第五話・交差する気持ち、触れ合う心、新たな姿現す時間




「ひっまぁ……」
 と言いながら、花月さんはハウスのハンモックで横になっていた。
「……確かに暇。」
 ちらりと花月さんに目線をやり、小さく頷くのは荊さんだった。
「………私も、暇。」
 柚さんまでポツリと呟く。
「……暇です。」
 と私―――嶺夜衣子―――は呟いた。
 これで、ハウスの中にいる4人全員が暇ということが証明される。
「…第一、なんで私はこんなところにいるわけ?それがわからないのよ。」
「私もわからないわ。」
「私も。」
「私もです……。」
 四人が同意したとこで、皆がほぼおなじタイミングでため息をつく。
「……遊ぼう。」
 と、柚さんが小さく言った。
「…遊ぶ…って?」
 花月さんは上半身を起こし、柚さんを見遣った。
「………せっかく、…遊園地、だし。」
「観覧車以外は動いてないんじゃないの?」
 荊さんがそう言うと、柚さんはしばし考えて、
「そっか。」
 と呟く。
 ゆ、柚さん………。
「なにか面白いことないかしら…。よっ…」
 と花月さんがハンモックを下りようとした、その時、
「あ、……っきゃ!」
「あ、ばっか。」
 バランスを崩した花月さん、しかし荊さんは冷静にそれを見上げ、
「っ!」
 ふわ…と、花月さんの身体を抱き止めた。
「…あ、梨花…?」
「あんたのことだから、どーせ落ちるだろうと思って。ここにいて正解だったわ。」
「どーせってっ。なによそれー」
 ……。
 い、荊さんと花月さんって仲いいんだ…。
 プチ口喧嘩のようなことが始まるが、二人は抱き合ったままだった。
「………。」
 私は困惑して柚さんを見る。
 すると柚さんは立ち上がり、ハウスに備え付けのゴムボールを手にした。
 そして、それを二人に投げる……って、えええぇ!?
 ぽむっ
 ……と、荊さんの頭にヒット。
「…あ、ぅゎ!」
 それで我に返ったように、荊さんは花月さんの身体をぱっと離した。
「…………こほん。」
 そして咳払い一つ。
 花月さんはきょとんとして、その後クスクスと笑っていた。
 よくわからないけど、私も小さく笑った。
「…ねぇ、コイバナでもしない?」
 と花月さんが言う。
「恋話って……十代でもあるまいし。」
 荊さんが、いやそうに言うが、
「いいじゃない♪恋愛に年代なんて関係ないわ?…ねっ、夜衣子ちゃんも柚ちゃんも、いいでしょ?」
 と花月さんが言うので、私はコクンと頷いた。柚さんもまた同様に頷く。
「仕方ないわね……」
 荊さんもやれやれ、といった様子で恋話を了承した。
 正直なところ、柚さんとか花月さんとか荊さんとかの恋話ってすごく興味がある。
 4人はハウスの端で集まると、
「それじゃ、まず聞くけど…好きな人がいる人?」
 という花月さんの言葉から始まった。
 柚さんはふるふると首をふる。
 私も首をふった。
 荊さんは肯定はしないけど…否定もしてない。
「あれー?柚ちゃんも夜衣子ちゃんも、好きな人いないの?」
「……好きな人って、恋愛対象…でしょ?」
 柚さんの言葉に、花月さんは小さく笑んで「そうよ」と答えた。
「…いない。」
 と柚さんは言う。
 うー…なんかつまんないなぁ。
「夜衣子ちゃんもいないの?」
「え、あ、はい…特には。」
「ふぅん…じゃあ、荊サンは?」
「…………い、いないわよ。」
「……ほんと?」
 花月さんはどことなく寂しげな表情でそう言う。
「い、言いだしっぺはどーなのよ?」
 荊さんの言葉に花月さんはクスッと笑んだ。
「いるわよ。…愛してる人が。」
「あ、愛してる人……?」
 私は思わず聞き返した。
「……うふふ、すっごくステキな人なの。背が高くて、頼り甲斐があって。クールなんだけど、…優しくてね。」
「へぇ…。」
 私は花月さんの目線を追った。その先にいるのは… 荊さん。
 荊さんの表情から、その胸の内は読み取れなかった。
 背が高くて、頼り甲斐があって、クールだけど優しい―――?
 花月さんの目線の先にいる女性は、花月さんがあげた事柄に当てはまるような気も、する。
「……それって、…だんせい?」
 柚さんがぽつりと言う。
 花月さんはきょとんとしていたが、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「そうよ。」
 と答えた。
 ―――だよねぇ。…仲が良さそうとは言っても、さすがに荊さんと花月さんじゃ…。
 あはは、何考えてんだろ、私。
「……夜衣子ちゃん、どうかした?」
「へ?あ、え、…い、いえ、なんでもないです!」
 花月さんに問われ、私は慌てて首を横に振った。
 あ、ありゃ……。…つい、見入っちゃったみたい……はずかしー…。
 ……でも…、
 花月さんってすてきだなぁ…。
 すっごくきれいだし、でも話してみるといい人だし……。
「ねぇ、夜衣子ちゃんって女の子はOK?」
「は?!」
 意中の人に突然問われ、私は思いっきり聞き返してしまった。
「ふふ、女の子同士の恋愛ってOK?ってこと。」
「お、女の子同士ですか…?…、え、ええと………。か、考えたこともないです…」
「そう……。男の人もステキだけど、たまには女の子も新鮮でいいわよぉ。」
「そ、そうなんですか…?」
 な、なななな……。
 なんだか頭が混乱してきた。
「あぁ、ほら、悠祈サンなんかは、そっちの方はエキスパートじゃないかしら?教えてもらったら?」
「え、あ、…あぅ…」
 花月さんはクスッと妖艶に笑み、私に近づいて、
「それとも、私が教えてあげましょうか?」
「…………」
 頭が真っ白になった。
 ぺしん!
 という音に私の意識はなんとか現実に引き戻された。
「バカなこと言ってないの。夜衣子ちゃん困ってるじゃない。」
 と、荊さんが花月さんの肩を引いた。
「あら、そんなことないわよね?ちょっと刺激が強かったかしら?」
 強かったです。
 ……でも、…花月さんが私から離れた瞬間、ちょっとだけ寂しかった……。
 うわあぁぁっ、な、何考えてるの、私は!
「…あの、…花月さん。」
 ポツリと、柚さんが花月さんの名を呼ぶ。
「なぁに?柚ちゃんにも教えてあげま」
「胸元が、ヤバイと思う。」
 ……え?
