い忘れ。可愛川からだ。』
 ディスプレイに映ったのは銀さん。
『逢坂と妙花には注意して欲しいと。二人には死神が憑いているらしい。』
「死……」
 千景さんはその言葉に固まった。
『グループ分けする際は、必ず警察がつくように。そして絶対に気を配るように。……と可愛川が言っている。』
「わ、わかった。」
『……では。』
 プツン。
 また静寂が襲った。
「……死神なんて…ヒドイ…。」
 逢坂さんの呟きも、静まりかえったホールではよく通った。
「…そんなわけでグループ分けします。…えーと、ある程度チームワークがある人たちが集まった方がいいんだけど…。グループは5人グループが3つと6人が一つ…かな。ちょっと適当に集まってみて。あ、警察抜きで」
 という千景さんの点呼で、皆がバラバラと分かれそしてくっつく。
「えーと、伊純・未姫さん・冴月・遼・深香さんのグループに……」
「Mina・和葉さん・都ちゃん・FB・杏子ちゃんに…」
「水散ちゃん・命・伽世っち・憐ちゃん…」
「愛惟さん・七緒ちゃん・優花さん…か。」
 これでこんだけ分かれられるのもすごいよね……新旧で分かれてる気もするけど。
「じゃあ、私が命さん達のグループ。小向と乾ちゃんは愛惟さんたちのグループに入って…丁度いいんじゃない?」
 蓮池さんの言葉で、グループ分けはあっさりと終わった。
 その後簡単な道の説明と地図の配布。
 携帯食料の配布を終え、いよいよ出発するのみとなった。
「よし……行こう。」
 千景さんが扉に向かい、そしてロックを外す。
 この施設に戻ってくることはないのか…。
 ………死にたくない…。
 ……死ぬわけには…いかない。





 グループ1
 伊純・未姫・冴月・遼・深香

「歩いて行くって言ってもよ…結構な距離あるんだよねぇ…大変だなぁ…」
 冴月がぷちぷち零してるので、あたし―――佐伯伊純―――は、その後頭部を叩いた。
「いったぁ……」
「まぁっ。暴力はだめよ!」
「暴力じゃねーよ、これはシツケっつーんだ。教師ならわかるだろ?アメとムチ。」
「いやーあたし伊純ちゃんからアメもらったことないもん〜ムチばっかり〜!」
「アメに値することをしてないからだ」
「け、ケンカ……先生は一体どうすれば…」
「放っておくのが一番だよ、センセ。」
「い、いや、でもね三宅さん、やっぱり教育者というのは……」
 そんなあたしたちのやりとりを見て、クスクスと笑う飯島。
 ……いいのか、こんなに緊張感なくて。





 グループ2
 Mina・和葉・都・秋巴・杏子

「ていうか、なんでこんなグループになっちゃったんですかぁ……」
「何言ってんの♪私たち仲良しじゃん♪」
「ちーがーいーまーすー。都さんも箕ナも杏子さんも仲良しだけど、FBは違うもん!」
「フタリとも仲良く……」
「Minaのお願いでも、それだけは聞けないの。」
「ワハハ、モテる女はつらいなぁ…」
 四人でわいわいやってるのに、私―――高村杏子―――だけ事情がわからなくてちょっぴり寂しい。
「みーやこ。…何事?」
 くいくい、と都の服の裾を引っ張る。
「…えーとね、和葉ちゃんとMinaは仲良しでしょ。和葉ちゃんと私はなんだかんだあって友達以上の関係なのね。で私とFBは元ライバルで今はよくわかんない関係ね。」
「うんうん。」
「で…」
「私は都さんのことが好きなんですよぅ。」
 都の言葉に被せるように言ってきたのは和葉ちゃんだった。
 なんて大胆な……。
「でね、私も都のことが好きー。」
 笑顔で言うのはFBこと秋巴さん。
 こちらも大胆な……。
「だからFBとは仲良しじゃないんです!」
「なんで〜ライバルなんだから仲良くしようよ〜」
「それじゃライバルじゃないですよ!」
 ……すごい関係だなぁ…。
「ってことは、私がMinaちゃんと同じ立場じゃない?」
 と私が言うと、皆が私を注目した。
 そして一瞬の間をおいて、全員が頷く。
 ……何、この集団……。





 グループ3
 水散・命・伽世・憐・式部・(千咲)

「重たい……。」
 挫折しそうだった。
 長い長い旅路……。
「まだ出発して20分も経ってないよ。ガンバレー。」
「えぇい、くそう…。」
 アタシ―――萩原憐―――は、千咲を背負ってヘロヘロと歩を進めていた。
「あんたも物好きよね。こんな殺人未遂娘を連れてくるなんてさ。」
 ケタケタと悪魔のような笑みを浮かべる命。そんな命を軽く睨みながらも、小さくため息をつく。
「ああ…思いっきし後悔してるよ。アタシがバカだった…」
「バーカ。」
「………」
「バーカバーカ。」
「お前に言われるとムカつく!そこのギター女!命殴ってヨシ!任せた!」
「任された!」
「任されるなぁぁっ!」
 そんなアタシたち三人の後ろを静かに歩む、蓮池と悠祈。
「………。」
「………ん?」
「……お?」
 アタシにつられて二人も振り向く。
「……もっと緊張感を持ってね。」
 そこには笑顔の蓮池がいた。
『…すみません。』
 アタシ達は、条件反射で頭をペコリと下げていた。





