第02話




 あの『lily garden』というサイトに登録申請を送ってから、一ヶ月程経った。
 季節は秋から冬へと移ろい行く中で、あたし―――鈴田咲名―――は、次第にあの登録申請を送ったことすら忘れかけていた。
 しばらくはメールチェックをする度に届いていないかと楽しみにしていたんだけど、
 十月下旬から始まったカナリア初の全国ツアーの為、しばらく家を留守にしていた。
 たまに東京での仕事の後に帰宅しても、疲れ果ててクタクタで、パソコンを起動する間もなく就寝。
 けれどツアーも先日無事終了し、今日からは少しペースダウンすることが出来る。
 久々に我が家で迎えるゆっくりとした朝。
 朋子さんに貰った林檎で作った林檎ジャムを食パンに挟めば、立派な朝ごはんの出来上がり。
 その甘味に舌鼓を打ちながら、テレビを眺めつつオフは何をして過ごそうかと考えていた時――ふと、目に入ったパソコン。
「…あ、久々。」
 すっかり忘れていた。
 あたしは少し苦笑して、パンの最後の一切れを口に放り込み、パソコンに歩み寄る。
 電源ボタンを押して、起動するまで少しの時間。
 その時ようやくあたしは、失念していたlily gardenのことを思い出す。
 もうお返事来たかな。あぁ、もしかすると、管理人さんにやる気がなくなっちゃってサイト閉まってたりして?
 期待と不安を織り交ぜながら、開くメールソフト。
 少しの間の後、「新着メールが29通あります。」だって。
 その表示にちょっぴり慌てながら、どっさりと届いた未開封メールのタイトルを眺める。
 そして―――
 『lily garden・登録完了』の文字を見止めた時、あたしはどのメールよりも先に、そのメールを開封していた。
 綴られた文字を目で追う。――そして、言葉を、失った。


『貴女は恋に選ばれた女性。
 恋に溺れなさい。
 人を愛しなさい。
 人に愛されることを知りなさい。
 私が見守っています。

 ――welcome to lily garden.』


「恋に…選ばれた、女性……?」
 小さく復唱した後、指先で、液晶ディスプレイを軽くなぞる。
 ドクンと、心臓が早まるのを感じた。
 どうしてこんな感情になるのかよくわからない。
 どうしてたかが文字なんかに、心がこんなにも揺れるのか。

 文章の下に記されたアドレスに、マウスのカーソルを合わせた。

 /lily_garden/

 カチッ、と音がして、ブラウザウィンドウが開く。
 黒の背景。白の文字。
 ああ、でも此処は――あの時迷い込んだアドレスじゃない。
 此処は、庭園の中。



 見惚れるようにその画面をしばらく見つめていたあたしは、ハッと我に帰り、画面をスクロールさせる。
 「登録者名簿」「チャットルーム」「プライベートチャット」「掲示板」
 少ないコンテンツ。必要最低限とでも言うのだろうか。
 中でも目を引いたのは、登録者名簿。
 あたしは迷わず、そのリンクを辿る。
 そして表示されたのは、14個の名前。


 林檎 27歳
 Snow 26歳
 なっつ 19歳
 青 24歳
 キーコ 29歳
 空 28歳
 真月 28歳
 サナ 18歳
 桜 24歳
 マッキー 19歳
 ユキジ 29歳
 eve 25歳
 ルージュ 21歳
 ケイ 27歳


 …わかるのはハンドルネームと年齢、だけ。
 年齢…。
 って、サナってば最年少じゃない?!いいのかなぁ…。
 二十代の人が多い。十九歳の人が二人。
 ああ、此処は今までネット上で話してきた人たちとは違う気がする。
 なんて言えばいいんだろう。深い感覚。

 あたしは名簿を開いたままで、トップページに戻る。
 そして、今度はチャットルームを開いてみた。
 そこには、会話の痕跡が残っていた。
 そういえば、いつからこのサイトはあるんだろう。
 いつから、存在しているんだろう。
 そんな疑問を覚えながら、あたしは会話のログを目で追った。途中からしか読めないけれど。



キーコ ◆ なっつちゃんって京都の子なんだ。京美人って感じ?
なっつ ◆ そんなんじゃないですよ。別に京都だからってどうって訳じゃないし。
キーコ ◆ そぉ?でも京都の子って和!みたいな子多いって。黒髪率とか高かったりして。
なっつ ◆ …普通に茶髪ですけど。
キーコ ◆ ガクッ…もぉ、ちょっとくらいお姉さんに期待させてくれたっていいじゃなーい。
なっつ ◆ 期待させたら、後で裏切る事になりますよ?有りの侭伝えた方が良いと思うんですけど。
キーコ ◆ ま、まぁそれも一理あるけどさぁ?
なっつ ◆ でしょ?