 私は柚さんの言葉につられて花月さんの胸元に目をやった。
 もともと胸のところが大きく開いた服で、私の角度から…丁度…
「あぁ、いけないいけない。ごめんね夜衣子ちゃん。」
「い、いえっ……」
 …ドクン。
 身体が疼いた。
 心臓ではなく…、身体の奥の方が……
 な、何これ?
 私、どうしちゃったんだろ?
「ひゃっ」
 突然頬に触れた冷たい感触に、私は小さく声をあげた。
「…どうしたのぉ?」
 花月さんの冷たい手…、細くて長い指が私の頬に触れている。
「…………っ…」
 私はふるふると首を振った。
 きっと真赤になっている。
 花月さんはクスクスと笑み、
「かわいいわねぇ。食べちゃいたいくらい。」
 と言う…。
 あぁもうだめ……クラクラしてきた……。
「いーかげんにしなさい。」
「きゃん…、なんで止めるのー?いいところだったのにっ」
「夜衣子ちゃん、困ってるのわかんないの?」
「……困ってないわよね?」
 花月さんは私を見てそういった。
 ……と言われても……、
 困ってるのもあるかもしれないけど、
 でもっ…
 と、激しい内部葛藤が起こっている時だった。
 ふわっ、と、首の後ろに回る手の感触。
 次の瞬間……!
「………、」
「ん…。」
 ……え?え…?え、…ええええぇぇぇ!!?
「……ぷは。ごちそうさま、夜衣子ちゃん」
「…か、花月…さ………」
 花月さんはそっと私から離れ、微笑した。
 そして立ち上がると、
「梨花のバカぁっ」
 ……と言い捨てる。
「は…、ちょっ、バカって何よ!バカはそっちでしょ、こら、花月っ!」
 怒った様子でハウスを出ていく花月さんを、荊さんが追っていく。
 私はぼんやりと座り込んだまま、二人の背中を見送った。
「……やいこ。」
「…へ?」
 名前を呼ばれ、私は柚さんの方を向いた。
 次の瞬間、私の視界に入ったのは柚さんの接近した顔……
 え、えええぇぇ!!?
「……冗談。」
 しかし柚さんはすっ、と離れると、ぽつりとそう言った。
「ふゃ……」
「……っと…」
 私は身体の力が抜け、柚さんにもたれかかる。
 ふわ、と髪を撫でられた。
 私は柚さんに甘えることにした。
 あったかくて……。
「…柚さん…私、…なんか変なんです……。…花月さん、なんでキスなんてしたんでしょう……」
「…花月サンは、たぶん、…見境が無い。」
「みさかい、が…?」
「やいこ、今の、ファーストキスだった?」
「え、い、いえっ……。」
「…なら、良かった。」
「…でも、私……花月さん、が…。………」
 私がそう呟くと、柚さんはそっと私の身体を抱いた。
「……あの二人には、関り合いにならない方がいいと、思う…。」
「……柚さん…。」
「やいこが傷ついちゃうよ。」
「……はい…。」
 ………傷ついちゃう。
 そうかもしれない。
 …いや、きっと傷つく。
 花月さんは、天上の人みたいで、私とは違うことが多すぎる。
 ―――でも。
 でも、私は―――。





「待ちなさいってば。花月!」
「…ついてこないでよ。」
「そっちからキレたくせに。…なんで怒ってんのよ。」
「……ついてこないでってば!」
「……わがまま。ワガママにもほどがあるわよ。」
「…梨花はそんな私が嫌いになった?」
「……好きとか嫌いとか、そんな問題じゃなくて…」
 …………。
 あ、あれは一体っ……?
 弥果―――林原弥果―――は、一本向こうの道から聞こえた声に気づいて、草むらからそぉっと覗いてみたのですっ。
 荊さんと花月さんみたいですが…。
 二人ともなんだか怒ってるみたいです。
 喧嘩でしょうか?
 けど…
 『そんな私が嫌いになった?』
 って…。
 ……もしかするともしかするんですか?
 あの二人は…!?
 ……うわ、びっくりなのですぅ。
 ってことは、これは痴話喧嘩!?
 う、うーん……弥果にはよくわからない世界です〜…。
「梨花の意地悪!」
「あ、花月っ!」
 花月さんは、タタタタッ、と走っていってしまいました。
 荊さんは困惑した様子で留まっているのです。
「………意地悪は花月だっての…。」
 ぽつりと荊さんは呟きました。
 …………うーん、なんだか複雑みたいです…。
 まぁ、そんなお二人の姿を見て、弥果が一つ言うとしたらですよぉ。
 『荊さんと花月さんってお似合いっ!』
 うらやましい…弥果もあんなステキな恋愛がしてみたいです〜♪





「こんなところにシャワーがあったとはねぇ…。」
「…ていうか、シャワー浴びたくても我慢してたここ数日のあたしは何だったの?って感じよね。」
「ふふ、言えてるわ。」
 私―――松雪馨―――は、悠祈さんと二人で、事務棟の奥にあるシャワールームへとやってきた。
 5つのブースがあるので、5人まで(…まぁ頑張れば10人でも?)は一緒に入ることが出来る様だ。
「いっちょ、浴びて行きますか♪」
「ん、そうね。」
 腕時計は夜の8時半を指していた。
 早速私たちは脱衣室に入り、服を脱い…
「………なに?」
 ブラウスを脱いだところで、じっと私を見つめる悠祈さんの視線に私は動きを止める。
「え?あ、ごめんごめん。胸大きくていいなぁ、って思って。何カップ?」
「うふふ、…Eだけど。」
「E!いいなぁぁ!」
 と、サマーセーターを脱ぎつつ言う悠祈さんに、
「悠祈サンはどのくらい?」
 と尋ねた。
「あたしはCよぅ。ノーマルっ!」
「そのくらいが丁度いいんじゃない?」
 下着に包まれた、程よいサイズの彼女の胸を見ながら、私は言う。
「そっかなぁ……大きいに越したことはないと思うんだけど…。」
「肩こるからオススメはしないわよ。」
 羨ましそうに私を見つめる悠祈さんに、クスクスと笑った。
「そうなんだ?あはは。でもそれは胸があるから言える贅沢な悩みなのだよっ!」
 彼女は笑いながら、ブラのフックに手を伸ばし、それを外した。私は無意識に彼女を見つめてしまい、
「……なに?」
 と、今度は私が聞かれてしまう。
 少し恥ずかしくて、彼女から目線を外す。
 私はスカートを下ろしながら、前々から気になっていたことを、口にしてみた。
「―――ちょっと小耳に挟んだんだけど、悠祈さんって、女性同士もOKなの?」
「…ぷっ…!そんな噂どこで?」
 小さく吹き出し、クスクスと笑う悠祈さん。
「どことなくね。…ね、どうなの?」
