BATTLE ROYALE if「茂木螢子。そこで両手を挙げて足を止めろ。」 「……はぁ?」 ジャキンッ、といつもの素敵な音が鳴る。 重厚な散弾銃は深雪さんの置き土産。私―――茂木螢子―――の大事な武器。ついでに真紋さんの置き土産である中型の銃もあるんだけど、あっちは撃てるのが六発だし、この散弾銃が使えなくなった時のための予備っていうことで、お部屋に保管中。 私は散弾銃を肩に掛けて装備バッチリの状態で、獲物を探すために廊下を歩いていた。 そんな時、背後に感じた気配。振り向きざま、脅すような言葉を掛けられ、私は思いっきり怪訝な顔で聞き返していた。 「誰がそんなバカな命令を聞くと思います?」 銃口を相手に向けながら問い掛ける。すると、女はビクッと一歩後退り、「待て!」と大声を上げる。 「わ、私は参加者じゃないからな?殺したらお前も死ぬんだからな?わかるか?」 「はぁ?」 このまま撃ち殺してやろうかと思ったが、相手は廊下の曲り角にそそくさと引っ込んでしまった。恐る恐る顔だけ覗かせ、「待て待て」と私を宥めるように繰り返す。 見覚えのない女だった。前のプロジェクトからの参加者ではないようだ。眼鏡をかけた若い女、一応武器として拳銃を握ってはいるものの、それを使うつもりもないらしい。 「私は宮野水夏という者だ。えぇっと、パソコン見た?」 「パソコン?メール?……あぁ?なんか、離脱したとか書いてありませんでした?」 「そう、それ!!戦線離脱してるから、参加者じゃないんだよ。な、だから殺しちゃだめ」 「……。じゃあ、参加者でもないのになんでうろついてるんだす?」 こっちは殺したくてウズウズしてるのに、と苛立ちながら問いを重ねる。あの宮野とかいう女が嘘をついているだけかもしれないし。 「これには深い理由が……」 「聞きたくないので殺してもいいだす?」 「だ、だめ!!話す!簡潔に話すから!!」 「……じゃあ手短にどうぞ。原稿用紙二枚以内で。」 ついでに言うとバカの相手もしたくないんだけど。よく考えたら原稿用紙二枚も聞きたくないし。一枚でも多いぐらいだし。 「管理人の闇村さんって知ってるか?あの人にな」 「……はぁ」 「参加者と接触してみたらどうかしら?ウフフ、きっとお勉強になるわ。……と」 物真似付きの説明は、確かに宮野が闇村さんと接触していることを証明していた。似てるから。 けれどその内容に関しては今一つ納得出来ない。まぁ闇村さんなら言いそうだけど。 「で、お勉強しに来たんだすか?単身で?殺されても知りませんよ?」 「う、うわ、だから、殺すなっつーの!あ、あのな、参加者には色々管理するためにマイクロチップが埋め込まれてるんだよ。で、もし参加者が私みたいな参加者じゃない人間を殺そうとしたり、その他怪しい動きを見せたら、参加者のマイクロチップに電流が流れる仕組みになってるのっっ!!」 「……はったりだすか?」 「いや、本当なんだって!今も三宅さん……あぁつまり管理スタッフの人が私達の動きを見ててくれてるんだよ、だから、もし茂木さんが妙なことしたらビリビリッとなるわけ!いいなッ!」 熱く説明されても、やっぱり納得出来ないものは出来ないわけで。 じっと宮野を見つめ、「ふーん」と軽く相槌を打った後、そろそろ照準でも定めようかと散弾銃を構え――ようとした。その時。ビリビリッ……と。 「……ッ……痛ぁ……」 首筋辺りに電撃が走ったような痛みに身体の力が抜け、思わずその場にペタンと膝をついていた。 「ほら!言った通りだろ?」 妙に勝ち誇ったような表情で宮野が言う。先ほどのへっぴり腰はどこへやら、廊下の角に身を隠すこともせず、少し私との距離も縮めていた。 宮野の言う通りのようだ。残念だけど下手に手を出せば、今以上の電流が走るのは間違いないだろう。 「……で。……戦線離脱した人間が何の用だす?」 首筋を押えつつ、立ち上がって体勢を立て直す。