「うん、届いたよ!ありがと〜、パパ!後も宜しくね★」 ピッ。 携帯を切って、視線に周りを見渡す。 現在地は、紀子さんの自宅。都内でも交通の便が良い場所にあるので、ここが作戦本部なのだ。 あたし―――戸谷紗理奈―――の他に此処に集まっているメンバーは、紀子さん(家主)、馨さん、朱雀ちゃん、荊ちゃん、花月さん、夜衣子。 安曇のやろーは、受験勉強があるから!とか言ってた。にゃんてやつだっ! あと、玲は在学大学とかは知ってるんだけど、家の住所とかわかんないし、ちょっと都内でも離れた所の大学だから住まいも遠いだろうなって思って、連絡つけてなかったりする。 姫野さんとマリアさんは病院支部…まぁつまり入院中と付き添い中だね、相変わらず。 で、瞳子ちゃん、夕、弥果ちゃんの三人で、色々独自で調査中らしい。 「さて。」 ちょっとエリート気分でノートパソコンの操作をカチカチッ。 とりあえず、パパに送ってもらった第一リストをプリントアウトした。 「どれどれ?」 六人がリストを一斉に覗き込む。あたしはパソコンでデータをチェックする。 ………。 「…ない、よね?」 「…うん、ないね。」 データと言っても、用紙二枚分。その調査はすぐに終わった。 また第二陣も送ってもらえることになっているけど、まだ時間が掛かりそうだし。 「…ったく、しょうがないわね。私は警察側から色々探り入れてみるから。」 荊ちゃんが立ち上がって、掛けてあったコートを羽織る。 「っていうか、あたしのパパは警察側でもあるんだって。」 「…う。」 「あはは、まぁ地元に密着したローカルな調査を宜しく!」 あたしが言うと、小さく手を振って出て行く荊ちゃん。 「花月さんは良かったんですか?」 残った花月さんに、夜衣子が言う。 「うん、だって梨花に付いて行っても仕事の邪魔になっちゃうから。」 「なるほど。」 まぁそんなこと言いつつも、要するにすることがない皆さん。 「よしっ、あたしはインターネットで探しちゃうよ!ハイテクだよ!」 「何がハイテク、だよ…」 中途半端に意気揚々な紀子さんにつっこみつつも、その手もあったか、と内心思う。 「まぁいいや〜あたしはパパンのデータに頼るもんねぇ〜★」 「何言ってんの、情報は足よ。足で掴んでこそ真の価値が生まれるのよ!」 「いや、ここでぬくぬくしてる馨ちゃんに言われても説得力ないんだけど…。」 前途多難ながら、あたしたちは動き出したのだ。 その名も、『柚っち捜索隊 レディース』!…因みにメンズは存在しない。あしからず。 「え、そうなんですか!?そんなことってあるんですか…」 『ええ、少なくは…、うーん、少ないんだけど、ないこともないわ。』 携帯の向こうで聞こえるマリアさんの言葉に、あたし―――棚次夕子―――は驚きを隠せなかった。 「わかりました、それじゃあ、そういう線もありってことで、調査します。」 『ええ、頑張ってね。』 「はいっ。」 電話を切って、一緒に歩いている弥果ちゃんが不思議そうに首をかしげていたので、マリアさんから聞いた事を説明する。 「あのね、昏睡状態にあるだろう、ってことで調査してるでしょ。それで、そういう状態だと病院だと結びつけがちになるんだけど、どこかで昏睡状態に陥って、そのまま誰にも見つけられずに死んじゃう場合もあるんだって。」 「へぇぇ………もしそうだったら、急がないとヤバいってことですよねぇ!?」 「…うん。だけど、柚の場合はもう何ヶ月も連絡付かないしね、そういう可能性は低いと思うけど…。」 「そうですかぁ……。」 「…ま、結局めぼしがさっぱりつかないことには変わりないけどっ。」 「…うーん〜…ですねぇ〜。」 あたしと弥果ちゃんは二人で唸りつつも、調査を続けていたのであった。 「あ、君!」 後ろから掛けられた声に、私―――棚次瞳子―――は少し驚いて振り向いた。 「あっ!あなたたちは…」 その二人組は、見覚えがあった。知的眼鏡の男性と、遊び人長髪の男性の二人組。 