配役表 ------------------------------------------------------------------------------ 白雪姫(棚次瞳子) 王子様(神泉柚) 継母(水戸部依子) ------------------------------------------------------------------------------ 王様(木滝真紋) 前后(中谷真苗) 白雪姫の弟(横溝夕) ------------------------------------------------------------------------------ 7人の小人(國府田花火・皐月萌・秋月遊夢・嶺夜衣子・戸谷紗理奈・高見沢亜子・渋谷紗悠里) ------------------------------------------------------------------------------ 継母の家来(銀美憂) 王子様の家来(荊梨花) ------------------------------------------------------------------------------ 王子の馬(前/悠祈水散・後/悠祈紀子) 王子の家来の馬(真田命) ------------------------------------------------------------------------------ 王子側の王様(宮野水夏) 后(沙粧ゆき) 兵士(田所霜) ------------------------------------------------------------------------------ 悪の鏡(神崎美雨)善の鏡(闇村真里) ------------------------------------------------------------------------------ ナレーション(真宮寺芹華) |
それからすっかり夜も更けた頃、その家の持ち主たちが帰って来た。小さな家によく似合う、小さな人間…否、小人たち。彼らは、山の鉱石を掘って生活をしているので、朝早くから日が暮れるまで家を留守にしているのだ。 「あれ…?なんだか、いつもと違うような…。」 と、一番目の小人・ヤイコ。 「そぉ?いつも通りじゃん。あー疲れた。だれか風呂入れれー!」 と、二番目の小人・サリー。 「自分でせぇ。サリーはめんどくさがりやからアカンねん。」 と、三番目の小人・アッコ。 「…そういうアッコさんも、めんどくさがりやさんですよね…。」 と、四番目の小人・サユリン。 「待て!…あたしのパンがそこはかとなく減ってるような気が…!!」 と、五番目の小人・ハナビ。 「減ってるワケないじゃん★誰も食べる人なんかいないよぉー。」 と、六番目の小人・モエモエ。 「…………誰か、居るよ。」 と、七番目の小人・ユーム。 「だっ、誰か居るぅ!!?」 ユームの言葉に声を上げたのはサリーだった。 皆も驚いた様子で、バタバタと奥の部屋へ向かう。 そして、隅のベッドで眠るのは、一人の女性――白雪姫だ。 「うわ、むっちゃカワイイ!ラッキー!いまのうちに…」 「いまのうちに何する気ですかっ。」 白雪姫に駆け寄ろうとするハナビの服の裾をむんずと掴んだのはヤイコ。 「どうせアレでしょー目覚めのチュー!とか思ってたんでしょ!」 「なんでわかるの!?」 ニヤニヤしながら言うサリーに、ハナビは図星と言った様子。 「その二人は考えとること一緒やから…。」 ポツリと呟いたアッコに、コクコクと頷くヤイコ。 そんな賑やかな声に、白雪姫は静かに目を開けた。 「………ゎ、わぁっっ!!?」 覗き込んだ七つの顔に、白雪姫は驚いて声を上げる。 七人が顔を引っ込めて、ようやく白雪姫は上半身を起こすことが出来た。 「…あ、あ、えっと、…ご、ごめんなさい!あの、わ、私―――」 白雪姫は、しどろもどろになりながらも自己紹介と、今までの事を話し終えた。 七人の小人たちは真剣に話を聞き、そして中心人物らしいハナビが、こざっぱりとした笑みを浮かべ言った。 「なるほど、帰るところがないワケだ。此処に住まわせるのは構わないんだけど〜、その代わり、家事全般やってくれる?」 ハナビの言葉に、白雪姫の表情がぱぁっと明るくなった。 「そ、そんなことで良かったらいくらでも!」 「それと、最低限のマナーを守ること。」 口を挟んだのはサユリン。眼鏡を掛けた生真面目そうな小人だ。 「も、勿論です。」 コクコクと白雪姫が頷くと、サユリンは一つ頷き 「当然ですよね。……お風呂入れてきます。」 そう言って、浴室へと姿を消した。 そんなサユリの後姿に小さく笑うモエモエは、 「気にしなくていいからね。ちょっとクールだけど、サユリもイイヤツだから★」 と、屈託の無い笑みを浮かべた。 「お塩を大さじ一杯。」 「はいッ。」 「それから、お砂糖を小さじ二杯。」 「はい!」 「最後に隠し味の葡萄酒を一振り入れましょう!」 「はーい!」 白雪姫が、小人の家に居候を始めてから、一ヶ月が経った。 楽しそうに料理をする白雪姫の隣には、真剣な様子のヤイコが料理のレクチャーを受けている。 白雪姫はグツグツと煮える鍋に蓋をすると、小さく微笑み、 「それじゃあ、あとは弱火でコトコト煮ます。」 と言って、机を囲む六人の方に振り向いた。 「白雪姫ー!まーだぁー?」 まだかまだかと急かすモエモエに、 「行儀悪いで、モエモエ。おとなしくしとき。そのうち出来るさかい。」 