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第一話・始まりの時間




「ゆーず〜、は〜やい〜〜。」
「え……、あ、ごめん…。」
 私が後ろを振り返ると、遙か後方でグタリとしている同じ歳の友人の姿が目に入る。私は彼女の元へと戻り、微かに小首を傾げた。
「ダイジョウブ…?」
「大丈夫じゃない…、あ〜キツ。……ていうか、柚、あんなジェットコースター乗って、よく平気でいられるなぁ?」
 彼女の言ったジェットコースターに目を遣る。やたら高い所から急降下し、乗客の悲鳴が、離れたここにまで聞こえる。
「別に…、大丈夫だけど…。」
 多少肉体的にきつい部分もあったけど、まあ大丈夫。
「柚…、悪い、休憩させて……や、やばい。」
 私を遊園地に誘って来た友人は、近場のベンチにへたりこんだ。
 私も友人の隣に腰をおろす。
 遊園地。こんな所に来たのはいつぶりだろう。
 この友人と初めて遊園地に行ってから、もう数年経った気がする。
 こういう場所は普段行かないから緊張してしまうけれど、なんだか沢山笑顔があって、嫌いじゃない。
 歓声、嬌声、悲鳴…様々な声が入り混じる。
 ……みんな、楽しそう…。
「あー、ごめんね、柚。……退屈じゃない?」
「……うん、ちょっと。」
 確かに退屈。
「遊んできてもいいよ。一人でだけど。」
「……そう?………じゃあ、行ってくる。」
「いくんかいっ!」
「うん。」
 実はホラーハウスに行きたかった。
 私は友人をそのままに、ホラーハウスへと向かう。
 歩いて三分程。ホラーハウスの前に来て、立ち止まってその建物を眺めた。おどろおどろしい飾りつけとか、黒い壁面とか、見るからに「恐怖」を意識しているらしい。人が故意に作る恐怖というものはどんなものなのだろう、と、来る前から楽しみにしていたのだ。
 さて、ホラーハウスへ向かおう、そう思って歩き出した、その時―――
 どん!
 突然、なんだかやたら軽い物が突進して来て、私にぶつかった。
 軽くよろけるけど転けるまでは行かない。ちょっとビックリして、その相手を見た。
 私よりも随分小さいその人物は、派手にすっ転んでしまった、らしい。
「っ……!」
 黒ずくめ。そのワリには小さい。体型から言って女性……少女?
 私が手を差し出そうとしたが、その人物はすぐに立ち上がり、脇目もふらずホラーハウスへと駆け込んで行った。
 そんなにホラーハウスに行きたかったのかな?
 不思議に思いつつ、私は一人ホラーハウスへと入って行った。入り口でパスを提示。
 並ばなくていいのが嬉しい。やはり落ち目の遊園地だからだろうか。
 ………。
 入り口を離れると、中は闇だった。
 しかしすぐに。ぽわん…と明かりが生まれる。
『足下に注意し、光が導くままにお進みください。』
 ……なるほど。
 前方の光がゆっくりと進んでいく。私もそれを追ってゆっくりと進む。
「………。」
 ぎぃ。ごごっ。ぎゅいん。ぐぉぉぉん。
「………。」
 唐突に横から何かが出てきたり、怪音がしたり、誰かいたり。
 ………あんまり、こわくないかもしれない。
『まもなく、光みちる世界への出口です…』
 もう、終わりなんだ。
 うーん、ちょっと期待外れ。
 ―――刹那。
 どぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん。
 ………。
 爆音ではない。
 脳に直接響くような音。
 何?
 これもアトラクションの一つ?
 だとしたら―――いや、何かおかしい。
 ……あれ?
 ふっと、電気を消したみたいに、光がなくなった。
 もともと薄暗かったホラーハウスが、完全な闇に包まれる。
 ……どうしよう。
 あたりは真暗。動けない。
 ……困った。
 ―――………。
 ぽぅ。
 ふと、ちいさな光が頭上に生まれた。
 何?
 光は少しずつ、少しずつ、大きくなる。
 やがてそれは、あたりの闇を全て包み込む。
 ―――目が開けられないほどまぶしい光。
 出口間近の細い通路だったはずだけど、壁に手を伸ばしても、何も触れない。
 ぽっかりと空いた空間に、取り残されているような、感じ。
「誰かいるの…?」
「…?」
 人の声がする。
 声は、後ろから。
 振り向いて、小さく目を開けた。
 白色のような、光の中で、ぼんやりと輪郭が滲む。
「っ、まっぶし……。」
 若い女性の声。
 一度目を閉じて、またゆっくりと目を開けると――
 私から3メートルほどの所で、一人の女性が目を細めていた。
 セミロングほどの黒髪、大学生くらいの女性は、きょろきょろと辺りを見まわした後、私を見て、不思議そうな顔をした。
 一人の、女性。
 光の中に浮かび上がるように、そこにいる女性を、見つめていた。
 何故かわからないけれど、目が離せなかった。
 ――しばし女性と見つめ合って、ふっと我に返る。
 何か言わなきゃ。
 えっと、ええと……
 そう、そうだ、まずは、
「名前は?」
「え…?」
 私の問いに、女性は不思議そうに聞き返す。
「名前は?」
 私はもう一度問う。
 女性はしばし沈黙し、漏らした。
「……棚次 瞳子(タナツグトウコ)。」
 コクン。と小さく頷く。
 トーコ。
 ―――あ、それで、ええと、自己紹介。
「私は、ゆず、です。…神泉、柚(シンセンユズ)。」
 私―――神泉柚―――は言って、ペコリと頭を下げた。





