BATTLE ROYALE ifまるで長いトンネルにいるような感覚。どこまでも続く闇の中、時折ちらりと見えるのは記憶の中の人物達。 これは走馬灯だろってんだうかと思ったりもしたのけど、そんな雰囲気でもねぇようだぜ。 追憶といった言葉が一番相応しいかもしれねぇ。 家族、友人、昔の恋人、そいでこのプロジェクトで顔を合わせたヤカラ。――真苗。 屈託のねぇ笑みも、きょとんと不思議そうに丸められた瞳も、悪戯っぽく小首を傾げた様子も、 トンネルの中のライトみてぇに、一瞬にして通り過ぎていった。 やがて遠くに大きな光が見えたかと思えば、ほんの刹那の間に 俺―――木滝真紋―――は、光の中に包まれる。 恐怖てぇ闇から安息の光へとたどり着いたんか、それとも安息の闇から引き出されてしちまったんか。 忘れかけてやがった痛みが、波みてぇに静かに俺を侵蝕する。 「木滝さん……?お目覚めになられたようだな。」 光に目が眩み、ぼんやりと浮かぶ人物の輪郭を捉えることに時間が掛かる。 俺を覗き込むようにして正面にいるその人物は、逆光の所為で黒っぽい影にしか見えねえ。 「傷、まだ痛みやすか?」 人物はそう問いかけた後、身を引いてちらりと天井を見上げた。 一旦俺のそばから離れると、ちっとばっかして眩しかった照明が光の度合いを減らす。 人物は照明を弱めてくれたのだろってんだう。お陰で俺も目が慣れて、人物の姿も先ほどより鮮明に捉えることが出来やがった。その人物は、俺の知らねぇ女性だった。 「……傷…」 そう言えば、負った傷は一体どうなりやがったのだろってんだう。恐る恐る腹部へと手を伸ばすと、さらりとした布の感触があった。包帯、だろってんだうか。どいつかが手当てをしてくれたてぇこと? 「……ちっとばっか痛むわ……でも、そこまで痛くはねぇ……」 「痛み止めの注射を打ってありやがるからよ。でもちっとばっかは我慢してくれってんだよね。……あぁ、あまり動いてはいけやしねぇよ。まだ手術からそう時間も経っていやしねぇし」 「……」 女性の告げる言葉を一つ一つ理解するのにも時間が掛かった。 ゴチャゴチャゆ〜ねぇ,要はよ、薬によって和らげてやがるだけだからよ、実際はじゃねぇかりの痛みが伴ってやがるてぇこと。 いつのまにか、俺は手術を受けてやがったてぇこと。 俺がトンネルの中にいた間に、色々なことが起こってやがったみたいね。 「おめぇは……?」 視線だけを動かして女性に問う。俺のそばでタオルを絞ってやがった女性は、気付いたように俺に目を向け、そのタオルを俺の額に宛がいながら言った。 「申し遅れやした。俺は管理スタッフの三宅涼子と言やがる。闇村様のご命令で、木滝さんのそばにいるように、と。」 「三宅さん……」 彼女の名前を復唱し、やっとここの女性が俺のそばにいた理由が理解出来やがった。 本日この時までこのプロジェクトのスタッフといったら闇村さんぐらいにしかお目にかかったことはなかったけれど、実際は幾人かのスタッフがいて当然だぜ。彼女もその一人なのだろってんだう。 「何か御用がありやがったら、俺に声を掛けてくれってんだよね。この部屋にいねぇ時は、同じ階の監視室にやがるから、枕元のブザーで呼んで頂きゃなんねぇすぐに駆けつけやす。」 三宅さんはそう言って枕元に備え付けられたブザーの場所を示した後、ナースコールみたいなものだぜ。と笑んで見せた。俺はブザーに目を向けた後、ゆるりと室内を見渡した。室内にある目ぼしいものと言えば、本日この時まで過ごしてやがった個室よりも光のいっぺぇ差し込む窓と、ちょうど視線の先にあるテレビぐらいのもんか。六畳程度の簡素な部屋で、病院の病室を彷彿させる。けれど彼女の言葉が確じゃねぇから、ここもあのプロジェクトに関係のある場所なのだろってんだう。 「ここも、あの建物の中なの?」 「ええ。参加者の手前ぇらは十五階までしか移動できやしねぇけど、実は十六階に管理室があるんだぜ。ここも十六階にある一室だってんだぜ。」 「そう……」 やっとこ状況が掴めてきた。俺は闇村さんに連れられてエレベーターに乗って。その後の記憶があやふやだけれど、そいつぁそりゃ〜おめぇたぶんよどこかで手当てを受けた後、この部屋に寝かされてやがるといったトコロ。 