殺せない人間に用はないので、思いっきり邪険に扱ってもみるのだが、宮野はめげることなく更に距離を縮めてきた。 「私もよくはわからないんだけど、闇村さん曰く――螢子と話してみるのも良いかもしれないわね?……と」 「似てるのはわかりましたから。……闇村さんもいい加減なことしないで欲しいんだすけど」 「それは私に言われてもな。」 「伝えておいて下さい。」 「あぁ、わかった。」 ……。 本当に何しに来たんだろう、この子。 まぁ折角管理人サイドの人間が来たんだから、この機会に色々聞いておいても良いだろう。 「時に宮野さん。あなたより先に戦線離脱した木滝真紋さんをご存知だすか?」 「あぁ、今日も……っていうか、ついさっきまで一緒にいたところだよ。」 「……真紋さん、まだこの建物の中にいるんだす?」 「本当なら出てっても良いらしいんだけどな、傷がある程度治るまではこの建物の中で安静なんだと」 「ふーん……」 ふっと蘇る、あの血塗れの部屋での光景。真苗さんは既に出血多量の状態で死に至る間際だったのは確認済みだったけれど、真紋さんの傷に関してはしっかり見てもいなかったし、どのぐらい深い傷なのかもよく知らなかった。私を殴れるぐらいの元気があったんだから大したことはなかったんだと思っていたけれど、案外深い傷だったらしい。ああいうのを、火事場の馬鹿力とか何とか。 「お大事にって伝えといて下さいね。」 「ん、了解。茂木さんは、真紋さんと交流があったのか?」 「……交流」 ぽつりとその言葉を復唱し、思わず吹き出しそうになった。そっか、宮野は私が真苗さんを殺したことも、真紋さんを傷つけたことも知らないんだ。――交流というのもあながち間違いではないけれど。 「真紋さんの大切な人を殺して、ついでに真紋さんのお腹も撃っちゃいました。仲良しでしょう?」 不思議そうな顔をしている宮野に、皮肉混じりにそんな言葉を放つ。すると宮野はふっと表情を曇らせて、「あぁ」と納得したような声を上げた。 「真紋さんが殺したいほど憎んだやつってのは、お前のことか」 「わぁ、そんなに憎んでくれてるんだすね。嬉しいだす。」 「……嬉しい?」 どうやら宮野は“至って正常”な人間らしい。私の異常な言葉に対して、面白いぐらいに怪訝そうなリアクションを返してくれる。私は笑みを深め、「嬉しいだすよ」と頷いた。 「憎しみ、蔑み、或いは――殺意。そんな感情を抱いてくれるなんて、光栄じゃないだすか。」 「……それは、頭がおかしい、とか言わないか?」 「そうだすね。一般的にはそう言いますよね。異常者だす。」 「自分で言うか、そういうこと」 「自覚がないよりましでしょう?」 異常者に対する蔑みの眼差し。それに相反して、私が浮かべる笑み。 こんなやりとりを何度繰り返しただろう。組織のトップとは孤独な存在だ。組織の人間すらも私を慕えど、それと同時に怯えもする。私と同等の人間など存在しない。だからこそトップになれるのだ。 「そうやって何人の人間を殺してきたんだ?」 「さぁ?数え切れませんね。実質、死刑には十分な数を殺しているのは確かだすけど、表沙汰になっていない分も含めれば優に十回ぐらいは死ねそうだすよ?」 「……」 所詮一般ピープルである宮野に私の気持ちを理解することなど出来るはずがない。 「ヒトヲコロシテハイケマセン」なんて。そんな教育を鵜呑みにするのはバカのすることだ。 「……茂木は確か、冤罪を主張していたんじゃなかったか?」 「あぁ。そうだすね。その通りだす。」 彼女の言葉に頷く。すると、宮野は益々表情を曇らせて問いを重ねた。 「そうやって罪を軽くしようとしたのか。……もっと演技力があれば良かったんじゃないか?」 皮肉混じりの言葉には、皮肉を返すべきなのだけど。 彼女の言葉には誤りがあった。 「演技は完璧。いいえ、演技なんかじゃなかったんだす。私は、自分が冤罪だと信じて疑わなかったんだすから」 「……なん、だ、そりゃ?」 