第十八話・幸せな日々




「お世話になりました!」
「私も一応…お世話になった、模様。」
 深々と頭を下げる瞳子の横で、私―――神泉柚―――は、少し首を傾げる。
 パリの空港にて、両親とその後ろでかしこまるジャンを前に、私は言う。
 だって、私、こっちに戻ってからすぐ寝てたから、両親とは殆ど一緒に暮らした記憶がない。
 けれど、今が既に二月だったりするところを見ると、その間は養ってもらっていた、みたい。
「ははは、瞳子はまた戻って来なさい。柚はどうでもいいがな。はっはっはっは!」
 …相変わらずクソ親父もといお父様は毒舌というか、私に厳しい。
「まぁ、そんなこと言って、二人の娘が帰るからって寂しがってたのにね。」
 お母様が笑う。うーん、相変わらずナイス★カップル、だな、と、この二人を見ていると思う。
「…もう、行かなくちゃ。」
 出発の時間が差迫り、私は言った。
「…じゃあ、元気でな。」
「仲良くね、柚、瞳子。」
「いってらっしゃいませ、柚様、瞳子様。」
 両親の言葉に頷き、ジャンの言葉にも頷き、そして、瞳子と共に、歩き出す。
 人で溢れる空港。
「…ひゃー、相変わらずすごい人ですね!迷子にならないで下さいね?」
「私が?迷子に?」
「柚さんならなりかねません。」
「…失礼な。」
「あはは、ごめんなさい。」
 そう言って笑う瞳子の手を、握った。
「…これなら、はぐれない。」
 瞳子は、私を見て、嬉しそうに笑った。
「はい!」
「うん。」
 瞳子の笑顔は、私も笑顔にさせてしまう。だから不思議で、だから好き。
 順路通りに辿って、無事、飛行機に乗り込んだ。
「あのっ、」
「えっと、」
 …座席に座るや否や、私と瞳子は、言葉がかぶさった。
 今まで此処に来るまでも、家や車の中で喋りっぱなしだった。
 もうお互い喉がカラカラのはずなのだが、それでも、まだ喋り足りない。
 ふっ、と、一緒に吹き出して、笑う。
「時間、いっぱいありますから。」
「うん。…そう、いっぱいある。ずっとずっと。」
「……うん。ずっと。」
 そう言ってお互い落ち着くと、ふと、会話が途切れた。
 …今ので、お互い言いたいことを言い尽くしたような気がする。
 ……。
「あ、そうだ。言い尽くしてない。そう。瞳子。」
 私はふと、さっき言おうとしていた事を言葉にする。
「はい?なんですか?」
 嬉しそうに答える瞳子に、首をかしげて、
「別に喜びそうな話題ではないけど?」
 と言うと、瞳子はやはり嬉しそうに、
「なんでもいいです、嬉しいですから。」
 と答える。
 …さっきも言ったように、瞳子が笑顔だと、私も嬉しくなる。
 私は小さく笑って、言った。
「瞳子、敬語、止めた方がいいと思う。」
「えー!?……もう慣れちゃってますよぅ。」
「でも、なんだか、私だけタメ口だと、ちょっと引け目を感じてしまう…、…です。」
 ちょっと敬語気味、で言って見ると、瞳子はクスクスと笑う。
「…じゃあ、敬語抜きで喋る努力、してみま…じゃなくて、してみる、ね。うん。」
「うん。じゃあ、瞳子、先ほどから色々と話したそうだったこと、タメ口で、どうぞ。」
 改まって言うと、瞳子はうーん、と唸って考え込んだ。
 しばらく考えてから、瞳子は、私の耳元で小さく、
「…あ、…愛してるわ、柚。」
 と、囁いた。
「…ぎこちない。」
 呟くと、瞳子は頬を膨らませて、
「もういいですっ、私はやっぱり敬語が似合う女なんですっ。」
 と、少し拗ねるので、私は、瞳子の耳元に口を寄せ、
「私も、愛して、います、…瞳子、サン。」
 …などと囁くと、
「ぷっ、ぎこちな〜い!」
 と、瞳子はクスクス笑う。
 私はぷー、と膨れつつも、瞳子の笑顔を見ていると、ほっぺたから空気が抜けた。
「…うん、いいや。瞳子が好きなように喋れば、いい。」
 私が頷くと、
「はいっ、わかりました。…柚。」
 と、…言って、くれた。
 ………なんだか、妙に嬉しかったりする。
 ふと、フランス語の機内放送で、間もなくの出発を告げる。
 窓側の瞳子は、嬉しそうに窓の外を眺めていた。
 私はそんな瞳子を眺めて、嬉しかった。
 ――嬉しいと言えば、そう。
 既に握る必要がなくなっても、握り合っている、この手、とか。
 これが、「幸せ」というもの。
 ………私が、幸せになれるなんて、思って、いなかった。
 私を幸せにしてくれる、一人の女の子。
 瞳子。
 ……もう、この子がいれば、いい。
 悲しませたりなんか、絶対、しない、から。





「弥果ちゃん!弥果ちゃん!!」
 あたし―――棚次瞳子―――は、走ってくる車に、ぴょんぴょこ跳ねて合図した。
「こんにちは、夕ちゃん♪〜ご機嫌ですねぇ♪」
 あたしに横付けして止まった車の運転手は弥果ちゃん。
 早速その車に乗り込んで、あたしは大きく頷いた。
「そりゃもう、ご機嫌だよっ。こんな嬉しいことはないよっ。ねぇっ?」
「…うん。」
 弥果ちゃんは微笑んで、小さく頷いた。
「あ…もしかして、折角の休みなのに、呼び出して、悪かったかな?」
 あたしはふと、不安になって尋ねる。
 すると弥果ちゃんはフルフルと首を横に振って、
「そんなわけないですぅ!瞳子さんと柚さんのお迎えなんて、願ってもないですよぉっ!