と、アッコは頬に出来たニキビを気にしつつ、注意した。 「この香りは…、香草を使った?」 表情は少ないが誰よりも物知りなユームは、くんくんと匂いをかいで言う。 「うん。お肉の臭みを取ってくれるの。今日はヤイコちゃんも手伝ってくれたから、美味しく仕上がってると思うよ。」 白雪姫は、皆のマグカップに葡萄酒をそそぎながら、微笑んで言う。 そんな白雪姫の微笑みが、皆を和やかにさせた。彼女は、居るだけで人を幸せに出来る不思議な力を持っているのだ。 白雪姫自身、この共同生活が気に入っていた。此処では、自分は姫ではない。家事という立派な仕事をこなし、家族の一員として受け入れられていると感じることが出来るのだ。 「あぁ、そうそう。白雪姫、明日は少し遠くの採掘場まで出かけますから、帰りが少し遅くなると思います。留守の方、お願いしますね。」 サユリンが、クイッと眼鏡を上げながら言った。 「はい、わかりました。」 白雪姫は頷くが、内心では「寂しいな…」と呟いていた。 けれどそれを表に出すようなことはしない。白雪姫は、小人たちが働いてくれるおかげで生き延びることが出来るからだ。 白雪姫は気を取り直すと、 「じゃあ、明日は頑張って大掃除しちゃいますから。帰って来るの、楽しみにしてて下さいね!」 と、笑顔で言った。 「…期待してます。」 サユリンはそう返し、フッと小さく笑みを零した。 白雪姫はサユリンの笑みに、嬉しそうに笑み返したのだった。 ―――その頃。 城では、大変な騒動になっていた。 いや、その騒動も少し落ち着き、諦めていく者も増えてきていた。 それでも、王や夕王子は、頑なに白雪姫が生きている事を信じ続けていた。 「…お姉ちゃんはきっと生きてるよね。きっと…。」 三人になった食卓で、夕がポツリと呟く。 王は沈痛な雰囲気を漂わせていたが、夕の言葉に顔を上げ、 「ああ。…生きているよ、きっと。」 と、深く頷いた。 継母だけが、言葉もなく黙々と食事を続けていた。 王は不意に継母に目を遣ると、じっとその姿を見つめた後、口を開いた。 「依子も、白雪姫のことを心配してくれているか?」 微かに漂う王の疑念を、継母は敏感に察した。 顔を上げて困惑したような笑みを作り、継母は言った。 「当然よ。心配で、食事も喉を通らないの。でも私も、白雪姫が生きていると信じているわ。」 「そうか…。」 王はどこか憮然とした様子で小さく頷き、そして小さく続けた。 「あの時、ハイキングなどに行かせなければ…。」 王は呟いて、扉の傍で立つそれぞれの側近に目を遣った。しかし、継母の直属の家来であった銀の姿はそこにはない。銀は、森で白雪姫の姿を見失ったという失態から、馬小屋へと回されてしまったのだ。 王はすぐに視線を戻すと、小さくため息をついた。 「…お父様、銀のせいじゃないよ。」 夕は、ここには居ない銀を庇うように言う。夕もまた、銀にとっての弟のような存在であり、夕自身も銀のことを慕っていたのだ。 「わかっている。…わかっているよ。銀を馬小屋に回したのは、銀を責めているわけじゃない。でも、そうでもしなければ国民に顔向けが出来ないんだ。」 「うん…。」 二人が物憂げに食事を続ける中、カタンと継母が席を立った。 「ごめんなさい、食事は残すわ。……自室で休みます。」 継母はそう言い残し、二人に背を向けて新たな側近を連れて食堂を出た。 側近を後ろに歩かせながら、継母はふっと邪悪な笑みを零す。 白雪姫が心配で食事が喉を通らないなど、事実であるわけがない。彼女自身が白雪姫の命を奪うように命令したのだから。今日は、国の若い娘を捕らえ取った心臓を食す日なのだ。 ますます美しくなっていく。そしてもう邪魔者はいない。私こそが、世界一美しい人間なのよ。そんな喜びを抑え切れぬように、笑みを浮かべて。 自室に戻ると、家来が持ってくる心臓を待つ間、ソファに腰掛けて葉巻に火をつける。 チラリと、半分になった鏡を見遣った。 白雪姫を殺すように命令をし、そして白雪姫の心臓だと信じて疑わずに熊の心臓を食して以来、鏡に向かうこともなくなっていた。確認するまでもないと、そう思い込んでいた。 しかし今、乙女の心臓が届くまでの待ち時間の間、久しぶりに鏡に向かいたくなった。 継母は葉巻を灰皿にもみ消すと、鏡の前へ立った。 「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは、だぁれ?」 解りきった答えを待つように、余裕の笑みを浮かべて継母は鏡に問う。 しかし、その答えは継母の予想には、反していた。 『この国では、貴女が一番美しい。けれど、山の向こうで七人の小人と共に暮らしている白雪姫が、世界で一番美しい。』 冷たく響く声に、継母の顔は見る見るこわばっていく。 「…なん、ですって…!!? 白雪姫は生きているというの!?」 『そうよ。貴女が自らの手で殺めないばかりに、白雪姫は生き長らえているのよ。熊の心臓を食べて満足しているなんて、バカな女。』 蔑むような悪の鏡の声に、継母は怒りで体を震わせた。 「う、うるさい…うるさい!!!」 傍にある暖炉の火かき棒を手にし、継母はありったけの力でそれを鏡に振り落した。 しかし、鏡にはヒビ一つ入らない。 『八つ当たりをするよりも、白雪姫を殺せばいいでしょう。自らのその手で。殺せばいいのよ。』 「はぁッ…。」 継母は小さく息をつくと、鏡に映る自分の顔を見つめた。 一分、二分、…どのくらいそうしていたか、継母は不意に笑みを零した。 「そうよね。その通りだわ。…私がこの手で殺せばいいんだわ…!」 