第十九話・深情





 あっという間に、季節は巡る。
 つい昨日まで肌寒かったのに、今日はピカピカの晴天で、Tシャツ一枚でも過ごせそうな日和。
 春。四月中旬。
 気づけば、あたし―――棚次夕子―――も高校二年生。
 お姉ちゃんは必死で遅れを取り戻し、無事、大学三年生に進級。
 けど、柚はさすがに一学期分くらい丸々落としてたらしく、再び大学四年生を迎えた。
 そうそう、あの佐伯さんって人も、柚と一緒に再び四年生らしい。
 あ、そうだ。問題の安曇だよ。うん。
 安曇は、無事私立桜ヶ丘大学に合格し(そんなにレベルの高い大学じゃないんだけどね。お姉ちゃんの大学のワンランク下ってトコかな)、そして晴れて桜大の一年生になった。
 玲は桜大の二年生に進級して、相変わらず助教授とラブラブ?というレポートビデオが紗理奈から届いた。そういう紗理奈は相変わらずぷー子のまま、好き勝手に遊んでるらしい。あいつは将来の夢とかあるんだろうか…?
 社会人の皆は、まず弥果ちゃん。今年の六月に行われる保母さんの試験に向けて猛勉強中。遊べないけど、今は応援あるのみかな。頑張れ弥果ちゃん!!
 荊さん(本当は桐生さんって言うんだよね。最近知ったんだけど)は、相変わらず警察のお仕事頑張ってるみたいで、花月さんもモデルさん頑張ってる。あ、こないだチラッとテレビで花月さんこと見たよ。すごいよね、出世してるよ出世!
 紀子さんも相変わらず小説家で、基本的にいっつも暇そうなんだけど、またにふっと姿を消す時があって、それは締め切りに追われている時らしい。朱雀さんも、エステティシャンの仕事続けてるらしいんだけど、本人がキレイになっちゃってるから、お客さんからも人気が出て、出世してるらしいよ!それと馨さん。出世街道も遠く?相変わらずの不良OLらしい。将来の夢は寿退社だって。(…)
 それから、夜衣子ちゃんは今年は社会人二年生。マイペースで頑張ってるらしい。あの玲のレポートビデオのおまけとして、夜衣子ちゃんの社会人奮闘記がついてた。つくづく紗理奈って暇人だよね。
 えっと、それからマリアさんは、忍さんとの云々で一回お仕事辞めちゃってたらしいんだけど、看護婦の資格持ってるから強いらしく、最近また再就職先が決まったとか言ってたっけ。で、忍さんはその後の経過も順調で、社会復帰も目前らしい。やっぱり、マリアさんが一緒っていうのは大きいのかな。
 皆の現状は、そんな感じだね。
 波乱を呼びそうなのは、やっぱり―――あの二人っ。





「チャラッチャラーチャッ!チャーチャーラチャー!」
 テーマソングの音無くしちゃったから歌いつつ参上!今日もお元気、戸谷紗理奈なのだ★
 本日、あたし―――戸谷紗理奈―――(←名乗ってるからいいのに)は、波乱に満ちたスキャンダル大学に来ているのだ♪
「皆さん、こんにちは。世界一シリアスが似合う女、戸谷紗理奈です。(真面目顔)」
 …。……ウン、イケルイケル!
「こちらが、桜ヶ丘大学の校舎ですね。えー、こちらの裏の棟がですね、研究棟となっていまして、噂の助教授佐久間女史は、基本的にこちらにいらっしゃるようです。え?何?名前出しちゃだめ?うるせー!そんなのあたしの勝手だ!」
 というわけで、あたしはパパン直伝の秘密のパスポートを使用して、関係者以外立ち入り禁止区域に堂々と潜入しているわけで、あ、警備員来たよ、やばい、隠れろ!
 …コホン。秘密パスポートは学園長には効いても雇われの警備員には効かないという難点があったりする。
「はい、それでですね、こちらです。はい、では覗いてみましょうか〜。」
 小声で言いつつ、超マイクロミニカメラを、研究室のドアの隙間に忍ばせる。
『…さっきから、廊下で物音がしない?』
『そうですね、見て来ます。』
 ギクッ。
「に、にゃぁ〜お。」
『ネコかしら?』
『…ネコ!?そんなのいるわけないじゃないですか!』
「や、やべぇ!退散!!!」
 ――――。
 ……。
「はぁっ、はぁっ、はっふー!」
 というわけで、逃げて参りました改めまして、戸谷紗理奈です。こんばんちょ★
「残念ながら今日は決定的な場面を押さえることは出来ませんでしたが、助教授と玲っちの恋人同士の会話にも聞こえなくはない微妙な会話を押さえることは出来ました。これで許して下さい。じゃあ、残ってる時間は、この大学の新入生になった安曇に直撃インタビュー!」
 ダッシュ。
「…あ、遅いよ、紗理奈。」
「はい、というわけでですね、私はこうして約束を取り付け、大波乱の主人公とも言うべきA・Iこと岩崎安曇嬢に、決死の直撃インタビューを…」
「話聞かんかーいっ!!」
 ビシィツ。
 背後から鋭くつっこまれつつも、今のシーンはちょっと美味しい場面が撮れた感じで、紗理奈ちゃん満足★
「で、えー…」
 とマイクを持ち直して、…ちょと、驚いた。
「……え?あれ?…安曇だよね?」
 目の前にいるのは、少しウェーブのかかった髪を下ろし、セクスィーなピアスなんかつけ、落ち着いた大人のお姉さんファッションの女性だった。が、その顔立ちや喋り方や声が記憶にあったりする。
「……フッ、まぁキレイになったあたしに驚くのも無理ないけど。ある意味朱雀ちゃんバリだよ。っていうか実は朱雀ちゃんにも色々レクチャーしてもらったんだけどね。むしろ師匠である朱雀ちゃんすらも越えたね。」
 あ、ごめん、こういう性格悪いこと言うのは一人しか心当たりないや。
「あ、あ、あ、安曇ちゅわん!またまた、ブッチホンも驚きの変身ですな!」
「なんだよブッチホンって。古いよ。」
「わかるお前もおかしいよ。」
 ちょっと冷めた空気でツッコミ小競り合い。まぁそんなのはどうでもいいんだけどっ。
「なーによっ、この変身!一体誰のために、こんなキレイになったのかな〜?金かかってんのかな〜?」
「…ほっといて。もう〜前のビデオで皆知ってるでしょ、バカぁ。」
「おぉ、赤くなった。恋する乙女ですな。クフフフ。」
「紗理奈、あんた益々キャラクターとして意味不明だよ。もう、あんたに喋ることなんかない!」
「あぁ、そんな無慈悲なぁっ!!!」
 ―――プィープッ。
 ―――。
「チャラッチャラーチャッ!チャーチャーラチャー!」
 戸谷紗理奈なのだ、二度目★
「ここからは夜衣子ちゃん社会人奮闘記をお送りしま」





