フウウン 医務室の扉を開け、中に入る。 「パスを入力して、自分で入ってきた女性っていうのは?」 「こっち。このポッド中で休ませてる。」 千景サンの指すポッドに近寄る。 中には、裸の上に科学者の白衣だけ羽織っている一人の女性。 否、少女。 「千景さん、いいわ。ここには私が付き添うから。」 「うん、それじゃ任せた。その女の子が持ってた荷物は、あっちのカゴに入れてあるから。よろしく。」 千景さんは手を上げて挨拶し、医務室を出て行った。 私―――珠十六夜―――は小さく息をつき、もう一度ポッドの中の女性を見遣った。 自分で、入ってくるなんて…。 服装からして科学者なんだろうけど… …………。 …………? 「…、…まさか…。」 私は少女の寝顔を見つめ、ポツリと呟いていた。 僅かに目を見開いた。愕きが膨れ上がった。 ……少女の顔に、見覚えがあった。 この、こ……。 …………そう、か…間違いない……。 間違いない。私はこの少女のことを知っている。 その事実を肯定すると共に、まるで幻でも見ているような気になった。 でも、何故こんなところに……。 「……っ…、う…ン……」 「…大丈夫?」 私はポッドに顔を近寄せ、少女を見た。 ゆっくりと開く瞳、その黒目は確かに日本人の証である漆黒だった。 「…っ…」 私はポッドの蓋部を開け、彼女を空気にさらした。 「…ここは、施設の中か…?」 「そう。あなたが入ってきた施設です。」 「…記憶が曖昧だ…。ここは安全か…?」 「安全です。安心して。………あなたには、ゆっくりと話しが聞きたいわ。」 「…構わん…、私も聞きたいことはたくさんある…」 「…でも、もう少し休んだ方がいいです。」 「…そうだな…。体力、精神力と共に酷く消耗している…。」 「おやすみなさい……、銀博士…」 私は彼女の髪をそっと撫でながら言った。 彼女は不思議そうに瞳を揺らしたが、言葉を発す体力も残っていないようだった。 彼女の薄いフレームの眼鏡をそっと外して、枕元に置く。 少しだけ戸惑いを残し、私は少女に顔を落とした。 そっと、薄く開いた瞳にくちづけを落とす。すると、彼女はゆっくりと瞳を閉じた。 ……どくん…どくん…… 緊張している。 私は今、とんでもない人物を前にしている。 ……銀 美憂(シロガネミユウ)博士。 最年少にして最大の研究を成し遂げた、伝説の少女。 ………科学者の一人として、心から尊敬する人物…。 私は彼女から離れ、自分の唇に触れた。 あぁ…私は今、とんでもなく無礼なことをしてしまったのではないか……。 尊敬という感情は、こんなにも愛しい気持ちが生まれるものなのか……。 「ふぅん……怪盗FBねぇ……。」 「そうなのっ!ったくもー、どうよ?むかつく野郎だと思わない!?」 「あぁ、思う思う。」 ジャバジャバジャバ あたし―――乾千景―――、都、佳乃と三人並んで朝の洗顔タイム。 都は終始、昨日に起こったことを私たちに話し続けていた。 怪盗FBとかいうキザな男に唇を奪われた哀れな美女、Happyの話……。っと言っても自慢とかそういう感じはではなく、都は本気で怒ってるように見える。 「そのFBさんのFBって、どういう意味なんでしょう?」 佳乃がふとこぼした言葉に、都はきょとんと洗顔中の手を止めた。 「なんだろ?エフ…ビー……」 「フレッシュボーイ!」 佳乃が言い放ち、私と都は思わず吹き出した。 「あっはは、それだとなんか嬉しくない?お姉様としてはさ〜」 「お姉様って……。でも、確かに若い男の子って感じはしたのよね…声もそんなに低くなかったし、身体も華奢に見えたし。」 「それなら、満更でもないんじゃないの?」 「うー……でもやっぱ不許可でチューしたのは許せん〜!」 「でも、すっげー可愛い男の子だったらどーすんの〜?」 「うっ……困るっ!」 「わはは、そんときは許してあげなよ。」 「若い男の子なら、ほら、若気の至りってやつなんじゃないですか?」 「若気の至りかぁ……なるほど…。……そうね、人生の先輩として、教育したって思えばいいのか!」 「そそ!都ちゃん寛大〜っっ!」 「ま、大人ですから!」 そんな雑談が、後になって都に深いショックを受けさせることになろうとは、今はまだ知る由もないのだった。 「小向さん、部屋割りは決定しているの?」 「あ、はい!昨日は荷物の関係等で、これまで通り、新しい方は仮という形で部屋を割り振って休んでいただきました。部屋割りは作成したので、これからの朝の会で皆さんを紹介すると同時に発表するつもりです。」 「なるほど。……因に、部屋割りはやっぱりくじびき?」 「いえ、今回は私の独断と偏見で決めさせていただきました。」 「独断と偏見……ちょっと見せてくれる?」 「あ、もうみんな集まったみたいですから、発表の時に聞いてくださいね。」 「…………」 すごい部下を持ったというかなんというか……。小向恐るべし……。 「みなさーん、おはようございまーす♪よく眠れましたかー?」 まぁ朝の会は、乾ちゃんよりゃ小向の爽やかな笑顔の方が合ってると言えば合ってる。 「廊下とかであった方もいるかもしれませんが、実は昨日、大勢の新入所者がやってきました。早速その皆さんを紹介します。」 ぐるん。 うわ。 小向のすぐ後ろにいた私―――蓮池式部―――。小向はぎゅいっと回転すると、私を前へ押し出した。 「……変な部下を持った、警察所属課長職の蓮池 式部(ハスイケシキブ)です。」 「変な部下?」 きょとんとした表情で私を見る小向。 自覚なし…。 私はそんな小向を無視して自己紹介を続ける。 「年は28、」 「は?28?!」 ………………。 仰天の声を上げたのは、間違いなく…。 「伊純サン、私のこといくつくらいだと思ってたのかしら?」 「うぇ!?い、いや……」 「正直に言ってごらんなさい。」 にっこり。 「え、えーと……さんじゅ」 にっこり。 「………二十前半かな、っと。」 「あらそう。ふふふふ。」 伊純さんの引きつった笑顔がなんとも可笑しい。 「一応小向や乾ちゃんの上司に当たるんだけど、ここの責任者は乾と小向の両名に一任するわ。」 「ええ!?」 「そうなの!?」 横にいた小向と、向こうの部屋で新入所者と共に待機していた乾ちゃんが声をあげる。 「ええ。やっぱり責任は部下に取らせないとね。」 「……………………鬼。」 「乾ちゃーん、何か言った?」 「い、いや、な、なんでもないっす…」 「さて、こんなものかしら。私よりもスポットライトを浴びるべき人は大勢いるわ。さ、どうぞ。」 「はいっ、蓮池先輩、ありがとうございました。それじゃあ、千景ー」 「ほい。こちらへどーぞ。」 乾が奥の部屋からでてくると、その後ろに数名の女性がついてくる。 一人の女性が出て来た時、ある一人の少女が驚いたように目を見開いた。その事に気付いた人は、私を含めて一人もいなかった。 「じゃ、右から自己紹介お願いします。」 小向がのほほんと笑む。 「アタシから?…萩原 憐(ハギワラレン)、23サイ。宜しくお願いしまース。」 パチパチ…とまばらな拍手が起こる。 「あ、えと、妙花 愛惟(タエハナアイ)と申しますっ。21歳です。宜しくお願いします。」 萩原さんよりもずっと丁寧な挨拶。しっかりと頭を下げて、最後に照れくさそうに笑んだ。ただ、あのサングラスが少し意味深ね。 「可愛川 鈴(エノカワリン)。年齢は25だ。伝統ある陰陽師の血を受け継いでいる。無礼のないように。」 陰陽師ねぇ…。あの凛々しさは、なかなか……。 …と、こっからの三人は保護要請のあった、例の…… 「初めまして、逢坂 七緒(オオサカナオ)と申します。18歳です。宜しくお願いします。」 逢坂さんは、相変わらずにしっかりとした口調で言って、丁寧に礼をした。 「三森 優花(ミモリユウカ)、です。24歳です。よろしくおねがいします。」 三森さんは少しぽんやりした感じで言って柔らかく笑むと、ゆっくりと頭をさげた。 そして… 「…………。」 楠森さんはやはり、言葉を発そうとはしなかった。小向に目配せすると、彼女はコクンとうなずき、 「えと、くす」 「楠森 深香(クスモリミカ)、26歳。」 小向の声を遮って部屋に響いたその声は……意外な人物が発したものだった。 「は、遼ちゃん……?」 小向が驚いた様子でその人物を見る。 セーラー服に身をつつんだ少女、三宅遼。 「……なんで、先生がこんなところに?」 無表情…いや、どこか冷徹ささえも感じさせるようなその表情で、彼女は問うた。 「せ、先生って……それじゃ…まさか…。」 「その人はあたしが通ってた学校の先生。…………先生に何があったの?」 彼女も察したのだろうか…言葉さえも失ってしまった、女性の変貌に。 「せんせいっ!」 だんっ! あ! 「待ちなさい!」 私が止めるより早く、彼女は楠森さんに駆け寄った。 「っ!」 遼さんの姿に、楠森さんの瞳が揺らいだ。 「っ……きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」 裂けるような悲鳴が部屋に響く。 遼さんは呆然と、以前の師が泣き叫ぶ姿を見つめていた。 「楠森さん、落ち着いて。彼女はあなたに危害を加えたりしないわ。落ち着いて。」 「あ、あああ………いやああああ……」 フラッシュバック。 生徒にレイプされた記憶が、遼さんのセーラー服を見て蘇ったのね……。 「別室に!誰か付き添って!」 「はい!」 「行きます!」 「わ、私も行かせてください!」 「乾ちゃんは残って。小向と…」 「悠祈と言います」 「うん、悠祈さん、お願い。」 私たちは三人掛かりで楠森さんを抱え、近くの部屋へと連れていった。 「遼はだめ!」 「っ!なんで!?セナ、離して!!先生なんだよ、あたしのっ……!!」 遼を必死で押さえつける。 「このバカ。行くなっつったら行くなよ。」 伊純ちゃんも手伝ってくれて、遼はようやく身動きができなくなる。 「っ…なんでよぉ……、先生……」 床に俯せた遼、顔は見えない。 僅かな嗚咽が漏れる。 「遼、詳しい事はあとで話すから…。どっかの部屋で休んでなさい。伽世ちゃん、付き添い頼んでいい?」 「はい、もちろん。…遼っち、行こう。」 「………。」 千景ちゃんの手際のいい指示によって、遼は伽世ちゃんに連れられて大人しくこの場を去った。 静かになった部屋。広々としたホールで、その静寂がやけに寒く感じる。 あたし―――蓬莱冴月―――は、どこか悲痛な面持ちの皆を見回して小さく息を吐く。 「んじゃ、佳乃の続き言いまーす。実はもう一人ここに迷い込んできた人がいます。十代後半くらいかな?科学者みたいな子。名前はまだ聞けてないんだけどね。今、医務室で休んでるわ。十六夜サンが付き添ってます。」 「…十六夜が?あの十六夜が付き添い?…ギャップが……。」 「伊純ちゃん何いってるー!いざよいはやっさしぃんだよ〜〜??」 「あ、あぁ…わりぃ……ってか痛いって、痛い……ぐーで叩くな…!」 「次に〜部屋割りの件です。新しい人がぞくぞく増えちゃったから、部屋割りを改めました。今から発表するんで、今日は早速お引っ越ししてください。」 「えぇ?もう決まってるの!?」 「うん、決まってる。」 「またくじびき?」 