「やぁ。構内で柚先輩のこと調べてるんだって?」 眼鏡の男性は爽やかに笑んで言う。 「あ、あの、あまり大きな声で言わないで下さい。」 何を隠そう、今こうして男性と話しているこの場所は、青山学院大学の中の、部外者立ち入り禁止の区域なのだ。 「いや、君に協力しようと思ってね。俺らも柚先輩のこと気になってたから。こっちと一緒に行動すれば、ちょっとはカムフラージュになるだろ?それに、俺たちなら、学生事務所で訊いたりもできるしさ?」 「本当ですか!?」 …と聞き返し、私の方が大声なことに気づいて、慌てて口を噤んだ。 「ははは、面白い子だよね。俺、小向ね。ここの二年。」 と、眼鏡の男性。 「あ、俺、乾。同じく二年。宜しくな!」 と、長髪の男性。 …って。 「二年!?…同い年じゃないですかっ!…私の方が大学のレベル低いけど。」 「え?そうなの!?高校生かと思ってた。」 「俺も!」 「え〜二人共、ひっどーい!」 …はっと気づいて、三人で口を噤んだ。 面白い人達だなぁって、ちょっと嬉しくなった。 「私、棚次瞳子って言います。この間はすみませんでした。」 小声で言って小さく頭を下げる。 「いやいや、いきなり変なこと言ったコッチも悪いんだし。」 「そうそう。お互い様、ってね。」 「…はい!」 というわけで、青学二年の二人と共同戦線を張ることになった私は、青学にて更なる調査を続けるのであった。 「…なんで気づかなかったのよ?」 私―――荊梨花―――は、警察署内の一角で、ある重大な事実に気がついた。 そう、大学に何ヶ月も姿を現さないのなら、大学に何らかの手続きがしてあるだろう。 でも、大学に…ではなく、家にも姿を現さないのなら――― 『捜索願い』…出てるに決まってるでしょ! そうだ、こんな簡単なこと。 期待を持って、私は、別の部署で捜索願いを検索させてもらった。 ―――しかし、そこに柚の名前は見つからなかった。 捜索願いが出てないのなら、家族の目が届く場所には居る、ということになる。 とすれば、例の昏睡は………? 自宅で眠っているか、病院で眠っているか。だろう。 ………。 柚の、家族? ……そう言えば、今まで一度も考えていなかった。 柚の家族の存在。 あの紗理奈の…つまり、警察のトップや都を取り仕切る人物の情報網を持ってしても、柚のデータは見つからなかった。どういうこと?どういうことなの? ――――――柚って、何者なの? 「うん、次も待ってる〜。」 ピッ。 紗理奈はため息をつきながら電話を切った。 「どうだった?」 私―――悠祈紀子―――の問いに、首を横に振る。 「昏睡状態として病院に入院中の人たちのデータは大体洗ってるんだけど…ダメ。さっぱりダメ。」 紗理奈と同じように、送られてきたデータを凝視していた朱雀ちゃんたちも、疲れた様子で各々過ごしている。 私も“アルビノ”やらのキーワードでネット上を探ったが、あまり結果は芳しくない。 まぁ、多少知らない知識を得た部分はあったのだが。 「あのね、アルビノって『病気』に認定されるんだって。それで、アルビノの人は日光に弱く、また多くの場合、メラニン色素不足の他にも病気を患っている…だって。」 「ふぅん…。」 誰にともなく言ったあたしの入手したデータに、良い食いつきはなかった。 「あ、じゃあ、なにかその別の病気で入院している可能性って、高いですよね。」 朱雀ちゃんのフォローにも似た意見。けど、言っていることはもっともだ。 けど、やっぱわかんないなぁ〜。 はぁ。ため息。 「届出…なし?」 私―――棚次瞳子―――は、二人の持ってきた情報に、小さく眉を顰めた。 「ああ。休学届けも退学届けも出てないんだって。学校側も連絡が取れないらしい。」 想像していた以上に、事は重大なのだろうか。 柚さん、あなたは一体……。 「おい、これ。柚先輩ん家の住所。」 「住所!?」 私はその言葉に目も光らんばかりの勢いで、そのメモを奪い取った。 