 プツッ。
 あたし―――悠祈紀子―――は、紗理奈のビデオ二作目に、呆れつつも、まぁ良かったかも?とか思ったりしていたのだった。
 紗理奈のテンションは相変わらず意味わかんないけど、安曇ちゃんの変身が見れたのは嬉しかった。安曇ちゃんも忙しいって言ってなかなか会ってくれないし、どうしてたのかな〜って思ってたから。なるほど、こういうことかっ。
 一作目のビデオ見た時の安曇ちゃんは、本当にどうしようかと思ったけれど、今はそんなに荒れてる感じでもないし、彼女なりのやり方で頑張っていくんだろう。
 っていうかマジで可愛くなってる安曇ちゃんにお姉さんは胸ドキよんっ★
 夜衣子ちゃんの社会人奮闘記を見る前に止めたのは、他でもない。
 ――――し、締め切り。
「紀子さぁん!編集部の方見えてますよぉっ!!」
「えーん、うっそーん!!もうちょっと待ってぇ〜!!」
 あたしは半泣きで、パソコンに向かったのだった。
 皆もお仕事は溜めないように気をつけて。
 …クスン。





「新入生、か―――」
 ボク―――赤倉玲―――は、キャンパスの並木道を歩きながら、ポツリ呟いた。
 今月の上旬までは桜で満開だった並木道も、今は青々とした若葉が萌えている。
 時々すれ違う、初々しい雰囲気の学生を眺めながら、微笑ましい気分になった。
 ボクもこの大学に入って一年経ったわけだ。
 この一年間、色んなことが―――
 …あったと言えばあったけど、なかったと言えばなかった、かなぁ?
 あの「遊園地の夢」は、未だにボクの記憶から消えようとしない。
 普段は忘れていることも多いけど、ふっと浮かぶんだ、あの遊園地の光景が。
 あんなに印象強い夢なんてあるんだなぁ、なんて、不思議な感じ。
 それと、佐久間先生のこと、かな。
 告白された時はビックリしたけど、今はまぁ、先生の恋人って悪くない。
 ―――色々教えてもらった、し。
 考えていると、ちょっと赤くなったりする。
「あのぉ、すみません、先輩!」
 ふと、後ろから掛けられた声に振り向く。
 新入生だろう、背の小さい女の子の2人組が、ボクを見上げていた。
「ん?なに?」
「先輩、どこの学科の人ですかぁ?」
「え?ボク?建築科だよ。」
「そぉなんですかぁぁ。私たちは国文科なんですよぉ。」
「そ、そうなんだ?」
「えっとぉ、先輩もしお暇だったら、電話くださいっ。」
 なに、これ?…うーん?
 とりあえず、女の子たちから差し出された可愛らしい名刺を受け取る。
「あの、先輩…カッコイイ、ですね★…きゃ〜言っちゃった!」
 女の子達はそう言って、駆けていった。
 …あれは、新手のナンパ、なのかな?
 っていうかあのコたち、絶対ボクが男だって思ってる。困ったなぁ。
 ――― ふと、冷たい風に、ボクは目を細めた。
 女の子達に呆気に取られて、彼女たちが走り去っていった方を見つめていたボクは、ふと我に返って、進行方向へと視線を戻した。
 …その時、ふと、目線の先にいる女の子に、目を奪われた。
 落ち着いた感じの、大人っぽい格好をしているけど、でも、どこか幼さの残る顔立ち。
 ……その、顔、に…
「…!」
 女の子は、ボクが見つめていることに気づいたのか、少し驚いた様子で、ボクに背を向けて歩き出した。
 ……え?
 ―――――あの子、ボク、…知ってるような、気がする。
 あの子。
 どこかで、会った。
 どこか、…
 ――――夢の、…中で。
 そう、
 あの子の名前は――
「安曇…!」
 ボクの声に、女の子は一瞬振り向いた。
 そして、ボクから逃げるように、駆け出していた。
「…あ…。」
 ―――。
 一瞬追おうか、迷った。
 けれど、ふと冷静に考えれば、そんなの。
 偶然、夢に出てきた女の子に似ていたのかもしれない。
 あの子が振り向いたのだって…
 知りもしない名前を呼ばれて驚いたのかもしれない。
 あの子が逃げたのだって…
 変な人って、思われた、のかな。
 ………どうかしてるよ、ボク。





「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
 に、逃げちゃった!
 あたし―――岩崎安曇―――は、人気のない校舎裏で、息を切らせながら、ふと、今駆けて来た並木道を見遣る。
 今…玲に、会っちゃった。
 こんな広い大学の中で、玲に会えちゃった。
 すごい、偶然。っていうか、ビックリした。
 『安曇…!』
「…あはは。」
 玲、あたしのこと覚えててくれたんだ。
 あたしの名前も、あたしの顔も、ちゃんと―――
「っ……!」
 なんでだろ、涙が出てくる。
 勝手に、ポロポロと、とめどなく、零れ落ちる。
 嬉しいよ…嬉しいよぉっ……。
 玲、あたし……。
 …ここまで頑張って、やっぱ、良かった。
 もう少し頑張れば、きっと。
 ―――きっと、玲のこと、手中に入れられる、よね。