 と、私は興味津々に尋ねた。すると、
「ん〜…OKっていうより、…女性専門かもね。」
 と、あっさり答える。
「そうなの?」
「一応バイって感じかな〜。」
「ふぅん…昔からそうなの?」
「どうだったかなぁ。…ん〜、見境はなかったかも。」
「見境?」
「どんな相手でもOKだし、時と場合によっては襲っちゃうし。」
「ほんとに見境ないのね…」
 話しながら、私たちはタオルを一枚持ってシャワーのブースに向かう。
「…だから、あたしにとってはこういう状況もけっこう美味しいんだけどなぁ〜♪」
「ひゃっ、こ、こら!」
 突然後ろから抱きつかれて、少し驚く。直接素肌に触れられるのは、ここ数日間ご無沙汰していたこともあり、恥ずかしながら、少し敏感になっているようだ。
「ねね、一緒に浴びよう♪」
 ―――普通なら即座に断るだろうに、なぜか彼女の顔を見るとNOとは言えなかった。
 同じブースに入る。狭い空間に二人。
 彼女を見ると目が合った。
「どしたの?」
 とクスクス笑む彼女。
 可愛い………。
 きゅ、とコルクを捻ると、勢い良く冷水が流れ出した。
「きゃ、冷たっ……」
「うひゃぁ…。」
 どさくさに紛れて、ぴと、と彼女が私の腕に抱きつく。彼女の柔らかな胸が私の腕に触れる。
 色々と経験してきたつもりではあるが、こういうシチュエーションは初めてである。
「あ、温かくなった!」
 と言いながらも腕を放さない悠祈さんに、私は少し笑って、
「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
 と尋ねる。
「なぁに?」
 悠祈サンは小首をかしげる。
「―――こういう状況まで来て、我慢出来るの?」
 そう問うと、彼女はにはりと笑んで、
「出来ない♪」
 と、即座に答えた。
「…………。」
 一瞬、夕の顔が過る。
「……あ、馨さん、もしかして恋人いるの?」
「恋人、ねぇ。」
 私は少し首を傾げて考える。
「?」
 不思議そうに私を見上げる悠祈さんの顔を見ていると、なんだかとっても可愛くて、ここまで来て引き返す気にはなれなかった。
「……いないわ。」
 私は微笑し、そっと彼女の唇にくちづけた。
「ン…。…こんなセクシーなお姉さんとエッチするのは久々よ♪」
「お姉さんって…1つしか違わないでしょ?」
「…あたしだって、たまには誰かに甘えたいのっ。」
 そんな言葉に微笑んで、私は彼女の耳元に唇を寄せ、甘く囁いた。
「…可愛いわ、紀子。」
「えへへ、馨さんも可愛い…。」
 彼女の手が指が、私の肌を這う。
 私もそっと、彼女の柔らかい肌に指先を滑らせた。
「あ、はぁっ…」
 鎖骨のあたりに触れると、彼女はわずかに身を震わせた。性感帯発見。
 少しずつ攻めていく。そして攻められる。
 こんなセックスをするのは初めてかもしれない。
 カタン。
 そんな小さな物音も気にはならなかった。





「……っ…」
 廊下をかなり走った。
 ようやく事務棟の入り口にたどり着く。
 でもまた私―――棚次瞳子―――は走り出した。
 ―――真っ赤。
 まさかあんなシーンを目撃するとは思わなかった。
 私はただ、荊さんに事務棟の奥にシャワーがあるからって聞いて、それで来てみただけなのに…。
 少しひんやりした夏の夜の空気。
 街灯の下で私は立ち止まり、息を整える。
 …あぁ…恥ずかしい…どうしよう…。
 あの二人には、ばれてないよね?
 このまま誰にも言わなかったら…多分、大丈夫だと…。
「…お姉…ちゃん?」
 突然かけられた言葉、私は心底動揺した。
「……ゆ、夕…!?」
 夕は、てくてくと私の傍に寄ると、私の動揺にも気づかない様子で、
「…ねえ、お姉ちゃん。馨さん見なかった?」
「え…!?」
 夕は問う…が、その言葉に、私はまた動揺していた。
 馨さんって、…たった今…悠祈、さんと……。
「…どうしたの?」
 夕の言葉に、私はふるふると首を振った。
「? …じゃあ、いいや…。」
「待って、夕。」
 行こうをする夕を、私は引き留めた。
「……なに?」
「…夕、馨さんとどういう関係なの?」
「え…?どういうって……」
「……好き…なの?」
 姉として、私は心配だった。
 私が尋ねると、夕は私から目線を逸らし、
「……お姉ちゃんに、関係ない。」
 と答える。
「関係あるよ。私は夕に傷ついて欲しくないし。」
「…傷つくって、どういうこと?」
「…え…?」
 しまった…。
 ―――でも…。
 夕に、あんな人と付き合って欲しくない。
「…夕、聞いて…。」
「………。」
 私が真面目な顔で言うと、夕は困惑した様子だが、黙って耳を傾けてくれる。
「馨さんは…、彼女は…、…悠祈さんと、裸で抱き合ってたの。」
「―――え?」
「…どんな関係か知らないけど、あんな人と夕を付き合わせたくないの!ねぇ、わかるでしょ?」
「お姉ちゃん…、…あたしは…、……別に、馨さんなんて好きじゃない…。」
「……え…?」
「………あ、…れ?………」
 夕は自分で口走ったことを疑問に思うかのように、眉をひそめて目線を落とした。
「……夕……?」
「…ねぇ…、お姉ちゃんは誰が好きなの?」
「わ、私?」
 突然の質問に、私は困惑した。
 私は―――
「………お姉ちゃん、もう先生のこと好きになれないよ。」
「……」
 ……夕の言葉に、息を飲んだ。
 どういうこと…?
「ねぇ…もう次の人見つけたの?」
「……ゆ、夕……?」
「……誰が好きなの?」
「…………」
「…次は誰にするの?」
 パシン!
 …私は、夕の頬を叩いていた。
「な…にするの?痛いし…。」
「夕…、夕は、……まだ、人を殺すの!?」
 …本能的にそう思った。
 狂気。
 ……私の妹なのに…
 怖い―――!
「……おねーちゃん。」
「…っ……」
 夕が私に近づく。
 震える身体を何とか堪え、私はその場に踏み止まった。
「……お姉ちゃん…………」
「…っ……」
 夕の手が、私の両肩にかかる。
 そして、そのまま……首に……!
 …ころ、される…!?
 私は強く目をつぶった。
 次の瞬間…、
 唇に触れたあたたかい感触に、私は目を開く。
 夕の手は首の後ろに絡められていた。
「…ゆ、う……?」
「お姉ちゃん…、…すき…。」
「ン、ぅ…っ…」
 再び唇同士が触れる。
 ―――え、え!?
 なんで私…夕とキス、してるの…?