そう言えば、この話を誰かにするのは初めてなのかもしれない。 闇村さんはきっと全てを理解していた、だから敢えて尋ねなかった。一番聞きたそうなのは深雪さんかもしれないけれど、彼女はその問いを私に投げ掛ける前に死んでしまった。 折角だから話してあげよう。私が私自身に植え付けた偽りを。 「宮野さんとは初対面だから知らないんでしょうけど、三週間前の私を見たら、きっと驚いたでしょうね。」 「どんなふうに?」 「こんなに純粋で無垢な少女が、あんな凶悪な犯罪を犯したのかって。会う人の殆どが私が冤罪なのだと信じてくれたんだすよ?」 クスクスと笑みを漏らしながら、少し前の自分自身の姿を思い浮かべた。 どこにでもいるような冴えない女のコ。余りに普通過ぎて、自分でも嫌気が差していた。組織が起こした犯罪を、下っ端――否、組織の性欲処理係でしかなかった私が押し付けられた。どうしてこんなことになってしまったんだろう。私は何もしていないのに――……ってね。 「私は組織に命令されて、あんな犯罪を起こしてしまったんだす。あぁ、心底後悔しています。人の命は尊いものなのに!!」 「……」 残念ながら今の私には演技力が欠けているらしい。わざとらしい台詞に、宮野はやはり怪訝そうな顔。 だけど三週間前の私は、この台詞を本気で言っていた。だから誰もが信じてくれた。 あの空軍の二人はなんて言う名前だったか……叶と鴻上、だっけ? 『ちゃんと反省しているなら、それでいいんです。死刑という残念な形になってしまいましたけど……』 『そうね、螢子ちゃんって本当にイイコだし。死刑にしたやつらの方が死刑よねぇ?』 ……バッカみたい。 だけど本当にバカなのは、その偽りの自分に酔いしれていた私自身だ。 反省して、後悔して、自己嫌悪に陥って、そして二人の言葉に救われた? あぁ、なんて“正常な”私だったのだろう。 「もっとわかりやすく話してくれないか?……何故、三週間前、自分は善人だと思い込んでいた?」 宮野は焦れるように言い、ややこしい、とばかりにくしゃりと頭を掻く。 確かに現実感のない話だろう。その理由を話したところで現実感がないことには変わりないが。 私は指で銃を模り、それをこめかみに当てて見せた。 ――既に、このこめかみには穴が空いている。 私が壊した私自身。それは、偽りの記憶の中で生きた私。 「要するに。……記憶をいじったんだすよ。」 「……記憶、を……?」 「そうだす。組織のトップだった私は、ある時致命的なミスを犯してしまった。部下の一人が組織を裏切ったんだすよ。――その途端、他の部下達も一斉に組織を裏切った。いいえ、組織の殆どの人間が裏切れば、それは組織ぐるみの裏切りだす。」 「つまり、組織を裏切った、じゃなくて」 「そう。組織が私を裏切った。」 あの時のことは今も鮮明に覚えている。私が統べ、私の意志のままに動いていた組織。私の力があったから組織は存在した。私という核がなければ、組織は存在することなど出来なかった。 それなのに、組織の人間は無能ばかり。この私を裏切れば組織が壊れることなど目に見えているのに。 その無能たちの所為で、私は窮地に追い込まれる。さすがの私も狼狽した。 「そこで私は、警察の科学的調査から逃れるために自らの記憶を改変することにしたんだす。ほら、今は嘘発見器だとかが発達しているでしょう?さすがにそういった心理分析を欺ける自信はありませんしね」 「だからって普通、記憶を変えたり……しないよな。」 「裏の世界では常套手段だすよ。どうせこのプロジェクトから出て行く人だって、ある程度の記憶はいじられるんでしょう?」 「……らしいな。それで記憶を改変……して?改変ってそんなに簡単に出来るもんなのか?」 宮野はあまり話についていけないような素振りすら見せる。それでもなんとかついて行こうと、時折質問を交えながら真剣に私を見据えていた。