「え?」
 私―――神泉柚―――の言葉に、瞳子はきょとんとして、首を傾げた。
 もう一度、同じ言葉を繰り返す。
「お花屋さんに、なる。」
 すると、瞳子は、足を止めた。
「?」
 振り返ると、そこには、クスクスと嬉しそうに笑っている瞳子の姿。
「柚さん…、あはははは、なんか柚さんらしいなぁって…、ふふふっ、頑張って下さいね!」
 瞳子は言った。
 その言葉に少し照れくさいけど、私は頷いた。
 ―――将来の夢って、なんですか?
 瞳子に聞かれて、私は答えたのだ。
「そう言えば、瞳子は知らなかったっけ。私は大学で、植物の生態に関する事などを、勉強している。」
「そうだったんですか!?じゃあ、大学でもお花屋さんになるためのお勉強してるんですね♪」
「うん。そう。でも最近、お花屋さん自体は、そんな学歴が必要ないことを知った。」
「…そ、そりゃ、まぁ。」
「うん。ちょっとショックだった。―――でも、いい。今、勉強してること、きっと役に立つから。」
 私が言うと、瞳子は微笑んで頷いた。
 此処は、都内、私立桜ヶ丘大学の並木道。
 何故、瞳子も私もここの学生ではないのにこんなところを歩いているかというと、実は紗理奈に呼び出されたのだ。
『桜大の、並木道の奥の裏校舎のところで待ってる!』
 と言われ、祝日の今日、私たちはこうして二人で紗理奈の元へ向かっているのだ。
 裏校舎らへんにやってくると、辺りは人気もなく、なんだか妙な雰囲気。
「そういえば、何で呼び出されたんでしょうね?こんなところに。」
 瞳子の言葉に首を傾げる。
 と、その時、前方に発見したのは、サングラスをかけたとても怪しい女。
「…紗理奈ぁ。」
 私が呼ぶと、紗理奈はビクッと驚いた様子で、こちらに駆けて来た。
「こらぁ、隠密行動なのに、なんでそんな目立つ格好してるんだっ!」
『隠密行動?』
 紗理奈の言葉に、私と瞳子は同時に聞き返す。
「そう。とりあえず柚は髪結んで帽子被って!瞳子はマスク!」
「帽子…。」
 紗理奈から受け取ったゴムとスポーツキャップ。後ろで髪を結って、それを丸めて帽子の中に入れ込む。帽子の中がガバガバする。ついでに言わせてもらうと、今日の服装はハイネックの薄手のセーターとロングスカート。スポーツキャップには合わない。
「きゃぁっ、柚さんが可愛い!…けど、なんで私はマスクなんですかぁ。元々私そんな目立たないのに。」
 その通り。瞳子は何も手を入れないのが一番目立たない。
 とりあえず瞳子はマスクをして、私と紗理奈を交互に見る。
 …どうでもいいけど、一番目立つのはサングラスをかけた怪しい色黒女だと思う。
 というわけで、武装を終えた三名は、作戦を実行することになった。
「今日は、佐久間美咲・二十七歳・建築科の助教授!この女について徹底リサーチ!」
 紗理奈は高らかに言う。
 …。
「リサーチの、目的、は?」
 私が尋ねると、紗理奈はドキッとした感じで、
「そ、それは内緒!極秘リサーチなのだ!」
 と言った。ははーん。これはおそらく、実は友達想いな紗理奈の、安曇ちゃんへのプレゼント、といった所なのだろう。それならば、協力しても良いかな、と思える。
 私たちは、紗理奈を先頭に、コソコソと大学の研究棟へと忍び込んだのだった。
 不法侵入………。





「!」
 紗理奈ちゃんが、ピッと口元に人差し指を当てて、私―――棚次瞳子―――たちに示した。
 静かに、少しだけ壁から顔を出す。
 すると、廊下の向こうから歩いてくる女性の姿が見えた。
 キレイな人だな、と、思った。スーツを着こなしていて、スタイルも良くて、羨ましい。
 見た感じで言うと、馨さんと朱雀さん(キレイになった後)を足して2で割ったような感じ。
 あの馨さんと朱雀さんという美女二人を足して割っても、残るのは美女というわけである。
 女性は手にしている資料のようなものにチラリと目を落とすと、ポケットから薄い眼鏡を取り出して、それを掛けた。うわーうわー更に眼鏡美人要素も追加だって。こ、これは卑怯です!
 女性は、隅に隠れている私達には気づかず、廊下を歩いていった。
 やがて女性の足音が聞こえなくなった頃、
「…あれが、ターゲットの佐久間美咲。ムカつくくらい美人だけど、性格は絶対腹黒いはず!今日はそのスクープをゲッチュするよ!」
 紗理奈ちゃんが張り切って言う。
 …でも、性格が腹黒いとは思えない、爽やかで優しそうな印象もあったけどなぁ。
「で、リサーチとは一体どうする物なの?」
 柚さんの言葉に紗理奈ちゃんは少し考え込み、
「では、聞き込みと行こう。学生と思われる人物にインタビュー!」
 紗理奈ちゃんは意気揚々に行って、早足で廊下を歩いていく。
 私と柚さんは顔を見合わせて苦笑したあと、紗理奈ちゃんの後を追った。
 ……―――。
「あれだ!行け、瞳子!マスクは外して!」
「…え?私ですか?なんで!?」
「なんでって、一番この学校の生徒っぽく見えるのが瞳子なんだよ。」
「そんなぁ…。」
「ほら、行けー!」
 紗理奈ちゃんに背中を押されて、私は少し戸惑いながらも、学生と思しき男性に声を掛けた。
「あの、すみません。」
「はい?」
 眼鏡を掛けた、少し小向さん風の男性は、不思議そうに私を見る。
「えっと、あの、佐久間助教授ってご存知ですか?」
「ええ、知ってますけど。」
「あの、えっと、彼女のこと、知りたいんですけど、何かご存知じゃないですか?」
「え?知りたい…って?君、何?どういう…?」
 うっ、怪しまれてる。
 ど、どーしよー!
「あ、ごめんね〜この子新人でさ。あたしたち新聞サークルなんだけどぉ、佐久間センセーのことで、何か情報とかないかなって思って。」
 後ろから駆けてきてフォローしてくれたのは、紗理奈ちゃんだった。
 っていうか最初から自分がすればいいのにぃっ。
「あぁ、サークルね。ふ〜ん。…あ、こんなの知ってる?」
 ……―――。
 という調子で、結局紗理奈ちゃんが、様々な人に聞き込むこと数件。
「歌が上手い。料理が上手い。独身。実家は金持ち。」
 入手した情報を読み上げた紗理奈ちゃんが、大きくため息をついた。
「もっと面白い情報誰か知ってろよぅ〜〜。」
 確かに、入手した情報はどれも、彼女の魅力を引き立てるものでしかなかった。
「よし、聞き込みラストォッ!」
 そう言って紗理奈ちゃんが小走りで向かっていったのは、生徒であろう、落ち着いた感じの女性だった。
「すみません、あのぉ、私新聞サークルの者なんですけどぉ。」
「はぁ?」
「佐久間助教授の事で、何かご存知じゃないですかぁ?良かったら教えて欲しいんですけどぉ。」
「―――へぇ?佐久間助教授のことが知りたいの?」
 遠目に、なのだが、女性はニヤリと笑ったように見えた。
「はいぃ。なんでもいいんですけどぉ。」
「私の名前は出さないでもらえるかしら?」
「はい!それはもちろんですぅ。」
「フフ。…実はね、あの人、この大学に恋人がいるらしいのよ。」
「そうなんですかぁ!?」
 ―――なんだ。その情報だけは、私たちも掴んでいる。
「そう、それもね、何人も。これは、知ってる人は少ないレアな情報よ。」
「え、何人も!?…本当ですかぁ!?あ、ありがとうございますぅ!」
 …何人も…!?
「それで、代わりになにか面白い情報、ないの?」
「えっ、えぇ〜っとぉ、あ、じゃあ、その佐久間助教授なんですけどぉ、建築科の赤倉玲っていう生徒と付き合ってるらしいんですよぉ。」
「へぇ?そうなの?それは面白いわね。面白い情報交換になったわ。」
 …あの女性、つわもの…。
「さて、それで?あなたの学生番号は?」
「え!?」
「…何よ、学生番号よ。こんな所で調査してるから、一応確認しないとね。」
「あ、あの、それはぁ…えっとぉ。」
 ヤバ…。
「し、失礼しまぁ〜す!!」
 ダッシュでこっちに走って来た紗理奈ちゃんと一緒に、私達は慌てて駆け出したのだった。





