不思議なところだなぁ……。 私―――小向佳乃―――は、徴収した書類をまとめながら思った。 「あっれ?…電波通じないみたい。」 「あれ?そうなの?」 私の傍で携帯で電話を掛けていた千景の言葉に私はそう尋ねた。 「うん。本部に連絡しようと思ったんだけど。…ちょっと外出て連絡してくるよ。」 「うん、いってらっしゃい。気をつけてね?」 「OK。」 そう言って、また扉を開いて出ていった千景。 残ったのは私を含めて13人。 「……えぇと……、とりあえず、この施設はベッドルームとかあるようなので…。そっちに移動、ということで…」 「あのぉ、婦警さん。ベッドルーム、あるにはあるんですけど……、全部、2人部屋みたいですよ。」 と和葉さんが言った。 「え、そうなんですか?何部屋くらいありますかねぇ…」 「さっき数えました。30部屋だったと思います。全室トイレ&簡易シャワー完備。ほかにも色々機能があるみたいでした」 「へぇ…すごいんですね。30部屋かぁ…。一人1部屋……うーん、でも万が一のことを考えて、2人ずつで分かれますか?」 と私が言うと、数名がうなずいてくれた。 「ねね、婦警さん……佳乃さんでいい?」 「あ、ええ、勿論です、命さん。」 「部屋割りなんだけど、くじとかで決めたら面白いんじゃない?会議で決めるとまたもめそうだし。」 「なるほど……そうですね。じゃあくじにしましょう。すぐ作りますね、待っててください。」 「ここに1〜8までの数字を書いた紙が入れてあります。順番に引いていってくださいね。」 「…1〜8?…多くない?」 「え?だって14人……ありゃ?」 「14割る2で7部屋でいいのに。」 「………15個作っちゃったみたいです。8番は一つだけなはずなので……誰か引いたら、一人部屋ってことになりますね。」 「なるほど…まぁいいか。」 「それじゃあ、順番に……ええと、順番は年齢順で…低い、ほうから。」 …はぁ……大変! 私は慣れないまとめ役を懸命に努め、ようやくくじ引きが開始されたのだった。 ……その結果。 Room 1/命&水散 Room 2/遼&十六夜 Room 3/冴月&伊純 Room 4/佳乃&千景 Room 5/伽世&都 Room 6/和葉&杏子 Room 7/千咲 Room 8/未姫 「水散さんかぁー……嬉し♪宜しくね。」 「こ、こちらこそ…宜しくお願いします、命さん…。」 「……なんか、緊張してる?」 「え、いえ…そんなことありませんっ」 「十六夜さん……!」 「……宜しくね、遼サン。」 「ハイっ、宜しく!…ちょっとびっくり」 「どうして?」 「…なんとなく♪」 「伊純ちゃん、かぁ……。」 「ちゃんって言うな。」 「なんで?照れてるの?」 「冴月…。」 「何?」 「そのうちコロスかも」 「あう……」 「…で、なんで千景と私なの?」 「大体、いっつもコンビなのよね…何故?」 「でも千景のかわりにくじひいたのって私なのよね……。」 「……怒られませんよーに。」 「へぇ、怪盗Happyサンと相部屋かぁ。貴重な体験だわ。」 「伽世さん…よろしこぅ〜!」 「…よろしこ!?」 「深い意味はないっす。ナイスジョーク!ってことでギター弾いてね」 「はぁ…。(喋ると美人じゃなくなるなぁ…)」 「宜しくお願いします、高村さん。」 「そんな固くならなくていいよ〜杏子でいいって、ね、和葉ちゃ♪」 「あ、はい…なんか緊張します……」 「なんで??」 「…………。」 「……ちさ、ひとり?」 「……きょろきょろ。」 「………うーん。」 「……一人なのかぁ。」 「…一人部屋……。」 「でも、そっちの方が皆さんに迷惑かけないから、いっか……」 「…少し、不安だけど………。」 「ねぇ、佳乃さん。…もう一人の婦警さん、千景さんだっけ?…遅くない?」 そう言ったのは杏子さんだった。 そういえば……、 もう15分ほど前には出ていった。戻ってくる気配もない…。 「さっきあんなことがあったばっかりだし……見に行った方がいいんじゃない?」 「そ、そうですね。」 「付き添うよ。」 そう言ってくれたのは、大きな鎌を構えた命さんだった。…怖い。 「じゃ、じゃあ、お願いします…。行きましょう。」 そう言って扉に向かう。入るときと同じパスワードを入力し、扉を開く。 「いってらっしゃーい」 という声が、後ろからいくつか聞こえた。 音をたてて開く扉を2つ開ける。 「………気ぃつけて。」 命さんの言葉に私はうなずき、扉を開けるパスワードを入力した。 ご、ごごご…… 扉が開いた瞬間、 キュン! と耳障りな音がした。レ−ザー銃の音! 扉の向こうには背を向けた千景の姿と、その先にいる米国兵士の姿! 「っ!」 バンバン! 続いて銃声。 「きゃぁっ!」 明らかに千景ではない女性の悲鳴。 そして、 「くらえ、必殺拳銃投げ!」 千景の得意技! ごんっっ! ……鈍い音がした。 千景の投げた弾切れの拳銃が、見事に米国兵士にヒットしていた。 どさり、と崩れ落ちる兵士。 「あーっ、びっくりしたぁ!」 「千景、大丈夫!?」 「うん、怪我とかはない。ずっとにらみ合ってたから…。早く来てよね、本当に!」 「ご、ごめんごめん。」 そう謝りながら、私は倒れた兵士に近づいた。 …さっき聞こえた女性の悲鳴が気になったのだ。 そっと兵士のヘルメットを取ると、ぱさりと落ちる金色の長い髪。そして薄汚れているが、可愛らしい顔をした…女性だった。 女の子まで…戦いに…、 「佳乃!!」 「え?」 千景の声に私は顔を上げた。 ……! 千景は命さんの傍にいた。 その手は血に染まって……! 「今のレーザーが偶然当たっちゃったみたいね、肩んとこから出血してる…早く、中に運ぶよ。」 「うん!」 私は急いで扉を開き、彼女を千景と二人がかりで担いだ。彼女は苦しそうに汗を流す。意識もしっかりしていないようだった。 最後の扉が開き、私たちはホールの床に彼女を寝かせた。 「ど、どうしたんですか!?」 一番にかけよったのは水散さんだった。 「流れ弾に当たったの…。出血がひどいわね。命に別状はないと思うけど……」 「いえ!…この出血量じゃわかりません。皆さん手伝って、どこかのベッドに!」 今までのどこか控え目な彼女とは違い、機敏にそう指示をだした。 皆がそれに従い、奥の空き部屋へと命を連れていく。 「はぁっ……、」 「命さん、大丈夫です…大丈夫だから…」 水散さんは丁寧に命さんの服を脱がせ、傷口を見た。 「……そんなに深い傷じゃない様です…。」 「薬…探してきますね!」 私はそう言って部屋を出ていこうとした。 水散さんはそっと命さんの傷口をキレイにし、優しく手をかざした。 「………。」 その時だった。 ふわ、と、水散さんの掌に光のようなものが集まっていくような……そんな錯覚を見た。 ……あれは、錯覚? 「うっ……ン……」 「………もう…大丈夫……。」 ……何?…なにが起こってるの…? 「佳乃さん……。来て……」 水散さんの言葉に、私は二人に近づいた。 そして、驚くべきものを目にした…。 「傷口が……塞がってる……。うそ…」 「………奇跡…です。」 彼女は『奇跡』という言葉を口にするにしては、あまりに落ち着いていた。僅かな微笑さえも浮かべていた。 ……奇跡を起こす…女性…。 「…う…、……ン……」 頭がガンガンした。 ガンガン…ズキズキ…… フラフラ……。 パチ、と目を開くと、明るい天井が目に写る。が、次の瞬間それを遮るものが…、 「……起きた?」 「……………!?」 がばっ、と飛び起きる。 がん! 遮ったもの…女性の頭と見事に衝突。 「いったぁ!何すんのよ。ほら、動かない、ていうか動けない。」 「…………、…」 言葉が出なかった。 手が動かせない。どうやら、背中の方に回して縛られているらしい。 ……何があった? …………そうだ! 『必殺拳銃投げ』 ……あの技にやられた。 そして意識が暗転して……。 …ということは……、日本人に捕えられたということ……? 「Good morning. The U.S. soldier's woman.(おはよう、米国軍のお姉さん。)」 そう笑んだのは、セーラー服に二つ結びという日本人の少女。私の回りにはその少女と、黒髪のPolicewoman、それと黒い目に黒い髪の純日本人、といった女性の三人がいた。 「what your name?(あなたの名前はなんですか?)」 黒髪の女性はそう言った。 「………。」 名前など聞かれても…そう簡単には… 「I dislike the elder sister who is not gentle.(素直じゃないお姉さんは、あたし嫌いだなぁ)」 セーラー服の少女は、笑顔でそう言って拳銃を取り出した。……日本人ってやっぱり怖い……。 「…My name is…Mina Demon-barrow(私の名前は…ミーナ・デーモンバレー。)」 「What is affiliation?(所属は?)」 「Second size party of the tenth cavalry regiment of the fourth infantry division B troop.(第四歩兵師団…第十騎兵連隊第二大隊B中隊)。」 「ok…The situation placed now is known?(今置かれてる状況はわかるね?)」 「……It is not meaningful even if it makes me into a hostage.(私なんかを人質にとっても、なんにもならないわ)」 「Are you a hostage? It did not happen not to have thought. Since he does not want to carry out useless destruction of life anyhow, please be here for the time being.(人質か、それは思いつかなかった。…まぁ、無駄な殺生はしなくないし、しばらくはここにいてもらうよ。)」 「………Where is this…?(ここは…?)」 「It is the protection institution of the highest performance.(最高性能の防護施設ってとこ)」 最高性能の…!?そんな情報聞いてない……。日本人、こんなものを隠しもってたのか…。 ………。 その時、沈黙していた黒髪の女と目があう。 じぃ―――っと、見つめられる。 ……………。 「……what…?」 思わず聞いてしまう。 「………いえ、…」 しかし彼女は首を横に振り、立ち上がった。 そして大きなプラカードらしきものをもって部屋を出ていく。 「…Sen …So…Han…Tai…。」 ぽつりと呟く。 …日本語の知識。 Sensouは…Wars、 Hantaiは…argument。 「……日本語喋れるの?」 女性の言葉に、私は何も答えなかった。 無反応な私を見てか、女性は英語に言い換えて問う。 