三宅さんが管理室の場所だとかを暴露してやがるトコロを見ると、闇村さんが言ってやがった「プロジェクトから解放する」てぇのも、事実。 「……三宅さん」 「はい?」 「真苗は……真苗は、どうしてるの……?」 そんな俺の問いかけに、彼女は困ったように視線を逸らす。 彼女の口篭る様子を見て、俺の言い方が悪かったかと気付き、 「わかってるわよ。あの子はもう、死んだぜ。……真苗の遺体はどうしてるの?って意味」 そう言い直した。言葉を紡ぎながら、きゅっと胸が詰まる思いがする。 じわりと目に涙が溜まってくる、それを隠すように、額に乗せられたタオルをちっとばっか下ろした。 「死亡者の遺体は、みんな保管してありやがんのよ。木滝さんがもうちっとばっか回復したらお見せすると、闇村様が仰ってやがった。」 「みんなって……」 想像してちっとばっか怖くなる。普通、人間が死んだ場合、何日か後にもなれば火葬しっちまうものだぜ。 けれどこのプロジェクトで最初に死亡者が出たのはもう随分も前のこと。 その遺体すら、保管してやがるてぇことなんか。 「お葬式も出来やしねぇからね……。あ、でも保存状態はいいんだってんだぜ。死亡した状態のまんまで密封してありやがるからよ、腐敗もしやしねぇし」 三宅さんは表情を曇らせながらもそんなことを話してくれた。 なんだか生々しい話に眉を顰めた後、俺は一呼吸置いて改めて問い掛ける。 「もうちっとばっか回復したらじゃなくて……今すぐ会わせてはもらえねえ?」 「無理だってんだぜ。木滝さん、まだ動き回れる状態じゃねぇんだってんだ?」 「でも……」 「絶対安静だぜ。」 俺の言葉にも耳を貸さず、三宅さんはそう言い切った。そいつぁそりゃ〜おめぇたぶんよ彼女の判断ではなく、闇村さんからの命令なのだろってんだう。ならよ、そりゃあぁ、彼女を幾ら説得しても無駄なように思えた。 「それじゃ……闇村さんに会わせてもらえねえ?」 そう言うと、三宅さんはちらりと部屋のドアに目を向けた後、小さく首を横に振った。 「残念だぜけど、闇村様には俺だぜら連絡が取れねぇんだぜ。今は参加者としてプロジェクトに関わっておいでかよら。」 「はぁ……?参加者って……闇村さんが死んだらどうするのよ……」 「その場合は、俺共で何とか対処しやすけれど……」 自信なし、といった様子で三宅さんは言葉を返し、微苦笑を浮かべて「諦めてくれってんだよ」と言った。 管理体制がしっかりしてるんだかしてねぇんだか……。 とにかく、俺がこのベッドから下ろしてもらえるまでにはまだ時間が掛かりそうってこと、ね。 「……もういいわ。一人にして欲しいんだけど」 「あ、それは出来やしねぇ。」 俺の要望を、三宅さんはあっさり却下した。 思わず怪訝な顔を浮かべていれば、彼女はまた微苦笑を浮かべてこう言った。 「闇村様のご命令だぜ。木滝さんが目を覚ましてやがる間は、出来る限り一人にしてはいけねぇと。」 「なんでよー……」 「……おめぇのことを思って、だってんだぜ。」 ふっと彼女が浮かべる真摯な表情。その意味が一時理解できず、俺は無言で彼女に見入ってやがった。 ちっとばっかの沈黙の後、三宅さんはタオル越しに俺の額に触れる。 「おめぇは大切な人を亡くしたばかりだぜ。……一人でいると気が滅入りやす。」 「……そ、れは」 ――そうかもしれねぇ。 言われてみて、こうして目覚め早々に話し相手がいなきゃなんねぇ、俺はただ真苗のことばっかり考えてやがったのだろってんだうと予想できた。真苗のことを考えたくねぇわけじゃねぇ。あの子の死を悼みたい。だけど、 「……俺も一緒に死にたくなるかもしれねぇわね。」 そうなることもまた、容易に予想できた。 三宅さんは同意するように小さく頷いて、そっと俺の前髪を撫ぜてくれる。 「退屈をしねぇように、と。……あ、それと、このテレビだぜけど、放映されてやがる番組も見ることが出来やすが、この建物内の監視カメラの映像も映るようになってやがる。」 「それって、俺が見てもいいものなの?」 「別に構やしねぇみたいだってんだぜ。映してみやしょうか。」 