第十六話・心と身体





「いやー、美味しかった。ユッコはいつものことだけど、朱雀ちゃん、お疲れさま。」
 あたし―――悠祈紀子―――はパンッと両手を合わせ、言った。
 朱雀ちゃんは照れたような表情で、
「いえ、作ったのはほとんどユッコさんのようなものなので…」
 と言う。
「そんなご謙遜をっ。今日は紀子さんのために作らせて欲しいって、いっぱい作ってくれたじゃないですか!」
「あ、そ、それは…」
 赤くなる朱雀ちゃん。ありゃりゃ、カワイイなぁ。
「ごちそうさま。…それじゃあ、そろそろお暇しようかしら。」
「あ、そうですね、私も…。」
 馨ちゃんと朱雀ちゃんが言う。
 私は目だけで、二人を交互に見た。
 ………。
 うん。
「じゃあ、二人とも車で送るよ。」
「ありがとう、助かるわ。」
「あ、はい、お願いします。」
 馨ちゃんは会社帰りで違う駅で降りてここまで歩いて来てくれてるし、朱雀ちゃんは今日はあたしのお迎えで来てる。ん〜あたし車で送るのって好き。送り狼とか大好き。
「ユッコ、後片付け宜しく!」
「はい、わかりました。お任せあれっ。」
 いつもより多い汚れ物の山に、ユッコもやる気満々だ。
 …あ、そういや最近ユッコのこと全然構ってないなぁ。っていうか朱雀ちゃんと正式に恋人になって以来してないか。朱雀ちゃんとのことはユッコにも言ってるから、それで自分からは言わないのかな。いい子だなぁ。
 あたしたちは三人でマンションの一室から出ると、エレベーターで地下の駐車場に向かう。
「あたし、この二人はいっつも送ってるなぁ。こないだの柚ちゃん捜索隊の時もこのメンバーだったね。」
「そう言えばそうね。荊さんも紗理奈も、あろうことか弥果ちゃんまで車もってるものね。」
「もってなさそうな人が持ってるんですね。」
 などと話しつつ、あたしの愛車に乗り込む。黒の軽でクラシック仕様。超ラブリーな我が愛車。
「えっと、じゃあ朱雀ちゃん先に送るから。」
 …こないだもそうだったけど、やっぱり馨ちゃんは遠慮して後ろ。朱雀ちゃんもうろたえつつも、助手席空けるのはおかしいだろうとか思ってるのか、あたしの隣。こういう席決めって、けっこう心理戦だよね。
「では出発。」
 ピッとCDを再生し、アクセルを踏む。
「――あれ、この曲?」
 馨ちゃんが言う。
「知ってる?」
「うん。…紀子、着メロもこれじゃなかった?」
「そうなの!あたし、この曲大好きなのっ。」
 うわ、気づいてくれたんだ。なんか嬉しいなぁ。
「…私も好きよ。暖かい曲よね。」
「うん。血は繋がってないんだけど、あたしの叔母さんの好きな曲なの。あ、その叔母さんってのが、また若くて、まだ三十でさ、叔母さんっていうよりお姉ちゃん、かな。」
 お気に入りのナンバーであたしもご機嫌。この曲を教えてくれた純姉ちゃんのことを思い浮かべる。
 彼女の恋人にあたしは似てると言われる。見た目じゃなくて性格が。そうかなぁ?とか思うけど。
「へぇ。紀子って親戚多い方?」
 馨ちゃんの問いに頷く。
「多い多い!悠祈家の血筋って正統派の財閥なのよっ。」
「うそ、じゃあ紀子ってお金持ちのお嬢様?」
「うん、実はね!うちの父親は次期悠祈財閥のトップになる人間なのよ。お爺ちゃんがまだ生きてるからまだ『社長』なんだけど。」
「社長令嬢だったんですか…。」
 朱雀ちゃんも驚いた様子で呟く。
 まぁそうだろう。あたしがお金持ちの娘だと知ると大抵の人が怪訝な顔をする。
「あたしが男だったら次期後継者にされてたんだけど、女だから結構自由な身分なのよね。で、次期後継者ってのが父親の妹の有子叔母さんの息子で、その子智哉っていうんだけど、これまた生意気でかわいいのよっ。んでその智哉の妹の藍子ちゃんが今6歳でさぁ、もう超ラブリーなのっ!」
 あたしは身内の話に一人花を咲かせる。いや、まじ藍子ちゃんはどこぞのマニアには生唾ものよ。
「…紀子はロリコンのケはなかったわよね?」
「ななななんて失礼なぁっ。」
「あるの?!」
「ないに決まってるでしょうっ!」
 なんか失礼なこと言ってる馨ちゃんにビシッ。
「あ、でもね、あたしの身内ってカワイイ子多いんだ。そのお爺ちゃんの弟の子供ってのが遅い子でね、その子が空子って言うんだけど今23歳で、これまた忍ちゃん系の眼鏡美人ね。」
「―――紀子、まさか近親相姦…」
「ちっがーう!!」
 更に失礼な馨ちゃんに再びビシッ。あたしのツッコミに、二人は小さく笑っていた。
 一人で話してるうちに、車は朱雀ちゃん宅マンションの前に。
 あたしはマンションの前に車を止めた。
「えっと、紀子さん、今夜はごちそうさまでした。」
「何言ってるの、作ったのは朱雀ちゃんでしょ。こっちこそごちそうさま。」
 あたしが言うと、朱雀ちゃんは照れるように笑った。うん、今日も可愛くて宜しい。
「じゃあ、また。」
「うん、バイバイ。」
 朱雀ちゃんに手を振って、あたしは車を出す。
 朱雀ちゃんの姿が見えなくなった頃、馨ちゃんは言った。
「ふぅーん、お別れのキスとかはないんだ?」
「うっ…」
 馨ちゃんの鋭いツッコミにあたしは思わずうめいていた。
 ご察しの通りです。二人っきりの時はもうバッチリあったりします。テヘ。
「ふふ、あるんだ。」
 馨ちゃんが後ろでクスクス笑う。
 あたしはバックミラー越しにそんな馨ちゃんをチラリと見る。
 ―――キレイな人。いつも、思う。こんなにキレイな…“大人の女”。あたしは他に知らない。