 グループ4
 愛惟・七緒・優花・千景・佳乃

 こうして思うとすごいメンバーかも…。
 などと、私―――乾千景―――は思いながら、歩き続けていた。
 七緒さんと優花さんは例の精神なんやらで送られてきたし、愛惟さんも七緒さんも可愛川さん曰く死神がついてるらしいし……。
 佳乃、頑張ろう!
 っていうか佳乃と一緒になれて本当に良かった……もしかして課長、気ぃつかってくれたのかなぁ…。
 ……佳乃も含め、あたしが守んなきゃな。
「佳乃さんって…土踏まず無いんですか?」
「………はぃ?」
 きょとんと佳乃は振り向く。
 不思議そうに佳乃の足跡を眺めているのは、愛惟さんだった。
 佳乃の足跡……。
 …………。
 ……そう言われてみれば、ぺたーっと足跡がついてる。
 土踏まず……。
「……あの、そういう靴なんじゃ……。」
 七緒さんがぽそっと言った言葉で全てが解決した。
「そうだよ!…あー混乱したー。」
「あははは、なるほどぉ。」
 楽しそうに笑う愛惟さん。
 無邪気だわ……。
「ちょ、ちょっと待ってね。」
 佳乃はその場で立ち止まり、何を思ったか片足立ちになって靴を脱ぎ出した。
「わぁ、本当だ……。」
 そして靴の裏をマジマジと見つめて…
「…あ、…きゃぁぁ!」
 こけた。
「……ば、バッカじゃないの…。」
 思わず言ってしまう。
「ぅえ…ひどいよ千景ぇ……」
「なんで泣くかなー!…ほれ。」
 こないだみたいに手を差し出すと、佳乃は嬉しそうに手を重ねる。
 そして立ち上がり……
 べた。
「わぁぁ靴下が汚れたぁぁ!」
「バーカバーカ!」
 そんな私たちのやりとりに、後ろの観衆は爆笑(?)だったとさ……。





 グループ1

「……ちょっと止まって。」
 あたし―――三宅遼―――は、ビルの物陰で立ち止まった。
 4人はあたしの意図を察してか、身を潜めるように歩を止めた。
 口元に『しゃべるな』マーク。
 耳を澄ますと、聞こえて来た。
 男性の声。…英語。
「今、女の声がしなかったか?(英語)」
「あぁ?気のせいだろ。お前が欲求不満なんじゃねーの?(英語)」
「うるせーよバカ。……くあー、かったりぃなぁ……(英語)」
「まぁな。こんな所に日本人なんていねぇっつーのな。(英語)」
 ……いるっつーのな。
 油断大敵ってこのことだよね。
 バカ米軍を殺したい気もするが、銃声でほかの兵士が気づいたらまずい。
 ここは通り過ぎるまで隠……
 ザムッ!
 どさっ……
 …!
 突然、間近で人が切られる音に慌てて振り返る。
 おそらく背後から迫ってきたのであろう、一人の米軍兵士。
 その心臓部を、伊純のナイフが貫いていた。
 驚いた表情の先生の口を慌てて塞ぐ。
「…なんか、…やっぱ誰か……(英語)」
「ああ…!(英語)」
 まずい、気づいたか…。
 ……よく考えたら、ここにいる大人二人ってどっちもPTSDじゃん…。
「セナは残って二人を見てて。伊純とアタシで遠距離から仕留めよう。」
 あたしが小さくそう囁くと、伊純とセナは小さく頷いた。
 男二人も気配を消したのか、辺りは静まり返り、どこにいるかも掴めない。
 あたしと伊純は壁に張り付き、息を殺す。
 このままじゃ埒があかない。
 伊純に手で合図する。
 『3つ数えたら飛び出そう。』
 伊純は頷いた。
 動機が早まる。
 いくよ……3…2…1…!
 ザッ!
「!」
 キュン!
 シュ!
 パンパン!
「っ!」
 男達は思ったよりもずっと近くにいた。
 あたしたちと同じように壁に張り付いて機会を伺っていたのだ。
「……遼!」
 男二人が崩れ落ちたあと、伊純はあたしに駆け寄った。
「だ、大丈夫…。ちょびっと掠っただけだよ。本当、全然…」
 く……は……!
 二の腕のところ……制服が破れて…血が出てる。
「ひとまず移動しよう!さっきの銃声を誰かに聞かれてたらまずいよね。遼、耐えて!」
 セナの言葉に頷く。
 伊純が未姫さんを、セナが先生の手を引いて、そしてあたしは傷をかばいながら駆け出した。





