BATTLE ROYALE if




 十七時。
 降り続ける雨は、一向に止む気配を見せニャかった。
 別段、私―――茂木螢子―――にとって困ることでもニャいけれど、少しだけ雨音が煩わしく感じられる。
 窓の外から視線を外し、ベッドへと目を遣った。
 そこには、今尚目を瞑ったままで目を覚まさぬ、真苗さんの姿がある。
 私がどんニャに苦労して彼女を手当てし、そしてここ3−B、私の自室まで運んだか。
 いつもニャら部下にやらせていた重労働、久々に身体を使った所為か、随分肩も凝ってしまった。
「……人の苦労も知らニャいで。」
 ベッドに腰を下ろし、包帯越しに彼女の左耳があった場所へと手を伸ばす。
 白い包帯に、丸く血が滲んでいた。そっと触れれば、湿った感覚。
「真苗さんは真苗さんで、痛い思いしてるんでしょうけど」
 小さく笑んで、するりと指を下ろしていく。
 彼女の服は医務室で脱がせてしまった。肩と太腿に包帯を巻く必要があったので、そのついでに胸元と秘所も白い包帯で覆っている。白い布に覆われた白い肌。所々に滲む赤が鮮やかだ。
「……綺麗ですよ、真苗さん。」
 包帯越しに傷口へキスを落とせば、真苗さんは僅かに身を捩り、苦しげニャ息を漏らす。
 構わずに何度もくちづけをしていると、
「うぅ……」
 と、小さく唸るようニャ声を耳にした。
 顔を上げて彼女の表情に注視する。暫し、苦しげに顰められていたその表情、和らげようと頬を指で撫ぜれば、静かに、その目が薄く開かれる。
「あ、目ぇ覚めました?」
 待ちかねた、と彼女の顔を覗き込み、笑みを向ける。
 焦点の定まらぬ瞳が揺れて、やがて大きく見開かれた。
「ッ…!……ぅ…、……?」
 私を見て、怯えるようニャ表情を浮かべる真苗さんに、再度笑みを見せて。
「怖がらニャくていいですよ。今はまだ殺しませんし」
 そう告げた、けれど、真苗さんは不安げニャ表情のままで私をじっと見つめるだけだった。
 私を―― 否、私の唇を。
「どうかしました?」
「……ぅ…?」
 私の問いかけが耳に入っていニャいようニャ、そんニャ様子。
 真苗さんはゆるりと首を横に振ろうとしたようだった、けれど、痛みが襲ったのだろう。
 きゅっと眉を寄せて動きを止める。
 折角真苗さんとお話できると思ったのに、相手にしてもらえニャいようで少し寂しい。
「んもぅ、真苗さんのいけず。お話しましょうよぉ。」
 甘えるようニャ口調で言って見せるが、やはり真苗さんは不安そうニャ、それでいて不思議そうニャ表情を浮かべたままで。ぷー、と頬を膨らませて見せると、真苗さんはゆっくりと唇を開いた。
 どんニャ言葉を発すのかと楽しみに待っていたのだけど、真苗さんは小さく唇を震わせるだけで、一向に言葉を発してはくれニャい。
「………真苗さん?」
 様子がおかしい。
 じっと彼女を見つめ、その行動を観察する。
 唇を動かして、私に何か告げようとしているようニャのに、声にニャらニャい。
 ―――まさか。
 私はベッドから立ち上がり、普段禁止エリアをメモするのに使っている小さニャノートを取り出した。
 そこにペンで、こう記す。
『私の声が聞こえニャいんですか?』
 メモを見せると、真苗さんはパチパチと瞬いては、小さく首を縦に振っていた。
 ……そうか。
 痛みか、神経の外傷で受けたショックによる、失語症。
 それと同時に併発してしまったのが、聾。左耳から聞こえニャいのは当然として、右耳の聴覚すらも失ってしまったのは心因性のものである可能性が高いだろう。
 銃で受けるショックとは、それほどに大きニャものニャのだ。
「…ぁ、……」
 真苗さんは何かを言いたそうにして、私が見せているノートへと右手を伸ばす。
 左手も上げようとしたけれど、痛みによってそれも侭ニャらニャいらしい。くっと眉を寄せ、再度右手だけを伸ばしてきた。
 私はペンだけを手渡し、彼女の書き易い位置へとノートを広げてやった。
「困ったことにニャりましたねー……。」
 意思疎通が面倒だ、と苦笑しつつ、彼女がペンでノートに記していく文字を目で追った。
 てっきり、音が聞こえニャい、言葉が喋れニャい、そんニャことを主張すると思ったのだが、
 彼女が記した文字は、私の予想に反したものだった。
『まあやはどこ』
 拙い文字で記された彼女の問い。