 …いやぁ、弥果は、夕ちゃんがあまりに嬉しそうだったから、微笑ましくて嬉しかったんですっ。」
「あ、そ、そうなんだ。あはは、我ながら恥ずかしいくらいに嬉しくて…。」
 うん。もう、笑顔しか出来ないくらいに。
「ねぇ、弥果ちゃん、最初は何て声掛けたらいいのかなぁ。」
「うーん、そうですねぇぇ、やっぱり、ヨッご両人!とかぁ、アツアツだねぇ!とかぁ、きゃーラブラブボンバー!とかぁ、そういうのがいいと思いますよぉっ。」
「え?…何、それはボケなの?天然なの?まさか本気なの?」
「えっ、あの、天然ってことで。」
「あはは。」
 まぁ、本気でもいいや。弥果ちゃんなりの祝福の仕方なら。
 うん。でも、あたしはやっぱり…。
「ありきたりだけど、おかえりなさい、かな。」
 呟くと、弥果ちゃんは「うんうんっ」って頷いてくれた。
「…あーどうしよー!!」
 不意にあたしは大声で言った。
「ど、どうしたんですかぁっ!?洗濯物の取り込み忘れとかぁ!?」
「いや、違うけどぉっ!……なんか、緊張する。実の姉はまだしも、実の姉の恋人だよ!?どうなの、これ!!」
 あぁ、なんか我ながらテンションが弥果ちゃん並で楽しかった。
 こんなあたし、久しぶりかも。っていうか初めてかも。
 嬉しくて楽しくて、サイコーな気分。
 お姉ちゃん。幸せになれて、ホントに良かったね。
 ホントに。…良かった。
「…じゃ、妹も紹介しちゃえ!!」
「何を?」
「…こいびと。」
「………え!?」
 ……なな、なんか、嬉しさ、三倍増し、っぽい?
「きゃ〜!!照れる!!照れる!!弥果ちゃんのバカぁっ!!」
「ゆ、夕ちゃんがきゃ〜とか言ったぁ!!これ、すごいレアですよぉっ、録音録音!!」
 車は、高速を気持ちよく走る。
 瞳子と柚の居る、空港まで、もう少し―――。





「夕〜〜っっ!!!」
 その姿を見つけた瞬間、私―――棚次瞳子―――は駆け出していた。
「お姉ちゃん、おかえ…うぐっ!」
「夕〜〜!会いたかった〜〜っっ!!」
 大好きな大好きな妹の姿。私は、思いっきり抱きしめていた。
「こらぁ、瞳子ぉ〜〜こんな重い荷物を二つも私に…」
「柚さんじゃないですかぁっ!」
 夕の後ろに居た弥果ちゃんが、柚さんの元へ走っていく。
「これで二人っきり〜…じゃなかった。元気にしてた?夕?」
 胸に押し付けていた夕をようやく離し、私は問い掛ける。
「う、うん、…元気。っていうか、あのー、コホン。…お姉ちゃん、おかえり!」
 どうやら用意していたらしい台詞を言って、夕はクスッと笑った。
 あぁもう、相変わらずだけど、なんだか大人になった感じもするなぁ〜。
「夕!お姉ちゃんは、お姉ちゃんは幸せですっ。」
「お、お姉ちゃん!夕は、夕は幸せですっ。」
 ヒシッと抱き合い、ふと、
「え?なんで?夕も幸せなの?」
 と顔を離すと、夕は少し照れた様子で、
「う、うーん。なんか、弥果ちゃんと、それっぽい。」
 と、言った。
「いやん、うっそー!きゃー!おめでとぉーっ!」
 私は夕を叩きながら祝福した。
「いた、いたた、いや、叩くならせめて拍手とか、そういうので…。」
 などと私が再会の抱擁を交わしていたのに、
「何、姉妹で殴り合ってるの?」
 と、後ろから柚さんの…コホン、柚、の声。
「なぐりっ…」
「柚ぅっ、お姉ちゃんがいじめる!」
 訂正しようとしたのに、それよりも先に夕が言う。
 って、な、なんですって!?
「瞳子…。いくらいびりそびれていたからって、出会い頭早々というのは、どうかと…。」
「い、いびりそびれてなんかいませんっ!元々、私そういうキャラじゃないのにっ!」
 私が膨れると、その場にいた三人は笑った。
 弥果ちゃんの車が止めてある駐車場に向かいながら、改めて、再会を喜ぶ。
「…柚。」
 弥果ちゃんと私が話している後ろで聞こえる、夕と柚さ、…柚、との、会話。
「…元気してた?ちびうりゃー。」
「ち、ちびうりゃー。何それ。意味わかんないよっ。」
「そっか。なんか、元気になった、ね。」
「え?そうかな?…っていうか、柚が元気じゃないのが悪いんだよっ!」
「ごめんごめん。…でも、もう復活。寧ろハイパー柚に生まれ変わって参上。」
「あはは、ならいいけどっ。」
 ちびうりゃー。今度私も使わせてもらおう。
「そう、それでですね、突然なんですけどぉ。」
「うん?」
 弥果ちゃんの言葉に横を見ると、なにやらとても真剣なまなざしの弥果ちゃんと目が合う。
「な、何…?」
 その迫力に、私は首を傾げる。
「い、妹さんを弥果に下さい!!」
 ………。
「…え!?本気だったの!?」
「え?何がですか?」
「その、夕と弥果ちゃんの話。」
「…あ、どうなんでしょ。弥果はそんなに本気じゃないんですけど、夕ちゃんがどうしてもって」
