〜三年後〜 「玲〜っ!!」 後ろから掛かったのは、安曇の声。 ボク―――赤倉玲―――は振り向いて、 「おはよう。今日も元気だね。」 と、笑いかける。 もう、この大学の並木道を歩くようになって、四年と数ヶ月。 ボクは、この大学の大学院に進学し、建築物の云々に関して、学び、研究しているのだ。 「うん!あのさ、玲ってフランス語とか取ってなかった!?」 走って来た安曇が、ポニーテールにした長い髪を揺らし、息を切らせながら、言う。 ―――安曇も、大人っぽくなったな。 当然だよね、もう21歳だもん。…って、まだ21か。 もう、三年間も、安曇と一緒にこの並木道を歩いてる。 なんだか不思議な感じだ。 「玲?聞いてる?」 ボクの目の前で手をパタパタさせる安曇に、ふっと我に返る。 「え?…あ、ごめん、フランス語?うん、取ってたよ。」 「うそ!ラッキー!じゃあさ、今度ケーキセット奢るから、ノートとか貸して!」 「あはは、別にいいけど、ボクの一年間の努力はケーキセット並?」 「そ、そういう意味じゃないけど〜、あははは!」 二人で歩きながら、ふと思う―― あの時、ボクはどうしてこんなに可愛い子を、信じようとしなかったんだろう?って。 …お互い、子供だったのかな。 「…ん?どうしたの?今日はぼーっとしてるよ〜?」 「昔のこととか考えてた。…安曇がこの大学に来てくれて、本当に良かったな、って。」 ボクがそう言うと、安曇は照れくさそうに笑った。 「…初恋のパワーを侮るべからず、だよ★」 ブイサインを作って言う安曇に、ボクは小さく頷いた。 「うん、感謝してます。」 「……えへへ。んじゃ、お昼待ってるね〜!」 そう言って、安曇は大学の校舎へと走っていった。 初恋パワー、か。 その初恋パワーに、なんだかんだで押されて、改めて付き合っちゃってるんだよね。 でも、今はあの時のようなウソコイじゃない。 …ボクは、安曇のこと、大好きだから。 「夕ちゃ〜んんっ!!」 …そんな明るい声に、あたし―――棚次夕子―――は顔を上げた。 「弥果ちゃん。…相変わらず、テンション高いなぁ。」 街角で待ち合わせ、今日は弥果ちゃんに付き合ってウィンドゥショッピング。 「えへへ、つき合わせちゃってゴメンねぇ。」 相変わらず可愛らしくて明るい笑顔。今は、あたしの目線よりも下にある。 25歳の弥果ちゃんと、20歳のあたし。でも、昔みたいに子供二人つるんでるようには、もう見えないはずだ。まぁ、弥果ちゃんはそんなに変わってないけど、あたしは、この三年間で見違えるほどに変わってる。この三年間は伊達に成長期ではないのだ。 そして今、あたしは医学大学に通う大学二年生。あたしの将来の夢は、お医者さん。 ―――柚って、なんだかんだでちょっと身体弱いから、お姉ちゃんがまた泣かないよう、頼りになるお医者さんになりたいって思ったんだ。大学ではアルビノに関する研究も進んでいて、すごく興味深い。まぁ、柚はあたしに頼る必要もないほど、ここのところ健康だけどね。 「あ、ねえ、この靴可愛いですぅ!」 弥果ちゃんの指差す靴に、あたしは目を細める。 「そうだね、…お姉ちゃんに似合いそうかな。」 思わず零すと、弥果ちゃんは小さく膨れて、 「もぉっ、相変わらずシスコンですねぇぇ。弥果のライバルは瞳子さんですよぅっ。」 「あははは、大丈夫だよ、あたしは、弥果ちゃんしか―――」 …と、ちょっと見つめあって、恥ずかしくなってお互い目を逸らす。 あの頃は、17歳と22歳、まだまだ子供と大人だったけど、今は、少し違うかな。 弥果ちゃんが、あたしの二十歳の誕生日に、…告白、してくれたのである。照れる。 あたしがこんなに大きくなるまで待っててくれた弥果ちゃんに、今度は恩返ししなきゃ。 「弥果ちゃん、あたしがお医者さんになったら…。」 「うん?」 「……好きなものなんでも買ってあげる。」 「本当?…あはは、でも、弥果が欲しいものって何かなぁ…。」 「…ない?」 ちょっと残念で弥果ちゃんを見ると、弥果ちゃんは悪戯っぽくあたしを見上げ、 「夕ちゃんがいれば、それで十分なのです。」 …と言って、タタタタっと先に走って行ってしまった。 …照れる。照れる。照れる。 「パラララ、パララ、チャラッチャーン!」 昔のあたし―――戸谷紗理奈―――を知っている人は、「相変わらず」だと言うけれど、あたしを知ったばかりの人は、「超革命的な人物」だと言う。 シュビドゥバ。つまりのところ、あたし自身は大して変わってないけれど、その才能が世に認められてしまったわけだ。 実は、以前にあたしが制作した『荊ちゃん珍プレー・好プレー』というタイトルのビデオをテレビ局に送ってみたところ、これが大絶賛。まぁ何気にあの撮影には金かけてたし、自信作ではあったけど。残念ながら、そのビデオの主人公である荊ちゃんが許可してくれなかったので、『荊ちゃん珍プレー・好プレー』はお蔵入りになってしまった。しかし、あたしの満ち溢れる才能を、テレビ局に買われてしまったのだ!親の七光りも手伝い、サイケデリックリポーター戸谷紗理奈の出演作品は、爆発的人気なのである!!嘘だと思うなら、今すぐビデオ屋行ってみな! 「というわけで、多忙な毎日を送るわたくしですが、そのプライベートはと言うと!」 じゃんっ。そこにいるのは、眼鏡っ子で昔はショート、今はセミロングヘアの素朴な女の子! 「こいつが社会人五年生の夜衣子というんだけど、名前もイカしてれば、中身もイカしてたりする。いや、悪いが俗世に晒すわけにはいかないので、その中身は秘密ということで。まぁちょこっとだけ教えてやるとすれば、夜衣子はあたしの心の清涼剤!SMマニアをロリコンに変えてしまうほどの効き目は、ちょっと人様には貸せないね。夜衣子はあたし専用なのだ★」 「さっきから、好き勝手言ってるけど、私は紗理奈だけのものではないのです。」 「う、そうなのだ。まぁなんと言うか、あたしも別に夜衣子オンリーラヴという感じでもなく、なんとなくのほほんとするために夜衣子を飼っていたわけで、恋人ではなく、飼い主とペットぉ?」 「な、なんかそれ失礼ですよっ。私も紗理奈といちゃいちゃするのは、結構楽しかったのですけど、お家の事情とかで、そろそろ身を固めなくてはいけなくて…。」 