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配役表 -------------------------------------------------------------------------------- アリス(中谷真苗) 白ウサギ(木滝真紋) アリスの姉(幸坂綾女) -------------------------------------------------------------------------------- 導きの扉(弓内かのん) 泳いでいるネズミ(田中リナ) ドードー(乾千景) トカゲ(小向佳乃) -------------------------------------------------------------------------------- ユッキー(沙粧ゆき) ユーイー(神楽由伊) 青いもむし(横山瑞希) 母鳩(水鳥鏡子) -------------------------------------------------------------------------------- いかれた帽子屋(高見沢亜子) 三月ウサギ(渋谷紗悠里) ネムリネズミ(戸谷紗理奈) -------------------------------------------------------------------------------- トランプ四人組(望月朔夜・望月真昼・佐久間葵・穂村美咲) -------------------------------------------------------------------------------- チェシャー・ネコ(茂木螢子) 女王(闇村真里) 王様(矢沢深雪) -------------------------------------------------------------------------------- 脚本 : 高村杏子 -------------------------------------------------------------------------------- |
〜introduction〜 カタカタカタッと響くのは、キーボードを叩く音。 私―――高村杏子―――が綴っているのは、ルイス・キャロルの名作中の名作である「不思議の国のアリス」の改変版といったところか。 突然、脚本を書いて欲しいとの依頼が来たのは数日前。 差出人すら不明のメールに、その依頼内容が書いてあった。 こういった依頼は料金前払い制でない限り受け流すことにしているのだが、今回だけは違う。 私自身、依頼内容に非常に強い感心を持ったのだ。 登場人物も、あらすじも、大体の指定はされていた。 脚本にするという作業は、そこまで難しいものではない。 問題は、その脚本を受けてどう演じるか。 『女性達だけで作る不思議の国のアリス』 後日、脚本を送付してから暫く経った頃、私の元に一本のビデオが届くこととなる。 それはまさに私が書いた脚本を元にした、『不思議の国のアリス』であった。 「――……そんな経緯で、イギリスは戦乱の幕開けを迎えることとなったのです。」 「ふあぁ。」 麗らかな陽射しの差す昼下がりの頃。町外れののどかな場所で、木陰に二人の女性の姿。 大人びた美しい女性は厚い本を手に、その内容を朗読している。 おそらく隣にいる少女に読み聞かせているのだろう。しかし少女は時折欠伸を漏らしながら、ぼんやりと空を見上げていた。女性の話など全く聞いていないようだ。 「……アリス?私の話を聞いているの?」 少女の様子に気付いた女性は、朱の差す美しい唇をへの字に曲げ、アリスという名の少女に問い掛ける。アリスは女性に目を向けると、いかにも退屈そうに欠伸を一つ漏らし、こう言った。 「綾女お姉様、私は絵のない本に興味はないの。それにね、お姉様の話している内容は難しくって、ちっとも頭に入らないわ。」 アリスは青みがかった髪を揺らし、小首を傾げて見せた。彼女の髪は背の中程まであるストレートヘア。幾分かの髪を後ろにまとめ、それを可愛らしい赤のリボンで留めていた。 「そんなだから、学校の成績だって上がらないのよ。それにねアリス、世の中には絵がなくったって面白い本はたくさんあるわ。例えばこんな本なんか良いんじゃないかしら。」 そう言って綾女が傍らに置いていたバッグから取り出した分厚い本には「呪術大全」という文字が記されていた。アリスはその本を見るや否やくしゃっと眉を顰め、 「お姉様はそんな本ばかり読んでいるから、お嫁にもらえないのよ!」 と鋭く指摘した。綾女は押し黙ったまま、ゆるりとアリスから顔を背け、アリスの見えない場所で小さく溜息を零す。 「私はお嫁になんかいかなくても、崇高なる神がいらっしゃれば……」 そんな綾女の呟きも、アリスには聞こえていないようだ。 アリスは退屈を紛らわすべく、きょろきょろと辺りを見回している。 「あ〜ぁ。成でも連れてくれば、こんなに退屈しなかったのにぃ。」 成とは、アリスの飼っている猫の名前だ。成は雄猫や、更には雌猫にもモテモテの綺麗な猫である。若干すましたところもあるが、それもまた魅力の一つ。ませたところのあるアリスには最高のパートナーなのだ。 尚もアリスは「ふわふわの成に触りたいなぁ」などと呟きながら、辺りに視線を巡らせていた。 その時、アリスの視界の片隅でなにやら白いものが動いた。 「……あれは?」 アリスはきょとんとして、白い物体を目で追いかける。 その白い物体は、よく見ればウサギだった。しかしただのウサギではない。ベストを羽織り、眼鏡を掛け、手には懐中時計を持っているのだ。ウサギは人間のように二つの足で駆けながら、 「ぃヤバァーいッ!遅刻!ものっすごく遅刻!!」 と、焦った声を上げていた。 ![]() 「……はぇぇ。」 アリスは、今まで見たこともないような摩訶不思議な光景に呆気に取られていた。 ふと我に返り、姉である綾女にあのウサギのことを訊いてみようと思った。けれど綾女は胸元にある逆十字の形をしたペンダントを握り、お祈りでもしているように、目を閉じて押し黙っている。 アリスはしばし迷った後でそっと立ち上がり、綾女に気付かれぬように忍び足でその場から遠ざかる。 少し離れてちらりと綾女の方に目を向ければ、綾女は尚もお祈りを続けているようだった。 「よぉーしッ」 アリスは一つ意気込んで、徐々に遠ざかっていくウサギを追いかけるべく駆け出した。 ウサギは思いのほか足が速く、アリスはもう少しのところで見失ってしまいそうだった。スピードを上げるにも、陸上競技をしているわけでもないアリスは既に息が切れている。 このままでは追いつけないと、アリスが表情を曇らせた時だった。ウサギはピョンッと軽快なジャンプをしたかと思えば、突然その姿を消していた。 アリスはきょとんとした表情を浮かべて走るペースを遅め、ウサギが消えた地点へと近づいていく。 すると、そこには小さな穴があった。 