「…何よ、私と二人っきりだと黙っちゃうの?」
「あ…ううん、そういうわけじゃないけど。」
 少し見惚れてたっていうか、馨ちゃんのこと考えてた。
 あたしは少し躊躇った後…言った。
「それで、今夜はどうする?……あたしは、いいよ。」
 ………。
 こういう誘いに返事がないと、少し困る。恥ずかしくなる。
 バックミラーを見ると、馨ちゃんと目が合った。
 馨ちゃんは、微笑んで、あたしを見つめていた。
「ふふっ…ごめんね、可愛いなぁって思って。」
 馨ちゃんはクスクスと笑いながら言う。
「な、なにそれぇ…。」
 大人の女に手玉に取られるあたし。こんなあたし、馨ちゃんの前以外じゃ姿を見せない。
「…私の部屋、来る?…初めてだっけ?」
「あ、うん、そうだよね。上がったことないや。…うん、楽しみ。」
 ドギマギする。嬉しい気持ちは勿論あるんだけど、なんだかすごく恥ずかしくて。
 馨ちゃんって不思議な人。
 ―――馨ちゃんと居ると、まるで“初恋の人”と“初デート”してるような感じがする。
 初々しいドキドキ。あはは、なんか変なの。
「―――君が望むのなら、痛みすら、厭わない。」
「え…?」
 ポツリと、馨ちゃんが言った言葉に、あたしは少し驚いた。
「あ、この曲の歌詞。キレイな曲だけど、歌詞が――」
「あぁ、コレ。」
 音楽なんて左耳から右耳に素通りしてたもんで、全然気づかなかった。
 そんなエッチィこといきなり言われて、ちょっとドキッとした。
「精神的Mの曲。…君が望むのなら、未来すら、捨ててもいい。」
 あたしは言った。…言ってみて、なんか恥ずかしくなったりした。
 なんて、深い、想い。
「―――そんなこと、言われてみたいものね。」
「うん、あたしも。あはは。」
 顔が赤くなる。恥ずかしさを振り払うように、あたしは明るく言った。
「…あ、でも。」
 ふと、思い直す。
 そんなに深い愛情を、抱かれると…疲れるかも、しれない。
 もっと、あたしは、盲目的な恋をしたい。
 …そう、あたしは、憧れてる。片想いとか、そんな、強い想いを抱くことに。
 だから、
「――あたし、言われてみたいっていうより、言ってみたい方かな。」
「そうなの?…じゃ、SよりM向きなのかもね?」
 馨ちゃんが笑う。
 ……でも、でも、あたし。
「…あたしがMになれるのは、…多分、馨ちゃんの時だけだよ。」
 そう、だと思う。
 あたしは―――この人だけに、虐められたい。
「………紀子、そういうこと言うから、私、困るの。」
「え!?あ、え、ごめん。」 
 馨ちゃんの深刻な声に、思わず謝っていた。
 困る…?
「ううん、謝ることじゃないわ。でも…
 ―――紀子は、その言葉、本音なの?それとも、私を惑わすための嘘?」
 惑わす?…なに、それ。あたし、そんなハイテクニックなことできないよ。
「本音、だよ?あたしは、嘘とかついて恋愛できるような、テクニシャンじゃないもん。」
「そう。なら尚更。紀子が自然に言う一つ一つに…私は、狂わされてる。」
「…馨、ちゃん…。」
 あたし、そんなつもりじゃない。
 …そんなつもりじゃないのに。
 馨ちゃんの言葉に、あたしは…狂わされてる。
 ドキドキして、ハラハラして、怖くて、…でも、彼女の言葉がとても官能的で。
 変なの…。
 少し息苦しい時間に終止符を打つ如く、車は馨ちゃんの住むマンションに到着した。
「あ、そこの駐車場に入れていいわ。」
 馨ちゃんの指示通り、マンションの隣の駐車場に車を入れる。
 40分ほど走った愛車にお疲れ様を告げ、あたしは馨ちゃんに促されるままに、マンションに入った。
「あんまり期待しないでね?狭い部屋だから。」
「う、うん。」
 ドキドキする。ワクワクする。馨ちゃんの住んでる部屋。とっても…楽しみ。
 マンションの5階。501号室、だって。
 馨ちゃんは鍵を差し込み、ドアを開けた。
 どうでもいいけど、初めてのドアが開く瞬間って、その向こうに殺人現場が広がってたらどうしようとか、そういうわけわかんないことをよく考える。けど、それはなかった。良かった。
「どうぞ。」
 馨ちゃんが先に入って、あたしはそれを追うように着いてく。
「おじゃましま〜す。」
 玄関は特に物もなく、赤みがかった電球があったかい感じ。
 その奥が寝室を兼ねた自室。
 ……あ、なんか、あったかい。
 温度じゃなくて、その雰囲気。
 玄関と同じオレンジっぽい電気で、ほんわかしてる。
 あと、香水の匂いがする。
 馨ちゃんの匂い。優しくて、大人っぽい匂い。
 それから微かに、煙草の匂いもする。
「コーヒー?紅茶?」
「あ、どっちでも!」
「うん、じゃ、待ってて。」
 馨ちゃんが言って、キッチンの方へ入っていった。
 6畳程のその部屋は、なんだか物が少なくて、キレイな感じ。
 お化粧とか置いてある鏡の傍、ちょこんと置いてある座椅子。
 あたしはそこに座ってみて、ちょっぴり幸せな気分になった。
 いくつか並んでるマニキュアの瓶とか、基礎化粧とか、口紅とか、それから、この角度からが一番見やすそうなテレビとか。ここ、馨ちゃんがいっつも座ってるんだ、とか思って。
 うーん、人様のプライベートって、なんでこんなに楽しいんだろ★
「お待たせ。コーヒー、砂糖とミルクはいる?」
「あ、いらない。ありがと。」
「うん。」
 サイドテーブルにコーヒーの入ったマグカップを置いてくれる。
 …あ〜〜ん、なんかすっごく楽し〜〜!!