「……You can speak japanese?」 「…A little.」 「………Ok.」 そう言うと、ポリススーツの女性はセーラー服の女性と日本語で会話したのち、私を置いて部屋から去ろうとした。 「……Wait.」 私はそれを呼び止める。 「……何?」 「……Are you the police?(あなたは、警察?)」 「That's right. …The man in the street who is here is under our protection. Interference is not carried out.(そ。ここにいる一般人は、私たちの保護下にあるの。手だしはさせないわよ)」 「………It understands. What is performing in this situation?(わかってる。この状況でどうしろって言うの?)」 「……sure.(確かにね。)」 警察の女性は小さく笑い、去ろうとした。ふと、 「My name is “Chikage Inui”.」 「Chikage……」 女性……ちかげはそう言って、部屋を出ていった。 「……う、ん…」 重たいまぶた。 ゆっくりとそれを開ける。 ぼんやりとした明かりが点る場所。 ……あれ? 「…真田…さん?……大丈夫ですか?」 そんな優しい、穏やかな声が聞こえた。 水散、さん……。 あたし―――真田命―――は身体を起こそうとした。 「あっ、横になっててください。」 「…でも……、」 「…それより…、…肩の具合はいかがですか?」 「…肩……。……そうだ、あたし、さっきレーザー銃で…っ」 確かにレーザーが当たったはずの肩に触れてみた。しかし… 「……え…?」 「………」 「……痛く、ない…?…傷もない!……どうなってるの…?」 「…ふふっ…」 彼女はやわらかく微笑し、あたしのそばに歩み寄った。 そして、あたしの肩のところにそっと手をかざす…。 「……奇跡を起こしました。…神が与えてくださった、奇跡…。…こんなこと、信じられないでしょうけど……」 「……悠祈、さん…」 あたしは彼女のその手をそっと握った。 「あ、……」 「治癒能力とか、そういうの……?」 「………」 「………………なんにしてもよ。…悠祈さんのこの手が、あたしを救ってくれたのよね?」 「え、あ…っ…」 そっと彼女の手に自分の指先を絡ませる。彼女の動揺の仕方が可愛い。 「……あの…、さ、真田さん……」 「……なに…?」 「いえ……」 「………あのさ、命でいいよ。」 「……、…命…さん…」 「あたしも、水散さんって呼んでいい?」 「あ、はいっ…もちろんです。」 あたしは彼女の顔を見つめ、小さく笑んだ。彼女もつられて微笑をこぼす。 「水散さん、……ありがとう。」 「ふぇ…?」 「…どのくらい、付き添っててくれたの?」 「あ、それは……で、でも…目が覚めた時一人だったら、きっと、寂しいかな、って…」 「……優しいんだ。」 「………いえ……」 彼女は赤くなって俯いた。 「……疲れてるんじゃない?休んだ方がいいよ。」 「大丈夫です…真…、命さんこそ、休んでください。」 「……じゃ、一緒に寝よっか。」 「え、…え!?」 「……え、いや、だって隣のベッド…水散さんのベッドでしょ?」 「あ、ああ、そ、そうですね、……はう…」 可愛いなぁ…… あたしは彼女の様子を見つめ、クスクスと笑った。 「は、はぁ…」 やはり赤くなったままで、彼女はぽすんっとベッドに横になった。 「ねぇ、水散さん。」 隣のベッドで横になる彼女に、あたしは声をかける。 「あ、…はい?」 「なんかさ……、水散さんとは初めて会った気がしない…」 「……命さんも…ですか?」 「え、…じゃあ…?」 「……どこかで会ったような…、……何か、…すごく、大切な思い出が……」 ぽつりぽつりと零す彼女。 「……あたしたちって…、運命の2人なのかもね?」 半分本気であたしはそう言った。 ……しかし、返事はない。 「あ、…ご、ごめん、冗談だよ?」 ………やはり返事はなかった。 あたしはそっと起き上がって、彼女のベッドに近づいた。 「……すぅ……すぅ……」 安らかな寝息に、あたしは安堵した。 「…ったく、ハラハラさせないでよ」 と小さく呟き、彼女の頬にくちづけを落とした。 キスに深い理由はない。 ただ、彼女が愛しかったから。 昔どこかで出逢ったような、 昔どこかで、愛したような……。 「食事は自由です。ええと、ここですね、ここが食堂になっています。」 昨日は突然の米国軍の強襲、その後生き残った14人の女性がこの地下施設に避難。更に米国軍の女性が突然攻めてきたり、流れ弾に真田さんが当たったりで大変だった! 真田さんが撃たれて、皆が心配しながらも、各々の部屋に戻り睡眠時間。解散したのは確か朝の7時頃だったと思う。 それから、やはり皆疲れていたようで、夜になってようやくちらほらと部屋から出てくる人がいた。 そして今現在、夜の10時。 全員をホールに集め、今後のことを話している。 施設について説明しているのは、私―――小向佳乃―――だが、やはり緊張する! 「えっと、それで、食堂には自動クッキングマシーンがありますので、自由に使ってください。食べ終わったら、自動食器洗い片づけ機に入れておいてくださいね。使い方がわからない場合は…ええと、誰かに聞いてください。…私もわからないので…。」 そう言うと皆の中から笑い声が漏れた。 うわぁ恥ずかしい…。 