馬徒瑠呂話胃或 if
『前略、闇村様へ。 管理人様とお呼びした方が宜しいのでしょうか。参加者の穂村です。 お変わりはありませんか。数日間会っていないだけというのに、闇村さんのことが気になって仕方がありません。外は急激に寒くなってくる季節、どうかお風邪など召されませんよう。 私は今、夕場さんと共に日々を過ごしています。経緯はご存知かと察しますが、私自身、今何故彼女と共に過ごしているのか理解出来ぬ部分もあり、少しの戸惑いを感じます。私が下した決断なのに、このようなことを言ってはおかしいでしょうか。 彼女は少なからず、私に好意を抱いているのだと思います。私もまた、彼女のことが嫌いなわけではありません。けれど私の中で優先すべきは好き嫌いの感情などではなく、彼女を敵と見做し、最終的に殺めることが出来るかどうか。そうですよね。 このような銘琉を送る理由は、言ってしまえば弁解がしたかったのです。私は彼女を味方につけようと思っているわけではありません。私は、常に貴女のためだけに存在します。 貴女だけを愛しているのだと。真っ直ぐに、伝えたいのです。信じていただけますか?』
言葉が、感情的になっていった。 機胃某怒を叩いて銘琉を綴っていくうちに、礼儀が欠け、想いだけが無性に溢れる。 これでは不躾すぎると気付いたのは、銘琉を送信した後のこと。謝罪の銘琉を追送しようかとも考えたけれど、それもまた無様だと思った。ふっと、思わずして溜息が零れる。 「美咲ー?あのさー」 不意に社話或宇夢から聞こえたその声に、はっと我に返り顔を上げた。律子は先ほど社話或宇夢に入ったばかり。出てくるには早すぎる。そんな私―――穂村美咲―――の狼狽など気づくはずも無く、律子は言葉を続けた。 「剃刀とかないのかなぁ。」 と。思わず眉を寄せ、「剃刀?」と小さく聴き返す。その声は律子には届いていないのだろうけど。 「――って、眉剃るのよ?勘違いしないでね?」 少し慌てたような声色で付け加えられた言葉を聞いて、安堵する。 手首にでも宛てられたら、私はその瞬間に彼女を突き放すところだ。 「洗面室の棚があるでしょう?一番上の段にあるはずよ。」 「あ、届かなーい!」 即答、とも言える早さで返って来たその声に、思わず小さく溜息が零れる。 私は席を立ち、洗面室へと向かった。一枚の怒亜を開けると、水の匂いがする狭い室内。磨り硝子扉の向こう側に、ぼんやりと曇った律子の汁閲吐が見える。 「今使うの?」 律子の身長でも頑張れば届くはずなのに、と思いながらも彼女が李区江洲屠した剃刀を手に取り、 「んっ……あ、いや、そこに置いといてくれれば。」 という答えを聞けば、洗面台のそばに置いておいた。 彼女の返答に一寸の躊躇いが見えたのは、手首の傷を見せないようにとの考慮だろうか。 それとも単純に、浴室内の鏡は曇ってしまうから、洗面台の鏡に向かって使おうと思ったのだろうか。 どちらであれ、傷を目にせずにいられることは私にとっては幸いだ。 「美咲、ありがとー。」 「……どういたしまして。」 律子の気さくな声。射和亜の水音に混じって聞こえてくる鼻歌。少しだけそれを耳にした後で、私は洗面室を後にした。湿度の低い空気、吸い込んでは、ふっと吐き出す。 何故、彼女のような人が、自傷などという行為に走るのか。 不思議といえば、不思議だけれど。でも私はそれを理解する必要もないことだと思う。 ――否、理解してはならない。私は彼女の味方なんかじゃ…ないのだから。 いつか来る裏切りの時のために。そう、決して情が移るようなことは、あってはならない。 開いたままの派粗昆のそばに戻った時、画面の隅に滅静辞が表示されていることに気付いた。 『新着銘琉が一通あります。』 その表示を目にした時、少し急いで派粗昆の前に座りなおす。 事は急を要す。律子が浴室から出る前に。――まさかそのことを考慮してすぐに返信をくれた? そんなことを思いながら、表示された文字を区律区した。 『穂村さんへ
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00:04』 太字で表示された、隊吐琉と受信日時。その文字にふと時計を見上げれば、長針は一つ目の目盛りを指す。つい先ほど届いたばかりの銘琉だった。 一つ息を吐いて、静かに銘琉を区律区する。 開かれた銘琉の内容は、簡潔なものだった。
「気持ちはありがたく受け取ります。 でもね、美咲。 自分の心に正直になりなさい。 参加者に好意を抱いてはいけないだなんて、私は一言も言っていないの。