「ねえねえ、馨ちゃ〜ん★」
「うん?何、なんか楽しそうね?」
「そうなの、なんだかやたら楽しいの!この席、馨ちゃんの特等席?」
「うん、そうね。大体そこにいるわね。」
「やっぱり!あ〜なんかOLさんの素顔って感じで超イイ!資料にしてもいいかなぁ〜!?」
「資料って小説の?それは構わないけど。」
 馨ちゃんはクスクスと笑いながら、ベッドに座ってコーヒーに口をつける。
「ねぇ、馨ちゃんって兄弟とかいるの?」
「うん?弟が一人いるけど?」
「うわっ、うわ〜!馨ちゃんのことをまた一つ知ってしまった!」
「なにそれ…変な紀子。」
 とか言いつつも、クスクス笑う馨ちゃん。あたしはさっきからニコニコしっぱなしである。
「じゃあじゃあ、えーと、馨ちゃんの誕生日!」
「二月二十日。」
「じゃあ、血液型!」
「A型。」
「えっと、うーんと、んじゃ、好きな色は?」
「えっと…そうね、赤、かな。」
「じゃ〜〜好きな〜有名人!」
「有名人?……そうね、“蒼峰遊姫”サン、かしら?」
「…いやん、もう馨ちゃんの意地悪ぅ!」
 あたしは何故だかわからないけど、馨ちゃんのことを知るのが楽しくて、っていうかただここにこうしているだけでやたら楽しくて、ケタケタと笑った。
「紀子、大丈夫?さっきからずっと笑ってる。こっちも嬉しくなるじゃない。」
 馨ちゃんはそう微笑んで、立ち上がった。
「お風呂入れてくる。」
「うん★」
 馨ちゃんの姿が消えて、あたしはキュピーンと猫耳の生えそうな勢いで思いついた。
 詮索しちゃえ★
 あたしは勝手に、部屋の小さな棚の引き出しを引いた。何が出るかな?
「………?」
 その棚には、写真屋さんの袋に入った写真がいくつも入っていた。あ、写真用の棚なのかな?
 一番上のをそっと開く。
 ……おじさんと一緒に微笑む、少し若い馨ちゃん。
 え、これって―――?
「の、紀子!そこは…!」
「え、あっ…ご、ごめん!」
 予想より早く戻ってきた馨ちゃんは、少し慌てた様子で言った。
 …え?この引き出し、そんなまずかった…?
「……か、勝手に見ちゃダメでしょっ…!」
 馨ちゃんは、少し悲しそうな表情を浮かべて言う。
「…ご、ごめんなさい。」
 あたしは謝るしかない。でも、なんで…?
 少し俯いていた馨ちゃんが、小さく、悲しげに微笑んだ。
「…でも、本当は、捨てなくちゃって、…思ってるんだけどね。」
 そう言って、馨ちゃんは引き出しをそのまま出して、床に置いた。
 あたしがさっき見ていた写真を持って、馨ちゃんは目を細める。
「全部は、見てないんでしょ?」
「う、うん。」
 あたしは頷く。馨ちゃんは小さくため息をついて、
「見てもつまんないわ。…全部、同じ人だから。」
 と言った。その後、あたしを見て苦笑する。
「同じ人、って……?」
「…あ、そっか。紀子には話してなかったわね。」
 馨ちゃんは写真をめくりながら、一枚、それをあたしに差し出した。
 あたしはそれを受け取って、見る。少し渋めのおじさんが笑っている。
「…私が唯一、愛した人よ。」
「えっ…?」
「不倫、だったの。相手は妻子持ちのエリート。多分彼は、私とのことだって、遊びでしかなかったんだと思うわ。」
「馨ちゃん……。」
 さっきまで、馨ちゃんのことがいっぱい知りたかったはずなのに、今馨ちゃんが話していることは、知りたくなかった。彼女の表情。悲しい過去。
 あたしは受け取った写真を馨ちゃんに返し、少し唇を噛んだ。
「ふふっ、転勤と共に、捨てられちゃった。………もう、忘れてたはずなのに…。
 …写真、まだ残してるから、イケナイのよね。」
「ご、ごめんね…思い出させちゃって。」
「いいのいいの。丁度いいキッカケになったわ。今すぐ捨てちゃうから…見ててね。」
 馨ちゃんは言って、ゴミ箱を引き寄せると、その引き出しを両手で持ち上げる。
 ―――躊躇い。
 でも、すぐにそれを断ち切って、馨ちゃんはゴミ箱の上で、引き出しを逆さにした。
 どさどさどさって音を立てて、写真が落ちていく。
 馨ちゃんは、とても悲しそうだった。
 あぁ、そんな顔しないで。…ごめんね、馨ちゃん。
「…おしまいっ。」
 空っぽの引き出しを棚に戻し、馨ちゃんは小さく笑った。
「……馨ちゃん。」
 あたしは這って馨ちゃんの傍に寄ると、そっとその頬に触れた。
「紀子。…ありがと。」
 微笑む馨ちゃんに、そっとくちづけた。
 悲しい顔をした馨ちゃんが、悲しい。
 今はあたしのこと。あたしのことだけ感じて。
 あたしでいっぱいにして。あたしのことを想って…笑って。
「…お風呂、入って来るね。」
 馨ちゃんはきゅっと目を瞑って、あたしに背を向けた。
 涙。
 「大人の女」である前に、一人の人間である馨ちゃんは、涙を零す。
 だけど、彼女はあたしにそれを見せたりしない。
 それが、彼女の強さ。
 それと同時に、それが彼女の、弱さ。





 少し冷たいシャワーが肌を打つ。
 頭を冷やすつもりで、ぬるま湯に打たれていた。
 私―――松雪馨―――は、シャワーを浴びながら、少し笑った。
 紀子のバカ。
 あんなこと、思い出させるなんて。
 でも、ありがとう。
 断ち切らせてくれて。
 断ち切―――?