「それから…中央制御室、ここにはこの地下施設の様々なことをコントロールする機械がいっぱい並んでいるので、詳しくない方はあまり近づかないようにしてください。私も近づかないようにします。」 というと、また笑われた。 本当のこと言ってるだけなのに…。 「それから…娯楽室。ここは何があるのかな?見に行った方、いらっしゃいますか?」 私がそう問うと、遼さんが、 「あ、行ったよ。ビリヤードと、あと簡単なゲームみたいなのがあったの。ああ、それから音楽も豊富に揃ってたみたい。プレイヤーはそれぞれの部屋にあるよね?」 「音楽?豊富に??」 「うん。でも志水サンて、音楽要らずじゃないの??ギターあるし」 「いえいえ。弾くのも大好きだけど、聴くのも大好きだから。」 「わかりました、ありがとう。楽しめそうですね。」 私が言うと、ふと、 「あ、そうそう。なんかね、変な扉があったの」 と遼さんが言った。 「変な扉?どんな…ですか?」 「いや、普通のドアなんだけど、ロックがしてあるの。指紋の認証を行ないます、とか出て。指でやってみたんだけど、認証失敗って出ちゃって…。」 「へぇ……何でしょう、いったい…。」 「調べておきましょうか?認証失敗ってことは、どこかに指紋を登録しなくてはいけないのかもしれないわ。」 「あ、はい。珠さん、それじゃあお願いします。」 私は彼女にペコリと頭をさげた。 「あとは、……」 「ねね、佳乃さーん。あそこにいるかわいこちゃんはだぁれ?」 と、ホールの隅で縛られたままの米軍女性を指さすのは高村さん。 私が米軍女性を見遣ると、彼女はキッと鋭い目つきで私を睨む。 「……。ねぇ千景、あの女性…名前はなんて言うの?」 「…本人に聞きなよ。」 「え、あ、ええ。」 千景って…犯罪者とかに対して、すごく厳しいのよね…昔っから。私も千景によく正義感が強すぎるって言われるけど…。千景には負けるわ。 「ほわっと、ゆあ、ねーむ?」 と、私が苦手な英語で問いかけると、彼女は、 「……Mina. Mina Demon-barrow……」 と答えてくれた。 「みーな?おーけー。 まいねーむいず よしの こむかい。 ないすとぅーみーとゆー!」 …などと、ちょっと頑張って言ってみる。 「婦警サン、低レベルだな…」 「う、ほ、ほっといてくださいっ。」 伊純さんにそう言われ、かなり傷つく。 「彼女は、昨夜にこの施設の周りへ単身で乗り込んできたんです。」 「I am … a survivor of a special attack corps.(私は、特攻隊生き残りよ。)」 「survivor…?(生き残り?)」 「Do you think that fool which gets in alone is? your fool....(単身で乗り込むバカがいると思う?バカね…)」 「…な、なんて言ってるかわかんないけど、なんか詰られてる気が…」 「xxxx you……!!」 Minaさんは、ベーッと舌を出して、中指を立てた。 「な、な、なんか罵られてますよね!?どういう意味なんですかぁっ!!」 「佳乃、喧嘩はいいから。」 という千景の言葉に、私はようやく我を取り戻す。 「あ、ご、ごめんなさい。それで、彼女は私たちにとって危険人物ですので…今後の処置は、私と千景で、また上に連絡をとって決定します。会話する分はかまいませんが、決して縄をほどいたりしないようにしてくださいね。」 千景が私の言葉にうんうん、と頷く。 「それでは…解散とします。また何かあったら集めます。わからないことがあったら、気軽に聞いてくださいね。」 ということで、集まりは終了する。 気軽に聞いてと言ったけど、実際は私さえも何もわかっていない。 どうすればいいのだろう。 千景が上司に連絡は取ったが、報告だけ受けて指示はあとで、という形になったらしい。 こうしている今も世界では死に至っている人が沢山いるのではないだろうか。 そんな心配をしながらも、勝手に夜が更けていく…。 「たか、むらさん……」 そう声をかけられ、私―――高村杏子―――は振り向いた。 …冴月ちゃん。 「なぁに??」 「高村杏子さん…、あたし…多分、あなたのこと知ってる。」 「…知ってる…って…?」 彼女の思いつめたような様子に、僅かに眉をひそめる。 廊下で立ち話もなんなので、誰も使っていない部屋に連れ込んだ。 パタンとドアを閉める。 「…驚きました。つい数日前、あなたのHPを見たばっかりなんです。」 「………え!ちょっと冴月ちゃん未成年じゃない!」 「しょ、小説は見てないよ?!…メールが来たの。月見夜さんからのメールが。」 「………月見夜から…?」 「あ…。」 彼女は一瞬しまった、という顔をし、小さく息をつく。 「…隠しても仕方ないので言います。私は月見夜さんを知ってます。…月見夜さんも、ネット上で『セナ』っていう名前、知ってるでしょ?」 「……あの、セナちゃんだったのね…。」 「………そうです。」 彼女はずっと、私の方を見ようとはしなかった。…というより、見れない、という感じ。 私も彼女を凝視することが出来ない。 彼女との出逢いは、1年前だった。 2199年のクリスマス・イヴ。 私はいつものように、ネットワーク上にある仕事なんかをこなして生活していた。 今のネット上は面白いことになっている。 個人のページなんて活動してるとこはほとんどないし、公式のHPさえも会社が潰れたとかでそのままになっている。 