しかし… 「……いや、学生寮なんだよな。」 「え…?」 確かに、それは大学から一キロ弱の所にある学生寮の一室の番号だった。 「で、でも何か収穫あるかもしれないじゃないですか!行ってみましょうよ!」 「行ってみましょうって…いいけど、俺ら入れないぜ?」 「…あ、そっか。まぁいいじゃないですか、一人で入って来ますから。」 「うん、まぁ仕方ないな。じゃあ、学生寮に向けて出発!」 柚さんが暮らしてた部屋、だもん。 絶対何かあるはず。 ―――さすがに、ドアを開けたら柚さんがいました、とかはないだろうけど。 うん、絶対なにかあるよ。 …そうでも思わないと、何も手がかりが見つからないんだもん。 柚さん――。 「え?知ってるんですかぁ!?」 その意外な証言は、青学から程近い商店街の、植物屋さんでの事でしたっ。 植物屋さん?うん、そう。お花屋さんじゃなくて、小さな鉢に入った草とかそんなのを沢山扱ってるお店ですっ。 弥果―――林原弥果―――と夕ちゃんは、とりあえず聞き込み調査をしていたわけですが、まさか証言を得られるとは思っていませんでした! 「ああ、白い長い髪のアルビノの女の子だよね。」 答えてくれたのは、その植物屋さんのオーナーさんと思しき三十台前半の男性ですっ。 「よくウチに観賞用の植物を買いに来てたよ。一回、「植物好きなの?」って話し掛けたら、「キレイだから好き、です」って言ってたな。不思議な子だったけど、きれいな子だよね。」 「重大な証言になりますぅっ!ありがとうございます!」 「重大な証言って…何か調査してるの?」 「そうなんですよぅっ、あんまり大きな声では言えないんですけどぉ、彼女、今行方不明なんですぅ。」 「えぇ!?そうなの!?」 「そうなんですぅ。」 カリカリと書記役の夕ちゃんは無言で、弥果がお話役なのです。何を隠そう、弥果は初対面の人と馴染むのが早いのです! 「そう言えば、ここ数ヶ月はあの子来てないなぁ。」 「あのぅ、どのくらい来てないかわかりませんかぁ?一ヶ月とか二ヶ月とか三ヶ月とかぁ。」 「うーん……二ヶ月、ってとこかな。」 「二ヶ月!?本当ですか!!?」 夕ちゃんを見ると、夕ちゃんも少し驚いたというか、発見顔をしていた。 「うーん、そうだな。秋に出てくるアロエの鉢を買って行った記憶があるから、十月の始め頃かな。」 「ありがとうございますぅ!助かりました!失礼しますぅ!」 弥果はペコリッと頭を下げて、夕ちゃんと一緒に商店街を歩き出した。 「二ヶ月…。あの遊園地の一週間から少なくとも一ヶ月は、この街にいたはずなんだよね。」 「うん、ですよねぇ。」 「……九月かぁ…。その月も、お姉ちゃんちょこちょこ待ち伏せしてたはずなんだけど…。」 「そうなんですか?……じゃあ、後で瞳子さんにも詳しく聞いた方が良さそうですね!」 「うん。」 「夜8時以降の部外者入出は不可…か。大丈夫みたいですね。」 私―――棚次瞳子―――は表に書いてある学生寮の規則を読みながら言った。 「…まぁ、それ以前に、なぁ?」 「あぁ…。」 う…。規則の一番上に、デカデカと「男子立ち入り禁止」と書いてある。 「じゃあ、私行って来ますね。」 「あぁ、待ってるよ」 「グットラック!」 というわけで、私は二人の協力者から一旦離れ、一人で学生寮を訪ねることになった。 入ってすぐにある見張り場、みたいな管理人室、みたいな所で、年配のおばあちゃんが私の方をチラリと見て、すぐにテレビに目線を戻した。 入っても大丈夫、ってことなのだろう。 私は緊張しながら、さっき乾さんから貰った住所のメモを見る。 二階の、207号室。 建物自体は、よくあるアパートみたいな作りになっていて、私のイメージしてた共同生活タイプの寮とは違うみたい。 えっと、二階の奥の方…。 …と言ってる間に、着いてしまった。207号室。 緊張。 えっと…とりあえず、チャイム。そっと、押した。 ピンポーン、と中で鳴っているのがわかる。 少しして、 ガチャ! 