 ………じゃあ、何故私は今、泣いているの?
 わかってる。
 そう簡単に忘れられる過去じゃないこと。
 だからこそ…少しずつ、少しずつ、忘れて行かなくちゃいけない。
 一人の時じゃなくて、良かった。
 紀子。
 あの子は、忘れさせてくれる。きっと。
 ―――今夜は、Sじゃいられないかも。
 私を満たして。
 私を、
 私を、貴女の物にして――。
 キュッ。
 シャワーを止めて、バスルームを出る。
 洗面所の鏡で目元を映した。…大丈夫、もう涙は消えてる。
 鏡の前で微笑んでみる。
 紀子の前で弱さなんか見せたくないから。
 紀子の前では、微笑んでいたいから。
 ―――うん。
 水気を取りきった身体、一度だけ鏡で確認した後、私はバスタオルだけ巻いて、洗面所を出た。
「お待たせ。紀子も浴びて来て。」
「―――だーっ。」
「……。」
 私の“特等席”に座っていた紀子は、何故か、その瞳から大粒の涙を零していた。
 効果音つきで。
 思わず言葉を失った。
「……あ、ごめん、わざとらしいかな?」
 瞳いっぱいの涙をこすって、紀子は笑った。
 …その手には、目薬が。
「な、何それ…?なんのつもり?」
 紀子のよくわからない悪戯に、私は笑った。
 けれど紀子は、少し悲しそうに微笑んで、
「…あたしは馨ちゃんの前でも泣ける女だよ、ってこと。」
 そう、すれ違いざまに言って、バスルームに入っていった。
「あ…。」
 私は紀子を追って振り向いたけれど、その姿は既にバスルームの中だった。
 私の前でも、泣ける…?
 ………私は、泣けない?
 きゅっと、喉の奥が張り付くような感覚。
 あぁ、だめ。もう泣かないって。シャワーを浴びて、洗い流したのに。
 なのに―――
「馨ちゃーん!」
 …!
「な、なぁに?」
 私は目元を拭って、返事をする。
「なんでもなーい!」
 …帰ってきた声に、私は笑った。
 何よ、それ。…変な子。
 でも、そういう紀子が、私は…大好きよ。
 私は一人で小さく頷いた後、バスタオルを巻きなおして、空いた二つのマグカップをキッチンに持っていく。コップで水を一杯飲んだ後、部屋に戻って煙草に火をつけた。
 抱かれるのを待っている…感覚が、あんまり無い。
 紀子があんな変なことするから…ね。
 煙草を吸い終え、火を消した頃、バスルームから紀子が出てきた。
「あたし、居なくても平気だった?」
「え?何が…?」
「ううん、平気だったならいいんだよ。あ、バスタオルお借りしましたっ。」
 身体に巻いたバスタオルをヒラヒラさせて言う。
「さぁっ、しよっ!」
 笑顔で言う紀子に、苦笑する。
 そんな笑顔じゃ、なにを「しよう」なのかわからないわ。
「あ、それと一つ提案です。」
 紀子が、人差し指をピッと立てて言う。
「なぁに?」
 私が尋ねると、紀子はニッコリ笑んで、
「今日はあたしがタチ。…馨ちゃんがネコ。」
「…え?どうして?」
「どうしても!お願い、させてっ!」
 パンッと両手を合わせてお願いされて、イヤとも言えない。
 別にイヤじゃないけど、なんだか意外な感じがして。
「うん、いいわよ?…じゃ、お任せするわ。」
 頷くと、紀子は瞳を輝かせて頷き返した。
「じゃあ行くよ!」
 紀子は高らかに宣言すると、私をベッドに押し倒……
 ガンッ。
 ……したのはいいんだけど、その勢いが余って、私の後ろ頭が壁に激突した。
 い、痛ぁ…。
「うわぁっごめん!ごめんなさい!マジでごめんなさい!馨ちゃん、許して!」
「う、うん、別にいいわ。大丈夫…―――」
 …あ…?
