第七話・切ない笑顔の時間





「おはよっ、朱雀ちゃん♪」
「ふわっ!?」
 あたし―――悠祈紀子―――は洗顔への道、途中で朱雀ちゃんの姿を発見し、追いついて背中を押した。
「び、びっくりした…」
「あっはは!元気ぃ?」
「あ、はぃ…。」
「……ん、よきかな♪」
 あたしが笑いかけると、彼女は緊張した面持ちで目線を落とした。
 ん?
「…あ、あのぉ、悠祈さん…」
「なーに?」
 朱雀ちゃんからこうやって話し掛けてもらえると、あたしは妙に嬉しくなるのである。
 可愛いよね、この子。
 なんていうんだろ、寡黙な子ほど、話し掛けてもらえたりすると嬉しいものだ。
「…悠祈さんって…どんなお仕事してるんですか?」
「…朱雀ちゃんには話してなかったっけ?」
 ――そっか。
 というよりも、まだ誰にも話してない、んだっけ。
 なんとなく、堂々と言える仕事じゃないしね。
「はい…もし良かったら…」
「………聞いたら、驚くよ?」
「……そうなんですか…?」
 伏せ目がちに言う朱雀ちゃん。
 あたしはコクコクと頷きながら、
「もしかしたら、あたしを軽蔑するかもしれないっ」
 と、言った。…まぁ、これは本当のことだったりするけど。
 人によっては、あたしの仕事を知ると嫌な顔をする。
 ――でも、あたしは今の仕事に誇りを持っているのだ。
「…軽蔑なんて、しません!絶対!」
「絶対?」
「はい!」
 朱雀ちゃんは、コクンと大きく頷く。あ、なんか嬉しいな。
 じゃ、思いきって言っちゃおう。
「あたしね、成年向けの小説書いてんの。」
「小説…?成年向けの…?」
「そ。要するにエッチな小説ね。」
 話しながら洗顔所(といってもただの水道場)に到着し、蛇口をひねった。
「……そうだったんですか。」
「軽蔑した?」
 あたしはそう言ってクスッと笑い、冷たい水で顔を濡らした。
「ま、まさか!軽蔑なんてしません…!」
 朱雀ちゃんは、とんでもない!といった感じで言う。
 朱雀ちゃんって、嘘が下手なイメージあるから、こうやってはっきり言ってもらえると、あ、本当なんだなって思う。――あたしはご機嫌である♪
「…す、少し驚きましたけど…。」
 そんな朱雀ちゃんに、あたしは笑って、
「ペンネームは『アオミネユウキ』。気が向いたら本探してみてね?」
 と、言った。
 作家には、当然の如く、自分の作品を読んで欲しいという思いがあるわけだが、何故か、朱雀ちゃんに対してだと、その思いは更に膨らむ。
「え、う…。はい…」
 けど、朱雀ちゃんは少し抵抗があるみたいで、ちょっと躊躇った感じで頷いた。
「無理しなくていいよ?」
「……。」
 困惑した様子で赤くなる朱雀ちゃん。
 やけに可愛くて、あたしは笑った。
「朱雀ちゃん。良かったら今度遊びにおいで?いっぱいいじめてあげるよ〜♪」
「ななな何言ってるんですか…」
「ふふ、本気本気♪」
「…行っていいですか?」
「……いいよ。またエッチしよ?」
「………、は、い…」
 赤くなって頷く朱雀ちゃん。
 うんうん。ラブリーなセフレを一人完全確保なのです〜♪





「…し、忍さん!」
「はい?あ、弥果ちゃんじゃないですか!」
「………。」
「……ど、どうかしましたか???」
「……忍さぁんっ」
 ぎゅむ。
 私―――姫野忍―――が朝食の準備で厨房にやってきた時だった。
 後ろからかけられた声に振り向くと、そこには弥果ちゃんがいた。
 そしてよくわからない成りゆきで、抱きつかれている??
「や、弥果ちゃん??」
「忍さんだぁ……ほんっとうの忍さん!」
「…本当、の…?」
「…えへへ、いきなりごめんなさいです!……忍さん…弥果、なんか変ですよねぇ。忍さんがいろんな人に見えちゃ…」
「弥果ちゃん…、……私はいつもここにいますよ。大丈夫。」
 私はそっと笑んでみせた。
 志乃は何の動きも見せない。
「……忍さん、…弥果、忍さんのことだいっすきです!」
「え…えぇ?」
「あ、…ええと、好きっていうか…お姉ちゃんみたいで…」
「あ、なんだ、そういうことですか!…私も、弥果ちゃんは妹みたいで大好きですよ」
「…良かったぁ…。……安心しちゃった。」
 弥果ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
 あぁ…もしかしたら私、知らずのうちに弥果ちゃんを傷つけていたのかもしれない…。
「…ごめんね、弥果ちゃん。」
「ふえ…?……いいえ、弥果謝られることなんでないですぅっ!…あ、ご飯の準備しましょぅ!」
「……そうですね!」





『いただきます。』
 お決まりの挨拶で始まる朝食。
 相変わらず私―――荊梨花―――は、軽く手を合わせるだけである。
 …しかし…朝っぱらから肉うどんって…。
 さっき遠くから『せっかく肉があるんだから、肉うどんにしちゃえば〜?』などという無責任な発言が聞こえた。
 あの声は明らかにギャル娘だった様な。
 …ふと、隣に座る人物に気づいた。
「…ねぇ…瞳子、サン?」
「…え?あ、はい…?」
 怯えるように瞳を揺らせる。
「……どうして怯える?…似てるから?」
「あ、…ご、ごめんなさい。…そうです…」
 彼女は、少し怖がりながらも小さく笑んでくれる。
 ――ま、無条件で怖がられてるわけじゃないし、ね。
「まぁいいけど。……瞳子サンは、調子はどうなの?」
 と尋ねると、彼女は笑みを浮かべたままでコクンと頷いて、
「…大丈夫です。…柚さんとか…みんなのおかげで、元気も出ましたし。」
「なら良かった。…夕のことは?」
「夕は…、勿論、犯した罪をちゃんと償わせます。私は、…夕が戻ってくるのを待つつもりです。」
 と、特に考える様子もなく、彼女は言った。
 そう、彼女もやっぱり考えたのだろう。そしてちゃんと、こうして結論が出せていたんだろう。
 私は彼女の模範解答に頷き、
「………夕も良い家族持ったもんね?」
 と、少し冷やかした。
「え、…い、いえ、そんな…」
 彼女はかぶりを振って、微笑する。
 ―――そんな瞳子サンだけど、やっぱり私と目線を合わせてはくれない。
「……愛する人の面影は、まだまとわりついてるの?」
 と尋ねると、彼女は水を一口飲んで、
「えぇ…、こればっかりは、時間がかかると思います…辛い、ですけどね。…怖いですけど…」
 と答える。少し悲しげに、笑って。
「…怖い?」
「…今、支えを失ったら…私、どうしていいか……」
「……そう…。」
 私は小さく息をついて、しばし思索した。
 ふと、周りを見渡し、そっと瞳子さんの耳に唇を寄せた。
「…どうしようもなくなったら、私の所に来なさい。特別に保護してあげるから。」
「………!」
「……どう?」
「…荊、さん…。…ありがとうございます!」
「ただし、花月には内緒よ…。」
「…ふふふ、わかりました。……本当に、ありがとう…。」
「これも仕事よ。」
「うっそだぁ。」
「な、なによぉぅ」
 楽しそうに笑う瞳子さん。
 …まぁ、彼女には柚がいるんだろうし…
 …余計なお節介は必要なかったかな?