 不思議な女性だと思った。
 透けるようなロングヘアに、整った小顔、どこか神秘的な光点る瞳。
 まぶしすぎる明かりの中で立ち尽くす。
 まるで異世界にいるような錯覚を起こしそうなほどに。
 私―――棚次瞳子―――が名を名乗ったあと、
「私は、ゆず、です。…神泉、柚。」
 と、彼女は言った。
「……シンセン、さん?」
「そう。神の泉、と書きます。」
「はぁ……。」
 ……不思議な女性だと思った。
「ねえ、ここで何をしているの?」
 女性は小首をかしげて私を見る。
「えっと…なんかいきなり、明かりがなくなっちゃって…。…そしたら、先の方に明かりが見えたから来てみたんです。」
 と述べた後、妙なことだなぁと改めて思う。
 緑色の非常灯とか、そんなのまで、ふっと、突然消えてしまった。
「明かり、なくなっちゃったの?…私といっしょ。」
「でもこれ…」
 私は、上の明かりを指さす。全部が全部明るいので、上、なのかわからないけど、やっぱり光は上から差すものだし。
「…よくわからない。暗かったのだけど、突然明るくなって…」
 女性は尚も小首を傾げる。
 私は目を細めて上を見ようとしたが、やっぱりまぶしくて見えなかった。
 ―――
「きゃあっ!」
 ――?
 どすんっ
 後方で女性の声が上がったかと思うと、何かが倒れるような音。
 私は、先ほどやってきた闇があった場所を振り返る。
 ―――気付けば、後ろも光に閉ざされ、私が手探りで歩いてきたはずの道すらも見えなかった。
「っ〜、いったぁい。」
 大人っぽい、なんとなく色っぽい感じの女性の声。
「あたたた……二人とも、だいじょぶ?」
 というのは、明るい感じの、さっぱりした女性の声。
「ぁぅ…。」
 そして、小さくうなるような、やはり女性の声も聞こえた。
 光の奥で人の動く気配がする。
「……誰か、いるの?」
 柚サンが言った。
「三名ほどぉ〜」
 という声が返ってくる。
「あら…?この子動いてるかしら?」
「へ?…動いてないとヤバくない!?」
「……うぐぅ。」
「うめいてるわね。…仕方ないわ、運びましょうか。――あの、光の所まで。」
「だね。そっちオッケ?……よっしょ。」
 ―――少しして。
 一人の女性を担いだ女性二人。
 合計三人の女性が姿を現わした。
「ふぃ……。」
 気絶しているらしい女性を下ろし、息をつく女性。短めの茶髪ポニーテールに、愛嬌のある顔。でもそれなりに大人っぽい女性。私よりは年上だろう。
 もう一人、こちらはずいぶん大人っぽい女性。少しキツイ感じの美人で、やわらかそうな髪はシャギーロング。
 そして気絶中の女性……少女に近いかな?浅く焼けた肌が健康的で、色素の薄い髪を二つしばりにしてある。目をくるくると回している女のコ。
「……大丈夫ですか?どうしたんです?」
 私は二人の女性に尋ねる。
「あは、暗いトコで転んじゃってね、打ち所が悪かったのかも…。あ〜これでこのコの意識が一生戻んなくて、ずっと養えとか言われたらどうしよ!かなり重大責任だわっ!」
 ポニテの女性は言葉とは裏腹に明るい口調で苦笑いして、後ろ頭をかいてみせる。
「………あ……ありゃ?」
 少女はパチリと目を開け、きょときょとと辺りを見回した。
「ああっ、目ぇ覚めた?良かったぁっ」
 きゅむ、とポニテの女性が少女に抱きつく。
 少女は「?マーク」をいっぱいに飛ばしていた。
「………みなさん、名前は?」
 と、柚さん。
「あ、えっとね〜、あたし、悠祈 紀子(ユウキノリコ)て言いまぁす。」
 にぱぱっと笑むポニテ女性、もとい悠祈さん。いきなり名前聞かれて笑顔で答える人も珍しいと思う。
「…あ、あたし、戸谷 紗理奈(トヤサリナ)ですぅ。」
 なんだか舌っらずな口調で言う少女。可愛らしい、幼い印象を受ける女のコ。ちょびっと年齢不詳、かも。
「……私は、」
「あ、待って。」
 大人っぽい女性の言葉を遮り、柚さんはじっと女性を見つめた。
「……なんだか見たことあるような気がする。」
 ……。
 言われてみると…、確かに、私も見たことがあるような…?
「……フフ、それは嬉しいわね。」
 クス、と女性は笑んだ。
「………ああああっっ!!」
 悠祈さんは、やたら驚いた様子で女性を指さした。
「も、もしやっ、名村花月(ナムラカヅキ)さん!?」
「御名答。私も有名になったものね?」
 なるほど!
 さすがに名前は知らなかったけど、その美しい容姿は、目を引くものがある。
 ファッション雑誌の表紙なんかを飾ってる女性だったと思う。
 わ〜有名人の人なんて生で見ちゃった。
 …それに、しても。
 ―――不思議な空間。
 相変わらず、まぶしい光の下にたたずむ柚さん。
 光にだいぶん目が慣れてきた。
 ゆっくりとあたりを見回すと、けっこう広い場所らしい。
「どぉしよっか?」
「…ウン?」
 悠祈さんの言葉に、小さく首をかしげる柚サン。
 そんな柚さんに、悠祈さんは真似するように首を傾げ、
「出ないの?」
 と問う。柚さんはコクンと頷いて、
「……出れないの。」
 と答える。すると悠祈さんは逆の方向に首を傾げて、
「なんで?」
 と問うと、柚さんはまたコクンと頷いて
「……出口が無いから。」
 と答える。
 悠祈さんは頭の位置を中央に戻し、
「……そうなの?」
 と言うと、柚さんは三度めのコクン、をして、
「そうなの。」
 と答えた。そんな妙な二人の会話を、私は交互に見る。
 会話が途絶え、悠祈さんは、目の上に手を翳して頭上を眺める。
「―――なんにも見えない。」
 …白。
 強い光は、まるで、白のよう。