 とか弥果ちゃんが言ってると、背後からそんな弥果ちゃんにチョップが入る。
「何それー!あたしの方が、本気じゃないけど、弥果ちゃんがどうしてもって!!」
 夕の言葉に、私は二人を交互に見て、笑った。
「ま、もう少しお互い精進なさい♪」
 私がちょっぴり大人ぶって言うと、弥果ちゃんと夕は声をそろえて『はぁい。』と答える。
 なんだか、妹が二人になった気分だなぁ。
「瞳子。」
 後ろから、柚さんの声がして、私は振り向く。
「柚さん、なんですか?」
 すると、柚さんはすっと何も言わず手を差し出したので、私はそれを握った。
 柚さんは頷いて、
「宜しい。」
 と言うので、私は柚さんと並んで、手を繋いで歩き出したのだった。
 二月上旬。温かい日差しがさす、とてもあたたかい、冬の日のこと。





 ピンポーン
 私―――神泉柚―――の部屋は207号室だけど、別に間違えたわけでもなく、206号室のチャイムを押した。
「あいはーい。」
 相変わらず寝起き風な間延びした声が中から聞こえる。
 ガチャッ、とドアが開き、
「よっ。」
 私が言うと、向こうも、
「よっ。」
 と返した。
 …数秒の沈黙。その後、
「柚ぅ!!?」
 と、やたら大袈裟な声で、彼女、佐伯由里は言ったのだった。
「な、なんだ、帰ったなら言ってくれれば良かったのに!」
「だから、今帰って来たから、言いに来た。ついでに鍵を返して貰いに。」
「あぁっ、そ、そーか!そりゃ良かった!うん!…ま、待ってて!」
 そう言って、由里は部屋の奥へ姿を消した。
「っ…フフ、佐伯さん、驚いてましたね。私のことに気づかないくらい。」
 と、少し離れたところにいた瞳子が言う。
「…隠れてる、から。」
「あはは、そうですけど。」
 瞳子がクスクスと笑う。
 そう、瞳子も由里と友達なんだ。
「ん〜誰と話してんの〜柚ぅ?」
 と、戻ってきて、由里はドアから顔を出した。
「あー!トーコじゃん!」
 そして、由里は嬉しそうに言ったあと、小さくわざとらしい咳払いをした。
「ハイ、鍵。」
 由里から鍵を受け取り、
「確かに。」
 と頷く。
「…ハイ、鍵。」
 と、由里から受け取った鍵を、瞳子に渡す。
「へ?」
 不思議そうに受け取る瞳子に、私は小声で言った。
「少し、由里と話がしたい。荷物、お願い。」
 すると、瞳子は納得顔で、「わかりました」と快く了承し、我が自室へ入っていった。瞳子がジョウロも携えていたのを、私は見逃さなかった。さすが瞳子。私のところへたどり着いただけの優しさ衰えていない。
「由里。」
 私は隣人でもある友人に声を掛けた。
「あ?何、トーコと愛の巣とか作るんじゃないの?」
 などと相変わらずなことを言う友人の部屋に勝手に上がり込みながら、
「愛の巣はまた今度暇な時にでも。」
 と返すと、由里は笑った。
「…ええと、由里には、こう改まるのもなんだか変な気がするけど。」
「うん。なんだっ。」
「……トーコを導いてくれて、ありがとう。…トーコがいたから、私は戻ってこれた。それはつまり、トーコを導いた由里の力でもあるわけで。」
「お、わかってんじゃん。」
 はぅ。変わってない。
「…とにかく、私の留守を守ってくれて、ありがとう。……由里、好きよ。」
「……、……、そ、そういうこと真顔で言えるから変なんだよ、柚は。…ま、あたしもそういう柚、嫌いじゃないけどね?」
「素直じゃないな。…ほら、嫌いじゃないの他の言い方は?」
「うー……」
 唸る由里。私は移動して、しきっぱなしの布団の上にあぐらをかく由里の目の前で正座した。
 由里は小さく笑って、私の身体を抱きしめた。
「大好きな柚…、…おかえり。」
「…うん、ただいま。由里。」





「あー!!」
『あ!!』
 私―――棚次瞳子―――と、その男性二人とは、同じタイミングで、お互いに指を差し合った。
 柚さんの部屋の植物に水をやりおわったところで、柚さんも由里さんの部屋から出てきた。
 私たちはもう少し一緒に外を出歩くことにして、寮から出た、その時だった。
 弥果ちゃんの車のところで、中の二人と話していたらしき、その男二人のコンビ。
 二人は、私たちの姿を見つけて、駆け寄ってきた。
「瞳子ちゃん!」
 そう言って、私に声を掛けてきたのは、小向さん。
 う、後ろでは、
「柚先輩!!」
 と、乾さんが柚さんに声を掛けていた。なんかナンパされてるみたいでちょっとヤだった。
「柚先輩と会えたんだね。」
 眼鏡の似合う爽やか系の笑顔で、小向さんが言った。
 私は素直にその言葉が嬉しくて、笑顔で頷いていた。
「良かった…、…けど、そしたら、俺ら、もう接点なくなるのかな?瞳子ちゃんが、校門の近くで、柚先輩を待つことも、もう、ないんだよね。」
 小向さんは少し寂しそうだった。なんで、かな?
