BATTLE ROYALE if廊下の壁にぺたりと背をつけて、 俺――宮野水夏―――は考え込んでいた。 片手には火のついた煙草。 時折吸い込んでは、 吐き出して。 灰の行く先に少し躊躇したが、 ここは土足OKの廊下だし、 そのまま落としてしまうことにした。 掃除する人には悪いけどな。 こっちは命がけでやってるんだから、 そのぐらいは容認してもらいたい。 備品室で調達した煙草の銘柄はフィリップモリス。 霜には散々、オヤジ煙草だと馬鹿にされてきたけれど。 あいつは顔に似合わずバージニアな辺りがいまだに許せない。 そのうち1ミリじゃ満足できなくしてやる、 なんて言ってた時期も、 今じゃ懐かしい思い出……か? こうしてぼんやりと煙草を吸っていると、 感覚が冴えてくるような、 鈍ってくるような。 相反した感覚が一度にやってきて、 妙な気分になる。もしもここから見える廊下の角から誰かがやって来た時、 俺はすぐに反応できるのだろうか。 即座にナイフに手を掛ける、 その前にこうして手にしている煙草を捨てなくちゃいけない。 その微妙な間でやられてしまったら笑えるな。 神崎美雨を殺すなんて、 ね。この決意が今でも時々、 馬鹿馬鹿しく思えるよ。 相手は天才、とかそういう問題以前に、 相手の武器と俺の武器とを考えてみれば早い話だ。 俺はいつまでもナイフに頼ってばかり。 神崎は銃を持っている。 ……明らかに不利なんだ。 以前に神崎と刃を交えた時も、 神崎は敢えて俺とメスで戦った。 銃を持っていたはずなのに、 俺が目の前にいる時点でそれを取り出すことしなかった。 ――馬鹿にしてるよな。 「……殺、す、なんて」 出来るのかな。このナイフ一本で、 そんなことが。 s安感が募って、不覚にも泣きそうなほどに怖くなる。 殺そうとした時、 それ即ち俺が死ぬ時になりやしないかと、 ――冷静に考えればそうなるのが当然だ、 と。 俺は、意地を張っているのだろうか。 天才だとか、天才肌だとか、 闇村さんへの気持ちとか、 嫉妬とか。 なんだか馬鹿馬鹿しいものに、 躍起になっているんじゃないか。 一人だと、見るべきものが見えなくなるよ。 一体、どうすべきなんだ。 ――ジリ、と小さな音がして、 指先に熱を感じる。 「……ッち。」 気付けば煙草は短くなって、 火がフィルターにまで到達しそうなところだった。 パッと指を離して、 吸殻を床に放つ。靴先できつく踏みしめて、 火を消した。 今から一体どこに行けばいいんだろう。 このままここに留まって、 誰かが来るのを待つべきか。 こんな風に思うなら、 夕場や穂村と別れずに、 一緒に行動しているべきだった。 ポケットに入れていた煙草の箱を取り出して、 一本の煙草を口に咥える。 ライターで火をつけて、 軽く息を吸い込んだ。 その時だった。静寂に包まれていた廊下の向こうから、 (中略) 「俺のこと、殺さないのか?」 ―――、何事かと。 一瞬、霜が何を言ったのかわからなくて、 言葉に詰まった。 霜はちらりと俺に目を向けて小さく笑う。 「こないだ言ってたじゃん。 次に会う時は、殺す、 ってさ。」 「……そんなこと言ったっけ。」 「言った。」 「……言ったっけ?」 どちらともなく視線を交わし、 少しだけ笑い合う。 霜の頭に手を乗せて、 軽く体重を掛けてみる。 「殺さないことにした。」 そう言って、がしがしと頭を撫でてみる。 霜はきょとんとした表情を浮かべた後、 俺の猛攻によって乱れた髪を直すべく、 頭を結ったゴムを外した。 そのゴムを指先に引っかけ、 ピッと放つ。 ゴムが俺の頬にピシリと当たれば、 霜はにやりと嫌味な笑みを浮かべて。 「……痛いし。」 しゃがみ込んで落っこちたゴムを拾い上げ、 同じように指先に引っかけて霜に照準を定めた。 俺の攻撃に警戒して手で顔をガードする霜に、 少し笑って。 