 『すき』…?
 夕が、私を好き………?





「れーいーっ」
「うん?なに?」
 安曇の声。ボク―――赤倉玲―――は読んでいた文庫本から目を離し、顔を上げた。
「…本…読んでるの?」
「うん。…カバンに入ってたんだ。」
「何の本?」
「小説だよ。」
「へぇ……」
 安曇が本の表紙をのぞき込むので、それを見せてあげる。
「推理小説?」
「うん。もう十何年も前の小説かな。でもすっごい面白いんだよ。」
「ふえぇ……すごいねぇ、玲。」
「すごい?なんで?」
 安曇は、なにやら感心した様子で、ボクのことを見つめる。
 ボクが不思議に思って聞くと、
「なんとなく…。安曇は活字が苦手…。」
 と安曇は答えた。あ、そういうことか。
「あはは、そうなんだ?じゃあ運動?」
「う、うーん……運動もそこまで得意じゃないかも…。」
 むぅ、とうなだれる安曇に少し笑って、ふと思った。
「なんかさ、安曇って…」
「…なになに?」
 目を輝かせて答えを待つ安曇に小さく笑って、ボクは言った。
「…今時の女子高生、って感じ。」
「へ……?そ、そうかなぁ。」
 安曇はきょとんとして、首を傾げる。
「うん、なんとなくね。」
「……玲は、今時の女子高生とか嫌い?」
「ん?嫌いじゃないよ。」
「ほんと?」
「うん。」
 とボクが頷くと、安曇は嬉しそうに笑んだ。
 …安曇ってなんか無邪気だなぁ…。
 そーいえば、前に安曇みたいな感じの子に告白されたことあったっけ……。
 断っちゃったけど。
 その子とは、単純に良い先輩後輩って感じで、普通に友達として遊ぶ分は、すごく楽しかった。
 でも、その子がボクのことそんな風に見てたんだって思うと、ちょっと残念だった、かな。
 ―――安曇は、そんなこと思わないよね?
 …なんて、何考えてるんだ、ボクは。
 どうして女の子って、ボクを見ないんだろう。ボク自身を見てくれないんだろう。
「玲?どしたの、ぼーっとして?」
「え?…あぁ、ごめん。」
「うん?」
 安曇は小首をかしげ、また小さく笑った。





「…………。」
 朝ご飯、昼ご飯と過ぎ、退屈な午後も乗り切った。
 …一度も、花月と話さなかった。
 徹底的に避けられてた。
 ……なんなのよあの女は。
 私―――荊梨花―――は、そんなことを考えながらぼんやりと歩いていた。
 目的があるわけではない。
 なんとなく、ぼんやりと。
 空は夕暮れ。
 …私は何をやっているんだろう。
 どうしてこんなとこにいて、
 なんでこんなにのんびりしてんだろう。
 私にはやることがあるのに。
 警察として、――やるべきことがあるのに。
 ねえ、お姉ちゃん…。
 こんな私を見ても、怒ったりしないでね。
 好きでこんなとこにいるわけじゃないのよ……。
「荊さーんっ!」
 ……?
 やたら元気な声。私はその声の方を見遣った。
「なにやってるんですかぁー?」
 紗理奈サン。
 相変わらずにふにふにした感じで、私の方に歩み寄る。
「なにも……」
「なにも?…荊さん、なんだか元気がないみたいですぅ……」
「え?…私は別に…変わらないわよ。」
「いや…絶対なんか落ち込んでますってぇ!」
「………。」
 私はため息を一つついた。
 何故だか判らないが、誰かと干渉したかった。一人でいると色んなことを考えすぎる。
「紗理奈ちゃん。……少しお時間拝借しても良い?」
 と私が言うと、彼女は
「はい!もちろんですぅ」
 とやわらかく笑んだ。
 無邪気、だなぁ…。
 私は傍にあったベンチに腰掛けた。
 そしてまたため息一つ。
「……荊さん。知ってますか?ため息をひとつつくと、幸せが一つ逃げてっちゃうんですよぉ。」
「幸せが?」
 そんなことあるわけない…、と私は小さく笑った。
「本当ですよぉ!だから、ため息したらすぐに、すぅぅぅって吸い込むんですぅ!」
「………。」
「はぁ〜…すぅぅっ!…ごっくん!です!」
「………本当に、幸せになれるの?」
「なれますよぉ。おかげであたしは、今まで生きてきてとっても幸せでしたぁ♪」
「…………ふーん。」
 どうやら彼女は本気で言っているらしく、無邪気に笑っている。
 彼女には悪いけど、くだらない寓話が聞きたい気分じゃなかった。
「……荊さん〜、まだ元気でないですぅ?」
 そう言って私の顔をのぞき込む彼女に、
「…悪いけど、今はバカ騒ぎしたい気分じゃないの」
 と言い放って、私は立ち上がる。
 そしてそのまま彼女を置いて歩き出した。
「……荊サン。」
 ……。
 声のトーンが違う、しかし間違えなく舌ったらずな紗理奈サンの声。
「………バカ騒ぎなんて、ひどいなぁ。」
 自然と、私の足は止まっていた。
 ただ、振り向けずに。
 シュッ。
 ライターの音?