「いや……佳乃の独断と偏見で……」 「うっ、それはそれで不安…」 「そんじゃ、発表するね。今いない人については、各々連絡してあげてください。まず一号室、乾千景・はす………」 …みるみる、千景ちゃんの表情が青ざめていくのがわかった。 ……? 「よ…よしのぉぉぉぉぉ!!」 そして絶叫。 な、なに……? 「こ、これは間違いです。間違いじゃなかったら佳乃が私を陥れようとしているに違いありません。」 「どっちかっつーと後者だろ。」 「うっ(汗」 千景ちゃん、何をそんなに嫌がって… 「あ、あの…そんなに嫌なら、変えちゃってもいいんじゃないですか…?」 和葉さんが微苦笑を浮かべて言う。 千景ちゃんはその顔を見つめ、 「な………ないすあいでぃーあ!」 と目を輝かせる。 「そんじゃ、この蓮池式部と小向佳乃を交換っと♪」 ……蓮池さんがヤだったんだ……。 「よし!では改めて!一号室、乾千景と小向佳乃。」 …にや、と千景ちゃんが笑うのをあたしは見逃さなかった。千景ちゃんと佳乃ちゃんって仲いいよねぇ…同僚以上じゃない? 「二号室、佐伯伊純と蓬莱冴月」 あたしだ。また伊純ちゃんと一緒かぁ。 「よろしく!」「……また同じかよ…。」「伊純ちゃん、あたしと一緒なのイヤ?」「…ま、お前だと変に気ぃ使わなくていいから楽っちゃ楽だな。」「そかそか、じゃOK〜♪」 「三号室、五十嵐和葉とミ………はぁ!?」 「ど、どうしたんですか?」 「…五十嵐和葉と、Mina=Demon‐borrew……。」 「Minaさんですか!」 「いや、Minaさんってアンタ…。」 「そういえば、Minaちゃんって今はどこにいるの?」 「今は三十号室に。食事とかその他諸々の世話は佳乃がやってるけど……。」 「あの、私大丈夫ですよ。Minaさんって根は良い人だし。」 「根はいいひとって…わかるの?」 「生まれながらの悪人はいません!」 「ははは……。まぁ検討の余地アリってとこで。次、四号室、米倉千咲と珠十六夜。」 「ほえ?……ちさ、いざよいと一緒??」 「おぅ、一緒一緒。」 「やったぁぁぁっっ♪」 ちさちゃんはすごくうれしそうにピョコピョコと跳ねる。 「次、五号室。高村杏子と伴都。」 「都さんと同室だって。」 「お〜よろしく!」 「……なんか、似たもの同士だよね、その二人。」 千景ちゃんの言葉にあたしはコクコクうなずく。皆うなずいてる。 「そう?でも私、都さんほどキレイじゃないし……」 「いやいや、あたしも杏子さんほど頭とかよくないし……」 …と言いつつ、それぞれ誉められた点は否定しない。ね、似たもの同士。 「六号室、三宅遼……だけ、……?」 「一人なの?」 「みたい。」 「なんでだろ?」 「さぁ……??まぁいっか…七号室、志水伽世と飯島未姫。」 「はいっ…」 未姫さんと伽世ちゃんかぁ…。 けっこう対照的な二人だよねぇ。 むむ…佳乃ちゃんの部屋割りって、案外奥が深い?? 「八号室、真田命と悠祈水散」 「っしゃぁ」 命ちゃんのガッツポーズ目撃。 すんごい嬉しそうだよ、なんか……。 「それから、9、10、11、12、13、14、15号室は空き。奥まってるからだろうね。16はこっちから見て手前側にあるのね。ってことで16号室、楠森深香と蓮池式部。」 ……本当は蓮池さんトコに佳乃ちゃんが入る予定だったんだ……。 楠森さんも、警察さんと一緒なら、安心……かな…?遼がなんて言うか……。 「17号室、萩原憐と三森優花」 「…ほう。どーぞヨロシク。」 「あ……こちらこそ……」 また微妙な二人を……。佳乃ちゃんって考えてるのか考えてないのかわかんないよね………。うううーん………。 「18号室、逢坂七緒と…可愛川鈴。」 「ふむ。宜しく頼む。」 「あ、はい、こちらこそ…」 「あれ、てっきり可愛川サンと愛惟ちゃんが一緒になるもんだと思ったのに。」 千景ちゃんの言葉に同意…。 「私が小向に頼んだのだ。私と妙花はあまり親密になりすぎてはいかんのでな。」 ……そうなんだ……何故……。 「ふぅん、なるほど…」 「そうだったんですか……」 千景ちゃんと妙花さんはしっかり納得してる。……うんん? 「簡単に例えると、私が鬼が島に行く桃太郎だ。妙花が鬼…と共に姫の役だな。桃太郎は周到な準備と覚悟を決めて鬼退治に行かねばならん。わかるであろう?桃太郎が常に鬼と共に過ごしていては、いつ鬼の襲撃を受けるかもわからん。また、桃太郎がそばにいれば鬼も騒ぐ。姫の身に危険が迫る。」 「…………なるほど。」 ……わかんないよ?! 「そういうわけで私と妙花が別室だ。……この例でさえも理解できん輩の相手はせん。以上。」 ……………むきー。 「じゃラスト。19号室、妙花愛惟。…一人。オッケ?」 「はい、わかりました。」 「以上で部屋割りの発表を終わりとします。何か質問ある人ー?…ないね?では解散。夜までには部屋の引っ越しを済ませること〜」 「はーい」 ………さて。 「冴月…移動するか?」 「あ、うん…」 話しかけてきた伊純ちゃんに、曖昧に頷き返す。そんなあたしの様子を見てか、 「…遼のことは大人に任せとけって…。」 伊純ちゃんはそう言って、あたしの頭をぽんぽんって叩いた。 「………う、うん…。」 あたしはまた小さく頷くと、伊純ちゃんと一緒に部屋へ戻って行った。 ……遼のことが気になる。 ジャージャンジャーン… 部屋の中から、キレイなギターの音が響いてくる。ギターウーマン伽世っち…か。 少しの間、扉の前でその音楽に聞き入った。 ……遼、どんな顔するかな…。 …くっそ…。 コンコンッ 覚悟を決め、あたし―――乾千景―――は扉をノックする。 