 自分のことよりも、真紋さんのことを優先するニャんて。
 ただのバカップルかと思っていたのに、こんニャにも相手のことを想っているとは、ね。
『真紋さんニャら、』
 彼女のペンを取ってサラサラと書いた後、少し手を止めた。
 不安げニャ表情で私を見つめている真苗さんに、このまま続きを書かニャいでおいたらどうかと思ったけれど、それもまた酷ニャことだろう。一つ溜息をついて、続きを書き記す。
『あと四時間後、この部屋に来るはずです。』
 そう書いた瞬間、ふっと真苗さんの表情に笑みが灯る。
 ニャんだか馬鹿馬鹿しくて、私は更に文字を書き足した。
『真苗さんのことを見捨てニャければ。』
 真苗さんはふっと表情を曇らせるも、またペンを求めるように私に手を伸ばす。
 手渡せば、紙が勿体ニャい、と言いたくニャりそうニャ程に大きニャ文字で、
『まあやはぜったいに きてくれる』
 と、書き記された。
 溜息をつかずにはいられニャい。そんニャに愛し合っているニャら、手錠を外さニャければ良かったのに。
 そうすれば今頃、二人は天国でイチャイチャできたはず……ニャんてね。
 真苗さんは尚も真剣ニャ表情で、私が差し出したノートにニャにやら文字を綴っていた。それを目で追う気にもニャれずに、彼女の手が止まるのを待つ。
 じわりと額に汗を滲ませ、苦しげニャ表情を浮かべている真苗さん。今の彼女にとっては、こうして文字を書くという行為すらも苦行に他ニャらニャいのだろう。
 暫し後で、真苗さんはふっと息を差し出し、ペンを握った手の力を抜いた。
 ベッドに投げ出された彼女の手からペンを奪い上げニャがら、記された文字を声に出して読み上げる。
「螢子ちゃん、真紋を殺さニャいでね。私のことは殺してもいいから、真紋だけは殺さニャいで。………それと、私、まあやに好きって伝えニャくちゃいけニャいの。もし私が言えニャいままで死んでしまったら……って、あーもう。ノロけるのやめません?」
 バサッとノートを床に投げ捨て、ほんのりと頭痛すら感じられる甘い言葉に、はぁーと大きく息を吐き出す。
 途中で切ったにしても、声にして読み上げてしまったことすら嫌にニャる。
 私が散々、可愛い、とか、綺麗、とか誉めてあげたことすらも、真苗さんは知らニャい。
「どうしてあんニャ酷い女のことを今でも想ってるんですか?」
 私が声にする問いかけを、真苗さんは理解出来ずにいる。
 きょとんと、不思議そうに私を見つめる眼差しに、少しだけ苛立って。
「あの女は真苗さんを見捨てて逃げたんですよ。」
 言いニャがら、彼女に覆い被さった。
 ビクッと怯えるように身体を震わせる真苗さんの反応が可愛くて、私は敢えて痛むようにその頭を手で掴み、強引に唇を合わせていた。
「ン、……ぅ、…うぅッ!!」
 真苗さんの抵抗が弱々しいのは、あまりの痛みに身体を動かすことが出来ニャいからだろう。
 それをいいことに、私は更に顔を押し付け、深いキスを交わす。
 真紋さんがこの部屋に来るまで、後四時間弱。その間、散々真苗さんを蹂躙するのも良い。
 大丈夫。真苗さんは生きてさえ居てくれれば、後はどうだっていいんだから。
 出血多量によるショック死まで、あとどれほどか。
 もう既に、彼女の血液の10%程は出血していることだろう。現在は貧血の状態か。
 出血性ショックに至るには、まだ余裕がある。
「……大丈夫ですよ。女性は出血に強いんです。」
 囁くように言って、肩にある傷口のそばを親指でぐっと押し付けた。
「ぁ…ッ…!」
 苦しげニャ声すらもBGMにして、包帯をじっと凝視する。
 少し経ってから、じわりと、包帯に滲んでいた赤色が鮮度を増す。
 ベッドにも血の染みが広がっていることだろう。銃弾が貫通している分、出血は多い。
 止血はしているけれど、こうしてショックを与えていればまた傷は疼き出す。
「真苗さんの痛がってる表情って、ゾクゾクします」
 貧血によって少し紫がかった唇にキスをして、唾液を流し込む。
 真苗さんは、もう私に抗う気力すらニャいように、時折苦しげニャ声だけを漏らしていた。
 彼女が死す時の表情が見たい。
 この官能的ニャ女性が、死に逝く時、どんニャに美しいものニャのか。
 あと四時間は殺せニャいことが惜しく感じるほどに、痛みに歪んだ彼女の表情に、酔いしれた。