「フンフンフンフ〜ン♪」 白雪姫は、鼻歌混じりに小人の家の大掃除に精を出していた。 毎日毎日働いている小人たちは、どうやら家の掃除を怠っていたらしい。戸棚を開ければ雪のような埃が舞い、ベッドの下は蜘蛛の巣だらけだった。 それでもなんとか片付いて、こざっぱりしてきた頃。 窓の外は陽が傾き、オレンジ色の空が広がっている。 コンコン。 突然鳴ったノックの音に、白雪姫は驚いた。 これまで一ヶ月間ここに住んでいて、白雪姫が留守番をしている時に客人が訪れたのは初めてのことだったからだ。 白雪姫は少し怯えながら、ドアを少しだけ開けた。 「どなたですか…?」 そこには、きつい化粧をした物売りの女の姿があった。 「こんにちは、お嬢さん。色とりどりのリボンを売っているの。絹製の上質なものよ。ほら、この赤色のリボンなんて、お嬢さんの髪にとっても似合うと思うわ。」 物売りはにっこりと笑んで、白雪姫に言った。 「素敵なリボン…。あぁ、だけど私、お金を持っていないんです。」 白雪姫は申し訳なさそうに言うが、物売りの女は白雪姫に顔を近づけると、ゆっくりと首を振った。 「お嬢さんのような綺麗な女性からお金を貰うわけにはいかないわ。特別にただで差し上げるから。」 女の言葉に、白雪姫は嬉しそうに笑んだ。 特に怪しい様子もないし、と、白雪姫はドアを開け、物売りの女性に近づいた。 「じゃあ、髪を結ってあげる。後ろを向いて。」 女の言葉通りに、白雪姫は女に背を向けた。 女は小さく笑み、その細い手で白雪姫の黒髪を撫でる。 「……あの、本当にいいんですか?」 白雪姫が尚も申し訳なさそうに言う。 女は赤く長いリボンを両手で握ると、 「ええ。…私が、得するのよ。」 と、小さく返した。 「え…?」 不思議そうに白雪姫が言った、刹那――― 「…ア …ッ…!!?」 赤いリボンが白雪姫の首に回されたかと思うと、女はありったけの力でリボンを交差させ、引いた。 白雪姫は目を見開き、何があったのかという様子で口を小さく動かした。 まもなくして、白雪姫の体から力が抜け、どさりとその細い体が床に投げ出される。 「…フッ…ふははは!!バカねぇ。こんなあっさり引っかかるなんて。バカねぇ!!」 女が漏らす高笑い。そして蔑むように見下げるその濁った瞳。 ―――そう。 この女、継母が変装をしていたのだ。 その時、森の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。 「…それじゃあね、白雪姫。」 継母は小さく言い捨てると、早足で小人の家から離れていった。 「―――あ、れ…?…白雪姫!!?」 最初に家に入った小人のモエモエが、目を丸くして白雪姫に駆け寄った。 首に赤い痣が浮かび上がり、白雪姫は死んだように目を瞑っていた。 「う、うそ…うそぉ!!なんで、なんでこんなことになるの…!!?」 モエモエは涙目になりながら、後からやってきた他の小人たちに白雪姫のことを告げる。 即座に白雪姫に駆け寄ったには、サユリンとユームだった。 「白雪姫!…目を覚まして、お願い…!」 普段はクールなサユリンだが、今は白雪姫の手を強く握り、涙混じりに懇願する。 「…待って、サユリン。静かに。…―――大丈夫、脈はある。」 冷静に白雪姫の手首に触れていたユームは、ポツリと言う。 「本当に!?」 ぱぁっとサユリンの表情が晴れたと同時に、「う、ん…」と、白雪姫が小さく声を漏らした。 七人の小人たちが、白雪姫の周りを囲む。 まもなくして、白雪姫はゆっくりと目を開き、不思議そうな顔で七人を見回した。 「あ…、あれ、私……?」 見渡していた白雪姫が目をとめたのは、その瞳いっぱいに涙を溜めたサユリンだった。 「…こ、こんなところで寝てないで下さい。誤解しますから。…今後は注意して下さい!」 サユリンは赤くなり、一番に白雪姫から離れ、彼女に背を向けこっそり涙を拭った。 白雪姫が上半身を起こすと、ハラリと赤いリボンが床に落ちた。 「!」 白雪姫はそれを手にすると、はっとドアを見遣る。勿論、そこに物売りの女の姿はない。 「―――殺されそうに、なったの…。」 白雪姫は眉を顰め、物売りの女が訪ねて来たことを小人たちに話した。 全員が真面目な様子で話を聞き終え、しばしの沈黙が流れる。 そしてポツリと口を開いたのは、アッコだった。 「それ、多分王女やと思う…。まだ、白雪姫の命を狙ろうとるんや…。」 「…うん。」 白雪姫は、悲しげに頷いた。 そしてまた皆押し黙ってしまう。 「―――とにかく、もしまた誰かやってきても、不用意にドアを開けてはいけない。いいね?」 ユームが、結論づけるように言った。 「うん、わかったわ。…ありがとう、皆。」 白雪姫は小さく呟き、恐怖と仲間の優しさへの感謝が入り混じった涙を、静かに零した。 『山の向こうで、今も元気に七人の小人と共に暮らしている白雪姫が、世界で一番美しい。』 「―――なぁんですってぇ!!?」 継母は、ヒステリックな声を上げた。 確かにその手で首を絞めたはずだった。しかし、あの時小人たちがやってきたせいで、死んでいる確認までは出来なかった。 苦虫を噛み潰したような表情で、継母は考え込んだ。 『私は貴女に魔力を与えたはずよ。それを使いなさい。』 悪の鏡の声に、継母ははっと顔をあげた。 「なるほどね。そういう手があるわけ。―――OK、今度こそ、白雪姫を殺してやるわ。」 物売りの女が来てから一週間が経った時、再び小人の家のドアがノックされた。 「どなたですか?」 白雪姫は、今度は窓から来客を確かめることにした。 ドアには頑丈な鍵を取り付けてもらったのだ。 「お嬢さん、良い物が揃っているよ。