「どうぞ。開いてまーす。」 返ってきたのは伽世っちの声。そっと扉を開く。 「お〜っす……遼、いる?」 「いるよ。…ねぇ千景ちゃん、先生に会わせてくれる?」 ひょこっと顔を出した遼は、何よりも先にそう問う。 「…うん。但し、服を着替えること。」 私は答える。 「……服?」 「そう。そのセーラー服じゃなくて、普通の服を着なさい。」 「あたし、これ気に入ってるのに…。それに、先生に会うんなら尚更」 「いいから、着替えろっつってんの。」 「………う、うん、わかった。」 あ…、いつものクセが…。 ごめん遼、そんな冷たく言うつもりじゃなかったんだけど…。 …あたし、イライラしてる? 「…千景ちゃん、あたし服持ってないよ…」 「持ってない?…あ、そっか、遼は単身で来たんだったね。そんじゃ…えーと」 「私、貸しましょうか?旅芸人だから、着替えはちゃんと持ってるの。」 「あ、助かる…じゃ、伽世っちに借りて。」 「うん。ありがとう伽世ちゃん。」 「ウエストがぶかぶかかもしれないけどねー、あはは」 「伽世ちゃん十分細いよー。」 遼はその場でセーラー服を脱ぎ、ブラ一枚になった。 「………」 遼って意外に…いや、意外じゃないけど大胆…。 けっこう胸大きいし。冴月はこないだ風呂入った時に見たけど、…うーん、一歳違うだけでこんなに違うもんなんだ…成長期ってすごいな…。 「…千景ちゃん?なにジロジロ見てるの?」 「え!?あ、いや、…ごめん。」 こっちの方が照れて赤くなる。 伽世っちがクスクス笑ってるし…。 「…これでい?」 長袖のTシャツにスラックス姿の遼。 ……似合う。すっげー似合う。 これは身体のラインがキレイな人じゃないと着れないよね、普通…。 「千景ちゃん、早く先生のところに……」 「あ、あぁ。…それじゃ、行こうか。伽世っち、ありがとね。」 「いえいえん♪」 伽世っちの優しげな笑顔に見送られ、あたしたちは部屋をでた。 楠森さんを連れてった部屋は、廊下の奥まった方にある部屋。 ………大丈夫かなー…。 遼とあたしは言葉を交わすこともなく、その部屋の扉の前までやってきた。 コンコン。 「はぁーい」 佳乃の声が返って来る。少しして、扉がゆっくりと開いた。 「…遼、連れてきたけど……どう?」 あたしがそう尋ねると、佳乃は中に入るように促す。 遼は一度あたしを見上げ、そして部屋に足を踏み入れた。 佳乃は扉を閉めると、私たちに『静かにね』と指で示す。 部屋の奥のベッドに、横たわった楠森さんの姿があった。 今は水散さんと蓮池課長に付き添われ、眠っているように見える。 「精神安定剤の投与したの。もうしばらくは、目を覚まさないと思う…。ごめんね、遼ちゃん。」 佳乃はそう言って、遼の肩を緩く撫でた。 遼は、少し離れた場所からベッドの楠森さんを見つめていた。近寄れない、といった印象も受ける。 沈黙が流れる。 それは5分か10分か、はたまた30秒だったのか…私にはわからなかった。 「…どう…して…。」 遼がぽつりとこぼした。 「どうして…先生は……。……」 ………。 どんな言葉を返せばいいのか、私には到底わからなかった。 佳乃を見ると、悲痛な面持ちの彼女と目が合った。 ふと、蓮池課長がベッドから腰を上げた。 「悠祈さん、席を外しましょうか。」 「あ、はい…」 「蓮池先輩……」 ……パタン。 扉が閉じ、部屋の中は私と佳乃、そして遼と楠森さんの4人となった。 蓮池課長も、逃げたとかそんなんじゃないのはわかってる…。 これは、私たちの仕事だ、と……。 …………くっそ………。 「遼、落ち着いて聞いて。」 あたしが重い口を開いた。 遼はあたしを見上げ、コクンと頷いた。 「………彼女は、」 ……………。 「彼女はね…」 あたしの声以外、なんの音もない。 静寂の空間で声を出すということが、こんなにも勇気が要ったか…。 ………くそ……! あたしは息を大きく吸い、吐いた。 そして、言った。 「…彼女は、生徒から集団レイプを受けたの」 「……え…?」 あたしを見上げる遼。その瞳が揺れた。 「それで、心を閉ざしてしまったのよ…。」 「…………うそ。」 遼は、少したりとも表情を変えない。 小さくこぼしたのは、否定の言葉だった。 「そんなのうそに決まってるよ…だってあいつらがそんなことするワケないじゃん…生徒って……みんなイイヤツばっかなんだよ…?ちょっと真面目すぎるのがたまにキズ、みたいな……そんな…。」 表情は変えないのに…その瞳からはポロポロと、涙がこぼれ落ちた。 「………うそだ…、うそだよ……!!」 今にも泣き崩れそうな遼を、強く抱きしめた。 「うっ…うああ……、うああああっっ!!」 泣きじゃくる遼を胸に抱いて、あたしは唯、時が過ぎるのを待った。 ………、…… ゆっくりと意識が覚醒する。 私―――銀美憂―――は、そっと目を開けた。明るさを落とした照明…。 医務室のポッドの中か…。 ふと、ポッドの蓋部に寄りかかっている人物に気付く。眠っているようだ…。 そうか…この女、私のことを知っていた……。この私の名を呼び…、目蓋にくちづけた……。 「ン…、………」 女はゆっくりと瞳を開いた。ふっと一瞬その目を細め、私を見て動揺した様子で 「あっ、…ご、ごめんなさい…。私が眠ってしまうなんて…。」 そう言って深く頭をさげる。 それからポッドの蓋部を開いた。 私は上半身を起こす。身体が軽い…。 ふと、女を見遣り言った。 「………ずっとそこに?」 「…銀博士を一人にするわけには参りませんわ。」 「お前は、私のことを知っているのか?」 「当然です。科学者という名を持つ人間で貴女のことを知らない者はいません。」 