「あ、わわゎ…!?」 「んー?」 207号室…ではなく、206号室のドアが開いた。 出てきたのは、なんとなく寝起き風の女性で、見た感じ22,3歳とか、そのくらいだろうか。 「何?207号室に用事?」 女性は私を眺めながら言う。 「あ、あの…神泉柚さんっていう方が、ここに住んでたと思うんですけどっ…。」 「住んでた?…何、柚がいないの知ってるのに来てんの?」 「え…?」 つい想像で過去形にしてしまったのだが、女性にあっさりそれを肯定されてしまう。 それ以上に気になったのは、女性が「柚」と呼び捨てにしたことだ。 「あの…柚さんとお知り合いなんですか!?」 「…え?あたし?まぁ、柚とは友達だけど。」 女性は頬をポリポリ掻きながら、言う。 「す、すみません、私、柚さんに会いたくて…あの、柚さん、今どこにいるかわかりませんか?」 「………何?柚とどういう関係なの?強引な押し売りとかじゃなくて?」 「ち、違います!!どうしても柚さんに会いたいんです!」 「……あ、じゃ、とりあえず家入って。」 女性はあっさりとそう言って、奥へ入っていく。 「あ…お、お邪魔します!」 私は慌てて、女性の後を追うように、部屋にあがらせてもらった。 「…何、つまり?」 私―――荊梨花―――は、紗理奈から入った連絡に、署内の隅っこでコソコソと電話していた。 『つまりぃ〜あたしのパパのあの情報網を使っても柚どころかその家族すら出てこないなんて、絶対オカシイ!っていう意味!』 紗理奈の言葉に、私はため息をついた。そして一拍置いて、 「…今ごろ気づいたの!?」 と言ってやった。 …ふと我に返ると、通りかかった警官なんかの注目を浴びたりなんかしてて、ちょっと後悔したりしつつも紗理奈との作戦会議は続く。 『え、今ごろって…何よぅ、気づいてたなら連絡くれればいいのにっ!』 「こっちも忙しいのよっ。それで、紗理奈のお父様の情報網でも網羅出来ないのって、どういう人?」 『え?網羅できないの?……えーと、戸籍のない人とぉ、在日外国人。』 「………。……え?…柚って、日本人よね?」 『…多分…。』 「でも…戸籍がないと…大学、入れないわよね…?」 『それは…必須…。』 「………ちょ、ちょっと待って。…が、外国人?!」 いきなり吹っ飛んだ内容に、私はあらぬ声を上げていた。 けれど、署内で注目を買うくらいどうでもいい。 柚って…ほんとーに…何者なの!? 「はい、どーぞ。」 「あ、ありがとうございます。」 柚さんの友人という女性から出された温かそうなブラックコーヒーを受け取り、私―――棚次瞳子―――は、久しぶりに寒さから解放された。 「あんた、名前は?」 散らかった部屋だなぁ…などと思って少しキョロキョロしていると、しきっぱなしのお布団に座り込んで私と同じようにブラックコーヒーをすする女性が、ちらりと私を見遣って、そう尋ねた。 「あ、私、棚次瞳子って言います。」 「ふぅん。あたしは、佐伯由里。じゃ、先に、あんたが柚に会いたい理由、聞かせてもらおうか?」 「…あ、はい。わかりました………。」 とは言ったものの、どう言えばいいんだろう? よくわからない遊園地で…とか言っても、多分、わかってもらえないだろうし。 「…ん、トーコ?あ、もしかしてあんた、なんかよくわかんない遊園地で柚と会ったとか、そんな…」 「へ…!?し、知ってるんですか!!?」 言う前に言われるなんて思っても見なかった。 「そっか、あんたがね〜…なるほど〜。」 佐伯さんは、私をジロジロと見てなにやら納得顔だった。 そして、なにやら引き出しをゴソゴソしつつ、 「あたしね、あの時、柚と一緒に遊園地に行ったの。柚は普通に一人でホラーハウス行って帰って来たんだけどさ、後から、その時に一週間経った、とか言うのね。」 やがて、何かを見つけた様子で、今度は部屋の外の玄関に向かいながら、「ついてきて」と言いつつ、 「柚ってさ、元々変な子だから、まぁまた変なこと言ってるなーとしか思ってなかったんだけど、ちょっと今回は様子が違うみたいでねー?」 