案内 ◆ 林檎さんが入室しました。 ( 2015/11/22(金) 00:12:14 )

林檎 ◆ ハァーイ。なっつちゃんとキーコ姉さん。
なっつ ◆ こんばんは、林檎サン。
キーコ ◆ あらあら林檎っちゃん。その姉さんっての止めない?二つしか違わないんだからさ。
林檎 ◆ 2つも違うんでしょ?言ってみれば高校一年と三年ヨ?この違いは大きいって。
なっつ ◆ 大きいですね。一学年なら未だしも、二学年違えば非常に。
キーコ ◆ あぁんッ、なっつちゃんまで林檎っちゃんの味方するなんて!ひどいわっっ。
林檎 ◆ っていうか、キーコ姉さんだってアタシのことちゃん付けじゃない?人のこと言えなーい。
なっつ ◆ お互い様…。
キーコ ◆ じゃ、あたしが林檎っちゃんのコト呼び捨てすればOKね?
林檎 ◆ あー、じゃあアタシもキーコって呼ぶ。コレなら文句ナイでしょ?
キーコ ◆ OK!OK!これでまたぐぐーっと距離が近づいた感じよねぇ♪
林檎 ◆ フフ、何?キーコ姉さんってばアタシのコト狙ってる?
なっつ ◆ …。どうやったらそう取れるんですか。>林檎サン
キーコ ◆ 狙ってる狙ってる。勘いいねー。
なっつ ◆ 狙ってたんですか…はぁ。
林檎 ◆ キャー、やーだぁー。なっつちゃん、このヒト誰でも狙ってるっぽいから。気ぃつけてネ?
キーコ ◆ なになに、なっつちゃんてば嫉妬?バカねぇ、あたしは平等に愛を注ぐのよんv
なっつ ◆ だから、どうしてそこで嫉妬になるんですか。二人共考え方飛躍し過ぎてません?
林檎 ◆ ちょっと、キーコ姉さんと一緒にしないでよー。アタシはいたって正常デス。
キーコ ◆ 失礼な。あたしだって正常ですよーだ。
なっつ ◆ 二人共説得力無いです。…私、そろそろ失礼しますね。
林檎 ◆ オツカレ。ちゃんとご飯食べて寝なさいねー?
キーコ ◆ お疲れさまー★>なっつちゃん
なっつ ◆ ご飯ですか?カロメも含むなら。…それじゃ、オヤスミナサイ。

案内 ◆ なっつさんが退室しました。( 2015/11/22(金) 00:26:53 )

林檎 ◆ カロメはご飯じゃなーい…ってコラ!なっつー!
キーコ ◆ …カロメ、って何?
林檎 ◆ え?!うわー、遅れてる〜。
キーコ ◆ ええ?流行語大賞取った?
林檎 ◆ 取ってないけど。だから考え方が飛躍し過ぎなんだって。
キーコ ◆ そんな、誰も使わないような意味不明な言葉言われたってねぇ?
林檎 ◆ 少なくともアタシとなっつちゃんにはバッチリ意味わかってるわよー?キーコの方が少数派。
キーコ ◆ う、そう言われると弱いんだけど。って、本当にカロメって何よ?
林檎 ◆ カロリーメイト。…まさか、カロリーメイトって何?とか言わないでしょーネ?
キーコ ◆ あー!なるほどね!!…そのくらいわかるもん〜。
林檎 ◆ 本当カナー?
キーコ ◆ 本当だって。あのクッキーみたいなやつっしょ?
林檎 ◆ その通り。ちゃんと若い子の略称について来てネー。
キーコ ◆ うるさぁいッッ!あんたってどーも、あたしに対してトゲあるよねぇ?
林檎 ◆ そ?それは本人にも問題アルんじゃなーい?
キーコ ◆ なんですってー?どういう意味よぅっ。
林檎 ◆ 自分で考えてネー。さて、私も落ち。
キーコ ◆ って林檎っちゃん!疑問残して行く気?!
林檎 ◆ アタシはあいにく明日も朝早いので。フフフ、ゆっくり考え遊ばせ。
キーコ ◆ あ、ありえない…。
林檎 ◆ じゃあネーv おやすみ。