「なるほど、ウサギさんはこの穴に入っちゃったわけねっ」 アリスはその穴が、町外れで時折見かけるウサギの巣と同じ物だと思ったのだが、近づいていくうちにその穴が思った以上に大きく、アリス自身も入っていけるほどの大きさだということに気が付いた。 ウサギを追いかけることに夢中だったアリスは、躊躇いなく、その穴に上半身から身体を突っ込んだ。 その時、グラリと身体が揺れたことをアリスは自覚する。 「え?ヤバッ?」 と声を上げたのも束の間、アリスの身体は深い深い穴へと吸い込まれていったのだ。 アリスも深い穴に落ちていく当初は、「きゃぁぁぁぁ」だの、「いやぁぁぁぁぁ」だの、悲鳴を上げていた。 しかし、幾ら長い悲鳴を上げても、下に到達するより先に声が途切れてしまうのだ。 落下しながら次第に冷静さを取り戻していくアリスは、ぼんやりと上を見上げながら考えた。 「どこまで落ちてっちゃうのかな……こんなにいっぱい落ちてるんだもん、一番下に着いたら、きっとぺっちゃんこになっちゃうんだわ。あぁ、私はこんなところで死にたくなかったです。お母様、お父様、先立つ不幸をお許し下さい。あぁ綾女お姉様、せめて呪術大全の一ページぐらいは目を通して上げれば良かったわ。ごめんねお姉様。あっ、成はどうしよう。お母様やお姉様が面倒を見てくれるだろうけど、もしかしたらお姉様が怪しい呪術の実験台にしてしまうかもしれない!私知ってるんだからね、お姉様が時々成をじーっと見つめて、嬉しそうにしてるのを!あぁぁ成……ごめんね……せめて一緒に連れて行けば良かった。……あれ、連れて行くってどこにだろ?天国かなぁ?私は天国に行けるかな?成績も悪かったし、実は男の子とイケナイ遊びをしたこともあるし、あぁん実は女の子とも……で、でも!私よりも成績の悪い子だっていたし、そうよ、私は立派な不良じゃなかったもの。ちょっとだけの不良だし、きっと神様もそのぐらいなら許してくれるわ。」 アリスは延々と独り言を呟いていたが、一向に下へたどり着くことがないので、話のネタがなくなってしまった。一つ溜息をついた後で、 「今日の夕飯の献立は何かしら……」 という暢気なことすら考えていたのだ。ハンバーグかスパゲッティーかと一通り自分の好物を思い浮かべた後、「野菜はいやだなぁ」と顔を顰めていた時だった。 ぽすんっと軽い音がして落下は止まっていた。アリスは落下が止まったことにも気付かずに「トマトだったら食べられるんだけど」と呟いて、しばらしくてふと我に返る。アリスは葉っぱがたくさん積み重なった場所に身を横たえていた。慌てて身を起こしてきょろきょろと見回せば、長い長い廊下の先に白いウサギが駆けていく姿が見えた。 「いけない!追いかけなくっちゃ!」 アリスはどうやって戻るのかも考えずに、立ち上がってウサギを追いかけていく。もし戻る方法を考えていたとしても、頭上には長い暗闇が広がるばかりで悲嘆に暮れていたことだろう。 ウサギは曲り角を曲り、アリスはその姿を見失ってしまった。アリスも少しして曲り角を曲り更に進んでいくと、たくさんの扉が左右にある、長い広間のような場所に出た。 「……えぇ!?どのドア!?」 アリスは幾つもの扉に困惑し、手当たり次第にドアノブに手を掛けてみる。しかし、どの扉も鍵がかかっているらしく、開く様子は見せなかった。仕方なく奥へ進んでいくと、ガラスで出来たテーブルが鎮座していた。テーブルには金色の鍵が置いてあり、アリスはこの鍵がどこかの扉を開くものなのだとすぐに気付く。 しかし幾つかの扉の鍵穴に鍵を差し込もうとしても、鍵が大きかったり、或いは小さかったりして、扉が開くことはなかった。 「もぉ。どうしろって言うのぉ。」 アリスはガラスのテーブルに鍵を置きなおし、肩を落としてぼやく。その時ふと、テーブルの影に小さな小さな扉があることに気がついた。とても人間が立って潜れるような扉ではなく、さしずめ猫専用の扉といったところだろうか。アリスはテーブルを少しずらし、その場にしゃがみ込んでそっと鍵穴を覗き込む。小さな穴の向こう側には美しい庭園、そしてその中をウサギが駆けていく姿が見えた。 「この扉なのね!」 アリスはようやく見つけたと嬉しそうな表情で、すぐにドアノブに手を掛けた。 「いてててて……」 不意に誰かの声が聞こえ、アリスはびくっと身体を震わせる。 「いきなり鼻つまんだりしないでよぉ。びっくりしたぁ」 アリスはしばらくきょろきょろと辺りを見回していたが、「こっちだよ、こっち!」という声がした方に目を向ければ、たった今までドアノブに手を掛けていた小さな扉があった。 「もしかして、このドアが喋ってるの……?」 「そうだよ。ボクは導きの扉の「かのん」っていうんだ。」 「かのん?それが名前なの?」 「うんッ。ボクはここで、不思議の国への出入りを審判してるの。まだ新米だけどねぇ」 「ふぅん……。あ、それで私はその不思議の国へ出入り出来る?あのウサギさんを追いかけたいんだけど」 「君は不思議の国へ行く権利があるみたいだね。でも君の大きさじゃぁ、ちょっとこの扉は通れないなぁ。」 「えぇ?大丈夫よ、ぎゅって身をすぼめれば通れるはず!」 「きっと胸がつっかえると思うんだ。」 「………。」 同級生よりはかなり大きめのバストを持っているアリスだが、アリス自身はそれが自慢でもあった。しかし今回ばっかりは、生まれて初めて、胸が大きくない方が良かったと心底思ったのだった。 もうウサギを追いかけることは諦めなくてはいけないのかと、アリスが落胆した時だった。 「テーブルの上にあるジュースを飲むといいよ。」 門番かのんは軽い口調でそんなアドバイスをアリスに送る。 アリスは藁をもすがるような気持ちで、立ち上がってかのんの言葉通りにガラスのテーブルの上を見た。 先ほどはなかったはずなのに、そこには小瓶が置いてあり、「私を飲んでね☆」と可愛らしい文字で札がついている。アリスは少し躊躇ったものの、ウサギを追いかけるためならと、その瓶の蓋を開けて一気に液体を飲み干した。 「これは……?あまぁいカスタードパイ、苺のショートケーキ、ううん、七面鳥の丸焼きみたいな、バターのたっぷり塗ってあるトーストみたいな、うーん、とんこつラーメンみたいかな?寧ろお寿司?あ、そうそう、このワサビのツーンって来る風味が!」 なんとも微妙なラインナップだが、アリスは飲み終えた後で「美味しい!」と瞳を輝かせていた。アリスの味覚異常というよりは、表現に問題があるのかもしれない。 不思議なジュースに舌鼓を打っていたのも束の間だった。ふと気付くと、ガラスのテーブルがどんどん大きくなっていくのだ。テーブルだけではなく、先ほどのジュースの小瓶も、周りに並んでいる扉も、部屋も――。 いや、実際はアリスがどんどん小さくなっているのだ。そんな突然の変化に、アリスは驚きを隠せない。 「え?えー!?ちょっと待って、何よこれーっ!ありえなーい!!」 やがて縮小が止まった頃にはアリスは先ほどの小瓶よりも小さくなっていた。 「これで通れるね!」 アリスの驚きなど気にもせず、門番かのんはまた軽い口調でそう言った。 