「だーれよぉ肉なんて入れたのぉ〜」
 食器を厨房へ持っていく途中、私―――名村花月―――はぷちぷちとぼやいていた。
「ったく…」
「か、花月さん!」
 名前を呼ばれ振り向く。
「あぁ、夜衣子サン。」
「い、いいですか?一緒に…」
「ええ、もちろん。大した距離じゃないけれどね?」
 そう言って笑んで見せると、彼女はわずかに目線を落とした。
 …?
「あ、あの、花月さん。…変なこと聞いちゃいます…あのっ…荊さんと、つきあってるんですか?」
 ――!
「………。」
 突然の問いかけに、私は言葉を失った。
「…あぅ…ご、ごめんなさい、いきなり…」
「…い、いえ…。突然だったから驚いたの。…どうしてそんなこと…?」
「…見ちゃったんです一昨日、…観覧車で二人が…、…キスしてるの。」
 彼女の言葉に、納得した。と同時に、あの甘い二人の時を見られていたのかと思うと、なんだか恥ずかしくて苦笑する。
「…見られちゃってたの。…ふふ、照れくさいわ。」
「……二人は…、両思いだったんですか。」
 ――ふと、彼女の様子が、いつもと違うような気がして、彼女を横顔を見つめた。
「そう、…みたいね。」
 私が答えると、彼女は思い詰めた表情のまま、少し俯いて、
「…荊さんが好きだったんなら…どうしてあの時…」
 と、小さく零した。
「え……?」
 私が聞き返すと、彼女は寂しげな表情を浮かべた。
 そして、
「……私、期待しちゃいました…。花月さん、好きな人いないんなら…私にも、少しくらいチャンスが…って……」
 …と、言う。
 ―――その言葉に、私は思わず立ち止まっていた。
「…夜衣子…サン…?」
 小さく、彼女の名を呼ぶ。
 ―――“チャンス”って?まさか、彼女は、私のことを――?
 彼女は、私より少し先で振り向いて、悲しげな、切なげな表情で、言った。
「…ひどいです、私をここまで惑わせて!」
 ―――。
 ……こんな、突然のことで、戸惑っていた。
 こんな形で、思いを打ち明けられるなんて、思ってもいなかった。
 涙を堪えるような、そんな彼女の表情を見て、私は、
「…、………ごめんなさい。」
 …謝ることしか、出来なかった。
「っ…、……好きでした!…でも、もう…っ…。………もう好きじゃないですから…。花月さんのこと…なんとも……」
 少し投げやりな、彼女の言葉。
 眼鏡の奥で揺れる、その瞳に、涙をいっぱいに溜めてそんなこと言われても、説得力があるわけないじゃない。
「…………。」
「………わ、笑ってください。いつもの、あの…優しそうな笑顔で……」
 私が何も言えずに立ち竦んでいると、彼女は、そう言って小さく笑みを繕った。
 けれど、
「……笑えないわよ…、人を傷つけて笑ってられるような人間じゃないもの…」
 …そう、返していた。
 とてもじゃないけれど、今の私に笑みを繕うことなど、できない。
「………ごめんなさい。」
 彼女は一瞬悲しげな表情を見せ、掠れた声で言い、先に行ってしまった。
 さっき―――私は嘘をついた。
 人を傷つけて笑ってられる人間。
 …私はそんな人間だった。
 たくさんのカッコイイ男を、“健気な彼女”から奪った。
 可愛い女の子を、“素敵な彼氏”から、奪って、
 ……私は笑っていた。
 ……でも、今は……。
 …胸が、苦しい。





「今日もいい天気ですね。」
 私―――宮本マリア―――は、木陰から空を見上げ、目を細めた。
「うん。…風が気持ち良いし。」
 忍さん…、今は志乃さん。
 彼女は木陰に寝そべって、目を閉じている。
「…ね、志乃さん…。」
「なに?」
「…私のこと、好きですか?」
「…な、なによ、いきなり…」
「だって…聞きたくて……」
「………好きよ。」
 …彼女が心を見せ始めるようになった。
 志乃さんも忍さんも、深く私を愛してくれている。そう感じる…。
「…大好きです…志乃さん……忍さん…」
 私は彼女に寄り添って一緒に寝そべった。
「……マリア。」
 志乃さんは半身を起こすと、そっと私にくちづけを落とした。
「ん…、…ぅ…」
 軽いフレンチキスから、だんだんディープキスへ。
「はぁ…ン…」
「そんな色っぽい声だしちゃダメ。…襲いたくなるし。」
「…っ〜志乃さんのばかぁ。」
「…ふふ。」
 また二人で笑い合った。
 ……始まりは突然。
 最初、私は彼女を憎んでいたのに。
 どうしてこんなに…こんなに大好きなんだろう。
 不思議……。
「………ね、私のこと好きですか?」
「また?……どうしちゃったのよ?」
「……いっぱい聞きたくて…好きって…もっと確かめ合いたくて…」
 私がそう言うと、彼女は私を強く抱き寄せた。
「…好きよ。離さないから。」
「……はい…」
「…忍も、同意してるから」
「……はいっ」
 彼女と寄り添っていきたい。
 できることなら、ずっとずっとそばにいたい…!