良かったら見てみない?」 一週間前とはまた違った風貌の物売りの女だった。勿論それは継母の変装だが、見事な変装で継母の面影は一切残っていない。 「あの、ごめんなさい。誰も家に入れちゃだめなんです。だから、いりません。」 きっとこの女性は関係ないだろうなと思ったが、小人たちから強く言われていることもあり、白雪姫はそう断った。 しかし女はそう簡単に引くわけもなく、 「見えるでしょう?」 と、大きなバッグの中から煌びやかな櫛を取り出した。白雪姫はそれが目に入った瞬間、感嘆のため息を漏らした。それがとても美しく、素晴らしい櫛だったからだ。 「あぁ、すごく素敵です。…だけど私お金を持っていないから、その櫛を買うことが出来ません。」 至極残念そうに言う白雪姫に、女は微笑んで言った。 「私、今すごく喉が渇いているの。もし葡萄酒を一杯飲ませてもらえれば、この櫛はお譲りするわ。」 「本当ですか!?」 ぱぁっと白雪姫の表情が明るくなるのを、女は見逃さなかった。 「ええ。本当は由緒ある櫛なんだけど、私は喉がカラカラで死にそう。命にはかえられないわ。」 その言葉の聞いて、白雪姫は嬉々として鍵を外し、ドアを開けた。 継母は、白雪姫が高級品よりも由緒あるアンティークを好むことも知っている。 白雪姫は女を家に入れると、マグカップに葡萄酒を注ぐ。 「―――お嬢さん、椅子に座ってごらんなさい。髪を梳かしてあげる。」 「はい!」 白雪姫は女の言う通りに、女に背を向けて椅子に腰掛けた。 女は櫛を手にすると、ニヤリと卑しい笑みを浮かべた。 今度こそ―――。 「……ぁ…」 女が櫛を白雪姫の髪に入れ、そして溶かすか溶かさぬかの内に、白雪姫の身体からフッと力が抜け、机にどさりと突っ伏した。その衝撃で、マグカップに注いだ葡萄酒が揺れ、零れる。 「ふふふ…さすがの白雪姫も、毒を貰っては生きていられないでしょ。」 女が櫛から手を離した瞬間、煌びやかな美しい櫛はみるみるうちにごく普通の、質素な木の櫛へと変わっていく。この櫛は、悪の鏡の魔法によって形を変え、そして毒を含んでいたのだ。 継母はまるで死んだように動かぬ白雪姫を見下ろし満足そうに笑むと、早足で小人の家を立ち去った。 しかし、幸いなことに時刻は夕方で、少しすると小人たちが戻ってきた。 またも死んだように気を失っている白雪姫に小人たちはうろたえたが、冷静沈着なユームが白雪姫の身体を調べる。 「―――毒…?」 小さく呟くと、機敏な動きでユームは戸棚から薬草を取り出し、それを煎じて白雪姫の口に無理矢理押し込んだ。 そして七人の小人たちは、じっと白雪姫を見つめていた。 「――ぅ、…ゲホッ…!」 その時、白雪姫が咳き込んだかと思うと、薄く目を開けた。 「白雪姫!」 小人たちはパァッと明るい表情になり、回復を喜んだ。 しかしそれと同時に、彼女に迫る危険を改めて実感した。 「明日からは、交代で一人ずつ白雪姫と一緒に留守番することにしましょ。いい?」 ハナビの言葉に、皆が頷く。 自分たちが一緒なら大丈夫だろう、小人たちはそう思い込んでいた。 それこそが、何よりの油断であった―――。 「白雪姫が行方不明…!?」 その伝えが柚王子の元へ届いたのは、白雪姫が城から姿を消してから三ヶ月も経った頃のことだった。 継母の企みによって国交の絶たれた両国は、連絡を取り合う術もなく、当然このようなニュースも漏れることはなかった。 「ハイ…王子には、お話致します。私が見聞きした、全ての事を…。」 王子の前に跪くのは、馬小屋の当番へと回された銀であった。銀はずっと王子にこの事を伝える機会を探っていた。そしてようやく今になって、見張りの目を掻い潜り、王子の元までやってくることが出来たのだ。 そして銀は、継母の企みを王子に暴露した。 「そんなことが…。確かに、悪い噂はこの国にも届いているけど…。まさか、白雪姫の命を狙っているだなんて…。」 王子は愕然とした様子で、銀の言葉を聞いていた。 「ですが、王女様はずっとご機嫌斜めです。おそらく、まだ白雪姫の命は―――。」 「白雪姫はまだ生きている?…そう、信じたい。いや、私はそう信じるしかない。」 王子は神妙な面持ちで頷くと、傍に立つ荊を呼んだ。 「今すぐに、白雪姫を探しに行く。これは、命令だ。」 「王子…。」 荊は、王子の言葉に驚いた。彼がこれまで「命令」という言葉を振りかざしたことは一度足りともなかったのだ。王子が、これまでないほど真剣だということを荊は察した。 「―――ハイ、参りましょう。」 荊は深く頷く。王子は荊を連れ立って城を出ようとして、ふと銀に向き直った。 「ありがとう。心から感謝する。」 「…はっ。」 銀は王子の言葉に、静かに罪が癒えていくことを感じていた。 時を同じくして、継母は自室で小さな笑みを漏らしていた。 「フフフ…出来たわ。この毒なら、口にした瞬間に白雪姫は死んでしまうわ。もう失敗は許されない。絶対に―――絶対に殺してやるわ!」 継母は壷に入った不気味な液体を刷毛ですくうと、傍に置いてあった林檎に、その液体を塗った。 「なんて美味しそうな林檎なの。…そう思うでしょ、白雪姫…?」 赤い赤い林檎を見つめ、継母は笑った。 何かに取り憑かれたかのように、笑い続けた。 悪の鏡に与えられた魔力は、徐々に、継母の体を蝕んでいた。 以前はほんの僅かにあった良心も、今は無い。 継母はいまや、悪の化身と化していたのだ―――。 「白雪姫。毎日毎日一体何をしてるんです?」 サユリンは、退屈そうに窓の外を眺めながら言った。 水場の掃除をしていた白雪姫は振り向くと、 「何って…えっと、お掃除とかお洗濯とか、お料理とか。」 