「…え?あ、な、泣くほど痛かった!?本当にごめん!」
「ち、ちがっ…、…違うの…。」
 私は笑った。けれど、その目からはポロポロと涙が零れていた。
 悲しいわけじゃない。
 何故だかわからないけど…
 嬉しいんだけど…涙が、出て―――
「馨ちゃん、…あたしの前で泣いてくれるんだ。」
「え…?」
 紀子が、あたしの涙を指で拭い、微笑んだ。
「嬉しいよ。」
 紀子は優しい笑みを浮かべて、私のまぶたにキスを落とす。
 あぁ…そっか。私。
「私―――本当は…」
「うん…?」
「…本当は、泣きたかった。」
「…うん。」
 紀子は最初からわかってたみたいに、うん、と頷く。
 そんな紀子が、優しくて、でもなんだか恥ずかしかった。
 私の深層心理まで、見透かされてるみたいで。
 私自身、気づいてなかった。気づきたくなかったのかもしれない。
 でも、紀子は気づいてくれた。気遣ってくれた。
「…紀子の、バカ…。」
「え、なんで。」
「…バカ…、ばかぁっ!」
 嘘。わかってる。バカだなんて思ってない。感謝してる。大好き。
 わかってるけど、なんだか恥ずかしくて。照れくさくて。こんな私、知らなくて。
 ううん、こんな正反対のこと言ったって伝わらない。
 正直に言うわ。
 私はね、
 きっと、あなたのこと。
「…愛してる。」
「……馨、ちゃん…。」
「うん、わかってる。いいの。紀子は私のこと愛してなくたって。それでも、いい。」
 私は微笑んだ。でも、少し悲しくてまた涙が出た。
「片想いでいい。…でもいいから…、傍にいて。今は、ここに、居て。」
「…うん。ここに、いるよ。…そばに、いるよ。…あたしは、どこにも行かない。」
 あの人のように、居なくなったりしないで。
 もう、私を一人にしないで。
 片想いなんて本当はイヤだけど、でも、いいの。
 愛してる貴女が、こうして触れられる場所にいるだけで、私は幸せだから。
 私は―――
「もっと満たして。私を…、…私を、めちゃくちゃにして…。ねぇ、紀子、―――もっと、頂戴。」
 なんでもいい。愛じゃなくてもいい。
 なんでもいいから、今は――
 ―――紀子が、欲しい。





「うっ、うぅっ…ふぇえ……。」
 自宅の代わりに花月の部屋へ帰宅する。
 …すると、部屋の奥から聞こえるそんな泣き声に、少し驚いて私―――荊梨花―――は、花月の元へ急いだ。
「あ、おかえりぃ…うぇえん…。」
 花月は涙をボロボロ零しながら、私には普通におかえりの挨拶。
「な、何で泣いてるの?」
 ―――聞いた瞬間、バカな自分に気付いた。
 花月は只今テレビに夢中である。
 そう、テレビでは今、ドラマのエンディングテロップが流れているところだ。
 つまり―――
「梨花ぁっ!聞いてよぉっ!」
 ―――来た。
 ………。
 ………。
 ………。
 結局、花月が主人公とヒロインの出会いから、最後の別れのシーンまで話し終わる頃には、私はコートを脱ぐのは勿論、温かいホットコーヒーを入れたり、遅い夕食をとったり、様々なことが完了していた。因みに、トイレに行く時だけは話を中断してもらった。
「―――というわけで、二人は別々の道を…うあぁぁん、話してたらなんだか悲しくなってきたじゃないっ!」
 それは私は悪くないような気がする…。
 一度は乾いた涙を再び流し、またそれを拭いながら、花月はふと、こんなことを言った。
「ねぇ、もしもよ。私が仕事の都合かなんかで、アメリカに住むことになったら、どうする?」
「え…?」
 その言葉に、私は考えた。
 どうする、だろう。
「あ、やめた。こっちにする。もしもよ、私が仕事の都合かなんかで、南極に住むことになったらどうする?」
「…は?」
「もしもだってば。だから、南極。」
「いや、南極住めるの?」
「だから、もしも!ね、どうする?」
 どうすると言われても、あまりに在り得ないもしも話に、私は頭を抱えた。
 花月は想像力が豊富なのか、よく話が遠い所に飛躍する。
「…南極ねぇ。ま、出来ることならついて行きたいけど?」
「本当!?」
「うん。…いや、でも南極で仕事なんかあんのかしら。」
 と私が呟いた瞬間、花月がビシィッと私を指差した。
「それ!それそれそれ!仕事!」
「…が、何?」
「梨花は、今の仕事を捨ててまで、私について来れる?」
 ―――愚問だ。
「当たり前。もっと当り障りない所で、さっき言ってたアメリカ、の場合。それなら迷わずついてく。…だって、アメリカなら向こうにいくらでも仕事なんてあるはずだし。今の仕事と花月とどっちかって言われれば、迷わず花月を選ぶわよ。」
 当然のことだ、と思っていたのだが、花月はやけに感激していた。
「梨花ぁっ、最高!大好き!もう、あたし死んでもいいわっ!」
「そんな大袈裟な。」
 と苦笑して、私はふと思った。
「じゃあ、花月は?私が仕事の都合でアメリカに行かなきゃいけなくなった場合。」
「えっと、じゃあハリウッドスターになる。」
 花月は真面目な顔をして言う。
 …。
「じゃあ、仕事の都合でハワイに行かなきゃいけなくなった場合。」