「ほんで、都内に住むH・Rさん(28)とか、K・Uさん(24)とか、L・Cさん(31)とかとお付き合いしたりしてるわけでな、この娘は。まったく、むぅっ。」 「あの、L・Cさんは明らかに日本人ではないような気がするんですけど。」 「な、なにを言うか!Lラチェオン・Cクライス氏、正真正銘の日本人だ!」 「いえ、だから、それは日本人ではないですって。」 「むぅー。実を言うと、あたしこと紗理奈、紗理奈ことあたしは、こうして手放してみて、夜衣子の重要さがわかってきたというか、その、なんというか…。」 「え??」 「……や、夜衣子はやっぱ、あたしのペットじゃないとダメ!誰にもあげない!」 「えぇ?!そ、そんなぁ。…せめて、ペットじゃなくて、恋人って言ってくれればいいんですけど。」 「……恋人、って柄じゃないしぃ。」 「もぉ〜そんなワガママ言わないで下さい!」 「まったく、相変わらず…。」 テレビ局の中で、紗理奈の姿を見かけた。 声を掛けようか迷ったけど、止めておいた。連絡とろうと思えばすぐ取れるし、別にそこまで話がう合う相手でもないけれど、私―――荊梨花―――は、その姿に、ふっと懐かしい気持ちにさせられたのだ。『荊ちゃん珍プレー・好プレー』は、さすがの私も驚いたけど、あれもまぁ、一応良い思い出にしておこう。許可しなかったけど。 「梨花?どしたの?」 ひょこんと、楽屋から出てきた花月に、私は首を横に振って、「なんでもない」と言った。 ますますキレイになった花月は、順調に出世をとげ、今では「抱きたい女ランキング」の上位に食い込むほど、なのだ。ちょっと複雑だけど。今は、雑誌なんかより、テレビの仕事が増え、モデルから、アイドル・タレント方面に活躍の場を広げている。 で、因みに私との関係はと言うと、実は既にフォーカス済。花月は酔うといつもそうなるのでそのうち撮られるとは思っていたが、思いっきり腕を組んで、しかもキスシーンをバッチリ激写された。記者会見を開いて、事務所の命令で予定では否認するはずだったのに、彼女は勝手に肯定した。…昔から、そう言ってたけどね、花月は。事務所も真っ青になったものだが、そこまで、人気が落ちることもなく、私も安心した。 そうそう、で、そんな私が何故テレビ局で花月の仕事について来ているのかと言うと、実は私、警察から転職し、花月のマネージャーになってしまった。な、何故か。 ――というのも、丁度警察の仕事にやりがいを無くし、その時花月のマネージャーさんが結婚し、マネージャーを辞めるという。花月は新しいマネージャーはイヤだというので、思いきって仕事を辞め、花月の事務所にお願いして、私がマネージャーになったわけ。まぁ、こんな転職普通ないけどねぇ。血生臭い現場が、いい加減イヤになったし、本当に思い切ったワケ。 「梨花ぁ〜。」 「はいはい?」 花月の声に楽屋の覗くと、背中のチャックに格闘し、敗北した花月が居た。 「素直に私を呼びなさいっ。」 言いながら、露になった背中が色っぽくて、花月のうなじにキスをした。 「…梨花、いっつもそれするから。」 「う。だって、このうなじがいいんじゃないっ。」 「うなじフェチめぇ〜〜。知ってる?楽屋って監視カメラついてる。」 「うそっ!?」 「う・そ・プー★」 …む。最近は花月も腕を上げたかっ。 「花月、ストッキングが伝染してる。」 「うそ!?」 「う・そ・プー」 「チッ、さすが梨花!やるわね!」 「…まぁねぇ。」 私たちも進化してないなぁとか思いつつ、 「…じゃ、頑張ってらっしゃいのチュー。」 …こんなこと言ってる花月が、可愛くて仕方ないのだ。 「…がんばって、らっしゃい。」 私はメイク前でも十分可愛いその花月に、そっとくちづけを落とした。 暗い話で申し訳ないが――― 先日、私―――姫野忍―――の片親が他界し、これで、親二人共、いなくなってしまった。 一年違いで両親が逝ってしまって、悲しいけれど、 けれど、大丈夫。 昔の私は、病院暮らしで、本当に両親に世話をかけてばかりで、 ――でも、マリアと出会って、彼女が応援してくれて。 だから、元気になれた。 父親が死ぬまでの二年間、母親が死ぬまでのこの三年間、 元気に、仕事をして、少しだけど給料を家計の足しに出来て、 …当たり前のことのような親孝行が出来て、嬉しかった。 両親も、マリアのことを紹介した時は、驚いていたけれど… 私に大切な人が出来て良かったって言ってくれて、嬉しかった。 このような穏やかな気持ちで、両親の冥福を祈ることが出来て、本当に良かった。 悲しいけれど、 悲しいけれど、 私の傍には、いつも居てくれる。優しい人。 「…忍?」 実家の仏間、両親の遺骨の前でぼんやりしていると、マリアが心配そうに顔を見せた。 「あ、ごめんね。家の掃除、手伝わせてるのに、私がさぼってるなんて。」 私が言うと、マリアは優しく微笑んで、 「いいのよ、気にしないで。ご両親と一緒にいられるのも、あと少しだもの。」 そう言って、間もなく引き払うこの家の掃除に戻ろうとした。 「待って、マリア。」 そんなマリアを、私は引きとめる。 「なぁに?」 私の顔を見てか、少し悲しげに微笑んだ。 もう二十九にもなるのに、私、今でも泣き虫で…。 「ごめ、んね…、……少しだけ、…そばに、いて…。」 「うん…。」 マリアは優しく頷くと、私の身体を優しく包んだ。 その温かさが嬉しくて、私はまた、泣いた。 マリアが私の胸で泣くこともたまにあったけど、ほとんどは、私が泣かせてもらうほう。 年上のはずなのに、全然頼りない私。 そんな私の傍いて、微笑んでくれるあなた。 あなたは本当に、聖母マリアのような、優しくて慈悲深い、素晴らしい人です。 「え、ええと…、紀子さん、一体、何が……。」 私―――加護朱雀―――が紀子さんの部屋に訪れた時、そこは惨状と化していた。 「何がもなにもぉ。ユッコと朱雀ちゃんとの交代の間のブランクの一週間、あたし一人だったわけじゃない。で、しかもあいにくの締め切りが迫ってるわけじゃない。でもう、なんだか世の中わけわかんなくなっちゃって、あーでも、別の締め切りが迫ってるのであたしは再び缶詰で、と、とにかく、頑張って頂戴!!」 紀子さんはそう言い残して、『入るな』という張り紙のされた彼女の仕事部屋に篭ってしまった。 頑張って頂戴。 ――確かに、頑張り甲斐はありそう、だけど。 洗濯物や、キッチンや、お風呂や、彼女の寝室なども、まるで強盗が入ったかのように荒れていた。何をしたらこうなるのかよくわからないけれど、とにかく、私の初仕事は、この部屋をキレイにすることから始まったのだった。 ―――数時間後。 ピンポーン、と来客を告げるドアのチャイム。 「あ、アシスタントの子、変わったんですね。」 「は、はい。新しくアシスタントになりました、加護と言います。」 どうやら編集部の人らしい、三十代半ばの男性。 「あぁ、君、朱雀ちゃんだ。」 「え!?…ご存知なんですか?」 「うん。…先生、新しい愛人とか言ってたけど。」 「あ、愛人?…あ、新しい!?」 「違う?」 「…うーん、大分前から愛人というか、こ、恋人、というか。」 「ふぅん。そうなんだ。じゃあ、君が恋人で、ユッコちゃんが愛人だったのかも。」 「えー!?」 「あはは、うそうそ。」 などと話していると、奥から紀子さんが出てきた。 「ほい、確かにぃっ!」 紀子さんは一枚のフロッピーディスクを、差し出したまま、床にへたり込んだ。 「はい、今日もお疲れ様です。確かに受け取りました。」 「はうぅ〜。」 「だ、大丈夫ですか、紀子さん…。」 私が紀子さんのそばに寄ると、編集部の方が、 「あははは、新しい子は心配してくれるけど、すぐに、いつものことだからって気にしなくなるでしょうね〜。」 「うるは〜い、朱雀ちゃんはずっと心配くれるよ〜だ…。」 いつものことなんだぁ…。 「あ、そうそう、朱雀ちゃん、新しい愛人って言われて気にしてましたよぉ。」 「へ?あぁ、あれ?あれはぁ、愛人兼恋人。んで、愛人っていう役職は朱雀ちゃんからです!」 「はは、なるほど。じゃあ、また。」 編集部の人が帰って、片付いた部屋にへたり込んだ紀子さんと、その傍にしゃがみこんだ私。 「…大丈夫ですか?」 「…す、朱雀ぅぅ〜〜。」 「わっ?」 抱きつかれて、私も一緒にぺたり。 「…仕事終わりは疲れてるけど、欲しくなるの。わかるでしょ?」 「わ、わかんないですけど、…えっと。」 「…寝室まで、連れてって。」 「は、はぁい。」 というわけで、紀子さんの「恋人」になってから三年と半年程。 私はついに、「愛人兼恋人」になったのだった。 …よくわからないけど。 「……はぁ。」 今日も、お仕事でお疲れ。 私―――松雪馨―――は、電車の窓に映る、いまいちパッと冴えない顔に、ため息をつく。 こう、毎日が繰り返しだと、色々刺激を探したくなるが、刺激になってくれるものない。 女、三十一歳。…と考えると、ちょっと悲しくなるが、まだまだ女盛り。 友達と飲んでも、男と遊んでも、いまいち。 ―――はぁ。結局、あの子の事を考えてしまう。 『はいはーい!馨ちゃん、どしたの〜?』 駅のホーム。私の部屋からの最寄り駅ではなく、紀子のマンションまで近い駅で降りて、私は彼女に電話を掛ける。 「…ねぇ、今夜、ダメかしら?」 『あ!……ちょっと微妙。えっと、おまけつきでもいいなら。』 「おまけ?」 『朱雀ちゃん居るんだけど。今日から奴隷、もとい住み込みメイドさん。』 「そうなの…?じゃあ、遠慮した方がいいかしら。」 『あ、ちょっと待って。待ってね。』 と、紀子は受話器の向こうで誰かと…おそらく朱雀ちゃんと話し、 『よし、朱雀ちゃんからOK出たので、今宵は二人で紀子ちゃんに尽くして下さいぃ。』 と言う。紀子の言葉に、小さく笑いを零す。 「…バカ。わかった、じゃ、今から行く。…でも、本当に良かった?」 『うん、馨ちゃん?……今度、浮気しようね?』 「は…?」 『えへへ、じゃ、待ってる。』 プツッと電話が切れても、私はその機械音を聞きながら、微笑んでいた。 ―――でも、私って悲しい女。 やっぱり―――浮気でしか、生きられないんだもん。 「あ〜〜…極楽…。」 美女二人。これぞ至福!! あ〜〜ん、もう幸せぇ〜〜。 あたし―――悠祈紀子―――は、美女二人に尽くされながら、つくづくラッキーな自分に感謝。 だって、ラッキーとしか言い様がないよね、こんな美女二人捕まえてるなんてさっ。 昔は、朱雀ちゃん9:馨ちゃん1でラブラブしようと思ってたはずなのに、気づけば朱雀2:馨1くらいの割合になってて、おっかっしいな〜って感じで。 …なんだかんだ言って、あたしは馨ちゃんのこともスキなのですぅ。 はぁ。ヤバいよ〜あたしってば、三十路になってしまったのよぉっ。 でもいいもん。朱雀ちゃんも馨ちゃんも可愛いんだもん、素敵なんだもん。 馨ちゃんは今31だっけ。もう、はちきれんばかりの大人の色気にクラクラ。 朱雀ちゃんは、今、26歳っ。こっちも女盛りっちゅーか、可愛いわけよぉ、これ。 あ〜〜だめ〜〜あたしはどんどんこの二人に取り憑かれていくのっ。 にゃはは。極楽だよ〜ホントぉ〜。 でもさ、女も三十路になれば人生考えなくちゃかな、とか思ったりするわけよ。 でさでさ〜、この紀子ちゃんのぷりゅぷりゅゼリーみたいな脳みそで考えたんだけど、あたし多分結婚出来ないよね〜。だって女の子の方が可愛いんだもん〜。 もういいもん。あたしは生涯女の子をはべらせつづけてやるぅっっ!!! などど考えつつ、上担当の馨ちゃんとキスしながら、ふと、あたしは思いついた。 今の季節は、夏。少し汗ばむこの空気。 そうだわっ。 「ねぇねぇ!」 あたしは声を上げる。 馨ちゃんが不思議そうにあたしを見て、朱雀ちゃんも顔を上げた。 「今度、遊園地行かない?あの、思い出の遊園地。…この三人でさ。」 あたしの言葉に馨ちゃんはフッと微笑んで、 「そうね…いいわね、久しぶりに、童心に帰ってみようかしら?」 「わ、私も賛成です。この三人で出かけると、なんだか、楽しいですから。」 「うん。じゃ、決まり〜!日曜日ね!」 約束を取り付けて、あたしはウキウキだった。 ―――楽しかった、よね。あの七日間。 だから少し、思い出してみたくなったの。 「今日から同棲!」 「…うん。」 嬉しそうな忍に、私―――宮本マリア―――も、なんだか嬉しくて、微笑んだ。 私のマンションは、二人でも丁度良いくらいの広さで、忍が半分出してくれるから金銭的にも助かるし、それに何より、彼女と一つ屋根の下で暮らせることが、嬉しい。 