既に涙目になりかけていたアリスはその言葉にきょとんとした後で、徐々にその表情が泣き顔から笑顔へと変化していく。 「わ、ホントだぁ!これで通れるじゃない!わーいッ」 アリスはころっと気を取り直し、意気揚揚に大きなドアノブに手を掛ける。 両手で何とかそのドアノブを回したが、ガチャガチャと音がするだけで、扉は開かない。 「バカだなぁ。鍵を差し込まなくちゃ開かないよぉ。」 かのんの言葉に、アリスははっとした。 カ・ギ。その二文字が、頭の中でぐるぐると駆け巡る。 先ほど見たような気がする。否、確かにしっかりと目にしていた。 金色に輝く鍵。そう、つい先ほどだ。 「あぁぁぁぁあぁああああッッッッ!!!!!」 アリスは大声を上げながら、自分の背丈よりずっとずっと高いガラスのテーブルを見上げた。 透明のテーブルの上には、金色の鍵がちょこんと乗っているのが見えるが、到底アリスの手の届く場所ではない。アリスはガクリとその場に膝をつき、「私のバカァッ!!」と床をグーの手で叩く。 「……本当にバカなんだね。そこに置いてある箱の中に入ってるケーキを食べてごらん。」 かのんは少々呆れた様子で、ガラスのテーブルに登ろうとしてはつるつると滑り落ちていくアリスに声を掛けた。アリスはきょとんとした表情で「ケーキ?」と問い返した後、きょろきょろと辺りを見回す。 こちらも、先ほどまではなかったはずの小箱が、アリスの足元にちょこんと置かれていた。 箱を開けば「私を食・べ・て☆」と妙に妖艶な文字で綴られたカードと、そして美味しそうなケーキが入っていた。自棄っぱちなのと、そして甘い物に目がないアリスは、すぐにポイッとケーキを口に放り込む。 「あ、あ、そんなに一気に食べたらー……」 そんなかのんの声が、遠くなっていった。 先ほどジュースを飲んだ時のように、すぐにアリスの身体に変化が現れる。 ぐんぐんとアリスの身体は大きくなり、 「やった!これで鍵が取、れ――……るぅ!?」 テーブルの上の鍵に手を伸ばしたのも束の間、その鍵も伸ばした手もぐんぐんと遠くなっていく。 今度は、まるで巨人のように大きくなってしまったのだ。たくさんある扉もテーブルもおもちゃのようにしか見えず、鍵や小さな扉に関してはまるで消しゴムのように小さくなっていた。 「ああーん、もういやぁ……」 足元でかのんが何か言っているようだが、キーキーとネズミが鳴いているようにしか聞こえない。 かのんの助言を仰ぐことすら出来ず、アリスは悲しげな声を漏らした。 「あぁ……こんなに大きくなっちゃってどうするのよ……。このまま家に戻っても、きっと大きすぎるって言って入れてもらえないんだわ。学校でもそうよ。アリスちゃんの座れる椅子なんかありませんって言って追い出されちゃうんだわ。窓から覗きながら授業を受けることはできるけど、そんなの物凄く目立つし、あぁその前に黒板の文字だって見にくいし。エンピツだって持てなくなっちゃうわよね。あぁッ、もてなくなっちゃうと言えば、こんなに大女がモテるわけがないの!あーん、こんなんじゃバレンタインデーに100個のチョコレートを上げても、戻ってくるのは2個とか3個なのよ!そのうち二つは普通のサイズのキャンディーやマシュマロで私からすれば小さすぎるし、一つは私の大きさに合わせた特大キャンディーを用意してくれるかもしれないけど、でも私がその男の子を好きになれるかどうかもわからないし!選択肢は常に10人以上は欲しいのにぃぃ〜」 アリスはそんな独り言を続けていて、悲しくなってしまったらしい。その瞳から大粒の涙をぽろぽろと流し始めた。涙はどんどんと止めどなく流れ、次第に部屋に水溜りを作り始めた。そして水溜りは徐々に嵩を増し、次第には部屋全体を覆うプールのようになっていく。 かのんが「そ、そんなに泣いたらボク溺れちゃうよぉ〜」などと喚いているが、アリスの耳には入らない。 「うぁーーん、女の子は小さい方がモテるのよぉぉ〜」 アリスが泣けば泣くほど水嵩は増し、遂にはプールどころか海のようになってしまっていた。 足元を浸す涙の海に目を遣ると、アリスはぐすんと鼻を啜りながらも、何か小さな物体を見つけた。 指先で拾い上げると、それは先ほど飲んだ小さくなるジュースだった。しめた!とばかりに瓶を逆さにして口元に垂らせば、ほんの一滴のジュースが唇を濡らす。それを舌でちろりと舐め取れば、アリスの身体はぐんぐんと小さくなっていったのだ。 「わ、ラッキー。これでモテるようにな……」 言いかけたものの、小さくなる勢いは止まらず、今度は小瓶と同じぐらいのサイズにまで小さくなってしまった。「このサイズもあんまりモテないかも……」とアリスは小首を傾げながらも、とりあえず瓶に掴まって涙の海を漂った。ふと海底を見ると、先ほどの小さな扉が目に映る。いや、水圧で流されてしまったのか既にそこに扉はなく、外へ続く穴がぽっかりと口を開けていた。 アリスは瓶を手放して海へと潜り、穴を潜って不思議の国へと泳いでいったのだった。 「ぷはぁッ!」 アリスは海面に出て、まず大きく空気を吸い込んだ。そこまで水泳は得意ではなかったが、窒息しそうなほどに長く海の中にいたため、水泳選手ばりの勢いで水面まで泳ぎ出ていた。 周りは海が広がっているが、少し向こう側には海岸が見える。早速その海岸まで泳ごうとした矢先、アリスは自分以外に海で泳いでいる者の姿を見つけた。それは灰色のネズミだった。アリスに知識があれば「本物のぬれねずみだわ」と笑っていたところだが、残念ながらアリスは「ぬれねずみ」という言葉を知らなかった。 「ネズミさん、ネズミさん。」 アリスはパシャパシャと泳ぎ、泳いでいるネズミに近づいた。 ネズミはきょとんとしてアリスを見ると、 「あたしには一応、リナっていう名前があるんですよ。それに泳ぐの大変だから、お話は後にしてもらえません?」 そう言って、またパシャパシャと水を跳ね上がらせながら砂浜の方へ泳いでいく。 「待ってよぉ、私もすっごく大事なお話があるのぉ」 「……何です?」 「あのね、白いウサギさんを見なかった?」 アリスはリナネズミにそう問い掛けるが、リナネズミは何も答えずに泳ぎを進めていく。 「ちょ、ちょっと、無視しないでよ。」 「……。」 「あ、わかった。このお話がだめなのね。じゃあ、どんなお話がいいかなぁ」 アリスはリナネズミの少し後ろを泳ぎながら考え、ふと話題を思いついた様子でぽんっと手を打とうとしたが、水中なのでそれもままならなかった。 「あのね、うちに成っていう猫がいるのぉ。」 「猫!!?」 リナネズミははっとして聞き返すが、アリスはそれが興味を抱いてくれた態度だと勘違いしていた。 笑顔で頷き、更に話を続ける。 「超可愛くってね、喉を撫でてあげればゴロゴロってしてくれるし、他の雄猫も雌猫も成にいっぱい求愛するし、それにね!成はネズミを獲るのがとっても上手なの!」 「な、な、なな、ななななななッッッ!!!」 リナは慌てふためき、ぶくぶくと溺れそうになりながらも必死で泳いで、まるでアリスから逃げようとしているようだった。さすがのアリスも自分の言ってしまった失言に気付いたらしく、「あちゃ」と小さく声をあげ、リナネズミを追いかける。 