案内 ◆ 林檎さんが退室しました。( 2015/11/22(金) 00:41:01 )

キーコ ◆ うわ、本気で答えずに帰っちゃったよ…。
キーコ ◆ もう1時…いや、まだ1時なんだけど。
キーコ ◆ あたしだって仕事あるもん。それじゃ落ち。

案内 ◆ キーコさんが退室しました。( 2015/11/22(金) 00:50:20 )



 ……。
 って、普通のチャットとあんまり大差ない?メンバーの問題なのかな?
 でも、顔文字とか(笑)だとかの記号が全然見当たらない。
 こんなチャットも珍しいよね…。
 キーコさんって人は、なんだか明るい感じ。年齢29…っていう雰囲気じゃない感じかな?
 林檎さんは、ちょっと言葉にトゲがある感じだけど、キーコさんに対してだけ?
 なっつさんは、えっと、19歳?…にしては、落ち着いてるというか、クールというか。
 なんだか皆仲は良さそうだからちょっと緊張するけど、今度改めて入室してみよっかな。
 いい意味で緊張がほぐれたかもしれない。
 『恋』だなんて書いてあったけど、全然そんな感じないもんね。
 ――少し、ワクワクする。





 ワクワク?そんな気持ちを抱いていたことなど、その日の夜にはすっ……かり忘れてしまっていた。
 いや、忘れざるを得ないほどの大変な出来事が起こったのだ。
 本屋さんの店頭で見かけた、今日発売の週刊誌。その仰仰しい見出し。
 手の中にある週刊誌、開いたページを見つめては、なんだか恥ずかしくなる。
 本当はあたしみたいな女の子が買うような雑誌じゃないんだけど、その表紙と、表紙に書かれていた文字に目を奪われて即行購入してしまった。もちろん、帽子+サングラスのセットはしてたんだけど。
 『一ノ瀬美灯(21)、岩崎光一(25) 熱愛発覚!?』という、いかにもな見出し。普段なら気にも留めないその見出しだけれど、今日は違う。その名前が、あまりに身近な人物だったから。
 一ノ瀬美灯(イチノセ ミト)。彼女もまたカナリアの一員であり、カナリアの中では群を抜いて大人っぽい雰囲気を纏っている女性。美紗ちゃんや朋子さんの方が年上だけど、そうは思わせない程に、美灯ちゃんは色気がある。けどそれでも、美灯ちゃんは清純派アイドルユニットカナリアの一員だ。
 因みに岩崎光一という名前も、美灯ちゃんには及ばないものの知名度は高い。まだ主演ドラマはないけれど、着実に出演作を増やしている今をときめく二枚目俳優さんなのだ。
 超ハイスピードで帰宅して、緊張しながらページを捲った。
 『夕食デート 激写』…大きなゴシック文字で書かれたページには、三枚の写真が載せられていた。二枚は、シャッターで二人の姿がくっきりと写っていて、場所はレストランか何かの前。もう一枚は、光が届いていなくてシルエットなんだけど、他の二枚よりも密着度が高いようにも見える。
 はっきり言って、カナリア初のスキャンダルだ。週刊誌がこんなに大きく報道するのも納得できる。
 でも、まさか美灯ちゃんがそんなこと…。
 カナリアだから恋愛をしちゃいけないとは思わないけど、だけど、今はまだそんな時期じゃない。今はとにかく仕事を頑張らなくちゃいけないんだと、あたしは思ってる。
 いてもたってもいられず、あたしは美灯ちゃんの携帯に電話を掛ける。
 少しのコール音の後、プッ、と微かな音がして通信が繋がった。
「み、美灯ちゃんッ!」
 即座にあたしはその名を呼びかける。
『…どうしたの?そんなに慌てて。』
 少しの間の後、美灯ちゃんはあたしの狼狽など微塵も感じないような悠長な口調で問い返した。
「どうしたのじゃないよ!…なんだっけ、えっと、週刊誌のやつ!」
 ちょっと混乱しながらも、手元の週刊誌を見下ろして言った。今この電話の向こう側に居る人物と、この写真とが同一人物だなんて…。
『週刊誌?………あぁ、スキャンダルのこと?』
「…そ、そう。どういうことなの?ホントに岩崎さんと…」
『そんなわけないじゃない。バカね。』
「え?…いや、だって…。」
 受話器の向こうの美灯ちゃんは、どこまでも冷静だった。いや、冷静というよりも悠長というか…。
 そんな美灯ちゃんは、少しの間を置いた後、ポツリと零すように言った。
『馬鹿げてるわよね。男女二人が食事したら、即恋愛だなんて。』
「…う、それはそうだけど。でも、やっぱ、ヤバいんじゃ…?」
『咲名。』
 あたしの言葉を遮るように、突然名前を呼ばれた。返事をしようと口を開けたものの、出たのは空気だけ。美灯ちゃんの言葉のタイミングって、いまいち計りきれない部分がある。
『――…咲名は、恋愛をしたいとは思わない?』
「え…?」
 恋愛?――恋愛を、し…
『……なんでもない。 明日は記者の質問責めで忙しくなりそうだから、今日は早めに休むわ。おやすみ。』
「へ?あ、えと、おやすみ…」
 あたしがそう返事をした頃には、既に通信は切れ、プープープー…という音が聞こえていた。
 一先ず、美灯ちゃんが岩崎さんとそういう関係じゃないみたいだってことはわかったけど…。
 でも。なんだか、美灯ちゃんらしくないよ。
 スキャンダルはご法度だって教えてくれたのは、美灯ちゃんだったのに。
 少し厳しいけど、大人っぽくて優しい美灯ちゃん。
 ――今話した美灯ちゃんは、いつもの美灯ちゃんと少し違った。