忍、お母様がこの間亡くなったばかりで、やっぱり寂しそうだから、私がそばにいてそれで寂しくないのなら、いくらでもそばにいる。そういう点、やっぱりお家が一緒だと都合が良い。 私がお料理担当で、忍はお洗濯担当。女同士だと、どっちも家事、やんなきゃね。 忍、私の料理、美味しいっていつも嬉しそうに食べてくれて、私も嬉しい。 なんていうんだろ、もう忍とは随分長い付き合いになるけど、なんだかとても不思議な関係。 恋人で合ってるんだけど、男と女の恋人とは違うし…かといって、忍って、あんまり女々しい部分がないから、女同士…とも、なんとなく違う気がする。 中性的なのかな、忍って。男の人みたいな優しさと、女の人みたいな強さ。あはは、なんだか逆だけど、本当にこんな感じ。 私と忍は、本当に、バランスが取れて、良い関係。 長年連れ添ったご夫婦にも引けはとらないくらい。 「…ここの景色、私、好きだなぁ…。」 忍が、ベランダから景色を望む。 ここは高台にあるので、景色はバッチリ。 今日は日差しが強くて暑い夏日だけど、高いところは気持ちいい風が吹く。 「…ねぇ、忍?」 忍にそっと寄り添って、名前を呼ぶ。 「うん?」 「…私ね、時々思い出すの。…初めて、忍と関係を持った、時。」 「…それは、志乃の仕業の、あれ?」 その話をすると、今でも忍はバツの悪い顔をする。 「そう。志乃さん…彼女がいなくなったのは、忍が強くなったってことなのよね。」 「そう、だと思う…。……マリアは、志乃がいなくなって…悲しかった?」 忍の言葉に、首をかしげた。 「どうして?」 「え?…だって、マリアが最初に惹かれたのは、志乃の顔、だよ。」 「……そうね。でも、悲しくなんかなかった。彼女は忍の一部。今だって忍の中にいるわ。」 私がそう言って微笑むと、忍はほっとしたような顔で、 「そっか。…そうだよね。」 と、頷いた。 …景色を眺めながら、ふと思った。 「ねぇ、忍?……今度、あの遊園地に遊びに行かない?」 「あの…?…あはは、それ、いいかも。もう、三年…四年近くになるかな。」 「そうね、あの一週間から、もう四年も経ったのよね…。」 ふっと目を見合わせて、笑った。 「…あの一週間で貴女に出逢えたから、今の私が居る。」 忍が言った。 そして私も言った。 「私も、貴女に逢えたから、今、こうしてここにいる。」 「り〜かぁぁ〜」 「はいはい?」 テレビを観ながら顔だけ振り向く梨花。 私―――名村花月―――は、そんな梨花に、背後から抱きつき、そのまま押し倒した。 ごろりん、と、リビングのカーペットに一緒に転がる。 「何、それ?新手の攻撃?」 小さく笑いながら、梨花は言う。 「そ。そんな感じ。」 梨花が仰向けになって、私がそれに覆い被さる。 至近距離で梨花を見つめて、笑顔一つ。 「…なによ。」 「ううん。一段と愛しいわ。」 私は言って、くちづける。 もう何百回。ううん、何千回も重ねたキス。 そう、このキスこそが、私たちの本気の証。 私と梨花って、結構、喧嘩も多い方だと思う。 つい私がだだこねちゃったり、梨花が厳しかったり、子供と大人みたいな私達。 でも、私が真面目にしたり、梨花が大目に見てくれたりする。 そして、仲直りのキス。ごめんね、って。それでおしまい。えへへ。 ……梨花と付き合いだした時はね、こういう恋人って、最初だけ夢中になって後から飽きちゃうものだと思ってた。でもね何でだろ、梨花だと全然飽きないの。それで、ついつい甘えちゃう私なんだけど、梨花はいっつも、仕方ないなぁって顔で、許してくれちゃう。 だから大好き。今までも、今も、きっと…これからも。 「…あ!そうだ!」 私はふと、とっても良いことを思いついて、身体を起こした。 「ん?なに?」 「あのね、遊園地行かない?あの時の遊園地。」 「あぁ…あそこ?別に、構わないわよ。…あ、そう言えば、遊園地に遊びに行くのは初めてね。」 「うん。」 嬉しい。新しいデートスポットって、やっぱりワクワクする。 「花月、あの時と違って、今は変装しなきゃね?」 「うん…面倒だけど、仕方ないね。うん、いいよ、梨花と一緒だから変装してても楽しい。」 私が言うと、梨花は微笑んでくれた。 私はもう一度梨花に倒れ掛かって、一回キスしてから言った。 「あの観覧車で、また、キスしてね。」 もう4代目になるBMWの、紗理奈の右側に座る。 あまりに慣れて、少し麻痺してた。 それが、私―――嶺夜衣子―――の幸せだっていうこと。 「夜衣子、今日はどうする〜?」 今じゃ有名人になってしまった紗理奈。デートもあんまり出来なくて、今日会うのも久しぶり。 私も、家の事情でお見合いとかさせられて、形ばっかりのお付き合い。 まだ23だから、もうちょっと自由にさせてくれてもいいのに、親は25で子供を生めとか言う。 ……なんだか悲しい。そんな、空っぽな建前だけの付き合いよりも、紗理奈との意味わかんないけど内容の濃いデートの方がずっと楽しい。 「……ねぇ、紗理奈、…逃避行しようか。」 私はポツリと言った。紗理奈はきょとんとして、 「なに?とーひこー?…あのエスケープとか言うやつ?」 「そうそう。…もっと簡単に言うと、駆け落ち。」 「…か、駆け落ちぃ!?」 さすがの紗理奈も、ちょっとビックリしてる、みたい。 そうだよね、私、そんなこと言う女の子じゃなかったんだけど。 「……私、紗理奈とずっと一緒がいいな…。…ねぇ、紗理奈?」 「え?…う、うん。」 私の言葉に、紗理奈は少し困惑した様子だった。相変わらず色黒で、色素の薄い髪。あの頃から比べて、大人びた顔立ちになってる。…大人に、なってるね。 紗理奈は、しばらく考え込むようにして、そして、言った。 「……あたしもさぁ、大人になっちゃったわけよ。」 「うん。」 「でさぁ、いい加減、一人の人に決めなきゃとか、そういう風に思うワケ。」 「うん…。」 紗理奈は車を道端に止めると、夕暮れの街灯に目を細めながら、言う。 「―――『結婚』とかいうキーワードがちらほらと。」 「…そうだね。」 ふっと、お見合いの相手とか、そういう「嫌いな顔」が浮かんだ。 「あのさ、夜衣子がそういう付き合いしててさ、…もしも結婚しちゃったら、とか考えたのよ。」 「うん…。」 「――た、耐えらんない。やっぱ夜衣子は結婚したらダメだ。あたしの傍に居なさい!」 「さ、紗理奈…。」 