 それを機に、私は彼女の方を見遣った。
 紫煙があたりに漂っている。
 彼女は手にした煙草の箱をポケットに直し、火のついたそれをふかしつつ悪戯っぽく私を見上げた。
「紗理奈のキャラがあれだけとは、限らないんだよね?」
「…キャラ?」
「…荊さん、あのキャラ嫌いみたいだし。かと言って、今が荊さんのお望みキャラかっていうと首傾げるけど?」
「………未成年の喫煙は法律で禁止されてんのよ。」
「……キビシーオトナなんだね。いいじゃん、もう19なんだし。」
「よくない。……なんなの、キャラって?」
 私は彼女の所に戻り、その煙草を奪った。
 彼女は肩を竦めると、
「みたまんまだよ。…てゆーか、これが本性、みたいな?」
「………」
「あたし、親が議員じゃん?だから、純粋無垢のお嬢様じゃなきゃいけないんだけどさ…かったるいんだよね。」
「かったるい、って……」
 驚きを隠せなかった。と同時に、なんとも言えない憤りが込み上げる。
 けれど、声を荒げて叱り付ける気にもなれず、私は彼女を話を聞いていた。
「……この姿、まだほとんどの人に見せたことないんだよ。この15人では、荊さんが初めて。」
「…すごい本性を隠してんのね。」
 私が言うと、彼女は、“純粋無垢なお嬢様”には到底似合わない薄い笑みを浮かべて、
「そそ。だから…ガキ扱いしなくていいし。」
 と、肩を竦めて見せた。
「どうして、そんなふうになっちゃったの?」
「そんなふう、て。またひどい言い草だね。……お姉ちゃんの影響かな。」
 ポツリと零したお姉ちゃん、という言葉に、私はふと思い起こした。
 戸谷議員は、確か一人っ子だという話を聞いたことがあった。
「お姉ちゃんって?一人っ子じゃないの?」
「独りっ子だよー、名目上は。」
「…名目上?」
 私が聞き返すと、彼女は少し笑って頷く。
「そ。パパにね、愛人の娘ってやつがいるんだよ。あたしより5つ年上でね。…お姉ちゃんは何にも縛られてなくて…、羨ましぃの。」
「お姉、ちゃん……。」
 その響きが頭から離れず、私はポツリと呟いていた。
「だからお姉ちゃんにいろんなこと教えてもらったの。やっぱ姉妹っていいよね。…荊さん、兄弟とか姉妹とかいるの?」
 という彼女の言葉に、考えていたことを見透かされたようで苦笑し、私は空を見上げて言った。
「……昔、ね。」
「昔?」
 私は頷き、
「…私が十五歳の時に、姉が死んだの。それっきり一人よ。」
 と、滅多に人に話すことのない過去を話していた。
「へぇ…いいお姉ちゃんだった?」
「そうね、姉の鏡よ。生活費のため、私の学費ため…とにかく働いてくれた。…すごく綺麗な人でね。」
 裕梨という名の、美しい姉の姿を思い浮かべていた。今は亡き、面影だけのその人を。
「…どーして、死んじゃったの?」
「事故…、だけど、…でも本当は…よくわかってないの。」
「よくわかってないって?」
「………。」
 私は首を振った。
「こんな話、しなくていいわ。もう戻った方がいいんじゃない?」
 私が言うと、彼女は小さく頷いて行きかけ、ふと振り向いた。
「…あのさー、荊サン?…あたし思うんだけど、絶対、髪スタイリングしたりメイクしたりすると、めちゃめちゃキレイになると思うんだけどな。」
「…いきなり、なによ?」
 突然切り出した彼女の言葉に、何を言ってるんだか、という調子で返す。
 そんなこと、私には必要のないことだと――
「ほら!」
 そう言って抱きかかってくる彼女に、
「な、こら、やめなさい!」
 と抵抗するも、
「いーから!」
 ぱさっ…
 髪が落ちた感覚。
「……ほら、やっぱキレイだよぅ。このゴムは預かっておきます!」
「えぇ!?こら、待ちなさい!」
 紗理奈サンは私のゴムを握り、走っていってしまった。
 ―――困った。
 別に髪をほどいてるところを見られて支障があるわけではないけど…なんか困る。
 …戸谷紗理奈…か。議員の娘なのに不良。ギャルっていうの?超猫かぶり。
 世も末、って、このことかしらね…――。





「ねぇ、夜衣子ちゃん。」
「は、はい。」
 夕食。肉じゃが。ご飯が美味しい。
 …それはいいんだけど…
 なぜか私―――嶺夜衣子―――は、花月さんの隣の席をゲットしていた。
 …ちなみに荊さんは、私の隣の隣の隣。花月さんから言うと隣の隣の隣の隣なので、けっこう離れている。しかし話は聞こえる範囲かもしれない。
「あのね、夜衣子ちゃんって好きな人いる?」
 ぷっ……
 花月さんの唐突すぎる質問に、私はご飯粒を一粒吹き出した。
「こ、この前言ったじゃないですか…。」
「……あぁ、そうよね。…じゃあ…ええと、好きだった人とか?」
「…昔ですか…?まぁ、いますけど…」
「教えて♪」
 教えて、…って笑顔で言われても…。
 幸い、私の隣とその隣にいる二人…マリアさんと忍さんは、なにやら楽しそうに会話しているので大丈夫かもしれないけど…でもこんな大衆のいるところで……。
「…だめ?」
 そんな花月さんの甘い声に、私は思わず首を横に振った。嗚呼なんて単純な私!
「昔って…いつくらい?」
 花月さんの言葉に、思い起こす。昔の恋人のこと。
「…最近です…。7月。」
「7月?先月じゃない。」
「……はい…。」
「付き合ってたの?」
「…まぁ、一応。」
「詳しく聞かせてよ。」
 花月さんの言葉に少し戸惑ったけど、でも、いっか、って思って。
 私は、話し始めた。
「……私が、春から今の会社に勤めるようになって…その人は、時々営業で来る男性でした。私が入社して間もない頃、…私が会社で留守番してる時に、その人が来たんです。」
「サラリーマンなのね。カッコイイの?」
「すごくカッコイイってワケじゃないです。十人並みっていうか。…でも、笑うとすっごく可愛い…ていうか…、照れたりしたら、耳たぶに触れるクセとかあって。」
「へぇ、可愛いわね。いくつの人?」
「22です。」
「ふぅん、若いわね。…それで、付き合うようになったのは?」
「あ、はい…何度か仕事で会ってるうちに、…プライベートでも会わないか?って誘われちゃったんです。それで、遊園地に行って食事に行って…。」
「…デートの定番って感じねぇ。」
「…それで…告白されて…オーケーして…」
「……好き、だったの?」
「好きでした。一緒にいると楽しかったし…ドキドキしたし…」
「初々しくていいわねぇ。…ねぇ、変なこと聞くけど、」
 花月さんはそう言って私の耳元に口を寄せ、
「……エッチはした?」
 と囁く。
 花月さんの吐息が耳に……!
 ぞくぞくするような変な感覚を堪え、私は小さく頷いた。
「…したの?」
 もう一度頷く。
「どのくらい?」
「…週に…、3〜4回くらい…。」
「それは…多くない?」
「…そう…多いんです…。」
 私はぽつりと言った。
 花月さんは不思議そうに首を傾げる。
「…最初のデート以外は、デートって言えるようなこと、一度もしてないんです。…いっつも……同じことばっかり…」
「…身体目当てだったってこと?」
「………そうかもしれません。」
「夜衣子ちゃん、好きだったんでしょ?」
「……好きでした。だから……」
「…………そっかぁ…。」
 花月さんはもぐもぐとジャガイモを食べながら、何かを考えているようだった。
「………私はね……、」
 花月さんはそう言って、誰かを見遣った。…きっと、荊さんを。
 そして花月さんは声のトーンを落とし、
「……恋愛なんて、してないのよ。」
 と言った。
「………してない、…って?…」
「本当に好きになって…傷つくのが怖いから…。…あぁ、この人なら信じられる、って思える人が…いないの。」
 ――花月さんが零した、言葉。それは、おそらく彼女の本音であって…きっと、ここにいる十五人のうちのほとんど…もしかしたら、誰も知らないような、こと。
 それを、私に話してくれていることが、嬉しかった。
「……今まで、傷ついたんですか?」
「いっぱいね…。ふふ、私、見境なしだから。」
 そう言って花月さんはクスクスと笑んだ。
「……信じられないって…、どうして…?好きじゃ…ないんですか?」
「…好きよ。好きだけど…。…でも、ただ「好き」っていう感情だけじゃ行動できないわ。計算しないと、動けない…。その計算の結果も、よくわからないのにね。」
 心が苦しかった。
 計算なんて関係ないじゃないですか!