「っ、もぉ!なんなのよ…。」
 私は思わず愚痴を口にした。
 この空間には耐えられない。
 しかし。
 そう愚痴った所で、何の進展があるわけでもなかった。
 ―――うーん。
 一体何なの?私に何の恨みがあんのよ、この遊園地?
 別に、遊びに来てんじゃないんだから。
 重大な任務を遂行しているというのに、まるで邪魔するように、電気が消えた。
 乱れていた髪を結い直し、ズレた眼鏡を掛け直す。そして、ため息ひとつ。
 そう、重大な任務。
 何を隠そう、私は今、殺人犯を追っている。
 今日の午前十時、事は起こった。
 とある中学校の教師が殺された。凶器はロープ。首を絞められたのだ。
 同学校の同僚である教師の通報により、殺人課所属の刑事である私は現場の学校に急行した。
 目撃者の証言では、犯人はタクシーを使って逃げたという。
 そしてその運転手の話だと、小柄な人物で、黒いコートに黒い帽子、黒ずくめの服装で顔は見えなかったと言う。―――紅いルージュを除いて。
 口元に映える紅いルージュが印象的だったらしい。……犯人は女か。
 タクシーが着いた先は駅だった。今日は日曜日ということもあり目撃者は多く、犯人が乗った電車はすぐに特定できた。
 私ともう一人刑事、それから数人の警官を連れ、数本遅れの電車に乗り込む。
 更なる目撃証言から、黒ずくめの人物が降りた駅が判った。
 ――遊園地。
 その駅で降りる人間のほとんどはその遊園地に流れる。私はここでもう一人の刑事と別れ、私は遊園地へ、もう一人の刑事は遊園地以外という事で捜査する。
 ……しかし、遊園地は広い。やたら広い。
 途方に暮れつつ目撃証言を探していた。
 そして見つけた。たった今、ホラーハウスに黒ずくめの人物が入ったという重要証言。
 …………しっかーし!
 単純に出口で待てばよかった。私ってバカ?
 警察手帳提示すれば、裏の道から回り込めたし。つくづく私はバカ?
 ………。
 かれこれ20分は経ったような気がする。
 しかしあたりは闇に包まれたまま。
 故障?
 私はライターで足下を照らし、ゆっくりと進み出した。
 ……暗い。どうしてこんなに暗いのだろう。
 一本道。
 どうしてこんなに長いのだろう。
 ―――。
 ……進んでいるうちに、前方に人の気配を感じた。





 光?
 闇に包まれ、途方に暮れていた私は、近づいてくる弱い光に顔を上げた。
 小さな、炎。
 眼鏡越しに目を細める。
「………誰かいるの?」
 ぶっきらぼうな女性の声。
「あ、はいっ…」
 私は立ち上がる。
 女性はライターで私の顔を見た後、
「……つかぬことを伺うけれど。」
「はい、なんでしょうか……?」
「出口、どこかなんてわかんないわよね?」
「わかりませんっ。」
「……だと思ったわ。」
 ライターの炎が消える。
 女性が小さくため息をつくのが判った。
「……お嬢さんも困ってるワケね、出口わかんなくて。」
「そ、そうなんです…。」
「ったく…やっぱアトラクションの故障かしら?」
「ですかね…?友達ともはぐれちゃったし…。」
「はぐれた?なんでまた?」
「え…わ、わかんないんですけど、気づいたらいなくなってて。」
「ふぅん…。」
 あぅ、なんだかイヤな沈黙……。
 私は少し焦って、会話をつなげるように言う。
「あ、あの、そちらもお連れさんと迷ったんじゃないんですか?」
「うんや。最初っから一人よ。」
「………。」
 それ、すごく寂しいような…。
「今、もしかして同情した?」
「いっ、いえ、そんなわけでは!」
 何気に図星で、私が慌てて否定すると、女性はふぅ、と小さくため息をつき、
「……遊びに来てるワケじゃないのよね。」
 と、困った様子で言う。
「はぁ……、じゃあ何で…?」
 ぴっ。
 何かを差し出した気配がした。
「見える?」
「いえ…。」
「でしょうね。」
 そして引っ込める気配。
「…フリージャーナリストなの。名刺出してみたんだけどね。」
「そうなんですか……じゃあ、取材で?」
「……ま、そんなトコね。」
 女性の言葉に納得する。
「お嬢さん、名前聞いてもいい?」
 女性の言葉に頷いて、
「あ、はい…嶺 夜衣子(ミネヤイコ)と言いますっ」
 と名乗った。すると女性は不思議そうに聞き返す。
「ヤイコ?」
「はい…。昔に流行ってた歌手知ってます?矢井田瞳って。……もう20年くらい前。」
 そう、この稀な名前。名乗ると、よく妙な顔をされる。そりゃ、確かに変な名前だけど…。私は、その由来を説明した。すると、
「…ああ、知ってる。」
 と、女性は頷いてくれる。よかった。知られていないとますます変な顔をされるし。
「私の母がその人の大ファンで。」
「ふぅん、なるほどね。……私は荊 梨花(イバラリカ)。とりあえず宜しく。」
「荊さん。ステキな名前ですねっ!はい、こちらこそ宜しくお願いします。」
 シュボっ。
 またライターが付く。
「進みましょうか。」
 あたしは改めて、荊さんの顔を見た。
 化粧っけのない顔、眼鏡、適当に結ってある髪。
 一見あまり気を使っているような風貌には見えないんだけど…
 どこか冷めた瞳で闇を見遣る女性は、やけに綺麗だと、思った。