「それでさ、あたしが夜衣子以外の人と関係を持ってるのが気にくわないなら、…やめてもいい。夜衣子オンリーでもいいよ。いいからさ、だから…」 「…。」 「………あたしの、ところから、居なくなったりしないで。」 …紗理奈…。 今ごろ気づくなんて、ずるいよ。 「…紗理奈、あそこ行こう!」 「へ?どこ?」 「遊園地!」 私の言葉に、紗理奈はぱぁっと嬉しそうな笑みを零した。 …ずっと、その笑顔のそばに、いさせて。紗理奈。 「ぷあ…。」 弥果―――林原弥果―――は、夕ちゃんの部屋で朝を迎えて、夕ちゃんの部屋で、煙草を吸う。夏の、じわじわと汗が滲むような、朝。窓を開けていても、煙で曇る、部屋。 「――どうしたの、なんかぼんやりして。」 夕ちゃんの言葉に弥果は小さく笑んで言う。 「ううん、なんだか不思議な感じだなぁって思って。」 下着姿の夕ちゃんが、弥果がまだ座りこんだままのベッドに、腰掛けながら、弥果の煙草を一本取り出し、咥えて火をつける。 「どんなふうに?」 夕ちゃんの問いに弥果は首を傾げて、 「う〜んと……あ、ほら、瞳子さんの部屋をお片づけしたじゃないですかぁ。」 と、懐かしい出来事を挙げた。 「うん、したね。あの頃はお互いウブだったね。」 夕ちゃんは笑うので、弥果も少し笑う。 「そう、弥果も、夕ちゃんを脱がすなんてとんでもない!…って思ってました。」 思ったました。…ました、けど…、今は。 「あのさ、あたし、この部屋のエッチに関する出来事、弥果ちゃんに話してないやつがあった。」 と、夕ちゃんが言う。弥果は夕ちゃんを見て首をかしげて見せると、夕ちゃんは、部屋の壁を指差して、続けた。 「あの壁、すごく薄いの。……隣はお姉ちゃんの部屋。」 「あー、またお姉ちゃん話ですかぁ?」 「いや、お姉ちゃんと柚話。」 「柚さんも?」 夕ちゃんはクスクスと笑って、 「そう、あたしはお姉ちゃんと柚の初エッチのA to Zが聞こえてしまったのです。」 と言った。 「え〜!?聞き耳立ててたんですかぁ〜?」 と、ちょっとからかうニュアンスも込めて言うと、 「…そうじゃないけど、なんだか気になって、思わず身体が壁際に。」 と言って、夕ちゃんは笑う。 弥果も一緒に笑った。 「でも今は…、こうして夕ちゃんと弥果がエッチしてるなんて、なんだか不思議なのですっ。」 「――そうだね。」 二人で小さく笑って、煙草味のキスをした。 少し苦くて、大人の味のキス―――。 もう、あの時夕ちゃんがしてくれたような、幼いキスは、出来ない二人。 それが少しだけ寂しくて、弥果は…目を、細めたのです。 「あ、…ねぇ、夕ちゃん?」 弥果はふと思いついて、言いました。 「なに?」 「…今度の日曜日、あの遊園地にデートしに行きませんか?」 「…うん、いいよ。今度は二人、だね。」 夕ちゃんの言葉に、また懐かしくて、笑う。 どうしてあの遊園地に行きたいなんて思ったんだろう。 ―――それは、遠く消えかける思い出を、手繰り寄せる、ように。 「じゃ〜ん★」 あたし―――岩崎安曇―――の差し出したチケットに、玲は驚いたみたいだった。 「何、どうしたの?」 玲は紙パックのコーヒーを飲みながら、そのチケットを取り出して、また驚く。 「――これって、もしかして、あの遊園地?」 玲の言葉に、あたしは笑顔で頷いたのだった。 まぁ別になんてことない。お化粧買いに行ったら商店街の福引券貰って、引いたらなんと当たっちゃったワケ。遊園地、二名様ご招待♪あたしってばラッキーガール★ 「これはもう、神様の思し召しよね!この季節!ペア!玲と行けってことに決定!」 あたしはちょっと強引にこじつける。まぁ別にこじつけなくても玲はデートしてくれるはずだけど、やっぱりデートってのは理由があると何かと楽しいものだ♪ 玲はクスクスと笑いながら、 「うん、オッケー。ボクも遊園地とかで遊びたい気分だったし。」 「本当!?やったね!今度の日曜日とか行ける?」 「うん、行ける。…楽しみだね。」 玲が笑う。あたしが笑う。 …それだけで、幸福な一時。 午前の授業は、こうして玲と一緒にお昼食べるのを楽しみにして、午後は玲と一緒に帰る約束した日は俄然やる気って感じ♪ あ〜ん、もう、恋の力に敬服、って感じ? あたし、この学校に入ってからの三年とちょっと、本当に楽しかった! そうそう、去年なんか、学校の学園祭のベストカップル賞に認定されちゃった★ あたしたち、本当にお似合いのカップル。…玲が女だって、本当に時々忘れる。 でも、そんなのどうでもいいんだ。女だの男だの、関係ない。 玲は、玲だもんね。 あ、そうそう、因みに、あの佐久間先生! 実はあの人、なんかイギリスの大学に行っちゃったの。 それで、建築学と植物に関するなんたらかんたら〜って。 植物?…まさか、あのビデオの柚さんが原因だったりして!?…まさか、ねぇ。 あの人に謝って、話してたら、なんかちょっと仲良くなっちゃった。 「本当に気が多くて困っちゃうの。悪い癖よねぇ。」とか笑ってた。…案外いい人で。 ―――あの時の復讐は、必要なかった。 なかったけど、やっちゃったもんは仕方ないよね!ま、結果オーライってやつ! 「ねぇ玲、今日も一緒に帰ろ〜★」 「あはは、仕方ないなぁ。」 …今が楽しければ、それでいいのだ! 「瞳子。」 …ふふっ。 いつものように、嬉しそうな響きが凝縮された声で、私―――棚次瞳子―――の名を呼ぶ柚さん。その時の用事は、大抵決まって… 「見て、この花。小さいけど、頑張って、咲いた。」 と、植物の鉢を差し出す柚さんなのだ。 いつも、植物と一緒にいられるせいか、柚さん、いっつもどことなく嬉しそう。 …って、前に聞いたら、「それは瞳子と一緒なせいもある。」と答えてくれたんだっけ。 神泉百花店(しんせんひゃっかてん、って読みます)。 柚さんのお店だけど、私のお店でもある。この店名にも私が入ってる。どこに、って? 「ねぇ、柚さん?」 「うん?」 咲いたばかりのお花を眺めながら、柚さんは私の声に顔を上げる。 「神泉百花店の、どこに、私が入ってるんでしたっけ?」 尋ねると、柚さんは少し赤くなる。 「―――それ、何度も教えたのに何度も聞く。…早く、覚えて。」 そう。何度聞いても、また聞きたくなっちゃう。嬉しいの。 「覚えてますけどぉ………言って?」 