 グループ2

 不覚だった。
 私―――伴都―――は、油断していた。
 空まで注意を払っていなかった。
 ヘリコプターや飛行機は普通、やけにうるさい音がするものである。
 そう、それが普通だと思ってた。
 米軍がその常識を覆すものを作っているだなんて、思ってもみなかった。
 パンパンパン!
「!」
「なっ…!」
 私たちが歩いていた場所に、数発の弾丸が飛んできた。
 私は咄嗟に和葉ちゃんを、FBは杏子をかばった。Minaちゃんも無事に避けられたらしい。
「上!」
「何あれ…!無音のヘリコプター!?」
 飛行機には、肉眼で見る限り三人が乗っている様だ。一人が操縦。一人が射撃。
「建物の陰に!」
 廃虚と化している建物の影を縫い、私たちは逃げる。
 パン!パン!
 射撃はなかなかの精度を誇っている。
 私とFBがいなければ、和葉ちゃんや杏子の命はないであろう。
「こっち!」
 私は和葉ちゃんを抱いて大きな窓に飛び込んだ。
「きゃぁ!」
 破れていたガラスの破片が身を刺す。
 出来るだけ和葉ちゃんをかばう。
 自分の身はどうでもいい。
 彼女に傷つけることだけは絶対に避けたかった。
 私の後に続く杏子を抱えたFBとMinaちゃん。
 窓から離れ、息をつく。
 和葉ちゃんや杏子はもちろん、Minaちゃんまでも息を荒げていた。
「和葉ちゃん、怪我は?」
 と顔をのぞき込むと、その頬には血が一筋流れていた。
「あっ…、ごめん!怪我させちゃった…」
「あ、い、いえ、私は全然大丈夫です!それより、都さんの方が…!!」
 和葉ちゃんは泣きそうな顔になっていた。
「え?……」
 自分の頬に手をあてると、手にべったりと血がついてきた。
「うげ…あたしそんなに怪我してる?」
「してるしてる……真っ赤……」
 FBが言う。
「あの、ビジュアル的には酷いかもしれないけど、あたし自身は全然痛くも痒くもないから安心して!」
 確かに顔中がチクチクと痛むが、どっちかっていうと痛痒い感じ…。
「それより上空の敵よ。」
 あたしが言うと、FBはニヤリと笑んだ。
「上空は私たちの得意分野でしょ?」
「……だね。」
 小さく笑むと、私たちは駆け出す。
「三人とも、ここでじっとしてて!敵が来たら隠れること!Minaちゃん、任せた!」
「任されたわ!」
 Minaちゃんの心強い返事を受け、あたしとFBは階段を一気に駆け登る。
 ビルの屋上に繋がる扉の前で息を殺す。
 もしあたしなら、まずビルの出入り口を上空から見張った上で、屋上から侵入して仕留める。
 そんな予想は的中した。
 分かり易い敵で良かったわ。
 気配丸出して、こっちに近づいてくる。
 そして扉に手をかける。
 鍵はこちらから外しておいた。
 ゆっくり扉が開き、のこのこと入ってきた兵士!
 手早く首に縄をかけ、きゅっ。
 米軍のまだ若い男は、口から泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
 屋上からは、普通に中に侵入したように見えるだろう。
 そこで屋上への注意がなくなった時に…!
「……行こう」
 FBが小さく言い、私は頷く。
 タンッ
 小さく地を蹴り、私たちは屋上に飛び出した。
 無音の飛行機に乗っているのは二人。
 うち一人が銃を構えている。
 中の様子はよく見える。
 ふっと、操縦している男と目があう。
 …見つかった。
 そう思うが早いか、私は隠し持っていた超高性能折畳式簡易飛行機HAPPY号を取り出す!
 バッとそれを広げ、一気にエンジンをかける!
 ひゅんっ、と風を追うように舞い上がるHAPPY号。私がたった今居た場所に、銃弾の雨が降り注ぐ。
 FBもいつものマントを翻し、空へと舞い上がった。
 ダダダダダダ!
 散弾銃か…!
 これは厄介だ。
 さっさと仕留めないと……!
「迫撃砲〜っ!」
 パンパンパンパン!!
 ……へ?
 その瞬間、敵の飛行機の動きがおかしくなった。フラフラと……
 ………操縦士の男も射撃の男も、既に死んでいた。
「はい、終了!」
 FBは笑顔でそう言った。
 は、迫撃砲って……コイツ……。
 フラついた飛行機は、向かい側にあるビルに向かっていく。
 そして……
 ドォォォォォン!!
 思いっきり突っ込んだ……。
「ゲホッ。は、早く中に……」
 舞い散る埃に咳き込みながら、私とFBはビルの中に戻り、三人と合流したのだった。
 美味しい所を取られてしまったような…。
 …ま、何事もなくて良かった、か。