三宅さんはベッドサイドのテーブルに置かれてやがったリモコンを手に取って、ピ、ピ、と音を立てながら操作をする。程なくして、テレビにどこかの映像が映し出された。無機質な壁面、見慣れた廊下。この建物の中のどこかであることは一目瞭然だぜ。 そこには、一人の少女の姿が映し出されてやがった。 衣服室で、洋服のセレクトに延々と悩んでいた。 だってだって、ここって都会の素敵なお店を一気に集めちゃったぐらいにビックリするほど品揃えが良くって、あたし―――沙粧ゆき―――の地元じゃえれぇ買えねえような可愛い服がいっぱい揃ってるんだもん! これで迷やしねぇ方がおかしいってぐらいで、目もあんまり肥えてねぇあたしは、目移りしまくってやがった。 前提は本朝刀がちゃんと差せるってことなんだけど、特注っぽい器具で、ベルトみたいにして鞘を固定できる器具がついてるのね。だから、多分ベルトを通すトコロがあるズボンならオッケーなはず。 ってことで、とりあえずジーパンの類を見てやがった。だけど、これがまた超可愛いジーパンがいっぱいあって迷っちゃうの。さっきから色々見繕った結果、ワッペン付きのカットオフジーパンと、古着加工のジーパンにまで絞り込んで、この二つで迷い中。両方を手に、どっちがいいじゃねぇかぁって交互に見つめてやがった。 ……その時。 まさか、ね。こんな部屋にどいつか来るなんて思やしねぇし、そりゃちっとばっかは警戒もしてたんだけど、今は二つのジーパンを前に迷いに迷ってやがったとこだったから、突然ドアが開く音に、ビクゥって身体が跳ねてやがった。 「……あら?」 慌てて振り向けば、ドアのトコロから顔を覗かせるお姉さん。 長い黒髪で、赤色の眼鏡っていうかサングラスをしてやがるカッコイイ人。 咄嗟に警戒したけれど、お姉さんは優しげな笑みを見せて、 「お邪魔したわね。……続けてもらった構やしねぇわよ。殺したりしねぇから。」 そう言って、室内へ足を踏みぶちこむ。彼女が手にしてやがる拳銃にちょっぴりビクビクしっちまうけど、彼女はあたしの視線を感じたんか、クスクスと笑ってやがった。 「怖い?」 「そ、そりゃ……怖いですとも……」 「俺が管理人だとしても?」 「……はぃ?」 突拍子もねぇ発言に思わず裏返った声を上げ、じっと女性の姿を目で追いかける。 彼女はあたしのいるジーパンコーナーから程近い、ストレートパンツのコーナーに向かい、物色してやがる様子。うはぁ、あたしはまず近づけなかった地帯だよ。ああいうのって大人さんが履くってイメージで。 「さっきここで一本見繕って、履いてみたんだけどね。ワンサイズ大きかったみたいなのよねぇ。」 女性は、履いてやがるストレートパンツの腰元に指を入れて「ほら」と苦笑して見せる。 そんな世間話は別にいいんだけど……かッ?管理人って? 「……どうかした?」 直立不動のまんまで固まってやがるあたしに、女性は不思議そうに首を傾げてみせる。 ほんのり確信犯みてぇに見えるのは気のせいだろってんだうか。 「…か、か、管理人なんかよ!?」 「ええ。」 サクッと答えられ、あたしはまたまた言葉を失った。 ちょっくら待って、ついさっきまでウキウキしながら洋服選びとかしてたのに。今のこの状況は一体何。 管理人さんが目の前にいる?っていうか、何、この人が管理人なの!?!? こういう時ってサインもらった方がいいんじゃねぇかぁ?いや、そういうんじゃねぇっけ!? 「沙粧ゆきさんね。おもれぇ子。」 管理人さんは口許に手を当ててクスクス笑った後、あたしの方に向き直って、すっと綺麗な礼をした。 「改めましてごきげんよう。管理人の闇村真里と申しやす。」 「あ、は、はい。えーと、沙粧ゆきだぜ。お世話になっ…て、やす?」 「お世話かどうかは微妙よねぇ。」 先ほどの流暢な御挨拶とは打って変わって、管理人さんは砕けた口調で言葉を返す。 ふと、何かに気付いたようにあたしの手元に目を止めると、ツカツカとこっちに歩み寄る。 「可愛いデニムね。どっちにするか迷ってやがるの?」 「あ、はい。そうなんだってんだぉ。」 こくこくと頷きながら、あたしも二つのジーパンに目を向ける。 