「小向佳乃、只今帰りましたっ」 部屋に入って早々、ビシッと敬礼。 …っつっても、広々した部屋にいるのは一人の婦警だけだった。 「小向さん、ご苦労様。その後ろの子は?」 バリバリキャリアウーマンみたいな婦警が、あたし―――佐伯伊純―――を見て言った。 「この子は、付き添いです…。ついでに指紋もとっちゃおうかな〜なんて♪」 「取るな。そんな話してないぞ…」 「いいじゃないっ、ついでよ、ついで!」 「断る。」 「小向さん、聞きたいことは山ほどあるのよ。ほら、座って。調書も取ったんでしょ?」 「あ、はいっっ!」 小向は慌てて、婦警の促すままにソファに腰掛ける。 「………あたしは?」 暇っぽいので聞いてみた。 「そのへんで待っててくれる?」 答えたのは婦警の方。 すぐに問答無用のミニ会議が始まった。 ………暇。 勝手に誰かのデスクに落ち着き、ぼんやりしていた。 何気なく二人の様子を見遣る。 小向は相変わらずだし、まぁ飽きることはないけど、じっと観察しようってまでもない…。 もう一人の婦警はなんだろ。 小向よりはだいぶ年齢上か?三十代前半?っつーか、この警察署には他に警察はいないのか? 少し切れ長の目で、時々小向を鋭く見る。 あんな目で見られたら…ヤだろうな…。 …しかし、仕事はちゃんとしてるらしい。 あたしがボケーっとしていることに飽きないうちに、ミニ会議は終わった。 「それじゃあ、すぐ荷物まとめるから。」 「はい、待ってますね。」 小向スマイル。 ……待ってるって? …よく理解しないうちに、婦警はでっかい荷物をもってやってきた。 何?何? 「佐伯さんって言うのよね?今日から私もあの施設に世話になるわ。」 「……え?」 「実はね、この警察署、もう人がいないの。皆、別の署に収集されたり特別任務にあたってたりで…。一人でこんなところにいても不用心でしょ?だから私もあなたたちと一緒に、安全な場所から指揮を取ろうと思ってね。」 まじかよ……。 「名前は蓮池 式部(ハスイケシキブ)。どうぞよろしくね。」 ……………。 何が悲しくて、警察3人と共同生活せにゃいかんのだ…?しかもこの人、偉い人っぽいし……。 ええい、くっそう。 「…さて、それじゃあ行きましょうか。」 「はい、私たちの家に♪」 家って……。……小向のテンションはついていけない……いや、いきたくない…。 「その前に寄らなきゃいけないところがあるの。いい?」 「寄るところですか?」 「そ。3人の女性の、身元引き受けを依頼されててね。」 「まだ増えんの……?」 「何言ってるの。いっぱいの人数になるまで引き受けなきゃ勿体無いでしょう。」 「そんなもんか…。……近々アタシいなくなっても、気にすんなよ…」 「そうはいかないわよ♪指紋取ったも〜ん♪」 「なにぃっっ!?」 小向……意外にやるな……! …なんか感化されてる自分が悲しい。 「んっぐ……!」 …ふは……やっぱすごいなぁっ……地球の…テクノロジーって……! 「はぐ…、んっ……んぅ……」 和葉ちゃんが懸命に奉仕する。 懸命に、私―――伴都―――の其れを口に含み、舌を絡ませる。 …誤解のないように。勿論、私は女である。 この広い世の中には、装着するだけで擬似的に男性になれるというすごい代物があるのだ。 ただ差し込むだけではなく、細胞との同期化を行ない、本当に自分の身体の一部のようになってしまうのである。 私も存在は知っていたが、実物を見るのも、もちろん使うのも始めてだ。 「私のモノ、しゃぶって…どんな感じ?」 さっきの女王様の椅子に、今は私が座る。 和葉ちゃんは、さきっぽをアイスクリームのように舐めながら、私を見上げた。 妖艶な娼婦のような、濡れた瞳で。 「おいしいですぅ……、都さん、すごくすてき……」 「和葉は、感じてるのかしら?」 「…ハイ…、都さんのおしゃぶりしてるだけで…もう、びしょびしょに……」 「ふふ、可愛いわね…。シて欲しい?」 「…ハイ…欲しいですぅ……」 「私をもっともっと気持ち良くしたら、和葉にもしてあげる。」 「わかりました……頑張りまふ……」 言いながら、和葉は其れの頭を舌でくすぐり、根元を胸で挟み込んだ。 わぁ……やわらかい……。 「胸、大きいのね。何カップあるの?」 「Dです…。前はBに違いCだったんですけど…、ふじゅ……、…いっぱい揉まれて…吸われて……機械も使って…おっきくなりました…」 「ふぅん……これも淫乱の証なのね?」 「…ゃは……」 和葉ちゃんは顔を赤くしながら、胸と口をつかった愛撫を続ける。 私は次第にイきそうになる……。 これ、イくとどうなるんだろ? 「和葉、いいわ。してあげる」 「は、はいっ!」 和葉は喜びにみちた表情で私を見上げる。 「おしり、こっちに向けてごらん?四つん這いになって…」 「はいっ…」 やっぱり定番ポーズなのだろうか。和葉は当然のように、そのポーズをとってみせた。 女の子のトップシークレットとも言える箇所が、今は無防備に私の前に開け広げられている。 「…こっちは?」 「ひゃっ…!」 後ろの穴に、人差指をそっと挿入してみる。 あまり締め付ける感はなく、人差指はするすると奥へ入ってしまった。 「あぁん……」 「どっちの穴に欲しい?」 「や…っ……、そんな、の…」 「…後ろの方が楽しそうね?」 「やだぁ…」 「いやって言われると、余計にしたくなるもんなのよねぇ……」 そっと其れの先っちょを、和葉ちゃんの後ろの穴に押し当てた。 「ふあ……だめぇぇ……」 「いくわよ」 ぐいっ… 強く押し込む。 