 グループ3

「きゃあああああっ!!」
 ………!
 突然高らかに響いた女性の悲鳴。
 私―――志水伽世―――達の間に、緊張が張りつめる。
 誰の声…?
 他のグループの誰かだろうか…?
「あっち?」
「たぶん…」
 命さんの指さした方向に、私たちは歩いていく。
「おとなしくしろ!くそガキが!(英語)」
「殺されたくないなら静かにしろ(英語)」
 …男の暴言。
「いやぁっ……!」
 そしてか弱い少女の声。
 憐さんは千咲ちゃんを地面に下ろし、命さんは鎌を構え、戦闘体勢だった。
 ガジャン!
 …!
 ギターが倒れる音!
 ……焦ったが、私のギターはちゃんと背負っている。
 ……としたら…?
 タッ
 命さんがフライング気味に飛び出した。
 男達は背中を向けているらしい。
 …ガシュッ!
「ひっ…!?」
 ……ドサ…、ドサッ。
 私はそっと壁ぎわから覗き、様子を見た。
 とさ。
 足下に何かが落ちてきて、何気なく見…
「……、……、………、…、…………!!!??」
 声にならない声を上げる。
「うわ、こりゃひでぇ。」
 後ろから覗いた憐さんはそう言う。
 落ちてきたのは、男の…生首だった。
「目の保養にはならんっ」
 そう言って、憐さんはその生首を思いっきり蹴っ……
 …蹴った衝撃で、生首の穴という穴から血液が噴き出した。
 ……うぇ。
「あっちゃ……だ、大丈夫?」
「あ、あああっ……、……やあああ!!」
 少女の悲鳴がまた響いた。
 ………無理もない。
 少女の目の前で男二人が殺された。
 しかも噴き出した血は少女に降り注いでいた。
「大丈夫〜…?」
 なるべく頭のない死体を見ないようにしながら命さんの所に近づく。
「この子。保護するべきだよね?」
「……あぁ…。」
 初めて見る少女だった。
 胸元が広げられ、スカートもぐしゃぐしゃだった。まだ事前のようだけど……。
 可愛らしい子だった。
 愛くるしい顔立ちに、さらさらした髪。
 年端はそんなにいってないだろう。
 遼ちゃんとか冴月ちゃんと同い年くらいかな…?
「おー可愛いじゃん。せっかくいい格好してんだし、このまま襲っちまわね?」
「こらこら。未成年にそんなことして、警察に捕まらないとでも思う?」
「…あ、いや、そか…くそ。」
「ったく…」
 蓮池さんに怒られる憐さんに笑いながら、私はカバンの中のタオルで少女の身体についた血液を拭った。
 そして洋服もちゃんと着せる。(血まみれなのは仕方ない…)
 それから次の私の目が行ったのは、倒れたギターだった。
 先ほどのギターが倒れた音はこれらしい。
 古い型、フォークギターの様だが調子は良さそうだ。
 試しにそれを弾いてみると、音も狂いなく鳴った。いつも使っているということだ。
 この少女のものだろうか?
「さぁ、先を急ぎましょう。その子は私が背負って行くから。」
 蓮池さんの言葉に皆が頷く。
 私はそっとそのギターを持ち、緩く抱いた。
 もしかしたら、彼女の宝物かもしれないからね…。