昔はネットワーク上の拠点とまで言われていた場所「YahOO! japanese」も、今は形だけ。中身は何年も更新されないままで残っている。 イヴに私は、「YahOO」を開いていた。何故開いたのかよく覚えていない。 すると、不思議なことにサウンドデータが鳴るようになっている。 どうしても気になってしまった私は、データのダウンロードに付き合った。(…付き合うってほどじゃないか。数秒程度かしら) そして流れた音楽。それは、名曲『クリスマス・イブ』だった。 ♪きっと君は来ない…一人きりのクリスマスイブ…♪ …誰がこんなことを?不思議だった。 ふと。なんとなく思い立ってチャットに入室した。…その時に会ったのが、セナちゃんだった。 「…セナちゃ、最初会った時のこと、覚えてる?」 「…最初…?」 彼女は僅かに伏せた目を、静かに私に向けた。 「セナちゃ、歌ってたね。文字のチャットで…。」 「…クリスマス・イブ。」 「うん…どうしてボイスチャットで歌わないの?って聞いたら…」 「……マイク持ってなかったから。」 そうセナちゃは言って、小さく笑みを浮かべた。 「…あの時は楽しかったね。他人とクリスマスを一緒に過ごしたのはあれが初めて。」 「あたしも…。…でも、なんで月見夜さん、あたしなんかと……」 そう問うセナちゃんに小さく笑み、私は口ずさんだ。 「♪きっと君は来ない…一人きりのクリスマスイブ…」 あの時のこと、会話の内容が蘇る。 イブの夜からクリスマス、それから大晦日から新年、ずっと話してた…。 「…淋しいんだろうな、って思ったの。」 「………。」 「一人きりのクリスマスイブを、淋しいと感じることができるセナちゃに興味があったの。」 「……変なの。」 「そそ、変なの。」 私は小さく笑った。 セナちゃは、ふっと私を見つめ、そのまま動かない。 「……なに?」 「月見夜さんって…チャットと同じだね…」 「…チャットと?」 「言葉とか、雰囲気とか。月見夜さんだぁ、って感じ。」 「そうなの?ふふ、セナちゃもセナちゃって感じよ。」 「そうかなぁ……」 こうやってなごやかに話しているように見えても、本心からの笑みではない。 それは彼女も一緒だろう。 口に出来ないでいる、あの事…。 カタッ、カタカタカタッ カチカチッ、カタ、タンッ 中央制御室の一角で、コンピューターに向かって一心に作業を進めているのは十六夜サンだった。 私―――乾千景―――もコンピューターの知識は若干あるのだが、この制御室にあるものははっきり言って手が出せない。 そんな私を後目に、スムーズに作業していく十六夜サンのすごさはよくわかる。 「………ここの専用衛星に、電話の発信受信用装置もついているみたいよ。おそらくどこかに電話を接続してかければ、地上のどこかにあるアンテナから発信される仕組みみたいね。」 「つまりこの施設の中のどっかに、電話を接続するコードみたいなのがあるってこと?」 「そうね。コードかどうかはわからない…、寧ろ、モジュラージャックってとこかしら」 「探してみる。ありがとう。」 「いいえ。また何かあったら呼んで下さい。」 そうして行きかけた私を、 「あ、ちょっと待って。」 彼女は呼び止めた。 「ハイ?」 「少しお時間をいただけるかしら?」 「えぇ、勿論。」 「こっちよ。」 十六夜サンは少し奥にあるコンピューターへ私をつれていく。 「ここ。これに手を入れて。」 彼女が指したのは、警察でもよく見かける、指紋を取る機械だった。 私はそれに右手の人差指を差し入れ、 「…これでいい?」 「OK…そのままじっとしていてね。今データを採取しているから。」 彼女はコンピューターの画面を見つめ、カタカタと入力していく。 「千景サン、年齢は?」 「24」 「生年月日は?」 「2476年4月5日。」 「性交の経験は?」 「………は?ななななにをいきなり…」 「プロフィールの入力欄にあるのよ…あるかないかで良いの。」 「…ある。」 「血液型は?」 「O型」 「身長は?」 「161」 「体重は?」 「……51」 「利き手は?」 「右」 「好きな色は?」 「……ディープブルー」 「持病は?」 「…低血圧。」 「服用薬は?」 「特になし。」 「……ハイ、OK。」 「それ、本当に入力すんの?」 「えぇ。何に使うかはよくわからないけれど…まだまだ隠された機能はたくさんありそうね。」 「ふーん…、じゃ、行くわ。」 「えぇ、協力ありがとう。」 彼女は小さく笑むと、またコンピューターに向き直ってカタカタと作業を始める。 ……マッドサイエンティスト……。 ふっと彼女の視線が私に向いた。 あまりの恐怖に私は慌てて制御室を後にした。 ……暴力キャラは怖くないけど、ああいう人は苦手だ……。 バシン! バシ、バシ! 何かがぶつかりあうような音が廊下に響く。 「…何?」 その音がどこから聞こえているのかと、あたし―――三宅遼―――は辺りを見回す。 ……どこだろ?? 廊下を歩いてみる。 ふと、あたしは一つのドアの前で止まる。 ドアを開けると、下に続く階段。 この下だ…。 あたしは階段を降りていく。音が近づく。 そして下り階段の終わりには、また一つの扉。 音はこの扉の奥から聞こえてくる…。 扉には「体育館」の文字。 ……た、体育館?? ドキドキしながら、あたしはそっと扉を開けた。 すると…… 「っ!」 「甘い!」 バシィィン! 剣が空を舞った。 …剣といっても、実際に切れはしない竹で出来ている練習用の物だ。 剣と共に軽く飛ばされたのは、伊純サン。 