「………。」 闇夜に一人。 私―――伴都―――は月を見上げていた。 ………。 予感がする。 満月の夜。 ……もう一度だけ会ってみたい。 あの男に……。 そして予感は…的中した。 ふっと夜空のキャンバスに過ぎった影。 ピリピリと空気が振動しているような強い気配。 「……来たわね、FB!」 私の呼びかけに、声は応えた。 「…待っていてくれたのですか?」 少年のような若い声。ふっと背筋を走る軽い電流に、私は思わず笑みを零していた。 「まぁね。もう一度逢いたかったわ。」 「光栄です。」 「………姿、現わしたらどう?」 私は闇夜に向けて呼びかける。 「申し訳ありませんが、今はできません。」 「そう…。で、今日は何を盗みにきたの?」 言いながら、きゅ、と小さく拳を握る。 袖口に小型ナイフを仕込んできた。 この前のようには行かないわ…。 「今日は盗みではありません。…Happy、実は、…貴女に相談があるのです。」 「…そ、相談?」 FBから聞くとは思ってもみない言葉に、私は驚いた。 「…はい…、相談、です…。」 少し弱々しいFBの声。 こないだの千景と佳乃ちゃんとの会話を思い出した。 『フレッシュボーイ!』 今でもFBの声は少年のような声。 少し掠れた感じがある。 「…答えられる範囲なら…どうぞ。」 「実は…、ボク、住居に困っています。」 ボク! か、可愛いかもしれない…… FBの零した一人称に、私はなんともいえぬ歓喜を覚えてしまった。 「住居?」 「はい。小さな廃屋などに寝泊まりしていたのですが、米国軍の占領がどんどん広がっていて…。ボク、このままでは眠っている隙に不意討ちされちゃったりするかも……」 「不意討ち!それは問題ねぇ…。」 「ごめんなさい、こんなこと、同じ仕事をしている貴女にしか頼めなくて…」 「いーえっ!」 FBの相談を聞いているうちに、私は完全にFBの味方になってしまっていた。 術中にはまった…が正しいかもしれない。 「……FB、私たちの住む施設へいらっしゃい!食事も浄水も24時間無料!暖かいベッドで眠ることもできるし!」 「ほ、本当ですか?」 「本当よ。…ただ、こうして夜な夜な外に出たりはできなくなるわ。私も職業柄空飛び回るのが好きだから、その点はちょっと窮屈だけど……ま、こうやって抜け出せるしね。」 「自由も大切ですが、命の方が大切ですしね………」 「そそ。……FBから見て難点がもう一つあるとすれば、その正体を現わさなければならないということね。」 「……正体…ですか…。」 「…どうする?私は歓迎するわ。」 「………少し、考えさせてください。」 「Ok。……待ってるわ。この廃屋の地下に扉があるわ。」 「……ハイ。」 …それっきり、FBの声も気配も消えた。 ……私、結構大胆なことしちゃったかな? でも気になるんだもん… …フレッシュボーイっvv 「先生……おっはよー……」 時計が朝の7半時を指している。 あたし―――三宅遼―――は、仮設ベッドに横たわっていた身体を起こし、横のベッドに眠る先生に声をかけた。 入り口側の蓮池サンのベッドは空。 早いなぁ…。 「よいしょっ……」 あたしは先生のベッドに乗り込んで、先生の身体をそーっと揺り起こす。 横向きに丸くなった先生。 寝顔は…普通なのにな……。 少しして、先生はゆっくりと瞳を開いた。 あたしを見て、僅かに瞳を揺らす。 先生は生徒っていう存在に対して恐怖心を抱いてるから、セーラー服は着てない。 髪もおろして、学校での三宅遼じゃない三宅遼として先生に接してる。 「起きる?まだ眠い?」 「………」 先生は何も答えてくれない。 でもいいんだ。 蓮池さん言ってた。ちゃんと心に届いてるから大丈夫、ってね。 先生の上半身を起こして、それからベッドのお蒲団を剥ぐ。 それを畳むと、先生をベッドの縁に座らせる。 「ちょっと待っててねー」 あたしは洗面所に行って、熱湯で蒸らしたタオルと櫛を持って先生のところに戻る。 「ちょっと熱いけど我慢してね。」 そう言って、蒸しタオルで先生の顔を丁寧に拭く。 次に、櫛で先生の髪をとかす。 黒髪をそっと撫でながら、とかし終える。 最後に!あたしのメイクセットを取り出す。 眉とかリップクリームとか、簡単なメイクをしておしまい。 「…できた。」 先生の顔を見つめ、小さく笑む。 これで眼鏡かけたら、学校の時と同じだよ……。 先生の瞳が揺れる。 言葉もないし表情もないけど、先生の目が何かを語るようになった。 あたしを見てくれるようになった。 先生と目が合う。 あたしは小さく笑んで、先生の鼻の頭にくちづけを落とした。 生徒と教師ではできないようなこと。 でも今は出来る。 あたしは先生だからっていう理由だけで、ずっとずっと付き添ってるわけじゃない。 ……先生のこと、大好きだから。 ついててあげたいって、心から思うんだ。 先生の心の殻、溶かしてあげたいんだ…。 「妙花、食事は良いか?」 「あ……そうですね、お腹空きました。」 私―――可愛川鈴―――と妙花は、霊媒セッションののち、部屋に戻る途中で食堂に寄ることにした。 今日も上手くいかない。 妙花の中の霊の正体さえもよく掴めぬ。 よほど強力な霊なのだろうか…。 そんなことを思いながら食堂に入ると、先客がいた。 「…お前か。」 「……。」 銀美憂。妙に目に付く女だ。 「こんにちは、銀さん。…えと、ご一緒してもいいですか?」 妙花は微笑んで銀に言う。 「………構わん…」 銀はそう言っているが、私を見上げて不服そうな表情。 「……仕方あるまい。」 