 グループ4

 プルルルル……
 プルルルル……
 私―――乾千景―――は、他のグループに連絡を取っておこうと、携帯を取り出し、電話をかけていた。
『ハイ、もしもし』
「あ、遼?私、千景だけど」
『うん。こっちは今のところ異状なしだよ』
「本当?良かった。こっちも大丈夫。」
『OK、気ぃつけ…』
『遼、代われ!』
『あー、代わんなくてい…』
『遼が怪我してるから。本人は大丈夫とか言い張ってるけど。』
「怪我?」
 遼から電話を奪ったらしい伊純の言葉に、心配になる。
『途中で米軍の兵士に遭遇してな。掠っただけみたいだけど、少し傷深いから…。でも、命とかには別状ないし、大丈夫だと思う。』
『だから大丈夫って言ってるじゃんー』
「そか…、わかった。くれぐれも気をつけてね。」
『あぁ。そっちも。じゃあな。』
 プツン。
「伊純たちんとこは、遼がちょっと怪我したみたいだけど、大方大丈夫みたいね。」
 四人に伝える。
 皆、安堵の表情を浮かべる。特に佳乃。
 廃ビルの影、少し危険な場所だがここしかなかった。
 手早く連絡を済まそう。
 プルルルル…
 プルルルル…
『はいっ!』
「あ、乾です。えーと、和葉ちゃん?」
『千景さん〜都さんが血だらけなんですよ〜〜!』
「うっそ、ちょっと、だ、大丈夫なの!?」
『ふえぇぇぇ』
『こらこら、事を大きくしないの!ちょっと切っただけだってば!』
「都?本当に大丈夫?」
『大丈夫だよ!ピンピンしてる!こっちは怪我人なしだから安心してね〜!』
「わ、わかった。気ぃつけて!」
『おう!そっちもな!…じゃね〜』
 プツン。
「うん、都たちの所も大丈夫みたい。良かった良かった。次は…えと、命んところね。」
 プルルルル…
『はいはーい』
「あ、命?そっちはどう?」
『うん、怪我人なし。大丈夫だよー』
「そっか、良かった。」
『あ、あとね、一人女の子を拾ったのよ。』
「女の子を?」
『冴月くらいの年頃かな。可愛い子。』
「そう…じゃあ、ちゃんと保護してね。」
『わーってるよ。じゃあね〜』
 プツン
「女の子?」
 佳乃が首を傾げて問う。
「保護したんだって。」
「そっかぁ。」
「じゃ、美憂ちゃんのとこにもかけるね。」
「うん。」
 プルルルル…
 プルルルル…
『はい』
「あ、もしもし、乾だけど」
『あぁ、』
「きゃっっ!!」
 突然聞こえた悲鳴に、私は振り向く。
 ………なっ…!?
 佳乃が、米軍兵士に羽交い締めにされていた。
『もしもし?…どうした?乾?』
「手を上げろ!(英語)」
 佳乃に銃を突きつけたまま、時々牽制するように私たちにも銃を向ける。
 …くっそ……不覚…!
 私はゆっくりと手を上げた。
 三人も怯えた表情で手を上げる。
「その電話をよこせ。(英語)」
 男に言われ、私は小さく歯噛みしながら携帯を投げた。
 男はそれを地面に叩き付け、足で潰した。
 くそ…っ…。
 そして男は、軍用の通信機か何かを取り出し、それを操作し始める。
 ……もしかして、発信器かなにかか?
 だとしたら、更に大勢の兵士が…!
 がぶ!!
 咄嗟だったのか、佳乃が男の手を思いっきり噛んだ。
「!」
 男はその瞬間に発信器を落とし、反射的に拾おうとした。
 神様私に最高のコントロールを……!!
 ひゅっ……
 かがもうとしてふっと我に返った米軍兵士の顔面に……
 拳銃がクリーンヒットォォォォ!!!!
 ピ、ピピピ…ピピピピ…
 ……!
 発信器…もしかして、落ちた衝撃でスイッチが入った…とか…!?
 パン!
 バランスを崩して尻餅をついた男に、佳乃は銃弾を放った。
 それは腹部に命中し、男の服にはすぐに赤い染みが広がった。
「逃げるよ!」
 私は投げた拳銃を拾うと、皆を促して駆け出した。
「急いで!」
 佳乃は三森さんの手を引き、走る。
 どこに隠れればいいのだろう。
 少し行くと、酷く荒んだ林が見えた。
 私はそこに飛び込む。
 茂った木が私の肌を傷つける。
 でもそんな事に構ってはいられない。
「あそこだ!(英語)」
 男の声!
 まずい…やばい…!
 パンパンパン!!
 銃弾が放たれる。
「避けて!」
 我ながら無茶な言葉だと思う。
 でもそれしかなかった!
「やっ!」
「っ!」
「きゃぁ!」
 小さく悲鳴が聞こえる。
 私は反射的に、その場に伏せていた。
「仕留めたか?(英語)」
「さぁ…(英語)」
 ザッ…ザッ…!
 近づいてくる足音。
 ぜ、絶体絶命……!!
 パァン!
 パァン!
 再び鳴った銃声に、身を縮める。
 その音が、先ほど米軍兵士が放った音とは若干違う…など、気づくわけもない。
 少しの間、静まり返る。
 私はゆっくりと身体を起こした。
「何、やってるの?」
「…!?」
 突然聞こえた女性の声に、私は驚く。
 声の主はすぐ近くに居た。
 どこか幼い雰囲気のある女性。
 二つ結びの薄い茶髪に、黒い瞳。
 …日本人…だよね…?
「あなたは…?」
「通りすがり、かな。」
 甘ったるい声で、女性は言う。
 でもどこか子悪魔的で、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「敵は…?」
「…えへへ、殺しちゃった。」
「そう…、…助かったわ。ありがとう。」
「いいえ。それより、向こうの人たちは…」
「あ!み、皆…!?」
 私は慌てて起き上がり、三人の姿を探す。
「あそこだよ。」
 女性が指さす方に、三人の姿が見えた。
「佳乃!」
 私は草木を掻き分けて三人に近づく。
「あ、千景…!」
「怪我は…?」
「それが…七緒さんが…!」
「どうしたの?」
 地面に横たわったまま、苦しそうに息をしている七緒さん。
 よく見ると、脇腹の所から血が滲んでいる、
「仰向けになって。」
 気づくと、女性もすぐ傍に来ていた。
 女性は冷静にそう指示を出す。
「う、…ん……っ……!」
 苦しそうにしながら、七緒さんは体勢を動かす。
「ちょっとごめんね」
 そして女性は七緒さんの服を捲った。
「……あぁ…結構深い傷だわ。タオルかなにかない?」
 女性の言葉に、私は着替えのTシャツを取り出した。
 女性は慣れた手つきでTシャツを破り、そっと血を拭き取った。
「水とかある?」
「あ、はいっ」
 佳乃の鞄から、小さな水筒が出てくる。
「キレイな水ね。珍しい。」
 女性は水の匂いを嗅ぎ、それを七緒さんの傷口に注ぐ。
「っ…!」
 しみるのか、眉を顰める七緒さん。
「少し我慢してねぇ」
 水できれいになった傷口をまたシャツの切れ端でそっと拭き、そしてTシャツの残りをまた上手く切り裂き、包帯のように巻いた。
「…応急処置はこんなもんね。後で手当、ちゃんとしてね。」
 そう言って、女性は小さく笑んだ。
「ありがとう…何から何まで…」
「いいえ。困っていたらお互い様、でしょ」
「あなたは…、一人、なの?」
「ええ。」
「こんな危険なところで…?」
「……そうね。確かに危険な毎日。いつ死んでもおかしくない………ってね。覚悟すれば、そんなに怖いものでもないわ。」
「…でも、死んじゃだめだよ…」
「え?」
「…今日の夜8時、大きな地震が発生するの。ここにいれば確実に死ぬ。……私たちと一緒に来なさい。」
「……あなたたちと一緒に?私なんかが?」
「困ってたらお互い様…でしょ?」
 そう言うと、彼女は微笑した。
「ありがとう。」
「私は警察の乾千景。あなたは?」
 女性はまた小さく笑んだ。
 優しげで、でもどこか悪戯っぽい笑み。
「私は、……」