「ゆーう。」
「…馨さん?」
 あたし―――横溝夕―――が食器の後片づけをしている時だった。
「ごめんね、手伝うわ。」
「いいよ、もう終わるし。」
「そう?じゃ、終わったら話でもしない?」
「話?…うん、いいよ。」
 あたしは最後の食器を棚に直すと、小さく「終了っ」と呟いた。
 馨さんに促されるままに、キッチンの隅にあるテーブルセット(昨日お姉ちゃんが酔っ払ってたとこ)に行き、馨さんと向かい合って座る。
「……夕…、色々はっきりさせておきたいな、と思ってね…」
「うん…?」
 よく考えたら、馨さんって微妙な存在だった。確かに最初は彼女に魅かれてる自分もいたかもしれない。
 でもそれは、瞳子の代わり?
 自分の気持ちを誤魔化そうとしていたのかもしれない。
「あのね、…夕は、好きな人がいる?」
 馨さんは、まずそう切り出した。はっきりさせておきたい、って言ってた、よね。
 うん、わかった。あたしは正直に、言えること、話そうって。
「いるよ。…馨さんは?」
「私は……、…いないわ。」
 彼女は、少し言い難そうに、言った。わかってることだったから、別にショックでもなんでもない。
「…やっぱり。」
 あたしはそう言って、小さく笑う。馨さんも、小さく笑ってくれた。
「………ねぇ、夕が好きな人って、誰?」
「…秘密。」
「えー。…教えて?」
「だーめ。あたしは…叶わぬ恋だから。」
 あたしは首を振って、言った。
 ――叶わぬ恋は、自分の中に秘めておくのが一番、だと思う。
「…そうなの?」
「そう。でも好きなの…。大好きで大好きで仕方ないの。…だから、あたしはその人の笑顔を望もう!…って思う。」
 彼女から教えられたこと、あたしは胸に深く刻みつけ、今、こう言える。
「………夕…」
「こう思えるのは馨さんのおかげだよ。ありがとう。」
「……いいえ。」
 彼女は優しく微笑んだ。…あたしより、ずっと大人で、経験もいっぱいあるんだろうなって、彼女が言う言葉を聞いていて、思った。
「馨さんから学んだことって多いよ…感謝してる。」
「私こそ、夕から学んだことは多いわ。」
「あたしから?例えばどんな?」
 馨さんの言葉は少し意外。…あたしは、馨さんに与えられるものなんて、何もないような気がしてたから。
 馨さんは少し考えてから、
「…いじらしさとか…健気さとか…。忘れていたものを思い出した感じかしら。」
 と言った。その言葉に、少し笑った。
「…健気?あたしが?」
「ふふ、もうどうしてくれようってくらい健気。」
「そぉなの…?自覚ないんだけど…。」
 あたしが笑うと、馨さんも笑う。
 ――笑顔、なんて、少し忘れていて、まだぎこちないかもしれないけど、笑った。
「………夕に幸あらんことを祈ってるわ。」
「馨さんも頑張ってね??」
「当然♪……あとね…、夕、一つだけお願いがあるの。」
「…なに?」
「耳、貸して」
 馨さんに言われるままに、あたしは馨さんの方に耳を寄せる。
「最後のお願いは…」
 馨さんの吐息が耳にかかって…、
 ふっ、と、突然顎を掴まれた。
 きゅ、と顔を寄せられる。そして…
「………」
 優しいくちづけ。
 ほんの数秒間…優しい想い…。
 彼女のあたたかさが、唇から伝わってきた。
「…断られたらヤだから、強制的に叶えてもらっちゃった。」
「…馨さん…」
「それじゃあね、夕。…また。」
 そう笑んで立ち上がり、歩いていく馨さん。
 ……その後ろ姿を見ていると、なぜか泣きたくなった。
 馨さん…っ…。
 ………好きになりかけてた。
 好きだった。
 でもあたしは…。
 ―――お姉ちゃん。





 じゅぅぅ〜〜。 
「うーん、イイ匂い!」
 あたし―――戸谷紗理奈―――は良い色に焼けていくお肉を見つめ、幸せを感じていた。
「朝は肉うどんで昼は焼肉…。花月が泣き出しそうなメニューね。」
 お肉を焼きながら言う荊ちゃんに、あたしはにやりと笑んで、
「おぅおぅ。いつでも彼女想いだねぇ〜♪」
「う、うるさいっ!」
 ププッ、おもしろ♪
「そうだ、あんたさ、最近なんか被ってないね?ネコ」
「ん?……あぁ……そういえば……」
「私はいいんだけど、弥果ちゃんとか不審がってたわよ?」
「もう、なんかめんどくって。いいじゃん、ここにいる人で、あたしの正体バレてヤバイ人とかいないし?」
「………ねぇ、最初の自己紹介の時、私の仕事聞いてなかった?」
「………ん?…忘れた!」
「………フリージャーナリスト」
「ごふっげふげふげふっ!」
 荊ちゃんの言葉に、あたしは思いっきし咳き込んだ。
 …じゃ、じゃじゃ……ジャーナリスト…!?
「スキャンダルを恐れるなら、常に猫被ってないとダメよねー」
「あ、あわわわ……。や、やめて!記事にすんのはお願いだからやめて!」
 あたしは慌てて、荊ちゃんに手を合わせる。そんなあたしに、
「どうしよっかなー」
 とか、荊ちゃんは薄い笑みを浮かべていった。くっ、ここはもう一押し!
「いくら欲しいの?」
 ――と、あたしが言った途端、荊ちゃんはニヤリと笑った。
「……見出しは決定ね。戸谷議員の娘、金で口封じ。」
 ―――大・不・覚。
「終わった…あたしの人生、終わった……。」
 あたしが悲嘆に暮れていると、荊ちゃんはふっと笑って、
「…なーんて。ウソよウソ。」
 と、言ってくれた。神様のように見えた。
「…記事、しないでくれる??」
「ていうか出来ないわよ。私ジャーナリストじゃないし。」
 ―――。
「………は?」
 あたしは思わず聞き返していた。何ィッ!?
「ジャーナリストてのは嘘なの。」
「…じゃ、本当の職業は?」
 あたしは尋ねる。
「なんだと思う?」
 荊ちゃんはクイズにしたいようなので、あたしは荊ちゃんをマジマジと見つめながら考える。
「OL?」
「ハズレ」
「無職?」
「ブッブー」
「主婦?」
「違うっ」
「風俗?」
「違ぁぁう!」
 まぁ確かに、ドンドン外れていった気はするな。荊ちゃんが風俗なんて在り得ない。
「……じゃ何?」
 あたしが改めて聞くと、
「…実はね警察なの。」
 と答…
「…………うぇえ!?」
 ジャーナリストの次に苦手なその職業に、あたしは思わず数歩あとづさる。
「ホントよ。」
「…け、ケーサツなの……?やば…」
 ジャーナリストほどヤバくはないものの、ヤバいものはヤバイのだーっ。
「……煙草は控え目に。ていうか吸うな。」
 ビシッといわれ、あたしは、
「…ハ、はぁい……」
 と素直に頷くことしかできなかった。
 そんなあたしに荊ちゃんは小さく笑って、
「ほらねぇ。職業明かしたらみんなタジタジになんのよね。だから言わないの。…花月にも言ってないし。」
 と言う。まぁもっともだけど、恋人に言ってないのはどうか?
「…花月さんにも言ってないの?じゃなくて、言ってないんデスカッ?!」
「だから、別に固くなんなくていいってば。」
 パタパタと手を振りながら言うけど、それは無理ってモンだ。
「で、ででもなんだか失礼に当たりそうな気が!」
「ふふ、あんたって妙に面白いね。戸谷紗理奈。」
「…こ、コーエイです!」
 ビシッと敬礼。そんなあたしにやれやれ顔で、
「ったく。ほら、肉焼けてるよ〜。」
 と荊ちゃんは言う。きゅぴーん。
「うわ、んまそおぅ〜★」
 あたしは箸を構えた、が!
「お先にいただきます。」
 シュパッ!と素早い動きで、目の前のこんがりお肉は姿を消した。
「ああぁぁ!あたしのおにくぅぅ!」
「うん、美味しい。もう一枚。」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ――普段なら頭突きでもかましている場面だが、相手が相手だけにそれも無理。
 …はうぅ、あたしのお肉ぅぅ……。