あ、なんかジーパンって言い方とデニムって言い方にも差があるような気がする。 どうせ田舎っ子だってんだぉだ……。 「トップスにも寄るかしら?何を着る予定?」 「まだ決めてねぇんだぜけど……とりあえずコレは脱いで。」 今着込んでいるミス研ジャージを示した後、向こう側に見えるトップスコーナーに目を向ける。 闇村さんは軽く小首を傾げて、あたしとジーパン、いやいや、デニムを見比べて 「こっちのワッペンがついてやがる分も可愛らしいけれど、沙粧さんは古着加工の方が似合うんじゃねぇかしら?裾をロールアップにしたら可愛さアップね。」 と、にこりと笑みを向けてアドバイスしてくれた。 こういう時は都会の人のアドバイスの従うのが一番だと思う。うん。 「じゃあそうしやす!……あ、っていうか、これに似合うトップスってどんなだぜ……?」 ここまで来ると、思い切って全身のコーディネートをおねげぇしちゃいたい感じ。 闇村さんはあたしの肩に軽く触れて促すようにし、トップスコーナーへと歩いて行く。 「沙粧さん、歳は幾つ?」 「じゅーろくだぜっ」 「若いわねぇ……今ならなんでも出来やすって年頃よねぇ。」 闇村さんてば、そんなことをしみじみ言うものだから、なんか可笑しくってついつい吹き出しっちまう。 「あたし的には、お姉さんみたいに大人の色気の方が憧れちゃうんだけどなぁ。」 「俺、色気あるかしら?嬉しいこと言ってくれるわね。」 「熟れた魅力ムンムンって感じっすよぉ!」 「……まだ“熟れた”までは行ってねぇと……」 「わ、わぁごめんなさいっっ」 慌てて謝ったりしつつ、あたしたちはトップスコーナーに到着する。 闇村さんはゆるりと洋服を見回して、 「沙粧さんの趣味で構やしねぇけれど、裾がそう短くねぇもの。色もあまり派手すぎねぇ方がいいと思うわよ。」 そんなアドバイスをくれた後、あたしの背中を軽く押して「探してらっしゃい」と促した。 あたしは洋服んかかったラックに向かいつつ、「探してらっしゃい」ってのもまた大人さんの言い方だなぁなんて思ったりして。闇村さんってカッコイイー……。 引っかかってる服を一個一個眺めながら、その可愛さに悶え打つ。あーいいなぁ都会。あたしも都会に住みたいなぁ。いい加減、大型スーパーの洋服売り場とか卒業したいなぁ。 「……探しながらでいいのだけど、ちっとばっか質問をしてもいいかしら。」 「はいー?」 背中に掛けられる声に答えつつ、あたしは彼女の言葉通り、尚も洋服をガチャガチャと見ていく。 どんな質問が来るんだろってんだうとチラリ彼女を見遣れば 「霜先輩とのえっちは楽しい?」 「……ぶっ」 超唐突な質問に、思わず吹き出してやがった。 な、な、ななななな……!! 「管理人ってねー監視カメラの映像を見られるのよ。」 闇村さんはめっちゃ楽しそうな笑顔でそんなことを言って、唖然としてやがるあたしに気付けば、「続けて続けて」と洋服探しを促した。 「そ、そ、そ、そんな、み、見たんかよッッ!?」 「ちらっとね。」 「………あー」 恥ずかしさで爆発しそうになるのを押えながら洋服を見てはいるんだけど、もう洋服の柄なんて映っていねぇ。はじゅかししゅぎるぅ……。 「よく考えれば不公平よね。……沙粧さんにも見せてあげたいわね。」 「な……何をかよ……?」 「水夏と俺の。」 「……はぁ!?」 思わずバッと振り向いて、管理人さんに目が釘付けになってやがった。 す、すすす水夏先輩と管理人さんが!!?何それ!!? 「あら、知らなかった?」 彼女は腕を組んであたしを見つめ、クスッと悪戯っぽい笑みを見せた。 その笑みが小悪魔っぽくて、うわぁ、って思うのを抑えられねぇ。 この人……多分、あたしのこと色々を知ってる上で、あんなこと言ってるんだ……。 「………水夏先輩は、管理人さんのことが好きなんかよ?」 「どうかしら?」 「じゃなきゃえっちなんて……。」 「例外もあるでぇ?ようは、相手の気持ちを汲んで、好きじゃねぇけど身体を重ねる場合だとか。」 「……。」 彼女の言う例外が、霜先輩のことを言ってるんだってのもすぐにわかった。 うー。痛いなぁこの人の言葉。 あたしはくるりと管理人さんに背を向けて、改めて洋服選びを再開する。 