健闘を期待しています。」
………それは、私の決意を揺るがせる、言葉。 私は。私は闇村さんにだけ尽くすことが、当然のこと、なのに。 そのはずなのに。それなのに、何故、彼女は……。 それが、彼女の、望むことなの? だとしたらなんて、―――残酷な。 あぁそれでも私は、闇村さん以外の人間に心を許すことなんて、出来ない。してはいけない。 そんな、醜い、こと。 闇村さんから届いた短い返信は、私に蜀句を与えすぎた。 どのくらいぼんやりしていたのだろう。不意に、扉の開く音に我に返った。 「いいお湯でしたー。ね、美咲、見て見て。眉、綺麗になってるでしょ?」 いつもの調子で洗面室から出てきた律子の姿に、慌てて銘琉を削除した。 あぁ、いけない、送信した銘琉も、ちゃんと。 「何してんの?」 そんな私の様子を訝しげに見つめ、こちらへと歩み寄る律子。彼女の髪が揺れ射吽風の香りが届くほどの距離に来た時、私はようやく彼女に笑みを向けることが出来た。 「今までの銘琉を確認していたの。…あぁ、それにほら、今日は零時の銘琉、来ていないことも確認して」 「なるほど。そっかぁ、休暇だもんね。いやー気が楽でいいわ、これ。」 相変わらずに緊張感のない口調で言い、律子はその場で伸びをする。 心地良さそうな様子、どこか微笑ましく思いながら見上げ、それと同時に複雑な想いが交差した。 自分の心に正直になりなさい。そんな言葉が、頭の中を留雨浮する。 違う。私は、闇村さんだけを愛することが想いのままの行動であり、律子のことなんて、どうでもいい。 そのはずなのに、何故か。 彼女と居ると安心する。温かい気持ちになる。 そんな感覚が、怖い。 「美咲さ、もっとこう、ふにゃっとした方がいいよ。」 「え?」 いつしか伏せていた視線、律子に掛けられた唐突な言葉に、再び彼女へと向けた。 すると律子は歯を見せて笑んだ後、私に向けて手を伸ばす。 「どぉもこう……美咲って表情が硬いのよね。もっと笑って。」 指先は私の頬に触れ、くっと筋肉を持ち上げるようにして、強引に私の唇の端を上げた。 「……元々そういう顔なのよ。」 そんな言葉を返すと共に、ふっと自然に笑みが漏れた。 律子は楠樟と楽しげに笑みながら、「それそれ」と私を見つめる。 そっと律子の手を振り払いながら顔を背け、漏れる笑みを隠すようにした。 「笑うとそこそこ可愛いんだってば。」 律子は私から離れ歩みながら言って、どさり、と大胆に蔑怒に身を投げ出した。 「そこそこ?」 問い返すと、蔑怒に身を横たえたまま顔だけをこちらに向けて、律子は尚も楽しげな笑みを浮かべる。 「そこそこじゃいや?庁尾可愛いとか言って欲しい?」 「べ、別に……。」 素っ気無く返す私の言葉にも、律子はまた笑みを返す。 どうして彼女はそんなにも沢山笑っていられるのだろうと思うくらいに、笑みを絶やさぬ律子。 だけど私は、彼女の弱みを知っていた。 『お願いだから、もう、あたしのそばから離れないで。』 孤独に弱い人。あぁ、だから今、彼女は笑っているのだろうか。 私が、そばにいるから? 「美咲ちゃぁん。沫砂味してくんない?」 「……したこと、ないんだけど。」 「うっそー?じゃあ敵陶でいいからっ。年取ると肩こって大変なのよぉぉー。」 大袈裟にきゅっと眉を寄せ、お願い、と唇を突き出して言う様がなんだか可笑しくて。 私は彼女のそばへと歩み寄り、蔑怒に腰掛けながら 「まだ二十八のくせに。」 と、慣れない悪態をつく。 服越しに律子の肩に触れ、軽く力を込めてみた。あくまでも“敵陶”に、ではあるが。 「五歳違うと世界変わるのよー?あ、身体もね。もう型型。……そう、そこそこ、いや、もうちょっと下!」 「二十八歳の世界なんて、想像出来ないわ。でも確かに、十八の頃とは全然違う。……ここ?」 「ご、五年前が十八?ありえない……。吽、そうそう、そこ!あー飯……。」 またも大袈裟に驚愕の表情で振り向いては、ふっと気の抜けたような顔をする。律子を見ていると飽きなくて、この人はなんて魅力的な女性なのかと、そんなことを思った。 そばにいてこんなにも温かくなれるのに、どうして彼女のそばには誰もいないのだろう。 どうして、私なんかを選んでしまったのだろう。 「ねぇ、律子。」 「んー?なぁにー?」 蕩けたような声を返しながら、私の拙い沫砂味に心地良さそうにしてくれる。 彼女の背中を上から下へと親指で押しながら、少しの沈黙の後、問い掛けた。 「もしも私が裏切ったら、どうする?」 