「別に、接点なくなること、ないですよ?私は、柚さんのお部屋にもちょくちょくお邪魔するでしょうし、柚さんとデートとかするし。この大学の近くにもちょくちょく来ることになると思います。」
「そっか。そうなんだ。じゃあ良……」
 と言いかけて、小向さんは凍りついた。
「で、デートぉ!!?」
 背後で、柚さんと話していた乾さんの驚いたような声がした。
「で…デート、って…。」
 小向さんも、それにつられるように小さく言った。
「え?え??なんか変ですか?」
 私が首をかしげると、小向さんは私と柚さんとを見比べて、
「だって…女の子同士…。」
「…あ。」
 言われて、少し赤くなる。そうだよね、客観的には、おかしいんだよね。
 でもいいもん。開き直っちゃう。
「いいじゃないですかっ、女同士だってラブラブなんです!小向さんも、乾さんとどうですか?」
「…げ!そ、それはちょっと在り得ないかな。うん。ま、まぁいいや。お幸せに。」
 小向さんは最後まで複雑そうな表情のまま、言った。
 そのすぐ後に、
「柚先輩!瞳子ちゃんと、し、し、幸せにぃっ!」
 という、乾さんの複雑そうな声が聞こえた。
 私は振り向いて柚さんを見ると、自然と顔を見合わせ、笑っていたのだった。





「せーの、乾杯〜!!」
 やっぱり元気な紀子さんの音頭で、乾杯。
 ちょっぴり予想してはいたけど、こうやってグラスが私―――神泉柚―――に寄ってくるとなんだか嬉しかったりする。
 場所は、都内の某カラオケボックス。
 …で、私の発見記念パーティというか、私と瞳子のラブラブ記念パーティというか、メンバー勢ぞろいドンチャンパーティーというか、よくわからないけれど、そういう集まりが、私達の帰国後四日目の日に催された。案の定というか予想通り、紀子さん主催で。(後で聞くと、どうやら姫野さんの退院パーティーとか、安曇ちゃんの誕生パーティーとか色々と一緒くたにされてるらしかった)
 まぁ、なんだかんだで嬉しかったりはする。懐かしい顔が勢ぞろいして…―――
「紀子さん。」
 私から見て右隣の瞳子は他のメンバーに捕まっているので、左隣の紀子さんに声を掛ける。
「きゃー、柚ちゃん!柚ちゃん!会いたかったわっ!!」
「いや、その再会の抱擁は既に終了したはず。」
「あ、そうだっけ?あはは〜!で、何何?」
 開始直後にも関わらず、既に酔っ払っているようなテンションの高さ。
「一人、足りない。」
「一人?…あぁ、あいつかっ。」
 紀子さんがポンッと手をつく。突然、にょきっと足元から生えてきたのは安曇ちゃんだった。
「いーの!あんなやつ。居なくて。」
「え…?何か、あった?」
 先ほどから、あいつ、とか、あんなやつ、とか、そんな酷い言われようなのは、メンバーきっての美少年系、赤倉玲少年。もとい赤倉玲嬢。やっぱり嬢は似合わない。
「柚ちゃんにもビデオ持ってくれば良かったねー!」
 少し遠くの席の紗理奈嬢も、なにやら話しに加わってくる。
「いやぁーそれがねぇ。実は、このメンバー殆どに連絡つけたのが、紗理奈だったわけよ。だけどね、その紗理奈がある現場を目撃しちゃってさ。」
 紀子さんはウーム、と唸りながら言う。
「そう!ひどいんだよ、玲ってば。この可愛い可愛い安曇ちゃんをメロメロにさせといてさっ、させといてさぁっ!大学の助教授の女なんかに現抜かしてんの!!もう、ふざけんなバカぁぅ!!」
 安曇ちゃんもまるで酔っているようなノリで言う。
「でねでね〜!本来なら収集委員の紗理奈ちゃんが連絡つけるべきなんだけど、個人的にムカついたから連絡してないのっ!」
 紗理奈が、遠くから言う。この子は例の仮面というやつをすっかり捨てていた。いいのだろうか。
 個人的にムカついたとか、そういう理由で仲間はずれ…ちょっと可哀想、玲。
「あぁ〜ん、玲のバカぁぁっ!大好きだぁぁぁっっ!!!」
 安曇ちゃんに目の前で叫ばれて、私は慌てて耳を手で塞いだけど遅かった。
「ハイ!次!岩崎安曇!片想い歌いまぁ〜す!!」
 こういうタイミングで曲が来るというのは見事だと思う。見習わねば。
「あははは、皆、なんか、本来の目的そっちのけで騒いじゃってますよね。柚、何か歌いません?」
 瞳子が話し掛け来る。敬語なのに名前だけ呼び捨てというのも微妙だと思う。
「…歌う。」
 私は歌本を受け取り、す、す、すー…。
 目的の曲を発見して、リモコンを押した。
「うわ、柚ちゃん歌うの!!?」
 そんな、なにか新種の芋虫を発見したような言い方で言わなくてもいいと思う紀子さん。
 今は、安曇が片想いでしっとり決めていた。泣きながら歌う曲でもないと思うけど。
「…えへへ、これだけ皆騒いでると、ちょっといちゃいちゃしても、わかんないですよね。」
 瞳子は甘えるように言って、私の肩に寄りかかった。
 瞬間、とてもたくさんの視線を感じたような気がするけど、気づかなかったことにする。
 瞳子の、空いた左手を、私の右手で握った。瞳子はそれをぎゅっと握り返す。
 …こういう、些細なことが、とても幸せで、毎日、とても楽しい。
 学校が始まったりして(いや、本当は始まってるけど)、瞳子と毎日居れなくなると少し寂しいけど、いつかは、一緒に住んだりして、出来るだけ、いっぱい、一緒にいたいと思う。
 大丈夫。私たちは繋がってる。愛という、絆で。
「そう、私は瞳子を愛し、そして瞳子は私を愛している。そこに、立ち入る余地などない!誰にも邪魔の出来ない二人だけの世界!世界は今日も回る。私達二人のために…!!」
 ………。
 途中から、よくわからないナレーションというか、偽柚思考が、マイクにのって流れていた。
 こういうバカなことをするのは、紀子さんしかいない。
 気づくと、隣にいる瞳子が真っ赤になって固まっていた。
 紀子さんのせいで、みんなの視線が集まる。…むぅ、邪魔の出来ない二人だけの世界は遠い。
「あはは、ラブラブな二人に妬けてきたところで、紀子ちゃん歌いま〜す!!」
 散々邪魔しといて、一人の世界に入っていく。こういうのを卑怯と言う。
 ……。
 自己陶酔するかと思ったけれど、そうでもなかった。昔のラブソングを歌い上げる様は、なかなかに見事だったりする。
