BATTLE ROYALE if




「…姉妹なのに、恋人?」
「そうですわ。血の繋がりなんて関係御座いませんの。ましてや、姉妹として育てられなかったのならば尚更です。」
 琴音様は、穏やかな微笑を浮かべて仰るのですわ。
 相槌を打ちながらも、わたくしめ―――渋谷紗悠里―――には、今一つピンと来ない話で御座いますわ。
 時刻は、夜の十九時を回ったところ。神崎美雨の宣戦布告から約六時間が経過したので御座いますわ。まだ、あの女が姿を見せることは御座いません。わたくしめ達三人は二人ずつ交代で見張りをし、一人が壁際で休む、といいます形で落ち着いたので御座いますわ。
 琴音様は(あまり似合いません)銃を肩に掛け、わたくしめは無意味ながらも彼女の隣にぼんやりと立っておりますわ。緊張感を忘れるわけではありませんが、こうも何事もなく時間が経過してしまえば、それとなく世間話も始まってしまうというものですわ。
 彼女達との遭遇が熱烈なラブシーンで御座いましたのは、わたくしめには少々衝撃的で御座いましたといいますか…生であの様なシーンを見たのは初めてで御座いましたから。そこまで興味があったわけではありませんけれど、全く無関心といいますわけでも御座いません。星歌様に尋ねるのも何だか気が引けたので、星歌様と琴音様が交代した今、彼女に訊いてみたといいますわけ。訊いたのちほど、そこからノロケに発展してしまいませんかと危惧したものの、琴音様は特別そういう話し方をなさるでもなく、ありのまま、といった様子で教えてくれたので御座いますわ。
「――といいますことは、わたくしめ、お邪魔ですわね。想いが通じたばかりの二人の間に割り込むなんて。」
「気にしなくていいのよ。貴女の命だって、とっても尊いもの。」
 琴音様は、どこまでも優しい人。その微笑が絶えることはなく、言葉にも刺が御座いません。
 その様な聖母のような人間がいるはずは御座いませんとわかっていても、彼女にはつい騙されてしまいそうになります。
 心の奥底の醜い感情を持っていらっしゃいませんはずが御座いません。だけれど、彼女はそれを微塵も感じさせませんのですわ。
「…紗悠里ちゃんは、恋人はいらっしゃいませんのかしら。」
「いるように見えますの?」
 ――思わず即答してしまいました。あまりに馬鹿げた問いだと思ったので御座いますわ。
 ですが、琴音様は不思議そうな表情を浮かべ、
「ええ?見えるますわよ。…だって、紗悠里ちゃん、可愛いですもの。」
 と、当然のように返したので御座いますわ。その返答に、不思議な表情を浮かべるのはわたくしめとなりましたので御座いますわ。
「お世辞なんか言っても何も得しませんよ?」
「どうしてそう思うのです?わたくしめは正直に言っただけですわ。」
 フフ、と可笑しそうに小さく笑みを浮かべては、わたくしめの顔を見つめ、彼女は更に言葉を続けります。
「…上品な顔立ちっていうのかしら。インテリジェンスな魅力があるんですの。」
「インテリ、なのは否定しませんけど… その様な褒められるような顔、してませんから。」
「しております。睫毛も長いし、少々ミステリアスな雰囲気もありますわね。…綺麗ですわよ?」
 わたくしめと彼女の意見は真っ向から対立なさるばかり。わたくしめがおいくら否定しても、彼女は笑顔で肯定論を述べてきます。
 ―――その尽きぬ語彙に敬服致すほどですわ。
「…琴音様こそ、綺麗ですわ。ご自分でも否定出来御座いませんで御座いましょう?」
 ご自分の容姿のことから話を逸らそうと、わたくしめは彼女にそうふったので御座いますわ。
「ふふ、ありがとうございます。…嬉しいですわ。」
 彼女は、わたくしめのように頑なに否定したりはいたしません。素直にそう言って、嬉しそうに笑んでくれます。
 ――その笑顔が、真実に綺麗なのだと、わたくしめは思うのですわ。
 ご自分でも気づか御座いませんままに彼女を見つめていれば、わたくしめの視線に気づいてか、彼女は微かに悲しげな笑みを浮かべたので御座いますわ。その理由が暫しわからなかったけれど、彼女が気になさるように撫で付けた前髪―― その行為で、ようやくわかったので御座いますわ。
 片側だけ目を隠すように垂らした前髪。こうして間近に見ればすぐにわかります。彼女はその瞳を、失っておりますわのだと。そのことが彼女のコンプレックスですので御座いましょうか。…もしそうだとしますと、わたくしめの言葉に彼女が素直に喜べたとは思えなかったので御座いますわ。
「……綺麗、なんですわ。」
 言葉を探しても見つからずに、わたくしめは念を押すような言い方しか出来なかったので御座いますわ。しばしの間を置いたせいか、彼女は不思議そうな表情でわたくしめを見つめたので御座いますわ。
「…どうして、その様な風に言ってくれんですの?嬉しいですけれど、でも…… でも、わたくしめは醜いですわ。」
「その様なこと――…」
 否定しようと彼女を見上げた時、ふっと言葉が掻き消えたので御座いますわ。
 見つめられる、片方だけのその瞳が余りに真っ直ぐで、突き刺されますようで御座いましたの。
「貴女は優しい人ですわね。何方かに愛されるべきですのに… どうして、この様なところに…。」
 何故、その様な悲しげな表情をなさるのか。
 優しい?愛されるべき?…この、わたくしめが?