私は小さく言って、机に霊媒用の用具等を置き、食事製造機に向かう。 入力して数分で食事ができあがる。 妙花の向かいに銀、妙花の隣りに私という並びになった。 ……どうも、あの女といると気分が良くない。 沈黙に耐え兼ねたのか、妙花は明るめの声で言った。 「あ、あの…!…二人は、趣味とかありますか?」 「……特にないが…」 「私も特にはないな。」 「そ、そうですか……。えと、それじゃあ好きなものとか!」 「……妙花、そんなに漠然と好きなもの、と言われても…答えに困るぞ。」 「う、そ、そうですね…ごめんなさい…」 「嫌いなものなら簡単だがな。」 「嫌いなものですか?」 「……例えば、中途半端な誇りにぶらさがっている人間だとか。」 私がそう言うと、銀の表情が変わる。 「…私は霊などというバカな存在を信じる人間が嫌いだな。」 「バカとは何事だ?訂正しろ。」 「……私が間違ったことを言ったか?」 「科学バカはこれだから好かん。」 「か、科学バカ…だと!?」 「私が間違ったことを言ったか?」 妙花がオロオロと、私と銀を交互に見る。 「あ、あの…二人ともやめてください…」 「止めるな。あの女は私を…いや、我が血を、我が誇りを侮辱した。」 私が妙花にそう言うと、銀はキッと私を睨み、そして言った。 「お前如きに誇りなどあるのか!?」 「何をほざいている?私は誇り高き人間なのだ。お前のような一般風情とは違う。」 「一般風情?…その言葉訂正しろ。」 「必要なかろう。お前が言ったのだぞ、職業もない身だと」 「…っ…、お前などに、私のことがわかってたまるか…!!」 「お前もだ。知ったような口を叩くな。」 「うるさいっ……お前のような人間に、誇りなどっ……」 「何度も言わせるな。お前のような庶民が、私に口答えをするな!」 「違う!私は庶民ではない!一般風情などではない!」 「……ならば、なんなのだ?」 「…………っ!」 銀はその瞬間、言葉を失った。 そして逃げるように、その場から早足で去っていった。 「…………可愛川さん、言いすぎですよ…」 「……妙花は、あの女の味方をするか?」 「……だって…銀さん、泣いてました…。」 妙花のその言葉に、銀が出ていった入り口を見遣る。 「…ふん…、意固地になる方が悪い。」 私は食事を再開する。 妙花は困惑した表情で、 何度も入り口を見遣っていた。 「え、FBが…!?」 「この施設に…?」 夕刻の食堂に女4人。 驚いた様子の千景と佳乃ちゃん。 「そーなの!もうワックワクじゃない?」 私―――伴都―――は、ウキウキしながら話すのであるっ。きゃ〜! 「何?そのFBって。」 スパゲティーを頬張りながら尋ねるのは憐ちゃん。 「うふふふ、それがね、怪盗FBって言って、通称フレッシュボーイ!」 「………は?」 「私が怪盗Happyなのは話したでしょ。ま、その同業者っぽいんだけど〜、声がまだ少年みたいな感じでね。カーワイイんだ!」 「ふーん…見た目は?」 「残念ながら、姿は見たことないの。」 「にゃっるほどー。……んまぁ、男つーのはいいよな。やっぱり男日照りの女どもが溜まる此処には丁度良…」 と呟いた憐ちゃんの後頭部に千景と私のダブルつっこみが直撃する。 「バカ!そういうこと言うんじゃないの!」 「そうよ!FBはあくまでも清く正しくなのーっ!」 と二人で叱る中、佳乃ちゃんは意味を理解していない様子だった。 鳴呼、純粋って良いねぇ。 「でもさ、憐の言い方は悪いけど…確かに考える所わよね。この女の園に男の子って…どう?」 「うーん…みんなに可愛がられそうだよね。」 「ある意味、禁断の果実だわ…。」 「……冴月やら遼とかとくっついたら、笑うよな。」 「……わ、笑えんっっ!!」 そーんな感じで雑談は弾む。 ふと気付けば、時計は夜7時半を指していた。 ピルルルル 「ん?」 食堂に備え付けてあるテレビ電話の着信音がなる。 千景が席を立って受話器を取った。 「ハイ?」 『千景サン、施設の入り口に不審人物がいるのだけど…』 テレビ電話の向こうに写った十六夜さんは、そう言っ…… 「FB!」 そう叫びながら席を立つ。 そして、通信中の千景を押し退け、 「十六夜さんっ!その人の姿は?顔はっ?」 『帽子を被っていてよく見えないの。』 「帽子……。…今から制御室行くから!直接この目で確認するわ!」 私はそう言い放ち、ダッシュで制御室へ向かうのだった。 「あ、待て、都ーっ!」 後ろから千景の声が聞こえる。 ダバダバとダッシュで制御室に走る。 「失礼しまーすっ!」 ロックは外しておいてくれたらしく、すぐさま制御室の扉が開く。 「いらっしゃい。こっちよ。」 十六夜さんに促され、私はドキドキしながらディスプレイをのぞき込んだ。 一足遅れて千景もやってくる。 「………FB……だ!」 入り口から少し離れたところで、壁に背をついている一人の男性。 少し意外だったけど、スラリと高い身長。 白いマントに包まれたその身体は、ゴツイ感じはなく、スマートな感じだと思う。 そして白いシルクハットに隠された素顔。 口元だけが僅かに見える。 「ねぇ、これマイク?」 「そうよ。」 「借ります!」 私は外につながったマイクのスイッチをオンにする。そして… 「…Happyよ。待たせてごめんね。」 そう言うと、FBがクッと小さく顔を上げた。 「今からドアのロックを外すわ。」 扉の近くまで歩いてくるFB。 「FB、……」 『Happy、』 FBは私の言葉に被せるように、私の名を呼んだ。 『…ありがとう。』 ……あ…、…んーと……。 ……わう。 「都、ほっぺたが赤…」 「わぁぁ、言うなバカ!」 プツン! 私は慌ててマイクのスイッチを切る。 そして千景を殴る。 「いたた…っ…ほ、ほら、早く感動の御対面と行こうじゃない?」 「あ、そうか!十六夜さん、表の扉のロックを外してくださいっ」 「ハイ、わかりました。」 「千景、いくぞ!」 「おうよっ」 そして私と千景はダッシュで入り口に向かった。 「やっほ〜」 入り口では、佳乃ちゃんがパタパタと手を振りながら待っていた。 「よっ。男かーっ、たっのしみだなー。」 憐ちゃんもいる。 ゴッ… 扉が開く音に、全員が扉を注目した。 一番向こうの、そして真中の扉が開く。 ……そして…! ゴッ…… 最後の……、そう、私たちの目の前にある扉が開く…! そして…、 …FBが私たちの前に姿を現わした。 先ほどまでつけていたマントは、片手で抱えている。スラリとした白のスーツ上下。 ツバの広いシルクハットの下に隠れる、FBの素顔っ…! 「初めまして。」 FBは一礼し、そしてシルクハットを外… ………え…? ……な、っ…… ……… えええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!?? 「怪盗、FBです。」 「……は…、…あ、あぁ…えーと、ここの責任者の乾千景と言います……。」 「あ…えとえと…お、同じく責任者の…小向佳乃です…」 「……萩原…憐、だ。」 あーあーあーあーあーあ……… あああああああああああああああ…… aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa いやぁああああああああああああああ 都が壊れかけてるので交代。 いや、さっき話を聞いたばっかりのアタシ―――萩原憐―――でもビビった。 こんなのアリかよ…的な。 都は硬直したまま本気で動かない。 これってヤバくない…か……? 「み、都さん、先々の失礼、まことに申し訳ありませんでした。心を入れ替えてがんばりますので、なにとぞ…」 「……あー…」 フラフラの都の腕を掴んで、奥に引っ張っていく千景。 「ご、ごめんなさい、都さん少し体調が悪いみたいで……」 佳乃が微苦笑を浮かべて言った。 「そうだったんですか?それじゃあ無理して出てきてもらわなくても良かったのに。」 「ハハハ…」 アタシは乾いた笑みを浮かべるしかできなかった。 FB……こりゃある意味……犯罪だよな……。詐欺…? あんまり言いたくないけど言っておこう。 まず、ぶっとい眉。 それから膨れた頬。 バランス悪いくりくりした目。 はっっ……きり言ってブサイク男。 彼氏にしたくない男No.1。 関わりたくない男No.1。 いくら金詰まれても絶対抱かせてやんねー!ってタイプの、アタシから言わせりゃサイアクな男。 「あのー、あんたさ、いくつ?」 「はい?ボク、26です。」 「………。」 やっぱ詐欺じゃん。 声は、確かに都が言ってた通り高くて少年っぽい声。 だがこの顔にこの声じゃ変すぎる。 それに、この顔で「ボク」はないだろ?ありえねぇ。 こりゃ…都…再起不能かもな……。 「えっと、それじゃあ入所の際に聞いておかなければならないことがあるので、ご協力願えますか?」 「あ、はい、もちろんです。」 佳乃に促され、事情徴収の席に付く。 「じゃあ、まずお名前お願いします。」 「はい。御園秋巴(ミソノ アキト)と申します。」 「あきとさん。どんな字を書くんですか?」 「みそのは御に園という字で、あきとは秋に巴という字です。」 「年齢は…26ですね。」 「はいっ」 「職業は?」 「んと……、怪盗、になるんですが…。真っ当な職業じゃないですしね。無職にしといてください。」 「はい、わかりました……。えと、ご家族は?」 「いないですね。」 「それからここに来た経緯なんですけど…」 「Happyに紹介されて…でしょうか」 「そうですね。はい、わかりましたっ。」 事情徴収が終わったところで、アタシは御園に話しかける。 「お前さ、ここで唯一の男だぜ?わかってる?」 「え……?ゆ、唯一?」 「そうなんですよ。女性ばっかりなんです」 佳乃が微苦笑で言う。 「そうだったんですか…。ボクなんかがここに来ても良かったんでしょうか?」 「え、ええ、それはもちろん。日本では男性より女性の方が極端に多いですからね、その関係もありますよ。」 「ご迷惑かけないよう、努めますので…」 「はい。皆さんと仲良くしてくださいね。御園さんは…えっと、20号室です。食事とかその他諸々、好きにしてもらって結構ですから。」 「は、はい。」 「それじゃあ、施設内の案内を…。…私と…憐さん、一緒に行ってもらえますか?」 「…仕方ないな。」 さすがに佳乃とこいつを二人っきりにすんのは抵抗が…。 そんなこんなで、あたしはめんどっちぃ施設内ツアーに付き合わされたのだった。 『御園 秋巴(ミソノアキト) 年齢・26歳 職業・無職(怪盗…) 家族・なし 経緯・伴都の紹介 備考・唯一の男性』 「よっ、銀サン」 「………」 …カンッ 弾いた白い球が、いくつかの球を弾き、ポケットに落とす。 「ビリヤードできるんだ。」 「……まぁな。」 「あたしも少しは出来るよ。勝負しない?」 乾千景とか言ったか。 乾は勝手にゲームに入ってきた。 弾いた白い球は、いくつかの球を弾くがポケットには一つも落ちない。 「あちゃ。」 「……。」 再び私の番。軽く弾いて、着実に球を一つ落とす。 