「玲〜、お水。」
「あ、紀子さん。ごめん、ありがと。」
 あたし―――悠祈紀子―――は玲にお水を届けるついでに、隣の席をゲットした。
「ねね、玲。最近はどうよ?」
「ん?どうって…何が??」
「何か〜色々!例えば恋愛事情だとかさ?」
 あたしがそう言うと、玲の瞳がどことなく揺れた気がした。
 …脈アリかな?
「れ、恋愛事情って…何それ…?」
「…いや、たとえばね、なんだか誰かが自分を想ってくれてるぅ〜とか感じたりすることとかないの?」
「う、うーん…特にはないと思うけど…」
「……本当に?」
「う、うん…」
 …玲って鈍いのかしら?
 安曇ちゃん、頑張ってアタックしてると思うんだけどなぁ〜。
「じゃあさ、もしもよ?もし玲が誰かに告白とかされちゃったら、どーする?」
「うーん……。…困る、かな…。」
「困る?またなんで?」
「……好きな人がいるから…」
「!」
 玲は小さく言うと、無言になって食事を進める。
 …なっにぃ…。好きな人……?
「そ、その好きな人ってさ。…この十四人の中にいる?」
「………。」
 玲はしばし躊躇い…頷いた。
 ……うそ。
 ……………誰?!
 ……あ、でも…もしそれが安曇ちゃんなら万事OKなワケでしょ…。
「ねねね、その人って誰?誰??」
「ひ、秘密だよ!」
「えー??教えてっお願いっ!」
「いやだっ」
 …玲にしては偉く強情な。
 吐け!吐きなさい、玲!
「…じゃあ…、その玲の好きな人に、想い人はいると思う?」
「…さ、さぁ。わかんない。」
「わかんないの?なんかこう、誰かと仲いいから怪しい〜っみたいなのは?」
「…い、いや…みんなと仲いいし…。」
 はて。
 とりあえずみんなと仲良くない人は除かれると。
 …忍さん、マリアさん、夕、瞳子ちゃん、朱雀ちゃん……このくらい?
 ん〜っ、まだまだだ……。
「ねぇ、その人って可愛い??」
「う、うん、可愛いよ…すごく…。」
 ってことは…。キレイどころは除く??
 強いて言えば荊さんと…花月さんも?
 あぁ、あと馨もね。
 柚っちも可愛いけど玲から見て可愛いではないような気がするなぁ……。
「ねね、その人って明るい感じ??」
「うん……明るくて、ムードメーカーかな」
 おぉ、有力情報! 
 そのまでバカ明るくないのは、夜衣子ちゃんくらい…?
 ってことは……。
 残るのは、弥果ちゃん、紗理奈ちゃん、安曇ちゃん。
 おぉぉ!安曇ちゃん残ってるじゃない!
 よぉし…究極の質問!
「ねね、その人って天然?」
「え?ええと…天然じゃないと思うけど…。…って、き、聞きすぎ!バレちゃうよ…」
「バラそうと思ってるもん!」
「そ、そんな…。もう質問には答えないからねっ」
 ………ふ、ふふふふ………。
 わぁぁかった!
 さっきの三人のうち、紗理奈ちゃんと弥果ちゃんは明らかに天然気味!
 つまり残るは安曇ちゃーんっ!
「ふふふ…玲!」
「な、何?」
「…好きなら好きって言えばいいじゃない!」
「は……?」
「きっと待ってるわよ、玲が好きって言ってくれるのを!」
「え、ええ……?」
「………きっといい返事がもらえるって!あたしが確証してあげる!」
「紀子……さん……。」
「ふぅ、食べた食べた、満足!……じゃあね、玲〜♪」
「…………。」
 ………やったじゃない!
 あたしは内心思いっきしガッツポーズをとっていた。
 安曇ちゃん、両想いよ!
 お・め・で・と・う・!





「ねぇ、…梨花ぁ…」
「ど、どうしたの?」
 昼食後、いつもながらに時間を持て余す時間。
 花月と一緒にハウスへ向かう途中、彼女は弱々しい声で私―――荊梨花―――に寄りかかってきた。
「……なんだか気分が悪いの。ちょっと休ませて…」
「ベンチでいい?」
「うん…。」
 私は花月の肩を抱き、そばにあったベンチに腰掛けた。
「はぁ……」
 花月は物憂げにため息をこぼす。
「どーしたの…?どんな風に悪い?」
「……心がもやもやするの…」
「…心が?」
「……実はね…、さっき…、……夜衣子ちゃんに…、…好きって言われちゃった。」
「え…?」
 突然花月が言い出した言葉に、私は思わず聞き返した。思ってもみぬ名前に、驚く。
「彼女、私たちのこと知ってるみたいで…、好きだったけど今は好きじゃないですから…だって…」
「…夜衣子ちゃんが…。」
「…彼女、寂しそうだった。…私…夜衣子ちゃんのこと傷つけちゃったよ……」
「花月…」
 彼女の瞳には涙が光っていた。
 花月の涙に、私は何も言えず、黙り込んでしまう。
「ねぇ、どぉしてこんなに心が苦しいの?私…こんなの初めて…」
「…花月…、……」
 私はそっと彼女の身体を抱き寄せた。
「………。」
 花月は黙って、私に身体を寄せる。そんな花月を撫でながら、
「優しいのね……花月は……」
 と、私は言った。けれど花月は小さく首を振って、
「わかんない。だって今までは…、今までは平気で、他人の男だって奪ってきたの。なのに…。」
「でも、この涙がなによりの証でしょ?」
 私は彼女の涙を指先で掬う。
 花月はなおも大粒の涙を零しつづけた。
 ザ…
 小さく聞こえた靴音。
 私は顔を上げた。
「夜衣子ちゃん!」
 そしてその人物を呼び止めていた。
「え…?」
 花月は驚いたように顔を上げる。
 走り去っていこうとする夜衣子サンに、もう一度声をかけた。
「こっちに来て!話したいことがあるの!」
 彼女は躊躇うようにしばし私たちに背を向けていたが、しばらくしてゆっくりと振り向いた。
「……。」
 目線を僅かに落としたまま、そばに歩いてくる。
「……夜衣子ちゃん…、…ごめんなさい…」
 花月がポツリと呟いた。
「……あなたの気持ち、わからなくて…、気づけなくて……」
「…もう終わったことです。もういいんです…」
 夜衣子ちゃんは私たちから目線を逸らした。
 そしてゆっくりと歩き出す。
「………待って!」
 私は再び彼女を呼び止める。
「それでいいの?言いたいこと全部言っちゃいなよ!全部!」
「…………。」
 彼女は立ち止まる。肩が震えているように見えるのは気のせいだろうか?
「………言って…」
 花月も小さくそう言った。
 すると夜衣子ちゃんは、大きく息を吸い…
「…っ、大好きでしたよ!!…気づいたらワケわかんなくて、ただ花月さんがすごく魅力的で、どんどん魅かれていく自分がいて、でもそれに戸惑って!」
 私たちに背を向けたまま、彼女はそう言い放っていく。
「花月さんのキスが忘れられない!あれが荊さんに対する見せつけだとしても!…それでも忘れられない…!」
 彼女の声が、次第に涙声になっていく。
 私たちはただ聞いていることしかできなかった。
「…出来ることならもう一度…っ…、キスして欲しぃ…っ……」
 語尾が掠れていた。
 カタンッ、
 ベンチが音を立てる。
 花月が立ち上がり、早足で夜衣子ちゃんに近づいてく。
 そしてその腕を掴み、
 花月は夜衣子ちゃんにキスをした。
 まるでスローモーションの様に見える。
 驚いた夜衣子ちゃんの表情。
 花月の頬を伝う涙。
 やがて、そっと花月は唇を離した。
「……っ…」
「…花月…さ……」
 私はただ、二人を見ていた。
「……ごめんね…私、こんなことしかできない……」
 花月の言葉に、夜衣子ちゃんはふるふると首を振った。
「…あ、…ありがとう…。」
 夜衣子ちゃんはペコリと頭を下げ、とてててっと数歩離れた。
 そして十メートルほどの距離を置いて私たちに向き直る。
「あ、あのっ!……お幸せに!」
 私は彼女の言葉に一瞬きょとんとするも、彼女の言葉、心をどことなく悟り、
「任せて!」
 と言った。花月も微笑し、
「……ありがとう。」
 と言う。
「あと、それと…」
 夜衣子ちゃんは小さく笑みを浮かべ、
「私、しばらくは「悲しいKiss」状態になりますから!それじゃっ」
 と笑んで、走っていった。
「……悲しい、キス?」
 私は首を傾げる。
 花月は切なげな微苦笑を浮かべ、歌を紡いだ。