そして床に倒れこんだ伊純サンにピシッ!と剣を向けたのは、Happy…もとい、都サンだった。 「ふふふ。私にちょっとでも殺意があれば、もう命はないわね。」 「……ちっ」 「もう一回やる?」 「…やる。」 伊純サンはキッと都さんを見上げ、剣を拾った。 そして呼吸を整え、構える。 都さんも同様に構える…が、何故かわからないけど都さんはやけにキレイ。構えにも華がある感じ。 「……来なさい。」 「…!」 伊純サンが駆け、切り込む! バシンッ! しかし都さんの剣が伊純サンの剣を弾く。 ひゅん! 鋭い音がして都さんの剣が振り下ろされる。 伊純さんは体勢を落としながら、かろうじてそれを受けとめ、力任せに振り切った。 次の瞬間… 「ぐえっ!」 都さんの右足が伊純サンの腹部に突き刺さるぅぅ! ……うあ、痛そう。 「隙あり、ね!」 「せ、せこい……」 「なーに言ってんの!試合とかならまだしも、実際の闘いにルールなんてないわよ」 「そりゃそうだけどさ……うぐ…」 「……もしかして痛かった?」 「かなり…」 「わはは。笑って許せ!」 「笑えるか…!」 「じゃ、次は休憩してなさい。遼が相手してくれるから。」 …と、突然都さんが言い放ったのには驚いた。 あたし、隠れて見てたのに……。 「気配までは消えなかったみたいね〜」 「……普通消せないって。」 とぼやきながらあたしは姿を現わす。 扉に書いてあった通り、ここは体育館。 地下にあったとは思えない広さである。 「ん。」 伊純サンに剣を渡される。 って。あたし銃は扱えるけど、剣術に関しては超シロートなんだけど…… とか考えてた刹那、ふっと背後に気配が迫った。 「!」 ひゅっ!と音を鳴らせて剣を後ろに凪いだ。 バシィッ! そして、都さんの手にしていた剣は空を舞ったのだった。 一瞬、場に静寂が訪れる。 「……ビックリしたぁ!」 あたしは衝撃でペタンと尻もちをつく都さんに向かって言う。 「奇襲はナシでしょ、普通!」 「あ、あぁ……ご、ごめん…」 彼女はよいしょ、と立ち上がる。 「…驚いた。今の攻撃を受けとめるとは思わなかった」 都さんは感心した様子で言いながら、落ちた剣を拾う。 ん〜悪い気はしないなっ。 「ま、才能ってヤツ?」 「偶然だろ」 伊純サンのつっこみ! あたしが反論しようとした時、あたしの声に被せたのは都さんだった。 「才能かもよ。やぁ、本当にびっくりした。すごいわ、遼ちゃん。」 「………ふっ。フフフ…」 べしん! 突然後頭部に鈍い痛みが走る。 「……やっぱ偶然だろ。」 いつの間にか、伊純サンはあたしの後ろで剣を持っていた。 「……痛い。」 頭を押さえる。 「…偶然、かな……あはは……」 都さんは乾いた笑みを浮かべた。 って…。 「才能なの!絶対に!」 「……じゃ、テストしてみようか。」 「テスト?」 都さんの言葉にあたしは首を傾げた。 伊純サンから剣を受け取り、都さんはそれを構えた。 「うわ、まじで?」 「やるわよ。だって才能あるんでしょ?」 ムキーッ! 大丈夫だもん!よぉぉし! あたしは見様見真似で剣を構える。 ……っ! 想像以上に感じるプレッシャー。 何これ…! 都さんの瞳があたしを捉える。 獲物を狙う豹のような瞳…! ふっ、と都さんの身体が動く。 近づいて来る! 動けない! っ! 目の前で振りかざされた剣。 あたしは闇雲に剣を振った。 それは宙を凪ぎ、次の瞬間…! 「ひっ…!」 「!」 ピタッ。 彼女の剣は、あたしの喉の直前で停止した。 失禁しそうだった……まじで怖かった…。 ふっ、と剣が引かれる。 あたしはその場にへたり込んだ。 「あっぶなー!今の、あたし的にも危なかったのよ。5ミリくらい離すつもりだったんだけど、2ミリくらいしか離れなくってさ。」 などと笑って言う都さん。 何故かあたしの瞳には、涙が浮かんでいた。 「…おい……泣くなよ…」 伊純サンの声も届かず、あたしは座り込んだままえぐえぐと涙を流す。 ぽむ、と頭に誰かの手が置かれる。 都さんだった。 「……なんで泣くの?」 「…っだって……ふぇ…、都さんのバカぁ!…死んじゃうトコだったじゃない…ふえぇ」 「……実際は死んでるよ?」 「………」 「他人ってやつは容赦ないんだからね?わかってる?」 「……でもっ…!」 「あたしが今ここであんたを殺そうと思えば簡単なのよ?」 「………」 彼女の言葉に…そして表情に、とんでもない寒気を感じた。 「…んまぁ、今のは悪かった。才能があるとは言え初心者だもんね。ごめんごめん。」 そう言って、都さんはあたしを緩く抱き寄せた。 「……ガキ」 「…ガキじゃないもん!」 「ガキじゃねぇか…。じゃあな。」 伊純サンは軽く肩を竦めて、体育館を後にした。 「…ちぇ」 「私たちもそろそろ行こうか。」 「うん…。」 剣を倉庫に片づけて、体育館を後にする。 都さんと一緒に歩いている間、ずっと恐怖が付き纏った。 …ヤバイ…、……すっごい怖い……。 「あ〜……つっかれた……。」 あたし―――佐伯伊純―――は一人でぼやき、シャワー上がりで火照った身体のまま、ベッドにうつ伏せに倒れ込む。 …ここ、天国だな…。 今は一月上旬の真冬。 しかしここは、冬ということを忘れてしまいそうなくらい、心地よい温度で保たれている。 いいのかよ…こんな楽な思いして…。 「伊純ちゃん。」 「ん?…ちゃんってつけんなよ……」 「なんか疲れたの?」 「あぁ……。」 隣のベッドにいつのまにか腰掛けていた冴月を見遣り、あたしは寝返りをうって仰向けになった。 