 当たってみて、相手も好きって言ってくれるかもしれないじゃないですか!
 ……そう思うけど…、
 でも、でも私は、花月さんの想いが身を結んで欲しくない。
 荊さんと花月さん、ばらばらになっちゃえばいい。
 花月さん……。
「…ごめんね、夜衣子ちゃん。変な話しちゃって。」
「花月さん、私、思うんです。」
「…なぁに?」
「……ぶつかるのが怖いなら…待ってればいいんですよ。…そうすれば、花月さんのこと好きって言ってくれる人いっぱいいっぱいいます。誠実な人だって、絶対に裏切らない人だっています、だからっ……」
 花月さんを見つめた。
 あ……。
 花月さんは微笑してみせると、私の髪をそっと撫でた。
「…そうね…、それも悪くないかもね…。ありがとう、夜衣子ちゃん」
 私に向けて、花月さんが微笑んでる…。
 すごくキレイで、…すてきで…魅力的で…。
 でも私は見てしまった。
 花月さんがほんの一瞬見せた、寂しげな瞳。
 ………苦しいよ…。





「……うーん。」
 あたし―――戸谷紗理奈―――は腕を組んで悩みながら、事務棟の廊下を歩いていた。
 実は先ほど、林原弥果嬢からおもしろい話を聞いた。
 痴話喧嘩。
 なんと、荊サンと花月さんが喧嘩をしていたらしいのだが、その内容が恋人以外の何ものでもない、というのだ。決定的な決め台詞は、「私のことが嫌いになった?」…これは間違いないね!
 恋人の喧嘩か。うん、楽しげな暇潰しにはなるかも♪
 …ふと。
 僅かに扉の開いた部屋に気付き、あたしはそのドアを引いた。
 職員室か。いくつもの、ごちゃごちゃ散らかったデスク。
 ―――あたかも、ついさっきまで人がいたような。飲みかけのコーヒー、途中までペンで綴られた書類、スクリーンセーバーの起動したパソコン。
 ―――パソコン?
 ふとあたしは、一台のパソコンに歩み寄り、スクリーンセーバーを解除した。
 『ダイヤルアップ』。
 その文字に、思わず目が光った。これは、ビッグニュースの予感。
 ネットに繋げることが出来るなら…
 世間と連絡を取れるはず…!
 あたしはカチカチとそのアイコンをクリックした。
 『ダイヤル中…』
 の文字、…そして…!
 『ダイヤルッアップに失敗しました。』
 ………あちゃ、だめかぁ。
 つくづくワケわかんないや…此処…。
 あたしはあきらめムードで一つため息をついた。
 次に重要なのは、暇をどう潰すか。
 今一番おもしろそうなのは、やっぱり荊サン&花月サンの恋愛事情だよねー。
 う〜ん…。
 ―――ん?
 …………お、雑誌発見っ!
 あたしは誰かのロッカーからはみでていた雑誌を発見し、それを手に取った。
 ファッション雑誌だ。
 パラパラとページをめくり…ふと、
 あたしはあるページに釘付けになった。
 『Kazuki Namura』
 ……花月サンだ。
 それは、彼女のグラビアだった。
 キレイな自然の中で、淡いグリーンの薄いワンピースを一枚身に纏った彼女。
 風に吹かれるように目を閉じている。
 彼女がいるのは小川。今とは違う赤みがかった髪が、ワンピースが風に揺れている。
 そして右手に持った一本の花。
 赤い花。
 正直言って、めちゃめちゃキレイだと思った。こ、こんなにキレイな人だったのか!紗理奈ちゃんってば、不覚にも気づかなかった!
 ……これは、速攻で荊ちゃんに見せて上げねば!
 あたしは咄嗟にそう思い、雑誌を手にして駆け出した。
 事務棟を出ると、空はとっくに暗かった。
 時計を見ると、もう8時。うわ、早いなぁっ。
 間もなく、あたしはベンチでぼんやりしている荊ちゃんを発見した。ラッキー!
「荊ちゃ〜んっ♪」
「…ん?………なに?猫被り娘。あ。頭のゴム返してよ。」
「ひどい言い草ぁ。せっかくいいもの持ってきてあげたのになー。で、ゴムは返さない。」
「…いいもの?何よ?返しなさい。」
「………なーんでしょ♪返さない〜。」
 押し問答を続けていると、あたしの焦らしプレイに耐えかねたのか、
「……なによ。」
 と、興味深そうに言う荊ちゃん。いょっしゃ!かかったな!
「…くふふふふ、見たい?ねぇ見たい?」
「……別に。」
「見たら絶対、いいことあるんだけどなぁ。」
「………いいこと?」
「ね、見たい??」
「……う、ん。見たい。」
「…条件がいっこあります。」
「条件?」
「……今あたしが見せるもの、見たら、絶対に素直な感想を言ってください。」
「……………わかったわ。」
「OK。じゃ、目ぇつぶって。いいっていうまで開けちゃだめだよ♪」
「………。」
 ふふふ、どんな反応をしてくれるやら♪
 なんならもうちょっと条件つけるべきだったかな〜。まいっか。
 目を閉じた荊ちゃんの前に、ゆっくりと雑誌を開いてかざす。
「………いいよん。」
「……。」
 ゆっくりと目をひらく荊ちゃんは、そのページを見て、わずかに目を見開いた。
「………これ…」
「………素直な感想は?」
「……………きれい…。」
 ぽつりと、荊ちゃんは呟いた。その答えに、あたしはちょびっと驚いた。
「荊ちゃんが、そんなに素直に言ってくれるとは思わなかったぁっ!!」
「……素直に言えって言ったでしょ。」
 相変わらず素直じゃない答え方をしつつも、荊ちゃんは、雑誌のグラビアに目を奪われたままだった。うわ、これは効いてるなっ。紗理奈ちゃんってばさすが!
「………ねぇ、荊ちゃん?聞いてもい?」
「…なに?」
「……花月さんのこと、嫌い?」
 あたしがそう言うと、荊ちゃんはあたしの目をしばらく見つめ、そしてゆっくりと首を左右に振った。
「……じゃ、好き?」
「………好きよ。」
「…ならいいじゃん。いってらっしゃい」
 あたしはにはりと笑むと、雑誌を荊さんに差し出した。
「…………」
 彼女はそれを受け取ると、ぽん、とあたしの頭を撫で、駆け出したのだった。
 やっぱ素直じゃないなぁ〜っ。
 …ささ、二人を覗かねばっ!