「…銀さん、下の名前なんていったっけ?」 「……美憂だ。」 「そっか…、んじゃ、ミューちゃんとか」 カッ …手元が狂い、球があらぬ方向へ転がる。 「ファールっ」 乾は小さく笑って、キューを構える。 「……なんだ?その…」 「ミューちゃん?可愛いでしょ?」 「……可愛くなどない…」 「素直じゃないんだから。なんとなくミューちゃんって堅い感じがあるよね?」 「…………。」 カッ 乾の弾いた白い球は4つもの球をポケットに落とす。 「ラスト一球。」 乾は小さく笑って、白い球を弾いた。 9ボールには当たるが、ポケットインはしない。 「……うあ、失敗。」 「…………。」 キューを構える。 そしてゆっくりと引き…、 「ミューちゃん。」 カッ! 微妙にずれた。 白い球は9ボールを僅かにかすって直線状に流れていく。 「………やめろ。」 私がそう言うと、乾は小さく肩を竦め、 「いやだっ。可愛いのに。」 「………。」 ………僅かに眉を顰めると、 「お、怒らないでよ、もー」 「……失礼する。」 「え?あ……」 私はキューをしまい、遊戯室を後にする。 カコンッ ラストの9ボールがポケットインする音が聞こえた。 …………くそ…。 …なんでこんなに、 ………なんでこんなに荒んでいる? …………嘲りの声が、頭の中に響く。 …怖い……。 …気付くと、私は制御室の前にいた。 そうか…賭けの最中だったな…。 ここに入れば、…私がこの誇りを捨てた理由を…… ……ポーン。 「ハイ?」 入り口のインターフォンに写った珠博士の顔。驚いたように私を見ている。 「……入れて…欲しい。」 「……今、開けます。」 ロックが外れ、扉が開く。 「…お待ちしておりました…。…銀博士。」 「………」 フラフラと珠博士の傍まで行くと、私は身体の力が抜けるように、珠博士にもたれかかった。 「…博士…?」 私の身体を緩く抱く珠博士。 その胸はとても暖かかった。 この時、私は悟った。 私は何を求めていたか。 私が捨てたもの。 私の宝物。 「珠博士…聞け…。」 「はい…聞いています…」 「……私は…、……誇りを…捨てたつもりでいた…でも…、………」 「…でも……?」 「…私はまだ、失ってはいない…。…私の、科学者としてのプライドを…」 「……銀、博士…」 ……私はそっと珠博士から身体を離した。 珠博士は私の目を見て微笑し、そして指先で私の目の下をなぞる。 …いつの間にか、私の目からは涙があふれていた。 「…私は、いつでも貴女の味方です。」 珠博士はそう囁き、優しく微笑した。 私は何故か顔が火照り、珠博士と目を合わせられなくなった。手近な椅子に腰掛け、熱くなった頬に触れた。 「コーヒー、飲まれますか?」 「あぁ…いただこう。」 「ミルクとお砂糖は?」 「いや、必要ない。」 珠博士はすぐに、カップに入ったブラックコーヒーを差し出した。 「……ありがとう。」 「いいえ。」 熱いコーヒーをすすり、ようやく落ち着いてきた気がした。 「……突然訪ねて済まなかった。邪魔をしたのではないか?」 「いいえ、大丈夫です。」 「………賭けに、負けてしまったな。…………今、話しても良いか?」 「ええ…もちろん。」 またコーヒーをすすり、小さく息を吐いた。 珠博士は1メートル程離れた場所に椅子を置き、私の言葉を待っていてくれる。 そして私は話し始めた。 「…私がアメリカにいる頃、恋人がいた。」 「……。」 「アメリカ人の彼女は…、私が日本人だからといって、差別などしなかった。アメリカ全土で『日本人は敵』というイメージが植えつけられている時世にだ。」 目の前にある、電源の入っていない黒いディスプレイを眺めながら、あの頃のことを思い出す。 「彼女はアグリカルチャーの家の者…。決して裕福ではなかったが、とても…心優しい女性だった。」 「……。」 珠博士は何も言わないが、じっと聞き入ってくれいた。 「私にとって、彼女は初めての相手だった。彼女は私より2つ年上で…。すごく優しくて…いつも笑顔で………私は、そんな彼女を愛していた。」 …愛していた……しかし… 「…しかし、…彼女は私の仕事も、地位も名誉も、何一つ知らなかった。…それを言う気にもならなかった。私は、彼女と二人で、大木の下に座って…何をするでもなく、ただ時を過ごすのが好きだった…」 …あの時の記憶が… 心に突き刺されるような痛みが、蘇る…。 「ある日彼女は、一枚の新聞を手にして私のところへやってきた。…その顔に、いつもの笑顔はなかった。…今でもよく覚えている。忘れるわけがない…。11月4日…」 「11月4日……人工心臓が、世界で初めて生まれた日……」 珠博士はポツリと呟いた。 「そう…その通りだ。度重なる試作の末、完成した人工心臓だ。私はその作品に自信を持っていた。…少なくとも、彼女が新聞を手にして現われるまでは…な」 「………」 「彼女は言った。『あなたがそんな仕事をしていると知っていれば、愛してなんかいなかった。』……」 「……そんな…」 「…………だから、…この仕事を辞めて…、………もう一度…愛されたかった…」 「……まだ、その彼女のことを愛しているのですか?」 「…わからない…。もう、会えるかどうかもわからないな…。…私がアメリカを捨てるその日まで…彼女とは一度も会えなかった。」 「もう…、…もう諦めてはいかがですか?」 「諦める…?」 「恋愛に終わりは付きものです。…私が、銀博士の恋愛が終わったか否かを判断することは出来ません。