「…科学者か…。…名はなんと言う?」 「珠十六夜と申します。」 「歳は?」 「29です。」 「そうか……。」 「銀博士、お身体の具合は如何ですか?」 「…問題ない。………それより、珠博士よ……」 「はい…なんでしょう?」 「……私は…お前が思っているほど卓越した人間ではない。地位も名声も誇りも、全て失った身だ…。」 「銀博士………?」 フウウン 医務室の自動扉が開く音に、私は入り口を見遣った。 「気がついた?具合はいかが?」 初見の女性は私を見てそう言う。 「……このポッドのお陰で回復はした。」 「そう、良かった。私はこの施設で一応責任者の立場にある、乾千景と言います。警察の者よ。あなたのこと、いくつか聞いてもいい?」 「…ああ、構わん。」 乾と名乗った女は私のそばに歩み寄ると、手にしたクリップになにかを書き記す。 「名前はなんて言うの?」 「…銀美憂。」 「銀さんね〜…歳はいくつ?」 「19だ。」 「職業は?」 「………、……無職。」 「銀博士……。……科学者…ではないのですか…?」 珠博士が口を挟む。私は彼女の言葉に首を振り、 「…違う。」 そう否定した。 乾は私たち二人を交互に見遣り、 「…どっち?」 と問う。 「科学者よ…」 「……違う。」 「…十六夜サン、知り合いなの?」 「え、いえ……。…私が一方的に知っているだけよ。」 「……一応、本人の主張を優先するよ。」 「……そうね…」 珠博士は諦めた様に小さく言った。 乾はもう一度私たち二人を見遣り、手もとのクリップに書き記していく。 「家族はいる?」 「…いや…いない。」 「そう…昔から?」 「…もしかしたら生きているかもしれん。アメリカ軍に捕えられた。」 「アメリカ軍に……」 「…アメリカに住んでいてな。日本人というだけで、皆捕えられた。逃げ延びたのは私だけだ。」 「アメリカに住んでた…の?ここへはどうやって?」 「…アメリカ軍の軍船に密航して来た。」 「密航!?」 「………」 二人は驚きを露にする。 ……当然か…私自身も自分がこうして生きていることが不思議なのだから…。 「それに、東京湾からここまででもかなりの距離があるわ…。」 「あぁ…そうだな…歩き慣れていなかったから、肉体的に危なかったかもしれん。」 「歩いて来られたのですか…!?…もう無茶はしないでくださいね…」 「わかっている…。」 『銀 美憂(シロガネミユウ) 年齢・19歳 職業・無職?(科学者?) 家族・アメリカ軍に捕えられ、今は不明 備考・珠十六夜となんらかの関わりがある模様』 「ここが…この施設の制御室です。」 私―――珠十六夜―――は、銀博士を部屋へ案内する途中、通りかかった制御室の前でそう言った。 「………。」 博士はほんの少しだけその扉を見つめ、すぐに顔を逸らす。 「…良かったら、寄って行きませんか?科学者なら誰もが魅かれるような素晴らしい設備が整って…」 「必要ない。」 「……」 「………早く部屋へ案内しろ。」 「…ハイ。」 …どうして彼女は、科学者としてのプライドも誇りも…捨ててしまったのだろう…。 ………どうして……。 「ここか。」 「はい、千景サンの話にもありましたが、相部屋になる様です。」 コンコン 扉をノックすると、すぐに女性の声が返って来て、扉が開いた。 「あ、えーっと……、珠さん…でしたっけ」 顔を覗かせたのは、丸いサングラスをかけた女性。彼女がやってきた昨日、廊下で一度だけ顔を合わせた。 「妙花さん…だったかしら」 「はい、そうです。…あ、後ろの方は…?」 「彼女、アナタと相部屋になるの。」 「そうなんですか。初めまして、妙花愛惟と言います。どうぞよろしくお願いします」 妙花さんはペコリと頭をさげる。 「銀美憂だ。…よろしく頼む。」 銀博士は言葉少なにそう挨拶した。 「それじゃあ、私はこのへんで。」 私がそう言って薄く笑むと、 「待て…、珠博士…。私が所持していた荷物はどこにある?」 銀博士は、小声で私に尋ねた。 「………私が預かっています。」 「そうか。珠博士の部屋は何号室だ?」 「部屋ではありません。…私、ほとんどの時間を制御室で過ごしています。そちらの方へお越しください。…お待ちしています。」 「…………。………わかった。」 もう一度薄く笑み、私は銀博士に背を向けた。 「それでは、小向佳乃行ってまいります。」 「…佐伯伊純、付き合わされて来ます…」 ビシッと敬礼を決める小向の横で、ヘロヘロと敬礼。 「二人とも気をつけて。」 「いってらっしゃーい。」 蓮池とスマイリー高村に送られ、あたし―――佐伯伊純―――と小向は施設の外に足を踏み出した。 今回の外出の目的は、小向の家族を保護すること。 一刻も早く急がなければならない作業なのだが、小向は他人の世話ばっかりして今まで遠慮していたようだ。そのことに、蓮池が気づいた…という事。 「パトカー無事だね。」 「あぁ…」 表に止めてあったパトカーは、危険だらけの外に置いてあったにも関わらずその姿をとどめていた。 小向が運転席、あたしが助手席に乗り込む。 「それじゃ、しゅっぱーつ!」 ぐぉぉぉん………ぎゅん! 「な、なななななな……(汗)」 荒々しすぎる出発の仕方に、あたしは寒気がした。 「あ、ごめんごめん。」 にへら、と笑んで謝る小向…、って… 「……うわ…、ちょ、いいから前見ろ!前ぇぇ!」 「わ。」 キキキキィィィキューン! 急ハンドルで、目の前に迫っていた建物をなんとか回避。 ……やばい…あたし、今日死ぬかも……。 ……運転もようやく落ち着いてきた。 