「…えっと、座っていい?」
 私―――神泉柚―――は、誰にともなく言った。
 4人はきょとん、と私を見る。
「立ってるの、体力消耗するから。」
「あ、えと……どぉぞ、です。」
 既に座り込んでいた戸谷ちゃんが言う。
 すっ…と体重を落とす様に座り込む。なんとなく疲れた。
 髪が揺れ、軽くそれを払った。
「……柚さん…、変な事を聞くけれど…」
 という名村さんの言葉に、小さく首をかしげる。
「今、あなたは眩しい光の下。私たちは、あなたの正確な色素が判別できないわ。
 ―――真っ白に見えるのよ。」
「………そう。」
 女性の言葉に、頷く。
「真っ白…?」
 棚次さんは、じっと私を見つめていた。
 なにか不思議なものを見るような、目。
「…生まれた時から、白い。……アルビノてやつ」
「……あるびの?」
「先天的に色素…メラニン色素ってやつ、それが無い人間。」
「やっぱり…。………やけに神秘的だと思ったのよ。」
 名村さんはクスッと小さく笑んだ。
「…神秘的?……よく、白髪とか言われていじめられてきたけど…。」
「そりゃ、アレよ!美しさを判ってない粗野な連中!」
 悠祈さんは言い切って、ケタケタと笑む。
「………あなたは、これは美しいと思う?」
「思うよ。」
 彼女は即答した。
 どうして、そんなふうに思えるんだろう。
 ……自分のこの身体を美しいと思った事なんて、一度もない。
 白はキライ。
 私の白は偽物。
 白を偽っている私――醜いと思う。
「……柚ちゃん?」
「……。」
 悠祈さんは私に近づいた。
「……まぶしい、でしょ?こっちおいでよ。ちょっとはマシだから。」
 そして彼女は私の手を取る。
 思わず、私はそれを払っていた。
「……かまわない。」
「…そう。」
 悠祈さんは、一瞬表情を曇らせる。
 その様子に、少し、後悔した。なんで払ったりしてしまったんだろう、って。
 ――そして、
「…じゃ、いいよ。あたしもココいる。やっぱ女は光を浴びるとキレイに見えるじゃない?」
「え…?」
 悠祈さんは笑って、私の隣に腰を下ろした。
「…変な人。」
「柚ちゃんもね。」
 私の言葉に言い返して、悠祈さんはクスクスと笑っていた。
「……何やってるんだか。」
 離れた場所に腰を下ろす名村さんは、戸谷ちゃんと顔を見合わせ、肩を竦めていた。
「………変なの。」
 私は小さく、呟いた。





 暗闇の中。
 どのくらい時間が経ったかわからない。
 かれこれ3〜40分ほどだろうか。
 ホラーハウスの壁にもたれたまま、ただ、じっと。
 注意深く回りの動向を探る。
 五感を研ぎ澄ますような感じか。
 しかし、動きと言える物は…ない様に感じた。
「…埒があかない、か。」
 ボクは小さく呟くと、壁に手をついたまま、注意深く進み出した。
 暗闇の中というのは、妙に警戒してしまう。
 少し進んでは、また感覚を研ぎ澄ます。
 それを三度繰り返した時だった。
 シュボッ。
 微かな音と共に、遠く先の路に小さな光が見えた。
 ライター…だろうか。
 ボクは壁に手をつき、明かりへと近づいていく。
 明かりが近くなる。
 ふっ、と明かりが消える。ボクはその場所を目を細めて見た。
「…ふは…。」
 既にライターらしきの炎は消えていたが、その代わりに、ホタルのような赤い小さな光が宙にあった。
 ――煙草?
「あの、すみません。」
 ボクは言う。
「えっ、わっ…?」
 煙草を持つらしい人間は、少し慌てた様子でライターの火を点す。
 …その声、そして闇に浮かんだその顔は、少女だった。少女と言っても、ボクよりいくつか下、といった所だろうか。二つ結びの少女。
「あ、あ〜ええっとぅ…。」
 少女はボクを見て、動揺した様子で目線を泳がせる。
「どうかした?」
「え、ううん、その…」
「…あ、煙草?別に誰にも言わないよ?」
「本当?」
 ほっとしたように言う少女に、小さく笑む。
「本当だよ。…ところで、君もここで迷っているの?」
「そうなの!もう、どうしようかと思って!」
 言いつつ、少女は煙草をくわえたまま立ち上がる。
「でも、一人じゃなくなったらだいぶ安心!ねえねえ、名前は?」
「ボクは赤倉玲(アカクラレイ)。玲でいいよ。君は?」
「あたしは岩崎安曇(イワサキアズミ)っ、宜しくねっ♪あたしも安曇でいいよん。」
 明るい少女の様子に、自然とボクの不安感も取り除かれた気がした。
「じゃあ、そのライター使ってもいい?足下を照らしながら進もう。」
「オッケー。はいっ!」
「わっ」
 安曇の投げたライターを、かろうじてキャッチする。
「ナイスキャッチっ♪」
「はは…」
 シュボっ。
 やはりライターの光だけでも、ぜんぜん見えかたが違う。進みやすい。
 ボクたちはゆっくりと進み出した。
「ねっ、玲はいくつ?」
 親しげな少女の言葉に、ボクは少し安心した。
 なんだか気兼ねしなくていいような気がして、親しい友達のようにも感じる。
「18だよ。安曇は?」
「わ、イッコ違い!あたし17なのっ!」
「高3?」
「うん、そう。」
「へぇ、受験生なんだ。」
 もう少し下のようにも感じていたけど、まぁそう言われてみれば年齢相応のような気もする。
「玲は?」
「うん、大学の一年。」
「へぇ〜大学生なんだ!カッコイイ〜」
「そんな事ないよ、たいした大学じゃないしね。」
「えぇ〜なんかスゴイ大学っぽ…」
「あの、すみません。」
 安曇の言葉にかぶったその声は、すぐ近くから聞こえた。
 キレイな女性の声。
 ライターでゆっくりと照らすと、やがて二つの人物が浮かび上がった。
 手前にいるのは、キレイな金髪に碧眼、とても美しい人。どこかの外国人女性のようだった。
 そして奥の壁にもたれている女性…いや、少女。ボブの黒髪で、まだ幼げな雰囲気。
「良かった…。」
 先ほどのキレイな声を発したのは、どうやら手前の女性らしい。見た目は外国人なのに、彼女は流暢な日本語を操っている。
「突然真っ暗になって、どうしようかと思っていたの。一人で途方に暮れてたら、この子が走って来てね。」
「走って?…この暗闇の中を?」
「ええ…。」
 金髪の女性は、優しく少女の髪を撫でる。
「ン〜、大丈夫?」
 安曇は地面にタバコを揉み消し、小首を傾げた。
「………。」
 少女の表情は見えなかった。
 もしかしたら、気を失っているのかもしれない。一言もしゃべらない。
「お姉さん、お名前は?」
 安曇が言った。
「私?マリアよ。マリア・ミヤモト。」
「…ハーフなにか?」
「両親ともアメリカンよ。ただ、私自身は、生まれ育ちが日本なの。」
 そう言って、マリアさんはやわらかく笑んだ。
「へぇ…。あ、ボクは赤倉玲、宜しくお願いします。」
「あたし、岩崎安曇ねっ、よろしく!」
 相変わらずに元気な安曇。
 ふと、安曇は少女に近寄り、軽く頬に触れた。
「?」
 マリアさんは不思議そうに、様子を見る。
 ぷに。
 安曇の指先が、少女の頬を押す。
 ぷにぷに。
「こぉら。」
 マリアさんはクスクスと笑って、安曇の頬を指で押した。
「疲れてる様なの。寝かせてあげなさい。」
「あっ、そうなんだ。了解っ。」
 安曇はにこりと笑んで、少女から離れる。
 ふっ…明かりが消えた。というか消した。
「ライターの油もったいないからね。」
 ……ふと、闇の奥を見つめた。
 奥の、更に奥にある―――光?
「どぉしたの、玲?」
「この先…、もしかして出口かな?」
 ボクのその言葉に、安曇とマリアさんも闇の奥を見る気配。
「…この子が目を覚ましたら、進みましょうか。」
 マリアさんの言葉に、ボクたちは頷いた。