「えっとぉ…、じゃあ、観光客向けのフラダンスショーの花形になる。」
 花形。
 …。
「じゃあ、ロシアに行くことになったら。」
「えっと……、…うーん…、あ、じゃあ、コサックダンスする。」
 コサックダンス。
 …。
「じゃあ、イラン。」
「えーと…、………えーっとぉ…、じゃあ、美人で有名なスナックの女の子…が、頑張る…」
 …まだ頑張れるんだ。
 …。
「じゃあ、東北の小さい村。」
「えーと…、…うーん…えーとぉ……、じゃあ、小さなお食事所の看板娘…嫌ぁぁぁ…!」
 遂に限界が来たか。
 …。
 ちょっと楽しかった。
「まぁ、結局のところ、よ。花月は今の仕事辞めてまで、私についてきたり出来る?」
「それは――」
 花月は、私たちのような実務ではなく、名前や顔勝負の世界。花月がここまで築き上げてきたものは、とても大きく、尊いはずだ。
「――私、梨花となら、どこでも行くもん。」
 けれど、花月は少し拗ねたような表情で言う。
「本当?…でも、今の仕事だって大事でしょう?」
「だ、大事だけどっ…、でも、梨花と会えないこと考えて、すっごく悲しくなった。…私は、梨花がいないと生きてけないのっ。」
 花月の言葉に、私は思わず微笑んでいた。
 嬉しかった。単純に。
「ねぇ、花月。」
 私は、テーブルの向こう側で泣きそうな顔をしている花月に言った。
 少し追い討ちをかけるようで嫌だったけど、でも…
「…もしも、私が死んだら、どうする?」
「…!」
 花月は、次の瞬間瞳に涙をいっぱい溜めて、俯いた。
 心苦しかった。でも、花月には言っておかなくては。
「そんなのっ!…そんなの、やだ…。悲しくて…悲しくて…辛くて…泣きたくて…やだぁっ!」
「…どんなに嫌でも、悲しくても、泣きたくても。……それでも、生きて。」
「え…?」
 花月は、私の言葉に驚いたように、私を見つめる。
「花月には話してなかったけど、…私の姉、15歳の時に死んだお姉ちゃん。私、お姉ちゃんのこと、大好きだったから。だから、死んだってわかった時、辛かった。悲しかった。でも、でもね、お姉ちゃんはいっつも言ってた。梨花は幸せになる資格があるから。だから、頑張って、って。」
「………。」
「幸せになる資格は、誰にでもあるの。……死を選ばない限りは、必ず。」
 私は花月を見つめ、少しだけ笑った。
「もしも私が死んでも、……生きて。生きていれば、きっと幸せになるから。」
「梨花ぁ…」
 花月はポロポロと涙を流す。
「…泣かないでよ。今は泣く必要なんてないでしょ。」
 私は立ち上がると、花月のそばへ歩み寄り、緩く抱きしめる。
「今は、ここにいるから。こうしていられる限りずっと、傍にいるから。泣かないで。」
「うん…梨花。…梨花…!」
 花月は私の腕にしがみつき、まだ泣いていた。
 私のぬくもりを確かめるように、しがみついた手を離さなかった。
 その手から、花月のぬくもりが伝わってきたから、私はしばらくそのままでいた。
 花月が泣きやむまでずっと、こうしていた。
 お姉ちゃん。私、今、幸せになれた。大切な人を見つけたわ。
 ―――だからもう、心配しないでね。お姉ちゃん…。





「あ〜……ちょっと後悔…。」
 ベッドの中でポツリと呟いた安曇に、あたし―――戸谷紗理奈―――は小さく笑った。
 鼻で笑った、とも言い換えられる。
「こんな女に処女を捧げるなんて?」
「…バカ。」
 あたしの囁きに、安曇は笑う。ま、笑えるなら大丈夫だろう。
 チチチチ、と鳥のさえずりが聞こえる。空が白んでいる。朝。
「安曇、大丈夫なの?学校。」
「…大丈夫なわけないじゃん。もうフラフラ。」
 はう、とため息をつきながら、仰向けに寝ていた安曇が、こっちを向く。
 あたしと安曇は向き合うようになり、ちょっと見つめあって、笑った。
「でも、気持ちいい…。」
 安曇は囁いて、あたしにくちづける。
 リクエストにお応えする気分で、“気持ちいいキス”を返してあげた。
「あ、だめ…」
 自分からしたくせに、安曇は言う。
「なによ、だめって。」
「またシたくなるから。」
「…スればいいことじゃん。」
「え…まぁ、そっか。」
 安曇は納得して、ふっと吹き出す。
「でも、本当に後悔してる。…遊びのエッチでバージン無くすなんてっ。」
 あたしが覆い被さると、安曇は言った。その言葉に、初々しいなぁ、などと感動しつつ、
「大丈夫大丈夫。一年もすりゃ、バージンなんかどこで捨てたか覚えてないって。普通。」
「そういうもんなの?」
「うん、あたし覚えてないもん。」
 悪戯っぽく笑ってやったけど、嘘。
 ―――覚えてないわけ、ないじゃん。
 あたしも、本当は、安曇と同じパターン。
 腹違いのお姉ちゃんにやり方を教えてもらってるうちに、その気になっちゃって、シちゃった。
 別に、後悔なんかしてない。
 寧ろ、早いうちから経験があるってのは、何かと便利だった。
 あの遊びのエッチがあったから、『本番』で上手くいったんだし。
 ……あ、でも、あたしの本番って何かな。
 あたしって、いっつも遊びばっかりのような気がする。
 夜衣子?―――夜衣子は、本気かなぁ?