「ひうっ…」 さすがに抵抗が激しい。 「こっちの経験はどのくらい?」 息を乱しながら問う。 「んは…ぁ…っ……、このおっきさはぁ…だめですぅ……」 きゅうきゅうと締め付けてくる肉壁を、更に中へと押し進む。 「ふやぁぁっっ!」 「可愛い…、和葉っ……。」 ぐいっと和葉のおしりを掴み、突き上げた。 「んぁっ…やぁあっ……きゃっぅ……」 「はぁっ…あ、ん……すごくイイ…」 「やあ……イ…ちゃうぅっ……」 「私、も……。っあ…!」 身体中に快楽がかけ巡る。 脳がスパークする。 きゅ、と和葉が私を締め付ける。 ああ…イイ…。 ふっと意識が遠のいた。 ドクンッ、と私の一部になったソレから、液体が溢れる。ぅあ……変なの……。 「んぁ…あ……都…さん……」 ガクッと肘をつき、繋がったままでへたり込む和葉。 私はそっと其れを抜きだした。 ……ありゃ。まだ元気なんだ。 ぐちゅぐちゅに濡れる和葉のあそこ。 なんか寂しそうに見えて…… 「ひゃぁ!?」 今度はそっちに、思いっきり突き刺していた。 「あぁあ……だめぇえ…!すごく、感じちゃうぅ…」 「…はぁっ…和葉ぁっ…」 先ほどとは違い、しっかりと濡れた中で行き来するソレ。 こっちはこっちで気持ちイイかも…。 でも、もっといっぱい締め付けて欲しい… 「あっふ…そこぉ…」 前にそっと手を忍ばせ、ぷっくりと大きくなった小さな突起をいじる。 「あぁ、いい……締め付けてくる…」 くにくにとそれを弄ると、ひくひくと和葉の中が震える。 「和葉ちゃん…、私たち、繋がってるのね……不思議…」 「あん……都さぁん…はぁっ…すごく、気持ちイイ……」 和葉の身体を寄せ、繋がったままで向かい合う体勢になった。 和葉の濡れた瞳。だらしなく開いた唇からはよだれを垂らし、筋が出来ていた。 その筋を舌先で舐め、そのまま唇をじらすように舐める。 つやつやと光る唇は、更に何かを求めるように動いた。 はむ、と唇をゆるく噛み、また舌で舐める。 ひたすらそれを続けた。 「あぅ…、都さん、じらさないで……」 下ではぐちゅぐちゅと繋がり、妄りな音を立てているのに、それでも足りないという表情で、和葉は求めた。 「何が欲しいの…?」 そう問うと、和葉は潤んだ瞳を細め、 「都さんと…チュウ、したいの……」 囁き、私の背に回した手に力を込める。 「……可愛いわ…和葉…」 そのあごを引いて、強く唇を重ねた。 「んっ…は…」 すぐさま和葉から舌を忍ばせてくる。すぐにそれ同士は絡み、下の部分にも負けぬほどしっかりと繋がって、淫らな音を立てた。 和葉と私の唾液が混ざる。それを私たちは求め合い、飲み下した。 「あぁ……、都さん…」 和葉が、感嘆の声を漏らした。 ずんっ。 不意をついて、下から強く突き上げる。 「あぁぁっ!」 和葉は高い嬌声を上げた。 私たちは深く互いを高め合い、間もなくして同時に果てたのだった………。 「ホールドアッ……」 「てんちゅうっ!」 きゅんっ! 素早く撃ったレーザーが、米国兵士の二の腕を焼く。 「うりゃぁぁ」 きゅんきゅんきゅんっ。 なるべく死んだりしないように気をつかい、撃つ撃つ撃つ! 兵士はその場に崩れ落ちた。 「冴月、大丈夫?」 「うん。平気。」 「…殺せばいいのに。」 気を失っている兵士を一瞥し、遼はそう呟いた。 あたし―――蓬莱冴月―――はこっそりと肩を竦める。 遼って時々怖いよね。 「さっさと戻った方がいいんじゃないの?千景とか佳乃ちゃんに叱られちゃうよ。」 あたしがそう言うと、遼はチッチッチッ!と指を左右に振り、 「まだまだ。このまま帰ったんじゃ、何のためにこっそり出てきたかわかんないじゃん」 「そりゃそうだけど……」 ぼやきながら、辺りを見回す。 荒れた街。 今日は珍しくいい天気だ。剥き出しのコンクリートが陽に照らされてる。 いつもうっすらと漂っているガスも、今日はどこか薄く見える。…人がいないからか? 閑散とした街角、廃ビルの陰に身を潜める。 敵はいないと思う…。 一応防弾服に身を包んではいるが、不安なものは不安である。 「遼ってさ〜、なんか無防備だよね。」 「え?そう?」 「サクッと死んでも知らないよ?」 「ははは…。埋葬にはつきあってよ。」 「…埋葬って…。」 ザッ。 突然聞こえた地を踏む音に、緊張が張りつめた。 素早く腰のレーザー銃に手を伸ばす… 「動くな。」 女の声。 しまった…見張られてた。 ひとまず、その声が米国軍兵士の野太いものではないことを神に感謝! 身を堅くした遼が、怪訝そうに声の方向を見つめる。 あたしもゆっくりと、その方向へ目線を向けた。 「……ガキかよ。チッ、つまんねぇ」 二十代前半くらいの女。 きれいな銀髪に、カラコンかなにか知らないが、黄色っぽく明るい瞳。 耳にはいくつものピアス。 鋭い感じがする。美女ではあるけど… 「あのさぁ、お前ら金持ってる?」 品位のない感じで、あたしたちにそう問いかける。拳銃を向けることも忘れない。 「もってないよ。」 遼はすぐにそう答えた。 「ん?そのわりにはキレイな身なりしてんじゃん。パトロンでもいんのか?」 「いないけど…」 「いや、いる。」 遼の言葉を否定する。遼は「?」とあたしを見遣る。 「ケーサツが、あたしたちのパトロン。」 「警察?どういう意味だ?」 「保護されてるの。おいしいご飯が食べれて、ふかふかベッドで寝れる場所でね。」 「冴月…」 そんなこと言っていいの…?って顔で、遼があたしを見てる。…ま、いいんじゃない? 「ふぅん。あんたら、金持ちの家の娘ってことか?」 