「ふ、ふふふふふ…!!」
 あたし―――戸谷紗理奈―――は、思わず笑みを零していた。
 さっきの女(多分、あの人も助教授かなんかだったんだろう)からダッシュで逃げて来て、現在佐久間助教授の研究室付近。
 恋人が何人も。何人も!!大スクープじゃない!!
「証拠をバッチリフォーカスするのだ!」
 あたしの声に、結構乗り気になってきたっぽい二人は、頷いた。
「でも、一体どうするんですか?そんな人目につくようなところでいちゃついたりはしないでしょうし。」
 瞳子が言う。確かに、それが問題ではある―――。
「その、恋人を見つければいい。」
 柚が言う。
「それが出来りゃ苦労しないよ。」
「…なれば、いい。」
「………へ?」
 柚の言葉、意味わかんなくて聞き返す。すると柚はニヤリと笑みを浮かべ、
「恋人に、なればいい。」
 と言った。
 ……そ、それは…。
「本気で言ってるんですかぁ!?」
 瞳子が反論する。
「別に本当に恋人になるわけではなく、入り込めればいい。」
 と柚の言葉。
 あたしは…
「…大賛成!!」
 と、頷いたのだった!!
 ―――。
 とは言え、成功率はとても低い。
 その助教授のハートを射止めなければならないのだ。
 こういう無茶なことが出来るのは…一人しかいない。
 ―――。
「ふえぇぇ〜ん…柚さんが魔性の女の所に…。」
 あの助教授のことを「優しそう」とか「爽やか」とか言ってた瞳子も、今ではこの言い様。
 ラブラブってのは時に暴走だね。
 まぁともかく、柚の耳のところに、超マイクロミニビデオカメラをつけた。つまり、柚の目線に映る光景がそのまま入手できるようなものである。
 あたしと瞳子はその受信機で、研究棟の物陰で柚の様子を見守っていた。
 柚は、研究室のドアを、ノックし―――