佐伯さんは、部屋の外に出ると、驚いたことに、207号室のドアに、手にしていたらしい鍵を差し込んだ。 そして、佐伯さんは鍵の開いたらしい207号室へ、私を促した。 「…え…!?」 さっきから私が驚く暇もなく彼女が喋りっぱなしだったので、今ごろ驚きの声を上げる。 …だって、…この人が、柚さんと遊園地に一緒に行ったとか、一週間経ったこと、知ってたりとか、私が来たら、部屋を開けてくれたりとか…!? 佐伯さんは、小さく笑んで、言った。 「…“トーコ”が来たら、入れてあげて、だって。」 「うわぁ〜あの二人超怪しくないですかぁっ?あそこ青学の女子寮でしょぉっ。その前でウロウロしてる大学生ちっくな男の人二人ぃ〜!」 弥果ちゃんが楽しそうに言うので、あたしも―――棚次夕子―――ちょっと乗ってみることにした。 「うん。明らかに怪しい。…これはやはり、下着泥棒の線が濃いかな?」 「あははは、ですよね!ですよ……あ…あれ!?」 「…お姉ちゃん…!?」 あたしの「下着泥棒」説は、あたしと弥果ちゃんの視線を二階へと遣らせた。 商店街を抜けたこの路から見えるのは、寮の正面になる表側。 その、二階のある部屋の前にお姉ちゃんが立っているのだ。 うん、あたし目は良いから間違いない。 「し、下着泥棒棚次瞳子説ぅ?」 「それ違う。」 弥果ちゃんにツッコミを入れつつ、あたしたちは自然とその寮の前に足を運んでいた。 ふと、二人の男性と目が合うが、向こうの方が気恥ずかしそうに目を逸らした。 相変わらず女子寮の前から移動しようとしないので、本当になんなのだろうこの人たちはなどと思っていた時、その男性二人の口から驚くべき名前が発せられた。 「柚先輩、さすがに住んではないよな?…にしては、遅くないか?」 「あぁ…」 柚、先輩? その発言に、あたしは弥果ちゃんを見ていた。弥果ちゃんもその発言を聞いていたようで、弥果ちゃんはあたしの方を見ると、小さく頷いた。 「あのぉ…柚さんのこと…神泉柚さんのこと、知ってるんですかぁ?」 「へ!?」 「あ、ああ…まぁ。」 男性二人は、少し驚いた様子であたしたちを見る。 まぁ確かに、同じ大学生であろう二人よりは、あたしたちの方が柚との共通性が見つけ難いであろうが。 「あの、俺ら、一人で柚先輩のこと調べてた女の子に協力してるんだよ。今はその子を待ってんの。だから、別に寮に何かしようとか…」 とかなんとかの弁解はバッサリ無視…、じゃないや。 「その子って…もしかして、棚次瞳子?」 「知ってんの!?」 あたしの言葉に、驚いた表情を浮かべるロンゲ男。 「知ってるも何も、あたしの姉です。」 「ま、マジで?!」 いや、こっちもビックリだよ。協力者作ったならそう言ってくれればいいのに、お姉ちゃん。 「瞳子さん、今、この寮の中にいるんですよねぇ?さっき、柚さんが住んでたとかそんなこと言ってましたけど、本当なんですかぁ?」 弥果ちゃんの言葉に、眼鏡男が頷く。 「そう、ここは柚先輩が住んでいた女子寮だからね。今はわからないけれど―――」 寮のまん前の此処からは、さっきお姉ちゃんが立っていた二階は角度的に見えなかった。 ―――お姉ちゃん、何を見てくるの? 扉が開いた瞬間、ふっと香ったのは、草の匂い。 「入ってみな。」 佐伯さんに言われて、私―――棚次瞳子―――は、静かに、その部屋に足を踏み入れた。 玄関のちょっとした下駄箱の上に、小さな観葉植物があった。 靴を脱いで、緊張しながら、奥に向かう。 1ルームの、その部屋。 その部屋、は…。 ………。 ………。 ………。 ―――――なに、これ? 部屋は、何もないというよりも、植物しかない、という状態、だった。 緑色の観葉植物が、いくつも。 いくつも。いくつも。置いてある。 …そして、次の瞬間、気付いた。 部屋の隅にちょこんと作りつけられた、勉強机。 