「ぶっぶー。あたしなんて孤児だよ。そこの施設、日本人なら誰でも保護するみたいだけど?」 そう言うと、女はわずかに顔色を変えた。 「だれでも…?」 「…お姉さんもいいんじゃない?大変なんでしょ?こんな街で生き抜くのってさ。」 「…上手い飯にベッドなら、かなりの条件だな。……タダなのか?」 「全然大丈夫。日本人だったらOKだって。警察いわく、緊急避難施設だし。一緒に行こうよ。」 「………よし。ついてってやる。でも、もしウソっぱちだったら殺すからな。」 「ダイジョーブ。」 にへら。私はわざと子供っぽく笑ってみせた。 「あたしは蓬莱冴月。どうぞ宜しく。」 「あたしは…、三宅遼。…アナタは?」 「アタシは…萩原 憐(ハギワラレン)だ。」 憐さんは不敵な笑みを浮かべ、銃を下ろした。 帰りの道中に遼から、「なんであんな女拾うの〜?」って言われた。 確かに、社会的ルールとか無視してそうだし、平気であたしたちに銃向けたりして危ない感じもする。 でも、………でも、なんだかよくわからないけど、あの人のことが気になった。 美人だからってのもあるんだけど…… 『大人』って感じがした。 ………不思議な魅力に、魅かれた。 カタカタッ… キーボードを弾く指は、止まることを知らない。 私―――珠十六夜―――は、施設外の監視システムの設定をしながら、時々息をつく。 これだけ膨大は管理システムだと、当時の設定から現在の設定に適応させるだけでも大変なものがある。まぁ、それが完了すれば少しは落ち着けるのだけれど。 ポケットから煙草とジッポを取り出すと、緩くくわえて火をつける。ゆっくりと吸い込み、ゆっくりと吐く。 それを何度か繰り返し、気分転換。 天井を見やると、換気システムが煙に反応し、自動的に作動していた。 本当に…すごい施設。音も立てずに煙を吸い込んでいく装置を眺めながら、そんなことを思った。 ここに来て一週間。驚きの連続だった。 20年前―――血の大晦日。 あの悲惨な出来事が起こる前までは、世界中が、こんな文明に満たされていた。 あの頃、私は8歳か9歳。崩壊する前の世界の姿は、かすかにしか覚えていない。 けれど、この施設に存在する文明が、当時の文明を反映しているものならば… ………地球の衰えるスピードは、早過ぎる。 この場所は、今はない昔の物が多く残されている。 信じられないほど、素晴らしい物が。 私は、ここで時を過ごそうと、決意した。たとえ出て行けと言われても、出て行くわけにはいかない。 この機械達を、無碍にはできないから。 …そう、素晴らしい、けれど。…せめて、あの研究の続きができれば……。 ポーン この制御室への来客を告げる音が響いた。 煙草をくわえたまま、中央の機械を操作する。小型の液晶ウィンドウに写し出された顔は、見慣れた幼い顔…。 「千咲じゃない。どうしたの?」 「いざよい…、えと…今、ひま?」 「んー、休憩中よ。入る?」 「うんっ」 千咲は無邪気な笑みを見せる。 私は扉のロックを解除した。 フゥゥン 自動扉が開き、千咲が飛び込んできた。 「いざよいっ♪」 機械の間を擦り抜け、私に抱きついてくる。 「こら、千咲…危ないじゃない」 苦笑し、煙草を灰皿でもみ消す。 「いざよい、忙しそうだったから……ちさ……、…えと……」 …寂しかったのかしら? 子どもねぇ…。 「千咲、今までみたいにいっつもは一緒にいられないわ。わかってね?」 「…うん…。」 寂しげに頷く千咲。 ………。 …はぁ。やはり悔やまれる…。 あと数日でも研究を続けられてたら、千咲は……。 「……?…いざよい、どしたの?」 「うん…?…いいえ…なんでもないわ。」 私は千咲の頭を撫で、監視システムの機械の前に腰を据えた。 「いざよい、きょうもけんきゅう…?」 「これは研究じゃなくて、……」 …? 施設周辺の生体反応レーダー図を見て、私は眉をしかめた。 この施設の近く…違う、真上…。 生体反応が二つ。 ………。 施設の2階なのだろうか? 残念なことに、その姿を捉えることはできない。 二つの生体反応は、奥まった部屋の真ん中で動こうとしない。 ………。 見に行くべきか? 私は席を立つと、施設内の通信用TV電話に向かった。 ピ、ピ、ピッ。 内線番号を押すと、少しの間呼び出し音が鳴り、『呼び出しに成功しました』の表示ののち、千景サンの顔が写し出される。 『何ぃ……?』 けだるそうな表情で応対に出る千景サン。 「緊急事態発生。施設二階部に生体反応あり。その数二体。指示を乞います。」 そう言うと、たちまちに警察の顔になる。 『生体反応?人間が二人いるってこと?動きは?』 「今のところ、何の動きもないわ。」 『ふむ…』 彼女は眉をしかめてしばし考えたのち、 『わかった。私と…あともう一人誰か。二名で様子を探りに行く。』 「こっちでしばらく様子を見たほうがいいんじゃない?動くかもしれない」 『いや、米国軍が連絡でも取り合ってると厄介だから。速効で行く。』 「わかったわ。行くのは千景サンと、もう一人は誰にする?因に、佳乃サンと伊純サン。和葉サンと都サン。………あと、冴月・遼の2令嬢もおでかけみたいだけど。」 『は?!冴月と遼、いないの!?…ったく、あの二人…。帰ってきたら叱んなきゃ。』 「保護者ね。で、どうするの?」 『残ってるので戦闘慣れしてるのは…、命か。じゃ、命ってことで。』 「Ok。ゲートのロックはここから外しておくわね。入る時は自分で開けてね。 Good Luck」 『ほい、いってきます。』 プツッ。 