「…はい?」
 出てきたのは、先ほども物陰から見かけた、キレイな女性、佐久間美咲助教授さんだった。
「あの、突然すみません。佐久間先生、ですよね?」
 私―――神泉柚―――は帽子を被ったままの格好で、彼女の研究室のドアを叩いた。
「え、えぇ。そうですけど。」
 私の格好が怪しいせいもあるのか、彼女は困惑した様子だった。
「実は、先生の研究に興味がありまして。少し、研究室を見学させていただけないかと―――」
「それは、構わないけれど。あなた、新入生の子?」
「ええ、そうです。棚次、と言います。」
 ―――咄嗟に、本名は出さずに瞳子の名前を借りることにした。ゴメン、瞳子。
「どうぞ。」
 彼女はあっさりと研究室に招き入れてくれた。
 さて、一体どのように落とせば良いのか――。
「あなたは、建築科?」
「いえ。植物の……、研究を――」
 …しまった。条件反射で本当のことを言ってしまった。
「あら?そうなの?じゃあ、どうしてここに?」
 少し不審そうな彼女に、私はふと、ある事を思いついた。
「――佐久間助教授の生み出す、幻想的な建物。オブジェのような美しい建築物。
 研究しているものこそ違えど、私は先生の美しい思想にすっかり惚れてしまいました。」
「あ、あら…そうなの?」
 女性はやはり誉められると喜ぶらしい。うん。頑張ろう。
「ハイ、そこで、私は、植物と建築の融合した建築物、その融合した結果として一つの作品になる、そんな建築物があっても良いのではないだろうかと考えたのです。」
「へぇ、なるほどね。…それは面白そうだわ。」
「興味を持って戴けて喜ばしい限りです。このような壮大な話、誰にも聞いてもらえなかったので、先生にそう言って頂けると、とても嬉しいです。」
「ふふ。…けれど、実際行うとしたら、それは、やはり莫大な資金も掛かるプロジェクトになるでしょうし―――」
 と、迷いを見せた助教授さんのその手を、ヒシッ、と握った。
「え…?」
「――先生、どうか、見捨てずに、私の話を聞いて下さい。確かに無謀な計画ではありますが、けれど、それを夢に抱くことすら止めてしまうと、それは永久に実現することは、在り得ないのですから…。」
 手を握って見つめると、彼女は少し驚いた様子だったが、「ドキッとした時の女の顔」でもあったような気がする。うん、脈あり。
「そ…そうね。…あなたは、大きな夢を抱いているのね。素晴らしいわ。もし良かったら、もう少しお話を聞かせて頂ける…?」
「はい。……けれど、一つ問題があるのです。大きな夢を抱くことは、万人の自由。ですが、その生命の自由は―――時に、与えられぬ場合があるのです。私のように…。」
「え…?どういうこと?」
 ふっと彼女が見せる不安そうな表情。かなり、イイ感じだと思われる。
「……実は私は、あと一年間の命なのです。」
「え…!?」
 このタイミングだろうか。
 …私は、被っていた帽子を外した。髪がパサリと落ちる。
 チラリと助教授さんを見ると、彼女は私に見惚れているようだった。うん。
「お願いです…どうか、私の夢のお手伝いを、してはいただけませんか。
 ―――私は、貴女の作った建物が、貴女の生み出す物が、
 ……いえ、あなたという人物全てが、愛おしくて、堪らないのです…。」
「棚次…さん…。」
 ………私は、もしや女優の素質があるのかもしれない。
 と、自惚れてしまうほど、彼女は私の演技にすっかり騙されていた。
 私が、右斜め下俯き加減で沈黙していると、彼女は、…私の身体を抱きしめた。
「そんな悲しそうな顔をしないで…。私も、今進めている研究を中断したりすることは出来ないけれど、出来る限り貴女に協力したいと、思うわ。」
「…先生…。」
 う、どうしよう。抱きしめられて、正直なところイヤなのだが、このくらいじゃ証拠にならない。
 ちょっと戸惑ったけれど、私は先生の身体を抱きしめ返した。
 あぁ…瞳子、ごめんなさい。これは浮気ではありません。仕方がないのです〜…。
「―――棚次さん、さっき、言ってくれたわね?…その、私のこと全てが、愛しくて堪らない、って。それは、本当?」
「…は、はい。…あなたのことを、…その…あ、……あい、して…い、ます……。」
 ごごごごごごめんなさい。瞳子。本当にごめんなさい。許して下さい。クスン。
「可愛いわ……下の名前はなんと言うの?」
「…ゆ、柚、です。」
「柚―――」
 た、助けて…あ…、ああ……、これは、不可抗力なのです。
 仕方ないというか、でも、き、キスまで行くとは、正直予想外だったりする。
 ―――バン!!
 先生が唇を離したと同時に、研究室の扉が勢い良く開いた。
「ゆ、柚さぁん…!!」
 泣きそうな瞳子の声が研究室に響いた。……う〜。
「あ、あなたは?誰なの?…この子と、どういう…?」
 助教授さんは、少しうろたえた様子で、私と瞳子を交互に見る。
「わ、私は柚さんの恋人です!柚さんを返して下さい!!」
「えぇっ!?」
 私は瞳子に引っ張られ、驚いている助教授さんから引き剥がされた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、返すも何も、言って来たのは柚さんからよ?」
 助教授さんは慌てて言う。まぁこういう誤解をさせたままというのはまずいのだろう。
「それはまぁ確かに。」
 頷く私。
 そんな私の手を引いて研究室から出ると、瞳子は助教授さんにベーッと舌を出して、
「玲と柚さんを二股にかけるなんて、最低ですっ!!」
 と言い放ち、私たちは一緒に駆け出した。
 廊下を走りつつ、瞳子の手を握る。
「…さっきのは、ゴメンなさい。あんなこと、するつもりなくて…。」
「…う〜。」
 瞳子は頬を膨らませたまま、許してくれなかった。
 …う〜。