「ごめーん、そんなつもりじゃないのよ」 「じゃあどんなつもりですかッッ!もぉ、猫は世界で一番嫌いな生き物なんですぅ!!」 「あんなに可愛いのになぁ」 「可愛くないですよ!あんなに獰猛で貪欲で意地悪で、どっこが可愛いんですかぁ!!」 「……ご、ごめんってば。じゃあ別のお話しよ。ね?」 リナネズミの剣幕にアリスもたじたじになりながら、慌てて笑顔を作って話題を変える。 「隣の家が可愛い犬を飼っててね。そこの犬がまた可愛いの。私が学校から帰ってくると駆け寄ってくるし、お手って言ったらちゃんとお手してくれるのよ。あ、それにね、ネズミを獲るのがとっても上手で……」 「キシャーーー!!」 リナネズミは先ほど以上の剣幕で、既に声にならぬ声で反論した。 アリスは間の抜けた表情で「あ。」と声を上げ、スピードを上げて泳いでいくリナネズミを追いかける。 「ごめんなさーい、本当にリナちゃんをいじめるつもりじゃないのよぉー」 ![]() アリスとリナネズミはそうこうしているうちに、ようやく砂浜まで辿り着いた。 リナネズミは砂浜にたどり着くや否や、波打ち際でたむろしていた鳥達の方へ駆けて行く。 アリスは砂浜へ上がって安堵の吐息を零した後、リナネズミの向かった鳥達の輪に興味を持った。 「リナネズも来たね。んじゃ、早速例の競争を始めようか。」 輪の中心にいるのは、ドードーという大きな鳥だ。ドードーは周りにいる三羽の鳥とリナネズミに声を掛けた後で、「おや?」と首を傾げてアリスに目を止めた。 「あんた、新入り?だったら自己紹介して輪に入んなさい。」 どうやらドードーはこの鳥達のリーダー格のようだ。アリスにも命令口調でそう言いつけた。 アリスはきょとんとしながらも、「例の競争」というのが気になり、命令に従うことにした。 「私はアリスって言います。宜しくお願いしまぁす。」 鳥達の輪の中に入ってから気付いたが、鳥達は皆ずぶ濡れになっていた。それもそのはず、砂浜とはいえ、時折打ち付ける大きな波がかかってしまう程に海に近い砂浜にいるからだ。 「あたしは千景。宜しくねアリス。」 千景ドードーはそう名乗り、明朗な笑みを向けた。 他の三羽の鳥は名前を名乗らなかった。アリスは「千景ドードー」とは違い、他の鳥達の種類がわからなかった。ドードーだけは絶滅した品種が載っている冊子を先日学校で見たばっかりだったのだが、元々アリスは鳥類には詳しくない。 「千景ドードーさんと、鳥Aさん、鳥Bさん、鳥Cさん」 と、アリスはリーダー格の千景ドードー以外はアルファベットをつけて覚えることにした。 そう言えば先ほどの白いウサギさんは何という名前なのだろうと疑問に抱いたところで、アリスはふと本来の目的を思い出す。 「あのぉ。このへんを白いウサギさんが通りませんでした?」 アリスはそう問い掛けるが、千景ドードーはばさばさと羽であしらうような仕草を見せ、 「私語は後!まずは競争行くわよ!」 と、ハキハキした口調で言い放つ。他の鳥達も「はい!」「はーい」「はい」と千景ドードーに従うつもりしかないようで、アリスの取り付くしまもない。 間もなくして、千景ドードーの「ヨーイ、ドン!」という掛け声で、鳥達は輪になったままぐるぐると円を描いて走り始めた。アリスはわけがわからなかったが、一先ず前にいるリナネズミについて駆け出した。 同じ場所を延々と何周した頃か。アリスは次第に不安になり、誰にともなく声を掛けた。 「あのぉっ!この競争ってぇ、いつ終わるんですかーっ!」 走りながらで皆必死なので、このぐらい声を上げないと聞こえないような気がした。現に千景ドードーも鳥Aも鳥Bも鳥Cも全く気付いておらず、唯一リナネズミだけがアリスの言葉に反応した。 「この競争は、千景さんが終わりって言った時に終わります。」 「はぁ?じゃあ競争って誰が勝つの?」 「全員ですよー。」 「なにそれ……。んじゃ、この競争は何のためにやってるの?」 「え?身体を乾かすためですよ?」 アリスはなんだかこの競争が馬鹿馬鹿しいもののように思えてきた。ザザーンと大きな波が打ち寄せるたびに皆の身体はずぶ濡れになるのだから、どうしてもその目的は達成できないような気がする。しかも、千景ドードーはと言えば、「もっとスピード上げて!そこ、怠けない!」とエキサイトした声を上げている始末。 「……念のために聞きますけどぉ、競争はどのぐらいで終わるんです?」 「三分で終わることもあれば、三日中走り続けることもあります。」 アリスはリナネズミの返答を聞くやいなや、輪から飛び出してそのまま疾走していた。 ありえない!そんなに走れるわけないじゃん!という不平すら零すことが出来ないほどに息を切らせ猛ダッシュ。やがて波音も千景ドードーの威勢の良い声も聞こえなくなった頃、アリスはようやく足を止めた。 「はぁー……なんてへんてこりんな世界なの……。相変わらず私の身体も小さいまんまだし。」 疲れた表情で呟きながら、アリスは頭上を見上げる。覆い茂った草木も、普段の視点よりずっと低い位置から見上げているため、まるで深いジャングルにいるような気分になってきた。 小さい体でいて得をしたことと言えば、洋服が乾くのが幾分早かったということぐらいか。 そのぐらいのメリットで喜ぶはずもなく、アリスは溜息を漏らしながらとぼとぼと歩き続けた。 どれぐらい歩いた頃か、アリスは久々に聞く声を耳にした。 「忘れ物って、マジで?ありえないわよ私!……メアリー・アン?いないの!?んもーこのままじゃ死刑にされちゃうしッ!」 それは追い求めている白ウサギの声だ。アリスが住んでいる世界からずっとウサギを追いかけていたアリスにとってはまるで恋人のような心の支えにすらなっている存在だった。アリスはすぐに辺りを見回し、ウサギの姿を探す。ガサガサと茂みをかき分けると、ちゃんと舗装されている綺麗な道に出た。そしてウサギはその道を一目散に駆けていた。 「ウサギさん!待って!」 アリスの声もウサギには聞こえていないようだ。アリスは懸命にウサギを追いかけながら、尚もウサギを呼び止めようとした。ふと、前方のウサギが足を止めてベストから懐中時計を取り出している様子が見えた。アリスがチャンスとばかりに足を速めた、その時だった。 ガサガサッと左右の茂みが揺れたかと思うと、奇妙な二人組みが道を塞いだ。 「あぁッ!?」 アリスが道を塞がれている間にまたウサギは走り出し、やがてその姿は見えなくなってしまう。がっくりと肩を落としながら、アリスは立ち塞がってる二人に恨みがましそうな視線を向けた。 ![]() 「ごきげんようお嬢さん」 「ごきげんようお嬢さん」 二人は全く同じ顔をしていた。いや、よく見れば眉毛や口元や目元に髪型、微妙な違いはあるのだが、アリスにとってはそんなことはどうでも良かった。この不思議の国に来て、初めて人間っぽい生物に出逢ったのもこの二人が初めてのことだったが、アリスはそれもまたどうでもいいことだった。 「何か用ですかぁー」 なげやりな声でアリスが返せば、二人はビシッと佇まいを整え、向かって左の人物からこう切り出した。 