通信が切れる。 ロック解除のために立ち上がると、すぐ背後にいた千咲と目が合った。どこか不安げなその瞳…。 「…千咲、私そろそろやることがあるから、戻りなさい。」 「…うぐぅ…」 「どうしたの?」 「……なんでもない…。じゃね、いざよい…、バイバイ」 「またあとでね。」 …千咲が出ていくのを見送って、制御室のロックをかける。それから正面ゲートのロックを解除した。 間もなくして、二名の通過が確認され、再びロック。 第一ゲートの外側を写し出す監視カメラの中に、千景サンと命サンの姿が写る。 施設二階部の生体反応は、いまだに動きを見せなかった。 「今度は撃たれないでよ?」 と千景に釘をさされる。ムカー。 「わかってるよ、こないだのは不意をつかれただけだってば…。」 あたし―――真田命―――は言い返す。 「いや、その油断が命取り!」 「ムダに犬死になんかしないから安心しなさい。」 「ならいいけど。…さて、そろそろおしゃべりを慎もうか。」 「Ok」 階段をゆっくり上りながら、感覚を磨ぎ澄ます。 一番奥の部屋って言ってたね…。 千景が先頭。あたしはそれについていく。 一つ前の部屋のドア前辺りで、奥の部屋の声…?のようなものが聞こえてきた。 ……なんだ…? ドアの前に二人で立つ。 千景もいぶかしげに、中の声音に耳をすませていた。 ……お経? なにか呪文のような言葉……。 凛とした女性の声。 千景が、「行くよ」と目で合図。 あたしは頷き、鎌を握る。 千景はゆっくりとドアのノブを握り… バンッ!! 「ホールドアッ……」 ……声が途中で途切れる。 女性の声も途切れた。 流れる沈黙。 そして次の瞬間、 「何やってんの?」 「無礼者!」 二つの声が混ざった。 あんまり緊迫した感じはせず、千景の肩越しに室内を覗いた。 中には二人の女性。 一人は怒った様子で立ち上がっているが、おそらく彼女がさっきのお経というか呪文というかを唱えていたのであろう。その服装はまるで巫女というか祈祷師というかのそれであった。鋭い目つき。いくつくらいだろう?二十代そこそこ? そしてもう一人は、床にちょこんっと正座している可愛い女性。黒髪のショートカットに、なぜか大きなまん丸のサングラス。その奥で揺れる瞳は大きくてくりくりで可愛い。 唇にひかれた薄いピンクのルージュが、かわいらしさを演出している感じ。結構年齢不詳気味。千景に銃をつきつけられているせいか、かなり不安げである。 どうやらこの二人、部屋の真ん中で向かい合って座っていたと見られる。その二人が囲んでいたと思われる、小さな香壺。中から揺れる煙が、香しい匂いを放っている。 「無礼者、って…………あ、あの、何やってんの?」 千景はかなり汗汗しながら尋ねた。 「見てわからぬか?彼女に憑いた悪霊を祓っている最中だった。それなのに邪魔をしおって…。せっかく成仏しそうだったのに、お前のせいで身体の奥底に潜んでしまったぞ。」 「え、えぇえ!?そんなぁぁ……」 ショートカットの女性は、切実に残念そうな表情で言った。 「んなこと言われても…。不審人物には声かけるしかないじゃない。」 「不審人物?それは我々のことを言っておるのか?」 「もちろん。」 「…つくづく無礼な奴だな。ここは廃ビルであろう?」 「…あぁ……うーん…。……あんたら、保護者は?家族は?」 千景は銃を下げ、懐から警察手帳を取り出した。 「…お前、警察の人間であったか。ならば話すが家族はいない。」 「私も…一人ですけど…」 「…なら、あんたら二人、保護するわ。」 …なるほど、保護するのね…。 「保護だと? ………。」 巫女?霊媒師?祈祷師?の女は、沈黙して押し黙った。 「…私は、この悪霊を消していただければ、どんな境遇でも頑張ります…」 「ふむ…。私にとっての最重要な事柄は、目の前で霊に困っている者を助けることだ。とりあえずは、彼女と共に集中できる場所ならばどこでも良い。」 「なら決定。ついてきて。」 「わかった。」 「はい…」 千景はサクサクと歩き出した。 っていうか私、出る幕なし、みたいな…。 「…おい、そこの女。」 「ハイ?、あたし?」 祈祷師?に呼び止めらる。 「……お前…。」 「…ん?」 「………かなりの数の殺生に関わったな?」 「へ…?……ん、まぁ。」 「……。」 「…な、なに…?…………あたしの顔になんかついてる?」 あまりに凝視してくるので、あたしはそう言った。 「…顔ではなく、後ろに憑いておる。」 「!!」 …汗汗汗汗…。 「そ、それって遠回しに、悪霊にいっぱい憑かれてるって感じ…?」 「そうは言っておらん。」 「ほっ…」 「悪霊ではなく怨霊だ。」 「!!!」 ああああああ……(汗汗汗汗汗汗) 「心配は無用。悪霊は憑いた人間を不幸にするが、怨霊は霊として恨みがましそうに憑いた人間を見つめ続けるだからな。」 「タチ悪いぃぃぃぃぃぃぃ!!」 あたしってばどうなるの? こうしてる今も怨霊の視線がチクチク… うひー。 「…………。」 「…………。」 私―――小向佳乃―――と、伊純ちゃんは、その様子に何とも言えず言葉を失った。 蓮池先輩に、パトカーで移動する途中に引き取る人たちのことは漠然と聞いた。 なんでも、精神的な障害のある人らしい。 ただ知遅れなどのものではなく、PTSD患者などの系統の病気…だとか。 系統って言われても…と困惑していた。 そしてその三人の前にして… 「ごくろうさま。この三人ね?」 警察の支所。蓮池先輩の言葉に、顔見知りの男性刑事が頭をさげる。 「これが三名の資料です。