ですが…私の個人的な意見を言うならば、……終わっていて欲しい…」 「……終わったら、どうなるのか?」 「新しい恋に…出会えるかもしれません。」 「………新しい、恋?」 私はそっと、珠博士を見た。 珠博士はその視線に気付くと、微笑して席を立った。 そして私の後ろに来ると、座ったままの私を後ろから緩く抱いた。 「それから…先ほど、終わったか否かを判断することは出来ない、と言いましたが……私のような第三者が、終わらせることは出来ます。」 「終わらせる…?」 「……昔の人なんて忘れてください。…私が…います…から…」 「……え…、……あ、珠博士…?」 「………こうやって…あなたを抱きしめられるのは、私だけ…。」 「………」 トクントクン…と… そう…あの時、彼女と出会った時に感じに似ている。 血流が早くなって…心臓が煩いほどに… 顔が紅潮し… 胸がきゅっと締め付けられる感触… 「博士…、銀博士…、…私と一緒に、研究を続けましょう…。誰も否定はしません…。」 「………」 まだ、戸惑いが大きい。 ……私の中の天秤は、どっちつかずで揺れ続けている。 ……この時までは。 「博士…」 「え…?…あっ…!」 珠博士の冷たい手が、私の頬に触れる。 そして横を向かされた…その瞬間、 「……、……!」 珠博士の紅くてやわらかい唇は、私の唇に押しつけられていた。 何度も、ついばむようなくちづけが続く。 ノンフレームの眼鏡の向こうで薄く開いた珠博士の瞳は、どこか淫らで、体験したこともないような不思議な寒気が背筋を走る。 私は何もできず、ただ、されるがままになっていた。最初は硬直していたが、甘いくちづけで徐々に力が抜けていく。 ちゅっ…と音を立てて、珠博士の唇が離れた。 「もう…私しか見なくていいんです…」 間近で見る珠博士。こんなに美しい人だったなんて、気付かなかった。 今までずっと…私を尊敬する一人の科学者としてしか見ていなかった。 初めて彼女を女性として意識した時、私の中で莫大な感情が弾けた。 「…、……いざ、よい……」 「………博士…?」 彼女は少し驚いたような表情で、私の瞳を見つめた。 「……十六夜…、…傍に居て…欲しい…」 なんだか恥ずかしくて、囁くように言葉を零す。 十六夜はふっと微笑んで、 「わかりました…、……」 「……みゆう。」 「……ハイ…、美憂…。」 ファーストネームを呼ぶように言ったのは、これが初めてだった。 前の彼女は、最初から私のファーストネームを呼んだ。 私の職業もなにも知らない人だったから、それが自然なのだと思った。 でも今は違う。彼女は私を尊敬してくれると言う。同じ仕事をしている人間、私から見て彼女は地位の下の人間。 ……でも…、そんなの関係ない。 …好きに、上も下もない。 ……「好き」は…「好き」だ…。 FBが来てから一週間と一日が経った。 相変わらず、施設の中は平和だ。 たまに施設の外に出てみるけど、辺りにあるのは静寂。 荒れ果てた東京一区では、米国軍の姿さえ殆どない様だ。 どこかではまだ紛争が起こっているのだろうけど…、私―――伴都―――はそんな事まで気に出来るほど余裕がなかった。 ベッドにつっぷし、ボーっ…… 「みーやこ……、今日もいつもの元気がないわねぇ」 「……ぉぅょ。」 杏子の声に軽く顔を上げ、微苦笑を見遣ってからまた顔を伏せる。 「…FBのこと?」 私のベッドに杏子が腰掛ける。 「……かもね。…あんなやつのことで落ち込んでる自分っつーのがまたイヤだけど。」 「うーん…、…気分転換でもしたら?ほら、お風呂でも入ってくればいいよ」 「……お風呂ぉ?」 「そ。身体もあったまるし、身体も洗ってイヤーなこと全部吐き出しちゃえ。」 「………そだね。……よし、行くかっ」 私はガバッと起き上がると、 「怪盗Happy、いざ、入浴に行ってまいります!」 ビシッと敬礼! 「ハイ、いってらっしゃい。」 杏子ちゃんも笑顔で敬礼。 私はペタペタと浴場に向かった。 「……ふふ。」 都を見送って、小さく笑みを零す。 本当、都って引っかかりやすいよね。 怪盗Happyのくせに、変なところで鈍感で……。 でも、そんな都が好き…なんだ。 ……っと、のんびりしてる場合じゃない。 髪の生え際辺りを爪でカリカリとかぎる。 ペリ、と小さく音がして、ゆっくりと皮膚が顔から剥がれていく。 頭髪も同じ要領で外す。 「ぷは。」 この瞬間! マスクを外して声も直して…… 『自分』に戻るこの瞬間って妙に気持ち良いんだよね。 たった今剥がしたばかりの、高村杏子マスクをきゅっと丸めて握り締める。 そしてパッと開くと掌には何も無い。 ガララッ 勢いよく扉を開け、私―――伴都―――は湯気で曇った浴場の空気を吸った。 「ふぅ。」 小さくため息を付くと、シャワーの下の椅子に座り、シャワーのコックを捻る。 適温の心地よいシャワーが私の肌を打つ。 そう…全部流れちゃえ……! シャンプーを乱暴にガシガシ出して、髪をガシガシと洗う。 そして熱めのシャワーで一気に流す。 「……ぷぁ…っ」 しばらくシャワーの流れに身を任せていたが、やがてコックを締め、私は湯船に向かった。 もうもうと煙る湯気。 いつも以上に……、…って、なんでだろ? ちゃんとお湯の温度と浴場の温度は調節してあるはずなのに…。 そう怪訝に思った瞬間、湯気の向こうに人影が揺れた。 「……!?…誰かいるの…っ…!?」 まさか! 気配はなかった。 全く、人の気配はなかった! それなのに…。 ……!? 気配を消せる人物……それって…… 「FB…?そこにいるのはFB…?」 