案内 ◆ eveさんが入室しました。( 2015/11/24(日) 20:57:14 )

eve ◆ こんばんは。って、誰もいないですね。寂しいなぁ・・・。
eve ◆ ここって参加者さん、どのくらいいるんでしょう。

案内 ◆ 青さんが入室しました。( 2015/11/24(日) 21:15:20 )

青 ◆ お邪魔しまーす。eveさん、初めましてー。
eve ◆ あ、こんばんはです。初めまして。
青 ◆ イヴさん、って読んでいいんです?
eve ◆ はい、そうです。青さんは、アオさん、でいいですか?
青 ◆ うん、そう。あーそれで、参加者さんって14人じゃないんかな?
eve ◆ 14人?あ、参加者名簿に載ってる人数ですか?じゃなくて、実際に参加されてる方とかって。
青 ◆ あぁーなるほど。過去ログあんま見れないし。私も最近入れるようになったばっかりで、入室するの初めてなんですよ。
eve ◆ そうなんですか。私も最近登録してもらえたんですよ。もしかしてこのサイトさんって、出来たばっかりなんでしょうか?
青 ◆ あーどうなんかなぁ。そう言えばいつ出来たかとか謎ですよね。不思議なサイトだなぁーと。
eve ◆ ですよね。管理人さんから頂いた登録完了にも、なんだか不思議なことが書いてあったんです。
青 ◆ 恋に溺れなさい、って?
eve ◆ そう、皆同じメールが届いたんでしょうか。恋って言われても…ね。
青 ◆ うぅん、だなぁ。ネット恋愛とか、私はありえんと思ってるし。
eve ◆ ネット恋愛。。。あ、そもそも、女性同士ですよ?ね?
青 ◆ あーそれもあるし。管理人さんの趣旨とかがよくわからんけど・・・ 悩む。
eve ◆ あはは、まぁそんなに深く考えなくても良いのかもしれないですね。
青 ◆ だなぁ〜、煮詰まってしまう?
eve ◆ そうですそうです。ところで青さんって、どこの人ですか?
青 ◆ うん?秋田だけど・・・なんで?
eve ◆ あ、ほら、方言が少し。チャットで方言見ることってあんまりないから。
青 ◆ あー・・・。そう言われてみると。なんかな、自分でも無意識の内に使ってしまうというか。
eve ◆ そうなんですか?なんか可愛いですねv
青 ◆ いや・・・実際の方言は全然可愛くないんだって。関西弁とかだったら可愛いかもしれないけど、東北はね・・・。ちょっと気をつけようと思った。せめてチャットでは標準語で・・・。
eve ◆ そ、そんな気にしなくていいですよ。東北弁ですかぁ。生で聞いたことないです。
青 ◆ 聞いたことない?聞いたら絶対引くから。絶対。そういえば、eveさんはどこの人?
eve ◆ 私は福岡なんですよ。あ、だから私も方言ありますから。博多弁かな。。。?
青 ◆ 博多!・・・なになにじゃけん、とか言うんだっけ?
eve ◆ それは広島です!博多弁は、「〜ばい」とか?「〜なんちゃ」とか。
青 ◆ えぇー?それをeveさんが話してるっていうことに違和感がー・・・。
eve ◆ うーん。。。。や、そんなに私方言じゃないと思います。多分、ですけど。
青 ◆ どっちだ!(笑)
eve ◆ あはは、どっちでしょう。
青 ◆ あ、ここって(笑)とかダメなんだった?
eve ◆ そういえば、そんなこと書いてありましたね。でも、大袈裟じゃないですよ、(笑)くらいなら。
青 ◆ かなぁ?ん〜・・・悩む。
eve ◆ 青さん、悩みすぎですって。人生大らかにいきましょう。ね?
青 ◆ はぁーい。
eve ◆ よろしい♪