 どうして私がこんな女性と一緒に行動しなきゃいけないのよ…。
 隣を歩く、野暮ったいダサい女性。
 分厚い眼鏡、ぼさぼさの髪はこの御時世に二つ結び。今時15歳以上でこんな髪型してる女なんていないわよ、普通。連れ歩くならやっぱり可愛い女の子よねぇ。…言っちゃ悪いけど。
「………。」
 向こうから私に話しかけてくる事はない。
 小さなミニライトを手に、足下を見ながら進んでいく。
 しばし続く沈黙――、…っ?!
「きゃ!」
 トスンッ。
 ハイヒールでバランスを崩し、しりもちをついてしまう。
「…あ、だ、大丈夫ですか?」
「………、ええ、なんとか…。」
 起き上がろうとするが、なぜか身体に力が入らない。
 す、と女性の手が差し出された。
 私は自分の手を置く。女性は軽く私を引き上げる。
 なんとか起き上がることは出来たが、まだ足下が覚束ない。
「…あの、休んでいきましょうか。」
「……そ、そうね…。」
 女性の言葉に頷く。闇の中で気を使って歩いたせいか、思っているよりも身体が疲れたかもしれない。既に友人と遊園地を歩き回った後だったし、ね。
 私は壁面に背をつき、その場に座りこむ。
 私の隣…少し離れたところに、女性が腰掛ける。
「あ…、名前、聞いてもいいかしら?」
 私が尋ねると、女性は気の乗らない様子で小さく、
「あ、はぁ…加護朱雀(カゴスザク)…です……。」
 と言う。もっと鈴木、とか田中、とかそういう平凡な名前かと思っていたが、彼女の名乗った名前は響きが綺麗で、少し意外だった。
「朱雀さん…良いお名前ね。私は松雪馨(マツユキカオル)よ、宜しくね。」
「……ハイ。」
 気のない返事。
 うーん、どうも、こういう人種の女は苦手だわ。
「………。」
「……無口ね。」
 ちょっとしたイヤミも込め、私は言った。
「……あ、あの、すみません。」
「謝ること、ないわ。」
「………はい。」
 小さく答える女性に、内心ため息をつく。
 だめね。
 ―――その時
 楽しげな話し声が聞こえ、私は今歩いてきた通路を見つめた。
 明かりが近づいてくる――。




「うわぁぁぁぁ、暗いっっ!!」
 そんな声を聞きつけて、私は辺りを見回した。背後から、小さな光が近づいてくる。
「誰かいるんですか?」
「あ、は〜いっ、いまぁ〜すっ!」
 元気な女の子の声。光は徐々に近づいてくる。懐中電灯らしい。
 やがて、その光が私を照らした。
「あ、ゴメンなさい!えっと、おねーさんも、迷ってるんですかぁ?」
「あ、はい…迷ってます!」
 続いて声の主は、自分にライトを当てた。にこにこと笑顔が印象的な、可愛らしい女のコ。10代のように見えるけど、高校生くらい?中学生かな?
「ええと、弥果、懐中電灯持ってますから、一緒にいきましょぉ、お姉さん!」
 彼女は言う。今の一人称は、彼女のお名前、かな?
「はい!助かります」
 ライトの光が私の手を照らし、すぐにきゅむっと体温に包まれる感触があった。
「危ないですのでぇ〜、手ぇ、つないでいいです?事後しょうだく、ですけどぉ。」
「あはは、もちろんです!」
 なんと可愛い女性だろう!
 ふにふにした可愛らしい女性の手を握り、ゆっくりと歩き出した。
「あ、ええとええとぉ、あたし、弥果っていいますぅ。林原弥果(ハヤシバラヤカ)ですっ。」
「弥果ちゃんですか。私は、姫野忍(ヒメノシノブ)と言いますっ、よろしくね。」
「はいです!お姉さん、眼鏡さんでステキですね〜。」
「え?そうですか?」
 …眼鏡がステキなんて言われたのは初めて。それに、この眼鏡はファッションでかけているわけでもなければ、目が悪くてかけているわけでもない。
「弥果は〜、眼鏡が似合う人が好きですよぉぉ。」
「わ、眼鏡フェチさんですね!…ふふっ。私は〜煙草フェチ、かな?」
「煙草ふぇちぃ?」
 私の言葉に、弥果ちゃんはきょとんとして聞き返す。
 私は笑顔で頷いて、
「煙草吸ってる姿が似合う人が好きなんですっ!」
「なるほどぉぉ……弥果も実はスモーカーだったりしますよぉっ。」
「え?弥果ちゃんは吸っちゃダメですよ!」
「あ、弥果のこと未成年だと思ってますか!?す〜えますよ〜〜。弥果、21です!」
 彼女の言葉に、私は驚いた。ちゅ、中学生でも十分に通用しそうなのに!
「そうなんですか!?ごめんなさい!」
「あはは〜別にいいですよぉ〜、若く見られるのキライじゃないですっ。」
 私が謝ると、弥果ちゃんはクスクスと笑って言う。こういうの、若く見られるって言うのかな…?ちょっぴり疑問だったりします。
「ふふ、私はいくつに見えますか?」
「ええ〜っ、ええとええと……25くらいかな??」
「あたり!すごいです!」
「本当?やたですっ♪」
 などと楽しく話していると、ふと、前方に人の気配がした。
「あ…」
 弥果ちゃんの懐中電灯が気配を照らす。二人の女性が座っていた。
「何やってるんですかぁ〜?」
 OL風の女性と、厚い眼鏡に二つ結びの女性。OL風の女性が小さく笑んだところで、ライトは私たち二人を照らす。
「休憩していたのよ。」
「……。」
「あの、よかったら一緒に進みませんか?」
 私は小さく笑んで二人に言った。
「そうね、ご一緒させていただこうかしら。」
「…そうですね。」
 そして、二人が立ち上がる気配がする。
「さぁっ、4人なった所でしゅっぱーつ!あ、お姉さんたち、お名前は?」
「松雪馨よ。」
「…加護…朱雀です…。」
 暗い闇の中、弥果ちゃんの照らす懐中電灯を頼りに進んでいく。
 …しばらくすると、やけにまぶしい光が見えてきた。懐中電灯はもう、いらないようだ。