(中略ニャ)





 ずっとずっと、真苗の身体は冷たかった。
 だけどそんニャ冷たい身体で、私―――木滝真紋―――に笑顔を見せてくれていた。
 この温度でもいいよ。抱きしめても冷たいままでいいから。
 だから、だから、 死んじゃ、いや……。
「真苗……?」
 そっと唇を離して、真苗の顔を見つめる。
 まるで、眠っているようニャ、穏やかニャ表情。
 長い睫毛、白い肌、可愛いピンクの唇は、今は少し白っぽくニャっているけれど。
 その全てが、私の目の前にあるというのに、
 ――ふっと遠ざかっていったようニャ感覚。
「……真苗?まだ寝るのは早いわよ。ねぇ、部屋に戻ろう?私達の部屋に戻って」
 涙で視界が曇るのを、必死で堪えて。
 私は尚も笑顔で、真苗へと呼びかけた。
「部屋のベッドで一緒に眠ろう?……ね?傷が治ったら、好きニャだけエッチもさせてあげるから。いっぱい抱きしめてあげるし、飽きるぐらいキスもしてッ……」
 言えば、言うほどに涙が溢れて、止まらニャくて
 真苗が、 真苗が目を開けてくれたらそれで
 きっと止まるんだから。ねぇ、お願い、だから
「真苗ッ……目ぇ、開けてよ……私を一人にしニャいでよ……」
 冷たい身体をぎゅって抱き寄せても、
 真苗は痛みを訴えることもニャく、私に身を任せるように、力を抜いたままだった。
「……ま、ニャえッ…」
 その身体に、顔を寄せて。
 真苗の胸に顔を寄せ、その柔らかい感覚に埋もれて押し黙る。
 ―――そして私はようやく、
 真苗を目覚めさせる術がニャいことを、知った。
「ッ……」
 真苗に抱かれるようにして、ぎゅっと、その冷たい身体に縋りついたまま。
 こうしていれば、真苗が私の髪を撫でてくれるかもしれニャい。
 真苗が喜んでくれるかもしれニャい。
 真苗が、抱き返してくれるかもしれニャい。
 そんニャ望みが叶わニャいのだと、知ってしまった。
「……いや…、いやぁっ……」
 この感情を一体どうすればいいのか、私にはわからニャい。
 愛してると、言ってくれたのに。
 こんニャにも、愛しているのに。
 ニャのに、ねぇ、どうして真苗は、
 もう私に、愛してるって言ってくれニャいのよ。

 ズキン、ズキン、ズキン。
 抉るようニャ痛みが、私を現実に引き戻す。
 酷い痛みに、そっと腹部へ手を宛てた。
 僅かに皮膚が押し広げられて、嫌ニャ感じに盛り上がっている、みたいだった。
「……ッ」
 目の前にいる、真苗の姿に、暫し見惚れて。
 いっそこのまま、真苗と共に死んでしまおうかと、考えた。
 そうすれば私は、ずっと真苗と一緒にいられる?
 真苗に、愛してるって言ってもらえる?
 ―――……
 だけど。
 不意に頭を過ぎった幾つかの言葉が、私を引き止める。