私が甘えるように上目使いとかで言うと、柚さんはちょっと膨れながらも言ってくれる。 「…百花の、100花目が、瞳子…なの、です。」 …だそうです♪ 柚さんは照れてる時とか恥ずかしい時とか、敬語になる。それが可愛い。 「あ…、いらっしゃいませ。」 「いらっしゃいませ!」 お客さんが入って来て、嬉し恥ずかしって顔をする。それが可愛い。 「…ひまわりとか、置いてないんですか?」 「あ…ひまわりは、是非種から。天然の土に種を蒔いて、毎日水をあげて育ててあげると、一番喜んで、一番キレイに咲き、ます。」 「へぇ…。じゃあ、種、下さい。」 「はい。ありがとうございます。」 お客さんの受け答えをする柚さんを見ていても、楽しくて可愛い。 植物や花のことを聞かれると、とっても一生懸命話す。それが可愛い。 植物や花を買ってもらえると、やった、という笑顔。それが可愛い。 お客さんが帰るとき、ペコリと頭を下げる。それが可愛い。 柚さんは基本的に人と接するの苦手みたいなんだけど、そういう姿見てるのが、大好き。 「瞳子も働け〜。」 がしっと私の腕を掴んで、狭いお店の中をウロウロする。 「あぅ〜…、………ねぇ、柚さん、……柚さん。」 「…なぁに?」 お客さんがいないと、柚さんと二人っきり。 いっつもいっつも。今年の春にオープンして、もう四ヶ月も経ってるのに。 今でも、柚さんと二人っきりなのが楽しくて、嬉しい。 「…私のこと、今も好きですか?」 尋ねると、柚さんは微笑んで、頷く。 「…好き。…って、瞳子、暇な時いつも聞く。」 「えへへ、そうですけどぉ。……。」 その後、決まって続く柚さんの台詞を待つ。 「…瞳子は、私のこと、好き?」 と。…暇さえあれば、確認タイムなのだ。 「はい、大好きです!」 ……あぁ、楽しい。幸せ。大好き。 柚さんと一緒にお仕事。 柚さんと一緒に帰宅。 柚さんと一緒にご飯。 柚さんと一緒に…時々、お風呂。 そして、柚さんと一緒に就寝。 毎日が柚さんでいっぱい。 いつか、こんな毎日に飽きるのかな? もしその時は、柚さんの新しい魅力を探して、それで喜ぶの。 いいの。柚さんに飽きたりなんかしないから。 ね、柚さん。 これから、おばさんになっても、おばあちゃんになっても、 それでも、ずっとずっと、一緒にいようね。 …もう、私の前から居なくなるの、絶対、絶対、いやだからね。 約束…だよ。 「柚さん。」 少し遅めの晩御飯。 お店を閉めてから、二人で住んでるマンションのお部屋。 家事の分担とかは特に決まっていなくて、お互い、出来る時にやっている。 最近、瞳子が料理を作りたがりで、瞳子の手料理、嬉しい。 私―――神泉柚―――の名前を呼ぶ瞳子の声が、今日は嬉しそう。 今日は、料理が上手く出来た日。 「見て見て!ハンバーグをお花の形にっ!」 ハンバーグの乗ったお皿を差し出す瞳子。 「…おぉ。」 チューリップのかたち。すごく可愛い。 「すごいですよね!私、すごい頑張ったんですよぉっ!」 「うん、すごい。嬉しい。…でも、ちょっと食べるのに抵抗が。」 「あははは、柚さんらしいなぁ。」 ご飯と、ハンバーグと、切って盛るだけの簡単サラダ、瞳子特製お味噌汁。 温かい食卓。 1メートルくらいしか離れていないところに瞳子が座って、二人で「いただきます」。 二人で一緒に食べて、おんなじおかずなのに交換したりして、美味しいって言ったら、嬉しいって言ってくれる。 こんなに幸せなのに、時々、ご飯を食べていたりして、突然、私は、泣き出してしまう。 最初の頃は、瞳子、ビックリして、オロオロしてたけど。今は、わかって、くれる。 「柚さん、…泣かなくて、いいんですよ。」 瞳子は優しく笑って、箸を置いて、私の傍に来て、後ろから抱きしめてくれる。 「ごめん…、また、食べてる途中なのに。…ごめんね、瞳子…。」 「ううん。いいの。だってそれは、幸せの涙だから。…ね、柚さん。」 「…うん…。」 瞳子の胸に顔を寄せて、涙を零す。 嬉しくて、嬉しくて、…嬉しすぎて、今でも信じられなくて。 私の家は、裕福だったけど、両親も良い人たちだけど、けれど、遠かった。 食事の時も、大きな大きな机で、一緒に食べてる感じがしなかった。 寝る時だって、両親と一緒に寝た記憶なんか、ない。いつも独りぼっちだった。 小さい頃は、とても病弱で、小学校も、中学校もあんまり行けなくて。 15歳の時、日本に初めて、来て、私は、羨ましかった。 とても、狭くて、近くて、皆が傍に居て。 そんな日本が、羨ましくて、憧れて。フランスで日本学校に頑張って行って、 大学生になるために、日本に来た。 沢山の人は、私の白を気持ち悪がったり、して でも、でも隣の部屋の由里は、私の初めての友達になってくれた。 壁がたった一枚しかない、すぐ近くに由里がいることが、嬉しかった。 大学で、少しだけ友達も出来て、楽しかった。 そして瞳子と出逢った時。 夕のことで、混乱してた瞳子に、何かしてあげたくて、 話を聞いて、それから、瞳子が、寂しそうだった。 だから、そっと、触れて、…触れて。 それでも、瞳子は言った。遠くにいるみたいだ、と。 どうすればいいのかわからなかった、あんなに近くに、いるのに、なのに。 だから、私は瞳子を抱きしめて… 瞳子が、…初めて、言ってくれた。 そばに、いて、って。 それが単純に、嬉しかっただけ…それだけだった。 私は、責任とってあげるなんて、えらそうなことを言ったけれど、 少し怖くて、嫌われるのが、怖くて、でも、だけど、 そばに居たかった。 ………―――私は、 ずっと思ってたことが、言えて、なかった。 「…そばに、いて…。」 …そう、そんな、簡単なこと。 だから、いつも、消えそうで怖かった―――。 「柚、さん…?」 「瞳子…私の、そばにいて。…ずっと、ずっと…そばに…」 「…はい、そばにいます。柚さんのそばに、ずっと。」 「…瞳子…、ごめんね、ご飯、冷めちゃう…。…でも、ごめん、今は、」 「いいんですよっ。電子レンジという便利なものがありますから。ご飯はとりあえず置いといて、いいんです。」 「…そっか。…じゃあ、そばにいて。」 「…はい。」 「……一ミリも、離れないで…そばに…」 「…はい。そばに、います。」 