『また、明日』

 〜冴月と杏子の場合〜




「ねぇ。このループはいつまで続くの?」
 思えば、あたしはいつもこの疑問を胸に抱いていたのだけど、こうして誰かに尋ねてみるのは初めてだった。いい加減答えを知りたくなったのかもしれないし、唯単に話のネタが無くなったからかもしれない。
 あたしたちの部屋には、二つのベッドとか映らないテレビだとか、遊べそうで遊べないものばかりが揃っている。
 椅子が無いんだ。 
 だからあたしたちはいつも、ベッドに腰掛けてる。隣同士で座ったり、向かい合わせで座ったり、背中合わせに座ってみたり、或いは寝転んでいたり。
 今日は、あたしがベッドに寝転んでいて、貴女は貴女のベッドに腰掛けている。
「………いつまでだろうね。」
 貴女は少しの沈黙の後、さして考えた風でもない言葉を返す。
 今日もいつもと同じように、一つの部屋に二人。
 変わったことと言えば、貴女が煙草を吸っていることだろうか。
 あたしはそれが羨ましくて、吸ってみたいなと思うんだけど、それを貴女に言えば貴女はきっとあたしを叱るだろうから。代わりに副流煙を吸い込んでみたら、煙たくて息苦しいだけだった。
 貴女は煙草を口につけて、吸い込んで、すぐに煙を吐き出した。
 そしてその行為の後、口を開く。
「いつまで続くと思う?」
 あたしの問いかけをそのまま返されて、あたしは暫く返す言葉が見つからなかった。
 そう言えば、疑問は抱いていても、その答えを考えようとしたことはなかったなぁ。
「あと半年くらい。」
 当てずっぽうの言葉。そうは思わなかったけど、そう答えてみた。次に、貴女がどんな言葉を返してくれるのかだけが楽しみで。
 だけど、貴女は何も言わずに煙草を吸った。
 何か言ってよ、と促そうかとも思ったけど、貴女はその沈黙で何かを考えているかも知れないから。シカトしたのかなって思った頃に、答えを返すような人だから。
「私もそのくらいだと思うよ。」
 思いの外、貴女はすぐに答えをくれた。すぐとは言っても、あたしの言葉から一分くらい経った頃だけど。
 その答えは、少し意外だった。こんな当てずっぽうの言葉を肯定されるだなんて思いもしなかった。
 貴女が新しい煙草を取り出しているのを見て、答えが早めだったのは、丁度煙草を吸い終わったからだったのかもしれない、と思った。
「あと半年間しか、一緒に居られないのかなぁ。」
「そんなことないよ。」
 また。
 焦らせるのかと思えば、即答したり。それが意図的なのか否か、あたしにはわからないけれど。
 貴女はあたしの調子を狂わせてばかりだよ。
「ずっと一緒に居られるの?」
 今度の問いには、即答しないと確信した。だってあたし、貴女がライターで煙草に火を点ける瞬間を狙って言葉を放ったもの。
 貴女は煙を吸い込んで、吐き出した。
 一回。二回。三回… 五回それを繰り返してから、貴女は、あたしを見た。
 そして笑った。
「居られないよ。」
 さも当然、といった口調でそう言って、貴女は続けた。
「人の命は永遠じゃないって、知ってるでしょ?だからね、ずっとじゃないの。でもね、でもね、命が尽きる時まで一緒に居ることは可能だよ。」
 あたしよりも十歳くらい年上の貴女は、時折子供の様な笑みを浮かべるから。
 だからあたしは、貴女のことを恋人だと信じているのかもしれない。
「じゃあ、命が尽きる時まで一緒に居てくれる?」
「一緒に居たい?」
「あたしの質問に答えてよ。」
「ヤダ。」
 だけどこうやって、貴女のペースに乗せられてしまう時は、貴女の事をお姉ちゃんみたいだって思うよ。
 クスクスと可笑しそうに笑みを浮かべる、あたしの意地悪なお姉ちゃん。
「…一緒に居て。」
 あたしはそう言って、貴女から目を逸らす。
 “愛を信じ合う”なんて、到底あたしと貴女には無理なことなのかもしれないね。
 だっていつも、あたしは貴女がどんな言葉を返してくれるのか予測がつかないもの。
 あっさり否定されそうな不安すら抱いてしまうもの。
「もしも半年間、このループが続くのなら、絶対に一緒に居てあげる、とは言えないのね。」
 貴女はそんな言葉を紡ぎながら、ベッドから立ち上がった。貴女から視線を逸らしているあたしは、それが絶対だとは言えないけれど、ギシ、と小さくベッドが軋む音を聞いて、立ち上がったんじゃないかなって予測した。
 ビンゴ。
 貴女は咥え煙草であたしのベッドに寝転ぶと、唇の端から煙を吐き出しながら、その煙草を指先で摘む。
「でも、このループは今終わらせちゃうことも出来るんだよ。そしたら、私は絶対に最期まで一緒に居てあげられるって断言出来るの。」
 そう言った後、摘んだ煙草をあたしに差し出して、吸う?と問い掛けた。
 お母さんみたいに厳しいかと思えば、番長みたいに不良行為を唆す。本当に変な人。
「今終わらせることが出来るの?…どうやって?」
 あたしは煙草を受け取りながら、問い掛けた。その問いを放った後で、貴女が答えてくれるかどうか不安になったりもしたけれど。
 指先にそっと挟んだ煙草を唇に寄せた時、貴女はその答えをくれた。
「心中するの。」
 貴女の言葉があたしに向けて吐き出された時、あたしは丁度煙を吸い込んでいた。
 思わず、咽る。
 ゲホゲホと咳き込むあたしを見て、貴女は楽しそうに笑った。
「…や、やだ。死にたくない。」
 言葉を詰まらせながら、肺に残った煙を吐き出しながら、あたしは答える。
 その答えに、貴女は満足げな笑みを浮かべた。
 あたしから煙草を奪い取ると、それを唇に寄せる。
 それを見て漸く気付いた。貴女はこのタイミングの為に、あたしを咳き込ませる為だけに、煙草を渡したんだって。 
「半年経ってから考えようね。心中。」
 揺れる紫煙。
 楽しげな貴女。
 尚も小さく咳き込むあたし。
 まだまだ、このループは終わりそうにも無い。
 半年経っても、貴女はあたしを笑っているでしょう。
 ループが終わる時も、貴女はあたしを笑っているでしょう。

 出口が見つかったとしても、見つからなかったとしても
 あたしはきっと 貴女と一緒にいるでしょう。

「おやすみ。」
「また、明日」


 ―――日常のループは、続く。










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