 ふと、そんな紀子さんに熱い視線が送られているのに気づく。
 その発信源は、馨さんと、朱雀サン…。
 そう言えば、朱雀さん、最初は誰かと思ったほどに、キレイになっていた。ビックリ。
 そうか。いわゆる「女の子は恋をするとキレイになる」というやつか。
 しかし、あんな美女二人の熱い視線を集めるとは、紀子さん、恐るべし。
 紀子さんの歌声。不覚にも、聞き入ってしまった。むぅ、見事。
 そして次は、名村花月さんにマイクが渡る。どうやら新曲らしいが、ストレートにしっとりと愛を歌うその曲が、やけに似合っていた。というのも、荊さんを一直線に見つめ、歌っているからだろうか。荊さんは荊さんで、照れくさそうにしつつも、その視線を受け取っていたりして、妬けてしまう?あ、いや、私は瞳子がいるからそれで十分。
 冷やかすなら、こういう堂々といちゃいちゃするカップルを冷やかすべきだと思う。
「柚ちゃ〜ん!飲み物減ってないじゃなーい!」
「あ、うん。少しずつ飲む。酔っ払うから。」
 紀子さんの言葉に答えると、彼女はニヤリッと笑って、
「それじゃ面白くないじゃない。柚ちゃんが酔っ払った姿、見せてもらおうじゃないの!」
「あ、でも、私は、酔うと寝るだけ。…酔わせるなら、瞳子が面白い。」
 …と、隣を見遣ると、おや、さっきまであったその姿がない。
 部屋を見渡すと…
『一気!一気!一気!一気!!』
 …と、紗理奈・安曇に促され、それにあっさり応じてビールを一気飲みする瞳子がいた。
 一気飲みは危険だから止めましょう。
 ……はぁ。思いやられる。
 ため息をついていると、ポンッとマイクがやってきた。マイクを投げてはいけません。
 私の番、らしい。そう、私の好きな、ナンバーです。
「♪あの時 あたしが欲しかった物は 間違いなく あなた、でした。」
 …と歌っただけなのに、紀子さんがヒュー!だの、ピー!だの、冷やかしを入れてくる。
 これは瞳子と関係ないから冷やかさなくていい。
 歌いつつ、その瞳子を探す。
「きゃ〜!柚さん、素敵ぃぃっ!!」
 部屋の端でマラカスを握って私を見つめている瞳子を発見した。既に危険。近寄るべからず。
 …。
 そろそろ逃げるべき場所が見当たらなくなってきたので、精神的に退避することにしよう。





 というわけで、柚さんの次に冷静な私―――嶺夜衣子―――に回ってきたらしいです。
 確かに、既に逃げる場所はない、というか。
 …どうしようもない、といった方が良いような気がする。
 あまりの盛り上がりに少し困惑している時だった。
「おらぁっ、ヤイコぉ!行くぞっ!」
 と、紗理奈からいきなり言われて、
「え、い、行くってどこに?」
 と聞くと、
「トイレ。」
 とあっさり返された。一人で行けばいいのに…。
 部屋を出ると、廊下の空気はひんやりしてて心地よかった。
「は〜フラフラする!」
 紗理奈の言葉に苦笑して、
「酔ってるんでしょ?そんなに飲んだの?」
 と尋ねる。
「へへ〜まぁねぇ。こういう機会じゃないと飲めないからっ。」
 と、紗理奈はブイサインなどしつつ言う。
 …ま、一応、お嬢様だもんね。
 トイレに入ると、私は問答無用で紗理奈に手を引かれ、同じ個室に入った。
 って、えぇっ!?
「……にへへ〜。やいこぉ。」
 紗理奈は嬉しそうに言って、私に抱きつく。しょうがないなぁ。
 でも、いつもお姉さんぶられてるから、今日くらいは、いいよね。
 紗理奈を軽く抱いて、そっとくちづける。
 ……。
 私は思い切って、紗理奈に入れられるよりも前に!舌を入れてやった!
「ン、…んぅ…。」
 そうそう、こういう声も私があげる前に紗理奈に上げさせる。
 主導権を確保する。バッチリ。
 …すると、紗理奈の手が、私の胸に触れた。甘い甘い♪
 私は、紗理奈のスカートの下に手を忍ばせる。
「ン〜〜っ!」
 ビクッ、と反応して、私にもたれかかる紗理奈。やった♪
 ―――あ、ここから先は、二人だけの秘密です♪





 二人で出て行く紗理奈ちゃんと夜衣子ちゃんを見て、私―――名村花月―――は微笑んだ。
 そう、夜衣子ちゃんも、なんだかんだで楽しそうだし、仲良さそうだから。安心した。
 まぁ紗理奈ちゃんっていうのは少し意外な線だったけど、ね。
 …二人が今から何をするんだろ、なんて想像して、私も梨花と出て行きたくなった。
 が。
「あ、私、仕事あるから、先に帰るわ。」
 と、参加費を悠祈さんに支払う梨花。
「ふえぇっ、そんなぁ。」
 私が言うと、
「花月、あんたの分も払っといたわよ。ほら、一緒に帰るんでしょ?」
 …と、梨花は言う。少し悪戯っぽい笑顔で。
 なんだ、そういうこと。
「みんな〜お先に失礼〜♪柚ちゃん、またね♪」
 態度をコロリと変えて、私はヒラリと手を振って、梨花にくっついて部屋を出た。
 酔ってるからか、少し気分が大胆だった。私は梨花の腕に抱きついて歩きながら、囁く。
「うそつきね、梨花。」
「…人、見てるわよ。」
 梨花は、外ではあんまり恋人っぽい顔してくれないから、ちょっとだけそれは不満。
 だから、私は恋人オーラ全開で、
「いいじゃない、恋人なんだからっ。」
 と、ちょっと大きな声で言う。カラオケボックスの従業員の男性が振り向く。
 あぁ、どうしよ、名村花月だって気づかれたら。
「…スキャンダル、よ?」
 梨花の言葉に、私は笑った。
「いいもん、別に。もし激写されたなら、私はそれを認めるだけだわ。だって、隠すなんておかしいじゃない。私達、愛し合ってるんでしょっ?」
「…ま、そうだけど。」
 梨花も、照れくさそうにしつつ、仕方ないなぁ、という顔をしてくれた。
「ね、今からどうするの?梨花の部屋?それとも、私の部屋?」
 私は囁いた。そう、梨花が『仕事があるから』と言いつつも私を連れていく場合、それは警察のお仕事ではなく、私を構うという、重要任務なのだ。
 あ〜んもう、幸せっ★





「はふ……」
 酔っ払ってすっかり“おねむ”の、可愛いマリアを膝枕しながら、私―――姫野忍―――はいつも以上にご機嫌だった。だって、マリアを膝枕なんて、まず、ない!してもらうことはあっても、マリアがそれを望んでくることなど、まずないのだ!