「都サンと、剣の修業した。」 「へぇ、剣の?伊純ちゃんと都さん、上手なの?」 「あたしは別に…。でも都サンは上手い。」 「そうなんだぁ…カッコイイよね、都さん」 「そん時に、遼が来たんだ。」 「遼が?それで?」 「遼も都さんに相手してもらったんだけどな…、」 ここで、一旦言葉が切れた。 あの時の様子を思い出す。 遼、本当に怖がってたよな……。 「それでそれで??」 興味津々に聞いてくる冴月から目線を逸らし、 「…喉のギリギリまで剣先宛てられて、泣いてた。」 「…泣い…ちゃったの?」 「そ。ガキみたいにぐしゃぐしゃに。」 「ふぅん……遼ってけっこう子供っぽいんだ……」 そう呟いた冴月を見遣り、しばし眺めた。 「………。」 「…何…?」 「…いや…、……冴月ほどじゃないよ。」 「え…?」 「遼。」 「…あたしのほうが子供っぽいってこと?」 「そういうことだな。」 「なーんで?あたし泣いたりしないよ??」 「……なんつーか…雰囲気が。」 「雰囲気……。」 冴月は僅かに怒気を孕ませつつ、悩んでいた。 ……子供っぽいって言われて怒るのがガキだよな……。 遼と冴月の違いは……… ……。 「冴月さ、エッチしたことある?」 「は?」 いきなり吹っ飛んだ会話に、冴月は怪訝そうに聞き返す。 「いいから。言えって。」 「……やだ。」 「じゃ当てる。ズバリ無いだろ?」 「……うっ……なんでわかるのよぅー。」 わかりやす…。 「逆に、遼はあるんだと思う。」 「え…?そうなの?」 「そう。そんな違い。」 「……エッチしたことあるのと無いのとじゃ…違う?」 「違うな。冴月は大人っぽい子供。遼は子供っぽい大人ってとこか…」 「…伊純ちゃんはあるの?」 「…どうでもいいだろそんなの。」 「よくなーい。あたし教えたのに、伊純ちゃん教えてくれないのってズルイよぉー」 「自分で考えろ。んじゃ、おやすみ。」 「ああぁぁぁ…もおぉぉ〜…」 冴月の悲嘆の声も無視し、あたしは毛布に包まり目を閉じた。 「……あたしは…子供なのか……」 ……どのくらいの時間が過ぎた頃か、そんな呟きが聞こえた。あたしもなかなか寝つけてなかったらしい。 「………大人がいいな…、…大人になりたぁい……」 …………。 やがて、衣擦れの音がなくなる。 部屋に静寂が訪れた。 さらに少しすると、小さな寝息が聞こえ出す。 あたしは静かにベッドを抜けだし、冴月の顔をそっと眺めた。 無邪気な寝顔。ほんっとガキっぽいよな…。 …今…、…冴月を襲ってやれば、こいつは大人になるんだろうか? 眠っている冴月の頬、そして首筋を指先でなぞる。 冴月は小さく身をよじった。 …十五歳か…。 あたしが十五の頃は、何やってたっけ? 自堕落に日々を送ってたような気がする。 経験は、その時既にあった。 …そうするしか、生きていく術がなかったから…。 …大人、か…。 あたしは小さく息をつき、自分のベッドに潜り込んだ。 セックスで大人になるんなら、あたしなんてガキの頃から大人じゃねぇか……。 ばっかばかしい。 「皆さん、ここに来て一週間経ちましたけど、生活は慣れましたかぁ〜?」 佳乃さんがふにふにと言う。 私―――志水伽世―――は、「はぁ〜い」と答える。 関係ないけど、昨夜ギターを鳴らしていたら、相部屋の都さんに叱られた。 夜は周りに迷惑だから、大きな音を鳴らすのはやめましょう。 「今日もこれといった予定はないんですが…、あ、ええと、私が仕事で本部に戻ってきます。ついでにパトロールとかで……」 私は手を挙げて質問ポーズ。 「はい、伽世さん。」 「パトロール、一人で行くんですか?」 「はい、その予定です。」 「一人じゃ危ないですよ〜…。」 「えぇと…じゃあ誰かについてきてもらおうかな…?参考人として本部でも少し…。あとで誰か探しますね。…ええと、以上です。なにか質問とかありませんかー?」 「あ、あの…」 佳乃さんの言葉に、和葉さんがオズオズと手を上げる。 「はい、和葉さんっ」 「私、仕事を無断欠席してるんです…。まぁ、今の職場がまだあるかどうかもわからないんですけどね。…一応、断わりに行きたくて。」 「なるほど……。それじゃ、私のパトロールの時に一緒に行きますか?」 「え!い、いや、それはちょっと……」 「…?ダメですか?」 「はい…、だめです……ちょっと…。」 「??それじゃ…ええと…千景でもだめ?」 「尚更だめです!」 「そ、そなんですか…。困りましたね、それじゃ…ええと……」 「私、ついていこうか〜?」 と手を挙げたのは、都さんだった。 「和葉ちゃんのこと守ってあげるぅー」 「じゃあ…都さん、お願いします。二人とも、くれぐれも気をつけてくださいね?」 『は〜いっ』 「それじゃあ、朝の会終わりです。」 朝の会…いつのまにそんな名前がついたんだっけ……。 「私も職場に挨拶に行きたいなー、なんて…」 後ろで、英語でポツリとそう零したMinaサンに、 「だめです。」 と、佳乃ちゃんはとびきりの笑顔で答えたのだった。 「人の気配……ないね…?」 都さんは、扉に背中を付け、しばし耳を押し当てたあとで言った。 「そうですか……な、中、入れますか?」 「…そーね。中がどうなってるかわかんないけど……外よりは安全ちっく。」 と、都さんは小さく笑んだ。 そして、ゆっくりと扉を引いた。 都さんはまたしばらく押し黙ったあと、「ok」と合図して、中へと滑り込む。 私―――五十嵐和葉―――は緊張しながら、都さんの後を追った。 