「柚、超お手柄!!」
 紗理奈ちゃんがはしゃいで言う。
 …私―――棚次瞳子―――は、まだ今一つ納得出来ていなかった。
「さ、帰るよ!早速ビデオ編集しなくちゃ!まさかあんな簡単に引っかかってくれるとはね〜♪」
 ご機嫌の紗理奈ちゃんは、大学の裏口から程近い場所に止めてあったBMW(二代目らしい)で、私達を送ってくれると言った。
 それで、私と柚さんは一緒に後ろに座ったんだけど…。
 柚さんはさっきから何度も謝ってくれたけど、なんだか今回は許せなかった。
 だって、まさかあんなことしちゃうなんて!!
 それに、柚さんだって嫌がればいいのに、それなのに――!!
「―――で、どこに送ればいいの?」
「え?わ、……私の家と柚さんの家と、別々にお願いします!」
 紗理奈ちゃんの問いに、私は少し膨れて答えた。すると、柚さんが、
「あの、瞳子の家でいい。私も一緒に降りるから。」
 と言った。…そりゃ、ちょっとは嬉しいけど、でも…。
 どうしよ。
 私だって、どうしてこんなに怒ってるのか、自分でもわかんない。
 わかんないけど、でも、なんだか許せないよ。
 どうして欲しいんだろ。私。謝ってくれてるのに、でも、まだ許せないし…。
 2,30分ほど車に揺られ、ようやく私の家に到着する。
 私と紗理奈ちゃん、柚さんと紗理奈ちゃん間の会話はあったが、私と柚さんは喋らないままだった。
「ったく、二人共喧嘩はほどほどにね?なんかあたしが悪いみたいじゃん。」
「あ、そ、そういうわけじゃないけど…」
 紗理奈ちゃんの言葉に私は苦笑して、手を振った。
「じゃ、またね。暴露ビデオ、お楽しみに♪」
 言って、紗理奈ちゃんのBMWは颯爽と走っていった。
 私の家の前で、二人。
「…あの、瞳子。少し、入れて欲しい。」
 柚さんが言う。 …さすがに、ここでイヤと言えるような冷たい人間じゃない。
「どうぞっ…。」
 少し投げやりに言って、私は家に帰って、さっさと二階に上がった。
 ちょっと遅れて私の部屋に入ってくる柚さん。
 私の部屋に来るのは、もう何度目…十回くらいは入ってると思う。
 二人でおしゃべりしたり、そんなこんなで、時間が経って。
 ―――私達って結構、純愛、なのかなぁ?
 ……っていうか、今は、そういうラブラブした雰囲気じゃないんだけど。
 私が小さくため息をついてベッドに腰掛けると、後からやってきた柚さんが、私の足元にちょこんと座って、頭を下げた。
「あ…」
「ごめん、瞳子。…ごめんなさい。」
 柚さんは、深々と頭を下げる。そんなことされたら、余計…。
「そ、そんな、頭下げるのとか、やめてください。」
 私が言うと、柚さんは困ったように、
「どうしたら、許してもらえる…?」
 と、小さく言った。
 そ、そんなの…私だって、知りたいです…。
 許したいんだけど、…許せない!!
「自分で考えて下さい!」
 私が言うと、柚さんは床に座り込んだまま、俯いて沈黙していた。
 そんな柚さん…見たくないよ。ねぇ、柚さん。
 …あ〜もう、私のバカぁ。
 ちょっと泣きそうになって、私は柚さんに背を向けるようにベッドに横になった。
 ……。
 ……。
 少しして、
「瞳子。」
 と、柚さんが私の名を呼ぶ。
 …私は、それを無視した。
「瞳子。」
 もう一度呼ばれた。
 それも無視した。
 …そしたら。
「きゃ…!?」
 ぐいっと肩を持たれて、仰向けにされて、柚さんに両肩を押し付けられた。
 少し乱暴なやり方に、ビックリした。
「―――ゴメン。」
 柚さんは小さく言って、その顔を下ろしてきた。
「ん…!」
 少し乱暴なくちづけ。もがくように私が動いても、柚さんは離してくれない。
 尚ももがくように口を動かしたら、スルッ、て、柚さんの舌が、入り込んできた。
 ドクン。
 …強引な、キスに、ドキドキする。
「ぷ…ぁっ…!」
 息苦しくて口を開けるほど、柚さんに、侵されていく、感じ。
 とろりと流れ込んだ唾液を、飲み込む。
 …あぅ、柚さん、私、こんなの…。
 ふっと、顔が離れて、私は少し荒い息をつく。
 柚さんも、吐息を零した後、私の目を見つめて、言った。
「瞳子…好き。」
「わ、私も…、です…。」
 条件反射のように言ってしまう。
 柚さんはふっと微笑んで、また、キスをした。
 入り込んでくる舌に、そっと、私の舌で触れる。
 やわらかい柚さんの舌が、絡む。
 唾液が混ざって、泡になって、飲み込む。
 あぁ、なんて、熱い、キス。
 こんな扇情的な、エッチなキス、私、知らない―――。





 ―――こんなつもりじゃなかったんだけど。
 私―――神泉柚―――は、瞳子とくちづけを交わしながら、我ながらちょっとビックリ。
 どう謝ればいいかわからなくて、戸惑って、瞳子が向こう向いてて、なんだか悲しくて、衝動的に瞳子に触れて、その肩に触れて、ベッドに押し付けて…
 ――なんていうんだろう。その、瞳子の表情とか、ベッドに散った髪とか、そういう、一つ一つに。
 …とても恥ずかしいけれど、私は、そんな瞳子に、欲情した。
 可愛くて、甘くて、大好きな瞳子。
 そう、こんな感覚になったのは、カラオケボックスでの時以来だった。
 瞳子を組み敷いて、強引にくちづけして。
 ますます怒ったかなって不安になって、でもなんだか愛しくて、「好き」って言ったら、「私も」って言ってくれた。…許してくれたのかな?
 なんだか嬉しくて、そんな瞳子が益々愛しくて、私は更にくちづけを重ねた。
 今度は瞳子も、キスに応えてくれた。
 長い長いキス。
 ……こういうのは、知識として乏しいので、やり方があっているのかちょっぴり不安だったりとかして。でも瞳子が時々漏らす声に、ゾクゾクして。
 顔を離すと、二人の唇に唾液が糸を引いたみたいに伝って、なんだか恥ずかしかった。
 お互い、少し荒い息で、見つめあった。
 ―――ど、どうしよう。
 こういうのは、ええと、どうすればいいのか、何を隠そうこの私、神泉柚は、恋愛間における「行為」に関する知識が殆ど無く、当然経験もないわけで、情報源となるのは由里なのだけれど、なんだか照れくさくてそんなこと聞けないし…!
「…あの、柚さん…。」
 瞳子。…よし、瞳子に任せよう。
「…はい。」
 瞳子の呼びかけに、頷く。すると、瞳子はかぁっと赤くなって、
「……いえ、あの、……」
 と、なにやら口ごもった。
「ちょ、ちょっと…待ってください。」
 瞳子は一旦起き上がり、ベッドから降りて、部屋の鍵をかけ、窓のカーテンを閉めた。
 …閉めてから、私をふと見て、
「…あ、わ、私、何か変ですか?」
 と尋ねる。私は首を左右に振って、
「変じゃないです。」
 と答えた。何が変で何が変じゃないのかもわからないけど。
 瞳子は、今閉めたカーテンの裾を握って、赤くなりながら俯いた。
 ……私は、思いきって聞いてみることにした。
「瞳子、今から何をすべきなの?」
「…え!?」
 瞳子はかぁぁっと赤くなり、また俯いてしまった。
 私もなんだか赤くなって俯いてしまう。う〜。
「……あの、ゆ、柚さん。」
「は、はい。」
 改まった口調の瞳子に頷く。
「……今、家には、両親は仕事で出かけているので、居るとしても夕だけで、あの、都合は良いはずで、す。…ハイ。」
「…はい。」
 都合と言われても、何に都合が良いのかわからない。
 ……瞳子は、困ったように沈黙した。
 私も沈黙する。
「あ、あのぉ…」
 瞳子はようやくカーテンのところから戻って来て、ベッドにポスンと座り込んで、私に背を向けた状態で、…小さく、言った。
「す、…する、んですよね…?」
 …と。……いや、といわれても、私にはわからないのだ。本当に。
「…何を?」
 と聞き返すと、瞳子はしばし固まって、やがてフルフルと微かに震えながら振り向いて、
「…え、えぇぇ…?」
 と、泣きそうな顔で言ったのだった。
 …まずい、会話すら成立しなくなってきた。
 ここは、正直に言うべきだと、思った。そう、無知な私の実態を。
「と、瞳子。実は―――」