「咲名ちゃん、咲名ちゃん。」
 それは、美灯ちゃんの例の件から数日経った日の、収録スタジオの楽屋での事。
 今日はカナリア全員集合で、音楽番組の収録のお仕事。
 まだ入りの時間まで時間があるけど、あたしはいつも少し早めに楽屋に入ることにしている。
 楽屋の片隅のソファで時間潰しに雑誌を眺めていた時、背後からかけられた声にあたしは振り向いた。
「藍、どうしたの?」
 そこにいたのは藍こと桜坂藍(サクラザカ アイ)。十四歳という若さながら、実はこの子、カナリアの中でも一番と言えるくらいに人気がある。中学生の男の子の『彼女にしたい芸能人ランキング』では見事ナンバーワンだったとか。確かにそれも納得で、可愛らしい容姿、少し低い身長も男の子にしてみれば守ってあげたくなるのかも。性格もすごく可愛くて、気配りもきいて優しいし、あたしが男の子だったら間違いなく彼女にしたいナンバーワンだとか思ったりする。
 そんな藍は、いつものように屈託のない笑みを浮かべ、あたしの側に立っていた。その手には、一冊の雑誌。――その表紙には『PCファン』というタイトルが。
 PC、つまりパソコン。藍とはとても結びつかないようなその文字に、あたしは藍と雑誌を交互に見る。
「うんとね、咲名ちゃんってパソコンのこと詳しいよね。だからね、教えて欲しいんだけどぉ…。」
 藍はそう言いながら、あたしが読んでいたファッション雑誌の隣にそのパソコン雑誌を広げた。藍が広げたページには、『猿でもわかるインターネットの始め方』と書かれていた。どうやら専門的な雑誌ではなく、かなり初心者向けの雑誌のようだ。
 藍は広げたページを見つめた後で、少し悲しげな表情であたしを見た。
「藍ね、ここに書いてあること、いまいちわかんないの。…藍って、もしかして猿以下?」
 そんな藍の言葉に、あたしは思わず吹き出しそうになる。それを何とか堪え、「そんなことないよ」と笑みを向けた。
「こういうのって、簡単だって書いてあるわりには、本当に本当の初心者さんにはわかりにくいと思うのね。だから藍が悪いんじゃないよ。」
 と慰めの言葉を掛けた後、ふと疑問を抱き、あたしは言葉を続けた。
「…藍って、パソコン持ってたっけ?」
「えっとね、こないだお兄ちゃんに貰ったの。お古のね、ノートパソコンっていうやつ。」
「あぁ、そうなんだ。」
 藍の言葉に合点がいく。藍のお兄さんって確かかなり良い大学を出てて、今は有名企業で働いているエリートさんなんだっけ。パソコンの一つや二つ、普通に余ってそうだなぁ。因みに藍のお父さんは会社の社長さんで、お母さんは元モデルさん。藍がこんな可愛らしくて素直な性格なのは、やっぱり環境が大きいのかな。…それに比べてあたしは、ごく平凡な家庭の一人娘。やっぱり、所詮は庶民…って、話が逸れちゃった。
「インターネットがしたいの?」
 あたしの問いかけに、藍はコクコクと頷いた。
「あいてぃー社会に置いていかれないよーに!」
 そんな、妙に熱心な意気込みの含まれた藍の回答に、あたしは少し笑った。藍は不思議そうな表情を覗かせたものの、すぐに気を取り直し、開かれたページを指でなぞる。
「お兄ちゃんにお願いして、ここに書いてある“必要な物”っていうのは揃えたの。お兄ちゃんお仕事で忙しいから設定は自分でしろーって言われてね、でも自分で頑張っても全然わかんないの。」
「なるほど…。あたしで良かったら教えるよ。」
「本当?!」
 藍はぱぁっと嬉しそうな表情を見せ、お願いします咲名センセー、なんて言いながらあたしの隣に腰を下ろした。あたしは藍の様子を微笑ましく思いつつ「えっとね」と、雑誌に沿って順序立てて説明を始める。
 まだまだ上級者とはとても言えないけど、これでも結構長い間パソコンに触れてきたのだ。その雑誌に書いてあることくらいなら理解できたので、上手く説明できた――、と思いきや。
「…咲名ちゃん、何言ってるか全然わかんにゃい…。」
 藍はしゅんと肩を落として、申し訳なさそうに呟く。……ありゃ。
 あたしは苦笑しながら少し考え、
「じゃあ、今度藍の家まで行って設定してあげるよ。やっぱり口だけじゃわかりにくいと思うし。」
 と告げ、しょんぼりした藍の頭をぽんぽんと軽く撫でた。
 藍はころりと表情を変え、嬉しそうにこくんと頷き
「ありがとう!咲名ちゃん大好きー♪」
 と軽く抱きついてきた。藍のふわふわの猫っ毛からは、シャンプーの良い香りがする。
「…あーもう、可愛いなぁ藍ってば!」
 堪えきれずに、ぬいぐるみでも抱くような感覚でぎゅむーっと藍を抱きしめた。
 藍も満更じゃないように、えへへー、と笑みを零す。
 いつしかパソコンのこともすっかり忘れて二人でじゃれあっていれば、
「何やってんの?」
 と冷めたツッコミを朋子さんに放たれる。
 うわ、いつのまに来てたんだろ朋子さん。…ふ、不覚!