と同時に、小向の緊張感がヒシヒシと伝わってくるようになった。 言葉数も減り、小向はまじめに運転しながら何か考え事をしているようにも見える。 「…………小向。」 「……ん?…なぁに?」 「なんか、心配事か?」 「え?」 「………そーゆー顔してる。」 「あ…、ご、ごめんね。……あたし、怖くて………」 「運転が?」 「ち、違うよ〜…。………今、あたしの家族を保護しに行ってるわけでしょ?…でも…」 ……そうか。 「……でも…、……もし…万が一……」 「…………あとどんくらいで着くんだ?」 「え?えっと、あと10分くらい。」 「…なら、その10分頑張れ。…そしたら、…全部わかるから。」 「……伊純ちゃん…」 「それから、運転も頑張れ。おまえが死んだら何にもなんない。」 「………伊純ちゃんって、優しいよね…」 「は…?な、何言って…」 「……本当だよ。…私、伊純ちゃんのことだーいすき。」 「…………」 ……こ、こいつ…なに言って… ……ぅぁ……。 ………心臓が、バクバク言ってやがる。 「……伊純ちゃんは、私のこと…好き?」 …………、……え…、…ええ?! な、なんつーか……小向…どうしちゃったんだ!? 「……伊純ちゃん…、……答えてよ…」 …あ…。 ……その時、小向の瞳に涙を見た。 なんで……。 瞳に溜まって零れ落ちそうになった涙を、小向は指先で掬った。 「…………嫌いじゃない…。」 「……好きでもない…?」 「………好きじゃなく…ない…」 「………ちゃんと言って…」 「…好きだ…。」 どうしてかわからないけど…、こう言わなきゃいけないような気がした。 あの涙が…あたしの胸を刺すように… ひどく、胸が痛む。 「……あたし…怖くて……。……伊純ちゃんは絶対……あたしから離れないって約束してね…?」 「わかった…約束する。」 おそらくこの助手席に乗っている人が誰であれ、同じ展開になっていたのだろう。 あの小向の涙を無為にできるやつなんていない。 こんなか弱くて儚い人、…初めてだ。 「…着いたよ。」 車のスピードがゆっくりと落ち、ある一軒家の前で停止した。 そんなに大きい家ではないが、貧乏してる家って感じでもない。 「………。」 小向は運転席から、家をじっと眺めていた。 「……小向。行くぞ。」 「………うん。」 ようやく小向は車を降りると、緊張した面持ちで玄関まで歩いていく。 小向より数歩後ろで、ついていく。 ……ふっと、何かが匂った気がした。 ………これは、……! 「小向!…待て、行くな!」 「え…?」 あたしは慌てて小向に追いつくと、その腕を取って無理矢理引き戻した。 ……その瞬間、かなり鼻をついた匂い。 …これだけ強烈じゃ、小向も気づいただろう。 ……間違いない…。人間の死臭…。 玄関の扉の向こうには…どんな惨状が広がってるのか……。 「……伊純ちゃん…止めないでよ…、あたしは……」 「佳乃お姉ちゃん…?」 突然、どこからか女性の声が聞こえた。 家の横側の方。 「……柚里…ちゃん…?」 「…やっぱり…。佳乃ちゃん、…生きて、たんだ…。」 「柚里ちゃんなの?…本当に?」 茂る木々をかき分け、奥から出てきた女性。 頭にバンダナを巻き、少しよれよれのTシャツに身を包んだ、若い女性。 あたしより少し上くらいか。 すごく色素が薄い。肌も白く、目も黒より茶色に近い色だ。そしてバンダナから零れた長い髪は、キレイなまでの白色だった。 「………あ、…私の、従姉妹なの。」 小向は、あたしにそう説明した。 「保科 柚里(ホシナユリ)…です。」 「佐伯、伊純。……えと、小向に世話んなってるっつーか…世話してるっつーか…」 あたしは簡単に挨拶を済ませる。 「…佳乃ちゃん、家に入った?」 「……ううん。」 「そう。残念だけど、叔母さんも、雪乃お姉ちゃんも……」 「…………そっ…か…。」 ………。 小向は、思ったよりも冷静に、その事実を受けとめたようだった。 現場を見ていないから、冷静でいられるのかもしれない。 「……柚里ちゃんは、どうしてここに?」 「私の母も、父も…亡くなったの。ここに来れば誰かいるかと思って…。…佳乃ちゃんを、待ってたの。」 「……柚里ちゃん、私たちの保護施設に行こう。この伊純ちゃんも、そこで一緒なの。」 「保護、施設?…警察の?」 「そう。今、二十数名が入っているわ。そこなら絶対に安全だから。」 「……うん、…わかった。」 保科は、どことなく嫌そうにも見えた。 「…じゃ、パトカーに乗って。」 「うん。」 あたしは後部座席に、保科は助手席、そして小向が運転席に乗り込む。 やがて、ゆっくりと車は発進した。 バックミラーに小向が写る。その目は、ミラー越しに、小向の自宅であった一軒家を見ていた。 まるで、過去にサヨナラを言うように…愛しい眼差しで。 ……小向……。 「佳乃ちゃん、車止めて。」 「え…?」 突然、保科がそう言った。 「早く。」 「う、うん。」 キッ、とブレーキの音を鳴らせ、車が道路の端に寄り、停止する。 「動かないでね」 そして保科はなにを思ったか、運転席の小向の方まで身を乗りだし、その座席を後ろに倒した。 「わわっ?」 倒された小向に、保科が覆い被さる。 ………な、何考えてんだ……? ………。 ………待て… 「シッ…」 あたしは唇に指を当て『静かに』と示す。 保科はわかりきっているような表情で、目をつむったまま小向をかばうように覆い被さっている。 ……ババババ…… 「!」 小向が、ようやく気づいた様子で目を見開いた。 …アメリカ軍の循環飛行機だ。 わずかでも人影が見えたなら、容赦なく攻撃を仕掛けてくることだろう。 