宜しくお願いします。」 「わかったわ。…皆さん、初めまして。警察の蓮池と言います。これから皆さんとともに生活することになるわ。」 蓮池先輩が三人の挨拶。 そして先輩につつかれ、慌てて、 「あ、えと、小向佳乃と言います。私も警察所属ですけど、頼りないからあんまり頼らないでくださ」 そこまで言って、後頭部を伊純ちゃんにはたかれた。 「ケーサツのくせに何言ってんだよ…。」 そう言って肩をすくめてから、三人を見やり、 「佐伯伊純。…よろしく。」 と挨拶。 三人は思い思いの反応…。うーん…。 「それじゃあ、あとは頼むわね。くれぐれも気をつけて。」 「はい!蓮池部長も頑張ってください。小向さんも…気をつけて。」 「は、はいっ」 私たちは男性刑事に頭を下げ、三人を連れて支所をあとにした。 「……パトカー、狭いですよ。」 私が言うと、蓮池先輩は苦笑して 「しょうがないわ…特別に人数制限オーバーを許します。三人は後ろ。小向さんは助手席。………伊純サンは…」 「…どこに座ればいいんだよ…。」 「そ、そうね。小向さんの上に…」 『えぇ!?』 ……そして結局。 「お、重いよ…。」 「うるさい。あんまりひっつくな。」 「そ、そんなこと言ったって〜!」 本当に、伊純ちゃんは私の上に座ることになったのだ…。く、苦しい…。 でも暖かいかも……。 ぎゅー。 「な、何やってんだよ!」 「え?いやぁ、暖かいなーっと…」 「離せバカ!」 「こらこら、車で暴れないの。」 「あぅ、すみません…」 「……チッ…」 蓮池先輩に怒られてしょんぼりしてると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえてきた。 「警察って堅い方ばっかりかと思ってたけど……おもしろい人もいるんですね。」 サイドミラーから、後ろの座席を見る。 可笑しそうに笑みながらそう言ったのは、黒髪セミロングで泣きボクロがチャームポイントなしっかりした感じの女性だった。 「この小向は特別よ。」 「そんなぁ…蓮池先輩、ひどいです…」 「それより、あなたたちのことを教えてほしいわ。お名前から聞いてもいいかしら?」 「あ、はい。私は逢坂 七緒(オオサカナオ)と言います。」 泣きぼくろの逢坂さんか…。……彼女も、保護が必要な状態なのかな?すごくしっかりしてるように見えるんだけど……。 「おいくつですか?」 「…じゅう、はちです。」 『18!?』 私たち三人は、見事に声がそろった。 じゅ、じゅうはちには見えない……。 「ってことは、伊純ちゃんと一つしか違わないんだ…?…うわー…」 「悪かったな、ガキっぽくて…」 「い、いや、そうじゃないの。伊純ちゃんも大人っぽいと思うよ。でも七緒さんはもっともっと……」 「…な、中身は子どもですから…。」 七緒さんは苦笑して言った。 「それじゃあ、…お隣の方、名前を聞いてもいい?」 「あ…、私、ですか?…はい。」 七緒さんの隣に座っている女性は、どことなくぽんやりした表情。景色を眺めていたらしい。 キレイな人ではあるけど、服装とか、なんとなく気が抜けた感じがする。 「三森です。三森 優花(ミモリユウカ)。宜しくお願いします。」 彼女は小さく頭をさげる。 「宜しくお願いしますね〜」 「三森さんはおいくつ?」 「24です。」 「じゃあ、私の一つお姉さんです!」 「そうなんですか…」 彼女も、そんなに悪い感じはしなかった。 少しぼんやりしてるけど…。 でも次の言葉で、…私は理解した。 「…あの、今は三森ですけど…少ししたら苗字変わっちゃうんですよ。」 彼女はすごく幸せそうな表情で言った。その笑顔に、素直に反応できなかった。 私は察してしまった。 ………幸せという、誤解? 虚偽という幸せ? ………。 「もしかして結婚なさるの?」 「はい、そうなんです。」 「へぇ…お幸せに。」 「はいっ!ありがとうございます!」 「どんなお相手?」 「えぇと…すごーっく優しくてステキな人です。私のこと、心から愛してくれて…なんて。えへへ。」 「ふふ…そう…」 私は蓮池先輩と三森さんの会話を、ぼんやりと聞くしかなかった。 「…それじゃあ、もう一人の方にもお名前をお聞きしようかしら?」 「…………。」 最後の一人は、返事がなかった。 サイドミラーで後ろを見る。 ストレートの黒髪は、ばらしたまま手をつけていない感じ。メイクも落ち、…はっきり言ってひどい顔。幼い印象を受ける。猫っぽい可愛い目は、焦点が合わずにぼんやりとしている。 「…小向さん、これ。」 蓮池先輩に、先ほど男性刑事にもらった資料を渡される。 「はい。」 私はその中から、三番目の女性の顔写真が張り付けてある一枚の書類を取り出した。 …そして、目に入った一文。息を飲んだ。 『元・教員。生徒の集団レイプによる精神障害』 ………。 「お名前はなんて言うの?」 蓮池先輩の促しの言葉に、我に帰る。 「く、楠森さんっておっしゃるんですね。楠森 深香(クスモリミカ)さんっ…。」 「そう…宜しくお願いね。」 反応のない女性に、蓮池先輩はそう話しかけていた。 「年齢は、26歳…なんですね。」 「そう、26なの…」 蓮池先輩は、微笑してそう言った。 ………。 反応がなくっても、きっと彼女は心の中で答えてる。そう、言ってるような気がした。 ………。 なんだかすごく切なくて、伊純ちゃんを抱きしめた。 「………。」 伊純ちゃんも同じ心境なのか… 押し黙ったまま、体重を私に預けてきた。 重いよぉ……。 「名前、年齢、家族!