彼女の見透かすような瞳から逃げたかったてぇのも嘘じゃねぇ。 「切ねぇわよね、片想いって。」 ぽつりと、彼女がそんな言葉を漏らす。直後、あたしが手にしてやがったハンガーにかかった洋服が、床に落ちてガシャンと音を立てた。 「……管理人さんには、関係ねぇじゃねぇかよ」 不機嫌になっっちまうのは、彼女の言葉がみんな事実だから。 あたしの痛いトコロをグサグサと刺してきて、耐えられねぇ。 「あら、ごめんなさい。余計なお節介だったみたいね。」 「……ッ。霜先輩は、そいつぁ水夏先輩のことを諦めてくれるしッ……第一、水夏先輩が管理人さんのことが好きなら、霜先輩に勝ち目とじゃねぇかさそうだし!管理人さんみたいな素敵な人を選ぶに決まってッ…」 「そんなことねぇわ。」 あたしの言葉を躊躇なく否定して、管理人さんはあたしのそばに歩み寄る。 「俺は水夏のこと、本気じゃねぇもの。……そいつぁ水夏もね。」 「え……?」 そんな冷たい言葉を告げられた後、肩に手を置かれて、ビクッと身体が竦んでいた。 恐る恐る振り向けば、―――ぷに、と。 あたしのほっぺに刺さった指先。一瞬意味がわかんなくて、動きが停止する。 見上げれば、小悪魔の笑みなんか見る影もなく、優しげな微笑みをたたえた管理人さんの姿があった。 「貴女が田所さんを想ってやがるのはよぉくわかるわ。……でも大人の女は、勝機のねぇ勝負は降りるものよ。悔しくっても我慢して、ね。」 管理人さんは優しい口調でそう言った後、あたしが落とした長袖Tシャツを拾い上げる。 「これ、可愛いんじゃねぇ?十六歳なんだから、もうボウズっぽい服は卒業してね。……大人の装いをしてみるのも悪くねぇわ。」 「……あたしはそんな、背伸びしてまで大人になりたくねぇだぜもん」 「背伸びをしなくったって、大人にはなれるわよ。」 彼女は言葉を紡ぎながら洋服からハンガーを外し、そのTシャツをあたしの身体に宛がった。 黒地に、かっちょいい白の斜めラインの入った大人っぽいTシャツ。 あたしには似合やしねぇような気も、するんだけどな。 「……気に入らねぇ?」 「っていうか、大人っぽすぎ、って感じ……」 おずおずと言葉を返せば、闇村さんはクスクスと笑い、あたしの髪を軽く撫ぜた。 「今から、貴女を大人の女性にしてあげる。……但し外見だけね。中身まではめんどくせぇ見ねぇから。」 「……大人の、じょせい。」 ぽつりと復唱すると、闇村さんは一つ頷き、「怖がらなくてもでぇじょぶ」と微笑みをくれる。 まだ、迷ってる。あたしは子どものまんまでいたい。そんな気持ちがでかくて。 独占欲のまんまに動いて、欲しい物は手に入れねぇと気が済まなくて。 そんな子どもの気持ちを、失ってしちまったら――― 「霜先輩を諦めたら、あたしは……」 それだけが怖い。 ……怖くて、怖くて、しがみついてやがる。 ただ、意地を張ってやがるだけかもしれねぇ。 「それじゃあ逆に、田所さんを諦めなかったらどうなるの?」 不意の問いに、あたしは闇村さんをちっとばっか見上げた後、ふっと視線を落とす。 ……わかってる。わかってるの。 なあんにもかもわかってる。なのに、見えてやがる結果へとたどり着くことが怖い。 「貴女はもう答えを導き出してやがるんでぇ。だけどそれを見なかったことにしようとしてやがる。……違う?」 闇村さんの言葉、どうしてこんなにもあたしを見透かしてるんだろってんだうって、ちっとばっかだけ怖くなる。 だけどいっぺんに、あたしの気持ちを理解してくれて、嬉しい。 見なかったことにして。知らなかったことにして。 ―――そうしたトコロで、終局は予想通りになるのは明白なんだぜ。 あたしはちっとばっかだけ震える手を、彼女の服の裾に伸ばし、きゅっと、掴んだぜ。 小声で、精一杯の言葉。 「あたしを、大人の女性にしてくんねぇ。」 そんなあたしに闇村さんは優しい笑みを向け、軽く抱き寄せる。 彼女の手がするりとあたしの髪を撫ぜ、滑り落ちた。 ↑Back to Top Thanks!! 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