 その様なバカなこと。
「たった数時間一緒に過ごしただけで、あなた様にわたくしめの何がわかると仰るんです?」
「え?…あッ、申し訳ありません。」
「……いえ。」
 言ったのちほど、自分の言い方に嫌気がさします。どうして、この様な刺のある言い方しか出来ないので御座いましょうか。
 それでも微笑んでくれる彼女は、わたくしめとは比べ物にならないくらい――魅力的な人。
 嫌になるくらい、素敵な人。
「で、ですがやっぱり、ご自分を卑下してはいけませんわ。貴女は――」
「綺麗事、なんて」
 耳を塞ぎたかったので御座いますわ。それをいたしません代わりに、わたくしめは彼女の言葉に被せて、言ったので御座いますわ。
「聞きたく御座いません。わたくしめはその様なこと、聞きたくなんか…」
 魅力的な人の隣に居れば、自己嫌悪が加速いたしますわ。ですからわたくしめは一人でいたかったので御座いますわ。
 ああ、なんて澱んだ感情で御座いましょう。ですからわたくしめは他人が嫌いなんですわ。 
「愛されたいと思いますかしら?」
「…え?」
 突然投げ掛けられた質問に、わたくしめは彼女を見上げて小さく聞き返したので御座いますわ。
 す、と伸ばされた手が、わたくしめの頬に触れます。
 温かい手。
「貴女、愛されたことが御座いませんでしょう?いつも一人でいらっしゃったのではありませんこと?…違います?」
「……。」
 その通りで御座いましたわ。
 言葉を返すことは出来なかったけれど、彼女は沈黙を肯定だと取ったので御座いましょうか。
「三人姉妹でしたら良かったですわね。」
 と、彼女は微笑んで言ったので御座いますわ。
 姉妹で御座いましたら。
 この様な人が、わたくしめの姉で御座いましたら――… わたくしめは、思い留まっておりましたで御座いましょうか。
 この様なゲームへの参加権を得ることもなかったのかもしれません。
「……もしそうで御座いましたら、きっと、この様な所で会うこともなかったと存じますわ。」
 その方が良かったと、その想いは込めずに告げたので御座いますわ。
 ですが彼女は、クスクスと笑って小さく頷きます。
「それもそうですわね。姉妹ではなくて良かったですわ。」
 その言葉を聞いた瞬間、意図の食い違いに、すぐに気づいたので御座いますわ。食い違いには気づいても、彼女の意図が掴めなかったので御座いますわ。次の言葉を聞くまでは。
「他人ですから、わたくしめは貴女を殺さなくても済むのですもの。」
 事も無げに告げられたその言葉を、頭の中で反芻し、解釈に努めたので御座いますわ。
 ―――思わず、わたくしめは後ろで休んでいる星歌様の方へ目線を遣ったので御座いますわ。眠っていらっしゃるようで御座いましたわ。
 その後、琴音様へと目線を戻し、わたくしめは小さく問い掛けます。
「…殺すんですの…?」
「何方を?」
「…星歌様を。」
 わたくしめがその名を出すと、琴音様は不思議そうにわたくしめを見つめたので御座いますわ。
 すっと目線を逸らし、ふっとまた笑みを浮かべります。
「どうかしら。…殺すかも知れませんわね。」
「…どうして…?」
「あの子は絶対に死ななければなりませんの。…でも、他人に殺させるなんて悔しいで御座いましょう?」
「“絶対に”?」
「絶対ですわ。」
 あまりにあっさりと頷かれ、わたくしめは絶句いたします。
 人間の命には限りがあるとか、その様なうんちくの次元で御座いませんことはわかっております。
 唯はっきりしておりますことは、彼女に、迷いが一切ないということで御座いました。
『絶対ニ死ナナケレバナラナイノ。』
 ――…この人。
 少々危うい方かもしれません。
 いや。そもそも、殺人を犯すような人間の中で、まともな人間などいらっしゃるのでしょうか。
 星歌様は彼女の命令に従った筈ですわ。その様な命令に従ってしまうことも異常。
 では、彼女は何故そのような命令を下したのでしょうか。
 ―――異常だからですわ。
 一瞬、背筋が凍るような寒気を覚えたので御座いますわ。
 今はまだ味方だとしても、この人は異常なんですわ。いつ敵になるかもわかりません。
 少々でも、「魅力的」だと思った自分を悔いたので御座いますわ。
「不知火の血は、絶対に絶やさなくちゃいけませんの。そうでないと呪いによって、災いが齎されますのよ。」
 この女だって異常者ですわ。
 ―――神崎美雨と変わりませんの。




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