――この異常者にそんなに興味を持ってくれるなんて、光栄なこと。 「正確には、改変ではなく封印したんだす。私が組織に足を踏み入れてすぐの頃から、今現在に至るまでの記憶をね。……昔は、私も至って正常な意識を持っていましたし」 「……うーん」 「難しいだすか?結構単純なお話なんだすけど」 「……いや。凄いなぁと思って。」 純粋な感想とばかりにそう告げる宮野に、私は思わず吹き出していた。一般人の感性から言えばこの感想は当たり前なのだろう。私の感覚、随分麻痺してしまっているらしい。 「そうして、警察から取調べを受けるであろう期間中だけ、“異常な私”を封印しました。そうすれば情状酌量の余地ぐらいは出てくるんじゃないかと思って。……残念ながら、警察は残酷でしたけど。」 「要するにあれだろ、記憶変えた意味なかったんだろ?」 「それを言っちゃおしまいだすよぉ。」 思いっきり痛いところを突かれて、あははは、と笑いつつも素直に肯定した。 全くもってそのとおり。結論から言えば、記憶を封印してバカな私に戻る必要なんかちっともなかったのだ。どっちにしても死刑になることには変わりなかったのだから。本音を言えば、裁判中も開き直ってしまいたかった、なんて思ってしまうのだけど。やってしまったものはどうしようもなく、無駄に終わった、という結果が残るだけ。 それでも、記憶を封印して良かったと思える部分だってなかったわけではない。それは、矢沢深雪という一人の女と関係を持ったこと。――今思えば、彼女も単純な人だったけれど。あの人に与えられた「アワイコイゴコロ」というやつは、なかなか新鮮で面白かった。 もしも記憶を封印する前。否、封印ではなく、本当にその感情を抱いていた頃。つまり、私がまだ“正常な人間”だった頃に深雪さんと出逢っていたら一体どうなっていたんだろう。……今みたいに、異常な人間になることなんて、なか、った? もしもそうだったら――……出会わなくて、良かった。 今の私が本来の私。 幼い頃から感じ続けていた“正常な人間”への違和感が、ようやく解き放たれたのだから。 この異常な私こそが、あるがままの私なのだから。 「茂木の話にはさ、味方が出てこないよな?周りは敵だらけだったのか?」 壁に身を凭れ考え込んでいた宮野は、ふっと私に目を向けてそんな問いを投げ掛ける。 私は一つ頷き返し、 「私に味方は誰一人としていませんでした。トップとは、そんな孤独な存在だすからね。まぁ私がトップを乗っ取った手段にも問題があったんでしょうけど」 と、ありのままの返答を返す。今更繕うこともない。蔑まれようが構わない。 宮野はまた冷たい視線を送って来るかと思ったが、彼女は不思議そうな表情で問いを重ねる。 「乗っ取った?……どういう手段で?」 「あぁ、えっと。私は元々は一般人だったんだす。ある男と出会う前はね。確か合コンか何かで知り合ったと思うんだすが、彼は組織の下っ端だったんだすよ。そして彼の紹介で組織に入ったわけなんだすけどね」 「ふんふん。そんなルートで入るもんなんだな」 「そうだす。案外入り口はどこにでもあるものだす。でも、男が下っ端だったのはちょっと痛かっただすね。私の最初の階級は性欲処理係ってところだすか。……あの頃が一番辛かったかもしれません」 「せーよく……しょり。」 宮野からしてみれば、まるで映画や漫画のような展開だと思っていることだろう。私自身、その現状が受け入れられなかった頃もある。「まるでAVみたい」と、別の自分が冷たく思っていた。 その別の自分こそが、その先、本当の自分になっていく存在だった。堕落した生活、家畜以下の生活の中で、冷たい私は渇望した。『私も人間を家畜以下に扱う立場になりたい』と。 「それでね。媚を売ったんだす。始めは下っ端のやや上辺りの階級の人間、やがて幹部クラスの人間に。やってることは同じでしたけど、少しずつ階級が上がってる感じでしょう?