天にまで届く夜の中の光り。
 太陽が出ていようといまいと、人間達には関係のないこと。
 街はいつも光に照らされ、輝いていた。
 どれだけの人間が気づいていただろうか。
 その光が、その輝きが、まやかしにすぎないことを。
 科学という名の、人間が作り上げた幻想だということを。
 その幻想は、あまりにも脆く、壊れ易いということを。


「間もなく2081年!2080年も、残すところあと3時間となりました。」
 人気DJの姿を乗せたデジタル放送が、街角の巨大なスクリーンや携帯電話に付属したミニディスプレイで流れていた。
 この国で最も栄える都市、東京市。
 夜の街は電光やネオンが煌びやかに光り、2080年最後の一日を楽しむ人々で賑わっている。
 過去に渋谷109があった場所、今は巨大センタービル渋谷709がそびえ立つ。
 709の最上階は、首都東京市が見渡せる展望台になっていた。

「すごく綺麗……。」
 展望台で寄り添うカップルの姿が一組。
 女は、瞬く星のように輝き散る夜景に見惚れ、うっとりとした表情を浮かべている。
 そんな彼女の横顔にしばし見惚れた後、男は相手の肩に添えた手とは逆の手をポケットに差し入れた。
 躊躇いがちに少し目線を落とし、
「……あのさ」
 と、ポケットに忍ばせた指輪の箱に触れながら、何かを言い出そうと小さく口を開いた。
「……うん?」
「あ、いや……」
 女がきょとんと見上げる表情に、男は思わず言葉を飲み込んでしまう。
 カツン。指先でポケットの中の箱を軽く小突きつつ、ジレンマを感じる。
 けれども、今、世界一の彼女と過ごしているこの時間を、もう少し楽しむのも良いかと思い直す。
「ねぇ。望遠鏡、見ていい?」
「あぁ、いいよ」
 女は嬉しそうに微笑みを向け、有料望遠鏡に小銭を入れて覗き込んだ。
「きゃぁっ、すごいすごぉい!」
 女が望遠鏡に夢中になっている姿を眺めながら、意を決すように一呼吸。
 そうして、男はポケットの指輪の箱を静かに取り出した。
 彼女となら一生、共に生きていける。そんな確信を胸に秘めて。
「あのさ、これ……」
「え……?」
 男の言葉に女は振り向き、その手の中にある小箱に目を奪われる。
「……これ、って」
 女は微かに頬を紅潮させ、男の目を見つめた。
「俺と、けっ」
 女の瞳を見つめながら、男は決意を口に――しようとした。

 ――――刹那

 男の顔が、女の顔が、ぶれた。
 ガクン、と床が揺れた。
 
 地震―――?

 ―――いや、まさか。

 ここは、ビルの最上階。
 もし地震なんか来たら、

 ………間違いなく、

 ――――――――死、


「きゃぁぁあ!!!」

 女の悲鳴と共に、2人は、床に叩きつけられた。
 身体に掛かる凄まじいGに、目を見開く。
 足が地に着いている感覚が訪れない。
 揺れは、徐々に激しくなっていく―――

「……ゎ、あ゛……!?」

 掠れた男の声。
 女は必死で、愛しい恋人の姿を探した。

 ぐしゃ。

 現実感の無い、生ぬるい音。
 
 鮮血。

「え……?」

 自分の身体に降り注いだ血の雨に、女は、悲鳴すらも忘れた。

 ただ、目線の先に、厚いコンクリートの塊に潰された、人間だった物が、在った。


 落ちる感じはしなかった。
 女は、長い長い時間、宙に浮く感覚を他人事のように感じていた。

 何が起こったのか、理解する、その前に。

 自分の命の危機にすら、気づけぬまま。

 その命は、儚く散った。





 眩しすぎるネオンが光る街。
 全ての最先端を行く街。
 人類が作り上げた、最高の技術。
 その全てが、

 血に染まり、崩壊した。

 闇が、包んでいった。




 2080年12月31日、午後21時15分〜22時00分。

 世界の各地を震源地に、同時発生した大規模な地震。
 ここから地球の全ての歯車が狂い始めた。
 地球滅亡への始発点、血の大晦日。












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