後、ここに来た経緯!」 千景ちゃんの事情徴収。 ちょっと久々だぁ。 私―――高村杏子―――は、物珍しさもありで、新しくやってきたという2名の事情徴収の書記をやっていた。今は佳乃ちゃんがいないから。 千景ちゃんにビシビシ言われて、かなりひるんでいる様子の女の子。 「あぅ…ええと、名前は妙花 愛惟(タエハナアイ)と言います…。妙に花でタエハナ。アイは、愛情の愛に惟は…ええと、リッシンベンに推測の推の右側です!あぅうわかりにくいですねぇ…えと、年齢は21歳で、職業は…ええと、食品関係のことやってたんですけど、諸事情でクビになっちゃって…」 「あらお気の毒…。こんなに可愛いのに。」 私がそう言うと、愛惟ちゃんは赤くなって 「あ、いえ、その、クビと顔は関係ないですし…い、いや、その私が可愛いってわけでもなくっっっ……」 かーわいー。 「あ、えとえと、それで、家族は先ほど話したようにいません…一人です。実はその…私、悪霊が憑いてるらしくて…それで、彼女と出会ったんです…」 と、巫女装束?な女性を見遣って言う。 「悪霊を祓ってくれるから…って…それで、静かで集中できる場所を…ということで来たんですが、その下にこんな場所があるなんて思わなくて……」 「まぁ、そうだろうねぇ…。…OK、だいたいわかった。」 妙花 愛惟(タエハナアイ) 年齢・21歳 職業・今は無職(前は食品関係) 家族・なし 経緯・悪霊祓いの為に 備考・サングラスが可愛い。 「じゃあ、次はそこの霊媒師?巫女?祈祷師?の人。」 「どれもハズレだな。」 「じゃ、なによ?」 「陰陽師…というものだ。」 「おんみょうじ?なにそれ?」 「知らんなら知らんで良い。それより事情徴収であろう?」 「あぁ、そだった。名前、年齢、職業、家族、それからここにきた経緯。」 「………。25歳。職業は先ほど言った通り、陰陽師だ。家族はない。ここへは、彼女の言った言葉とそっくり同じだな。」 「……名前は?」 「…………え、えのかわと言う。」 「えのかわってどんな字?下の名前は何?」 「……下は、……りん、だ。鈴という字を書く。」 ……鈴さんは、かなり動揺しているように見える。………きゅぴーん。 「んー?えのかわ鈴さん。えのかわは?」 なーんとなく、会話に入ってみちゃったり。 「…ど、どうでも良かろう。名前の漢字なあろうがながろうが。」 「……や。ないとだめ。」 「………。」 「嘘ついても、指紋で調べられるんですよ」 これは私のはったりだが、引っかかったっぽい。 「……くそ。…えのかわは…。」 「えのかわは?」 「……………………………貸せ…」 「え?あ、…」 調書の紙とペンを取り上げられる。 「……こうだっ」 そして文字を記した書類を、私に返された。 千景ちゃんものぞき込む。 ………。 何度か、鈴さんと書類の名前を見比べた。 そして… 「…ぷっ…」 吹き出した千景に、容赦ないチョップが落とされた。 「あたた…たた…は、ははは…うはは!!」 「ぷっ……ぎゃ、ギャップが…あははは!」 「えぇい、うるさい!笑うな!笑うなぁ!」 「…こ、こんな字だったんですか……」 愛惟ちゃんは書類を見て、納得し… 「………クスクス…」 「お前まで笑うな!」 鈴さんの容赦ない叩き落としをくらう。 「いや…だって…ふ、ふふふ……えのかわって……可愛川とは思わなくて……」 「そうそう……だって可愛いだよ、可愛い……ははは…!」 「…すご…ギャップ…陰陽師…可愛い可愛川……ははははは…!!」 「お前等全員呪われろぉぉぉ!」 「わはははははははははははははは」 「くどい!(汗)」 可愛川 鈴(エノカワリン) 年齢・25歳 職業・陰陽師 家族・なし 経緯・愛惟さんの悪霊祓いのため 備考・苗字にコンプレックス 施設の入り口にて。パスワード認証をしようとした矢先、どこからか声が聞こえた。 「はい、おかえり。」 「ぎゃふ」 千景ちゃんの声だ…。 セナは上に取り付けてある小型カメラを見上げて、バツの悪そうな顔をする。 あーあ……バレバレだったか…… あたし―――三宅遼―――は小さく肩を竦める。 「無断外出は禁止っつったでしょ!」 「ご、ごめん…なさい…。」 「ったく…今後同じようなことがあれば、それなりの処分を…、……………ん?誰かいるの?」 「あ、そうそう。街の中で会って…」 「責任者?」 憐さんはカメラを見上げて言った。 「今のところはね。日本人…よね?身寄りはあるの?」 「ない。ここに来れば保護してくれるって聞いたから。」 「千景ちゃーん、いいよね?憐ちゃん一人なんだよ…街の中で一人なんて、かなり危ないじゃない?」 セナは説得するように、カメラに呼びかける。その後頭部を、憐さんが思いっきりはたいた。 「誰がちゃんづけしていいっつったよ?」 「ぁぅ、ごめんなさい……」 …なんでそこまでするかねぇ。 こんな女に、保護してやるほどの価値があるとは思えないんだけど…。 「ふぅん…名前と職業は?」 「萩原憐。職業は…んー、サービス業ってとこか?」 「サービス業?」 「いわゆる娼婦。」 「しょっ……。………ば、売春!?」 「でも23だし。相手との合意の上でなら問題ないんじゃねーの?」 「う、うーん……いや、不特定多数の人との性交は基本的に法律で禁じられてるんだけど…。」 「そのくらいいいじゃん!都さんだって人様の物を盗んで生計立ててたんだから犯罪者じゃない!なのに保護してるじゃないーい!」 冴月の懸命の説得に、スピーカーから聞える声はしばし沈黙し、しぶしぶといった様子で言った。 