と微笑んで言う。サユリンはつまらなそうな表情で、 「だってまだお昼なのに、洗濯も終わっているし、お料理も煮込むだけ。掃除と言っても、大体終わっています。することがなくなったら、どうするんです?」 と、不思議そうに尋ねる。 白雪姫は水道の蛇口をキュッと閉めると、サユリンの向かい側に腰を掛けて言った。 「終わったら、ぼんやり窓からお外を眺めたり、考え事をしたり。」 「考え事?何を考えているんです?」 「うーんと…王子様のこと、かな。」 白雪姫はふっと幸せそうな笑みを浮かべ、言う。 その表情を、サユリンは不思議そうに見つめていた。 「傍にもいない人のことを考えて…どうなるんです?楽しい…ですか?」 「うん。考えるだけでも胸がいっぱい。」 「…わかりません。」 小さく肩を竦めて言うサユリンに、白雪姫はクスクスと笑い、 「サユリンも恋をすればきっとわかるわ。」 と言う。サユリンは僅かに頬を紅潮させ、小さく言った。 「恋…。」 もしも私が恋をするのなら――。 サユリンは、白雪姫の幸せそうな微笑を見つめ、思った。 こんな、素敵な微笑みをする人なんじゃないかな…。 コンコン。 突然、ノックの音に、二人の間に緊張が走った。 さすがの白雪姫も、二度の継母の罠に、恐怖が募っていた。 「静かにしていて下さい。」 サユリンは低い声で言うと、席を立ち、窓から外を覗いた。 「どなたですか?」 サユリンの目に映ったのは、ボロボロのローブを纏った老婆の姿だった。老婆はサユリンの声に気づくと、足を引きずって窓の傍まで来て、フードを外した。 その顔や手には幾重にも重なる皺が出来ており、染みも目立つ。 老婆は、林檎の入った籠を手にしていた。 「美味しい美味しい林檎だよ。とても赤くて切ってみれば雪のように白い林檎。お一つどうかね?」 サユリンは、老婆が手にしている林檎に目を引かれた。老婆の言う通り、赤く、とても美味しそうなのだ。白雪姫に食べさせてやりたいと思った。 しかし用心深いサユリンは言った。 「その林檎を半分に切って、片側を食べて頂けませんか。そうしてくれれば、もう半分を食べることにします。」 老婆はサユリンの言葉に、皺に隠れた口を歪ませた。 「そうかい。そっちにも何か事情があるんだろう。構わないよ。」 サユリンはその老婆が継母だとは思わなかった。皺くちゃでよぼよぼの老婆。さすがの継母も、こんな変装は出来ないだろうと思った。小人も白雪姫も、継母に悪の鏡の魔力が宿っていることを知らないのだ。 サユリンはドアを開けると、老婆を家へ招きいれた。 「それじゃあ、半分に切るとしよう。」 老婆がナイフを取り出した時は白雪姫もサユリンもどきりとしたが、それは林檎を切るためらしい。老婆は林檎を回すと、それを半分に切り、そして片方を二つに切った。 その林檎、全面が赤いわけではなく、裏側は悪くなっており、一部分は白っぽくくすんでいる。 老婆は、林檎の悪くなった部分をシャリと音を立てて齧った。 「少し悪くなっても、この美味しさだ。そちら側はさぞかし美味しいのだろう。」 半分をまた二つに切った林檎を、白っぽくくすむ方をサユリンに、そして真っ赤で一番美味しそうな部分を白雪姫に差し出した。 「あ…ありがとうございます。」 白雪姫は林檎を受け取ると、赤い外側と白い中身を見て、嬉しそうに笑んだ。 サユリンは恐る恐る林檎を齧るが、特に怪しいところはなかった。ほっと息をつき、 「お婆さん、疑ってごめんなさい。白雪姫も、食べても大丈夫です。」 と、サユリンは少し笑んで言った。 「いただきます。」 白雪姫は完全に疑いを捨て、林檎を齧った。 刹那――― 「…あ、…ッ…!!」 ドクン、と、血液が波打ったような感覚を覚えた。 手が震え、視界が霞む。 「白雪姫!?」 サユリンの呼びかけも、白雪姫には遠く遠くの声にしか聞こえない。 「ッ、…ゴホッ…!」 小さく白雪姫が咳き込むと、赤い赤い林檎ではなく、赤い赤い血液がピチャリと零れ落ちた。 白雪姫は痙攣を起こし、そのまま机に突っ伏すとピタリと、動かなくなった。 「―――あ、ああ…なんてこと…。…あなた、女王、だったの…!!?」 サユリンは震えながら、老婆を睨んだ。 老婆はじっと黙っていた―――否、ふるふると小さく身体を震わせていた。 やがて、 「クッ…くっくっくっ…」 しわがれた声で小さく含み笑いを漏らす。 そして、その澱んだ目で白雪姫を見ると、高らかに笑い出した。 「クハハハハ!!そうよ、私が白雪姫の継母!まぁ、そう言ったところで、お前にも死んでもらうけれどね―――」 突如、老婆の身体が掻き消えたかと思うと、そこには年齢に相応しくない若々しさを持った継母の姿があった。 継母は林檎を切ったナイフを手にすると、薄い笑みを浮かべたままサユリンに近づいていく。 「小人の心臓は食べたことがないわ。…一体、どんな味がするのかしら?」 ヒュン! 継母のナイフが空を切る。 否―――サユリンの頬に、赤い血が滲んでいた。 サユリンは自分の頬に触れ、手についた血を目にした瞬間、 「きゃあああああああ!!!」 普段の彼女には似合わぬ、高い悲鳴を上げた。 「うるさい、大人しくしなさい!」 継母は、サユリンに迫りながらナイフで何度か空を切る。 ドンッ。 後退を続けていたサユリンの背が、壁にぶつかった。 「死んじゃいなさい――。」 継母のナイフが振り上げられる。そしてサユリンが強く目を瞑った――。 「そこまでだ!」 突然高らかに響いたその声に、継母とサユリンは驚いて声の主を見た。 家の入り口に立つ、その人物。