あの施設に米国軍の一斉強襲があった日を境に、東京はどんどん荒れていったらしい。 たった一週間前に見た情景よりも、酷い、争いの爪痕が所々に残っていた。 私はそんなことも知らずにぬくぬくと…。そう思うと、どうしようもない己への憤りが込み上げる。 「都さん…」 「ん〜?」 「この奥の階段を下って二つ目のドアです」 「了解っ」 細い暗い廊下。 この並びにいくつもの遊び場が点在している。私が働いていた所は、中でも奥まった場所だった。 「ここね」 囁くように言う都さんに、私は頷く。 都さんは、そっとドアノブに手をかけた。 緊張が走る。 チャッ…と小さく音がして、ドアが開いていく。物音はなかった。 「………人の気配が一つもない。大丈夫みたい…。」 都さんは小さくそう言うと、私の手を取り中へと進み出した。 見慣れた受付カウンター。 店の看板。 「…エンジェルクラブ?」 都さんはそれを読み上げた。 「ハイ…。」 「…普段は営業時間なの?」 「そうです…。二十四時間、交代で入っているので…」 「なるほど…ってことは、臨時休業にでもしてるんじゃない?」 「……でも、店の鍵が…」 「………そうだよね…」 ………。 恐怖が襲った。 店の奥に行きたい気もする。…でも…。 「…和葉ちゃん、ちょっと待ってて。見てくるから。」 「都さん……」 「……こっちは?従業員用?」 都さんはカウンターの中から通じる廊下を指さした。 「そうです。女性用とスタッフ用の控室が一つずつです…」 「Ok.……すぐ戻るから。」 「はいっ…」 都さんは、暗い廊下の闇の姿を消した。 私を包む静寂に、身震いを覚える。 …早く…っ……。 カチャッ 「きゃ…!?」 静寂の中に突如鳴った音に、短い悲鳴をあげる。それがすぐに、ドアが自然に閉じた音と気づき、息をつく。 まだ心臓の鼓動が止まらない…。 「和葉ちゃんっ…?」 都さんが少し慌てた様子で出てきた。 「は、はいっ…」 「……今、悲鳴が聞こえた気がしたから…」 「あ…、ご、ごめんなさい。なんでもないんです」 「そっか、…無事で良かった。」 都さんは小さく微笑する。 私は、都さんの手を握りながら尋ねた。 「…あの、中は……?」 都さんの表情が曇った。 ……。 「………日本人の男性2人。女性1人。かなり前に息絶えたみたいだった。」 「……っ…、……男性二人…オーナーと店長…。…女性…、…ど、どんな人でしたか?」 自分でも、声が震えているのがわかった。 「薄い茶色の、鎖骨くらいの髪で…、泣きぼくろがあった。」 「…ひとみさん……」 ……また、沈黙。 恐い…っ……。 私は思わず、都さんに抱きついていた。 彼女は何も言わず、私を抱きしめてくれた。涙は出なかった。 少しだけ都さんのぬくもりを感じて、それから私は… 「…奥に、行ってみていいですか?」 そう言って、さっき都さんが行った方とは違う廊下を指さした。 「…この先は?」 「お客様に…奉仕するお部屋です。」 「……大丈夫?」 「大丈夫です。……行きましょう。」 「…うん。」 強がってみたけど、やっぱり怖かった。 きゅっと都さんの腕に掴まり、ゆっくりと歩き出す。 「この一番奥に…VIPルームがあるんです。…すっごいですよ…」 いくつかのドアの前を通り過ぎながら、私は小さく言って笑った。 「すごいって…どんなふうに?」 「見ればわかります。」 そして、たどり着く扉の前。 不思議と、私は少しもためらうことなく、その扉を開けていた。 「……………。」 見慣れた部屋。 全てがいつものままだった。 私は奥にある女王の椅子に腰掛ける。 「……ここで、お客様を待つんです。」 そう言って、小さく笑う。 「……調教、部屋…?」 「そんな感じですね。SでもMでもこなします。」 「…ふぅん。…すごいのね。」 都さんはゆっくりと室内を見回した。 部屋は、さまざまなプレイの道具がそろっている。 中でも目を引くのは、壁に作り付けられた拘束器だろうか。 ここで、何度も鞭を打たれ…いじめられて…逆に、いじめたり…。 「…和葉ちゃんって、エッチなんだ。」 「……そんなことないですよ。」 「女王様の椅子、似合ってるわよ?」 「そうですか?あはは…まいったなぁ」 「和葉ちゃん…すっごいよ。服着てるのに…ただ椅子に座ってるだけなのに…、変な感じがするの。」 「…都さん、とびっきりの秘密を教えてあげます。こっちに来て。」 「何かしら。」 都さんは小さく笑み、私に歩み寄った。 私は彼女の腕をそっと抱き、頭を抱き寄せてくちづける。そして、密かに口に放りこんでおいた飴玉を都さんの口に移し込む。 私が舌を引くと、唾液が糸を引いた。 「…なぁに?この飴。……これがとびっきりの秘密?」 「……警戒しないで。都さんに危害を加えたりとかは、絶対しません。」 「でも、何かもわからないものは身体に入れたくないわ?」 「…じゃ、教えてあげます。…これ、コカインです。」 「なるほど。麻薬ね。通りで、警察の付き添いはダメって言った理由がわかったわ。」 「…えへへ。でも、こういう楽しみ方ってすごくイイんですよぉ…」 「…やっぱりエッチ。」 「ここで働き出してから、こんなんなっちゃったんです……真っ当な女の子なんですよぉ」 「ま、私はエッチな子、好きだけどね?」 都さんはクスクスと笑って、口の中の飴をカリッと噛み砕いた。 そしてまだその後味の残るまま、私にくちづける。甘い唾液が二人を行き来する…。 甘いくちづけの中、私は思っていた。 これが最後の仕事…。 最高の仕事をするんだ……。 |