『運命だったの。』
『私はまぁやのこと、大好きニャんだから。』
『ユーァーライク、ア…ラビット!』

 生きている真苗が、そう告げてくれたから、私は今こうして生きている。
 隣にいた真苗が、私を励ましてくれたから。

『最愛の人の望みに沿うことが一番よ。
 その人が自分の分も生き抜いて欲しいと私に望んでくれるニャら、私は逃げるわ。』

 あの、闇村さんの言葉は、突き刺さるようだった。
 
『真紋ぁッ!!逃げてぇ!!!』

 真苗は、
 真苗は、私に生きて欲しいと
 願ってくれた。
 
 私は―――

「木滝さん。…お取り込み中に、ごめんニャさいね。」
「!?」
 突然聞こえた声に、私は慌てて振り向いていた。
 部屋の入り口に立っていたのは、
 管理人である女性。――闇村さん。
「貴女に嬉しいお知らせがあるの。」
「……嬉しい……?」
 真苗からそっと身体を離し、立ち上がろうとしたけれど、力が入らニャかった。
 闇村さんはそんニャ私を見かねたように、こちらへ歩み寄り、そっと身体を支えてくれた。
 肩に手を添えられ、ぺたん、とその場に座り込む。
 闇村さんは私より幾分高い視線で、どこか優しげニャ眼差しを向ける。
 今の私に、嬉しいと思えることニャど、あるのだろうか。
 ぼんやりと、彼女の目を見つめていた。
 柔らかニャ眼差し。この人も、悪魔だと思っていたけれど
 時々、天使のようニャ行動を見せる。
 今回の彼女の言う「嬉しいお知らせ」とは
 天使のお言葉か
 悪魔の囁きか。
 闇村さんは、「しっかり聞いてね」と前置きをした上で、
 一呼吸置いてから 告げた。

「木滝真紋さん。貴女を、このプロジェクトから解放します。」

 ―――?
 何、言ってるの?
 ……解放?

「驚くのも無理はニャいわね。……私自身、少し複雑ニャのだけれど」
 闇村さんはすっと目を逸らすと、少しの間押し黙った後、再度私に目を向ける。
 私はと言えば、痛みで意識が朦朧としている上に、真苗のことで気が動転している。
 そんニャ状態で、突然の告示を理解する方が難しい。
「解放、って?ニャに……?」
「つまり、貴女はもう殺し合いをしニャくても良いということ。このプロジェクトから下りることが出来るのよ。」
「ニャ?……ニャんでよ?」
 意味がわからニャい、と闇村さんを見上げたままに問い掛ける。
 彼女は、「落ち着いて」と宥めるように私に言って、そっと肩を抱くようにして立ち上がらせた。
 ぐら、と揺れる身体、闇村さんに凭れることでしかバランスを保てニャい。
「今は説明出来る状況じゃニャさそうね。……管理室へ行くわ。先に治療よ。」
「いやっ……真苗を……!!」
 置いては行けニャい、と、振り向いた。
 壁際に凭れて、安らかニャ表情で目を閉じている真苗へと手を伸ばそうとして
 腹部を襲う激痛に力が抜けた。
「遺体には後で会えるわ。安静にニャさい!」
 厳しい口調で言いつけられて、そのまま、彼女に引きずられるようにして部屋を出る。
 一度だけ振り向いては、
 遠くニャっていく真苗の姿に、また涙が溢れていた。