 グループ5
 美憂・十六夜・柚里・鈴

 ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…
「……安定、してきたみたい…。」
 一定のリズムを刻み出した機械を見つめ、私―――保科柚里―――は言った。
「……そうだな。……そろそろか。」
 銀サンが小さく呟き、私に指示を出す。
「…輸血中止。」
「ハイ。」
 輸血の機器を操作し、中止のボタンを押した。
 可愛川さんから珠さんへと流れていた血液が、ゆっくりと流れを止めた。
 時計を見ると、時刻は既に午後15時45分をさしていた。
「急ごう。」
「…ああ。」
 銀さんが二人からチューブを外す。
「…銀、…終わったか?」
「ああ。……起きれるか?」
「……うっ…」
 可愛川さんを手伝い、上半身を起き上がらせる。
「こんなにきついものなのか…」
「……耐えろ。」
 銀さんは心苦しそうに小さく言う。
 そして珠さんをゆっくりと抱き起こす。
 彼女の意識は、まだ回復の兆しを見せない。
「どうするの?」
「抱えていくしかあるまい。」
「………銀サン、体重は?」
「え?…39キロ…だが?」
「なら、私が背負う。身長から言っても、私の体格の方が向いてるから…。」
「…………、…わかった。任せる。」
 銀さんは少しだけ不服そうな表情を見せたが、すぐに考え直した様で、頷いてくれた。
 私が珠サンの方に回り、銀サンに手伝ってもらってなんとか背中に抱える。
「……大丈夫か?」
 銀サンが心配そうに言う。
「大丈夫…身長のわりに、軽い。華奢な身体してる。」
「そうか。」
 銀さんは可愛川さんに肩を貸す。
 二人がボロボロという状態で、私たちは出発。しかも時間がない。
 ……体力が持つか、間に合うか。
 皆からかなり遅れ、私たちは施設を出た。
 もう戻らない。
 サヨナラを言うわけでもなく、私たちは歩いた。
 思いは一つ。
 『生きたい。』





 グループ1

「遼、大丈夫?」
「うん…全然平気。」
「だから、強がるなっつってんだろ…バカ」
 あれから数時間……遼の二の腕からは、ずっと血があふれ続けていた。
 このままじゃ、遼の中の血がなくなって死んじゃうよ……。
「………あれって…」
 ふっと遼が立ち止まった。
 あたし―――蓬莱冴月―――や皆も、つられて立ち止まる。
 そして、遼の目線を追った。
「…………!」
「……シーサイドタウン…」
 あたしたちの目の前に突如現れた、巨大な建物。
 話は聞いたことがあったが、実物を見るのは初めてだった。
「……ゴーストタウンだ…。」
 遼がポツリと言った言葉に、あたしは息を呑む。
 昔昔、1900年代の終わりに建てられた大きな建築物。
 それは記念物となり、大きなオブジェとして長い年月を過ごした。その回りにはさまざまなアミューズメント施設も作られ、大きなオブジェを中心に、夢と希望の溢れる街、シーサイドタウンになった……。
 しかし、20年前のあの時。血のおおみそかから、そこは廃虚と化した。
 それ以来、いっさい手をつけられることもなく、所々が崩れ落ちたまま放置されたシーサイドタウン。
 いつしか人々は、そこをゴーストタウンと呼ぶようになった。
 …結構有名な話である。あたしはネットでこれを知った。
「…地図によると、あの中心にあるみたいなんだけど……」
 楠森さんの言葉に、一同は沈黙した。
「…行こう。今が…19時10分。もし迷ったりしたらまずい。」
 伊純ちゃんの言葉で、あたしたちは恐怖を振り払い、歩き出す。
 大きな門があった。
「Welcome sea side town!」の文字。
 その門を通り抜けると、大きな広場になっていた。
「すごい…ね…。」
 あたしはその先に堂々とそびえ立つオブジェに見入った。
 四角い建物で、上の真ん中に丸い部屋みたいなのが見える。
 全体に苔や蔦が張り巡っていて、オブジェの名にふさわしい存在だった。
「!」
 突然、伊純ちゃんがナイフを手にして警戒の意を露にした。
「………今、人影が…」
「うそ…」
 あたしたちはそれぞれの武器を手にし、神経を張りつめる。
 しかし何分経っても、何かが動く気配はしかなった。
「……ゴーストタウンだしね。」
 ポツリと呟いた遼の言葉に、何か寒いものを感じる。
「………み、見間違えかもしれないしな。」
 伊純ちゃんはそう言うと、さくさくと歩き出した。
「やぁーちょっと待ってよ〜!」
 あたしは伊純ちゃんに追いつくと、その腕にぎゅーと抱きついた。
「バカ、何やってんだよ、引っ付くな!
「だってぇ〜!」
 ………妙な寒気。
 なんだろう。
 何か、すごくすごっく怖い……。