その引き出しに、何かが挟まっている。 ドキン ドキン ドキン。 生活観が全くないと言っても過言じゃないこの部屋で、柚さんの形跡を少しでもいい、見つけたかった。 引き出しを引くと、それは… ―――手紙、だった。 『トーコへ』 と、書いてある、手紙。 当たり前だが、郵便番号も住所ないその手紙は、私がここに来ることが前提の、「出さない手紙」だった。 柚さんは、いつか私がここに来ると、そう、…信じて、くれた? ――――。 私は封のしていない手紙を、そっと取り出し、一枚の便箋を、広げた。 『植物に水をあげてください。おねがいします。』 …………? そ、それだけ…? …たった………それだけ、なの……?? そ、そんなぁ……。 「トーコぉ?」 入り口の方から、佐伯さんの声がする。 …。 私は入り口へと戻り、泣き出しそうになりながら、言った。 「ジョウロとか、ないですか?」 「遅い!…何やってんだろ?」 「遅いよね…もうかれこれ三十分。」 「遅いなぁ…管理人に捕まったとか?」 「…………遅い、ですよねぇぇ。」 さすがの弥果―――林原弥果―――も、今回ばっかりは皆に同意だった。 瞳子さん、何やってるんでしょう? まさか、中に柚さんが居たとか?いたとか? ………うーん、でも、それにしても、遅いなぁ。 ………まさか、中で誰かに襲われたとか!? ………でも、思いっきり男子立ち入り禁止って書いてあるから、それもちょっと違う気がするなぁ。 …どうしたんだろう。どうしたんだろう? …などと思っていた時、だった。 「…あー!」 『あ。』 聞こえてきたのは思いっきり瞳子さんの声。 と同時に、弥果たちに、水のシャワーが降り注いでいた。 「ご、ごめんなさーい!!」 「バカだなー、ジョウロの水捨てるときは普通下確認するだろ?」 などという会話が上で聞こえる。 「瞳子さん……なにやってるんですかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 誰よりも真っ先に怒りをぶつけていたのは、意外や意外?…弥果、だった。 「そ、それじゃあ…私は、失礼します…。」 結局、柚さんの部屋の植物に水をやり、私―――棚次瞳子―――は寮を出ることにした。 はぁ…柚さん、本当に何考えてるのぉ…? ………クスン。 じわりと、涙が涙腺から湧いてきた、その時だった。 「トーコ!」 とぼとぼと階段を下りる私に、後ろから声が掛かった。 慌てて目のところをこすり、 「なっ、なんですか?」 と、佐伯さんに言う。 「忘れモン。これ見たら、泣いてる場合じゃなくなると思うよ?」 「へ…?」 佐伯さんが差し出したのは、一通の手紙だった。 それは一見さっきの手紙と同じように見えた。同じ白色の封筒。 だけど、宛名が…ちがった。 『植物に水やりをしてくれた良い子の トーコへ』 「は…?」 意味がわからなくて、私は佐伯さんを見上げた。 「柚も粋なことするよね。そのトーコって子が、手紙通りに水やりをしたら、この手紙渡せって、預かってたの。」 「…ほ、本当ですか!!?」 「うん。柚って、そういう子だから。怒らないであげてね。」 佐伯さんは、ふっと、微笑んだ。 友達想いの、優しい笑顔。 「じゃあ、あたしの役目はおしまい。後は…頑張って、あげて。」 「あ…ありがとうございました!!」 頑張って、あげて――? ………。 …………柚、さん…。 私は、手紙を手の平にそっと包み、その質感を感じていた。 柚さんが書いた文字。 柚さんが触れた手紙。 ……柚さんのぬくもり。 …柚さん………!!! 『トーコへ よくぞここまで辿りつきました。おみごと。拍手。 私は、そんな優しいトーコのこと、大好き、です。 けれど、ごめんね、今はトーコのそばにいてあげることができません。 なぜなら、私は、ちょっとやっかいな病気を 抱えているからです。 本当は私は、日本人ではなくて、 血は、日本人ではあるんだけど、 アルビノの家族は日本では忌み嫌われてしまうので 実家は、日本から遠い遠い外国にあるのです。 