「あたしはユッキー!」 「あたしはユーイー。」 『二人合わせてユッキーユーイー!』 「そのままじゃん!!」 アリスは反射的につっこみを入れた後、ハッと我に返る。 そしてまた怪訝そうな表情で二人を見遣り、「また変なのが出てきたぁ」と小さく呟いた。 アリスは強引に二人の間をすり抜けようとしたが、二人はガシッと腕を組んでアリスの通行を許さない。 「お嬢さん!自己紹介はどうしましたかッ!」 「あたしはユーイーです。」 「ユーイーには聞いてないっつーの!」 「いやん、ユッキーさんてば怖ーい。」 まるで漫才のようなやりとりにアリスは暫し沈黙した後、二人の間をすり抜けることは諦め、一歩引いてペコリと礼をした。 「私はアリスともうします。白いウサギさんを探して三千里を旅をしています。以上。」 どうやら二人の用事をさっさと終わらせてしまおうという魂胆らしい。アリスはじろりと二人を見遣り、「他に何か質問は?」とトーンの低い声で問い掛けた。しかしそんなアリスの態度にもめげず、ユッキーはテンションの高い声で言った。 「アリスさんとおっしゃるんですね!」 「可愛いお名前ですね。」 「ユッキーの方が可愛いっつーの!」 「アリスさんの方が可愛いですよぉ」 「どっっちでもいいからさぁぁッ!」 アリスはしっかりと強調して二人に言葉を返し、はー。と大きく溜息を零す。そしてアリスはその場でくるりと踵を返し、二人に背を向けた。こうなったら森の中を通って先に進もうと思ったのだ。 歩いて行くアリスを二人が止めることはなく、アリスは内心安堵していた。 しかし不意に、ユーイーがぽつりと零した一言。 「フロートの惨劇……」 その言葉に、アリスはふと足を止めていた。 恐る恐る振り向き、「フロート?」と小さく聞き返す。ユーイーはコクンと頷き返し、「惨劇です」と答えた。 アリスはそれが一体何のことかわからず、しばしその場に立ち尽くす。 「とても美味しくて、とても悲しいお話なんですよぉ」 ユッキーは沈痛な口調で言った。アリスはその話が物凄く気になってしまい、その場で躊躇する。 聞きたい。フロートの惨劇のお話が聞きたい。しかし、今はウサギを追わなければならない。 そんなアリスのジレンマを断ち切るきっかけとなったのは、ユーイーのトドメの一言だった。 「今なら聞いてくれる方にもれなく、フロートを一杯進呈します。」 アリスは躊躇いなく、ユッキー・ユーイーの方へと引き返していた。 アリスはどこからかユーイーが取り出したメロンソーダフロートを食べながら、草むらに腰を下ろして二人の話を聞いていた。因みにユーイーはコーラフロートとメロンソーダフロートの二択を迫ったのだが、アリスはメロンソーダの方が好きなので、迷わずにメロンソーダフロートを選んだ。コーラフロートはユッキーとユーイーのジャンケンの末、ユッキーが食している。 二人の話す「フロートの惨劇」とは、次のような内容だった。 あるところに、お菓子に目のない女子高生がいました。名前は霜と言います。彼女は毎日500円分のお菓子は食べないと気が済まないというお菓子フリークでした。それゆえに体型を気にしてはいましたが、彼女にお菓子を食べないという選択肢はなく、結局運動や食事制限でなんとか体型を保っていました。 ある日、彼女は友人である水夏と共に街へ繰り出しました。 「あぁ……アイスクリーム分が不足している……」 「アイスか。」 霜の言葉に、何の疑問も持たずに頷ける水夏も、霜のお菓子フリークっぷりをよく理解している友人の一人です。しかし水夏は理解はしているものの、霜のお菓子好きを助長するようなことはあまりしませんでした。 二人は街を歩いているうちに、小さなファーストフード店を見つけました。霜は目が光らんばかりの勢いで「あの店に決まりだ」と言い、水夏の意見も聞かずに店内に入っていきます。水夏も慣れたものいったふうに、霜の後をついて店へと入って行きました。 店の中では、店長の男性と女性のスタッフが、困った様子で相談をしていました。霜と水夏の姿を見て「いらっしゃいませ」と声を掛けましたが、二人はすぐに相談を再開します。 相談の内容は次のようなものでした。 「いつものあの男の子は、あと十分ぐらいしたら来るだろうな。」 「そうですねぇ、それまでにアイスクリームが二つ出なかったらいいんですけど」 「しかし他のお客様も優先しなくてはいけないしな」 「ええ……。もし男の子が来る前にアイスクリームが二つ出てしまったら、仕方ありませんよね。」 「そうだな。仕方ないな。」 「可哀相ですけどね……。」 どうやらこのお店、アイスクリームが売り切れ寸前になってしまったようです。しかしもうすぐ常連の男の子がやってくるらしく、アイスクリームを取っておきたいようでした。残っているアイスクリームは、二つ分です。 水夏はそのやりとりを聞いていたらしく、 「メロンソーダ一つ」 と注文しました。水夏の注文に、店長とスタッフは安堵したような表情を覗かせます。 しかし霜はアイスクリームのことで頭がいっぱいで、二人の会話を聞いていませんでした。 水夏の注文したメロンソーダが手渡され会計を済ませても、尚も霜はメニューと睨めっこしたままです。 「迷ってるのか?」 水夏が小声で問い掛けると、霜は重々しく頷きました。 「今日はフロートが食べたいんだ。……でもな、メロンソーダフロートとコーラフロートのどっちがいいか迷ってるんだよ。あのメロン風味の独特の美味さか、それともコーラでしか味わえない炭酸感とアイスとのハーモニーか……」 「どっちでもいいじゃん。」 霜は真剣に悩んでいるのですが、水夏は軽い口調で言って肩を竦めます。しかし水夏も、霜を急かすことはありませんでした。残っているアイスは二つで、霜が一つ注文をしたとしてももう一つは男の子の手に渡ることになりそうだからです。 その間にも何人かの客がファーストフード店を訪れて注文をして行きますが、幸いにも皆、アイスクリームを注文することはありません。そうして、十分程の時間が経過しました。 「よし決めた。コーラフ……」 霜が、ようやく決意した様子でカウンターに向かった丁度その時です。 「こんにちはー!!おっちゃん、コーラフロート二個ねー!!」 という、子どもの明るい声が聞こえてきたのです。その声に霜と水夏が目を向ければ、小銭を握りしめ、嬉しそうな表情で背伸びをしてカウンターに向かう二人の少年の姿が見えました。 「お、今日は友達を連れてきたのかい?」 「うん!ここのフロート美味いから、食わしてやろうと思ってさ!」 店長の男性がにこやかに問い掛ければ、男の子は満面の笑みでそう答えました。 アイスがあと二つしかないということを知らない霜は微笑ましく店長と少年とのやりとりを見ていましたが、水夏は内心溜息をついています。「霜のバカめ」と。 やがて少年二人にフロートが手渡され、二人は嬉しそうに帰って行きました。 そして霜は改めてカウンターに向かい、 「コーラフロート」 と注文します。しかし店員の女性も店長も困ったような表情をして、頭を下げました。 