案内 ◆ ユキジさんが入室しました。( 2015/11/25(月) 23:31:10 )

ユキジ ◆ さすがに、ロム専門ってワケにもいかないでしょうし。
ユキジ ◆ 初めまして、ユキジです。・・・って、誰に言ってるんだか。

案内 ◆ 空さんが入室しました。( 2015/11/25(月) 23:38:46 )

ユキジ ◆ そもそも、十四人しか閲覧者がいないんだから、会話が発生する確率なんて低いんじゃ?
空 ◆ 初めまして。…そうでもない、みたいですね?
ユキジ ◆ ・・・・・・。確かに。初めまして、空さん。
空 ◆ もしかして私、タイミング悪かったでしょうか?
ユキジ ◆ いえ・・むしろグットタイミング、なんじゃない?
空 ◆ ……(笑) 実は狙って入りました。あー面白かった。
ユキジ ◆ 狙ったの?
空 ◆ はい、私もロムばっかりだったんですよ。ユキジさんもそうなんですね。
ユキジ ◆ そう。仕事が忙しいもんだから、なかなか入室するタイミングがなくてね。
空 ◆ あ、それはわかります。私も明日のこととか考えると、なかなか。ユキジさんは何のお仕事されてるんですか?
ユキジ ◆ 平凡なOL。明日が休みだったから、たまたまね。空さんは?
ユキジ ◆ ・・・・空さーん?
ユキジ ◆ 落ちちゃったのかな・・・?