「………わかりました。入所を許可します。」 「うーし。世話んなる。」 「千景ちゃーん、開けてー。」 「はいはい」 扉が開いて、中に入る。 入って早々のホール隅では、千景ちゃんと高村さんが事情徴収の体勢で待機していた。 早いよ……。 「はい、萩原さん、こっち座って。」 「んぁ…なんだよ…」 憐さんは、しぶしぶ席につく。 「名前の字はどんな字書くの?」 「萩原はわかるだろ?くさかんむりに秋、原っぱの原。れんは…あわれって字だ。」 「へぇぇ…きれいな名前ですね」 「そぉ?あわれなのに?」 「うーん…でもきれい。」 高村さんはのほほんと笑んでいた。 あの人もよくわかんない人だなぁ…。 「年齢は23ね?職業はなんて書くべきか………サービス業でいっか……」 「うんうん。サービスすんだから、変わりはないだろ?」 「うー…しかしそれだと業種になるような…」 「んじゃ、風俗にしとけ。」 「風俗ってのは、店舗に所属して……、………はあ、もういい。杏子さんに任せる。」 「ありゃ、任されちゃった。」 「ここに来た経緯…、冴月と遼に拾われた?」 「うんうん。」 セナ(冴月)がうなずく。 「家族は?」 「いない。」 「……ふむ、OK。ここでは自由にはしていいけど、マナーは守ってね。案内は…冴月と遼にお願いしていい?」 うげ。 「あたしパス。セナだけでお願い。」 「ありゃ…いいけどー……」 「じゃ私も行く。それでいいでしょ?」 そう名乗り出たのは高村さんだった。 「うん。じゃ冴月と杏子さん、宜しく。」 「はいはーい。んじゃねー。行こう、憐ちゃん♪」 「初対面なのにちゃんづけはやめろ!」 「憐ちゃんって可愛いのに……」 「お前もやめろっっ!」 ………。 なんだかな。 にぎやかに歩いていった3人を見送り、あたしは息をついた。 今作った書類に目を通し、修正を加えている千景ちゃん。 「………ねー、千景ちゃん。」 「んー?なに?」 「………平和すぎて…つまんないな…」 「え?」 「……………ちぇ。」 あたしは小さく肩を竦め、その場を後にした。 萩原 憐(ハギワラレン) 年齢・23歳 職業・個人風俗 家族・なし 経緯・三宅遼と蓬莱冴月の紹介。 備考・若干問題児? 「はーい、いらっしゃい!」 バンッ 「……ち、千景………。」 私―――小向佳乃―――は、既に事情徴集用机(これにしか使ってないから)に待ち構えていた千景にちょっと怯む。千景は『いざ来たれ!』とばかりに机を一叩き。 隣に座る杏子さんが、千景の挙動にも怯まずにこにこと微笑している。 「………はっ!?」 そんな千景が、私の後ろにいる人物に気付いて身を固くした。 「はぁーい。久しぶりね、乾ちゃん。」 「うっあぁ……課長……な、何しに来きたですか……」 「大層なリアクションだこと。元気そう…というより相変わらずみたいね。」 「あのね千景、蓮池先輩も一緒に暮らすことになったから。」 「一緒に!?………そ、そうなんですか…」 「そうなの。仲良くやりましょうね?」 「は、はぁい……」 ちょっと面白い。千景は本当に嘘が下手だなぁ……。 千景と蓮池先輩は、妙に折り合いが上手く行かない。というより千景が蓮池先輩のことを苦手意識しているらしい。なんでそうなったかはよく知らないけど……。 「この三人の調書はもう用意してあるわ。紹介します、右から…逢坂七緒さん、三森優花さん、楠森深香さんよ。」 「警察所属、乾千景です。そこの小向と同僚で、蓮池課長の部下に当たるわ。どうぞよろしくっ。」 「高村杏子と言います。宜しくお願いします〜」 「もう7時か…。明日の朝にでも、全員集合してもらって自己紹介をしましょう。」 「あ、課長。小向が出たあとにまた3名の入所者があります。」 「そう。じゃあこれまでの事、乾ちゃんから改めて詳しく聞いておこうかしら。小向さん、部屋割りはどうなってるの?」 「はい、今はくじ引きで決めた部屋割りになってます。」 「くじ引きって……」 「えぇと、よく考えたら新しい3名も部屋が決まってないんでした……どうします?」 「ったく…頼むわよ…。それじゃあ、小向さんには改めて部屋割りを決定する任務を命じるわ。そちらの高村さんも手伝っていただけるかしら?」 「はい、もちろんです。…この三名は?」 「三人は、どこかゆっくりできるところに案内してほしいんだけど……頼むわね、伊純サン?」 「うっ…。」 露骨にいやそうな伊純ちゃん。んもー仕方ないなぁ…。 「伊純ちゃん、浴場とか行ってみたら?」 私がそう言うと、蓮池先輩は驚いた様子で 「浴場?あのお風呂とかいう昔の…?」 と聞き返す。私は小さく笑んで、 「そうです。すごーく気持ちいいんですよ〜。広々してて。シャワーとは違って、心の疲れまれじわじわ〜っと落ちてくような!」 「へぇ…なるほど。それじゃ伊純さん、お願いしてもいいかしら?」 「ちっ……わかったよ…。………ん?」 ん?伊純ちゃんにつられて振り向く。 …表の扉が開く音。 都さんと和葉ちゃんかな? やがて私たちのすぐ背後の扉が開…… ………どさっ… え…? 「!?……、だ、大丈夫か……?」 突然入ってきたかと思うと、その場れ崩れ落ちた女性。髪や服に白い粉雪がついていた。いつから降りだしたのか。 ………見知らぬ女性。 「ハラハ〜ラ〜舞う〜雪になって〜♪」 「あなた〜の頬に〜くちづけして〜♪」 私―――五十嵐和葉―――は、都さんと一緒に夜の街を歩きながら口ずさんでいた。 この雪が降るくらいの気温だし薄着といえば薄着なんだけど、不思議とそんなに寒くなかった。