保科は、迷彩柄の長ズボンを履いている。あれなら、上から見える部分のほとんどは保科の迷彩だから、見つかる確率が減る。 ……すごい。…こんなに素早く、あの循環飛行機に気づけるのも……。 バババ……、…………、………… …やがて、音が遠ざかっていった。 「………気をつけてね。」 保科は起き上がりながらそう言った。 「ありがとう…柚里ちゃん…。よく、あんなの気づいたね…」 「…昨日の深夜、朝、午前中。循環の時間は規則的なの。だからすぐわかる。」 「…ありがとう…。」 「いいえ。」 保科はそっけなく言うと、助手席にちゃんと座り直した。 「よいしょ…」 小向も座席を起こすと、 「それじゃ…行こう。慎重に…」 そう言ってエンジンをかけ、車を発進させた。 「Minaさーんっ」 ……何……? ベッドで少しまどろんでいた時、妙にハイテンションな声が入り口の方から聞こえ、私―――Mina=Demon‐barrow―――は顔を上げた。 「入ってもいいですか〜?(英語)」 「…Ok,…」 「おじゃましまーす」 扉が開く音がして、現れたのは見覚えのある日本人…。和…、そう、『大和撫子』だ。 「…あ…、……あぁっ…!?」 彼女は私に近寄ると、その布製の手錠を目にして驚いた様子で声を上げる。 「……?」 「……こんなのされてたんですね…、ひどい……」 日本語で呟きながら、私の手首をさする。 「………。」 「…………よぉし…」 するっ… 「……?」 「…外しちゃいます。」 「……ぇ…!?」 彼女は黙々と、布をしっかりと結った手錠を懸命に解き出した。 この女…バカなの…?? 両手を閉める感覚が和らいでいく。……そして…… 「解けました!やったぁ〜♪」 自分のことのように喜ぶ女。 ………私は今…自由だ。 今ここで女を殴れば、 …ここを逃げられる。 アメリカ軍に戻れる…! 「お掃除もちゃんとやってない…っていうか、やれないですよね。よし、私がやっちゃいます!」 辺りを見回す。 ベッドサイドのテーブルに、小さめの置き時計がある。小さいとは言え、木製で固い。これで殴れば、命までは行かずとも…… 「えーと、掃除道具〜…」 女は、私に背を向けてクローゼットをごそごそやっている。 時計はしっかり手にした。 そっと女の背後に忍び寄る。 「あれー…雑巾ないのかな〜……。」 気づいてない。 ゆっくりと、鈍器を持った右手を振り上げる。 そして…、 「Minaさん。」 「!」 「…それ、振り下ろさないでくださいね。」 「………。」 「…ここのバケツ、つるつるなんですよ。 ………全部、見えてました。」 「…………。」 女は立ち上がると、ゆっくりと私の方を振り向いた。 「………そんなに逃げたいなら、逃げればいいです。私は止めません。」 「………。」 「……ただ、一つだけ教えてあげます。…ここの施設は、…暖かいです。」 「…暖かい…?」 「………あれ…?」 ………あ、…… 「……今の日本語…、……」 「………。」 「………どうして?Minaさん、日本語の経験があるんですか?なんでそんなに上手なんですか?」 「………関係ない…でしょ…。」 「…………あなたは…日本が好きですか?」 「…………関係ないでしょう?!」 「ありますよ!」 「……なぜ?」 「…だって、私、今Minaさんと話してるから。あなたと干渉してるから。あなたのことが知りたいから!」 「…………私のことが知りたい?私は米国軍の兵士なのよ?あなたの愛する人達を殺した、米国軍よ…?!」 「そんなの関係ありません!」 「………なぜ言い切れるの?」 「わからないです。でも、生まれもっての悪人なんてこの世には存在しません!米国軍の中にも、平和を愛する人、嫌々罪を犯している人だっているんです!」 「だから、なぜそんなことが言い切れるのよ!?なにを根拠に……」 「……第、六感。」 「……シックス・センス?…バカバカしい。……あなた、世の中を甘く見ちゃいけないわよ。世の中には悪逆非道な人間もたくさんいるってこと、覚えておきなさい!」 「Minaさんは違います!!」 「だから何を根拠に!」 パシッ! ………不意討ちだった。 鋭い痛みが頬に押し寄せる。 彼女の平手打ちは、私の頬に切り傷を作った。 「……っ…」 「………もしあなたが非道な人間なら、…私を殺してください。あなたを傷つけた人間です。遠慮することはありませんよ。」 「……バカなことを…」 「バカじゃないです。私はあなたのことを信じています!」 「……信じる?私を…?こんな、どっちつかずの私を?」 「…どっちつかず…?」 「………日本人でもない、かといってアメリカ人でもない。こんな居場所のない私を、どうして信じることができるの?」 「……居場所ならあります。私があなたの居場所になります。」 「……私の居場所に?どうやって…?」 「………辛い時には抱きしめてあげます。笑います。………あなたを信じます。」 「…………」 「だから、ここにいてください。誰も傷つける必要なんてないんです。私は、一人でも多くの笑顔が見たい。」 「…………でも…私は米国軍…また、こうして捕えられたままなんじゃ…」 「……違います。あなたがここで拘束された理由。」 「え?…米国軍だから、……」 「違います。私たちに危険を及ぼす可能性のある人物だからです。」 「…危険性…。」 「そう。あなたのその心のナイフです。あなたが、日本人とかアメリカ人とか、そんなのの前に同じ人間だということを認めてさえくれれば、…あなたはここで、私たちと同じように生活できるんです。」 「………アナタの名前、忘れちゃった。教えてくれない?」 