下っ端の性欲処理よりは、幹部の性欲処理の方が上っぽいだすもんね」 「う、うん……確かに上っぽい。」 「そこからだす!」 いつのまにか私自身の武勇伝になっている気がしながらも、宮野もそこそこ興味を示してくれているようなので、私は饒舌になっていく。 「幹部の人間の元にいると、時折その当時の組織のトップにも接触する機会があったんだすよ。だから私、頑張っちゃいましたよ。トップに気に入られようって思って。」 「おー。それでどうなった?」 「なんと!トップの人、私のことをペットにしてくれたんだすよぉ。凄いでしょ?」 「お、すごい。上り詰めたな!」 宮野もなにやら盛り上がってくれているので、私はにっこりと笑みを浮かべて話を続ける。 宮野の上り詰めたとの言葉に、ノンノン、と人差し指を横に振って見せた。 「所詮ペットだすよ?そんなので満足出来るわけがないじゃないだすか。」 「……う、そっか。じゃあそこからはどうやって?」 「簡単だす。トップの人間を殺したんだすよ。」 「……。」 「……簡単でしょう?」 呆気に取られたような表情を浮かべる宮野に、クスクスと笑いながら。 あの頃の奮闘を思い出し、なんだか懐かしい気持ちに浸っていた。 「下克上にも程があるな……。」 「だすよね。トップを殺した人間ってことで、まぁなんていうか、そこからが本当は大変なんだすけど。逆らう人間もついでに殺してあげて、慕ってくれる人間を使って権力を大きくして。トップを殺してから、実質トップの座に君臨するまでに三ヶ月ぐらいかかりましたもんねぇ」 「それって、世間話調でする話ではないよな?」 「ないだすね。でもまぁ過去の話だすし」 我ながらサクサク話しすぎだろうかと思いながらも、あっさりと話せてしまう自分自身に不思議な感覚を抱く。本当に苦労して手に入れた座だったのに、こうも簡単に失って。全てを失っていれば、こんな風に話すことなど無かっただろう。 だけど。今の私は組織のトップの座を失っても尚、無くしていないものがある。 組織で培った経験や、確立させた意識。 今の私には力があるのだ。 「茂木の大体の経緯は理解した……つもり。でもさ、どうしてそうも自信満々なのかが理解出来ない。」 宮野は、今までよりも些か真面目な口調で言った。 けれどそれは真面目な口調で言うには余りに馬鹿げていて、私は笑みを殺すことが出来ない。 「だって私、強いだすから。」 「……そんなに?」 「ええ。負ける気がしません。だすから、必ずこのプロジェクトで優勝し、今一度自由を手に入れます。その後はどこかの組織に入るとかして、適当にやっていきますよ。」 私は当然のことを言っているだけだ。それなのに、宮野は相変わらず怪訝そうな顔をしたままで、逆に何故そんな怪訝そうな顔をするのかが私には理解出来なかった。 「――勝つに決まっているでしょう?」 「……あぁ」 曖昧な相槌の後、宮野は背を凭せていた壁から離れ、真っ直ぐに私を見つめる。 その真摯な眼差し。彼女を殺せたら良かったのにと思わざるを得ないほどに、挑戦的な瞳。 「わかった。健闘を祈る。……最後に一つだけ質問をしても良いか?」 「ええ、どうぞ?」 見つめ返しながら小首を傾げて見せると、宮野はふっと小さな笑みを浮かべて言った。 「茂木螢子。自分自身を何かに例えるなら、一体何だと思う?」 「……それ。ずっと前から思ってた例えがあるんだす。」 「うん?」 微かな笑みを湛えたまま、私の答えを待つ宮野の姿。 一般人か、或いは彼女もそれなりの力を持った人物なのか。 戦えるのならば戦いたかった。――結果の見えた勝負などつまらない? いいえ。私は常に勝利を収める存在。大事なのはその戦いと、そして決定付けられた結果だけだ。 黒衣を身に纏い、血を啜る、美しく高貴な存在。世界の全てが私の為に存在している。 「―――私は、全てを統べる女神なんだすよ。」 ↑Back to Top |