「申し訳ありません、先ほどの分でアイスクリームが切れてしまいまして……」 「!!!!!!」 霜のショックは計りきれなかったと言います。 そして霜は泣く泣く、かき氷を食べながら店を出て行きました。 その後も霜は、アイスクリーム分不足に身悶えながら、歩いていったとのことでした。 ![]() 話し終えたユーイーとユッキーは、沈痛な面持ちをしていた。 アリスもなんだか居た堪れない気持ちになり、「後一歩のところだったのに……」と感想を述べる。 「優柔不断じゃいけません、っていう教訓ですね。」 「うんうん、霜先輩……いやいや、霜って人、早くどっちか選んどきゃ良かったのにねー」 ユーイーとユッキーの言葉にアリスは頷くが、ふと何か気に止めたように顔を上げた。 「でもそれじゃあ、二人の男の子のうちのどっちかはフロートが食べられなかったでしょ?」 「あーそれもそうですねぇ…」 アリスの言葉にユッキーが頷いた後、二人は意識せずともユーイーの方に目を向けていた。ジャンケンで負けたとは言え、ユーイーだけフロートを食べていないことに罪悪感が芽生えたのだ。 しかし。 「私もある意味お客様側だし?ユーイーちゃんにあげる筋合いはないのよねぇ」 「ジャンケンで負けてるしね。」 アリスもユッキーも冷たく言い放ち、またフロートを食しては「冷たくて美味しいー」「んまぃ!」と幸せそうな表情を浮かべるのだった。ユーイーは僅かにぷるぷると肩を震わせながら、押し黙っていた。 フロートも食べ終えたところで、アリスはユッキーとユーイーにお礼を言い、更に先に進んでいった。 今回は道なりに進んでいるので、先ほどのように森の中を歩いている時よりは幾分気が楽だった。きっとウサギもこの道を進んだ先にいるのだと思えば、ウキウキしてくるほどだ。先ほど食べたフロートも、アリスを元気付けたのかもしれない。 そしてアリスの期待は現実となった。 前方に見えたのは可愛らしいピンク色の屋根の家。興味を持ってその家に近づいていくと、玄関の扉からあの白いウサギが出てきたのだ。 ウサギの眼鏡は傾き、ベストも歪み、懐中時計も今にも落ちそうな状態でポケットにつっこまれていた。アリスは慌しく玄関から飛び出してくるウサギに駆け寄り、今度こそはと声を掛けた。 「ウサギさん!!」 すると、ウサギは怪訝そうな表情で振り向き、まじまじとアリスを見つめ、こう言った。 「何が“ウサギさん!”よ。私の名前は真紋でしょ?」 「ま、真紋さんっていうんですか!えっと、私はアリスっていって……」 まるで片想いの人に初めて声を掛けるような胸の高鳴りを感じながら、アリスは真紋ウサギに自己紹介をしようとした。しかし真紋ウサギはクイッと眼鏡を上げてアリスに詰め寄り 「メアリー・アン、今までどこにいたの?さっさと私の手袋を取ってきて!今すぐよ!」 と、厳しい口調で言いつけていた。 「はぇ?私、メアリーじゃなくてアリス……」 「何してるのよ!無駄話してる暇はないの!……あーもう死刑になっちゃうじゃないっ!」 ![]() アリスは何とか誤解を解こうとしたのだが、真紋ウサギの死刑という物騒な言葉を聞いて、真紋ウサギがどれほど急いでいるのかを理解した。急いでいる所為で混乱しているのかもしれない。 「わ、わかりましたぁ。取ってきまーす!」 アリスは急かされるままに真紋ウサギの家に入り、きょろきょろと辺りを見回しながら家の中を進んでいく。どうやら真紋ウサギは、アリスをメアリー・アンという人物と勘違いしているらしい。メアリー・アンはおそらく真紋ウサギのお手伝いさんなのだろう。 「手袋、手袋〜っと。」 アリスは幾つかの部屋を覗き込んだ後、二階にある真紋ウサギの寝室に辿り着いた。興味深げに室内を見渡しては、思わず真紋ウサギのベッドに横たわり、「えへへ」と嬉しそうな笑みを浮かべる始末。 「真紋さんはこのベッドで毎晩寝てるのねぇ……なんだかときめいちゃう。いやーんッ。あ、ほんのり真紋さんの香りが……」 「メアリー・アン!!!まだなの!!?」 アリスがうっとりとしていたら、窓の外から真紋ウサギの苛立った声が聞こえてきた。アリスは慌ててベッドから身を起こすと、室内を捜索し始める。アリスは寝室に来て真っ先にベッドに向かってしまったために気付かなかったのだが、手袋は部屋の中央のテーブルに置いてあった。あまりにわかりやすい置き場所に「なぁんだ」とアリスは拍子抜けしながら手袋を手に取る。その時ふと、テーブルに一緒に置かれていたクッキーが目に止まる。先ほどフロートを食べたばかりではあるのだが、アリスは小腹が空いていた。誰もいないかときょろきょろと辺りを見回した後、アリスはクッキーを手に取ってパクッと口に放り込んでいた。 「ん、美味し。これが真紋さんの手作りだったら、い、――い、な……?」 語尾が途切れ途切れになったのは、アリスが自分自身の変化に気がついたからだった。この不思議の国で何かを口にすればサイズが変わってしまうことは何度も経験してきたはずなのだが、先ほどのフロートのような例外もあったのですっかり忘れていたらしい。 アリスの身体はどんどん大きくなり、天井に頭が届いてしまうほどになった。しかしそれでも止まらず、アリスは慌てて身体を屈め、部屋の中で横たわった。身体をぎゅっと丸めても部屋いっぱいになるほどに大きさになり、終いには窓を破って手を外に出さなければならなくなってしまった。 「うっそでしょぉ……こんなに大きくなるなんて聞いてなぁーい……!」 アリスは悲嘆に暮れた声でぼやき、何とか顔を動かそうとするが、それすらままならなくなっていた。 「あぁどうしよう……このままじゃ真紋さんにも怖がられちゃうし、こんな私となんかもう絶対口も聞いてくれないんだわ……。最後の会話がメアリー・アンと勘違いされたままなんて悲しすぎるじゃない!いやぁ…誰か助けて……」 じわりと涙が湧いてくるが、アリスはきゅっと目を瞑って堪えていた。さすがに愛しの真紋ウサギの部屋を水浸しにするわけには行かないと思ったのだ。既に様々な家具を壊してしまっているのは事実だが。 ふと、アリスは外から聞こえてくる賑やかな声に耳を澄ませた。 「だ、誰か来て……。あれ何!?か、怪物?モンスター?あそこ私の部屋なんですけどー」 それはまさしく真紋ウサギの声だった。アリスは、自分を怪物やモンスター呼ばわりされ、このまま死んでしまいたいとすら思った。しかし一応誤解も解いておきたいとも思った。 「私は怪物でもモンスターでもメアリー・アンでもなく、可愛い可愛いアリスちゃんですよぉーだ」 誰にも聞こえない声で呟いては、はぁ、と溜息を漏らす。その溜息すら室内では強風となり、壁にかかったカレンダーをばさばさとはためかせていた。 「何あれ……怖ッ。何があったわけ?」 アリスは聞き覚えのある声に気付き、また耳を澄ませる。 「あ、ドードー千景、いいところに。いきなり私の部屋からなんか出てきて……」 「あれは見るからに腕ね。間違いなく腕よね。うん。」 「だよね……。」 真紋ウサギと言葉を交わしているのは、ドードー千景らしい。 意外な組み合わせだなぁ、とアリスはぼんやり考えながら、二人の会話を耳にしていた。 