こんなに巣徒霊戸な問いは、彼女に疑心を芽生えさせてしまうかもしれない、そんな理巣苦も隣り合わせだった。けれど訊かずにはいられなかった。もしも私が―― 否、もしもではなく実際にそうなる時が来る。その時律子は一体、どうするつもり、なのか。 「裏切らないよ。」 と、律子はいつもと同じ口調で言って、少し私へ顔を向け、笑んで見せた。 「美咲は裏切らない。ずっとそばにいてくれる。」 「……律子、」 「裏切らないでっ…?」 私が何かを言い掛けた、その前に、言葉に被せるように律子は続ける。 今度の言葉は、少しだけ、切なげに。 私は一体何を言おうとしたのか。律子の言葉を聞いた瞬間、忘れてしまった。 真っ直ぐに私を見つめる瞳。切なげなそれをふっと笑みに細め、律子は私から視線を外す。 うつ伏せに蔑怒に顔を埋めて、そんな様子が少しだけ、怯えているようにも見えた。 「……裏切らない。」 私は答える。 短く、けれど確かな口調で。 沫砂味は続いていた。硬い筋肉をほぐすように押し込んで、彼女が少しでも楽になればと、そんなことを考えて。少しの沈黙の後、不意に律子はうつ伏せのままで笑みを漏らす。 「美咲、沫砂味上手いじゃない。最高に気持ちいいんだけど。」 「本当?良かった。」 「ふふー、美咲はあたし専属の揉み師ね!」 「……揉み師。」 いつも通りの言葉。いつも通りの律子の笑み。いつも通りの私の苦笑。 全ては自然であり、不自然。 私の答えた言葉は、律子に安心を与えたのだろうか。 律子はそれが偽りだと気付かないだろうか。 本当は、本当はあれは、ただ油断させるために、紡いだ言葉であって――…… 「ねぇ、律子。」 「んー」 「……律子は、私を裏切らない?」 ふっと零れた疑問。どうして、私はこんな問いを掛ける? 何もかもがわからない。一体、何が本当なのか、嘘なのか。 何を信じればいいのか。何を貫けばいいのか。 そんな狼狽を、顔には出さずに彼女を見つめた。 私の思いなど気にすることもなく、律子は小さく笑みを浮かべて。 「何言ってんだか。」 律子は、やれやれといった様子で言いながら上半身を起こし、私と向き直る体勢になった。 蔑怒に正座をし、嬉しそうに笑みを深める。 まるで改まるように、個奔と咳払いまで一つ。そんな彼女の様子が、可笑しくて少し笑った。 「前に、あたしが寝てる時……ね。」 言いながら、律子は私に顔を寄せる。何をする気なのかと身構えていれば、彼女の両手が私の肩にかかり、濡れた毛先が首筋に触れた。 一つの呼吸を肌に感じた後、不意に頬に触れた柔らかな感触。 「―――美咲がほっぺ注してくれた。…あれは夢?…ま、どっちでもいいんだけど」 そして身体を離すと、律子は少しだけ照れくさそうにはにかんで。 どさり、と蔑怒に身体を横たえ、毛布をぎゅっと抱きこみながら、言った。 「……すっごい、嬉しかったのよ。」 「…え……?」 「二回も言わせない!おやしゅみっ。」 慌しく毛布にもぐりこむ律子。蔑怒の上に小さな山が出来て少し経った頃、ちらり、と顔を覗かせては、楽しげに笑みを浮かべ、また毛布を被る。そんな様子を見ていると、なんだか、笑みが込み上げた。 「……。」 言葉は見つからない。 頬に触れた感触が、今もまだ残っている。 裏切らない?そんな私の問いかけに、律子は答えなかった。 けれど、何よりの信用に値する答えをくれた。 律子は、私を信じている。それが彼女の答えなのね。 ―――律子が、夢に見たくちづけ。それは、夢ではなく現実。 彼女ならば。美しい心を持った彼女ならば、私のそばにいても大丈夫なのだと、そんな安堵。 けれど律子は、私が凭れるには儚すぎる存在だった。 依存とも呼べるものだろうか。 きっと律子は、私に唯一の希望を見出している。 裏切らないで。そんな言葉が、全てを物語っていた。 私は、私はそんな律子が ―――壊れてしまうことが怖かった。 あのくちづけは、今この瞬間を共に生きると誓う証。今はそばにいると。彼女に温もりを寄せた。 けれど。 いつかは私のこの手で、彼女を壊す日が来る。 律子という一人の女性。彼女にとって、私は唯一の支え。 ……ごめんなさい、律子。 私には、犠牲を払ってでも手放せないものがある。 あなたを壊してでも、守りたいものがある。
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Thanks!! Filter cgi
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