「ぷぁ…!」
 まぶしい光に、私―――嶺夜衣子―――は目を細めた。
「先客がいるみたいね、…見えないけど。」
 荊さんもまぶしすぎて見えないらしい。ただ人がいるのはわかる。
「いらっしゃ〜いっ、6にんめ、7にんめのお客様〜っ!」
 という明るい声がした。
「あ、えと……ここは…??」
 私は恐る恐る尋ねる。薄ぼんやりと目を開けると、人物の輪郭が見えてきた。皆座っているらしい。
「ここは、よくわからない場所。…この先には、進めそうにない。」
 という、おとなしそうな感じの女性の声。…進めそうにない?確かに、眩しすぎて、何も見えない。道も、なにも。
 その声は、続けて言った。
「……あの、名前は?」
 おとなしい感じの女性の声がした。
「そっちから名乗るってのが礼儀でしょ?」
 荊さんって、やっぱり毒舌だよね…うん。
「ああ…なるほど。ごめんなさい。」
 あっさり納得したらしいです。
「神泉柚、です。」
 しんせんゆず、さん。
「荊梨花よ。」
「あ、えと、嶺夜衣子です…。」
「ヤイコ!やいこちゃんって言うの?か〜わいい〜っ♪」
 別のところから、そんな明るい声がした。もう一度きゅっと目を閉じてゆっくりと開く……もう目はだいぶ光に慣れた様だった。
「あ……えと、……」
 5人の女性の姿を、私はゆっくりと見回した。皆さん、十代後半から二十代…といった、若い女性ばかりだった。
「…あ、どうぞ、座ってくださいっ。私、棚次と言います。棚次瞳子。」
 棚次さん…の促しで、私は地面に座りこんだ。土足のホラーハウスなのだが、不思議と地面はきれいだった。
「でっも、この遊園地ってどうなってるのかな。これアトラクションじゃないよね?故障?…あっ、あたし悠祈紀子っていうの、よろしくね♪」
 明るいお姉さん…といった女性、悠祈さんは、にこぱっと笑む。いくつぐらいなのだろう…明らかに私よりも年上ということはわかるが、やけに可愛い感じがする。
「うわぁ、明っかる〜い!」
 ふと聞こえた人の声音に、私は顔を上げた。
 わ…。
 ぞろぞろと歩いてくる女性、4人…みな若い人ばかりである。
 その女性達は揃って、まぶしそうに手をかざした。
「8、9、10、…11人目のお客様!」
 言ったのは紀子さんだった。
「……11人?……皆さん、ここで何を?」
 金髪に碧眼の女性……一見外国人さんに見えるが、日本語の発音は私たちとなんら変わりはなかった。
「………たちおうじょう。」
 柚さんが小さく言う。…その通りです。
「立ち往生…?……これ以上先は進めないんですか?」
 端正な美少年系の…でもその胸元の膨らみはやっぱり女性。カッコイイ〜!
「道、ないから。」
 柚さんが答える。その言葉に、きょろきょろと辺りを見まわしていた女の子が、
「……うぇ〜、どうなるのかな〜?なんかピンチ!っぽいよね。」
 と言う。その声にコクコクと頷きながら賛同するのは、
「そそ、ピンチぃなの〜」
 舌ったらずの声で返す小麦色の肌の少女。
 なんだかおもしろい団体かもしれない…
「…………。」
 ふと目についたのは、金髪女性の後ろで言葉を発さない、幼げな少女。中学生くらいに見える。なんだろう?人見知りかな…?
「うっわぁぁ、まっぶし!」
 あ。
 また聞こえた声音に振り向く、初見の女性がまた4人…ついに15人か。すごーい。
 ―――その時だった。
 ごぉぉおぉぉぉおぉ
 ……え!?
 突然地響きのような轟音が響き、地震のようにあたりが揺れ出した。
「っきゃ!」
「っと」
 バランスを崩して倒れそうになる私は、そばにいた荊さんに抱き止められた。
 ………っ……
 私は強く彼女に抱きついていた。
 ……こ、怖いっ…!





 突然の地震?
 私―――神泉柚―――は、目を細めて上を見上げていた。
 光。
 この光は…?
 ………―――。
「っわ、っとっと!」
 バランスを崩したらしい紀子さんを受け止め、私は尚も見上げ続けていた。
「あ、…柚ちゃん…」
「………みんな、目を閉じて!」
「え、…!」
 一瞬皆は不思議そうに私を見るが、状況が状況だけにか、素直に言葉に従う。それでいい。そうじゃないと失明していたところだと思う。私も強く瞳を閉じた。
 ―――刹那!
 ぐぉん!
 身体が宙に浮くような感覚を覚えた。
 無重力空間のような、吐き気のする感覚。
 そんな感覚をどれくらい感じ続けていたのか―――私は意識を失った。