白い髪、華奢な身体、美しく凛々しいその顔―――。 「いったい何があっ…」 悲鳴を聞いて駆けつけたであろうその人物は、不意に、言葉を切る。 色素の薄い瞳を揺らし、その女性に見入っていた。 「……白雪、姫…?」 その人物―――柚王子は、机にうつ伏せる白雪姫の姿にポツリと呟いた後、夢にまでみた女性の傍に駆け寄ると、その身体を起こし、肩を抱いた。 唇から滴る赤い血に、王子は眉を顰めた。 「どういう…こと、だ!?」 奥に居る人物―――継母の姿が目に入った瞬間、王子ははっとした表情を浮かべた。白雪姫から手を離し、継母を睨む。 「あぁ…誰かと思えば、白雪姫が熱を上げていた王子様じゃない。どうしたの、こんなところまで?」 継母は薄い笑みを浮かべ言った。…しかし次の瞬間、その目が見開かれることとなる。 王子はタンッと地面を蹴り、宙を舞うかのような身軽なジャンプを見せた。 宙に居る間に素早い動きで腰の鞘に差したレイピアを握り、継母の目の前に着地すると同時に、鋭いレイピアの先端を継母の喉元に突きつけ、そして怒鳴った。 「―――黙れ!!」 その一連の動作に要した時間は一秒か二秒か。ほんの一瞬の間に、継母の喉元には、その血管や器官ごと突き刺すことの出来る鋭利な刃物が突きつけられた。王子が少しでも力を加えれば、その命を容易く奪うことも可能だ。 王子は歯を剥いた狼のように、鋭く、険しい顔で継母を睨んでいた。普段の温厚な王子からはとても想像のつかぬ様子。 「…王、子……。」 王子に遅れて家へ入った荊は、その光景を目にして絶句した。 今まで一度も見たことの無い王子の姿。 人を愛した時、彼はこうも変わってしまうのか。 頼りない王子だとばかり思っていたのに―――。 「お前だけは許さない―――絶対に許さない!!」 王子は言った。 しかし、レイピアを握ったその手は、微動だにしない。 しばし王子と継母は睨み合っていたが、不意に継母がフッと息を零した。 「私を殺せばどうなる?一国の王子ともある者が、隣国の王女を殺したと知れたら?」 継母の言葉に王子は小さく眉を顰めた後、一呼吸置いて怒鳴った。 「今すぐ消え失せろ!…私の前に二度と現れるな。白雪姫に二度と近寄るな!!!」 「フン。」 継母はするりと王子から離れると、吐き捨てるように言った。 「どう足掻いたって無駄よ。白雪姫はもう死んだ。世界一美しいのはこのあたし。 ―――残るのは、それだけ。」 継母は嘲け笑うようにフッと笑みを零すと、荊の傍をすり抜け、駆けて行った。 継母が去った家の中で、しばしの静寂が訪れた。 瞳いっぱいに涙を浮かべて王子を見上げるサユリン。 憎き継母が去っていった扉を見つめる荊。 小さく身体を震わせながら、愛しい女性を見つめる王子。 そして、息の無い白雪姫。 王子はフラフラと白雪姫に近づくと、動かぬその身体を、強く抱いた。 不思議と、白雪姫の身体は温かく、その頬も林檎のような赤色に染まっていた。 それでも、白雪姫は動かない。 王子は、愛しい女性を胸に強く抱いたまま、涙を流した。 「長居させてもらって、申し訳ない。…もう少し、ここに居させて欲しい。」 王子の呟きに、言葉を返す者は居なかった。 王子と荊が小人の家にやってきてから一週間。 白雪姫は、部屋の隅のベッドでずっと寝かされていた。 息もなく、脈拍も感じられない。しかし、今も彼女は温かく、雪のように白い肌にも、林檎のように赤い色が差している。不思議なことだった。 「…ッ、ヒック……うぇぇん…。」 七人の小人は黙り込んでいたが、不意にモエモエが耐え切れなくなったように小さく嗚咽を漏らす。そんなモエモエの頭をハナビが優しく撫でる。 「…お言葉ですが、王子。私達も一度国に帰らないと…。おそらく、皆心配していることでしょう。」 荊が言い難そうに、王子に言う。王子はその言葉に考え込むが、やがて小さく首を横に振った。 「だめだ。私は、白雪姫のそばにいたい。……無茶を言っていることはわかっている。でも…」 王子が小さく言葉を切る。 荊は返す言葉もなく、小さく息をついて窓の外を眺めた。 カタン、と王子は椅子から立ち上がり、静かに白雪姫の傍に歩いていった。 彼はいつも、白雪姫の傍でじっと、無言で寄り添っている。気にとめる者もいなかった。 白雪姫の傍に来て、王子はそっと黒髪を撫でた。 そしてポツリと言葉を紡いだ。いつも黙っていた王子が、白雪姫に語りかけている。七人の小人と荊は、その声に王子と白雪姫の方を見遣った。 「私が、もう少し早くここに来ていれば…。いや、父上の仮病などに騙されなければ。…無理矢理にでも、城を抜け出していれば――。」 王子の言葉に、荊が小さく俯く。自分に科せられた重い責任を、荊は感じていた。 「白雪姫を守ってやれなかった私を、どうか許して欲しい。―――許さなくてもいい。私を一生恨み続けてもいい。」 サユリンは、王子の言葉に小さく唇を噛んだ。白雪姫が言っていた「恋」とは、このようなものなのか。どんな形でも、繋がっていること。相手を無条件で想う事。 「白雪姫。どうしてそんなに、温かい…? どうして、そんなに安らかな表情をしているんだ…?」 王子は目を細め、白雪姫の穏やかな表情を見つめた。 この言葉が聞こえるだろうか。聞こえないのだろうか。 …言わせてくれ、白雪姫。 王子は不意に小さく微笑んで、白雪姫のその手を握った。 微笑みながら、涙を零した。 「―――白雪姫、愛している。」 ―――。 『それが貴方の心なのね。』 「!?」 『とても美しい心。透き通った心。こんなに綺麗な想いは、初めて見たわ。』 「だ、誰…?」 『私は善の鏡。白雪姫を見守る者。』 