瞳子が、愛しくて、愛しくて、そして、瞳子はそれに全部応えてくれて。 好きで、好きで、大好きで、どこまでも愛していて。 でも、深まれば深まるほど、見失っていく、確信。 私はここにいるのかな、って……こんな幸せなの、本当に私なのかな、って… 「……瞳子、私はね、……ずっと、私は…幸せになる資格がない人間だと、思っていた。」 「柚さん…。そんな、…こと、絶対、ないです。幸せになる資格が無い人なんて、いません!」 「それでも、……幸せというものが、わからなくて、…。…ずっと一人だったから、…一人の幸せというものは、…私には、見出せなかった…。」 「…、そうですね…一人は、とても、…寂しい、です。」 「だから、…日本に来て、由里や、瞳子に出会えて……、……皆と、出会えて…、私はやっと、手に入れたような気がする。…しあわせ、を。」 「…しあわせ、を。…うん。」 「…その幸せが、時々、わからなくなって…しあわせであることは、嬉しいけれど、それだけ、…怖い。ねぇ、瞳子、私は、おかしい…?」 「……幸せ、逃げちゃいそうですか?」 「そう…全部、夢のように、消えてしまいそう。」 「………じゃあ、確かめに行きましょうか?」 「確かめ、に…?」 「はい。確かめられるか、わからないけど、でも、……。 …私、柚さんが居ないとき、あの遊園地に行ったんです。」 「遊園地に?」 「…そう、…夕と、弥果ちゃんと、ただ遊びに。……なのに、色んなところに柚さんの面影が見えて、悲しかった。その時は、柚さんがいなかったから、だから、とても悲しかった。 …でもね、それは、きっと…幸せの軌跡だと思うんです。」 「幸せの軌跡?」 「そう。……あの場所で過ごした、一つ一つの思い出。私たちの心に刻まれた、決して消えない幸せの軌跡。あの場所に行けば、それが見えてくるんじゃないかなって。」 「…そう、…是非、行きたい。」 「うん、…じゃあ、今度の日曜日。……柚さんの幸せを、そして私の幸せを。…私たちの大切な幸せを、確信しに、行きましょうね。」 「うん……ありがとう。わがままな私を、…理解させてくれる、理解してくれる。」 「…それは、お互い様です。愛し合ってるんですから、当然です。」 「瞳子。…もっと、触れて、…そばに、いて。」 「…はい。」 「………此処、は…。」 遊園地に入って、柚さんは呟いた。 「どうしたんですか?」 私―――棚次瞳子―――は、柚さんに声を掛ける。 「あ…、……この、感じ。…あの、妙な、…妙な…。」 「…?」 柚さんはゆっくりとあたりを見渡しながら、不安げな表情を浮かべる。 「…瞳子、…絶対に手を離しては、いけない。」 柚さんは私の手を強く握ると、そう言って、ゆっくりと歩き出した。 どうしたんだろう。 私は別に、変な感じはしない。 「………開いてる。」 「え…?」 柚さんはポツリと言って、突然私の手を握ったまま駆け出した。 「ゆ、柚さんっ?」 「私にはわかる。この世とは少し違う次元の場所。その空気。そこへ繋がる扉。」 「え?…ど、どういう意味ですか?!」 やがて、柚さんは、ピタリと立ち止まった。 そこは、あの、大きな観覧車の前。 …変わってない、大きな観覧車。 でも、何――― 「…え…?」 手を繋いでいる柚さん。 そして…回りには…… ―――誰も、いない。 …そう、あの日から、四年の年月を経て、 此処は、…あの場所。 七日間という、あの時間を過ごした、場所。 わかる。 わかる…! 「…二時間。」 ポツリといったのは、柚さん。 腕に巻いた時計は、夜の十時を指していた。 「……二時間だけの、二人の場所。……瞳子、行こう?…思い出を確かめに。」 ―――医務室。 「こんな質素なベッドだったっけ…。」 マリアの言葉に、私―――姫野忍―――は、苦笑した。 「…うん、でも、確かにここだった。志乃と葛藤した場所でもある。」 よく覚えている、この情景。 あの時私を司っていたのは志乃で、 私は、見ているしか出来なかった。 でも今は、私が、忍が、ここにいる。 あの日のマリア。今のマリア。 少し歳を重ねても、尚変わらない、優しい、その雰囲気。 「…ここで、また、してみようか?」 マリアの言葉に、私は少し驚く。 マリアは楽しそうに、医務室のベッドに横になった。 「…いいよ、忍。」 ……変なの。 あの時は、あんなに嫌がってたのに。 今は、喜んでくれる。良かった、のかな。 ―――志乃、あの時マリアを襲ってくれて、ありがとう。 「…マリア。」 「…うん。」 忍とマリアの、キス。 ―――遊戯場 「うっりゃぁぁ〜〜〜!!」 あたし―――戸谷紗理奈―――は、ターザンのように、ロープの遊具に掴まって滑っていた。 「…こ、今度は転ばないでね!?」 夜衣子の心配そうな声が飛ぶ。 ふっ。一度やられて、二度もやられるものか!! 「とぉっ!!」 あたしは華麗にロープから手を離しジャンプ…!!? …べしん。 「ああ〜もう、だから言ったのに!!」 夜衣子が駆け寄って来る。 咄嗟に鼻に手を当てながら、あたしは夜衣子を見上げた。 「は、鼻血、出てる?」 心配そうな夜衣子に、あたしはそっと手を退けた。 「―――なぁんだ、大丈夫じゃない。心配した。」 ほっとした表情でため息をつく夜衣子に、あたしもほっとした。 すぅっと、自分の気持ちが明るくなって、見えたから。 「ありがと!……そういう夜衣子が、紗理奈は好きなのだ★」 「紗理奈…。私も、紗理奈に付いて、見守らなくちゃ。」 紗理奈と夜衣子の、キス。 ―――通路 「あれ、錯覚じゃないよねぇ!?」 あたし―――岩崎安曇―――は、思わず玲にそう確認していた。 「…うん、ボクにも見える。…真っ赤な朝焼け。」 「……めちゃくちゃキレイ。あんなキレイな朝焼け…。」 「うん。…行こうか。」 フッ、と玲が笑って、駆け出す。 「うん!…朝日に向かって、ダッシュ!!!」 あたしは言った。あの日、片想いの人と駆けた道。 まさか今、こうして一緒に走れるなんて思わなかった。 「奪取…!」 そう、覚えてる。紀子さんとかヤキモチとか、でも、玲のこと大好きな気持ち。 「ダッシュ〜〜!!!」 あたしと玲は、あの日の朝日に向けて駆けた。 …――― 「っはぁ〜〜!バテる!」 「あたしらも若くないねぇ〜!」 あの時、一緒に止まったところで、あたしたちは息を切らせていた。 