ちゃぷ… 小さく水音がした。 そして気配が徐々に現れて来る。 そう…やはりFBの… 「……っ〜〜、変態!!!」 「ま、待ってください、都さん……」 FBの声が聞こえる。 そう、声は可愛い男の子のような… 少し掠れた感じの魅力的な声。 「…なによ?あんたみたいな詐欺男なんか、言葉も交わしたくないわ!」 「そう…ボク…詐欺男ですよね…ごめんなさい……」 声とイメージのギャップが、頭の中で膨れ上がってくる。 もう一度だけ、と… FBのいる湯気を見遣った。 ……ふわ、と湯気が揺れ、 FBの顔が見えた。 「…え…?」 ……一瞬、ほんの一瞬だけ見えたFB。 それは、私がずっと想像していた可愛い少年のような顔だった。 「…都さん…ボク…、…嘘をついてました。たくさんの嘘を…。……」 「……嘘…?」 「……ボクの顔を見て、驚かれたでしょう?実はあれ、フェイクなんです。本当の顔を見られるのが怖くて…恥ずかしくて……」 フェイク…って…… それじゃ、本当に……! FBは、…… 「他にも、嘘をつきました。……男と、偽ったり……」 「……………え?」 ……頭が真っ白になった。 そして次の瞬間、更に拍車をかける一言。 「なーんちて♪」 そう。FBはひょうきんに言った。 「何…?何が嘘なの?何が本当なの…?」 「それは、私の姿を見れば納得いただけるでしょうっ♪」 今までの深刻な口調とは打って変わって、FBは楽しげにそう言ったのである。 そして、ザバァッと水音。 湯気からFBの姿が現れた。 「…………なっ……」 …私は、絶句した。 顔は確かに少年…だった。 そう、少なくともあのブサイクな男ではなくなっていた。 いたずらっぽい笑みを浮かべる口元。 しかし、その身体は…… 「見ての通り♪26歳女盛りぃ!」 「お、……女!?」 …そう、FBの胸部にはたわわに揺れる乳房。しなやかで引き締まった肉体。 その身体と照らし合わせれば、少年っぽい顔も、どこかボーイッシュな姉御に見えてくる。 「だましたわね…?!」 「だましてないよ。男とも女とも、ひとっことも言ってないもん。」 「や、でも……」 「それにね、ヒントはちゃんとあげたんだよ。Happyは間違った方に解釈しちゃったみたいだけど」 「ヒント?何…?」 「FB……FALSE BOY。」 「FALSE?……に、偽物…!」 「そ。最初っから言ってるじゃん。怪盗FB参上!怪盗偽物の男参上!……てね。」 「…………や、やられた…。」 「…楽しかったよ。こうやって見てると、ますます可愛いね。都。」 「バカ!バカバカバカ!……っていうか…最初にキスしたのはなんだったのよ…?」 「あぁ、あれは……」 「あれは?」 「和葉ちゃんに嫉妬させたかったから。」 「……嫉妬?」 「…むしろ、私が彼女に嫉妬した、かな。」 「え?…な、何いってんの?」 先ほどから、悪戯っぽい笑みを崩そうとしないFB。湯船の縁に腰掛け、スル、と足を立てる。 角度によっては秘所が丸見えの体勢。 「少し昔話を聞いてもらえるかな?」 FBはほんの少しだけ目を細め、言った。 混乱していることもあり、先ほど投げかけた疑問も忘れ、私は無言で頷いていた。 「……私が最初にHappyという存在を知ったのはね、今から数年前のことなんだ。」 数年前――。 FBの言葉に、私も昔のことを思い出していた。 「私の回りのみんながHappyに感謝していた。Happyは食料やお金をひっそりと置いてってくれるんだ……ってね。」 そう…。私がこの稼業を始めたのは5年前。 いろんなところ飛んだなー…そっか、感謝されてたかー…。 悪い気はしない。 「…私は、そんなHappyに憧れ始めた。元々傭兵のような仕事をしていた私は…、…怪盗という仕事、私にも出来るんじゃないかって思った。」 「……私が影響…だったんだ。」 「そう。でも実際真似てやってみると、危険がいっぱいの仕事だった。捕えられて、命からがら逃げ出したこともあったよ。」 「…まぁね。最初のうちは私も失敗ばっかりだったから。」 「……………でもね、私、すごいいっぱい修業したんだよ。…Happyに追いつきたい…追い越したい!…その一心でね。」 「………知らずのうちに、目標にされてたのか。」 「……そして…自信がついた。…Happyに挑戦しようと…思ったんだ。」 「………そう…」 「どうだった?私の…フェイクフェイス。」 「……最高。完全に騙された。」 「…………私は…Happyを超えた?」 「……さぁね。わかんない。」 「………私も、わかんない。」 私とFBは、顔を見合わせて小さく笑った。 「でもHappyは負けない。」 「……FBも負けない。」 火花が散る。 そして私は…… ドンッ 「はっ!?」 FBを突き飛ばした。 そう、この勢いが大切! 大きな水音を立てて湯船に落ちるFB。 「がはっ、ひどっ…ごぼごぼ……げふっ」 「ふっ。Happyの得意技は奇襲!覚えてといて♪」 私はひらりと手を振って、浴場から出ていこうとする。そんな私をFBが呼び止めた。 「Happy…いや、都。私は、御園秋巴(ミソノアキハ)…覚えててね。」 「…あき…は?…あきとじゃなくて?」 「そう。字は同じだけど、発音はちゃんと女してるんだって」 「あっはは、なるほどね。覚えとくわ。秋巴っちゃん♪じゃね」 「……うん。」 ……………変な気分だ。 あれがFBの、本当の正体。 ……御園秋巴。 あ〜あっ…フレッシュボーイじゃなかったかぁ…… 本当、変な気分。 ……でも、悪くない。 