「ならば…ならば、彼女を助けることはできないのか?お願いだ、お願いだから――」 『残念だけど、私が自ら手を下すことは出来ない。だけど、貴方なら出来るはずよ。彼女を救うことが。』 「私…が…?」 『そう。―――愛を交わしなさい。』 「愛を、交わす?」 『―――奇跡っていうのはね、起こるものじゃない。起こすものなの。』 「私が、奇跡を起こす。」 『さぁ。貴方なら出来る。―――さぁ。』 ―――。 王子は、ふっと顔を上げた。不思議な声がした。誰かと会話していたような気がした。 けれど、振り向けば小人七人と荊の姿しかない。白雪姫は眠ったままだ。 誰と? いや。そんなことは、どうでもいい。 愛を。奇跡を。 「――白雪姫。」 王子はポツリとその名を呼ぶと、ベッドの傍で立ち上がった。 赤い唇に、トクン、と、心臓が鳴った。その唇に触れたいと想った。 王子は白雪姫の頭の傍に手をつくと、ゆっくりと顔を落と――― 「わ〜っ!!!」 王子が突然発した声に、全員が王子の方を注目する。 枕もとについた手がカクンと折れ、王子はバランスを崩し、 白雪姫の身体に思い切り倒れ掛かった。 ドスンッ。 倒れた時、王子の左手の肘が白雪姫の胸元を強打していた。 小人たちも荊も、その光景に絶句する。 王子は慌てて身を起こし、 「ご、ごめん!」 「ゲホッ…!」 そう謝った声に被さって、誰かが咳き込んだ。 誰かが―――? そう、胸元を強打された、その人物が。 「白雪姫…!?」 今まで穏やかな表情のまま一切変化のなかった白雪姫が、小さく眉を顰めた。 「ケホッ…、…ゲホ……」 白雪姫はしばし咳き込んでいた。そして突然、ポロリとその口から、赤い物が転がり落ちた。 一口だけ齧った、あの林檎であった。 王子はその林檎を拾うと、驚いた表情で白雪姫を見た。 「…う、…ン…?」 白雪姫は小さく声を漏らした後、ゆっくりと、その瞳を開いた。 「白雪姫…!白雪姫!」 王子が何度もその名を呼ぶ。 白雪姫は不思議そうに瞳を揺らせた後、ゆっくりと王子へと目を遣った。 その姿が目に入った瞬間、パチッと目を大きく開く。 そして――― 「ゆ、柚さん!?」 白雪姫はガバッと上半身を起こすと、王子の姿にパァッと表情が明るくなった。 ふと、きょろきょろと辺りを見回し、きょとんとした表情を浮かべる。 一体何があったのか…そんな表情を。 「白雪姫!」 王子は白雪姫の身体を強き抱き、そのぬくもりを身体に感じた。 「…柚、さん……。」 不思議そうにしていた白雪姫も、その表情に笑みが浮かび、ぎゅっと王子の身体を抱きしめ返した。 小人たちと荊はそれぞれ顔を見合わせた後、熱い抱擁を交わす二人に目を戻し、それぞれに笑顔が戻っていく。 王子は身体を離すと、白雪姫の瞳を見つめ、言った。 「もう、絶対に離さない。…私と、結婚して頂けませんか。」 王子の真剣な言葉に、白雪姫はじわりと涙を浮かべ、微笑んだ。 「…はい。」 そして二人は微笑み合うと、どちらからともなく、優しく唇を重ねた。 リンゴーン リンゴーン チャペルの鐘の音と共に、幸せそうな白雪姫と王子が姿を現した。 「柚さん、私、幸せです。」 「…私も、幸せ。」 二人は顔を見合わせ、ふっと笑みを零した。 王子は白雪姫の笑みに、世界中のどんな宝石よりも美しいと思った。 白雪姫は王子の笑みに、この笑みと一緒ならずっと笑っていられると思った。 「白雪姫―――。」 七人の小人たちも式に呼ばれていた。中でも、サユリンは一段とうっとりした表情で二人を見つめていた。 「なんて、幸せそうなんだろ…。私も、いつかはあんな風に…。」 ポツリと呟いたサユリンの言葉を聞き逃す小人たちではない。 「ほっほーう。それで、お相手は?」 「サユリンみたいなクールな子は、やっぱむっちゃ優しい人やないとアカンのやろなぁ。」 隣をハナビとアッコに挟まれ、サユリンはボッと顔を赤くした。 「ブヒヒヒーン!!(くー!見なさいよあの幸せそうな顔!かーっ!)」 王子の白馬(後)が、嬉しそうに、でもちょっぴり悔しそうに言う。 「ブヒヒン…(あぁ、素敵…。私もいつかは、命さんとあんなふうに…)」 白馬(前)は、うっとりした様子で自分の世界に入っている。 「ブヒヒン?(私がどうしたって?)」 「ブヒーン!!(きゃー!なななななんでもないですー!!)」 「ブヒーン。(そ?じゃ、聴かなかったことにするか。) 命はニヤリと笑んで、王子と白雪姫の姿に目を遣る。 …どうやらこの馬、確信犯のようだ。 「うーむ、柚もあんな顔するんだなー。」 「うん。すごくいい顔ね。」 柚の両親、水夏とゆきは微笑ましい表情で二人を見つめていた。 「ナイス☆カップル、だな。」 「うん、ナイス☆カップル、だね。」 二人は言って、顔を見合わせてニヤリと笑う。 「…お前らもな。」 その傍でポツリと、霜は呟いたのだった。 「お姉ちゃん…めちゃめちゃ綺麗だ…。」 「ああ。あんなに幸せそうな白雪姫は初めて見た。」 夕王子と王も、幸せそうな二人を微笑ましく見つめていた。 「お姉ちゃんが幸せになれて、本当に良かったよ。僕もいつか素敵なお嫁さんもらわなくちゃ。」 「おう。白雪姫くらいとびっきり素敵な子を連れてくるんだぞ。」 王の言葉に、夕は照れくさそうに笑う。 …ふと、夕は辺りを見回して、王に言った。 「…お母様は?さっきまで、隣に居たのに――。」 「え?…そういえば、居ないな。どこへ行ったんだろう…?」 「王子、おめでとうございます。」 少し離れていたところから見ていた荊は、王子に手招きされて、ようやく二人の傍へやってきた。 「うん。ありがとう。」 