「…玲、…走ってよかった!」 「…うん、……安曇。」 安曇と玲の、キス。 ―――シャワー室 「はぁ、私と紀子の思い出って、やっぱり此処くらいよねぇ。」 私―――松雪馨―――は、小さくため息をついた。 「いいじゃん!大人の女はエロエロなのですっ!」 「そういう問題?」 苦笑しながらも、今、こうしてここに紀子と二人で居れることが、嬉しかった。 服を着たままでブースに入って、緩く、紀子と抱き合う。 「―――そう、この時から、私は紀子の虜だった。」 私が言うと、紀子も微笑した。 四年という時間が過ぎて、お肌の張りだってあの頃より衰えてる。 それでも、私は、まだ、失っていない。 たった一人の人を、想う力。 それは、時に、悲しく――― けれど、熱く、強い――― 去り行くことがわかっている。それでも求めてしまう。 「…キスだけでいい。」 「うん、あたし、行かなくちゃ。」 馨と紀子の、キス。 ―――観覧車 「あ…やっぱり、ここだ。」 一人で観覧車を見上げていた一人の女の子。 あたし―――悠祈紀子―――は、ポンッとその肩に触れた。 振り向いた朱雀ちゃんは、ポロポロと瞳から涙を零していた。 「…こんなに、キレイだったんですね。…私、あの時…見えなかった…。」 「朱雀ちゃん……行こう。」 あたしは、愛しい彼女の肩を抱いて、観覧車に乗り込んだ。 ふと、観覧車の外に見えた景色に、驚いた。 「あ…、あたし、外の景色見たの初めて。朱雀ちゃんしか見てなかった。」 あたしが笑って言うと、朱雀ちゃんも微笑んで、 「私もです。紀子さんしか…見えなかった。」 と、やわらかい口調で言った。 あの時、あたしが見つけた朱雀ちゃんの素顔。 あの時は原石だった朱雀ちゃんを、磨いて磨いて、 …こんなにキレイにしてしまった。 「…朱雀ちゃん、眩しくて、…涙、出ちゃうよ。」 隣に座る朱雀ちゃん。 そのキレイな瞳を見つめ、あたしは、その顔をそっと寄せた。 「紀子さん、…もっと、磨いてくださいね。」 「…まかせとけ。」 紀子と朱雀の、キス。 ―――観覧車 「懐かしいね……嬉し♪」 花月は嬉しそうに笑いながら、私―――荊梨花―――と見つめあっていた。 「ふふ、お互い、随分歳取っちゃったけど?」 「…いいじゃない、別に。気持ちは少しも衰えてないんだから。」 「そうね。……こんなに夢中になるとは、正直思わなかった。」 いつも花月に言わせている甘い言葉、ちょっと紡いで見ると、やけに恥ずかしい。 あの日、観覧車の中で言い争って あの日、観覧車の中でくちづけた。 それが私たちの、最初の誓い。 あれから何度も、誓いを重ねて、 絆は、もっと深く、強くなった。 嬉しそうな花月を見ていると、なんだか… 「…花月のバカ。」 「えぇ?……なによ、梨花の意地悪。」 …あの日の再現のように言い合って、笑った。 「…嘘。…花月、好きよ。おかしくなりそうなくらい…大好き。」 「…うん、私も、梨花のこと、世界中の誰よりもいっちばん…好き。」 梨花と花月の、キス。 ―――――アイスクリームショップ 「ここに来るの、三回目ですよねぇぇ。」 嬉しそうな弥果ちゃんにアイスクリームを手渡し、自分の分も作って、テーブルにつく。 向かい合って、弥果ちゃんとアイスクリームを食べる。 あたし―――棚次夕子―――は、小さく微笑んだ。 「……このお店、どこよりもお気に入りのショップだよね。」 あたしが言うと、弥果ちゃんが頷いて、 「うん!…従業員さん、滅多にいないですけどねぇ。」 と言うから、一緒に笑った。 …笑っていたら、なんだかふっと、悲しくなった。 なんで…? 「夕ちゃん?」 そんなあたしを心配した様子で、弥果ちゃんは言う。 あたしは弥果ちゃんに心配させまいと、笑……… ……笑わずに、泣いた。 「夕ちゃん?どうしたんですかぁ?」 いつからあたしは、大人になったんだろう。 いつから子供を捨ててしまったんだろう。 「ねぇ、…ねぇ、弥果ちゃん。弥果ちゃんの胸で泣いても、いいかな。 子供みたいに泣きじゃくってもいいかな。」 女である弥果ちゃんが欲しかったんじゃないんだ。 あたしは、…おねえちゃんに、なってほしかった。 「…うん、いいよ、夕ちゃん。弥果は、ぎゅって抱きしめてあげる。」 「弥果、ちゃ―――」 触れた唇は、アイスクリームの味がして、子供みたいに、甘くて――― 夕と弥果の、キス。 ―――スモールハウスの屋根の上 「……」 「……」 私―――神泉柚―――は、瞳子と寄り添って、肩を寄せ合って、月を… 大きな大きな月を、見つめていた。 もう、いい。 今は、いらない。 言葉なんてなくてもいい。 感じたよ、瞳子。 確かめること、出来たような気がする。 ただ寄り添っているだけで、言葉なんてなくても ただ、瞳子があたたかくて 私に寄りかかってくれて こうして瞳子を感じていると、満たされていく。 不思議。 心の軌跡を刻んだ場所に、二人で寄り添っているだけで 心が満ちていく。 ずっと瞳子を信じて 二人で幸せの軌跡を、刻んでいけるって、わかるから。 ただ、一つ言葉に、するのなら――― 「……」 「……」 ねぇ、柚さん? あなたは今、何を考えているんですか? 知りたいけど、でも、知らない方がいいかもしれない。 私―――棚次瞳子―――は、大好きな柚さんと、あの思い出の場所で、寄り添い、月を見上げてた。大きな月。柚さんに似合う大きな月だけど、今は、私達二人を、共に照らしてくれている。 ―――うん。なにも言わなくても、今は、大丈夫。 だって、感じるから。 柚さんのあたたかさを、感じて、生きているって、感じて。 私に寄りかかって、私を必要としてくれている。 ―――柚さんが眠っている間、私、寂しかった。 そばにいるのに、遠くて、悲しくて。 そばにいるのに、なんでかなって、不思議だった。 でも、なんとなくわかった。 お互いが、必要とし合って。 お互いの存在を、感じ合って。 お互いのぬくもりに、触れ合って。 そして…愛し合って。 柚さん、私は感じています。 柚さんのこと、愛して、そして、愛を受け止めて。 だから、今、私はとても幸せです。 通じ合えるから。 ……でも、一つだけ言わせて下さい。 柚さん、ずっとずっと――― 「そばに、いて。」 「そばにいて…。」 ―――柚と瞳子の、キス。 |