案内 ◆ 空さんが入室しました。( 2015/11/25(月) 23:59:11 )

空 ◆ すみません。パソコンがフリーズしちゃって…。
ユキジ ◆ よくあるよくある。気にしない。
空 ◆ はい、本当にごめんなさい。お話の途中だったんですけど、パソコンの調子がどうにも不調なので、今夜は落ちますね。
ユキジ ◆ お大事に? お疲れ様。また相手してね?
空 ◆ はい。お疲れ様でした。それでは。

案内 ◆ 空さんが退室しました。( 2015/11/26(火) 00:07:01 )

ユキジ ◆ パソコンのエラーじゃ・・・ね。
ユキジ ◆ 空さんって28なのね。貴重な同世代だわ。なんで私が最年長なのかしら・・・。
ユキジ ◆ 若い子の言う「ありえない」じゃないけど。
ユキジ ◆ ・・・「若い子の」なんて言ってると余計・・・・・・

案内 ◆ キーコさんが入室しました。( 2015/11/26(火) 00:21:15 )

キーコ ◆ こんばんはー!
ユキジ ◆ あ、こんばんは。初めまして。
キーコ ◆ もう一人の最年長、キーコの参上でっす!
ユキジ ◆ ・・・・・・。
キーコ ◆ え、何、その沈黙?!
ユキジ ◆ 最年長のノリじゃないでしょう、それ。
キーコ ◆ それをつっこまれると非常に痛い!痛いけど!…いいじゃない、人間元気が一番だって。
ユキジ ◆ 「元気」と「落ち着きが無い」とは別なんじゃ?
キーコ ◆ うわぁーん、ユキジお姉様が虐める…。 初対面なのによ、初対面。
ユキジ ◆ 初対面・・・確かに。これはこれは失礼しました。
キーコ ◆ うわ、絶対それ誠意が篭ってない!!
ユキジ ◆ 第一「お姉様」って何。同い年でしょう。しかも「虐める」の字が虐待の虐な辺りが納得出来ない。
キーコ ◆ ………(笑) お姉様はともかく、字までつっこまなくても!
ユキジ ◆ いじめるなら、普通は「苛める」か平仮名じゃない?「お姉様」に関しても、はぐらかさないこと。
キーコ ◆ ユキジさんコワッ!先生みたい!
ユキジ ◆ OLだって・・・。
キーコ ◆ あーいいないいな、オフィスレディ。
ユキジ ◆ そう・・・?面白くないわよ、お仕事。そういうキーコさんは何のお仕事してるの?
キーコ ◆ ええとええと、キーコ小学生vv
ユキジ ◆ 何のお仕事してるの?
キーコ ◆ ………か、かわされた。(涙)
ユキジ ◆ 言いたくないならいいんだけどね。
キーコ ◆ 冗談くらい付き合ってくれていいじゃなーい。本当はライターでっす。煙草の火ぃつける時にはお呼び下さいませ。
ユキジ ◆ ・・・ホステス?
キーコ ◆ チガウチガウチガウーーー!!!本当にライターなの!物書き!!
ユキジ ◆ ・・・・・・そうなの?凄いじゃない。
キーコ ◆ さては疑ってるなッッ!?
ユキジ ◆ ううん、そんなことない。
キーコ ◆ その即答の仕方が怪しい。
ユキジ ◆ そんなこと言われても・・・。どんなこと書いてるの?
キーコ ◆ え?!いや、それは… …秘密★
ユキジ ◆ そういうこと言うから疑われるのよ。
キーコ ◆ あー、それはそうなんだけど!でも!言えないッッ!!
ユキジ ◆ ・・・・まぁいいけど。
キーコ ◆ ユキジお姉様てばつれないのっvv
ユキジ ◆ お姉様って言わない。だから同い年なんだってば。
キーコ ◆ あ!ねぇねぇ何月生まれ??
ユキジ ◆ 10月だけど?
キーコ ◆ !!!!!!!!!
ユキジ ◆ 何?何?
キーコ ◆ あ、あたしの方がお姉様じゃぁ〜ん……。←9月生まれ
ユキジ ◆ ・・・・・・ふっ。
キーコ ◆ あーーー… 今、すっごい悔しい。泣けてくる。
ユキジ ◆ 今、なんだかすっごく嬉しい。
キーコ ◆ こ、このやろーーーーッッ!!!!!