エッチの後だから……ってのもあるかもしれないけど、でも今は、しっかりと絡め合った私と都さんの手がぬくもりを発してるんだって思いたかった。 「……ねぇ和葉ちゃん。」 「はいっ、なんですか?」 「…こうやって歩いてて、怖くはない?」 「全然、怖くないですよ。都さんと一緒ですから。」 「……。」 私が言った瞬間、都さんはその場に立ち止まった。 「?」 不思議に思って私が振り向いた瞬間、 …ぐにっ。 ………… 「ぷっ……くくく…、かーわいー…」 クスクス笑う都さんと、私の頬にささった都さんの人差指。 「……うわぁん…何するんですか〜〜っっ」 「あっは…いやいや、可愛いなぁ〜っと思ってね。恋人にしたい女の子ナンバー1っ。」 「何言ってるんですか〜……すごいくどき文句っ……」 「くどき文句なんかじゃないわ。…いや、くどき文句かな?」 「ふふふ…そういうくどき文句なら、すぐ引っかかっちゃいます。私、単純だから。」 「…ったく。お世辞抜きで可愛いっての」 ぺしっ。 軽〜いでこぴん。 私はなんだか嬉しくなって、自然と笑みがこぼれる。 「和葉ちゃん、まつ毛に雪が…」 「え??」 「目ぇ瞑ってごらん。」 「あ、はい」 言われるままに目を瞑る。 ……… …………あれ…? 都さんがまつ毛のところに触れないので、不思議に思って目を開けた。 「………都さん??」 私の目の前で、じぃっと私を見つめる都さん。 「……どきどきした?」 「?」 小首を傾げる。 すると都さんは苦笑して、 「…ったく…、にぶいなぁ」 そう言って、不意打ちで私の唇にそっと口付けた。 「わ…」 「目ぇ瞑ってって言われたら、普通こうされると思わない?」 「あ……そっか……」 私が納得すると、都さんはクスクスと笑って、私の頬に手を添えて顔を近付け…… 「お二人とも、とても幸せそうな表情だ。」 ……突然、そんな声が、都さんとは別の方向から聞こえた。 ……!? 「っ!、誰!?」 都さんも動揺した様子で辺りを見回す。 「屋根の上ですよ。」 その声を探して、屋根の上を見回すと、………一人の人間の姿が浮かびあがった。 月明りをバックにしていて、顔がよく見えない…。 身体をすっぽりと包むマントに身を包んでいるらしい。 闇夜に響く声は、どこか清んだ感じの、少年のような声だった。 「ラブシーンを邪魔してしまって、申し訳ありません。」 「や、そんな…ラブシーンだなんて……」 思わず赤くなってしまう。 「しかし、君は…高名な伴都女史に選ばれるなんて、幸運な女性だよ。」 「……高名?私を知ってるの?」 「えぇ、もちろん。…ああ、高名なのは怪盗Happyの名かもしれませんが。」 「……へぇ、Happyである私の本性を知っているとはね。貴方、本当に何者なの?」 「これは申し遅れました。私、怪盗FBと申します。」 「怪盗……FB…?」 「いかにも。どうか、以後お見知りおきを」 「……本性が知れない奴を覚えておく気にはなれないわね。」 「…そうですか…では仕方ない。…私のこと、嫌でも覚えいただくことにします。」 「え…?」 その瞬間、屋根の上から怪盗FBのシルエットが消えた。 「和葉ちゃん、気をつけて!」 「は、はいっ!」 タンッ! 怪盗FBの姿が目の前を過る。 「っ!」 都さんは、腰の拳銃に手を伸ばした。 しかし… ひゅっ! ほんの一瞬。私が瞬きしたその一瞬に、都さんの腰のホルダーにあった拳銃はその姿を消していた。 「Happy!美しいあなたのその手に、拳銃は似合わない。」 「なっ……。」 すごい…、あの都さんが……怯んでる…! ひゅんっ! 都さんが軽い身のこなしで後ろにジャンプする。 びゅん! FBのマントが揺れ、都さんに接近するのがわかった。 「都さん!!」 「っ!?」 ……一瞬、二人の動きが止まった。 ジャンプした状態で、FBは都さんの至近距離にいた。 そして…… とさっ… 都さんの身体は地面へ、FBの身体は宙へ。 「都さん!大丈夫ですか!?」 地面へと崩れ落ちた都さんに駆け寄った。 心配した怪我は、まったくない様だった。 「Happy……、今宵の獲物は一級品でしたよ。ごちそうさま。」 屋根の上から高らかに言い放ったFBは、マントを翻して姿を消した。 「………獲物……いったい……?」 「っ…〜〜……!!」 都さんは悔しそうに、その拳を地面に叩き付けた。 「あ…、あの…」 どうすればいいかわからなくて、遠慮がちに声をかける。 突如、都さんは顔をばっっと上げて、 「FBぃぃぃ!!覚えてなさい!ぜぇーったいに許さないんだからぁぁぁ!!!」 と空に向かって叫ぶ。 その目の端には、涙が……。 「み、都さん……いったい、何が……」 「……っ……、キスされたっ…」 「え…?」 「好きでもない奴にキスされたぁぁ!」 ………あ……、……えと…… 「消毒っ」 「ふあっ」 強引にくちびるを奪われる。 そのキスは何故か深い深いディープキスになっていた。 「…あっ…ン……」 「はぁっ……、くっそ…」 キスしながらも、都さんのその表情は悔しさで満ちていた。 ………。 どんっ。 私は都さんを突き飛ばす。 「あ…、…和葉、ちゃん…?」 「……私、都さんがそんな気持ちのまま、キス…されたくないです。ほかの人のことなんか、考えながらキスしないで…」 「和葉ちゃん…」 「か、帰りましょう…」 「……うん…」 また二人で歩きだす。 けど、さっきよりも空気が重く、会話も少なかった。……全部、あいつのせい。 怪盗FB…っ…。 |