 わかんない。っていうか、多分まだ本気じゃない。
 でも、キープしときたい。
 ……夜衣子なら、本気になれそうな気がするから。
「紗理奈、今、何考えてるの?」
「え?…夜衣子のこと、考えてた。」
「ふ〜ん、そうなんだ。じゃ、あたしも玲のこと考えてよっ。」
「…そう、遊びのエッチって、そういうもんだよ。」
 あたしの言葉に、安曇は少し淋しそうに笑った。
 ま、安曇とあたしじゃ、本気にはなれないよなぁ。
 タイプ的に似てるし、安曇はともかく、あたしは安曇に求めるものって、特にないし。
 やっぱ恋愛ってのは、自分にないものを持ってる人に惹かれたりするもんだよねぇ。
 ―――なんて、こんな偉そうに考えてると若輩者がっ!て怒られそう。
 誰からって?そりゃ、お姉ちゃんから、だよ。
 あの人はあたしの遊びの師匠!
 ―――たまには、もっと真面目なこと教えろ、って感じだよね。
「あぅ、紗理奈っ…、そこ、だめ…。」
 色々考えつつも、今、ここにいるのは安曇とあたし。
 …安曇のこと考えたってツマンナイけど、ま、たまにはいっか。
「安曇ちゃん、紗理奈おねーたまがはぐはぐしてあげるぅ〜」
「うわ、キモイよっ。」
「うるせぇー。」
 あ、でも、こんな笑いながら遊べるのは、安曇が一番かもね♪





「こんなに散らかってたとは…」
 そんな夕ちゃんの呟きに、弥果―――林原弥果―――は苦笑したのでした。
 ちょっと久しぶりに夕ちゃんと遊ぶことにして、弥果は夕ちゃんのお家にお邪魔しました。
 その時ふと、「瞳子さんの部屋ってどうなってるんですかぁ?」と気になって尋ねた弥果に、首を傾げる夕ちゃん。
 というわけで、瞳子さんのお部屋に入ってみて、弥果と夕ちゃんは絶句したのでした。
 確かに瞳子さんがパリに出かける時はかなり慌しかったのですが、その嵐の跡がこんなところに残っているとは思わなかったわけでっ。
 洋服は部屋に散乱してるし、タンスなんかも全開ですしっ。
「そう言えばお姉ちゃん、出かける時に、『私の部屋、お願い』とか言ってたような気ぃする…」
「今更思い出してどうするんですかぁっ!」
 ビシッとつっこみ。夕ちゃんは「そうだね」と笑ったのです。
 でも、洋服と引き出しをしまえば、後は特に散らかっているところもなく、普段はキレイにしてたことがよくわかりますっ。
「換気もしましょうねっ♪」
 弥果はお掃除となると結構張り切るタイプなので、お掃除応えがなかったのはちょっと残念でしたが、キレイなお部屋を見ると、なんだか嬉しくなるものなのです♪
 少し冷たい冬の風が部屋に流れ込んできて、弥果は少し身震いしました。
「ねー、弥果ちゃん。」
「はいはい?」
 部屋をきょろきょろと見回す夕ちゃんは、少し残念そうな顔で、
「お姉ちゃんって隙がないよね。」
 と言いました。
「隙、ですか??」
 意味がよくわからなくて聞き返すと、
「うん。ほら、誰だって自分の部屋には秘密の一つや二つあるもんだと思うけど。」
 という夕ちゃんの答え。なるほど。
「確かにそうですねぇ。そう言われると、探したくなっちゃいますよね★」
「ね♪」
 夕ちゃんも乗り気らしいです。
「では、ガサ入れ開始♪」
 弥果の言葉に、夕ちゃんは引き出しという引き出しを出しては閉め出しては閉め、弥果はベッド下や机下など『定番スポット』をくまなく探していきました。
 ―――しばらくして。
「…あ、これ……。」
 夕ちゃんがポツリと言って手にした物に、目を遣りました。
 学習机の引き出しに入っていたらしき、それは――
「あぁ…秘密、ですねぇ、うん。」
 弥果は頷きつつ、顔が赤くなるのを感じていました。
 や、まぁ確かにこういうのを探していたので今更なんですが、実際そのものを目にすると、やはり恥ずかしくなるもので。
「弥果ちゃん、これ使ったことある?」
「はぁっ!?」
 夕ちゃんが言った言葉に、ボッと顔が真っ赤になるのを感じました。
 別にそれはいや〜んな意味ではないはずなのですが、なんていうかなんていうか〜!
「あはは、弥果ちゃん赤くなってる。別にそんなヤバいもんじゃないんじゃないの、これ。お姉ちゃん、昔、彼氏いたし。」
「う、うん、そうですよねぇ。弥果も使ったことありますよ。一応。……一応。」
 話に乗せてサラッと言ったつもりだったのですが、やはり恥ずかしかったり…。
「…うそ!?弥果ちゃんって経験あるの!?うわ、ごめん、ないかと思ってた。」
「うわー失礼なっ。弥果だってもう21ですよっ。経験くらい…あり、ますっ。」
 あぁぁ…弥果はこういう話は苦手なのですっ。顔がどんどん赤くなっちゃうのですっ。
「へぇ、いつ頃?」
「高校生の…とき。」
「何年生?」
「…さんねんせい。」
「…相手は?」
「同級生の高橋く……ってぇ、何言わせるんですかぁぁっっ!!」
 あわわわ〜〜っっ。あーもう弥果大混乱ですぅ!!