 今欲しい物は何かと訊かれたら、あたしは「時間」と答えるだろう。
 雑誌のインタビューでの質問ならば「ぬいぐるみ」なんて回答を返すかもしれない。
 ぬいぐるみが欲しいのも嘘じゃない。あのふかふかした癒しグッツは大好きだ。
 けれど、本心を言えばやはり「時間」だろう。間違いない。 
 藍にパソコンを教えてきたその帰り。変装して、揺られる電車。
 サングラスも、ウィッグも、帽子も、いつもよりかなり濃い目のメイクも。
 全部捨て去ってしまいたい。
 そんなことを思わせる、 ―――中吊り広告。
 『駅員おすすめの旅・日帰り温泉ツアー』
 行きたい。ものすごっく行きたい。お金ならある。問題は時間だ。
 オフがないわけじゃないけど、大抵カナリアの誰かと予定が入っていたりして。
 今日もそう、昼過ぎまで家でゆっくりして、午後から藍の部屋に行って来た。
 藍は可愛いし、美灯ちゃんも認めるほどトークも上手くて一緒にいて飽きない。
 飽きないんだけど、なんだろう、この虚しさというか。この疲労感というか。
 あたしが求めているもの、それすなわち―― 癒し。
 あいにく、あたしは美紗ちゃんみたいに「可愛い女のコ見てると疲れなんて吹っ飛ぶよね。」っていうタイプでもないみたいだし。…あたしも美紗ちゃんみたいに、そういう考え方が出来れば、カナリアにいる限り疲れ知らずのような気がする。だってだって、皆可愛くて綺麗なんだもん…。
 その時、コートの中で携帯が震えた。慌てて取り出すも、電話じゃなくて一先ず安心。
 『新着メール1通』の文字。あたしはそのメールを開いて、少し驚く。
 噂をすれば…じゃないけど。差出人は美紗ちゃんだった。
 美紗ちゃん。上野美紗(ウエノ ミサ)。朋子さんと同じくカナリアでは最年長の23歳。確か12月が誕生日だったから、もうすぐ24かな。朋子さんとはまた違った感じに大雑把なお姉さん。美紗ちゃんは朋子さんと違って複雑というか、掴みづらい部分が多い。誰もやらないようなことばっかりやりたがるし、皆が飛びつくものには見向きもしない。「右向け左」っていう感じの人。そうそう、オフィシャルサイトの紹介文は「破天荒」だっけ。言い得てる。
 メールはこのような内容だった。

「咲名へ。
 なんかね、コレは咲名だ!っていう写真が撮れたので送ります。
 大切にしてね。携帯の壁紙にしてね。今度チェックするからね。
 by 美紗」

 ほら、こういうわけわかんない人なんだ。
 そして添付されていた一枚の画像。携帯のカメラで撮った写真らしい。
 開くと、そこには可愛い花のつぼみが写されていた。少しくすんだオレンジ色の花。一生懸命咲こうと、頑張っているような、そんな印象を受ける。
 眺めていて、思わず笑みが浮かんだ。美紗ちゃんの写真、あたしすごく好きなんだ。
 美紗ちゃんの写真のファンはあたしだけじゃない。身内どころか、ファンにも大人気。カナリアのCDのブックレットの写真すら、美紗ちゃんが手がけているものもある。そして、来年には個展も決まっていたりするのだ。
 この個展っていうのは、やっぱり“芸能人だから”開催できるものでもある。美紗ちゃんは写真のプロではないから。だけど、美紗ちゃんは嬉しそうに言ってたんだ。
『カナリアやっててホント良かった。この個展のためにカナリアやってるって言っても過言じゃないわ。』
 ……そういう人なんだよね。美紗ちゃんって。そういうところが、あたしは大好きだったりもする。
 ―――素敵な写真。
 あたしは迷わずその写真を携帯の待ち受け画面に設定し、携帯の画面を見つめては、にこにこしていた。
 電車の他の乗客さんから見たら、怪しい人だったかもしれないけど。
 だって、本当に本当に嬉しかったんだもん。

「Dear 美紗ちゃん
 写真ありがとう。すごく綺麗で、可愛くて、一撃で撃沈★
 惚れちゃったよ。さすが美紗ちゃんだね。
 癒されました。
 咲名。」











 ―――以下、執筆中。







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