でも私は、日本が好きだから。 だから、身体が良くないからって反対されたのを押し切って こうして、学生寮で暮らしていたのですが、 残念ながら、こうして、日本に大切な人が出来てしまった今になって 限界が来てしまいました。 もう少しで、大学も卒業して、不思議な遊園地で出逢った素敵な恋人と、 一緒に暮らしたりして、 私には縁遠いはずだった、幸せな生活が もう少しで手に入りそうだったのに なのに どうしてなんだろうね。 やっぱり私は 幸せになる資格が ないのかな? でもね、やっぱりいやだ。 トーコを置いて、消えるなんていやだ。 もうこれ以上トーコを傷つけるなんて できない。 もう、いっぱい傷つけちゃった後だったら ごめんね。 私はもう 行かなくてはなりません。 行かなくてはなりません。 ですが こんなわがままを 私が言う資格 ないかもしれないけれど ここまで 私を追ってきてくれたトーコに お願いしたいのです。 同封している飛行機のチケット。 日にちが違うなら、買い戻して、同じ行き先のチケットを買って 同封している地図を見て、 そして、私のいる 実家まで 会いに来てくれませんか? 私はその時 どんな状態なのかわからないけど この病気は 予想以上に悪化していて 生きているか 死んでいるか トーコと話が出来るかどうか わからないけれど 来て くれませんか? もしトーコが私に会いたいと 言ってくれるのなら。 私 もし一人で 勝手に勘違いしてたら ごめんね。 その時は チケットの分お金に戻したら 慰謝料にくらい、なるのかな? でもね 私は 私は瞳子のことを 愛しています。 柚 』 「ふぇっくしゅ!…、あ、出てきた。」 「瞳子さん、遅……」 寮の中から出てきたお姉ちゃんの様子が違うのに気づいたのは、皆同時くらいだった。 あたし―――棚次夕子―――は、お姉ちゃんに駆け寄った。 お姉ちゃんは、ボロボロと涙を零して、今もその涙はとめどなく流れていた。 「お姉ちゃん…?」 あたしがそう呼ぶと、お姉ちゃんは笑顔を作って言った。 「ううん、心配しないで。…嬉し涙、だよ……」 「嘘だよ!そんなの、…。」 お姉ちゃんは小さく首を横に振りながら、数枚の便箋をあたしに差し出した。 あたしは言葉を止めて、お姉ちゃんから受け取った手紙を読んだ。 柚の、…柚の、優しくて、悲しい言葉を。 「っ……。」 柚…。……!! 「早く、行こうよ!」 「え…?」 柚の手紙に、あたしも涙が止まらなくなってしまった。 でも、今は泣いてる場合じゃないんだ。 「早く行こうよ、空港まで送るよ!…だから、早く!!」 「う…ひっく……!」 お姉ちゃんは、震えながら、その場に座り込んだ。 「お姉ちゃん!」 気持ちは良くわかる。怖くて、悲しくて、でも――― 「こらぁ!トーコ!!」 ! その声は、寮の二階から聞こえた。 身を乗り出して、“トーコ”の名を呼ぶ見知らぬ女性。 「あのな!柚が、なんであんたに水やり頼んだかわかってるか!?」 「え…?」 お姉ちゃんが上を見上げると、女性は、 「柚は、帰ってくるんだろ!?帰ってくるから、だから、だから…!!」 女性は、少し涙声になって、顔を引っ込めた。 コンクリートの向こう側から、 「早く行けよ!バカ!!」 という声。 その声に励まされるように、お姉ちゃんは立ち上がった。 お姉ちゃんはあたしを見て、小さく頷いてくれた。 お姉ちゃんは、一度だけ寮の部屋を見上げ、そして、歩き出した。 いまいち状況をつかめていない弥果ちゃんと、男二人。特に水を被った二人のアホ面が見ものだった。 「…柚さん、見つかりましたから。今から、会いに行ってきますっ。」 お姉ちゃんは、はっきりした口調でそう言った。 「本当に!?良かった…で、今どこにいるって?」 チラリと、眼鏡男を見遣り、お姉ちゃんは小さく笑って言った。 「―――パリ。」 |