「♪一度抱きしめてもらえたなら、
 諦めつくはずだったのに…
 こんなに悲しいキスなら二度といらない…」

 花月の優しい歌声。そして、その悲しい歌詞。
 夜衣子ちゃんは今、こんな気持ちなのだろうか……。
 その悲しい歌を、心に刻み付ける。
 歌ったあと、小さく目を伏せる花月の肩をそっと抱いた。
「……責任重大だ。」
「そうね…。」
 花月は小さく笑み、私に身を寄せる。
「でも任せて。花月のこと絶対に離さない。ずっとずっと一緒…。」
「………うん。」
 私たちは軽く顔を見合わせ、小さく笑む。
 そしてそっと軽いくちづけを交わす。
 何度目のキスだろう。
 これから、何度キスをしていくんだろう。
 そんな私の思いを見透かしたように、花月は私を見上げ、
「…これから、数え切れないくらい、いっっぱい……キス、しようね…?」
 そんな甘えた声で言った。
 私は返事の代わりに、彼女に唇を寄せた。





「夜衣子!」
「え?」
「やーいこぉぉぉぉ!!」
「え、ええ!!?」
 突然横からターザンのようにやってきたのは紗理奈さんだった。
 な、ななな……
「とぉっ!」
 掴まっていたロープから手を離し、ジャンプ……!
 べしん。
「…………。」
「……ったぁぁ〜〜……」
 見事に顔から着地し、ものすごく痛そうだった……。
 私―――嶺夜衣子―――は、慌てて彼女に近寄る。
「だ、大丈夫ですか??」
「…痛いでし…。…くっそう、ガキっちょの遊具だからってバカにしてた!」
 レールを滑りながら揺れるロープ。
「なんか、あたしをあざけってるように見えない?あのロープ。『やーいドジバカー』みたいな…。…むきー!」
「あ!ちょ、ちょっと待って!」
 ロープに食ってかかろうとする紗理奈さんの手を掴む。
「止めないで!」
「い、いや、鼻血出てます!」
「……へ?」
 彼女はきょとんとして、鼻の手をやった。
 指先にベトリとつく血液。
「う、うわぁ!」
「保健室……医務室に行きましょう!」
「え、だ、ダイジョーブだよ〜…たぶん」
「大丈夫じゃないです!私、元保健委員会の委員長ですから!」
「ま・じ・で!?」

 というワケで彼女をひっぱって事務棟へ。
 やっとのことで医務室に到着する。
「そこ、座っててくださいね。」
「はーい。」
 彼女を診察用のベッドに座らせ、消毒用の液をつけた脱脂綿をピンセットで掴み、彼女に近寄る。
「ちょっと痛いけど我慢してください。」
「う…?」
 そしてそっと傷口に…
「い!いたいいたいいたい!」
「我慢!」
「ん、んな事いったってぇぇぇ!」
「……はい、おしまい。」
「……ふぅぅ。ひどい、こんな荒治療…。」
「また出血したらマリアさんに言って下さいね。」
「人任せじゃんっ!」
「……だ、だって保健委員会は看護婦とかとは違うんですよぉー。」
「は、はは…こわー…」
 …さっきあんなことがあったばかりなのに、彼女といるとなんだか楽しい気分になった。
 変なの…。全部言っちゃってスッキリしたけど…でも心がなんとなく空っぽで…。
「…夜衣子ぅ。」
「は、はい?」
「………元気ないね?」
「そんなことないですよ。」
「…花月さんとはどーなったの?」
「………。」
「話してみ?ね?」
 小首傾げてそう問う紗理奈さん。
 それが興味本位の言葉ではないということは、なんとなく伝わってきた。
「言ったら楽だよ。」
 そう言った彼女の言葉がやけに嬉しく…。
 私は先ほどあったことを、包み隠さず話したのだった。