「………じゃあ、…Minaさんが私のファーストネームを呼んでくれた時が、あなたの解放の時です。」 「……解放の…」 「……楽しみにしてます。…それじゃ。」 ……彼女はやわらかく微笑し、部屋を出ていった。 鍵をかけることはしなかった。 …でも、私はまだ出られない。 彼女のファーストネームを呼ぶまでは…。 「へぇ、佳乃の従姉妹なの。言われてみると、雰囲気は似てる感じするねぇ…」 あたし―――乾千景―――は、佳乃の連れてきた柚里ちゃんの調書を取りながら言う。 「うん…、柚里ちゃん。…かわいいよね。」 佳乃は静かに、柚里ちゃんに笑みかけた。 三人で帰って来てから、佳乃はどこかぼんやりしている。いつもに増して。 …お母さんもお父さんお姉さんも…………亡くなっちゃったのか…。 ショックだろうな。 いつも通りに振舞ってるけど…やっぱり元気ないよ、佳乃。 そういえば、伊純もなんとなく変だ。 佳乃とは違う感じにボーッとしている。 伊純のフォローがないと、けっこうつらいぞ……。 「はぁ……疲れちゃったね…、なんか…」 佳乃が小さく零した。 …心労ってのが、ずいぶんあるんだろうな。 「お風呂でも入ってきたら?暖まるしさ」 あたしがそう勧めると、佳乃は弱く笑んで、 「そうだね〜、お風呂かぁ…いいね。……柚里ちゃんと伊純ちゃん、どう?」 「……あ、…うん。」 伊純がうなずく。 「私は、パス…。シャワーあるんでしょ?」 「そっか…じゃ伊純ちゃん、行こっか」 「うぇ、……あ、あぁ…わかった…」 伊純、やっぱり変だ。 ……頼むよ〜! …あたしも調書まとめた後、行ってみっか……。佳乃のこと、心配だしなぁ〜…。 『保科 柚里(ホシナユリ) 年齢・21歳 職業・無職 家族・なし(最近他界) 経緯・小向佳乃の紹介。 備考・施設準責任者・小向佳乃の従姉妹 あたし―――乾千景―――って…こんなに心配症だったっけ…? 自分でも妙な違和感を感じながらも、足を踏み入れる浴場。 脱衣場には、佳乃と伊純の服が置いてある。 ………あの調子だと、二人とも違う方向むいてボォーっとしてたりすんのかなぁ…。 様子を見ようと思って、浴場の扉に手をかけた。 しかし、それを開くという行為は躊躇われた。 中から聞こえた、その音……。 「小向?」 「…え?あ、うん?なぁに〜?」 ……いけないいけない…ボーっとしてた。 伊純ちゃんと並んで髪を洗いながら、思い出すのは今日のことばっかり。 ………はぁ…こんなんじゃダメだよね…。 「……小向…ってさ…、…我慢ばっかりするだろ?」 「え…?…う、うん…そうかも…」 「……、でも、わかるよ……。」 「わかる?」 「……顔に出やすいだろ?」 「…う、……そうかも…。」 「……心配するよ。」 「………」 …心配…してくれるんだ…。 ……嬉しい、な……。 「ねぇ、伊純ちゃん?………行く時、車の中で、…私、すごく変なこと言っちゃったよね…。…こ、困ったでしょう…?」 「あ、あぁ……。…まぁ、びっくりした。」 「…でも、伊純ちゃん…すごく優しくて……私、嬉しかったよ…。」 「…………。」 ……伊純ちゃんの顔はよく見えないけど…、なんだか、ほんのり赤くなってるみたいに見えた。って…お風呂だから当たり前かな…。 「……伊純ちゃん!背中流していい?」 「うぇ…?!」 「だめ?」 「……や、だめじゃないけど…」 「…じゃまず髪の泡泡流すね♪」 私はお風呂椅子と共に伊純ちゃんの背後に行くと、シャワーをもってコルクを捻った。 「……うわ、うわああ!つ、冷たいって!水だってば!バカ!」 「わあああ、ごめんごめんごめん〜〜!!」 きゃー!慌ててお湯にして、一息つく。 「ご、ごめんねぇ伊純ちゃん……」 「……もう慣れた…。」 シャワーっと伊純ちゃんの髪をゆすぐ。 「伊純ちゃんの髪って、さらさらしてて気持ちいい〜……」 「小向の髪もかなりサラサラじゃねーの?」 「うー、そうかもしれないけど自分のサラサラじゃつまんないんだよー。」 「…そんなもんなのか…」 「ね、私の髪ってそんなにサラサラ?」 私は伊純ちゃんの肩に顔を乗せ、伊純ちゃんの耳からほっぺた辺りでスリスリした。 「……あ、…。……うん……すごい、サラサラ……。」 私の頬に触れる伊純ちゃんの耳が、熱い…。 「……そ、それじゃ、背中洗うね〜」 ……うー。我ながらなんだか恥ずかしくなっちゃった。…今、また変なことしちゃったかなぁ……。 ボディーソープを手の平に取って、伊純ちゃんの背中にぺたぺたと塗る。 「……気持ち良い?」 「………ああ…、…気持ち良いよ…。」 もっともっと手の平のボディーソープを出して、今度は伊純ちゃんの前を洗おうとした。それで手を回して… 「わ、バカ、滑るって…!」 「きゃっ!?」 ボディーソープで滑って、私と伊純ちゃんはもつれ合うように床に折り重なった。 「あ…、…こ、小向…っ……」 私の下になった伊純ちゃんは、かぁぁっと赤くなって顔を逸らす。 可愛い……。 二人の乳房が密着してる。 伊純ちゃんの胸は、私と同じくらいの大きさで、たぶんCカップくらい。私よりも張りがあって、さきっぽは熟れた果実みたいに赤かった。 「……伊純ちゃん…、……好き、だよ…」 「……!」 私は少しだけ強引に、伊純ちゃんの唇を奪った。 「っは…、あ……!」 そっと胸を揺らし、互いの乳房を高め合う。 「んぅ…、っ……ぁ、ぅ……」 くちづけは、だんだん深いディープキスになっていく。 全部、私が一方的にしてるだけかもしれない。でも伊純ちゃん、抵抗しないんだもん。 私の手は次第に、伊純ちゃんの秘所へと伸びていた。 |