「へぇ。高橋クン。かっこよかった?」
「はい、それはもう!……え?い、いや、だからぁっ!」
「彼氏だったの?」
「ち、違いますけどぉ…。」
 …むぅ。なんだか夕ちゃんの方が年上みたいです。
「そ、そういう夕ちゃんは使ったことあるんですかぁっ?」
 弥果は、思いきって反撃に出たのでした。
 しかし、
「え?ないよ?」
 さらっと話は終わってしまいましたのです。
 まぁそうですよねぇ、15歳で経験あるのはちょっとどうかと思うです。
「……でも、教えてくれるんなら、別にいいかなぁ。」
「…ブッ?!」
 弥果は吹き出していました。
 ななななななな…!!?
 これはいわゆる「ゆーわく」というやつですか!?違いますか!?
 きゃああぁぁぁっっ!!!
「あの、弥果ちゃん?大丈夫?」
「は、はうぅっ、だ、大丈夫じゃないのですぅ!」
 弥果の慌てぶりにか、夕ちゃんは楽しそうに笑っていました。
 うぅっ、おかしいのです。夕ちゃんは弥果より6歳も年下のはずなのにっ。
「あははは、第一、これ、あたしと弥果ちゃんとの時は必要ないじゃん。」
「え?……そ、それはそうですけどぉっ!!っていうか、なななななな何ヲ!!」
 かぁーーーっ。
 頭の中は沸騰しかけなのです。
 必要ないって…まぁ確かに、ゴムの薄い避妊具は男の人につけ…
 あーもう、いやあぁぁぁぁああ!!!
「弥果ちゃん?本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないです!もうこんな話はおし…」
 心配そうに弥果に近づいた夕ちゃんは、弥果の顔を覗き込み、
 ―――キ…スを…?
「…あ、…。」
「…ごめん、イヤだった?」
 夕ちゃんは顔を離し、少し照れくさそうに自分の唇に触れているのです。
 今、弥果は夕ちゃんと…キスを…して、しまった、みたい、です…。
 えぇえええ!!!?
「あああああ…夕ちゃん、夕ちゃん、あの、これは、あのぉーっ!!」
 真っ赤になって部屋をウロウロする弥果に、夕ちゃんは、言ったのですっ。
「あ、あたし。…弥果ちゃんのこと、好きだよ?」
 ―――と。
 ………え!?
 あの、なんていうか、弥果の聞き間違いでなければですが、今のは、あの、なんというか、その、あーえーと、例えると、あ、いえ、例えている場合ではなく、そのぉ今のは、あの、あの、ええと、ええと…こ、こここここっ、、ここっっ、こ、こ、こ……
「告白、ですかっ!?」
 頭の中で言葉に出来なかったので口に出してみたら、あっさり言葉に出来てしまって、それはそれでショックだったりとかしますっ。
「え?ですか?って言われても困るけど…うん、そんな感じ。」
 感じ?
 ―――あ、あの、えっと、あああああ!!!!
「……弥果ちゃんは、やっぱあたしのこと、友達とか、妹とか、そんなのなのかな?」
 ドキッ。
「…あたし、弥果ちゃんのこと考えると、胸がドキドキして、夜も眠れなくて。一日中弥果ちゃんのことばっかり考えてて、なんかおかしくなりそうだよ。嘘だけど。」
 きいいああああ…!!!
 なんだか超ラブラブメルヒェンな感じ満載でもう弥果にはどうすればいいのかわかっ…
 …う、嘘だけど!!??
「ゆ、ゆゆゆゆ、ゆ、ゆぅ、夕ちゃぁん!!嘘なんですかぁぁっ!!?」
「うん、うそ。」
 ガビーーーン!!
 弥果は!こんなに苦悩し、考え、悩んでいた弥果は一体何だったのですかぁっ!!?
「…あれ、でも…。…ゆ、夕ちゃん、さっき弥果にチュウしましたよね!!?」
「え?…うん、まぁ。」
 まぁってあーもう、このコは一体何を考えているのか弥果にはわかりません!!
「何が嘘でっ!何が本当なんですかぁっ!」
 弥果の言葉に、夕ちゃんは少し困った様子で頬を掻き、
 しばらくして、
「胸がドキドキしたり、夜が眠れないとか、そういうのは嘘。
 でも、…あたしもよくわからないけれど、弥果ちゃんと一緒に居ると楽しい。
 …多分、好きになりかけてる。」
 そう、真面目な表情で言う夕ちゃん。
 ―――好きになりかけてる。
 そう、その言葉は信じてもいいんですよね?
 弥果は―――
 …ぎゅっ。
「わ…?」
 小さな弥果は、小さな夕ちゃんを抱きしめました。
 今、弥果が出来るのはこれだけ。
 柚さんから言われたように、抱きしめてあげることだけ。
「―――弥果も、多分、夕ちゃんのこと、好きになりかけてる。
 だから、もう少し、ゆっくり歩いて行こう。
 弥果は、夕ちゃんを、大切にしていきたいから。」
 きゅっと抱きしめると、夕ちゃんも弥果の背中に手を回してくれました。
「うん。…ありがとう。」
 夕ちゃんの声。
 夕ちゃんの温度。
 夕ちゃんの気持ち。
 弥果は、馨さんとか、瞳子さんとか、皆と比べて、全然子供だと思う。
 弥果が夕ちゃんにしてあげられることなんて、あんまりなくて、弥果は、本当に、頼りない大人だなぁって自分でも思う。
 でも、そんな弥果を、夕ちゃんが好きになってくれるなら。
 弥果は、そんな夕ちゃんを好きになりかけているから。
 ―――ね、二人で一緒に歩いて行こう。









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