「………ふぅん…。失恋しちゃったんだ。」
「うっ、…まぁ…。」
「でも、いいねー悲しいKiss状態っていう表現♪」
「そ、そうですか?…だって本当にそんな心境なんですよぅ…」
「…ふぅん。悲しいKissに続く曲は見つけた?」
「続く曲?」
「…まだみたいだね?よし、特別に紗理奈ちゃんが良い曲を紹介してあげよう!」
「……???」
「そうだなぁ…『ぴったりしたいX'mas』とかどうよ?」
「…なんですか?それ。」
「知らないの?プッチモニ。モー娘。系ユニットで唯一生き残ってるヤツ。」
「そっち系は詳しくないんです。」
「まぁいいや、いい?」
 紗理奈さんは、には、と笑んで、歌を歌い出した。
「素敵な人 出会いますよ〜に!今週中にはバイトを決めたい♪来々週には彼氏を決めたい♪
 ま。そういうこっちゃでドタバタする〜わっ ね!単純明快だって言ってる〜じゃん♪」
「…………」
「どうよ?」
「ど、どうよって言われても……」
「ま。そういう軽い気持ちでいってみては?って感じで。」
「…う、うーん…私の性に合わない…」
「…それは言えてるなぁ。じゃ、次。」
 あっさり言って、紗理奈さんはまた歌を歌う。
「♪あぁ神様〜モンキーガールはついにぃ〜
 新しい恋にぃ〜襲われてしぃまいましたぁ
 新しい旅が〜始まってしまいましぃたぁ〜」
「あ、その曲は知ってる…」
「ね、どう?新しい恋に襲われちゃうの!」
「…いいかも。で、でも、新しい恋なんてそう簡単に襲って来ないですよ!」
「来る来る!」
 と言うが早いか、突然ぐい!と手を掴まれ、私は彼女と一緒にベッドに倒れ込んだ。
「……へ?」
「新しい恋♪」
「…ちょ、ちょっ…なななな何を…!」
「……っ、ぷぷぷぷぷ!」
 ぱ、と彼女の手が離れ、私は慌てて起き上がった。
 紗理奈さんはケタケタと笑っている。
「何笑ってるんですか…」
「あはははは、だーから好きなんだよね〜、夜衣子のこと!」
「す、好きって…?」
「…一緒にいると退屈しないよね。いじめてこんなに面白いキャラはいないよぉ〜」
「お、面白いってなんですか面白いって!」
「…怒んないで。笑って笑って!」
「う、……」
「ねね、夜衣子っちぃ〜」
「な、なんですか?」
「ちゅーしてい?ちゅー★」
「だ、だめでっ……んっ!」
 私が断るのも聞かず、彼女は無理矢理くちづけをしてきた!って、えぇぇ!?
「…ぷぁ。」
「……は、……あ、あの……」
「夜衣子ぅ。紗理奈は夜衣子の味方だぞぅ。」
「は…」
 ……なんだかよくわからなくなって、でも彼女の言葉がすごくすごく嬉しくて…
「ふ…っ……あっはは…ワケわかんない!」
 私は笑い出していた。
「ワケわかんなくてもオッケェだよー!あはは!」
 私たちは二人、ずっと笑い続けていた。





 空の色が変わっていく時間。午後3時半。
 青い空が、ほんの少しだけオレンジ色になる。
 私―――松雪馨―――は、そんな空を眺めていた。
 夕と語り合ったあの子供用の消防車で。
 今は一人。
「…………。」
 一人って、こんな淋しかったっけ?
 どうしよう。
 静寂がやけに怖い。
 ―――どうしよう…。
 がば!
 突然!背後から口を塞がれた。
 って、また?!
「おとなしくしろ。」
 という脅迫の文句。
 …思いっきり聞いたことのある声。
「抵抗したら犯すぞぅ♪」
「抵抗しなくても犯されそうで怖いわ。」
 私はその手を引き剥がしながら言った。
「紀子ね。」
「なーんでわかったのー??」
「そんなバカな文句言うのってアナタしかいないと思うの。」
「ぶぅー。」
「ほら、乗って。」
「狭いよぅ」
「いいじゃない?紀子と密着するのは苦にならないもの♪」
「ぷぷ。そりゃそーだ。」
 紀子は笑みながら、私の隣につめて座った。
 紀子と、腕が密着する。紀子は私の腕にその腕を絡ませながら、
「…馨ちゃん、嬉しそうね?」
 と、本人も嬉しそうに言う。
「え?な、何が?」
「紀子ちゃんに会えたからー?」
 クスクス笑う彼女を見て、私も自然と笑みが零れた。
「そうかもね。」
「ん?めずらしー肯定するなんて!」
「あら心外。私はいつも素直に正直に生きてるわよ。」
「うっそだー。」
「本当だもん。」
 バカなことを話しながら、やけに心が軽く感じた。
 紀子ってすごいな…人を幸せにできる力を持ってる…。
「ね、紀子、聞いてもいい?」
「ん?何?」
「紀子って…好きな人いないの?」
「好きな人?……ん〜。」
 彼女は小首を傾げて悩む。
「……いないな。」
 そしてポツリと言った。
「いないの…?」
「うん。可愛い子はいっぱいいるけど…。好きって恋愛感情のことでしょ?だったらいない。」
「へぇ…。」
 うーん、意外と言えば意外。だけどわかるような気もする。
 紀子って、遊びで恋愛出来そうなタイプだけど、実際に恋することは少ないのかも。
 でも、そういう子って、恋したらすごく情熱的なのよね。
「そういう馨っちはどうなの?」
 紀子の言葉に、私は小さく首を横に振る。
「…私もいない。」
「あれ?外界に恋人がいるもんだと思ってたよ?」
「どうして?こないだ、いないって言ったじゃない。」
「だって超不自然だったもん。」
 紀子はそう言ってクスクスと笑う。
「お見通しなのね。」
「そそ。いるんでしょ?」
「…本当にいないわ。」
「…そなの??」
 紀子は意外そうな顔をしていた。
 ――ま、私もそんな簡単に恋人作ったりしないし、恋は少ない方なのよね、私。
 遊びで付き合うことは、多いんだけど。
 そういう意味では、私も紀子と同じタイプ、なのかもしれないわね。
 あの子とは、遊びとも本気とも言えない。恋なのかわからない。
 けど、私もそれとなく意識していたのは事実。
 私は少し考えて、言った。
「………振られちゃったっていうか…振っちゃったっていうか……。」
「え、それって最近??」
「さっき。」
「……は?」
 紀子は、きょとんとした顔で、言う。
 そんな紀子に少し笑って、
「外界じゃないの。」
 と、暴露した。
「…………って!…うそ、じゃ、誰!?」
「…秘密。」
「ええええ!気になるじゃん!」
「秘密ったら秘密。」
「……ぶー。…しっかし、馨っちを振るとは…?つわもの?」
「すごいつわもの。見事に惑わされたわ。」
「へぇ…?ね、誰?誰?」
「秘密。」
「…気になるなぁ………」
 先ほどから、興味津々に聞いてくる紀子。
 そうやって、私にたくさん興味を示してくれるのは、単純に嬉しかった。
 それが会話を繋げるためとか、盛り上げるためとか、そんなのでもいい。
 単純に――嬉しい。
「……私、紀子のことの方が気になるわ。とりあえず、今まで手ぇ出した子でも言ってみなさい?」
「…う?」
「う?じゃないわよぅ。」
「秘密。」
「……えー。」
「じゃ、馨ちゃんが言ったら教えてあげるっ」
「………仕方ないわねぇ。じゃ、紀子が言ったら言うわ。」
「本当?絶対だよ?絶対ね?」
「約束するわよ。」
「ええっとね…」
 紀子は悩むように首を傾げながら、指を一本ずつ折っていく。
「最初に朱雀ちゃんっ、それから馨ちゃんっ!それと、冗談で、だけど安曇ちゃん。」
 その指は、三本で止まった。
「…………三人?」
「そそ。三人。」
「……なんとなく予想外…。」
「それって、あたしがもっとやりまくってる感じってこと?!」
「そ、そういうんじゃないの。なんていうか…紀子ってもっと遠い人だと思ってたから。」
「……遠い人?」
「もっと沢山の人の、大切な存在だと思ってた…。」
「あたしはみんなのアイドルよん。」
 そう言って笑む紀子の頬に、そっと触れた。
 きょとんと私を見つめる瞳。
「今も紀子はみんなのものなの?」
 そう問う。
 彼女はゆっくりと微笑を浮かべ、
「…今は特別に馨っちの紀子ですっ。」
 と答えた。
「…よろしい。」
 私は彼女の言葉に微笑し、頬にあてがった手をゆっくりと下ろす。そのまま彼女の手を握った。
 紀子は握った手を絡め返しながら、悪戯っぽく笑み、
「で、馨さんの元恋人って誰なの??」
「……恋人、なんてもんじゃないわ。」
「…?」
「なんだったのかな…今でも不思議な感覚なの。確かに私は彼女が好きだったし…でも、恋愛感情とは少し違ったかな。…誰だと思う?」
「え?えぇと…わかんない……」
「…イニシャルは、Y・Y。」
「……Y・Y?…や、ゆ、よ……、ゆ…?柚っち、夜衣子ちゃん…いや違う。Y・Y…。
 って…もしかして、夕…とか?」
「……ビンゴ。」
「え……、夕と…?」
「…うん…。…もう終わっちゃったけど…」
「馨……。」
「可愛い少女との一夏の恋は終わったわ。」
 そう言って微苦笑する。
 すると紀子は絡め合った手をそっと上げて、
「…じゃ、今度は可愛いお姉さんと、切ない秋の恋愛でもしてみます?」
「……何言ってるの。…そんな口説き文句で女の子を落としてったんでしょ?」
「…ばれちゃった?あはは」
 相変わらず可愛らしい笑み。
 それが、今はやけに愛しくて……
 でもその思いは胸に秘めたまま、私は彼女と、他愛のない話で盛り上がった。