 レッツゴーっっ。





「はぁ……。」
 私―――名村花月―――は、観覧車の乗降口に腰掛けてぼんやりとしていた。
 梨花は…いったい何を考えてるの?
 どうして私、…こんなに苦しいの…?
 ………梨花…っ…。
 …ザッ。
 ふと、聞こえた靴音に私は顔を上げた。
「………。」
 柚サン……。
 私は彼女を見上げ、じっとその瞳を見つめた。
「……あのね。」
 柚さんが口を開いた。柚さんは、私から向かって右側を指差し、
「こっちから、やいこが来る。」
「夜衣子ちゃんが…?」
 柚さんに指さす方向を見る。人影は見えない。
「そして、こっちから」
 柚さんは今度は左側を指差し、
「……荊サンが来る。」
「…!」
 その言葉に、思わず立ち上がっていた。
「……どうする?」
「え?…そ、それは……」
「…でも、花月サンはここに居れば、選択肢は、ない。」
「…どうして…?」
「やいこが歩いてるのに対し、…荊さんは走ってる。」
「…っ……」
「間もなく、荊サンはここに来る。花月サンがやいこの方に走って行かない限りは。」
「…………。」
「それじゃあ…。」
 と柚さんは行きかけ、ふと
「……道、ないや。」
 と呟いて、観覧車の方へ。
 一人で観覧車に乗り込み、扉を閉めた。
 私はゆっくりと上っていく柚さんを…そしてきらびやかな観覧車を見上げた。
 ………きれい…。
 靴音が聞こえてきたのは、すぐのことだった。
「…あぁっ、花月!なんでこんなトコいんのよ、探したじゃない…!」
「……梨花…。」
 息を切らせている梨花の姿に、私は、なんだかよくわからない感情が込み上げるのを感じた。
「……はぁっ……」
「…梨花、観覧車乗ろう。」
「え…?」
「ほらっ!」
 私は梨花の手を引いて、観覧車に乗り込んだ。
 向かい合って腰掛け、扉を閉める。
 一瞬流れる沈黙。
『あのっ…』
 そして二人の声がダブった。
「…………何?」
「梨花から言って…。」
「……あの……、これ、…」
 梨花は手にしていた雑誌を広げた。
 ぱらぱらとページをめくり……、
 あ……。
「………」
 梨花は無言で、あるページを開いた。
 それは、私のグラビアだった。
 梨花は心なしか頬を赤く染め、小さく、言った。
「……あのさ、…花月って、…キレイなんだね。さっき気付いた。」
「……な、なによぉ。今頃気付いたのぉ?」
 私がそう言うと、彼女は小さく「ゴメン」と呟いた。
「…でも、おあいこかしら。」
「…?」
「…梨花ってキレイなのね。髪ほどいてると、なんだか色っぽくて…。さっき気付いた。」
「……お世辞?」
「お世辞じゃないわっ。…本心よ。」
 私はそう言って小さく笑むと、彼女の隣に移動した。
「…バランス悪くない?」
「いいじゃない、別に……」
「……。」
 梨花は困惑した様子で、窓の外に目を遣った。
「………梨花ってやっぱり意地悪ね。」
 と私がポツリと呟くと、梨花は少し不機嫌そうに、
「な、なによそれ?意地悪なのは花月の方でしょ?」
 と言い返す。―――え?
 その言葉に心当たりがなくて、私も不機嫌に返した。
「…なんで私が意地悪なのよ?」
「それは……。」
 梨花は、私が聞き返しても口ごもるだけだった。
 やっぱり、そうじゃない!
「梨花が一番意地悪なの!いっつもキスしてくれない!梨花、一回も、私にキスしてくれたことないよ…。」
 私は、ずっとずっと思っていたことをようやく口にしていた。
 何度私が誘っても、私がキスしようとしても、梨花はそれを止めた。
 私、悲しかった!
 ―――そして、梨花の返した言葉は、
「…私は、遊びでキスできるほど軽い女じゃないの。」
 という―――あまりに残酷な、答え。
 キレイとか言ったって、そんなの、建前とかそんなのなんだ。
 私のことなんて、梨花はちっとも――
「……やっぱり、遊びだったんだ。」
「え…?」
「私のことなんか、好きじゃなかったんだ!酷い…!!」
 ………だから恋愛なんかしないって、
 そう言ったのは誰よ…?
 こんなに、こんなに思い焦がれて、夢中になって
 ―――夢中にさせておいて、酷いじゃない。
 頬を伝う涙。
 止まらない蛇口みたいに……
「ちょ、ちょっと待って!なんで泣くのよ?」
「………っ……!」
 私のことなんてちっともわかっていない梨花の言葉に、益々悲しくなった。
 梨花から顔を背け、拭っても拭っても流れ続ける涙が、膝に零れ落ちる。
「…花月…。」
 ポツリと、困惑したように私の名を呼ぶ梨花。
 もうやめてよ。これ以上、私をめちゃくちゃにしないで。
「……私なんて…私の気持ちなんて、梨花には関係ないでしょ!」
 悲しみと、怒りを混ぜて、私は梨花に怒鳴っていた。
 けれど、
「関係あるわよ!」
 梨花は、そう怒鳴り返す。
 何言ってるのよ。ワケわかんない。
「なんでっ……」
 言い返そうとした、
 その瞬間―――
 ふわ、と…時間がスローモーションのように流れた。
 梨花の手が私の頬に触れ、
 梨花の唇が、私の唇に触れていた。
 初めて、梨花と交わすくちづけだった。
 ゆっくりと梨花の唇が離れた。
 そして、やわからく抱きしめられた。
「これだけははっきりさせておくけど…、―――私は花月が好きよ。おかしくなりそうなくらい…大好き。」
「…なんで…?だって、梨花、遊びだって………?」
 ―――な、なに、それ?
 意味がわかんない。何、言ってるの。
 梨花は、私を―――好き?
「私じゃない…花月の話よ。…だって、愛してる男性がいるんでしょう…?」
 ―――……!
 その言葉に、更に、涙が零れ落ちた。
 私の、話?
 ――私があんな嘘、ついたから…だから梨花は、私が梨花のこと遊びなんだって、
 そう、思っていたの――?