 ずきずき。
 頭の一部がやけに痛んだ。
「………っ〜、あたたたた!!」
 我慢出来ず、あたし―――悠祈紀子―――は頭を押さえてのたうち回った。
 た、たんこぶ出来てる!
 そんなことを思いながら目を開いた瞬間…、一瞬思考が停止した。
 ―――あれ?
 遊園地……だった。
 見覚えがある……
 って、見覚えもなにも、先ほど遊んでいたばかりではないか。
 友達と遊びに来て、ホラーハウス入って、そして……
 …………
 …そして?
 あたしはゆっくりと辺りを見回した。
 遊園地の中央広場。人の姿はない。
 空を見上げると、夕暮れでオレンジに染まっていた。しかし、いくら夕方といっても、人がいないのはおかしい。ここの遊園地は夜まで営業してるはずだし、今夜はナイトパレードも予定されていたはず。
 ―――第一、なんであたしがこんな広場のド真中で転がってるの?
 ……ホラーハウス。
 たしか、突然の地震みたいなので、あたし柚ちゃんに抱きとめられて、それで…
 ……それで?
 あれからどうなったのかわからない。
 気を失った?それで、どうしてここにいるの?
 わからないことだらけで、頭が混乱していた。
 あたしはゆっくりと立ち上がると、何か発見はないかと、また辺りを見回す。
 やはり人影はなかったが、ふと観覧者に目が止まった。…動いてる。
 ほかのアトラクションは停止しているみたいなのに、観覧者だけはゆっくりとした動きで回転している。
 とりあえずあたしは観覧車へと駆け出した。





「……紀子さん、見つけた。」
 ぴ、と指をさす。
 もちろん当人はそんなことに気づくわけもなく、私―――神泉柚―――のいる観覧車へと近づいてくる。
「…ヤイコちゃん、見つけた。……花月さん、見つけた。」
 考えることは同じなのか、遊園地の各地に見える小さな小さな人影は、この観覧車へと集まってきていた。
 がくん
 小さな揺れを感じて回りを見る。あ、今てっぺんだ。すごい……。
 ………。
 いつから、私はここにいたのだろう。
 ふと気づくと、私はじっと観覧車から景色を眺めていた。変な話だけれど、私の意識がここになかった時からずっと、私はここから景色を眺めていた。
 そんな気がする。
 ―――今、いったい何が起こっているのか。
 私には皆目検討もつかない。
 ただ、一つだけ悟ったこと。
 私たちは隔離された。
 私たちは、容易く俗世には戻れない。





「玲!」
 あたし―――岩崎安曇―――は、見知った姿を見かけ、呼びかけた。
「安曇!良かった…。」
 玲は立ち止まると、安堵の表情を見せた。
「安曇、観覧車が動いてる。……行ってみよう。」
「うんっ!」
 あたしと玲は、小走りで観覧車へと向かう。
「あ……、」
 観覧車の前には、皆が集結していた。
 ―――あ、違う…、あの真っ白な女性がいない。
「柚サンがいないわね…」
「うーん……」
 柚さんと言うらしかった。
「……あ…!」
 誰かが観覧車の方を指さしていた。あたしはその先に目線をやる。
 ガゴン、金属の触れ合う音がし、柚さんが観覧車から下りてきた。
「…………。」
 柚さんは何も言わず、ゆっくりと皆の集まる観覧車前へと歩いてきた。
「……全員、集合したよね。」
 女性の言った言葉に、柚さんは頷く。
「……どうしよっか。」
「自己紹介。皆の名前、知らないから。」
「えっと……それじゃ、そこのレストランでも行く?食べ物はないかもしれないけど…ひとまず休憩も兼ねて。」
 こくん。柚さんが小さく頷く。
 そして女性の先導で、あたしたちはレストランに向かうのだった。
 ……柚サン。すっごい不思議な人。
 なんなんだろ。…わかんない。