 グループ2

「和葉ちゃん〜頑張ってぇぇぇ!」
「はっ…、はいっ……はぁっ…!」
 私―――五十嵐和葉―――は、都さんに手を引かれ、全速力で走っていた。
 ふええ…っ…苦しいよぉ…っ……!
「ふっ」 
 都さんがポケットから何かを取り出し、それを地面に転がした。かと思うと突然、横側のビルの窓に突っ込んだ。
「きゃぁっ…!」
「っ、…」
 そのまま都さんは私を押し倒し、ぎゅぅと抱きしめた。
「何…?」
「シッ…静かにしてて。」
 すぐに、大勢の足音が聞こえてくる。
 私が身を固くした、次の瞬間、
 ドォォォォォォォォォォォン!!!
 激しい爆発音。
 見ると、先ほど私たちが飛び込んだ窓から、パラパラとゴミのようなものが……
 …ポトッ。
 私の顔のすぐ隣に落ちてきたのは、
 ………人間の指だった。
「………………っっきゅ……」
 私の悲鳴は、都さんのくちづけによって塞がれていた。
 たぶん、手で身体を支えているので、口で塞ぐしかなかったんだと思う……。
 ばっ!と都さんは身体を起こし、私を抱きかかえて走り出す。
 外には赤々と炎が燃えていた。
 ……さっき都さんが地面に転がしてたやつ…かな…。
 都さんは、そのまま建物の非常階段を上り出した。
「っ…はぁっ…はぁっ…!」
 都さんの息があがってる。
「わ、私、走りますっ」
「いいって!」
 しかし都さんは私の言葉をあっさりと却下し、長い階段を上り続けた。
 都さん……。
 なんだかよく判らないけど、涙が溢れた。
「……っはー!」
 屋上の手前まで到着すると、都さんはペタンと地面に座り込んだ。
 ……崩れ落ちた、といった方が正しいかもしれない。
「…ごめんなさい…都さん…、私…」
 自分が不甲斐なくて、悔しくて。
 私は泣きながら都さんに謝る。
「何…、…泣いて、んのっ……バカ…」
 都さんは苦しそうに呼吸をしながらも、小さく笑んでくれた。
 そんな都さんが……
「…大好き…、本当に……大好きです…。……ううん、…愛してる…。」
「……和葉、ちゃん…?」
「………ふぇぇ…」
「…和葉ちゃん。ねぇ、知ってる?」
 都さんは壁に背中を付くと、小さく笑んで言った。
「恋と愛の違い。」
「…?」
「恋はね…好きな人を遠くから見てればそれで幸せになっちゃうの…。でも、愛はね……相手が欲しくて欲しくて仕方なくなっちゃう、厄介な病気なのよ。」
「……病気…、………迷惑ですか?私が……病気だと……」
「……迷惑。って言ったらどうする?」
「…………それでも…、…我慢できない……だって…病気だもん…っ…」
 私がそう言うと、都さんは優しく私の髪を撫でてくれた。そしてそのまま顔を引き寄せ、やわらかなくちづけをくれた。
「そろそろ行こう…三人が心配だわ」
「…はいっ」
 バン、と屋上の扉を開く。
 どさどさどさっ。
「…………。」
「…………。」
 ………な、っ……ななななっ……!?
 扉を開けた瞬間、その扉に寄りかかっていたと思われる三人がどさどさと崩れ落ちた。
「やっほー。都も和葉ちゃんも、無事で何より〜」
「う、うん、本当。無事で良かった!」
「私たちも全然無事だから。ね♪」
 ………はぁ。
「……盗み聞きなんて悪趣味です…。」
 私は、小さく零したのだった。





 グループ3

「囲まれた……。」
 ポツリと呟いたのは憐だった。
 周りにはいくつかの気配。
 言う通り、見事に囲まれているようだ。
「武器を捨てろ(英語)」
 男の声がする。
 なんて言ってるのかよくわからないけど、皆がガシャガシャと武器を地面に落としていく様子を見ればなんとなく判る。
「手を挙げて。そのままだ(英語)」
 また男が英語で何かを言うと、全員がゆっくりと両手を上に挙げた。
 そして数人の男が、全員の身体をべたべたと触る。
 それは明らかに、武器を所持していないか確かめるためのものとは少し違っていた。
 男を殴り倒したい気持ちをなんとか押さえ、じっと堪える。
 目を閉じて、周りの気配に意識を集中する。数にして…、………なんだ、たった三人。
 相手が女だからって、ちょっと油断してない?このくらいなら、アッサリやれるよ。
 そういえば、すごいもの持ってるんだっけ。まだ一回も使ったことないけど、この機会にやってみるか。
 もう隠す必要もないんだしね。
「本部に連れていけ。隊長に指示を乞おう(英語)」
 ふっと気配が薄まる感じ。
 男が背を向けた。
 ……行け!!
 びゅん!
 「腕」が吹っ飛んでいく。
 そしてそれは狙い通り、三人の中のリーダーらしき男に命中していた。
「ぐはぁっ!」
 ビュン!
 「腕」はそのまま飛ぶ方向を変え、二人の男も同じように叩きのめした。
 どさどさっ、と男が崩れ落ち、そして静寂が訪れた。
 一番最初に言葉を発したのは、憐だった。
「っ…、すげぇ…!!」
 しゅるっ。
 「腕」を回収し、もとの形に戻す。
 一見は、外れていたようには見えない。
「………千咲…ちゃん。」
「……すごい…、……す、すごいよ…!」
「…おっどろいた…。」
 全員が驚きの表情。
 アタシ―――米倉千咲―――は、憐に背負われたままで小さく笑った。
「アタシじゃなくて、アタシを改造した十六夜がスゴイんだよ。」
 皮肉も込めて。
「………どうして珠さんを傷つけたの?」
 女の子を背負った人。えーっと、蓮池さんとか言う人。
「傷つけたってことは、死ななかったの?」
「幸いね。」
「あっそ…。……傷つけた理由は、十六夜はアタシにとって憎むべき存在だから。」
「憎むべき…って…理由は?…歩きながら話しましょうか。」
「ちょい待ち。…下ろすよ。」
 憐はアタシを地面に下ろし、さっきのロケットパンチで緩まった縄を結び直した。
 両手を合わせた状態で、足の縄だけ解かれる。
 そしてアタシたちは歩き出した。
「…アタシは生き延びたいなんて一言も言ってないの」
「……生き延びる?…どういうこと?」
「……2年前、地震で…アタシは瀕死の怪我を負ったの。頭の中も酷かった。…でも別に構わないって思った。人間には必ず終わりがあるんだから…」
「…。」
「でも、アタシのバカ親は、なんとかアタシを助けようと…あの十六夜のところにアタシを運び込んだの。命を助けて欲しいって。でも、バカ親二人はそれから半年もしない内に事故死。つくづくバカな親なの。」
「……それは、親御さんの…」
「口出ししないで。で、あたしは十六夜の手に回って…身体中をいじられて……、あの女はね、あたしに別の人格を植えつけようとしてたのよ。でもタイムリミットがそれを許さなかった。結局、あたしの幼い頃の記憶の状態で研究は終了。」
「………じゃ、今のお前って何なんだ?」
 憐の言葉に小さく笑み、
「本当にアタシに決まってるでしょ。海馬とかいう、記憶のデータが残ってたみたい。」
「………なるほど。」
 一同は神妙な顔でアタシの話を聞いていた。
「自分でも制御できない程、あの女が憎い」
「………お前野放しにしとくと、絶対に珠は死ぬな。」
「……かもね。」
「………。」
 なんだか可笑しかった。
 みんな困ってる。
 みんな十六夜の味方。
 でもいいの。
 なんだか、可笑しかった。