「夕…。暇そうね?」
「んぅ…?」
 ハウスの隅で、小さく丸まって横になっている夕を見かけ、私―――棚次瞳子―――はそっとその顔を覗き込んだ。
「お姉ちゃん……眠い…」
 どうやら本当に寝ていたらしい。
「昨日夜更かししたんじゃないのー?」
「してないよ〜。なんでかな、ほんっとに眠いの……」
 そう言ってあくびをする夕を見ていると、なんだか私まで眠くなってしまう。
 そう言えば昨夜は柚さんと話していてロクに寝てない。
 …柚さんは大丈夫なのかな?
「お姉ちゃんも眠いんじゃないの?」
 表情に出ていたのか、夕はそう言って寝そべったまま私を見上げた。
「うん…眠い…。」
 と小さく呟き、とさりと横になる。
 ふわふわのカーペットが心地よい。
「こうやって、お姉ちゃんと一緒に寝るのとかって、すごい久しぶり…」
「…そうね…、何年ぶりかな…」
「…なんか嬉しいなぁ……」
 …夕がそう喜びを素直に表現したのって、すっごく久々かもしれない。
 いつでも表面的なことしか口にしなかった夕…。
 やがて私の意識はまどろみ、眠りの世界へと落ちていく。

 優しく髪を撫でられるような感覚。
 それが誰かを考えるまで、脳が回らない。
 暖かい、心地よい……。
「好き……」
 ぽつりと…
 とてもとても暖かい言葉が響いた。
 暖かいよ……。





「あ!荊さん、待って!」
 と私を止めたのは、夕だった。少し驚く。
 今は一人。ハウスで休憩でもしようとした矢先のこと。
 後ろからタオルケットのようなものを持った夕が小走りにやってきたのだ。
「何?」
 待ってと言われたので立ち止まる。
 夕は私のそばまで寄ると、
「中で瞳子が寝てるから、静かに…いい?」
 そう言った夕の表情に、私は思わず見入っていた。
「……?」
 夕は小さく首を傾げる。
 その仕種、その表情…
 全てが十五歳の少女のものであった。
 ごく普通の少女。
 …数日前の狂気が、嘘のように消え去っている。
「……夕、ちょっと。」
 私は彼女の手を掴み、ハウスの横側まで連れていく。
「な、なに…?」
 困惑した様子でそう言う夕に向き直る。
「……数日前と同じことを聞くわ。」
「え…?う、うん…?」
 一瞬は躊躇うが、すぐに私の口はその言葉を紡いだ。
「……夕、人を殺すということがどんなに罪深いか…わかっている?」
「………。」
 夕は言葉なく、じっと私を見上げた。
 そのまま数秒が経ち…夕は徐に、
「…ごめんなさい!」
 …と言った。
「…どんなふうに思っている?」
「……荊さんの言ってたこと、なんとなくわかった。残された人の悲しみとか…。瞳子が…、…瞳子が悲しそうで、あたしはどうしようもなくて…」
「………」
「…………瞳子の悲しむ顔が、あたしすごくつらかったから……。」
「……反省したわね?」
「…はい。」
 項垂れコクンと頷く夕。
 私は夕を軽く抱き寄せた。
「…その考えが大事。深く反省してれば罪も軽くなる…。ただ、犯してしまった過ちは拭えないからね。……頑張んなさい。」
「…はいっ」
 そう頷いた夕に、私は微笑した。
 良かった。…良かった…。
「あ!お姉ちゃんのところ行ってもいい?」
「いいわよ。」
「……ごめんね荊さん…ありがと」
 夕は小さくそう言って、ハウスへと小走りに入っていった。





「コロッケ!」
 …コロッケ。
 じゅう、とおいしそうな音。
 大きめの中華鍋の中に油が熱してあって、紀子さんがそこにコロッケを落としている。
 あたし―――岩崎安曇―――は、そんな光景に近づいていった。
「…おいしそう。」
「ん?…あ!安曇ちゃんじゃないのぉ!!」
「そ、そうだけど……」
 よくわからないリアクションをされて若干戸惑う。
「探してたの!」
「あたしを?紀子さんが?」
「そう!…大切なお話があったのよぅ♪」
「大切なお話?何…??」
「ちょっとおいで!」
 がしぃっ!と私の肩を寄せて、耳に口を近づけ、紀子さんは言った。
「さっきね、玲を尋問してみたの!この中に好きな人がいるんだって!…それで絞った結果ね……」
 そこまで言って、紀子さんはあたしの顔を見、クスクスと笑んだ。
 それ…って…もしかして……?
 え、え……?
「…おめでとう安曇ちゃん。玲の好きな人は安曇ちゃんです!」
「…ウッソ…!」
「本当!尋問の結果、安曇ちゃん以外有り得ませ〜ん♪」
「信じられない!…本当に本当なの?」
「うん♪でね、玲の好きな人は絶対玲から告白されるの待ってるって言っといたから♪」
「………う、うわ…ど、どうしよう…Ciccoさぁん……」
「…まぁ、待つだけね!残りはHappyイベントだけじゃん♪」
「うー……。」
「あ、コロッケ焦げる!」
 紀子さんは慌ててコロッケを油から上げた。
「うん、美味しそう♪」
「……はぁぅ」
 心臓がバクバク言ってる!
 ……どうしよう…本当に玲が…?
 信じられない!