「じゃ、いいだしっぺのあたしから行くねっ。悠祈紀子、現在26歳、恋人ナシ!ちまちま仕事しつつ苦しい毎日おくってました!」
 …そんな堂々と言うことじゃないと思う。
 心の中でつっこみつつ、私―――神泉柚―――は、隣に座る紀子さんを見遣る。明るく元気、頼れるお姉さんと言ったイメージか。
「じゃ時計回りね、次は柚ちゃん〜」
 何故時計回り…?
 そう言われてしまってはどうしようもないので、私は2番目の自己紹介。
「…神泉柚。22歳、大学生。……見ての通り、アルビノ…です」
 皆、どんな目で私を見るのだろう。真っ白な女。ハンディキャップ?変な人?
 そして私は次へ促すべく、隣を見る、…え?
 隣に座っていた女性と、おもいっきり目が合った。
 女性は尚も、じーっと私を見つめてくる。
「………なに?」
「…お姉さん、きれいですぅ……。」
「……何が?」
「…真っ白で、色素薄い目とか、お肌とか雪みたいでぇっ!!」
 ふに、と頬をつままれた。
 抵抗も出来ず、つままれたままの状態で10秒程経つ。
 はっ、と女性は我に返った様子で、
「ああ、ごめんなさいです!ええとね、弥果、林原弥果っていいます〜。現在21歳〜〜」
「21歳?!」
 OL風の女性は、驚いた様子で言った。皆も一緒の様。たしかに21には見えない。
 幼い容姿で、その格好も、喋り方も、なんだか幼い。可愛らしい。おもわずむぎゅーと握りしめたく…いや、抱きしめたくなる?そんな、女の子。
「弥果、若くみえるでしょぉ〜??」
「若い…っていうのか?この場合。」
 紀子さんのつっこみはもっともだと思う。
「弥果ね、保母さんのお勉強中です〜。試験があるんですよ〜〜」
「へぇ、保母さん!すごい!」
 弥果ちゃんの向こう隣に座る女性は、両手を合わせて感動したように言う。なんだか少しオーバーリアクションのような気もするけど、
「えへへ〜。」
 と、弥果ちゃん当人はご満悦の様。
「えらいなぁ弥果ちゃん。私は、ええと、無職の身の姫野忍と申します、25歳です。皆さん、どうぞ宜しく!」
 なんだか微妙なテンションのお姉さん。眼鏡が似合うサッパリした女性である。あの眼鏡は光ったりしないのだろうか。きゅぴーん、と。
「…松雪馨、27。OLやってるわ、どうぞヨロシクね。」
 姫野さんの向こう側の女性。やっぱりOLだった。見るからにOLっていう感じの、セクシーなお姉さん。少しキツそうな感じもするけど、キレイな人。いわゆる、秘書風?
「あ、えぇとぉ、戸谷紗理奈です〜。職業は、えと、フリーターってゆうのかな?19歳ですぅ。」
 小麦色に焼けた肌と、舌っ足らずな口調が特徴の紗理奈ちゃん。いじめたらおもしろそうな気がするけど、私はサディストではないので、残念ながら。
「名村花月、モデルをやってるわ。26よ、宜しくね。」
 やはりモデルというだけあって、群を抜いてキレイな人。容姿だけじゃなくて、物腰とか話し方とかも、なんだかステキさん。
「棚次瞳子です。今、大学の二年生で、二十歳です。…えっと、宜しくお願いします。」
 瞳子さん。トーコ。けっこうどこにでもいそうな感じがする大学生さん。
 …平凡、なのはいいこと。なんとなく、笑顔が可愛いな、と思う。
「荊梨花、25歳、職業は…フリージャナリスト。よろしく。」
 イバラさんって、珍しい苗字。フリージャーナリストさん。かなり厳しそうな感じ…なんていうか、教師と共通するものがあると思う。
 そっけないというかクールというか、影の顔は大魔王、だったり、して。
「嶺夜衣子と言います、宜しくお願いしますっ。えと、歳は19で、今年の春に小さな会社に就職したばっかりの、社会一年生ですっ。」
 眼鏡に、ショートカット。ある種の王道を行く彼女。やや緊張した面持ちがまた良い。
 ヤイコ。ヤイコ…。あだ名みたいな名前がよく似合うのはなんでだろう。
「岩崎安曇、17歳!高校三年ですっ!よろしく〜っ!」
 これまた元気な。高校生?………若い。
 きゅ、としばった二つ結びが可愛らしい、まだ少女の名が似合う女の子。
 キーン、と両手を広げて走っていても違和感がない、はず。
「…赤倉玲です。大学一年の18です。宜しくお願いします。」
 美少年…といった感じの玲サン。これは本当にかっこ良いと思う。
 女の子が彼女にしたい人ナンバーワン?
 場所はテニス部の練習試合、流す汗が爽やかで、思わず花束が寄って来そう、な感じ。
「……加護、です。加護、朱雀……。22歳で、職業は…その、…、エステティシャン、です…。」
「エステ!?へぇ、すごーい!」
 紀子さんが感嘆の声を上げるが、朱雀さんは小さくかぶりをふる。
「…そ、そんなこと、ないです……。」
「でもなんかいいよね、職業はエステティシャン!うーん、かっこい〜」
「はぁ…。」
 暗い感じがする。伏せ目がちで、エステティシャンっぽくない。何故あんなにオドオドしてるんだろう。
 ああいう女の子はきっと、素顔が可愛いとか、そういう定説通りなはず。
「…宮本マリアと言います。両親と見た目はアメリカンですけど、生まれも育ちもジャパンです。現在看護婦職についています。歳は24。宜しくお願いしますね。」
 金髪碧眼……なのにジャパニーズ。なんだか違和感を感じずにはいられない。落ち着いた感じは、やはり職業柄なのだろうか。
 マリア・ミヤモト。世界を股に掛けているように見せかける女。
 ――そして最後の一人、マリアさんが彼女に小さく話しかけると、彼女は頷き言葉を発した。
「……横溝、夕。15さい。」
 ……変なコドモ。…味気なく、素っ気無い言葉。人見知りとも違う様子。なんだろうあの感じ。素の性格?
 ……どことなくだけど、狂気的な雰囲気。
 夕。15歳。コドモ。
「はいっ、終了〜!みんな、短い間だと思うけど、仲良くしましょうね♪」
「なに言ってんの?」
 紀子さんの明るい声に冷たく反論を返した声。
 荊さん、だった。
「こんなとこで馴れ合ってる場合じゃないのよ。よくわからないこともあったけど、さっさとこの遊園地から出て…」
 言いかける荊さんを静止するように、私は言った。
「無駄、です。」
「…え?」
 と、彼女は訝しげに聞き返す。私は、
「出られない。外界とここは、繋がっていない。」
 と説明、した。証拠があるのかと言われると困るけど、何故か、確信が、あった。
「……何言ってるの?ふざけてるんなら、」
「荊さん。事実よ。」
 尚も言い返す荊さんにそう告げた花月さんだった。その表情には困惑が見えるけれど、はっきりとした口調で言い、彼女は小さく肩を竦めた。
「私、ホラーハウスの地震の後…気づいたらね、その…なんでかわからないけど、入り口の近くにいたの。わけがわからなくて、遊園地の出口に向かって、…誰もいないから怖くなって、出ようとしたの。門は開いていたわ。……けれど…」
「……けれど?」
 押し黙った花月さんを促すように、荊さんが言う。彼女は荊さんを見据え、
「行けないのよ。どうしても。」
 と、きっぱりと断言した。
 そこで彼女がどのような行動をとったかはわからないけれど、その言葉は重く、真実味がある。
「………」
 花月さんの言葉に荊さんは小さく眉を顰めるだけで、返す言葉もないようだった。
「―――こんな非現実的なこと、あるわけないって思っていたけど…。実際起こってみると、信じざるをえないわ。…なんだったら、実際荊さんが確認してもいいと思う、結果は同じ…だと、思うけど。」
「……………どうして、…どうして私がこんなとこに隔離されなきゃいけないの?」
 荊さんは、この現状を否定するように小さく首を左右に振り、零す。
 そんな荊さんに、
「それは、わからない。事を起こした者でなければ。…それは神かもしれない。」
 と、私は言い放った。荊さんは小さく眉をしかめ、ため息をついた。
「……これからどうするの?」
「わからない。他の出口を探すのも良いかもしれない。それで納得できるなら。―――でも、ここは今まで居た世界とは、違うような気がする。―――わからないけど。
 いつまでここに居れば良いのかもわからない。けど、おそらく自然にお腹も空くし、眠気も襲う。だから、今は、…そう、生活しながら、待っているべきなのかもしれない。」
「………。」
 きっとこれしか方法はない。道はない。
 この隔離された世界に招かれた15人の女性たち。
 私たちは―――どうなるの、だろう?









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