「……はぁ。」
 柚さんの言葉に、私―――棚次瞳子―――は言葉の意味を理解するよりも先に小さく頷いていた。…その後、ぷっ、と小さく吹き出してしまった。
「あの…やっぱり、変?」
 柚さんが言うので、
「…変です。それは。」
 と、笑顔で返してあげた。
「そう、やっぱり…」
 と落ち込む柚さん。そんな柚さんが、やたら可愛かった。
 …今からどうしてくれるのかなって、色々期待して待ってたんだけど、何もしてくれないから、もしかしてする気ないのかな?とか色々思ってたんだけど…なぁんだ。
 柚さんらしいっていうか、想像以上に柚さんらしい、っていうか。
 そりゃ私も経験多い方じゃないし、人生で数えられる程の回数くらいしかしたことないし。
 …でも、知識くらいはある。うん、それは初めて経験する以前から、こう、知ってしまうものだ。
 でも、23歳で、本当の本当に知識がない、らしい。…柚さんって、一体…。
 わからないけれど、多分「柚さんだから」で解決する問題なんだと思う。
 …本当に、変な人だなぁ。
 先ほどから落ち込んでいる柚さんを、私はじっと見つめていた。
 少ししてその視線に気づいた柚さんが、不思議そうに見つめ返す。
 …私が、教えてあげなくちゃいけないんだ。…よぉし、がんばろ。
 胸の内でそんな決意を固めると、なんだか可笑しくなってしまった。
 クスクスと笑う私に、柚さんがますます不思議そうな顔をする。
「…柚さん、私が…教えて、あげます。」
 そう言うと、柚さんは少し緊張した様子で、
「お願いします。」
 と、ペコリと頭を下げた。…か、可愛いなぁ。
 私はベッドの上で、座った状態で柚さんと向かい合い、その二の腕を緩く握って、軽く近づける。
 う、こういうのはされる方専門だったから、正直言ってとても緊張するっ。
 間近で柚さんを見つめて、ふと、改めてキレイな人だなぁって思った。
 すっと伸びたキレイな鼻筋に、長い睫毛。色素の薄い瞳、薄いピンク色の可愛い唇。
 この人が、“私の物”なんだなぁって思ったら、ゾクゾクした。
「キレイ、です。…私の、柚さん…。」
 囁いて、柚さんの頭を抱き寄せながら、私もそっと近づいて、くちづけた。
 ふわふわと、ついばむようなキスは、先生が教えてくれたやさしい行為。
 そんなキスが徐々に加速して、熱く、熱くなっていく。
 私は、そっと体重をかけて、柚さんをベッドに押し倒した。
 ふわっとベッドに落ちる柚さんの白い髪が、キラキラ光って見えた。
「と、瞳子…」
 柚さんは、少し困惑したように、小さく私の名前を呼ぶ。
「なんですか?」
 その頬を撫でながら問うと、
「…下は下で、恥ずかしい。」
 と柚さんが言う。
 私はそんな柚さんに、更にくちづけを落としながら、耳元で囁いた。
「…下で、受け止めて、ください。私の、重みを。…重力、を。」
「…は、い。」
 柚さんの白い耳たぶを緩く噛み、耳の裏から首筋へと舌を這わせる。
「ン、…」
 小さく悶えるように声を漏らす柚さんが、とても可愛い。
 ハイネックの薄手のセーターを脱がせると、柚さんの、雪のような素肌が露になる。
「…恥ずかしい。」
「…キレイ、です。すごく、すごく…。」
 白色のブラに包まれた小さい胸を、下着越しに撫でる。
 おそらくは、誰にも触れられたことのないであろう、小さなふくらみを、指先でなぞった。
「……ぁぅ、…瞳子、…それは…。」
「…気持ちイイ、ですか?」
「え?ええと…、わ、わからない…。」
 柚さんの答えに、私は少しだけ笑った。
 …まだ早いかもしれないけど、柚さんには恥ずかしさに慣れてもらわなくちゃ。
 私は、柚さんのロングスカートのホックに手をかけた。
「…下も、脱ぐ、の?」
 という、とても純粋な柚さんの問い。
「…下が、メインです。」
 そう言うと、柚さんは押し黙った。
 自分の身体のことだから、そこに「何が」あるかは、わかっているだろう。
 ロングスカートを下ろすと、すっと伸びた白い足が、恥ずかしそうに内股になっていた。
 なんというか、ただ単純に、その美しさに、私は感動した。いいなぁ、こんなキレイな身体。
 太股を撫でると、柚さんはくすぐったそうに、身をよじる。
 可愛い。とにもかくにも可愛いのだ。
「…ここ、誰かに触られたこと、ありますか?」
 私は、ブラとお揃いの白いショーツで隠された、その柔らかな場所を、そっとそっと、撫でる。
「ぁぅぅ…ないです…。」
 柚さんは、そこに触れた瞬間、ビクンッと身体を震わせた。
「じゃあ、自分で触ったことは?」
「…ないです。」
「本当かなぁ。」
 クスクスと笑いながら、優しく撫で続ける。
 きっと、全てが初めての感覚で、とても新鮮なのだろう。
 と同時に、不安な感じなのかもしれない。
 優しく、してあげよう。
「柚さん、大丈夫ですか?…どんな感じがします?」
 下着越しにやわらかな部分を撫でていると、柚さんは少し眉を顰め、不安げに目を細める。
「…わか、らない…、……動悸が、早まって…、熱い…。」
 柚さんの答えに微笑んで、私は柚さんの身体から手を離した。
「少し、休みましょうか。」
「はぅ…。」
 普段は雪のように白いその肌が、微かに赤みを持ってきている。
 頬を赤くしながら、困惑したような表情で目を瞑る柚さん。
 その、微かに開いた唇に、指を押し当てた。
「…?」
「……舐めて、下さい。」
 そういう声が、少し上擦った。
 こんな柚さん見てたら、私だって平静でいられるわけもない。
 柚さんの唇に押し当てた私の指を、柚さんは恐る恐る、咥え、舌で舐める。
 柚さんの温かい口内に呑まれていく。そこはとても神聖な場所のように思えて、ちゃんと洗ってくれば良かったと思い直す。
 少しザラザラとしたやわらかな舌の感触、とろりとした唾液。最初は控えめだった動きも、次第に強く、激しく、指を吸ったり、甘く噛んだり、した。
 その柚さんの表情とか、指の感触が、とても官能的で、ゾクゾクと震えた。
 やがて、口からそっと引き抜いた指は、唾液で濡れ、他の指よりも温度が高いような気がして、私の身体なのに、なんだか別のものになってしまったようだった。
 その指を、柚さんの下半身に持って行く。
「…どう、するの…?」
 指の用途が、思い当たったか、それとも単に不安だったのかわからないが、柚さんは私を見上げて、小さく尋ねた。
 私は微笑んで、
「…柚さんの秘密を、開ける、鍵、って所です。」
 と、曖昧に答えた。
「瞳子…。」
 不安げに囁くその唇にキスをして、私はそっと、柚さんの深い部分を、知っていった。