「あきは……」 「はぁ……」 「ほぉ……」 千景さん、佳乃さん、憐さん。三人は驚いた表情で私―――御園秋巴―――を見ている。 「だから、そんなにジロジロ見なくていいって。私は都を騙すためだけにあんな顔してたんだからさ……」 「いや、それにしてもよくできてるなぁーっと……ってか…信じられない。」 「うんうん…本当に同じ人?本当の本当?」 「見違えたな。いや、実にいい女だ。」 「ふふん。」 「……でーも、事情徴収ん時に嘘を言うのはダメだよ。」 「あぁ…それはなんていうかー…寛大な容赦を願います。ほら、敵を欺くにはまず味方から…、…っていうか味方とも限らないし…」 「警察に敵も味方もないのっ。」 ビシ。 普段はおとなしそうな婦警が言い切った。 回りの二人までもそれには驚いた様子。 ……面白い人ばっかりだなぁ…。 「とりあえず、調書は書き替えておきます。名前はアキトさんじゃなくてアキハさんなんですね?で、年齢は?」 「年齢は偽ってないよ。」 「備考欄は、怪盗二十面相って書いておきますね。」 「……そんなの提出していいのか?」 「いいんです。」 「警察ってワケわかんねー…」 憐さんの呟きにちょっと同意してみる。 「……なんにしても…、入所者25人か…」 千景さんが呟く。 そうか…25人もいるのか…。 「25人…たぶん全員会ったことないよ。」 「会ったことある人の名前言ってみ。一週間だからある程度は会ってるんじゃない?」 「うんー…朝の会で紹介された時はよく覚えてないし……まず千景さん、佳乃さん、憐さんだよね。」 「うんうん。」 「それからHappyに…、高村杏子さん。……あとは…」 「あとは?」 「……えーと、蓬莱冴月ちゃん。さ、…さ……さー……」 「佐伯?」 「そう、佐伯伊純ちゃん。あ、それから珠さんと銀さん。」 「あの二人に会ったの?」 「うん。制御室を見学させてもらった。それからー…あ、水散ちゃん。あの可愛い子♪」 「ああいう娘が好み?」 「いや、都の方が好み♪」 「さいですか…」 「あ、そうそう。あの外国人みたいな……Minaさんだっけ。あっ、あと和葉ちゃん。忘れてた」 「Minaはどんな様子だった?」 「マシンガントークだったよ。面白かった。和葉ちゃんは彼女の恋人?」 「は?なんでそうなるの?」 「仲良さそうだったから。でも和葉ちゃんって都とも仲良さそうなんだよね…不思議な娘だ。」 「……うん。」 相槌を打ったのは千景さんではなく佳乃さん。何か心当たりでもあるのだろうか?? 「それと、ギター持ったお姉さんと、耳のとんがった女の子。名前は覚えてない…。」 「シミズカヨとヨネクラチサ。伽世ちゃんのギターは天才的だから是非聞いてみるといいよ。」 「了解♪そーれーかーらー…、あ、警察の上の人。ちょこっとしか話してないんだけどね。蓮池さんだっけ。」 「そうそう。あの人には気をつけて。」 「なんで?」 「なんででも。」 「千景、変なこと吹き込まないの…」 「あとね、サングラスかけた女の子と巫女サンみたいな人…」 「タエハナアイとエノカワリンね。」 「はーい。覚えときます。あ、それとね、おおさかさん。」 「逢坂七緒。あの娘いくつだと思う?」 「え?22くらい…かな?」 「18なのよねぇ…」 「へえ。大人っぽいんだ。」 「そうそう。…あとは?」 「うーんー…もう終わり。」 頭の中パンクしそうなくらい回転させるが、もう思いつかない。 「あと6人か。えーと、未姫さん。」 「ミキさん…?」 「髪の毛がね、不思議な感じの娘。こっちがわは金髪でさきっぽにビーズがついてるんだけど、こっちがわは黒くてね、長さも短めなの。」 「……そうなの…?なんで?」 「…本人からは聞いてないけど、おそらく核爆弾の影響だろうね…。家族を北海道核で失ったて言ってた。もしかしたら、未姫ちゃんも被災地の近くにいたんじゃないかな…?」 「そっか…あんまり触れない方が良さそうだね。」 「そだね。えーそれからー…あぁ、真田命。腰くらいまである長い髪の女なんだけど」 「へぇ…知らないです。」 「わりとコザッパリした性格で、取っ付きやすくはないけど、関わりにくくもないよ。でも怒らせないようにね。殺されるから。」 「殺……」 「千景、それちょっと言いすぎ。でも大きな鎌が似合ってるから怖いことは怖いよ…」 「か、鎌。……わかった、気をつけます。」 「そっれから…、楠森さんもだね。彼女は…今、ちょっと心を閉ざしてるような状態でね…部屋に篭もりきってる感じかな。」 「へぇ…そんな人が…。」 「うん。前は学校の先生だったらしいんだけどね。…あと、遼も会ってないのか。その楠森さんの生徒だったの。17なんだけど結構クールな性格してるよ。今は、楠森さんに付きっ切りだから会ってないんだろうね。」 「遼さんに、楠森さん…」 「うん、三宅遼と楠森深香。」 「覚えとく。」 「あとは、えと、三森ちゃんかな?」 「ミモリちゃん。可愛い名前。」 「三森優花。…彼女も、ほんの少しだけ心の病気。いっつも部屋にいるのかな。」 「私がたまに顔出してます。…すごく幸せそうですよ。」 佳乃さんは寂しげに笑んで言った。 幸せそう……?? 「あ、それと柚里ちゃんね。」 「あぁ、佳乃の従姉妹の。」 「うん。…あんまり見ないよね。いっつも部屋にいるみたい。」 「柚里ちゃんの部屋ってどこだっけ?」 「遼ちゃんと同室だよ。でも遼ちゃんは深香さんと式部さんの部屋にずっといるから、今は一人部屋みたいな感じ。」 「なるほど…。えっと、保科柚里。この小向佳乃の従姉妹。