「何、真紋っちゃんはあの腕に心当たりはないわけ?」 「ないわよそんなの。私はただメアリー・アンに手袋を取ってくるように頼んで、それで……」 「じゃあ、あの腕はメアリー・アンってことじゃないの?」 「まさかそんな……。メアリー・アンは私よりちょっと小さいぐらいのサイズだったわよ!確かに!」 「じゃああれは何だっつーの!」 「そうだ!ドードー千景さ、あの怪物追い出してきてよ。じゃないと私の寝ることなくなっちゃうし」 「いやです。」 「即答だし!!」 ドードー千景と真紋ウサギのテンポの良いボケツッコミにアリスは吹き出しそうになりながら、この二人の会話をしばらく聞いていても良いかと思っていた。しかしその時、二人とは別の声が聞こえてきた。 「あれれ?二人とも何してるんですかー?」 女性らしい可愛い声だ。少しテンポの遅い喋り方で、アリス的に言えば「男の子が思わず可愛がりたくなるようなタイプの喋り方」らしい。 「お、佳乃!!いいところに!!」 「佳乃ちゃんー。私の家に巣食っている怪物を倒して頂戴!!」 ドードー千景と真紋ウサギが歓迎している様子に、アリスは「ライバル出現?」と不安感を抱いていた。 「別にいいですよぉ。」 佳乃と呼ばれた女性(アリスは佳乃の姿が見えないのでどんな生物なのかわからない)は、二人の願いをあっさりと快諾していた。アリスからすればそれはますます気に食わない部分でもあった。「ああやって媚を売るような女ってキラーイ。絶対真紋さんに気があるんだわッ」――ある意味被害妄想に近いのだが。 「うわぁこれちょっと怖いなぁ……」 佳乃の緊張感のない声は、先ほどよりも近いところから聞こえていた。 そして相変わらず遠くから見守っているらしいドードー千景と真紋ウサギの声も聞こえてくる。 「佳乃ーっ、あんたドジだから梯子から落ちないようにねー!」 「佳乃ちゃーん、その煙突から入ってモンスターを引きずり出しちゃってねー」 二人の声援は、佳乃が何をしようとしているのかをアリスに知らせる役割も果していた。 アリスは薄く笑みを浮かべると、窓から突き出していない方の手を暖炉から煙突へと差し入れていく。 「佳乃、煙突に入りまーす!」 ご丁寧に宣言までされ、アリスは準備万端だ。 煙突の中に入れた手を構え、今か今かと佳乃が下りてくるのを待った。 「よ、いしょっと……。わ、煙突の中も結構綺麗ですねぇ。真紋さんは何気に綺麗好きさんですもんねー」 佳乃のそんな独り言が徐々に近づき、そしてアリスの指先に佳乃が到達した。 「あれ?ここ詰まっちゃってるのかな?……うぅ、暗くてよく見えない〜」 佳乃は困ったような声を上げながら、アリスの指をつんつんとつついてくる。 アリスは心の中で「せーの」と掛け声をかけ、構えていた指でピーンと佳乃を弾いていた。いわゆるデコピンをする時の要領なのだが、いかんせんアリスの身体が大きいためにその威力は計り知れない。 「きゃ〜〜〜〜あぁぁぁ〜〜〜〜〜………」 佳乃の悲鳴はすぐに遠くへと消えてしまい、しばらくはドードー千景と真紋ウサギの声もしなかった。 撃退成功、かな?とアリスが笑みを浮かべた時、ようやく二人の声が聞こえてくる。 「ちょ、ちょっと、佳乃ー!どこまで吹っ飛んで行ったのよーっ!真紋ちゃん、あたし、真紋ちゃんの家より佳乃の方が大事だから!!またね!!」 「え?ええ!!?ちょっと待ってよ、うちのモンスターもどうかしてよーっっ!!」 ![]() 真紋ウサギの悲痛な叫びも届かず、ドードー千景もどこかへ行ってしまったようだった。しばしの間は真紋ウサギの困ったような独り言が聞こえていたが、やがて物騒なことを言い出し、さすがのアリスも焦り出す。 「こうなったら家を燃やすしか……少しの犠牲は……」 このまま家ごと燃やされてはアリスもひとたまりもない。アリスは慌てて目を動かし、何か食べ物はないかと探した。何かを食べれば小さくなれると思ったのだ。やがて目の端に、家の隣にあるウサギの畑が映った。 「そうだ!あの畑に植えてあるニンジンを食べればいいのね。うん、ニンジン嫌いだけど頑張るッ!」 命には代えられないと、アリスは窓から突き出した手を懸命に畑へと伸ばす。 「こらー!!私の畑を荒らさないで!やめなさいッ!」 真紋ウサギは慌てた様子でアリスの手にすがり付いてきたので、アリスは心の中で謝罪しながら真紋ウサギを振りほどく。その時、ずっと手の中に握っていた手袋も一緒に放り投げていた。 「あ?これは……私の手袋!!いけない!!早く行かないと死刑にされるッッ」 真紋ウサギは今更になって思い出したようにそう言って、慌てて駆けて行った。 「あぁ真紋さん……また会いましょうね……」 アリスは駆けて行く真紋ウサギの後ろ姿を窓から見つめ、そう呟いたのだった。 アリスがニンジンを食べると、思ったとおり身体のサイズは縮んでいった。 但し、アリスが思っていたよりも変化は大きく、今度は虫のように小さくなってしまった。真紋ウサギの家にあったクッキーで調整をしたかったのだが、クッキーはテーブルの上に置いてあったために手が届かない。 結局大きくなることは諦めて、小さいサイズのままで家を出て歩いていた。真紋ウサギの後を追おうとしたのだが、真紋ウサギはとっくの昔に姿を消していたし、今のアリスの歩幅は3センチ程度でとても追いつけるとは思えない。 アリスは雑草の林を越え、花壇の森を越え、そして本当の森であるアリスからしてみればジャングルを歩いていた。通常のアリスの大きさなら30秒足らずで移動できてしまいそうな距離だが、今のアリスはもう何十分も歩いているような気がしていた。 途方に暮れ、とぼとぼと歩を進めていると、不意にどこからか声がした。 「あらあら、可愛らしい女の子ねぇ。」 声は上の方から聞こえる。見上げれば、キノコの上から青色のいもむしがアリスを見て微笑んでいた。 いもむしはその赤い唇に煙草を咥え、ふうっと白い煙を吐き出した。 ![]() 「あ、あのぉ……」 アリスは覇気のない声で言葉を返す。アリスはこういったモニョモニョした虫が苦手で、会話をすることに抵抗もあった。しかしこの現状では本当にどうすればいいかわからなかったので、いもむしに聞いてみることにした。 「白いウサギの真紋さんを探してるんですけど……」 「さぁ近くにいらっしゃい。このキノコの上は快適よ。」 「ここを通ったかはわからないんですけど、真紋さんはこの辺に住んでるんです」 「まぁ可愛らしい。ウフフ、お姉さんは貴女みたいな可愛い女の子が好きよ。」 会話が全く噛み合っていなかった。アリスも相手に合わせるほどの気力がないし、いもむしも最初からアリスに合わせる気がないようだ。 アリスはこのまま通り過ぎてしまおうかとも考えたが、この先でもっと怖い虫――例えば毛虫やムカデだとか――に遭ってしまうともっといやだったので、いもむしの言う通り、キノコの上に這い上がった。 「それで、貴女の名前は何て言うのかしら?」 「……もうわけわかんないんですよぉ」 「あら、それはどういうこと?」 