「………。」
 ふと、目を覚ますと、薄暗い闇の中だった。
 といっても、あの、出口の見つからない寒い場所ではなく、
 傍に、瞳子の温度を感じる、現実での薄闇。
 私―――神泉柚―――は、隣で眠る瞳子に手探りで触れ、その髪を、頬を撫でた。
「…ん……。」
 小さく寝返りを打つように身悶えてから、瞳子は少し身体を丸めた。
「…柚さん…?」
 眠たげな声で私の名を呼び、その手は手探りで私に触れ、頬を撫でる。
「おはよう、瞳子。」
「あ、………はい、おはようございます。柚さん。」
 瞳子は、私の傍で丸まって、小さく笑った。
 その後、ふと身を乗り出し、カチッという音と共に、枕もとから光が溢れた。
 丁度、私を乗り越えてライトのスイッチに手を伸ばした瞳子の、露になった胸元が照らされる。
「わっ…、ゆ、柚さん、見ちゃやだ…。」
 恥ずかしそうに、胸元をその手で隠し、瞳子は笑う。
「減るものでもあるまいし…。」
 私が呟くと、
「そ、そんなオヤジみたいなこと言わないでくださいっ。バカぁっ。」
 と、瞳子はますます赤くなって言った。何故オヤジみたいなこと、なのかがわからないけど、瞳子の様子が可愛くて、私は笑った。
「………あのぉ、柚さん?」
 ライトがついて気づいたが、私と瞳子は同じ毛布に一緒に包まって眠っていたらしい。
 毛布の中で改めて丸まりながら、瞳子は私の名を呼ぶ。
「うん、なに?」
「あの…痛く、なかったですか?…柚さん、初めてだったから…。」
 という問いに、私は思い返した。
「……そう言えば、ちょっとだけ、チクッと。…でも、そんな痛くなかった。」
 答えると、瞳子は安心した様子で、
「そうですか…良かったぁ。」
 と微笑んだ。
 初めての行為、瞳子は手取り足取り教えてくれて、上手くいった、みたい。
 その実際に行っている時は頭がぼんやりして、よく覚えていないけど。
 ……沢山恥ずかしかったことは、とてもよく覚えている。
 …嫌いじゃない。こういうの。
 でも、……瞳子の方が、先輩。
「瞳子は、…初めて、じゃないんだ。」
 ふと、私はポツリと呟いていた。
「え…?あ、…わ、私は、まぁ…。」
 瞳子は恥ずかしそうに、私から目線を逸らす。
「瞳子は、いつが初めて?」
 尋ねると、瞳子は赤くなりながら、
「こ、高校生の頃…です。」
 と答える。
 …それは、早いんだろうか。それとも私が遅いのだろうか。
 …私の方が、二つも年上なのに。
「瞳子の方が、大人だね。」
 そう言うと、毛布の中で丸まっている瞳子が顔だけあげて、微苦笑し、
「そんなことないです。…柚さんの方が、ずっと大人です。私、まだ…」
 と小さく言い、甘えるように、私の胸に顔を押し付ける。
 恥ずかしいけど、なんだか嬉しい。私は、そんな瞳子の頭をそっと抱きしめた。





「………。」
 かぁぁ…と、顔が赤くなる。
 いや、まぁ、なんていうか、あたし―――棚次夕子―――には、まだわかんない大人の世界。
 …が、隣の部屋で繰り広げられている、わけ。
 ところで、お姉ちゃんは知ってるんだろうか。
 この子供部屋二部屋の壁が、妙に薄いということ。
 あたしは基本的に自室で騒ぐことがないので、きっと知らないだろう。
 そりゃ、会話の一字一句が聞こえるほど薄いわけじゃないんだけど、その…
 耳をすませば。そして漫画のごとく、コップとか押し当てれば、余裕で聞こえるはず。
 ―――じ、実践はしてないけどね!?
 いや、そ、それでも、だよ。
 こう、高い声、とか、大きい声、とか、そういうのはさ、別に聞く意思がなくても聞こえるの。
 ……はぁ。ため息の一つや二つ零さずにはいられないよ。
 余談だけど、柚の喘ぎ声が意外に可愛いのは驚いた。ちょっとドキッとした。
 …あぁ、もう、あたしは真面目に勉強してるんだからさ、他でやってよぅ。バカども。









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