 夕ちゃんが大人っぽい曲を歌っているのを眺めたりしていると、紀子さんから、
「いよっ、お熱いね!」
 と、冷やかされて、ものすごく嬉しかった。変な話だけど、こういう風に私達のことを言われることってあんまりないから、やけに、嬉しかったのだ。仲間内だから…恋人の顔が出来る。
 そういう、開放感もあった。やっぱり外だと、女同士っていうこともあって、気を使っちゃうし。
 私達のデートは、大抵河川敷とか、そういうのんびりしたデートばっかり。でも、そういう場所が二人共好きだから、とても楽しい。
「ん〜…。」
 マリアが、小さく声をあげた。
「マリア?」
「ん…?」
 少し寝ぼけ眼で私を見上げるマリア。うわぁ、こんなのレア。いつも私より先に起きるし。
「…可愛い。」
 私はマリアにだけ聞こえるように、囁いた。
 マリアは小さく笑って、身を起こした。ちょっと残念。
「……ごめん、忍、…私、眠たくて…」
 と言いつつ、マリアは私の肩に寄りかかり、また寝息を立てようとしていた。
 あちゃ、お酒飲むと眠くなる体質なんだ。可愛いな。
「あの、私達帰りますねっ!マリアがダウンみたいだから。」
 と、悠祈さんにお金を払うと、
「あははは、帰り、気をつけてね。」
 と言ってくれて、ついでに私達をカラオケボックスの玄関まで送ってくれた。まぁ、マリアがあの調子じゃ心配になるのもわかるけど、玄関まで歩いてマリアもなんとか目を覚ましてくれたみたいだし、大丈夫。
 さ、今夜は、可愛いマリアの寝顔、堪能しちゃお〜っと♪





「さて、どうしよっかな…。」
 忍さんとマリアさんを玄関まで送っていったあたし―――悠祈紀子―――は、今からの傾向と対策について首を傾げていた。
 まぁ幹事だから最後までいなきゃいけないんだけど、ちょこっと抜け出すくらいは許されるだろう。そう、こういう皆で盛り上がってる時に抜け出すのは実に楽しいのだ。
 しかし、問題は相手だ。朱雀ちゃんなら、まぁ、特に問題なく誘い出せるだろう、けど…。
 けど―――
 と、頭を抱えながら歩いてると、あたしはとんでもない人物を発見してしまったのである。
「か、馨ちゃぁ〜ん♪」
 思わず声が裏返る。ほどに嬉しかったのだ。
「あら、紀子。…どうしたの?」
「どこ行くの?」
「うん?トイレよ。」
「あ、そっか。ねぇ、ついてってもいい?」
「え?いいけど…。楽しい?」
 不思議そうな馨さんの問いに、あたしは思いっきり頷いた。
「楽しい♪」
 ―――。
 ザァァ〜と流れる水音の後、個室から馨ちゃんが出てくる。
「馨ちゃん。」
 あたしはなんとなく声を掛けたりして、
「なぁに?」
「なんでもない。」
 などという、些細な会話を楽しむ。
 手を洗った馨ちゃんの腕を、きゅっと掴んだ。
「あの、ね?……少し、二人で遊ぼうよ。」
 そう言うと、馨ちゃんは悪戯っぽく笑んで、
「私もね?…ほんとは少しだけ期待して、タイミング図って、出てきたの。」
 …と言った。なんだ、そうならそうって言ってくれれば良かったのに。
 かくして、あたしと馨ちゃんのミニゲームは開始されたのだった♪





 先ほどから、紀子さんと馨さんの姿が見えない。
 …。
 私―――加護朱雀―――は、その理由をなんとなく察して、少し寂しい気持ちだった。
 紀子さん、やっぱり遊び人だなぁって、ちょっと悲しい。
「きゃぁぁ〜!柚さぁ……あぁぁ、もうだめぇ。」
 そんな声に見遣ると、床にへたり込んでいる瞳子さんの姿を見つけた。
「だ、大丈夫ですか?」
「え、あ〜ダメですぅ〜は、吐きそう…」
 私の言葉に、絶望的な表情で答える瞳子さん。
「だ、大丈夫ですか?で、出ましょう!」
 私は彼女に肩を貸して、お手洗いまで連れて行った。
 外で待っていると、しばらくして、疲れた様子の瞳子さんが出てきた。
「大丈夫、ですか?」
 私が言うと、
「え、えぇ。スッキリしました。すみません、ご迷惑お掛けしちゃって。」
 と、瞳子さんは苦笑して言った。
「いえ。戻ります?」
 という私の言葉に、瞳子さんは小さく首を振って、
「少し、朱雀さんとお話してもいいですか?」
 と言った。そんな意外な答えに、驚きながらも、頷く。
 すると、瞳子さんは嬉しそうに笑んで、
「朱雀さん、キレイだなぁって、今日会って、ビックリしちゃいました。あの時とは、随分印象が違うから。」
「あ、そ、そうですか?―――でも、私も、瞳子さんのこと、キレイになったなぁって思いました。印象はそんなに変わってないですけど、なんだか、すごくキレイな笑顔とか。」
 私が言うと、瞳子さんはクスクスと笑んだ。
「じゃあ、そんな私達の共通点、挙げてみましょっか?」
 と言って、幸せそうに微笑む。
「…共通点、なんですか?」
「ふふっ、恋、してる、から。…だと、思います。私は言わなくてもわかると思いますけど、朱雀さんは…紀子さん?」
 瞳子さんの言葉に、嬉しいけれど、少し複雑な感情も混じって、微苦笑を浮かべていた。