「ウサギさんを追いかけていったら穴に落ちて、小さい扉を通れなくて、ジュース飲んだら小さくなるしケーキを食べたら大きくなるし、フロートは美味しいし、クッキーは手作りみたいだし、あぁでもこれは真紋さんの手作りじゃなくてメアリー・アンの手作りかもしれませんけど」 「全く意味がわからないわねぇ。」 いもむしは目を細めて頷きながらそう言った。 アリスは溜息を零しながら、「私はアリスっていいます」とおまけのように付け加える。 「そう、貴女はアリスちゃんって言うのね。じゃあ私の名前も教えてあげる。私は瑞希よ。」 「ふーん」 アリスは別段いもむしの名前が知りたいとも思っていなかったので興味なさ気に相槌を打ったが、そのいもむしが瑞希という名前を持っていることが後になって可笑しくなってきた。 「瑞希さんですか……あ、それで真紋さんなんですけどぉー」 「その、わけがわからないというのはどういうこと?」 瑞希いもむしは敢えて会話を逸らしているような素振りで、別の問いをアリスに投げ掛ける。 「わけがわからないものはわけがわからないんですよぉ。だって、一日で大きくなったり小さくなったりしたら、わけわかんなくなるのは当然ですよね?」 「そんなことないわよ。」 アリスにとっては当然であったのに、瑞希いもむしにあっさり却下され、アリスは憤慨した。アリスからしてみれば、こんなにもコロコロと身体の大きさが変わって混乱しているのが事実なのだ。 「瑞希さんだってそのうちわかりますよ。ほら、いもむしさんってそのうち蝶々になるんでしょ?」 「そうねぇ。でもその時が来ても、私は混乱しないわねぇ。」 「混乱しますよぉ」 「しないわよ。」 瑞希いもむしはあくまでも笑みをたたえたまま、さらっとアリスの言葉を否定する。 アリスはそれ以上反論も出来ず、ぷー、と頬を膨らませて見せた。瑞希いもむしはアリスの様子にクスクスと笑いながら煙草をふかす。アリスはしばし意地を張って頬を膨らませたままでいたが、やがて頬が疲れてきたのか、瑞希いもむしが煙を吐き出すのと同時にプシューと空気を抜いた。 「アリスちゃんが望んでいるのは、ウサギの真紋に追いつくことね。」 「……はぁ。」 「そのためには大きくならないといけないのね。」 「そうですぅ……」 アリスの返答に、瑞希いもむしは満足げに頷いた後、すぅっと煙草を吸い込んだ。 そして煙を吐き出すと、アリスの周りはその煙でいっぱいになって前が見えなくなってしまった。 「ケホッ、ケホ……」 アリスは何度か咳き込んで煙を払いのけ、恨みがましそうな視線を瑞希いもむしに向けようとしたが、つい先ほどまで目の前にいたはずの瑞希いもむしはいつの間にかいなくなっていた。 「―――素敵なヒントをあげる。そのキノコの一方を食べると大きくなって、もう一方を食べると小さくなるわ。」 アリスは声のした方を見上げた。そこには、青色の美しい羽を持った蝶が羽ばたいている。 「瑞希さん……?」 「ほら。混乱してないでしょ?」 瑞希いもむしは、一瞬にして脱皮し、蝶になったのだ。アリスはほんの一瞬の変化に驚きを隠せなかった。 「大きくなることも小さくなることも必然性があるからよ。それじゃあごきげんよう。ウフフフ。」 蝶の瑞希は秀麗な微笑みをアリスに向け、パタパタと羽ばたいてどこかに飛んでいってしまった。 アリスは蝶の瑞希が見えなくなるまでぽかんとした表情で見送り、やがて一人で取り残されてぽつりと呟く。 「あの歳で蝶は……。いや、いいんだけどぉ。」 ![]() やがて瑞希の残した紫煙の匂いも消えた頃、アリスはふと瑞希が残した言葉を思い起こす。 「一方を食べると大きくなって……?」 アリスは自分の乗っているキノコをまじまじと見つめ、その両端をちぎった。両手にキノコの切れ端を持ち交互に見る。一体どっちがどっちなのかわからないが、とりあえず片方のキノコをパクリと齧ってみた。 すると、みるみるうちに視点が高くなっていく。これで大きくなれたのだと喜んだのも束の間、アリスの視点はどんどん高くなり、木々の上の方まで来てしまっていた。そして驚くことに、見おろすと身体ではなく、長く伸びた首が目に映るのだ。アリスはしばらくそれが自分の首なのだと気付かなかった。 「わ、わ、わ、わーーキリンさんになっちゃったよぅ」 キリンというよりは既にお化けの部類まで来ているが、アリスは首が長いものといったらキリンが真っ先に浮かんだのだろう。とりあえずアリスは首を巧みに操って顔を移動させ、身体のところまで戻ろうとした。 降下していく途中で、突然一羽の鳥とぶつかりそうになってアリスは慌てて動きを止める。 「ま、またですか……」 鳥はアリスを目にすると、独り言のように呟きながら表情を曇らせて木の枝にとまる。 アリスはその鳥に見覚えがあった。いや、この鳥には初対面だが種類を知っていた。いくら鳥類に疎いアリスでもハトぐらいはわかるのだ。しかし、そのハトが「また」と言っている理由はわからない。 「何がまたなの?私とハトさんは初対面でしょ?」 「確かにあなたのようなヘビとは初めて会います……まさかヘビが空から降りてくるなんて思わない!一体何しに来たんですか!!もう来ないでッ!!!」 ハトは最初は分別のある喋り方だったのでアリスは安心していたのだが、徐々にその口調は激しくなり、終いには金切り声に近いものになっていた。アリスは両手で耳を塞ぎたくなったが、あいにくアリスの両手はずっとずっと下にあって届かなかった。 「私は子どもを守るために一生懸命やってきました。色んなところに巣を作って、寝ずに見張って……それなのに!ヘビは必ず私の可愛い子ども達を食べてしまう!どうして私の子どもを!お願い、私の子どもを返して!ねぇ、吐き出して下さッ……」 「いや、ちょっと待って、落ち着いて。私はヘビじゃないもん。」 「……」 ハトは険しい表情でアリスを睨みつけ、じっとアリスの頭から首までを凝視した。 「ね?可愛い女の子でしょ?」 「何が女の子ですかッ!どこからどう見てもヘビじゃないですか!こんな女の子は見たことがありません!」 「い、いや、それは今の私が特殊なだけで……」 アリスの言葉に、ハトは聞く耳を持っていない。そのくちばしでアリスの頭を突ついてくるのでアリスは「やめてよぅ!」と頭を振って抵抗することしか出来ない。アリスはこの時初めて、自分の手がどんなに大事なものなのかを知った。 「もう私の子どもを食べに来ないで下さい!さっさと消えて!!」 「わ、わぁーったわよ、ハトなんか好きじゃないもーん!私は七面鳥がいいんだもーん!」 アリスは必死の抵抗をしつつ、ハトから離れて降下していった。何度か首を枝に引っかけたりしながらも、ようやく身体のところまでたどり着くと、先ほど食べたキノコとは別の方を小さくちぎって口に入れる。 徐々に首は縮まり、また先ほどのいもむしと同じぐらいの大きさに戻っていた。 「はぁ……首が長いよりはマシね……」 よっぽど懲りたのだろう、今度は大きくなるキノコはほんの米粒ほどの大きさしか口に入れなかった。 するとようやく、アリス自身の、本来の大きさに戻れたのだった。 次のページへ→ |