 私は梨花から身を離して、その、不安げな瞳を見つめ、
「あれ…嘘なの。」
 …と言った。
「…はぁ?」
 梨花は、怪訝な顔で聞き返す。
 …そっか。そうなんだ。梨花。 ――ゴメン、意地悪してたの、私なんだ―――。
「梨花に、嫉妬させたかったの。夜衣子ちゃんに手出したのも、全部全部…。」
「…は、…じゃあ、…花月…。」
 真っ直ぐに私を見つめる、梨花。私からの言葉を待ってる、梨花。
 そう、そうよね。言わなくちゃ、わかんないに決まってる。
 ―――ごめんね梨花、私、ちゃんと言うわ。
「好きよ。…梨花のこと。大好き。世界中の誰よりもいっちばん好き。」
 私が梨花を真っ直ぐ見つめ返して、言った。
 梨花は、ふっと笑顔を見せた、けど、すぐに少し怒ったように、
「……、……、………だーかーら、花月は意地悪だって言ってんの!わたしがどんなに悩んだと思ってんの!?」
 と、怒られる。
 ―――怒られると、さっきまで反省していたのに、なんだかムッとした。
「な、……なーによぉーっ。私だって散々悩んだのよ!だって梨花ってばポーカーフェイスだし、気持ち言ってくれないし!」
「それは花月だってっ………。」
 梨花はそこまで言って言葉を切ると、小さく笑んで、
「……お互い、信用ないね。」
 と、言った。
 その微笑で、私の怒りも、洗い流されていった。
 悪い癖よね、怒られると、素直になれないの。
「………ごめんね。」
 私は、素直に素直に、そう謝った。
「こっちこそごめん。」
 梨花もそう謝ってくれて、私たちは顔を見合わせ、微笑した。
「…観覧車、もう終わりね。」
 梨花は、外を見て、ポツリと言う。
 私はそんな梨花の服の袖を掴んで甘えるように引いて、
「ね、梨花……キスして?」
 と、上目遣いで見つめた。
「これからは、いくらでもしたげるわよ?」
 相変わらずクールな梨花はそんなこと言うけど、私は小さく首を振って、
「やん、今じゃなきゃ我慢できないのぉ」
 と、甘える。そしたら、
「ったく……。」
 と、梨花は苦笑しながら、そっと私の身体を抱き寄せ、くちづけをくれた。
 あぁ…こんなに幸せなキス、初めて…。
 きっとこんなに人を好きになったのも、初めてだわ。
 梨花、もう私を離さないでね。
 愛しているわ。





「夜衣子ちゃんっ。」
「あ、……紗理奈、さん。」
 私―――嶺夜衣子―――は、観覧車の前で紗理奈さんにはちあわせた。
「どぉしたんですかぁ?こんなとこで。」
「うん…?…なんとなく歩いてたんです。」
「……じゃ、あたしとは違う目的だぁ。」
 彼女はクスッといたずらっぽい笑みを浮かべた。
 なんだろう?
 ―――本当の事を言えば、私だって何の意味もなくこんな所を歩いていたわけではなく、花月さんを探していた。
「…違う目的?」
「そそ。……」
 紗理奈さんの目線は観覧車の上の方に向いていた。私はその視線を追おうとした、その時…
 ガチャン。
 という音に、観覧車の一番下…昇降口を見た。
「……柚さん?」
 観覧車の扉が開き、中から柚さんが顔を出している。
「……やいこ、乗って。」
「は…?」
「急いで。ついでに紗理奈も。早く。」
 柚さんはそう急かす。私は紗理奈さんと一瞬目を合わせる。
 また動いていく柚さんの乗った観覧車。
 …っ。
 私は紗理奈さんの手を掴み、柚さんの乗る観覧車に飛び乗った。
「あ、ああ?……あたしもぉ!?」
 紗理奈さんがそんな声を上げる中、観覧車の扉は閉じた。
「…いいところだったのにーっ!」
 紗理奈さんはペタァッと観覧車の窓ガラスに張り付いた。なんだか喋り方といい、いつもとギャップが……。
「…ね、やいこ。」
「は、はい?」
 柚さんに名前を呼ばれ、私は向かい側に座る彼女を見た。
「…やいこって、好きな人いる、よね。」
「へ…?」
「え、いるの??」
 紗理奈さんが興味津々、といった感じで尋ねてくる。
「……紗理奈。」
「………ハイ?」
 柚さんは話を中断し、今度は紗理奈さんに向き直る。
「………今、仮面外してる?」
 という柚さんの言葉に、紗理奈さんはきょとんとし…
「………っぷ…っ………あははは!」
 と笑った。
 ………??
「よくわかったねー。っていうか仮面っていうこと自体見抜いてる柚サンがすごすぎ!」
 …な、なに??
「……だって、不自然だったし。」
「え、不自然?まじで?ヤバイかな?」
「…誰も気付かないと思う。ね、やいこ。」
「…………はぁ。」
 私は曖昧にうなずいた。
 紗理奈さんって…こういう人だったんだ。
「で?あたしのことはどーでもいいのっ。夜衣子ちゃんのコイバナ、気になる〜♪」
「…隠さなくていいから…言って?」
 隠さなくていい…って言われたって…。
 どうしよう…?
「………あっ!」
 という紗理奈さんの言葉に、私は彼女を見やった。またガラスにへばりついて何かを見ている。
 しかし彼女が張り付いているのは、観覧車の内側を望む場所だった。
「…何、見てるの…?」
「……おぉっ、超ベストポジション…!!」
「や、やいこ、やめた方がっ…」
 柚さんの制止も聞かず、私は紗理奈さんの目線を追った。
 ―――次の瞬間、私の瞳に信じられない光景が飛び込んできた。
「…………え…?」
 対角線上の観覧車。
 そこに二人の女性がいた。
 荊さんと…花月さん。
 そして、
 二人の顔は…
 おそらく二人の唇は…密着していた。
 時が止まったように…
 二人はくちづけを交わす。
 私は、それをただ見つめていた。
「やいこ…」
 柚さんの声が私の耳に届いたのと、荊さんが花月さんから顔を離したのと、向こうの観覧車が見えなくなったのは、ほぼ同時だった。
 私は椅子に座り直し、小さく息をついた。
「仲直りしたみたいだね〜!いやぁ、良かった良かった!」
「紗理奈っ」
「……ほえ?」
 柚さんは静かに息をつく。
 私は心臓の動機が止まらない。
「………やいこの好きな人って、花月サン、でしょう?」
 柚さんの言葉に、私は小さく頷いた。
「……うっそ…。」
「やいこ、…その…、残念、…だった、ね。」
 柚さんの言葉に、私は彼女を見上げた。
 どこか困惑したような表情。こんな柚さんを見るのは初めてだ。
「………そーだったんだ…。ごめん。」
「いえ…。」
 私は小さく首を振り、唇を噛んだ。
 私は、人を見る目がない。
 どうして嘘の恋や、叶わぬ恋ばかり選んでしまうんだろう…?
 ………ねぇ、花月さん…。










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