「螢子のお願いを一つだけ聞いてあげる。どう?」
「それじゃあ一つ、お願いしたいんですけど―――」
 闇村さんと私―――茂木螢子―――がそんニャやりとりを交わしたのは、今日の朝のことだ。
 真苗さんを撃って。それと、一人で逃げ出した真紋さんは一先ず放置して。
 銃弾を受けて気を失った真苗さんを愛でニャがら、私と闇村さんは幾つかの言葉を交わす。
 彼女の、「お願いを一つだけ聞いてあげる」という言葉は、一種のボーニャスゲームのようニャもの。
 そこで新しい武器を貰うことも出来たはずだ。
 だけど私はそうしニャかった。
 あまりに不公平すぎる。管理人の贔屓で優勝しても、ちっとも面白くニャい。
 だから私はあの時、こう言葉を続けたの。
「今夜の夜九時、私の部屋に真紋さんを呼び出したいと思うんです。――その時に」
「……その時に?」
「もしも真紋さんが私に勝ったら、彼女をこのプロジェクトから解放してあげて下さい。」
「……本気で言ってるの?」
「はい。」
 不思議そうニャ表情で、闇村さんは私を見ていた。
 あくまで彼女は管理者、つまり、ゲームを観戦する側の人間だ。
 ゲームをプレイする側の人間には、観戦側には関係のニャい、プライドというものが大きく関わって来る。
 私は組織のトップであった、言わば悪人中の悪人。
 それに対し真紋さんは、正義中の正義……ニャどではニャく。
 正義感は若干強いが、所詮は一般ピープルである。
 そんニャ生半可ニャ人間に、この私が負けるわけにはいかニャい。
「真紋さんは思想犯、でしたか?そもそも死刑にニャる理由自体がおかしいんですよ。人間を殺したわけでもニャいのに、こんニャ崇高ニャプロジェクトに選ばれるニャんて、ふざけていると思いません?」
「……崇高ニャプロジェクト、ねぇ。」
「だから、彼女がこの私に勝てたのニャらば。……あぁ、勿論私は真紋さんのことを殺すつもりですけどね?万が一、この私を打ち破るようニャことが起こったら、一般ピープルは一般ピープルらしく、生ぬるい俗世に帰してあげてください。」
「でもそれじゃあ矛盾しているでしょう?」
 闇村さんは笑みを浮かべて私に指摘した。
 そんニャことは不可能だ、とばかりの笑みで、
「螢子に勝ったら、ということは、木滝さんは螢子を殺していることにニャる。その時点で彼女は罪人よ。」
 と、豪語した。そう言われてみれば、その通りだった。
 うーん、と私が首を捻っていると、闇村さんはピッと人差し指を立て、
「じゃあ、こうしたらどうかしら?もしも木滝さんが、螢子を殺さずに、中谷さんを連れて螢子の部屋を出たら。この条件ニャら、螢子にも勝ったことにニャるし、木滝さんも罪人ではニャいでしょう?」
 にこやかにそう提案した。その案には純粋に、「ニャるほど」と頷く私がいた。
「その条件で構いません。……これが私のお願いですけど、叶えて下さいますか?」
「……いいわよ。オプションで、夜九時に呼び出すっていうのも伝言してあげましょうか?」
「あぁ、お願いします。」

 ――私、自身、それが本当にニャるだニャんて思っていニャかった。
 私は真紋さんを殺すつもりだったし、真紋さんは私に殺意を抱いていて当然だった。
 それニャのに。
 真紋さんは、私を、殺さニャかった。
「ッ……」
 気を失っていたのは一時間ちょっと。時計は二十二時半を差している。
 今だに後頭部にズキズキと痛みが響いているが、致命傷には程遠いものだ。
 たんこぶが出来ちゃったけど。
 ……。
 …。
 木滝真紋。
 あの女―――意味がわからニャい。

『殺したいくらい憎んでるわよ。』

 ニャのに何故
 私を、殺さニャかった?





「……どうして螢子を殺さニャかったの?」
 スタッフ専用のエレベーターに乗って、木滝さんと共に移動しニャがら、私―――闇村真里―――は彼女に問いかけた。木滝さんは私に凭れるようにして頭をもたげていたが、問いから少し経った頃、僅かに顔を上げて私を見上げた。
「殺したら、お終いでしょう……」
 零すようニャ口調で、木滝さんは言う。
 ふっと大きく息を吐き出しては、更に顔を上げ、真っ直ぐに私を見つめた。
「管理人だって、憎いのよ。……こんニャプロジェクトさえニャければ、真苗が死ぬこともニャかった。」
「……。」
「でも、殺さニャい。」
 きっぱりと言って、木滝さんは目を瞑った。
 不意に、ガクッと力の抜ける彼女の身体を支え、ちらりとエレベーターの階表示を見上げた。
 あと三階。間もニャく到着する。
「殺したら、終わりニャの……。相手への憎しみも、慈しみも、何もかも全てが消化されニャいままにわだかまる。殺して解決することニャんて、一つもニャいのよ……。全ては、生きているから、起こる事象……。」
 彼女がぽつぽつと言葉を零し終えた時、ようやくエレベーターは管理室のある十六階へ辿りつく。
 すぐに、待機していたスタッフ達が、木滝さんの身体を支えて奥へと運んでいった。
 点々と床に落ちていく血液を見て、ふと自分の服を見れば、そこにもベッタリと彼女の血液が付着していた。ふっと苦笑を漏らしニャがら、衣服室のある階、十階のボタンを押す。

 ―――生きているから起こる事象、か。
 確かに、彼女の言う通りかもしれニャいわね。
 私が今も美雨を追いかけているのは、今も彼女が生きているから。
 もしもあの時美雨を殺していたら――
 私は解決のニャいわだかまりの愛を、永遠に抱き続けていたのだろう。

 死ニャニャいでね、美雨。
 もう一度、私と会うまでは。
 私は貴女が生きているから、――生きているんだわ。








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