「夕ちゃん!隣座ってもいいですかぁ?」
 弥果―――林原弥果―――は夕ちゃんが席についたのを見計らって、すかさずその隣をゲットすべく赴いたのです!
「あ、うん、どうぞ。」
「おじゃましますね♪」
 席につく。
 …えへへへ。
「ね、林原サンの事、なんて呼べばいい?」
「ふえ?弥果のことですか?ええとぉ…弥果とか弥果お姉ちゃんとか!」
「……じゃ、弥果ちゃんって呼ぶ。」
「ちゃん!?まぁいいですけどぅ…」
「だって、弥果ちゃんもあたしのこと夕ちゃんって呼ぶじゃん!」
「う、それはそーですけどぉぉ……」
 …私と夕ちゃんって同格!?
 一応、6つも離れてるんですけどぅ…。
 ……まぁいっか。頭は子供でも問題ないし、そっちのほうが楽しいですしねぇ。
 さて、コロッケを前に私は手をつきます!
『いただきます』
 美味しそう♪さっそく私はそれをはぐはぐと……
「弥果ちゃんって携帯持ってる?」
「ふぐ?」
 突然夕ちゃんに話しかけられ、私は口の中のコロッケをもごもごさせながら答えます。
「もっへまふほ〜ひぇいほんほふふいはふへふへろ……」
「あ、あとでいい。」
「はぐ…ごくん。」
 私はコロッケを飲み込み、お水を一口。
 そして改めて、
「持ってますよぉ。A-phoneの古いヤツなんですけどねぇ。」
 と言うと、夕ちゃんは羨ましそうに、
「へぇ…いいな。」
 と言うのです。
「夕ちゃんは持ってないですか??」
「そう。めちゃめちゃ珍しいでしょ?このご時世にケータイ持ってないなんて!」
「…う、うん…確かに……」
「30人に29人はケータイ持ってるっていう時代に!30人の一人にあたしと母親が入ってるの。」
「あはは!買ってもらえないんですかぁ?」
「そう!もうそんな高いもんでもないのにね……。」
「買ったら教えてね?あ、そうだ。弥果のケータイ番号教えておきますねぇ」
 弥果はポケットに入っていた携帯を取り出すのです。相変わらずに「圏外」…。
 携帯をピコピコと操作して、自分の番号を呼び出しました。覚えないんですよねぇ。
「えぇと、メモメモ……」
 ポケットを探ると、小さな紙切れのようなものが出てきました。ナイス!
 ペン……。
 またポケットを探っていると、夕ちゃんが一本のペンを差し出してくれました。
「あぁ!ありがとう!助かりますぅ」
 私はそのペンを受け取って番号をメモに記し、夕ちゃんに渡しました!
「はい、良かったらかけてくださいねぇ♪」
「うん。ありがとう。」
 夕ちゃんはメモを受け取り、小さく笑んだのです。あぁっ、可愛いかも!
 そんなことを思いながらコロッケを頬張っていると、
「…弥果ちゃん、このメモ…レシートだよ。」
「へ?何のレシート?」
 私はちょっとドキドキして夕ちゃんの見ているレシートを覗き込むのです。
「ウィルパー横漏れガード
 女性用剃刀
 雑誌・ビックコミックスリピッツ(内税)
 うまい某 チョコ味 ×3
 ロッタ ミルクチョコレート ×2
 太正 メルティーキッス
 その他 菓子×4
 バージミアスリム Light」
 ……………ガーン。
「ごめん…弥果ちゃんのプライバシー、侵害しまくったかも……」
「い、いや…その…なんていうか……」
「弥果ちゃん、煙草吸うの?」
「え、えへ…。」
「……すごい意外。いつ覚えたの?」
「17歳の頃…だったかな…え、えへへ…」
「見かけに寄らず、不良。」
「……あ、あははは……」
 私は乾いた笑みを浮かべることしかできなかったとさ……。
 えへ。





 月がぽっかり浮かんでた。
 今夜は満月だ。
 ……。
 ボク―――赤倉玲―――は、そんな月を眺めながら悩んでいた。
 静寂が包む。
 夜の9時ともなれば、みんなハウスに戻ってしまう。
 ボクは一人、夜空を眺めていた。
 紀子さんの言葉。
 あれはどういう風にとればいいんだろう?
 告白するべきなのかな…?
 彼女は、ボクが好きな人を本当にわかったんだろうか?
 ……迷う。
 それに…自分から告白なんてしたことがないし…。
「玲…?」
 !
 突然かかった声に、ボクは少し驚く。
「こんなとこにいたんだ。探しちゃった」
 その声の主は、レストランの入り口のところから、ボクを見上げていた。
「安曇…どうしたの?」
「…は、話があって…。」
「……話……?」
「えと…いい?そっち、行って…」
「うん、いいよ。」
 ボクは小さく笑んで、隣の空間を空けた。
 安曇はそこに来て、空を見上げ、
「…月、キレイだね?」
 と言った。ボクは頷く。
「…うん。」
「…………。」
「…話って…何?」
「………あのね、…、玲…、好きな人いる?」
「え…!」
 たった今考えていたことを見透かされたようで、ボクは少し驚いた。
「…………。」
 安曇は、じっとボクを見つめている。
「……いるよ。」
 ボクは少しの間を置いて、そう頷いた。
「………その人ってさ…、誰?」
「知りたいの?」
「……うん。」
 ―――。
 安曇は、真剣な眼差しだった。
 何故、ボクが好きな人のことを知りたいんだろう。
 興味本位?
 それにしては…安曇は、とても真剣な様子で、ボクは躊躇った。
「どうして?」
 ボクは、小さく尋ねた。
「どうして、って…その…。………」
 安曇は、口ごもる。けど、なんの理由もなく、好きな人のことを話すには抵抗があった。
「………。」
 ボクが安曇の言葉を待っていると、安曇は一つ大きく呼吸したあと、言った。
「あのね…、玲、……聞いてね……」
「…うん。」
「……あたし、玲が好きなの。」
 ………!
「…安曇…。」
 その言葉には驚いた。
 …安曇の好意はどことなく感じていた。気付いたのはすごく最近だったけど。
 でもこんな唐突に告白されるなんて。
 それに…ボクの頭の中は……完全に…!
「ね、だから知りたいの!教えて…?」
 安曇が懇願する。
 動機が激しい。
 ……ボクは…。
「………。」
「玲!」
「……っ、……!」











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