 グループ4

「…ゴーストタウンに…新しい施設か…」
 千景さんがポツリと呟く。
 ゴーストタウン。
 確かにその名がふさわしい。
 辺りは静寂に包まれており、遠い昔の繁栄の名残りが所々に残っている。
 私―――逢坂七緒―――は、なるべく腹部の痛みを思い出さないよう、回りの情景を眺めたりして気を紛らわせていた。
「七緒さん。痛みますか…?」
 そう声をかけてくれたのは、佳乃さんだった。
「いえ…もう引いてきました…。時々チクッて痛む感じがあるけど…」
「そうですか…良かった。」
 佳乃さんはそう言って、柔らかく笑んだ。
 優しい人…。
「千景、今の時間は?」
「ん。19時40分。…あと一時間半弱か。急ごう。」
「うん。」
「でも、入り口って一体ど…」
 パン!
「……!?」
 ……どさっ。
 突然、千景さんの身体が地面に投げ出された。
 何が起こったかわからなかった。
 目を開いたまま、…まるで……
「……!!」
 佳乃さんが、ばっと拳銃を構えた。
 次の瞬間、パン!とまた銃声が聞こえ、
「!」
 妙花さんが崩れ落ちた。
 嘘…、こ、こんな…!!
 パンパン!
 今度は優花さんが。
 ……そして、私の心臓にも、鈍い痛みが走った。
 自分の身体がまるで鉛でできているような錯覚。地面に叩き付けられる鈍い痛み。
 そして次の瞬間には、私の意識は掻き消されていた。





 グループ5

 ダダダダダダ!
 銃声に、全員が身を固くした。
 今度こそ終わりだと思った。
 背中にはビル。前には米軍兵士。
 もう終わりだと、誰もがそう思っていた。
 この機関銃の音で蜂の巣になったのだと…
 ……しかし。
 血を噴き出して崩れ落ちたのは、前方にいた兵士の方だった。
「ふーっ、ギリギリセーフ!」
 そして崩れ落ちた兵士の向こう側に茂みから、一人の女性の姿。
 全てが夢のように思えた。
 未だに曖昧な意識。
 血液が身体に巡っていないような感覚。
 しかし、助かったのだということだけ、その事実だけはしかと感じた。
 私―――可愛川鈴―――は、神にこんなにも感謝したことがあっただろうか?
 茂みから出てきた女性は、修道服のような物に身を包んでいた。その手には、十字をあしらった機関銃。
 ブラウンのボブヘアで、愛嬌のある顔。
 十代後半ほどだろうか…?
 女性はにっこりと笑み、
「死んじゃだめですよ。」
 …そう言った。
 こんなに重い言葉を、あんな笑顔で言われると、妙な違和感さえ感じる。
「…助かった。…礼を言う。本当にありがとう。」
 銀が深々と頭をさげた。
「やだ、そんなやめてください!人類皆平等ですよ!」
 たった今人間を殺したとは思えぬほど、明るく言う女性。
「それより、あなたたちは一体何者ですか?二人も怪我人か何かがいるみたいですけど」
「我々は、今、とある防護施設に向かっている者だ。……今日の夜20時50分。地震がある。ここにいれば死ぬ。」
「う、うそ…20時って8時ですよね?…あと一時間しかないですよー!?」
「そうだ。お前も来い。」
「……その防護施設はどこにあるんです?」
「…お台場だ。」
「お台場!?…ここから車で20分はかかりますよ!」
「………歩きだ。」
「そんなの、間に合うわけないじゃないですか!」
「そうだな。無駄話をしている暇はない。」
 銀はそう言うと、早足で歩き出す。
「ちょ、待ってください。」
 女性はそんな銀を呼び止めた。
「…車で行きましょうよ!」
「………え?」
「私、車あるんですよ。」
「……それを早く言え!!」
「ご、ごめんなさい。こっちです!」
 女性が指す方へ、ぞろぞろとついていく。
 そこにはワゴンタイプの大きな車があった。
「全員乗ってください!道案内お願いしますね!」
「ああ。」
 私は後ろに乗せられ、銀が助手席、女が運転席につく。
「出発!!」
 ぎゅん!!
 ……一瞬、身体中の血液が逆流したような錯覚を覚える。
「怪我人が乗っているのだぞ!もっと気をつけて運転しろ!」
「ご、ごめんなさ〜い!!行きます!!」
 ギュン!
 荒々しい運転ではあったが、神は私たちを見捨ててはいなかった。
 予定では絶望的と思われていたにも関わらず、施設のあるお台場に到着したのは8時10分だった。
 ……しかし、本当に絶望的なのはこれからなど…知る由もなかった。








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