結構クールな感じがする。」 「うん。でも優しい娘よ。よく不思議なこと言うの。」 「……佳乃さんをもうちっとクールにさせた感じ?」 「そうそうそう。」 「うんうん。」 「なーんで千景と憐さん一緒に同意するの?それって、私が不思議なことばっかり言うってこと?」 「その通り。」 「むー。」 「会ってみたいかも……。」 「以上!あぁ、明日の朝の会で、女でしたって言わないとね。」 「んだね。」 「みんな驚くかなぁ…」 「驚くだろうねー。」 「残念がる人とかいるかな?」 「絶対いない…」 「はっ!」 ビュンっ 体育館の隅で、木刀を振る一人の女性。 彼女の姿を、ぼんやりと眺めていた。 ……どんな気持ちなんだろう。 …伊純さん。 ビュンっ!…ビュンっ!…ビュンっ! 繰り返し振り下ろされる木刀。 時々散る、光る汗。 何かを発散しているようにも見える…。 私―――飯島未姫―――は千景さん側からしか話を聞いてないけど…。 千景さんも、伊純さんのことは気遣ってた。 結局、二人が仲直りしたきっかけまでは聞けなかった。 でも、その時…伊純さんにもなんらかのショックがあったんじゃないかって……。 私なんかが聞くべきじゃないって、思ってた。 でも…、でも、千景さんと佳乃さんのケンカの具体的な事知ってる人って殆どいないんじゃないかな…。 伊純さんとは話したこともあんまりないし、話しかけるのも億劫だけど…… ………うー…。 「……っは…、………ぁ…?」 気づけば、木刀が宙を凪ぐ音は消えていた。 「………」 伊純さんと目が合う。 「あっ…ご、ごめんなさい、勝手に見てて…そ、その……」 なんだか盗み見をしていたような気分になって、つい謝ってしまう。 「いや、あたしは構わないけど……そっちこそ、こんなの見てておもしろいか?」 「えっ、お、おもしろい…です…!」 「……変なの。」 伊純さんは肩を竦め、身体の汗を拭った。 トスン、と壁ぎわに腰を下ろし、水か何かを飲む伊純さん…… 「あの……、…休憩…ですか?」 「…そうだけど」 「………あのっ…、となり、行ってもいいですかっ…?」 「隣?…別に、いいけど……」 伊純さんの許可を得て、私は体育館を小走りに行って伊純さんの隣にたどり着いた。 腰を下ろす。 ……… 一瞬静寂が流れる。 …どうしよう。 言っていいのかな… でもなんて言えば…… 「飯島ってさ…」 「は、はい!?」 伊純さんに話しかけられて、私は慌てて返事をした……せいで、声が少し裏返る。 「………いや…、……、…千景のこと、どう思ってんの?」 「え…??…千景さんのこと?」 思ってもみない質問に、私は目を点にした。 「……噂んなってたから。」 「千景さん…と…私が?」 「そう…。……階段でキスしてたとか…」 「なっ……、そそ、そんなの誤解です!あ、あれは違うんです!本当に誤解です!!」 私は紅くなって必死に否定した。 こんなに必死じゃ、余計変な感じもする。 「…ふぅん。まぁいいや…。」 「……あ、あの…、……」 私はオドオドと伊純さんに声をかけ… …たけど、彼女の姿を目にした瞬間、言葉が詰まった。 少し下向きの目線で、何か考えごとをしている様子で…。…唇をきゅっと閉じ、僅かに眉を寄せる。 何故かそんな彼女が不思議なビジョンで見えて、心臓がドキンって鳴る…。 「……ぁ…?今、なんか言った?」 ふっと我に返った様に、伊純さんが私に尋ねる。 「……佳乃さんのこと、どう思ってるんですか?」 ……弾み、みたいな感じで…言葉がこぼれ出た。知りたくて知りたくて仕方ない。 「…………。」 伊純さんは少し驚いたような表情で私を見て、また床に目線を戻す。 少しの沈黙が流れる。 「…佳乃は、…将来的には千景の恋人になるだろうと思ってる。」 「………」 …なんだか不思議な答えに、私は彼女の横顔を見つめた。 床を見つめたまま、僅かに唇を噛んでいる。 「………好きだったんでしょう?」 普段の私なら言えないような大胆な言葉が次々に出てくる。 「…………もう、どうでもいいだろ…。佳乃は千景を取ったんだし…」 「………」 「それに、別にそこまで佳乃のこと好きだったわけじゃないし、なんつーか、遊びみたいな…っ……」 伊純さんはそこまで一気に言うが、途中で言葉を切り、また顔を伏せた。 強く握った拳から、怒りとも悔しさとも取れる感情が伝わってくる。 「……佳乃さんにそう言ったんでしょう?遊びだったって…。…そうやって、悪人を演じたんでしょう?」 「……関係ねーだろ!!」 「でもっ……」 ひゅぅぅぅぅぅぅぅ 「………?」 「……!!?」 突然、どこかから音が聞こえた。 何か、巨大なものが、高い高い高さから落ちてくる…… あ、…、あの、音…… 「ひっ……」 ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ 落下音が長く長く続いた。 怖い… い、いや…… ぅぅぅぅぅぅ… ふっと音が途切れた瞬間、 私の頭の中に、鮮烈な記憶が蘇った。 「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」 意識とは関係なく、叫びを上げる。 怖い…怖い…怖い! 「あ、あ、……あぁ……」 身体中が震えている。 まるで誰かに揺さぶられているかのように、ひどく震えている。 前が見えない。 ここはどこ? 体育館の情景はずっと前から消えていた。 ぱちぱちと炎が燃えていた。 真赤…。 右側の後頭部がひどく痛む。 助けて…… 助けて……、………!!! |