王子の幸せそうな笑みに、荊も照れくさそうに笑んで見せた。 ふと王子は、荊をまじまじと見つめて、 「そういえば、荊もそろそろお年頃。素敵な人が見つかったら、言って?」 と言う。しかし荊は首を横に振って、 「いえ、私は…。このような男勝りでは、寄って来る男も居ませんし。」 と苦笑した。 「あ、ねぇねぇ。前から思ってたんですけど、うちの城の銀とかどうです?」 二人の会話にひょこんと顔を出す白雪姫。 「銀…?」 王子と荊は白雪姫に聞き返す。 「はい。あ、ほら、柚さんたちの私の事を伝えに行ってくれた兵士ですよ。銀、本当にいい人だし、荊さんと年齢近いみたいだし、どうです?」 白雪姫は微笑んで言った後、ふと辺りをキョロキョロと見回した。 「そう言えば、銀、見かけませんね。さっきまで居たと思うんだけど――。」 「―――あ、あぁ…。…私は一体、どうしたらいいの…。あ、…ァ…」 継母は、式場から離れた雑木林で荒い息をついていた。 悪の鏡から与えられた力は、日に日に大きくなり、継母という器から溢れかえらんばかりだった。このままならば継母の精神は崩壊し、そして溢れ出た悪の力が、また罪を生んでしまう。 「ひ、ィィ……。」 必死で化粧で隠していたが、継母のその顔には幾重にも皺が入り、肌の艶も以前とは比べ物にならぬほど衰えていた。悪の力が継母の体内で暴れるために、それを抑制する力が、彼女の体力や若さをどんどん奪っていくのだ。 「だ、誰か…誰か、助けて……。」 掠れた声で継母は言い、その場に膝をついた。 その時だった。 「―――王女様。こちらでしたか。」 「ヒッ…!!」 掛けられた声に、継母は必死で顔を隠しながら、その人物を見た。 それは以前継母の直属の部下だった、銀であった。 銀は無表情に継母に近づくと、静かに、その懐からナイフを取り出した。 「私は、貴女の命令に従ってしまった。それは、罪なのです。」 「え…?」 「私は。 私は―――貴方を殺すことで、それが罰になるのだと、考えます。」 「!」 銀の言葉に、継母は目を見開く。 この兵士は―――自分を殺そうとしている。 そう気づいた瞬間、身体中が震え、恐怖で身の毛がよだった。 「貴方を殺すことは、法に反すること。私は重罪を科せられるでしょう。それでも構わない。私は、白雪姫様に幸せになって頂きたいのです――!」 じりじりと近づいてくる銀に、継母は釘付けになっていた。 その時、継母は気づいた。 兵士の目に、涙を見た――。 「…どうして、泣くの…?」 震える声で継母は問う。 その言葉に、銀は足を止めた。 しばしの沈黙の後、銀は口にした。 「―――私は貴女を愛していました。」 「…え…?」 継母は、その言葉に唖然とした。 唯の一兵士から、突然愛の告白を告げられようとは。 ―――いや、そんなことではない。 継母は唯単純に、「自分を愛している」人に、出会ったことに驚いた。 「貴女は頭を抱えるほど我が侭な方。…そんなところに、私は惹かれていたのです。しかし、貴女が白雪姫様を殺すと仰った時、私は今まで知っていた王女様とは、別人だと思いました。貴女があの命令を私に下した瞬間。―――私の愛していた貴女は、死んだのです。」 真剣に自分を見据える兵士の瞳に、継母は笑った。 「バカ、ねぇ…。あたしは同じよ。何も変わってなんかないわ。―――あたしは…、あたしは…。」 愛とはなんだったか。 継母は思い起こしていた。けれど、継母はそれを知らなかった。 人を愛したことが、一度もないのだから。 けれど、兵士の想いを知って、何故か、涙が零れた。 悪の心を浄化するような涙が、とめどなく流れた。 「―――ねぇ、銀。もう、あたしのこと愛してくれない…?」 継母はポツリと呟くと、子供のように笑った。 銀は、コクンと涙を飲み込み、言った。 「…手遅れです。」 そして振りかざしたナイフを、継母の胸に突き刺した。 継母は抵抗しなかった。 笑みを浮かべたまま、小さく目を見開いた。 「王女、様……。」 喉の奥から込み上げた血が、継母の唇を濡らし、零れ落ちた。 赤い唇に、銀は静かに、くちづけを落とした――。 悪の鏡は、何の変哲も無いただの鏡になった。 そして善の鏡は、今もどこかを彷徨っているのか、白雪姫を見守っているのか。 継母の部屋には、半分だけの鏡が、今も尚、在り続けているだけだった。 Fin |
■あとがき 『15girls版白雪姫』、読んで頂いた貴方に心からお礼申し上げます。 MIXサイド第一弾。現在四作(ゴーストの3は除く)ある各サイドから、キャラクターを選び、作ってみました。 私自身『白雪姫』の原本は知らず、またディズニーの白雪姫も見たことがない(あるのかな?記憶にないだけかも知れません)ので、参考にしたのはウェブ上にある白雪姫のお話と、もう一つ。 私は、とある版権物のなりきりチャットに出入りしているんですが、そこでキャラになりきって演劇をするコーナーがあるんです。そこで作られたストーリーをある程度参考にさせて頂いてます。(因みに私は継母の役。笑) 善の鏡・悪の鏡、白雪姫が先に王子と出会っている設定、王子の側近が男勝りな女幼馴染、馬が喋る、等のオリジナル設定をお借りしました。 自分でお話を作るのも楽しいですけど、元々ストーリーの骨組みがある状態から肉付けしていくのも楽しかったです♪ 気になる点としては、男役にちょっと無理があるかも?(笑) 最後に一つ。ここでのカップリング(王と王妃等)が、本編でカップルになるとは限りません!! 次は真苗ちゃんで『不思議の国のアリス』が書きたいなぁなどと思っているサクラでした。 ありがとうございました。 |