指先に引っかけたゴムを手首に落とし、 俺は構えを取った霜に手を伸ばす。 「……何?」 霜の両方の手首をガシッと掴んだまま、 俺は霜ににじり寄る。 自由を奪われ不安げに俺を見つめる霜の姿に、 一体どんな悪戯をしてやろうかと思案した。 だけど真っ直ぐな視線を感じていると、 そんな考えもどこかに掻き消えてしまう。 俺の心の中にある、 余りにストレートな感情に戸惑って。 これを告げたら後々厄介なのだろうかとも、 チラリ考えたのだけど 今はただ、心に素直でありたかった。 「霜のことが、好き。」 こんなにも純な告白を今この俺がしているのかと思うと、 なんだか無性に恥ずかしくなる。 だけど霜の目をしっかり見て、 確かに、言葉にした。 霜はきょとんとして俺を見つめ、 やがて小さく瞬く。 「え?…何?」 「何って!!!」 一番大事なところを聞き返しやがる霜に、 反射的につっこみが飛ぶ。 手を離して、スパーン! と霜の頭を殴りつけた後、 恥ずかしさに耐えられなくなって霜に背を向けた。 こいつ、ありえない! なんてタイミングの悪い女なんだ! ぷるぷると打ち震える俺の頭に、 スパコーン!と唐突な衝撃が走る。 ……痛い。 「あのさぁ そういうのって、 もうちょっと雰囲気とか作って言うもんだろー? いきなりすぎて意味わかんなかったよ。」 背中に向けられる言葉は呆れすら混じっていて、 更に恥ずかしくて嫌んなる。 恐る恐る振り向けば、 ふっと薄い笑みを浮かべた霜の姿が目に映った。 ―――こんなやつが好きなのかと、 ほんのり自問してしまう。 「俺も水夏のことが好きだから、 両想いだな。」 「お、おう。」 「恋人になるのか?」 「えぇ?」 「ならないのか?」 「……さぁ?」 よくわからないやりとりが少し続いた後、 相手へと手が伸びたのもほぼ同時。 若干俺の方が早かったか、 スパコーン!と霜の頭を叩いて勝者の笑み。 とりあえず突っ込み合戦ってのはセオリーだな。 「く……」 頭を押えて打ち震える霜を鼻で笑い、 俺はその場から立ち上がる。 ちらりと向けられる上目遣い、 不覚にもドキッとしてしまうけれど。 ……俺は霜の頭に手を置いて、 言った。 「その突っ込みのレベルじゃ、 まだ恋人にはなれないな。 もう少し修行すべし! だ。」 「なんだそれは。」 「……言葉の通りだよ。 さ、ゆきを探しに行くぞ。」 「え?……あ、あぁ。」 俺の態度に、霜は少し怪訝そうな顔。 だけど小さく頷いて、 その場から立ち上がる。 突っ込みレベルなんて本当はどうでもいいに決まってる。 霜のことが好き。 霜が俺を好きでいてくれる。 だけど。……俺は霜に、 幸せになってもらいたい。 だから恋人にはならないよ。 今はまだ、俺は霜に相応しくはないからな。 いつか ……いつか、霜を幸せに出来ると誓える時までは、 俺達はただの親友だ。 ―――それまでに霜が、 別の人を想っても、 それは仕方がないこと。 俺には償わなくちゃいけない罪がある。 その代償とでも、いうのかな。 霜が笑っていられるなら、 俺はそれで、構わないから。 「水夏?……水夏って、 えっと、……バカ?」 「何言い出すんだ! バカじゃない!」 「だって、普通突っ込みレベルで恋人選定なんかしないし!」 「それは大事だぞ! ボケ突っ込みのタイミングが合ってないと、 夫婦生活も上手く行かないもんだしな。」 「夫婦ってなんだよ。 そもそも、どっちが旦那でどっちが妻?」 「霜が旦那で」 「水夏が」 「旦那。」 そんないつものボケツッコミも、 一段と冴えた二人の会話。 こんな何気ない日常がいつまでも続けばいいと願ってしまうのは、 内緒。 叶わない望みなら、 誰にも話さない方がいい。 ↑Back to Top Thanks!! Filter cgi |