「…そう、その通りです。私は、紀子さんのこと―――。
 でも、紀子さんって、浮気者だから。さっきも、いなかったですし。」
「…そうでしたっけ?…ふぅん、そっか、朱雀さんも辛いんですねっ。」
「はい…瞳子さんみたいに、相手とラブラブでいたいな、って、思ったりするんですけど、紀子さんとは、無理なのかな…。」
 ポツリと言う私の両肩を、瞳子さんはグッと掴んだ。
「わ…?」
「何言ってるんですかっ!そんなの、朱雀さんが頑張ればいいんですよぉっ!」
「わ、私が、ですか?」
「そうですよっ。相手は紀子さんなんですから、こう、軽く寄りかかったり、手ぇ繋いだりとか、そんなちょっとしたことで、いいと思うんです。多分、そういうの乗ってくれると思うから。」
 彼女の言葉に、ちょっとびっくりした。私に悪いところがあるなんて、思ってなかった…。
「…そっか。そうですよね。私、自分のこと過信してたのかもしれません。恋人だからって、それで満足しちゃだめですよね!」
 私が言うと、瞳子さんは満足げに笑んで頷いた。
「よし、お互い頑張りましょうね!」
「はい!」





「…何、このメンバー…。」
 久方ぶりに我に返って見ると、私―――神泉柚―――の周りに…というよりも、部屋の中に、たった四人しかいないことに気づく。
 先ほど瞳子が気持ち悪そうにしていたので介抱しようかと思ったら、朱雀さんに横取りされてしまった。まぁ瞳子もたまには息抜きが必要?
 というわけで、弥果ちゃんの歌うやたらラブリーな曲(にゅ口調)を聞きつつも、部屋にいるメンバーを眺める。私と、弥果ちゃんと、夕と、安曇ちゃん。ね、とても微妙なメンバーなのです。
 紀子さんとか、幹事じゃなかった…?
 カクン、と首を傾げていると、
「柚さん!もっとパーっと!パーっと行きましょうよぅっ!!」
「…うん。」
 安曇ちゃんの言葉に頷く。
 パーと行かないと、なんだかとても微妙な雰囲気なので、私はパーっとカクテルを一気のみした。クラァッ、と、血の中にアルコールが混ざっていくのがわかる〜。
「よぉし、歌う。」
 皆カラオケに飽きてきたのか、音は一旦停止していた。
 私は歌本で探した数字を入力して、発信。
 間もなくして始まった曲を、私は熱唱した!のです!
「おぉぉ、なんか柚さんかっちょい〜!」
「…すごく、いい曲だね。うん。」
「いやーん、柚さーん!すてきぃ!れも玲の方がかっこいいもーん!」
 よくわからない声援を浴びる。
 よくわからなくなってきた。
 ついでに眠くなってきた。
「はう…。」
 小さくため息をついて、私はソファに転がり、数秒も経たぬうちに、眠りについていた。
 眠りの柚と呼んで下さい。
 ―――。
 ………。
 ……。
「〜ん…。」
 ふと。
 目が覚める。
 はっ。
 ガバッ、と上半身を起こすと、部屋では、夕と、安曇ちゃんと、弥果ちゃんが、それぞれソファで眠っていた。そして―――
「あの、柚さん。」
「はっ…!?」
 後ろから聞こえた声に振り向く。
 つまり私が上半身を起こしたから後ろにいるわけで、私が眠っている時は、頭のすぐ上にいたと思われる女の子。
「瞳子。…あれ、また、…待たせてた?」
 私がポツリと言うと、瞳子はクスクスと笑う。
「大丈夫ですよ、私、柚さん待つの慣れちゃってますから。」
 瞳子の言葉に、私は微苦笑。
「そんな、寂しいこと言わなくていい。」
 そう言って、瞳子の隣に座り直し、肩を抱き寄せた。
「…柚さん。」
 瞳子は、嬉しそうにポツリと零し、私に寄りかかってきた。肩に掛かる瞳子の頭の重みが、なんだか嬉しかった。
 しばらくそうしていたら、なんだか、もっと、もっと瞳子に触れたくなって、私は瞳子の耳元で、その名前を囁いた。瞳子はくすぐったそうに私を見上げ、目を閉じた。
「瞳子…」
 そっと、くちづける。
 …触れ合うだけの、優しいキス。
 それが、私達の、“行ったことのあるキス”。
 そして…
「ン、…ぁ…っ…!」
 唇で、瞳子の唇に触れた。
 瞳子は少し驚いたように、声を上げる。
 今は、瞳子のしぐさの何もかもが可愛くて、愛おしかった。
 瞳子の首筋に指を這わせ、舌を、瞳子の唇より奥へ、入れた。
 ぴちゃっ、と、微かに聞こえた水音がやけに恥ずかしくて、私は顔を引いた。
「柚、さん…」
 紅潮した頬で、私を見つめる女の子。瞳子。
「…可愛い、よ……瞳子…」
 私が、もう一度顔を近づけると、ふっと身体の力が抜けるように、瞳子はソファに横になった。
「…エヘヘ、柚さん…、…来て…。」
「ぁ…、…うん、行く。」
 瞳子の囁きに応え、私は瞳子に覆い被さった。
 私の身体の下に、瞳子の身体。
 瞳子の頭の左右でついた手と、瞳子を跨ぐように左右のひざで身体を支える。
 …なんだか、とてもこれは、なんというか、恥ずかしい。
 私の白い髪が、ソファの上で散った瞳子の黒髪と、混ざる。
 今までにないような体勢に緊張したけど、瞳子が微笑んでくれたから、私も微笑んだ。
