彼女はいつも窓際の席で、頬杖をついて外ばかり見ていた。 成績は中の上で、ルックスも抜群で、才色兼備という言葉が相応しい人。 だけど大人びた顔立ちの彼女は、少しだけ学校の制服が似合わない。 彼女は授業中も、中休みも、或いは放課後も、誰かと言葉を交わすことはなく、頬杖をついて窓の外を見ていた。 「何、見てるの?」 小さく問い掛けた私に、彼女はゆるりと視線を上げて私を見遣った後、すっと双眸を伏せる。長い睫毛が目元に影を落としていた。 「何も見てないわ」 彼女は小さく呟いた後で、カタンと音を立てて席を立つ。 背中の中程よりも少し長い髪が、さらりと揺れる。 彼女は無表情に鞄を手に取り、「さよなら」とだけ小さく告げた。 悪い噂を聞いたのはいつのことか。 「あの子、色々ヤバいことやってるらしいから、関わらない方がいいよ」 忠告めかしたクラスメイトの言葉に、私は一つ眉を顰める。 彼女はミステリアスな存在だ。 彼女の住んでいる場所も、家族構成も、学校以外の場所で何をしているかも、私は知らない。 ただ知っているのは、そう、彼女がミステリアスな存在であるということだけだ。口数も少なく、友達と談笑している姿など見たこともない。沈黙を守り、その視線が人物を捉えることはなく、ただ、窓の外ばかり見ている。 「どうしてそんなことが解るの」 少し苛立った口調でクラスメイトに問い掛けた。 クラスメイトは少しの逡巡、辺りを気にするように視線を巡らせては、声を潜めてこう言った。 「中年の男とホテルに入っていく所、見た人がいるんだよ」 「……嘘」 「本当だって。あ、これ一応内緒ね?」 クラスメイトは微苦笑を浮かべて肩を竦めた後、「じゃあね」と私の前から立ち去った。クラスメイトの言葉を頭の中で反芻しては、また眉を顰める。 どうして私は、こんな風に、複雑な気持ちを抱いているんだろう。 「あの、良かったら途中まで一緒に帰らない?」 いつもの窓際の席で頬杖をつく彼女に、私はおずおずと言葉を掛けた。彼女はちらりと私を一瞥し、「用事があるから」と短く返す。 「校門まででもいいから。……良かったら」 自分でも何故ここまで執拗になるのか解らなかったけれど、私はそう食い下がらずに言う。彼女は私から視線を逸らして、席を立つ。鞄を手に取り、私の横をすり抜けていく。 少しの後悔を抱いていた矢先、不意に彼女は振り向いた。 「行くんでしょう?校門まで」 「え?……あ、うん」 私は慌てて彼女の後を追いかける。 教室を後にして、二人、廊下を歩む。 私よりも背の高い彼女は、その視線を真っ直ぐに前に向けて、黙々と歩を進める。まるで私に興味を抱いていないかのようだった。そんな彼女の隣を歩いていると、また、クラスメイトのあの言葉が頭の中でリフレインする。 そんなわけない。彼女が危ないことに手を出しているなんて。 そんなこと、有り得ない。 私は足を止めて、先に歩む彼女の背中へと言葉を放った。 「……変な噂が流れてるの、知ってる?」 「何のこと?」 彼女はゆるりと振り向いて、意味深にその目を細めた。 私はきゅっと唇を噛んだ後、思い切って口にした。 「危ないことしてるって。……援助交際とか、してるって」 そう言葉にした途端、ドクン、と心音が大きくなって、私は思わず目を伏せる。こんなこと言ってはいけなかったかもしれない。だけど、耐え切れなかった。 「それが、何か?」 素っ気なく返された言葉に、私はゆっくりと目を開けた。 彼女は暫し私を見つめた後、踵を返してまた歩を進める。 「待って。……あんな噂、私は聞きたくなかったよ」 彼女を追いかけながら、少し詰まる声で言う。 「――でも、それが事実だもの」 「え……?」 余りに呆気なく返された言葉に、私は小さく声を漏らした。 彼女は歩調を緩めるでもなく、淡々と言葉を続けた。 「援助交際、してるわ。お金……必要だから。ただ、それが事実だ、と言っているだけ」 「そん、な……」 彼女の口から聞かされたその事実に、これ以上返す言葉もなかった。 心がドンと打ち抜かれたように、痛むのは何故だろう。 窓際で頬杖をつく彼女の姿。すっと向けられる彼女の視線。そして今、隣を歩いている彼女の存在。 私は、漸く今私自身が抱いている感情に気がついた。 ――私、嫉妬しているんだ。 「どうして貴女が、私のプライベートに干渉するの?」 「それは、私が……」 言葉が詰まる。 代わりに、彼女の制服の裾をきゅっと握った。 振り返る彼女の、冷たい表情を見上げる。 私は、私はいつの間にか、憧れを抱いていた。 大人びていて、綺麗で、ミステリアスで、そんな彼女に。 もっと関わりたいと思っていた。 もっと彼女のことが知りたいと思っていた。 私は彼女のことが。 「好き、だから。……私、好き、なの」 「……?」 切れ目がちな瞳を丸めて、不思議そうに見つめる彼女。 トクン、トクン、心臓が爆発しそうになっている。 それでも私は、言うしかないと思った。 「女の子同士だからって変だと思うけど。でも、好きになったの。恋愛感情として、好き」 そう、言い切ってしまった後に彼女の顔を見るのが怖かった。 伏せ目がちだった私に、不意に、彼女の手が肩に触れた。 ゆるり、顔を上げると、そこには。 今まで見たことのない、彼女の微笑があった。 「面白い人ね。どうして私のことなんか」 「理由なんて、解らないよ。だけど、この気持ちは」 そう続ける私の言葉を制すように彼女は手を翳し、どこか悪戯に笑みを深める。 「いいわよ。……始めましょうか」 「え?」 「援助交際からね。一回三万。用意できる?」 「は……?」 拍子抜けした声を上げる私に、彼女はクスッと笑んで、少し緩めた歩調で歩き出す。 「恋人なんて作る気はないわ。私が欲しいのはお金と、少しの快楽」 「……う」 言葉が詰まってしまうのは。 私が単なる女子高生で、三万円なんて大金、用意出来るわけ、ないからであって。 と、そんなことを考えてふと気付く。 私は援助交際からでも良いから、彼女と“始めたい”と思っている。 「ば、バイトする!私、バイトするから!だから少し待ってて。お願いッ、私と」 「……私と?」 「え、……援助交際、して下さい」 しどろもどろに告げた私に、彼女が笑う。 クスクスと控え目な笑い声が廊下に微かに響く。 「いいわよ。待ってるわ」 そう告げて颯爽と歩む彼女の背中を見つめ、私は少しだけ笑った。 “援助交際から始めましょう”なんて、聞いたことがない。 だけどそれが彼女のスタイルなら、私は彼女の為に出来ることをしようと思った。 それが私の、想いなのだと気付いたから。 |
■コメント 突発ショートストーリー。 原案は夢で見たお話。 ミステリアスな美女のクラスメイト。 このお話の私は、私自身の視点。 彼女に告白した返答が、 「援助交際から始めましょう」 だった、強いインパクトのある夢。 これはお話にしなきゃ、と思って書きました。 |