「瞳子―――!」
 そして、くちびるを重ねようとした、刹那――
 ガチャッ。
 という、扉の開く音に、慌てて私は瞳子から飛び退いた。
「あわわわ…?!……ごっ…ごっめん…!まさか、こういうシーンとは思わなかった!いや、ほんっとにごめん!許して!」
 あ、謝られても困るけど、本気で謝っているらしい紀子さんに、フルフルと頭を左右に振る。
 あぅ、顔が赤い。真っ赤。恥ずかしすぎる。
「あ、あの…紀子さん、とりあえず……扉、閉めて、下さい。」
 まだソファに寝たまんまの瞳子は、真っ赤になりながら、言ったのだった。
 はう…。




 ガタンガタン。
 朝のラッシュよりも早い時間帯の電車。日曜日だからということもあるのだろうけど、出勤っぽい人よりも朝帰りっぽい人の方が多い。人のこと言えないけど。
 紀子さんが「送ろうか?」って言ってくれたけど、そういう紀子さんの車は既に安曇ちゃんや朱雀さん達で定員オーバーみたいだったので、私―――棚次瞳子―――達は遠慮して、始発で帰ることにしたのだ。夕と一緒に弥果ちゃんに送ってもらえば早かったんだけど、それも遠慮した。
 柚さんと電車なんて、楽しすぎて、ワクワクしちゃって。
「瞳子の家、山の手線?」
「あ、いえ、乗り換えなくちゃいけないです。」
 そう言うと、柚さんは微笑んで(少し嬉しそうに)、
「じゃあ、家、泊まる?…管理人さんに見つからないように、コッソリ。」
 と言ってくれた。柚さんの言葉に、私は嬉しくて大きく頷いたのだった。
 電車の中。柚さんと一緒に座って、少しして、ウトウトしていた。
 降りる駅までそんなにないんだけど、なんだか眠たくて、ふっと、柚さんに寄りかかっていた。
 ………。
 少し眠っていたのか、ふと気づくと、降りる駅の一つ前の駅まで来ていた。
 柚さんに寄りかかったままで、なんとなく視線を感じて、私はそっと車内を見回した。
 …あ、…あれ?
 若い男の人とか、高校生くらいのカップルとか、背広のおじさんとか…皆、私と目が合って、すっと逸らした。
 …み、見られてた…のかな?
 …う。柚さん一人だけでも注目度高いし、それに加えてこういうのは、やっぱり目立つのかな?
 そんな事を考えて、なんだか顔が熱くなってくる。
 恥ずかしい…。でも…、でも、もっと見て、って。心のどこかで言ってる私。
 こんなにキレイな人の隣に居れる私、羨ましいでしょ、って…。
 ああ〜〜何考えてるの私!!きゃ〜!!
「瞳子、起きてる?」
 柚さんが小さく言った声に、私は慌てて顔を上げた。
 柚さんはそんな私を見て、少し笑った。
 電車が駅に着いて、私達はホームに降り立った。
 まだ人の少ない駅を歩きながら、柚さんがポツリと言った。
「ね、瞳子、気づいた?……さっき、色んな人が、私達のこと、見てた。」
「柚さんも気づいてたんですかっ。…あ、あの、なんだか恥ずかしくて。」
 言うと、柚さんはふっと笑って、
「瞳子が可愛いから。」
 と言った。柚さんの言葉にますます恥ずかしくなって、
「ち、違いますよぉっ、柚さんがキレイだからですよっ!」
 とムキになって反抗した。
 柚さんはクスクスと笑いながら、
「どうかなぁ。」
 と、曖昧に言っていた。どうかなぁって、どうなんでしょう。
 ……まぁ、いっか。なんだか、楽しかったから♪
 駅を出ると、眩しい朝陽が光った。
 気温は低いけど、柚さんと手を繋いでると、そんなことも忘れちゃう。
「……あのね、瞳子。」
 駅前通りを歩きながら、柚さんは言う。
「日曜日に、朝帰り。…少し、憧れてた。」
 ポツリと零した柚さんに、私は微笑んだ。
「これからはいっぱい、しましょうね?」
 そう言うと、
「……でも、やっぱり不健康だから良くない。」
 と、柚さんは首を振った。
「じゃあ、お昼間から二人で家の中でいちゃいちゃするのが健康的なんですか?」
 …言ってから、ちょっと恥ずかしくなる。
「……家の中というよりも、河川敷とか、そういうところが理想的。でも私は日光に弱いから、夜の方がいいな。」
 柚さんの言葉にクスクス笑って、言った。
「なんか矛盾してる。」
「そうかな?」
「うん。……私は、どこでもいいですけどね。」
「…私も、どこでもいい。」
 そう言って、私と柚さんは、顔を見合わせて笑った。
 その後、柚さんのお部屋に行ったのは良いんだけど、あの部屋はあまりに植物が多すぎて、人が二人寝るスペースが無かった。
 結局、私と柚さんと、何故か巻き込まれた佐伯さんでお部屋の植物の整理をして、なんとか空間を作ったのだった。
 で、その整理の時に、柚さんからアロエの鉢をもらった。
「私に会いたい時は、そのアロエをちぎって、身を傷口に…」
 また意味わかんないこと言ってたけど、嬉しかった♪












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